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2012-10-10

「1内閣1閣僚」のはずが、政権交代以来、誕生した大臣は延べ152人! もはや「元○○大臣」の肩書きは無能の証明に成り下がった

| 16:42

 民主党代表選を終えて野田佳彦首相内閣を改造、「野田第3次改造内閣」が発足した。1年余りで4回目の組閣というのは当然のことながら戦後最多の記録である。政権基盤が弱い首相が求心力を保つためとはいえ、「ポスト」の大盤振る舞いは目に余る。

 民主党政権交代前、自民党の閣僚が短期間で代わるのを「ポストのたらい回しだ」と強く批判していた。総選挙を経ずに安倍晋三福田康夫麻生太郎と毎年首相が誕生したことも徹底的に攻撃してきた。ところが政権を奪取するや、自民党時代よりも酷いポストのたらい回しが常態化している。

 今回の内閣改造に関しても、野党からは「入閣待望組の在庫一掃セール」(みんなの党渡辺喜美代表)、「思い出づくり内閣」(国民の生活が第一東祥三幹事長)と厳しい批判の声が上がった。公明党の山口那津男代表も「民主党が言ってきた『1内閣1閣僚』は全く実現していない」と切り捨てた。

 政権交代直後の鳩山由紀夫内閣は「1内閣1閣僚」を意識していた。鳩山首相が大臣に任命したのは19人だった。実力本意でポストに就けようとした気概が感じられた。ところが、政権を奪取したものの、ポストが回ってこないことに党内の議員の不満が鬱積。代表選に臨んで菅直人氏はポストを論功行賞の道具に使った。菅氏が大臣に指名した人は35人にのぼった。党内基盤が弱い野田首相が大臣のポストを与えた人はすでに38人にのぼる。

 政権交代以来、民主党で誕生した大臣は152人。複数の担当を兼務した場合を除いた延べ人数である。同じ議員が大臣ポストを転々とするケースも多いことから、「メリーゴーランド人事」と揶揄する声もある。こうしたケースを除外し、個人ベースの大臣就任者の数を数えると、それでも68人にのぼる。閣僚ポストは18人だが、3年余りの間に3倍近い人が大臣になったわけだ。

 当然、大臣としての在任期間は短くなる。野田内閣発足以降、1年以上同じポストに留まっている大臣は玄葉光一郎外相と、藤村修官房長官ぐらいだ。

国民の生活を重視しているとは言いがたい

「たらい回し」の対象にされている「最も軽い」大臣ポストは少子化対策担当相。改造人事では中塚一宏金融相が兼務したが、民主党政権になってから何と9人目(官房長官の事務代行は除く)だ。

 少子化は、日本の年金制度が大きく揺らいでいることや、日本経済が成長路線に乗れないことの根本的な原因の1つであることは明らかだ。その責任者がコロコロ変わっていては、まともな対策など打てるはずはない。男女共同参画担当相も「軽い」。少子化対策担当などと兼務するケースが多いこともあり、すでに8人目(事務代行は除く)だ。

 主要大臣にもかかわらず「軽い」のが法務大臣。今回の改造では田中慶秋議員が就任したが、民主党政権になって8人目だ。菅内閣では仙谷由人官房長官が兼務したほか、江田五月氏が環境大臣と兼務するなど、「軽さ」に拍車をかけた。

 消費者及び食品安全担当も7人目(同)だ。もともと民主党は「国民の生活が第一」をキャッチフレーズにしてきた。消費者行政などは看板政策になるはずだったが、大臣の交代のスピードを見る限り、国民の生活を重視しているとは言いがたい。

 大臣がコロコロ代わっても現場の官僚がしっかりしているから問題ない、というのであれば、民主党が言い続けてきた「脱官僚依存」「政治主導」から大きく外れる。

 民主党の看板だったはずのポストでも大臣がコロコロ代わっている。典型例が国家戦略担当相だ。官邸主導の司令塔として「国家戦略局」を置き、それを束ねる内閣の中核的な存在になるはずだった。鳩山内閣では菅氏が副総理として国家戦略担当相に就いた。

 ところが国家戦略室を「局」に格上げする法案は一向に提出されず、国家戦略担当相の位置付けも揺れ動いた。菅氏から、仙谷氏→荒井聡氏→玄葉氏→古川元久氏と交代し、改造では前原誠司・前政調会長が就任した。前原氏で6人目である。

 民主党政権になって誕生した担当相である「新しい公共」担当もたらい回しだ。政権交代の目玉として、国家戦略と両輪の位置付けだった行政刷新担当相に就いた仙谷氏が兼務してスタートした。その後、玄葉氏→蓮舫氏→岡田克也副総理中川正春氏と交代。今回の改造では中塚金融相の兼務となった。こちらも6人目だ。

副大臣政務官首相の胸先三寸で決まる

「政治主導と口では言うが、もはや大半の役所で大臣は官僚の言いなりだ」と霞が関の幹部は苦笑する。自民党時代は族議員のドンが大臣に就くケースも多く、政策に通じていたが、今はかなりの数の大臣が素人に近いと官僚たちは見透かしている。

「まだ大臣はいい方ですよ」と民主党の中堅議員は言う。副大臣大臣政務官ポストはすっかり論功行賞の材料になった、というのだ。鳩山内閣までは副大臣大臣政務官には実務に通じた専門性の高い議員を配置しようという意図が見えた。所管の大臣が自分の手足として使えるよう、人事に大臣の意向を働かせる仕組みだった。

 野田氏が財務副大臣に就いたのは鳩山氏の意向ではなく、財務相になった藤井裕久氏の引きだった。藤井氏が野田氏をあの時、副大臣に起用していなかったら、おそらく野田氏が今日、首相の座に就くことはなかっただろう。だが、そんな人事の仕組みも今は昔。副大臣政務官首相の胸先三寸で決まる。

 議員が肩書きを欲しがるのは名誉欲ばかりでなく、選挙に有利だからだ。まして今の民主党には逆風が吹き、それでなくとも選挙戦は厳しい。「元○○大臣」の肩書きがあれば選挙戦でも有利になるというのだ。

 だが本当か。議員は大臣を務めたことが重要なのではなく、大臣として何をやったがが重要なはずだ。3年余で3つも4つもの大臣の肩書きを"収集"したからといって、それが国民の役に立ったという証にはならない。むしろ、「元○○大臣」という肩書きが、その分野で結局何の成果も上げられなかった"戦犯"であることを示すのではないか。われわれ有権者も、量産された元大臣をそういう目で見た方がよさそうである。