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2012-11-30

成田、羽田の一体化で アジアのハブに返り咲く

| 13:58

羽田空港の国際線が増え、海外出張も便利になりました。とくに東京西部・南部に住む人にとっては格段に便利になったのではないでしょうか。また、深夜発の便ができたことで、欧州早朝着などが可能になり、日程短縮も楽になりました。グローバル化が進む世界の中で日本経済が闘うには、インフラである「空港」の整備が不可欠です。WEDGE11月号に掲載した連載記事「復活のキーワード」を編集部のご厚意で以下に再掲します。オリジナル→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2326

 日本経済を復活させるには、世界からヒト・モノ・カネをいかに呼び込むかがカギとなる。その入り口とも言える象徴的な存在が「空港」である。

 国際線旅客利用者数の空港別ランキングで見ると、2006年には、香港国際空港が世界5位で4327万人、次いで6位が日本の成田空港で3386万人、7位がシンガポールチャンギ国際空港の3336万人だった。つまり、香港東京(成田)、シンガポールアジアの三大ハブ空港だったわけである。つい6年前のことだ。

 当時すでに、アジアでの「ハブ争い」は熾烈さを増していた。1998年に香港が大規模な国際空港を完成させ、01年には韓国仁川国際空港が開業。タイも06年、バンコクに新しいスワンナプーム国際空港を開いた。チャンギ空港も06年に格安航空会社専用ターミナルを開業、08年には「ターミナル3」もオープンさせた。空港の大規模化は、自国の旅客需要を賄うためではない。アジアへやってくる世界中の人々の玄関口になることを狙ったのだ。

 遅まきながら日本も、07年に当時の安倍晋三内閣が「オープンスカイ」「アジアゲートウェイ」といった構想を掲げた。柱は羽田空港の国際化。国土交通省などの抵抗を押し切って、「国際線は成田羽田国内線」という不文律を打ち破った。10年秋に国際線ターミナルが完成。11年度には724万人が国際線を利用した。だが、他のアジア諸国の大規模な投資戦略に比べれば月とすっぽん。小手先の対応と言えた。

 11年の国際線旅客数の空港別ランキングでは、香港が5274万人で世界3位に躍進、シンガポールが4542万人で7位を死守したものの、成田は2633万人で13位へと後退した。その代わりにタイのスワンナプームが8位、韓国仁川が9位となった。成田アジアの三大ハブから陥落してしまったわけだ。

 成田空港では格安航空会社専用ターミナルの建設などが進んでいるが、夜間発着ができないうえ、空港の大規模な拡張の余地はない。羽田では国際線ターミナルの拡張などが行われているが、沖合へのさらなる再拡張など本格的な大規模化には時間がかかる。運用の見直しだけで発着回数を増やしていくのには限界があり、このままでは簡単にアジアハブを奪還できない。

 そんな手詰まりの中で、参考になるのが、英・ロンドンの空港戦略だろう。ロンドンには空港が5つある。メインのヒースロー国際空港のほかに、ガトウィック空港、ロンドン・シティ空港があり、50キロ近く離れた場所にスタンステッド空港、ルートン空港がある。後者2つは格安航空会社が主に利用しており、格安航空会社ライアンエアーがスタンステッドを、イージージェットがルートンを本拠地にしている。

 ヒースローの11年の国際線旅客数は6468万人。世界一の座を守り続けるために拡張を続け、今ではターミナルは5つになった。それでも収まらない国際定期便はガトウィックに。北米路線の定期便のほか、チャーター便も多くがこの空港を使う。ガトウィックの旅客数は2992万人で世界11位。何と成田よりも多いのだ。これに金融街シティや新興ビジネス街カナリーワーフに近いロンドン・シティ空港は、欧州大陸などからのビジネス客を主体とする中小型機が発着する。

5つの空港を使うロンドンの戦略

 ロンドン周辺の5つの空港を機能分化させ、相乗効果を上げているのだ。5つの空港を「一体」ととらえて戦略を練っているのだ。ロンドンが世界中からヒト・モノ・カネを集めることができているのも、こうした空港戦略の成功が背景にあると見ていいだろう。

 では、ロンドン・モデルをどう日本に応用するか。成田羽田を一体として戦略を練り直すべきだろう。まだまだ国際線は成田国内線羽田といった機能分化の考え方がしみこんでいる。

 都心の会社から旅立つビジネスマンにとって、羽田の国際線が増えれば圧倒的に利便性は高まる。実際、羽田を深夜に飛び立って、欧州の早朝に着く便や、米西海岸の夕方に着く便、羽田を早朝に発って、ニューヨークに早朝に着く便など、新しい運航パターンが生まれ、海外出張をより効率的にこなすことができるようになった。

 一方で、東京の東部や千葉茨城など首都圏に住む人たちにとって、羽田よりも成田の方が便利な人たちも少なくない。にもかかわらず、成田国内線は極端に少なく、不便なのだ。

 ハブ空港ハブは自転車などの車軸のことを言う。ハブから車輪に向かって伸びるのがスポークだ。ハブ空港が機能するにはスポークが無くてはならない。国際線だけのスポークではなく、国内線のネットワークの中心であることも重要なのだ。

