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2012-01-23

洋の東西で起きたインサイダー事件。日本の経産省の"甘すぎる対応"が示す「規律の欠如」は、根深いカルチャーか。

| 11:26

年初から「今年のキーワードは?」と聞かれると、「信用、トラストですね」と答えています。今年は経済が大きく揺れる年になるでしょうが、「信用」をどう保つかが焦点になります。欧州危機での国家や銀行もそうですし、日本国債もそうかもしれません。オリンパスは上場維持になりましたが、オリンパスという会社を守ることで、東京証券取引所あるいは日本の資本市場の信用を犠牲にしたように思います。個を守ろうとすることで、組織全体、あるいは制度全体の信頼が揺らぐ。そうした例が相次いでいるように思います。以下の記事に書いた、経済産業省も同じではないでしょうか。

オリジナル→現代ビジネス http://gendai.ismedia.jp/articles/-/31585

 今年の年明け早々の1月9日、スイス中央銀行であるスイス国立銀行のヒルデブランド総裁が辞任した。総裁の妻が為替取引で7万5000スイスフラン(約600万円)の利益を得ていたことが昨年末に表面化、未公開の情報を使って取引をするインサイダー取引の疑惑が浮上していた。ヒルデブランド氏は5日に会見を行い、「法律的には問題ない」などとして辞任する考えがないことを表明したが、国民の批判が沸騰、辞任した。

 中央銀行の総裁は言うまでも無く、為替に大きく影響を与える金融政策を決める立場にある。その政策を事前に知ったうえで為替を売買したとすれば、これほど明らかなインサイダー取引はない。ヒルデブランド氏は問題発覚当初から、妻が取引していることを知らなかったと述べていたが、仮に知らなかったとしても、倫理的には"真っ黒"である。現地のメディアもそろって辞任は当然という論調だ。

 ヒルデブランド氏の妻は元為替トレーダーだったという。当然、夫である中銀総裁が下す金融政策の決定に大きな関心を持っていただろう。あるいは政策について夫から相談されていたかもしれない。プロのトレーダーだった妻は当然、売買すればインサイダー取引に当たることを理解していたはずだ。また、妻が売買した資金がヒルデブラント氏自身の名義の口座から引き出されていたことも暴露されている。

 具体的な取引も"真っ黒"である。ヒルデブランドしの口座の40万スイスフラン(約3200万円)で、8月にドルを購入。その後、10月にドルを売ってスイスフランを買い戻したとされる。昨年進んだドル安スイスフラン高が反転し、ドルが上昇、スイスフランが下落すると読んだわけだ。

 この間の9月にスイス中銀は、スイスフラン高を止める対策として、対ユーロ相場の上限を設定して無制限に介入する新しい通貨政策を導入することを決めたのである。これによってスイスフラン相場は下落。妻は7万5000スイスフランの利益を得たというわけだ。外形的に見れば、夫の決めた政策によって利益を得たことになる。

 ヒルデブランド氏は2010年1月総裁に就任。それ以降、為替介入など、市場に大きな影響を与える決定を何度か行っている。妻が行った為替取引が問題になっているものだけだったのか全容はいまだ明らかではない。夫の不名誉な辞任だけで問題は終わるとは思えず、強制捜査が行われる可能性が高い。さらに多額の取引をおこなっていたのかどうかは捜査の過程で明らかになるだろう。

 そのヒルデブランド氏の辞任から間もない1月12日、日本でも前代未聞のインサイダー事件で逮捕者が出た。経済産業省の現役官僚である木村雅昭・元審議官を東京地検特捜部が逮捕したのだ。

 木村容疑者は経産省商務情報政策局を担当する審議官だった2009年、半導体大手エルピーダメモリーの救済計画に携わっていたが、この間にエルピーダの株を妻名義の口座で複数回売買していたとされる。エルピーダ政府が改正産業活力再生特別措置法(産業再生法)を適用して300億円の公的資金を投入、救済を図っていた。

 その政策側の当事者が株売買を行うという典型的なインサイダー取引である。また、NECの子会社である半導体大手「NECエレクトロニクス」(現ルネサスエレクトロニクス)が別の半導体メーカーと合併する際にも、公表前にNECエレ株を購入していたというから、インサイダー取引の常習犯であった可能性が大きいと指摘されている。

 経産省では同期の中でも出世頭だったという木村元審議官はその後、経産省資源エネルギー庁資源・燃料部長を務めるなど順調に出世を続け、昨年6月に官房付きとなるまで資源エネルギー庁次長だった。

 経産省は企業が事業を行ううえでの様々な規制に関与しており、生殺与奪の権限を握っているとも言える。その政策を決める官僚が、その政策によって影響を受ける企業の株を売買すればインサイダー取引に当たることは明白だろう。

 ところが経産省は、昨年7月、木村元審議官が証券取引等監視委員会の聴取を受け、新聞各紙がインサイダー疑惑を一斉に報じる段階になっても、木村元審議官の処分には動かなかった。経産省には担当する企業の株式売買を禁じる内規があるにもかかわらずだ。

 どうみても外形的には内規に違反しているにもかかわらず、経産省は木村元審議官を辞職させることもなく、官房付に"避難"させるに留めていた。役所の不文律では事務次官など幹部が退職勧奨を行えばそれに従って辞めるが、経産省の関係者によれば、木村元審議官の場合、幹部が辞職を促すことをせず、むしろ庇っていた、という。

 その段階で木村元審議官が使った言い訳は、売買は妻が妻の口座で行った取引で、自分自身は関与していない、妻も公開情報で売買しておりインサイダー取引には当たらない、というものだったようだ。スイス国立銀行総裁の言い訳と瓜二つではないか。世の中の批判を受けて総裁は辞任したが、木村元審議官は辞めることなく居座り、経産省も辞職を求めることはなかった。

 強制捜査では木村元審議官の言い訳が次々に崩れている。報道によれば、妻名義の口座の売買も木村元審議官自身が使う携帯電話から行われていたと言う。また、担当するたびに多くの銘柄で売買が行われ、株式売買を頻繁に行っていることは職場でも有名だったといわれる。

 経産省は木村元審議官の逮捕を受けて、「株式等の取引に関する内部規則の強化」を発表した。当面の間、株式等の取引を自粛し、「その間、徹底的な意識改革を進める」としたうえで、「自粛対象は、自己名義の取引に加え、配偶者等他人名義であっても自らが行う取引を含むものとする」としている。

 妻名義での取引が常態化していると言わんばかりだ。担当企業の売買禁止という内規は、本人による売買を規定していたもので、これまでは妻名義の売買は漏れていたと言いたいのだろうか。自らが政策で関与する企業の株を妻名義で売買してきた木村元審議官を断罪できないカルチャーが経産省の中にあるのか。果たして強制捜査が行われなければ、経産省は頬かむりするつもりだったのだろうか。

 財務省の中堅幹部は経産省の規律の甘さを指摘して、「余りにも企業と近すぎる。癒着していると言われても仕方がない」と語る。昨年は東京電力の福島第一原子力発電所事故に関連して、東電と経産省の癒着ぶりに批判が集中した。天下りばかりが批判されがちだが、経産幹部の親族を電力会社が雇用しているケースなど「独立性に疑問府が付くことが少なくない」という。

 今回のインサイダー取引事件は規律に甘い経産省のカルチャーの一角が表面化した問題と言えそうだ。