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磯山友幸のブログ RSSフィード Twitter

2012-09-24

IFRS導入で高まる 日本企業の国際競争力

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WEDGE9月号に掲載した連載「復活のキーワード」の記事を編集部のご厚意で転載させていただきます。東海道新幹線のグリーン車に置かれていますが、WEB版も好評です。一度覗いて見てください。

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2180


 円高を生かす─。政府は昨秋から、円高対策の一環として「円高ファシリティ」を始めた。外国為替特別会計から財務省所管の国際協力銀行(JBIC)を通じて、海外で合併・買収(M&A)を行う大企業にドル資金を融資する仕組みだ。10兆円規模の融資枠を設定、貸し出しを始めている。当初は今年9月末までの時限措置だったが、さらに延長する方針だ。

 政権交代以降、民主党政府は繰り返し為替介入などを実施したが、すぐに効果が息切れして円高となる悪循環が続いた。そうしたことから、中長期的に円高メリットを取り込む戦略に転換したわけだ。

 総合商社が鉱山油田などを買収したり、製薬大手が海外の創薬ベンチャーを傘下に収めたりすることを後押ししようという狙いだ。言うまでもなく日本は資源小国で、エネルギーの確保は重要課題。今では輸入額の3分の1を原油などエネルギーが占め、貿易収支の足を引っ張っている。同じく輸入依存が急速に高まっている製薬でも、国際的な業界の“常識”となったM&Aを避けて経営はできない。

 いわば、国を挙げてM&Aを後押しする戦略だが、M&Aを巡る企業間の国際競争で、日本企業を著しく不利にしている要因がある。国際的な会計基準との違いだ。

 企業を買収した際、帳簿上の資産価値よりも高い価格で買収するのが一般的だ。その買収額と帳簿価格の差を「のれん代」などと呼んでいる。日本の会計基準ではその差額を20年以内で償却、つまり費用として計上することになっている。ところが、国際会計基準IFRSでは、のれん代は無形資産として帳簿には記載するものの、償却はしないルールなのだ。

 例えば、のれん代が2兆円発生する巨額の買収をした場合、日本基準に従って20年で償却すると毎年1000億円規模の費用が発生する。当然のことながら利益を大きく圧迫するわけだ。IFRSを使っていれば、原則としてこの負担が生じないため、経営者としては大型のM&Aに打って出やすい。

 日本政府は当初、2015年前後のIFRS導入義務付けを想定して12年中に結論を出すとしてきた。ところが反対論の台頭で、方針を決める企業会計審議会の議論が長引き、会計基準の扱いが決まっていないのだ。

 たまらないのは、日々、国際競争に晒されている日本企業である。

 日本たばこ産業(JT)は12年3月期決算から、従来の日本基準をやめ、IFRSに変更した。周知の通り、JTは海外でのM&Aを繰り返してきた企業だ。07年には英タバコ大手ガラハーを2兆円超で買収している。

 IFRSに変えた結果どうなったか。

 同じ決算でありながら、日本基準だと3747億円の営業利益がIFRSでは4592億円に、2274億円の純利益は3209億円に変わったのだ。のれん代を償却しなくなったことで利益を押し上げたのである。

 同様に自主的に日本基準を見捨てる企業が増えている。武田製薬も14年3月期からIFRSに変える予定だ。武田は昨年、スイスの製薬大手ナイコメッドを1兆1000億円で買収するなど、買収戦略を加速させている。

 また、総合商社も軒並みIFRSに変える。すでに住友商事が切り替えたほか、14年3月期には三菱商事、三井物産などもIFRSにする。現在の総合商社は海外企業に積極的に出資する投資会社に近い業態だ。それだけにM&Aは日常茶飯事だ。買収案件で海外企業と競う際に、会計基準に邪魔されたくない、という思いが強い。

 JTは決算発表の際、会計基準を変えた理由を2つ挙げた。1つは「資本市場における財務情報の国際的な比較可能性」。ライバルである欧州企業はIFRSを使っている。世界の投資家が企業同士を比較する場合、日本基準だと見た目が大きく不利になる。国際企業と同じ土俵で戦いたい、ということだ。

 もう1つは「国際的な市場における資金調達手段の多様化」だ。世界中どこでも通用する会計基準を使うことで、世界中で資金調達が可能になる、というわけだ。事業のグローバル化が進んでいるJTの場合、世界の様々な場所で資金調達する必要が生じる可能性がある。そればかりではない。世界の金融・資本市場が一段と不安定さを増す中で、日本企業がいつでも潤沢に資金を調達できる今の環境がいつまでも続く保証はない。

アジアの国々でも通用するのはIFRS

 日本企業へのIFRS義務付けに反対する声の中には、国際化に対応するのは大企業だけで十分だ、という主張がある。だが、日本の人口が減少に向かう中で、事業の成長を追い求めるにはグローバル展開が不可欠だ。これは企業の大小に関係ないだろう。

 さらに、金融情勢が混乱すれば、中堅上場企業の資金繰りが最も厳しくなる。大企業は手元資金が潤沢なうえ、主要取引銀行であるメガバンクも強力にサポートする。リーマンショック直後にドル資金が用意できず冷や汗をかいた中堅企業は少なくない。

 成長市場であるアジアでの展開を急ごうと思えば、アジア市場での株式上場や社債発行などが不可欠になる。アジアの国々で通用するのはIFRSだ。

 希望する企業だけIFRSを使えばいい、という反対論もある。現在、日本では、日本基準のほか、米国基準とIFRSの利用も認められている。現状のまま、国が方針決定を先送りすれば、事実上、国内に3つの基準が乱立する状態が続く。

 これでは同じ国内の上場企業でありながら、決算書の比較が簡単にはできない。同じ日本の資本市場にいながら、ルールが違うとなれば、資本市場自体の質が問われることになる。そうでなくとも、日本の資本市場の地盤沈下は著しい。

 日本の基準を世界に認めさせることが国益だ、という主張もある。日本の公認会計士や証券アナリストなどは、IFRSの議論が始まった40年近く前からの創立メンバーで、現在も基準を決める組織に評議員2人と理事1人を送っている。

 国際基準の設定になかなか関与できない他の分野と違い、日本が基準決定や組織運営に大きな影響力を保持している数少ない領域なのだ。「会計は文化だ」として日本基準を残すことだけに固執した場合、これまでの努力が水泡に帰すばかりでなく、他の基準づくりの分野同様、日本がガラパゴス化することになりかねない。

 のれん代を償却する日本基準の方が学問的には正しい、と主張する学者もいる。確かに論理的にはそうかもしれない。だが、日本企業が国際競争に晒されている中で、会計基準が企業の足を引っ張ってよいのか。鎖国をして日本経済がやっていけないのは自明な以上、競争のルールを国際基準にそろえるのは当然だろう。

◆WEDGE2012年9月号より