 今、日本には地方空港がひしめいている。様々な形態の空港をすべて合わせるとその数は100を超える。「オラが町にも空港を」ということで、地方自治体が採算度外視で量産した結果だ。航空会社の収益が厳しくなったこともあり、定期便が飛ばない空港も少なくない。そうした空港に香港仁川からチャーター便などが就航、結果的に、香港仁川といったハブに客を吸い取られるスポークの役割を果たす結果になっている。

 成田羽田の一体化を進め、より強力なハブにしていこうという取り組みがないわけではない。成田羽田の交通網整備構想もその一環だ。

 京成電鉄京浜急行を結ぶ都営地下鉄浅草線の短絡新線を建設し、成田東京駅羽田を結ぼうという計画だ。成田東京が37分、東京羽田が22分で結ばれるというが、成田から羽田に移動しようと思えば1時間かかる。

 いっその事、成田羽田を結んでしまえと、両空港間をリニアモーターカーで直結させるという壮大な構想もある。東京湾の下をくぐる大深度地下のトンネルで両空港を結び、時速約300キロで走行すれば、所要時間は約15分という。09年に当時の松沢成文知事のもと、具体化に向けた報告書を神奈川県がまとめている。経済波及効果は2兆9000億円というが、試算された建設費は1兆3000億円と巨額だ。

 私たちが見慣れた地図はメルカトル図法で描かれている。一見、ニューヨークから東京シンガポールも距離がそれほど違わないように感じるが、現実の地球はまったく異なる。「正距方位図法」という距離と方位を正しく示す地図で見れば、日本は、北米からアジアへの途上にある。まさに「ゲートウェイ」なのだ。欧州からの距離を見ても、決して不利な位置にはいない。

 つまり、東京の空港がアジアハブになれないのは地理的に不利だからではなく、ハブ化戦略に失敗したからに他ならないのだ。巻き返しに向けて、戦略を練り、一気呵成に挽回しなければならない。

                               ◆WEDGE2012年11月号より

2012-11-29

若者を呼び戻す「儲かる漁業」は夢ではない! 「6次産業化」と「資源管理」を訴える三陸漁業生産組合の取り組みをレポート

| 12:06

農林漁業の1次産業化の現場レポート第2弾です。仲間に連れて行ってもらった東日本大震災の被災地、大船渡漁業生産組合の取り組みをご紹介します。11月21日にアップした現代ビジネスのオリジナルページには関連のリンクが張ってありますので、是非ご覧下さい。オリジナル→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34114


漁業に若い人を呼び戻すのは簡単だ。漁業を儲かる産業にすればいいんだ」---岩手県三陸漁業生産組合の瀧澤英喜組合長はこう語る。

 瀧澤氏によれば、岩手県漁業者の4割は販売金額が300万円未満の低所得で、4割が60歳以上の高齢者だという。重労働で低収入となれば漁師の息子ですら跡を継がない。何とか儲かる漁業を作り上げていきたい。そんな思いで、漁獲から加工・販売までを一貫して行う「6次産業化」に取り組む生産組合を今年5月に立ち上げた。

 参加したのは漁業者10人。大船渡市越喜来から7人、大船渡から1人、釜石から2人が加わった。水産業協同組合法に基づいて岩手県に申請。岩手県内で、漁業者による生産組合が認可された初のケースとなった。

国の支援を当てにしていてもダメだ

 まず取り組んだのがタコの生産加工販売。組合員がカゴ漁で獲ったタコを、煮ダコなどに加工、それを鮮度を保つことができる急速冷凍機(CAS)で冷凍して、都会の居酒屋など飲食店や一般の消費者向けに直販するのだ。

 ちなみに、一般の消費者向けには地元のネット直販会社「三陸とれたて市場」(八木健一郎代表)を通じて販売している。「三陸とれたて市場」は2001年にスタート。2004年に法人化した。今や、三陸を代表する有名産直サイトだ。

 最初の「取り扱い商品」をタコに定めただけに、生産組合のイメージキャラクターもタコにした。商品に貼るラベルやメンバーが持つ名刺にも真っ赤なタコが描かれえいる。

 タコの漁期が終わった秋以降は、新しい食材開発に取り組んでいる。地元で「ケツブ」「サクラガイ」と呼ばれるツブ貝の一種をむき身にして冷凍パックにしたものを、居酒屋向け食材として開発。試験的に都会の飲食店に出荷している。さらに三陸に戻ってくるサケを漁獲し、加工品の製造・販売なども行いたいとしているが、漁獲許可など越えなければならないハードルは高いという。


 東日本大震災ではこの地域の漁業設備も大きな被害を受けた。船や漁具を失ったり、冷蔵庫を流されたりした。「国の支援を当てにしていても中々俺たちのところには来ない」と腹をくくって、自ら生産組合を立ち上げることにした、という。そうした姿勢が多くの共感を呼び、ヤマト福祉財団などから支援が寄せられた。

