粉飾「藪の中」が心地いい監査法人

少し古くなってしまいましたが、FACTA3月号の連載記事を編集部のご厚意で再掲させていただきます。
オリジナルページ→ http://facta.co.jp/article/201203041.html

東京証券取引所が1月、オリンパス株の上場維持を決めた。様々な課題を残したが、責任が問われかねなかった当事者たちは、ひとまず胸を撫で下ろしているに違いない。上場廃止になれば今以上の数の株主たちが損害賠償訴訟に踏み切っただろうから、当事者たちは冷や汗ものだったのだ。

もちろん、東京地検特捜部など当局の捜査は続いており、菊川剛・元社長兼会長ら経営者個人の責任は今後、追及されていくことになる。だが、今回の巨額粉飾事件を、菊川氏ら経営幹部による「個人の犯罪」と片付けてしまって本当にいいのだろうか。

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「監査は問題が起こった時に質が向上するものです」と、オリンパス問題の調査に携わっているベテラン公認会計士のひとりは言う。制度上の欠陥や、監査手続きの不備が明らかになれば、その点を改めることが可能になるので、監査制度自体としては質が上がっていく、というわけだ。

正論だろう。監査に限らず、人は失敗を克服することで成長していく。

だが、このベテラン会計士の思いとは裏腹に、オリンパス事件を自らの教訓に、襟を正そうという雰囲気は、会計士業界にまるでないと言っていい。長年監査を担当してきたあずさ監査法人にしても、その後を引き継いだ新日本監査法人にしても、「自らの監査にはまったく問題がなかった」という立場だからだ。

監査法人を監督する日本公認会計士協会にしても、「監査制度自体には問題はない」という姿勢を貫いている。制度に不備があったとすれば自らの責任が問われることになりかねない。意地でも責任を認めないのだ。

監査法人間の引き継ぎがきちんと行われていなかった、とオリンパスが設置した第三者委員会の報告書に指摘されても、あずさなどは「報告書は間違いだ」と断固否定している、という。あずさはオリンパスに契約を解除される前、問題点を指摘し、経営体制の刷新を求める通告書を監査役に提出していた。あずさ側は後任の新日本に、その通告文を監査役から見せてもらうよう念を押したと監督当局などに説明している。ところが、新日本は引き継ぎは受けていないと頑なに否定。主張は真っ向から対立している。

両者の言い分を聞いた日本公認会計士協会の幹部は「(問題点を)言いたくない側と聞きたくない側の暗黙の引き継ぎだったのだろう」と言うばかりで、問題点を突き詰めようとしない。真相を究明すれば必ず、どちらかの監査法人の責任問題に発展するからだ。「真相は藪の中」が当事者たちにとって居心地がいいわけだ。

「(会社に)騙されては会計士としてなす術がないんです」と、会計士協会の山崎彰三会長は事もなげに言う。会計士が20年近くも騙され続けて「仕方がない」というばかりなのだ。何ら手を打つ素振りもない。

あずさの元経営幹部に「なぜ騙していたオリンパスを訴えないのか」と聞いてみた。あずさは「オリンパスの監査で失敗した」と世間から指弾されることで、名誉を大きく毀損されている。損害賠償請求は可能だと弁護士も言う。しかし、この元経営幹部は「今、経営に携わっていたら、会社を訴えたかもしれないが、恥の上塗りと言われるでしょうね」と苦笑するばかりだった。

では、後を継いだ新日本はどうか。業界の仲間の監査法人を長年騙し続け、自分たちにも隠し事をしてきた会社への信頼は今でも続いているというのか。同じ専門家でオリンパスの顧問だった森・濱田松本法律事務所は「信頼関係が崩れた」として11月に顧問契約を解除している。監査法人も、自らを騙すような会社の監査契約など、さっさと解除するのが当然ではないのか。

6月の株主総会で新日本が辞任するのかどうか見ものである。2億円の報酬を袖にしてでも監査法人としての矜持を示せたら立派だが、どうせ無理だろう。

東証上場廃止基準には「有価証券報告書等に『虚偽記載』を行った場合で、その影響が重大であると当取引所が認めたとき」とある。オリンパスはこれに抵触するかが問われていたわけだ。

前段の虚偽記載、つまり粉飾決算を行っていたことは会社もすでに認めており、東証も「不適切な会計処理が継続し、判明した連結純資産の訂正は、最大で1235億円にのぼる」と認定している。それでも上場維持という結論に導くために、「(上場廃止とするほど)影響が重大とは言えない」という論理を展開した。

東証は発表文で、粉飾は売上高や営業利益には概ね影響しておらず、「本業における経営成績を拠り所とした市場の評価を著しく歪めたものであったとまでは認められない」とした。まず上場維持ありきが結論だったとはいえ、とてつもない詭弁だろう。

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市場評価の基準が一株利益を計算するのに使われる当期利益(税引き後利益)であることは投資家にとって常識といえる。最も一般的な投資尺度として普及している株価収益率(PER)も、一株利益の何倍まで株価が買われているかを示す指標だ。その算定の基礎になる当期利益に大きく影響した巨額粉飾を「影響軽微」と言い切った結論は、将来に禍根を残すことになるだろう。

東証上場廃止基準には、ほかにもこんな規定がある。「監査報告書等において『不適正意見』又は『意見の表明をしない』旨等が記載され、その影響が重大であると当取引所が認めたとき」というものだ。監査法人から監査意見を得られなかった場合には上場廃止になるのである。

20年間も監査法人を騙し続けた会社を、どこの監査法人も引き受けなかった場合、理屈のうえでは上場廃止になるということだろう。会計士を騙すような会社は絶対に許さないと、監査法人業界あげてボイコットすれば、会社は上場企業として存続できなくなるわけだ。

いや待て。この条文にも「影響が重大であると当取引所が認めたとき」という後段が付いていた。東証のことである。「騙されたら見破れないような監査法人の意見など、世の中になくても、影響は軽微だ」という理由で、上場維持を決めるに違いない。