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2012-02-19

「モノ言う」企業年金連合会の変節

| 10:31

実践コーポレートガバナンス研究会(http://icgj.org/)の門多丈(かどた・たけし)さんからメールが来ました。米国サンディエゴ近郊で開かれていたPacific Pension Institute Winter Round Tableに参加していたそうです。カルパースなど米国公的年金や欧州アジア政府年金のトップや運用責任者が集まる会合です。運用担当者たちはこの経済環境の中でいかに運用利回りを確保するかに腐心しているそうです。コーポレートガバナンスのモノを言う株主が経営者にプレッシャーをかけてはじめて機能します。そういう意味では日本の経営者に規律が働かないのは、大株主がモノを言わないからに他なりません。われわれの年金を預かる企業年金連合会の「変節」について書いた記事がありますので、少し古いですが、再掲しましょう。以下のオリジナルページに行けば理事長の写真が出ていますが、見覚えのある方も多いと思います。問題の本質を端的に示しています。

オリジナル FACTA12月号 →http://facta.co.jp/article/201112005.html


1990年代から先送りしてきた証券投資の損失穴埋めのために、巨額買収にかこつけて経理を不正操作したことが発覚したオリンパスに、創業家会長に対する100億円を超す貸付金が表面化した大王製紙、やらせメール発覚後も社長が居座り続ける九州電力――。どう見ても日本企業のタガが外れている。

日本は過去20年近くにわたって、経営者の暴走を食い止めるために様々な制度を導入してきた。社外監査役などの社外役員制度、委員会設置会社制度、内部統制、独立役員制度。いわゆるコーポレート・ガバナンス(企業統治)だが、それがなぜ機能しないのだろうか。

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その要因の一つは、「モノ言う株主」がいなくなったことだろう。

アクティビストと呼ばれる国内外の投資ファンドがすっかり陰をひそめ、カルパース(カリフォルニア州職員退職年金基金)などの機関投資家も以前ほど厳しい要求を突きつけなくなった。一時は経営者を震え上がらせた株主代表訴訟もめっきり減った。買収防衛策の導入や円高によって、外国企業も日本企業のM&A(合併・買収)には及び腰になった。

どれだけ新制度でガバナンスを強化しても、経営者に外部からプレッシャーをかける存在自体がなくなってしまっては、ガバナンスが機能するはずがない。

頼みは日本企業の株式を保有し続けている国内機関投資家だが、実はその“変節”が経営者の慢心に拍車をかけている。国内でも数少ない「モノ言う株主」だった企業年金連合会のルール変更が、大きな波紋を呼んでいる。

企業年金連合会は昨年11月、投資先企業の株主総会で議案に賛否を投じる際の基準である「議決権行使基準」を見直した。それまでは、取締役の再任に当たって、「3期連続でROE株主資本利益率)8%以下」の場合は、反対票を投じる姿勢を示していた。ところが、改定後は「ROEが長期に亘り低迷している企業については」として、8%という数値基準を撤廃したのだ。

企業年金連合会は2003年に日本で初めての「議決権行使基準」を策定。その後も取締役の独立性などの要件についてルールを示すなど、日本のガバナンス強化のリード役だった。もともと「3期連続赤字かつ無配」の会社の取締役再任には反対としていたが、07年に一歩踏み込んで8%基準を追加していた。10兆円を超す年金資産を運用する企業年金連合会のルールは、上場企業の経営者にとって大きなプレッシャーだったに違いない。

ある中堅企業の最高財務責任者(CFO)は、「円高などで収益環境が厳しくなっている中で、8%という基準は厳し過ぎ、正直言って負担だった」と吐露する。企業年金連合会としても、日本企業の低収益性を追認せざるを得なくなった、ということだろう。

実際、基準の変更によって、劇的な変化が起きた。連合会がまとめた10年度の株主総会(10年7月から今年6月まで)での議決権行使状況を見ると、「取締役選任」議案での賛否は、賛成1460に対して反対・棄権が384。反対比率は20.8%だった。前年の09年度は賛成1275に対して反対・棄権は660で、反対比率は34.1%に達していたから、数値で見る限り、企業年金連合会が投じた反対・棄権票は激減している。

この1年で日本企業のROEが劇的に改善したとは考え難い。つまり、基準変更が大きな影響を与えたと見ることができる。

このほか、「退職慰労金支給」の議案でも反対比率が26.9%から17.1%に低下、「役員報酬額改定」でも反対比率は27.5%から3.6%へ大きく減った。基準の変更だけでなく、連合会が「物分かりのよい株主」へと大きく変質したことを物語っている。

企業年金連合会は04年以来、「コーポレート・ガバナンス推進会議」を開いてきた。金融庁東京証券取引所といった規制当局者から、研究者、企業経営者、機関投資家など、多彩な講師を招いた講演を、昨年まで7年間で36回開催した。ところが年に数回の催しが昨年8月を最後にぴたっと開かれなくなった。ホームページには「当面の間、開催予定はございません」と書かれている。

議決権行使基準の見直しと軌を一にしたガバナンス推進会議の停止は偶然なのだろうか。

今、国会では日本企業の内部留保の多さが問題視されている。財務省の法人企業統計によれば、金融・保険を除く全産業の利益剰余金は268兆円。その大半が大企業に蓄積されている。言うまでもなく、ROEは企業が持つ資本をいかに効率的に使って利益を上げたかを示す指標だ。利益剰余金の多さとROEの低さは密接に関係している。

利益準備金を再投資に回して企業を成長させようというのが経営者の役割だが、最近の日本の経営者にはそうした意欲が欠如しているように見える。さらに、大株主である機関投資家のプレッシャーが弱まれば、成長に向けて必死に経営しなければいけないという切迫感も失われる。

一方で、日本の機関投資家、とくに年金基金は、運用利回りの低下に苦しんでいる。低利の日本国債での運用に偏重していることも大きいが、投資先である日本企業の収益性が上がらず、株価が低迷していることも要因だ。厚生年金国民年金などの公的年金を運用する「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」も、企業年金連合会も、昨年度の運用利回りはマイナスだった。また、10年平均の利回りをみても、GPIFは1.2%、企業年金連合会は2.1%だ。

厚生労働省は、年金の支給開始年齢を68〜70歳に引き上げる案を示し、国民の厳しい反発を呼んでいる。現在の60歳を65歳に引き上げるタイミングの前倒しも検討している。高齢化によって年金受給者が増えていくこともあるが、運用利回りが低迷し続けていることも年金制度が危機に瀕している理由のひとつだ。

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米国最大の公的年金基金であるカルパースの10年平均の運用利回りは5.4%だ。そのカルパースが「モノ言う株主」として米国だけでなく、国外でも活動してきたことは、日本でもよく知られている。低利回りに苦しむ日本の年金基金こそ、もっとガバナンスの強化に力を入れ、投資先企業の経営者に圧力をかけるべきではないか。

法務省の法制審議会では再び、コーポレート・ガバナンスの強化が議論されている。監査役設置会社にも社外取締役を義務づけることなどが論点のようだ。だが、いくら新しい制度や役職を導入しても、経営者に真剣に圧力をかける株主や投資家がいなければ、まったく機能しないだろう。いくら仏を作っても魂を入れなければ何の意味もない。