大きく育て、高い値段で売ればいい

 瀧澤組合長は「漁業は儲かる産業になれる」と確信を持っている、という。その大きなきっかけになったのが、今年9月にノルウェー政府の招きで、岩手宮城漁業・水産関係者と共に視察した同国の漁業の成功を目の当たりにしたことだった。(参照:視察をまとめた河北新報の特集記事)

 ノルウェーで瀧澤氏が最も驚いたのは「資源管理の徹底ぶり」だった、という。日本の漁船に比べてはるかに大きい2000トンクラスの船で出漁し、魚を500トンも獲れば港に戻ってくる。これは資源管理のために初めから漁獲枠が割り当てられているからだという。日本の場合、漁船は魚を見つければ根こそぎ取ってしまう。船ごとの枠がないため、獲ったもの勝ちになるのだ。

 ノルウェー漁業者はサバ漁で大きな利益を上げているが、大半が日本向けの輸出。魚価の高い3歳魚以上のサバを、一番良い値段で売れる時期に獲っている。漁獲枠が決まっているので、単価の高い魚を獲ろうというインセンティブが働くわけだ。

 三陸沿岸は名高いサバの産地だが、日本では4〜5歳魚まで残っているマサバは少ないという。大きく育つまで待てずに獲ってしまうからだ。

 また、ノルウェーでは漁労から漁港での水揚げ作業までを徹底して機械化し、2000トン級でも乗組員は8人ほどだという。日本は400トン級の漁船に30人以上も乗っているのだそうだ。

 生産組合で扱うタコにしても、1キログラムだったタコが2年待ては10数キロに育つという。本来は資源管理を徹底して、大きく育て、高い値段で売ればいいのだが、「目先の収入を優先して待つことができない人が多い」(三陸漁業組合の遠藤誠理事)のだという。

漁業の産業化が進む可能性

「多くの国民に、漁業の発展には資源管理が大切だという事を知ってもらうのが第一歩だ」と三重大学生物資源学部の勝川俊雄准教授は言う。

 農林水産省水産庁のOBなどには漁獲割り当ての導入を主張する人もいるが、現場の水産庁は消極的だ。「日本には漁業者が20万人いて、それも沿岸の小規模漁業が中心。ノルウェーとは状況がまったく違う」(水産庁幹部)というのだ。

 背景に漁協など漁業団体の根強い反対などを指摘する声もある。しかし、農業と同様、現状のままでは国際的な競争力を付けることもできず、ジリ貧に陥るのは火を見るよりあきらか。声の大きい既得権者に押され、産業化のビジョンを描けずにいる。

 そんな水産庁も、漁業(1次産業)と水産加工(2次産業)、販売・飲食などのサービス(3次産業)を組み合わせる(1+2+3=)6次産業化には前向きだ。「震災を機に、漁業がダメになっても、水産加工がダメになっても、お互い生きていけないことを痛感した地域が多い」(前出幹部)というのだ。

 もともと、漁業者と水産加工業者の仲が悪いなど、共に力を合せて事業に取り組むムードに欠けていたきらいがあるのだが、震災復興をきっかけに東北地方沿岸の漁業の産業化が進む可能性があると見ているようなのだ。


 三陸漁業生産組合のタコの絵が付いた商品のラベルには「世界三大漁場 いわて・三陸大船渡」とキャッチコピーが書かれている。自分たちの目の前に広がる海は世界有数の価値を持つ、という誇りの表れだ。

 その世界有数の資産をどう活用し収益を生み出していくのか。現場の取り組みに注目していきたい。

2012-11-28

古川元久・前国家戦略担当相が語った本音 「私が『原発ゼロ』を決めたのは"変節"でも"ポピュリズム"でもない」

| 19:04

 原発TPPなど国論を二分するテーマが選挙戦の争点になるかと思われましたが、どうもそうではありません。多くの国会議員がこうした難題に本音を語らなくなったからです。再び永田町に帰ってくるためには、有権者の嫌がる事は言わない方が得策というムードです。政府が「脱原発」の方向性を決めるのにも紆余曲折がありました。その中心にいたのが古川元久・国家戦略相(当時)です。役回りとはいえ、古川氏は多くの国民の前で自分自身の本音を語らざるを得なくなったのです。少し古くなりましたが11月14日にアップされた現代ビジネスの原稿を編集部のご厚意で再掲します。

オリジナル → http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34042 


 政府は9月に決めた「革新的エネルギー・環境戦略」で、「2030年代に原発稼働ゼロを可能にするよう、あらゆる政策資源を投入する」ことを決めた。事実上の「原発ゼロ」宣言に、経済界原発立地自治体は猛烈に反発。日米原子力協定を結ぶ米国からも強い懸念の声が内閣に寄せられたという。

 戦略をまとめる過程で主に議論を続けてきたのは、細野豪志環境相原子力行政担当相、枝野幸男経済産業相原子力損害賠償支援機構担当相、古川元久・国家戦略担当相、仙谷由人民主党政策調査会長代行の4人。当初、脱原発派の枝野氏に対して、仙谷、細野、古川の3氏は原発容認派と見られていた。

