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2011-12-18

「バブル期の遺産」とは言えない オリンパスがはまった「禁じ手資産運用」

| 23:36

12月1日発売の「エルネオス12月号」に掲載した拙稿を、編集部のご厚意で再掲させていただきます。 → http://www.elneos.co.jp/

磯山友幸の≪生きてる経済解読≫

連載──

■「特異な問題企業」ではない

 M&A(買収・合併)をめぐる不透明な取引が指摘されていたオリンパス問題は、二十年近くにわたって隠し続けてきた巨額の損失を穴埋めするための操作であることが明らかになった。一九八〇年代後半のバブル経済華やかなりし頃、企業はこぞって特定金銭信託(特金)と呼ばれる金融商品に投資し、バブルの崩壊と共に巨額の含み損を抱えた。

 一九九〇年代後半には、そうした含み損を海外ファンドなどに「飛ばす」手法が存在することや、そうした別の金融商品を売り歩いている金融機関があることがメディアに報じられもした。二〇〇一年に企業が保有する金融商品を原則として市場価格で評価する「時価会計」が導入された際、先送りしてきた大半の企業は観念し、損失処理に踏み切ったと思われていた。

 そんないわく付きの損失を今まで抱え続けてきた企業が存在したこと自体、驚きではある。だが、オリンパスを「特異な問題企業」として切り捨ててしまっていいのだろうか。

 バブル崩壊から二十年が過ぎ、今や「財テク」という言葉も死語になった。「特金」や「ファントラ(ファンドトラスト)」といった一世を風靡した金融商品の名前すら、今の金融界で働く中堅社員はまったく知らない。ビジネスマンの多くも、財テクに走った先輩たちを、「バブルに浮かれて博打にうつつを抜かした」程度にしか見ていないだろう。今ではそんな馬鹿な真似をする奴はいないと思っているにちがいない。

 だが、財テクに浮かれた二十年前と今を比べてみると、企業を取り巻く環境は驚くほど似ている。こんなことをいうと訝しく思うにちがいない。だが事実だ。

債券市場に流れる企業資金

 当時、企業は未曾有の「カネ余り」状態にあった。高度経済成長期以来、日本企業は慢性的な資金不足状態が続いていたが、一九八〇年代になると資本市場が発達、規制も緩和され、増資やエクイティファイナンスと呼ばれる新株発行を伴う資金調達が容易になった。ほとんど無利息に近い水準で大量の社債を発行、企業の手元資金は一気に潤沢になった。

 企業はまず、銀行から借りていた金利の高い借金をこぞって返済した。「実質無借金」と胸を張る経営者が続出したものだ。企業に借金を返された銀行は極度の貸し出し先不足に悩み、不動産融資に傾斜していくのだが、ここでは本題ではない。借金を返しても手元に資金が残った企業は、その資金を株式投資に向けた。これが「財テク」である。

 円高不況と呼ばれた不景気の後で、企業の収益力は大きく落ち込んでいた。そんな本業の不振を補うために、経営トップ自らが経理担当者に指示して財テクに走らせた。これが当時の状況だ。

「カネ余り」に「低金利」、「銀行の貸出先不足」「円高」「本業の収益力低下」――。いずれも今の状況を示すキーワードと不思議なほど重なる。唯一違うのは、企業の資金が株式に流れていないことである。

 いや、今の企業は財テクなどしていないという声が聞こえそうだ。たしかに現在の企業トップは、先輩経営者が財テク失敗の責任を取って退陣していく姿を目の当たりにしてきた世代だ。「株式投資などとんでもない」という考えが頭にこびりついているのだ。余裕資金は絶対安全な銀行預金か、国債での運用に限るという企業が案外多い。

 その結果、何が起きているか。極度の債券バブルである。

 企業が銀行に預けた余剰資金も、銀行が国債を保有するという形でどんどん債券市場に流れていく。低金利が続いているのも、巨額の余剰資金が債券を買い支えているからにほかならない。

 昔と今に共通するのは、企業本来の役割を見失っているということではないか。企業が抱える膨大な資金を本業に投資するのではなく、資産運用に回している構図である。その運用先が昔は株式で、今は債券という点が違うだけなのだ。

製造業本来の使命

 財務省の法人企業統計によれば、金融・保険を除く全産業の利益剰余金は二百六十八兆円にのぼる。その大半が大企業に蓄積されている。最近は国会でこの剰余金問題がしばしば取り上げられているが、企業が膨大な資金を「資本」として抱え込んだまま有効に活用していないことを示している。

 企業の本来の役割は、株主や投資家から集めた資金で事業を行い、一定の配当をすることにある。企業には徐々に自己資本が蓄積されるが、それも事業に再投資するのが基本だ。

 株主や投資家がその企業に資金を投じるのは、国債の利回りより高いリターンを期待するからで、もし国債利回りと同じ配当でよいのなら、投資家はその企業の株式を買わず、国債を買えばよいことになる。

 企業が自らの手元資金を銀行預金や国債に投資しているとすると、「大いなる矛盾」が生じるわけだ。自らの事業に資金を使わず、国債で資産運用するのは株主や投資家だけではなく、企業の成長に人生を賭けている従業員にとっても問題な行動なのだ。

 オリンパスは、医療用内視鏡で世界的なシェアを握る日本を代表するメーカーだ。二〇一一年三月期の連結純利益は三百五十億円。隠し続けてきた損失は一千億円を超えるというから、ざっとその三倍である。モノづくりでコツコツと上げた利益の三年分が財テクの失敗で吹き飛んだと考えると、やり切れない。

「日本のモノづくりを守れ」という主張をしばしば耳にする。だがそれは、消えてなくなりそうな伝統芸能を守るのとはワケが違うはずだ。製造業は、株主から預かった資本や内部留保をモノづくりのために投資し、収益を上げていくのが本来の姿だろう。研究開発投資や、有能な若手の採用など人材投資も、将来の収益拡大に向けた一手である。

 オリンパスを嗤(わら)うなかれ。モノづくりに資金を投ずるという製造業本来の使命を忘れ、マネーゲームにうつつを抜かした企業が二十年にわたって祟られ続けた姿は、今の日本の製造業に対する過去からの警鐘でもある。