 ところが会議の中盤から古川氏が最も「脱原発」を主張するように変わったという。原発の存続と再稼働を画策していた経産官僚などからは「変節した」と指弾される古川氏。いったい、脱原発を目指す方針に転向した背景には何があったのか---。


いつか必ずそうならざるを得ない現実

 「私が革新的エネルギー・環境戦略で最終的に『原発ゼロ』を目指すことにした最大の理由は、使用済み核燃料の問題です。原発を動かした場合に、出てくる"ゴミ"をどう処理するかは決まっていません。そんな中で原発を動かし続ければ、いつかゴミの一時的な置き場すらなくなって、原発は動かせなくなる。この使用済み核燃料の処理の問題を考えれば、原発ゼロは選択肢の問題ではなく、いつか必ずそうならざるを得ない現実なのです」

 もちろん、古川氏がそう考えるに至ったきっかけは東日本大震災に伴う東京電力福島第一原発の事故だったという。

 「福島第一原発の事故でパンドラの箱が開いてしまったのです。これまでは使用済み燃料は再処理されて利用されるので、"ゴミではなく資源"とされてきました。いつかは最終処分せざるをえないとしても、それはずっと先の話として、最終処分場も決まらないまま、この問題に真剣に向かい合ってこなかった。

 しかし、今回の事故でこの使用済み燃料の処分の問題をはじめ、これまでの原子力政策のさまざまな矛盾が国民の目に明らかになってしまった。もはやこうした問題を直視しないわけにはいかないのです」

 古川氏は内閣府特命大臣として、国家戦略担当のほか、科学技術担当なども兼務した。そこで担当する日本学術会議などの知見を得ることになる。

 「これまで考えられてきた我が国の最終処分の方法は、廃棄物をカプセル容器に密閉したうえで、地下深くに掘った空間の中に閉じ込めてしまおうというものです。ところが、先日、学術会議が提言書を発表し、日本列島の地層は不安定で最終処分の適地がないと指摘しました。つまり日本には捨て場所がないのです」


使用済み燃料の処理の問題はどうするのか

 政治家4人による原発是非論は時に白熱したようだ。もともと仙谷氏は政権交代した後、日本企業の原発輸出の旗を振った。原発推進派と言っていい。細野氏も官僚の話を良く聞くタイプで、原発には理解があった。枝野氏はもともとの政治的なスタンスから脱原発派と見られていた。

 会議はたいがい2対2の激論になったという。時には激昂した仙谷氏が「お前、菅と一緒にやればいい」と古川氏を怒鳴りつける場面もあったという。菅とはもちろん、脱原発を掲げた菅直人・前首相の事である。

  「私も事故以前は原発は必要だと考えてきましたが、お恥ずかしながら、こうした(廃棄物)問題までトコトン突き詰めて考えてはいなかった。しかし事故が起きてこれまでの原子力政策を検証し、見直す中で、こうしたさまざまな矛盾に気がついたのです。これは私だけでなく、多くの国民の皆さんも同じではないでしょうか」

 古川氏が脱原発に舵を切った背景に選挙区事情がある、という見方もある。古川氏の選挙区愛知2区名古屋は圧倒的に中日新聞の影響力が大きい。中日新聞や系列の東京新聞は強硬な「脱原発」の論陣を張っている。

 そんな中で、選挙区の主婦層などの声を無視して古川氏が「原発容認」の姿勢を打ち出すことなど無理だ、というのだ。さらに愛知2区からは世論掌握に長けている河村たかし名古屋市長が立候補するのではないか、という噂が絶えない。古川氏も自身の決断を「ポピュリズムかどうか」自問自答したという。

 「私が出した原発ゼロの方針に対しては、『無責任だ』とか『ポピュリズムだ』といった批判をされたりします。これまで私が親しくしてきた方からもこうした批判を受けることがあります。しかし本当に『無責任』なのか、『ポピュリズム』なのか。そういう方々に私は、『それではこの使用済み燃料の処理の問題はどうするのですか』と問いたいと思います。

 この現実を直視すれば、いつかは原発ゼロにならざるを得ないのです。ならばいまから原発に頼らないで済むエネルギー社会の実現に向けて全力を尽くすのが、あの事故を経験し、これまでの原子力政策の矛盾に気づいた私たちの世代が、将来世代のために果たすべき責任ではないでしょうか」


原発稼動ゼロ」が可能となる状況を一日も早く作っていく

 古川氏は5月18日の段階で、「原子力発電について」という文書をまとめ、支援者などに配っている(画像ファイル参照)。考え抜いたうえで、自分の考えをまとめて以降、古川氏はブレていない。政治家として腹をくくった、ということだろう。

 「私はいまを生きる私たちの責任は、前の世代から受け継いだこの国を少しでも良くして次の世代に引き継ぐことだと思っています。そう考えれば、自分たちのいまの生活のことだけ考えて、使用済み燃料という危険でコストのかかる大きな負の遺産を次世代にツケ回しし続けるのは、あまりに無責任ではないか。私はそう考えました」

 政府が決めたのはあくまで「2030年代に原発稼働ゼロを可能にする」ということであって、正確には、「原発ゼロ」を決めたわけではない。

 「しかしだからといって、直ちに原発をなくせとは言っていません。再生可能エネルギーの開発を急ぐとともに、蓄電池開発やコジェネの活用、新型の石炭火力の新設など火力発電の効率化の推進などによって、原発に替わる代替エネルギーを確保しながら、徐々に原発への依存度を下げ、最終的には『原発稼動ゼロ』が可能となる状況を一日も早く作っていくのが適当だと考えています」

 つまり、政府のビジョンとして方向性を示した、というわけである。古川氏は政権交代以降、国家戦略というまさに国家ビジョン策定の中心にい続けた。

 「私は政権交代以来、内閣府副大臣官房副長官、そしてこの1年あまりは国家戦略担当大臣として時の政権の中心的な課題に取り組んできました。大臣としては『日本再生戦略』をまとめました。これは日本が今後目指すべき国のビジョンを『共創の国』という形でまとめ、その実現のために必要な11の戦略をトータルに示すことができたと自負しています」


マイナンバーは必要不可欠な社会インフラ

 国家戦略室民主党政権交代の目玉だった。

  「初代国家戦略室長として、国家戦略室を立ち上げた者としては、国家戦略室法律で局に格上げし、権限を明確にして定員も予算もきちんと確保したいとずっと思ってきました。大臣になって是非実現したいと思いましたが、残念ながらねじれ国会の中で『局』への格上げを実現する法案は提出できませんでした」

それでも「国のかたち」を変えていくために様々な政策を実行に移した。

 「私が国家戦略室長時代に検討を始めた社会保障・税共通番号、いわゆるマイナンバーについては、大臣として法案を提出し、その成立をめざしました。これは公平・公正で効率的な社会保障制度や税制を実現する上で、必要不可欠な社会インフラだと思います。誰が政権を担ったとしても絶対に必要な制度です。

 10月の内閣改造で大臣を退任し、衆議院内閣委員会委員長を拝命しました。マイナンバー法案を審議するのは、内閣委員会です。一日も早くこの法案を通すことができるよう、委員長としての職責を果たしていきたいと思います」

2012-11-26

建設業者と漁協が組んでブイヤベースを都会で売る「Sado Kitchen」の取り組み 〜農林漁業「6次産業化」の現場レポート

| 13:29

選挙の争点の一つは日本経済を復活させる「成長戦略」です。その中で、多くの政党が農林漁業の強化を訴えています。ここ数年使われている言葉が「6次産業化」ですが、中々一次産業の「現場」と最終消費地である「都会」の距離は縮まらない、というのが実状です。できるだけ現場に行って6次産業化の取り組みを取材しようと思っています。記事で紹介することが、現場と都会をつなぐ小さな一歩になるかもしれない、と思うからです。

オリジナル→現代ビジネス http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34114


6次産業化」という言葉をご存知だろうか。農林業業などの第1次産業と、食品加工などの第2次産業、それに販売や外食といった第3次産業のサービス業を融合、「1+2+3=6次産業」というわけだ。民主党政権交代前から日本の農林漁業復活の切り札として掲げてきた政策である。

 従来、農林漁業政策の柱は補助金だった。民主党政権交代に際して「農家戸別所得補償」制度の導入を前面に押し出したため、補助金政策の拡大ばかりが目に付く。だが、「補助金漬け」では日本の農林漁業に将来がないことは、現場の農林漁業者が一番痛感している。何とかして「儲かる農林漁業」にすることが、再生にとって不可欠なのだ。

 10月の稲刈りが終わった新潟県佐渡を訪れたが、そこで大規模化を目指す農業法人のトップが言った言葉が耳から離れない。

「結果的に小規模農家を守る戸別所得補償には反対ですが、正直言って助かっています」

 補助金漬けでは未来が開けないと理解しながらも、収支を考えると補助金なしには成り立たない。何とか日本の農業を強くしよう、と努力をしている現場の人たちが、最も戸惑っているのだ。

6次産業化の難題は消費者とつながる3次産業部分

 政府は7月末に経済成長戦略として「日本再生戦略」を閣議決定した。医療・介護、環境、農林漁業の三つを重点分野とし、2013年度の予算編成から重点枠を設けて優先的に財政措置を取るとしている。これによって100兆円超の新市場を創り出し、480万人以上の新たな雇用を生み出すとしている。その農林漁業の成長戦略の柱にも、6次産業化が掲げられている。6次産業化による市場規模を2020年までに10兆円にするのが目標だという。

 「日本再生戦略」にはこう記されている。

「地域に根差した農林漁業の活性化を図り、地域の資源を見直し、高付加価値化を進めた新しい6次産業とすることで、農林漁業者の所得を増大させ、日本全国、津々浦々の地域活力の向上につなげていく。意欲ある若者や女性などが、安心して農林水産業に参入し、継続して農林水産業に携わる環境を整え、農林水産業を新たな雇用の受け皿として再生する」

「農林漁業と商業、工業、観光業を組み合わせた6次産業を生み出すことで、地域社会に自信と誇りを取り戻す」

 実は6次産業化はこの再生戦略で始まったわけではない。民主党政府が2010年3月末に閣議決定した「食料・農業・農村基本計画」でも6次産業化の推進が大きな柱として掲げられていた。農林漁業の地元でも「6次産業化」という言葉がかなり定着し、様々な取り組みが始まっている。

 ただ、農林漁業に取り組む現場からみて、6次産業化の難題は最終的に消費者とつながる3次産業部分だ。自分自身が獲った農産物や水産物を、都会のデパートに売り込んだり、インターネットを通じて販売しようと試みる農林漁業者は少なくない。だが、そこに最大のハードルが存在するのも事実だ。

 なかなか簡単には最終消費者の間で認知度が高まらないのだ。現場の個々の取り組みを多くのメディアが紹介することが、6次産業化のカギと言っても過言ではない。そんな6次産業化の取り組みの現場を訪ねて今後、随時紹介していくことにしたい。

総括マネージャーは東京で料理人の経験を持つUターン組

 新潟県佐渡市秋津に本社を置く螢轡鵐錺掘璽妊螢も漁業分野での6次産業化に取り組む企業の1つだ。

 新潟港から高速船ジェットフォイルで1時間余り。佐渡島の玄関口である両津港に着く。東京駅から新潟まで新幹線で2時間だから、わずか3時間半の距離である。その両津港から海岸沿いの道を20分ほど南下した水津漁港の一角に同社の加工工場があった。

 漁業協同組合の敷地の一角を借り受けて建設した工場は更衣室と加工場、冷蔵室からなる小じんまりしたもの。そこで3人の女性が働いていた。

 加工するのは漁港に水揚げされた魚介類。ブイヤベースやパスタソースなど様々な加工品を作り「Sado Kitchen」と名付けたホームページで消費者に直接販売している。一部の商品は東京のデパートの食料品売り場にも並ぶ。水揚げされたばかりの魚介類を漁港で加工・調理するわけだから、ホームページで「佐渡・極上シーフード特産品」と胸を張るのもうなづける。有名なフレンチレストランのシェフにレシピ開発の協力も受けている。

 しかも、網で傷ついた魚や、小さ過ぎる魚など、従来ならば市場で売り物にならないような魚も材料にできるため、コストは抑えられる。ブイヤベースやパスタソースなら、材料の魚種が変わっても対応できるため、豊漁で価格が大きく下落した魚などを利用できる。漁業者にしてみれば、これまで値段が付かなかったようなものに、価値が生まれることになるわけだ。

 もう1つ、シンワシーデリカの特長は、都会のレストランやホテルへの食材供給に力を入れていること。魚を三枚におろすなど可食部分だけに下ごしらえして冷凍したものを供給したり、味付け前のシーフードブイヨンやペーストの状態で供給しているのだ。レストランの料理長から直接オーダーを受け、半製品の状態にして納品している。

 そんな調理場の下請けに乗り出したのには秘密がある。実はシンワシーデリカの総括マネージャーを務める渋屋寛さんは、東京で料理人の経験を持つUターン組なのだ。都会の調理場のニーズを知り尽くしているわけだ。また、自らの経験を生かし、タラやマダイ、サワラなどの粕漬けや西京漬け、さらには、出汁をとるトビウオ(あご)の乾燥加工なども手がけている。

観光産業との連携も6次産業化の大きな柱

 シンワシーデリカは2011年7月に設立、11月に加工場ができた。まだ、年商1,000万円に満たないが、手ごたえは感じているという。

 実はこの会社、漁協や漁師が設立したものではない。建設業を営む広瀬組が漁協と協力して始めた事業だ。公共事業の減少で経営基盤が揺らいでいる中小建設業の業態転換を促進するために国土交通省が助成を行っている。

「地域における中小・中堅建設業の新事業進出・新分野進出事業」「中堅建設建設業の新分野進出等モデル構築支援事業」「建設業と地域の元気回復助成事業」「建設企業の連携によるフロンティア事業」と名前は変わっているが、要は、仕事が減った建設業の業態転換を促す仕組みだ。この助成制度を活用したのである。民主党政府6次産業化を重点課題としたため、最近では農林漁業に進出する建設業が増えている。

 他分野からの新規参入に、漁業権などを持つ漁協が抵抗するのが一般的だ。広瀬組が漁協と協力して魚介類の加工・販売に着手できたのは、加工工場がある水津漁港が数年前の嵐で被災した際の復旧を広瀬組が請け負うなど、親密な信頼関係があったからだという。

 佐渡の主要産業の1つは観光業だ。ピークだった1991年には121万人の観光客が押し寄せたが、バブル崩壊以降減り続け、今では60万人。佐渡市役所では、農林漁業などと組み合わせた体験型観光などの強化に取り組んでいる。観光産業との連携も6次産業化の大きな柱だ。

 佐渡水産物だけでなく、コメやカキなどの農産物も有名だ。佐渡さんのコシヒカリは味覚の格付けで南魚沼産に次ぐランクを誇る。絶滅したトキを復活させるために低農薬で安全なコメ作りに取り組んでいる。また、世界遺産を目指す佐渡金山や太鼓グループ「鼓童」などの芸能、佐渡国際トライアスロン大会などのイベントなどもある。

 そんな農林水産資源と観光資源をどう組み合わせて売り込んでいくか。まさに6次産業化に向けた佐渡の取り組みが注目される。

2012-11-20

延長を繰り返してきたモラトリアム法で 意図的に中小企業の倒産を止めたツケ

| 13:35

「エルネオス」連載 硬派経済ジャーナリスト 

磯山友幸の≪生きてる経済解読≫


 金融モラトリアム法をご存じだろうか。民主党政権交代して金融担当相に就いた亀井静香国民新党代表(当時)が強硬に導入を主張したもので、二〇〇九年十二月に「中小企業金融円滑化法」として実現した。当初はリーマン・ショック後の企業の資金繰り難を救済する目的で一一年三月末までの時限措置として始まったのだが、東日本大震災もあって二度延長され、一三年末までの措置となっている。つまり、今も続いているのだ。

 もともとモラトリアムとは債務の一次的な返済猶予を指す。恐慌や天災経済が大混乱になった際、その混乱が拡大するのを防ぐために取られる避難的な措置といえる。日本では一九二三年の関東大震災の時などに実施された例がある。

 法令で一斉に返済を猶予するモラトリアムの実施は、借りた資金を返せるのに返さないモラルハザードが起きる可能性があることから、〇九年の導入時には強い反対論があった。そのため現在施行されている法律では、個別の融資案件ごとに金融機関が審査し、返済条件を見直すこととなった。金融機関の判断を入れることでモラルハザードを回避しようとしたのである。

 ところが、中小企業などの要望があれば、できる限り返済条件の変更に応じるようにという「努力義務」のはずだった法律が、金融担当相による繰り返しての指示や、金融庁の指導もあって、変更に応じることが「義務」であるかのように運用されてきた。その結果、膨大な件数の融資条件の見直しが行われることとなった。ちなみにこの法律では、中小企業だけでなく個人の住宅ローンも対象になっている。

■十兆円単位で不良債権

 金融庁のまとめによると、法律が施行された〇九年十二月四日から今年三月末までに中小企業で融資条件の見直しを申請したのは、累計で三百十三万三千七百四十二件。そのうち見直しが実行されたのは二百八十九万三千三百八十七件にのぼる。九二%が実行された計算だ。この見直しの対象になった債権の総額は七十九兆七千五百一億円にのぼる。このうち地方銀行や第二地方銀行など地域銀行が百三十万件、三十七兆円あまり、信用金庫が九十八万件、十八兆円あまりとなっている。

 この件数や金額には、同じ融資で条件見直しを複数回行うなど重複もあるため、どれだけの債権額が“モラトリアム”の対象となり潜在的な不良債権となっているか、正確なところは不明だ。だが、十兆円単位の巨額の融資が潜在的な不良債権になっていることは間違いない。

「貸し渋りはけしからん」「融資条件は甘くしろ」という大合唱の結果、中小企業倒産は激減した。資金繰りさえ詰まらなければ、儲かっていない赤字会社でもそう簡単には倒産しないからだ。

 東京商工リサーチのまとめによると、一二年度上半期(四〜九月)に全国で倒産した企業の件数は六千五十一件と、過去二十年間で最少となった。中小企業金融円滑化法などによる“モラトリアム”の効果である。

 先月号のJALの再生でも触れたが、企業倒産は絶対的な悪ではない。経済の循環の中で競争によって敗者が出るのは自然なことだ。企業が切磋琢磨する競争がなければ資本主義経済は成り立たない。

 倒産した企業が世の中にとって不可欠な場合、会社更生法などによって再生が図られる。融資をしている銀行は債権を放棄したり、株主が減資で利益を失ったりする。これも経済循環の一側面だ。人間の体にたとえれば静脈流といえるだろう。

 その倒産を意図的に止めればどうなるか。本来ならば倒産して整理される債務がどんどん積みあがり、金融機関から見れば不良債権がどんどん大きくなる。いわゆるゾンビ企業がはびこることになるわけだ。もちろん金融機関が永遠にこれを支え続けるわけにはいかない。では国がそれを支えるのだろうか。

■結局は国民がツケを払う

 中小企業融資の多くには信用保証協会の保証が付けられている。融資額に応じた保険料を支払うことで金融機関は倒産した場合のリスクから解放されるわけだ。東日本大震災などもあって、信用保証の枠が大幅に増やされた。その結果、金融機関の融資姿勢が大幅に甘くなっているという指摘もある。

 信用保証の元締めは政府系金融機関である。最後は国がツケを払うという構図だが、その原資は結局のところ国民の税金である。モラトリアムのツケは確実に国民に回ってくるのだ。

 最大八十兆円にも積み上がった潜在的不良債権をどう収束させるのか。来年三月末の中小企業金融円滑化法の期限が来れば、金融機関は軒並み「出口戦略」を迫られる。景気回復が覚束ない現状では、倒産が一気に増える可能性が高い。

 だからといって法律の期限を再々延長することは、問題を先送りすることにほかならない。政府も今年三月までだった期限を延長した際に、「これで最後」と明言している。

 景気回復の足取りが鈍い中で、総選挙も近づいており、“モラトリアム”をさらに延長すべきだという声が永田町で高まることも予想される。だが、“モラトリアム”を続け、問題を先送りすれば、不良債権の規模は雪だるま式に大きくなるのは火を見るより明らかだ。それは一九九〇年代の不良債権問題で経験済みだろう。

 十月に発足した野田佳彦第三次改造内閣では、金融担当相が交代。国民新党政権交代以来握り続けてきたこのポストを手離し、民主党中塚一宏議員が就任した。国民新党がこだわり続けてきた“モラトリアム”との決別を意味するのかどうか、今後の国会での議論を注視していくべきだろう。

2012-11-15

内閣支持率急落の背景に野田首相の"鈍感力"あり。このまま日本経済の先行きに明るい兆しが見えなければ株価急落で命運尽きる?

| 00:17

 10月29日に日本経済新聞が報じた世論調査結果によると、野田佳彦内閣の支持率が、前月の33%から20%へ急落した。政権交代による民主党内閣発足以降、菅直人内閣の末期に付けた19%に次ぐ、最も低い支持率だという。一方で不支持率も前月の54%から69%に急上昇した。

 野田首相は自民・公明との間で3党合意を成し遂げ、懸案だった消費税増税を盛り込んだ社会保障・税一体改革関連法案を成立させた。霞が関からは「民主党の前の2人(鳩山由起夫・元首相と菅前首相)に比べればはるかに良い」という声が聞かれ、ライバルの野党自民党からも「答弁が誠実そうに聞こえ安定感がある」というため息がもれていた。菅内閣で下落を続けていた内閣支持率も持ち直す傾向が見えていた。そんな矢先の支持率急落である。

重要法案を通過させることが国会の責務

 原因の1つは人事への鈍感さ。10月1日に発足した第3次改造内閣の布陣をみて、野田氏に近い閣僚経験者は「本当に野田さんは人事が下手だ」とため息をついた。議員個人の能力よりも当選回数の多い入閣待望組を一掃した人事だと、野党からは揶揄されたが、案の定、"ベテラン"の田中慶秋・法務大臣週刊誌にスキャンダルを報じられて炎上。就任からわずか23日で辞任した。

 臨時国会が招集されたが、国会論戦が始まれば舌禍事件を起こす閣僚が相次ぐのではないか、とメディア関係者は固唾を飲んで見守っている。政務三役の中からも「この内閣は持って3ヵ月と言われていますから」と自嘲気味に語る声が漏れてくる。

 もともと松下政経塾出身で大組織で下積みを経験したことがない野田首相は、組織操縦に関心が薄いと言われる。人事も大半は輿石東・幹事長に"丸投げ"しているとされ、それが裏目に出ているのだという。

 もう1つは国会運営への鈍感さ。国会審議の与野党協議などは党側に丸投げ。重要法案がいくつも山積しているにもかかわらず、それを通過させようという意欲すら感じさせない。特例公債法案が成立しなければ予算執行が滞る事態になりかねないし、衆議院一票の格差是正に決着を付けなければ本来、総選挙を実施するのは不可能だが、野田首相からそんな悲壮感は伺えない。

 自民党からすれば、「解散・総選挙の時期を明示しないから」内閣支持率が急落した、という筋書きで行きたいところだが、どうも国民のムードは違う。自民党は、谷垣禎一・前総裁と野田首相が党首会談で交わした「近いうちに国民の信を問う」という"約束"を盾に、年内の解散・総選挙を求め、選挙の時期を明示しなければ、特例公債法案などを含めた一切の審議に応じないという戦略をほのめかせている。

 だがこれにはほとんどの世論調査で共通するように、国民の支持は得られていない。解散・総選挙の日程と切り離して、重要法案をまず通過させることが国会の責務だ、と考える国民が多いのだろう。逆に言えば、野田首相谷垣氏をいわば"騙し討ち"にしたのも永田町の駆け引きの1つだと見ているのではないか。

 ただし、重要法案が通らない原因が野田首相にある、と国民に見られた場合は話は違う。臨時国会の開会が遅れたことで、野田原因説に世論が傾いたことが支持率急落につながっている可能性は十分にある。

内閣支持率株価は連動するか

 支持率急落のもう1つの原因は、野田首相経済に鈍感なことだろう。円高の定着に加えて、原発の稼働停止に伴う電力料金の値上げなどエネルギーコストの上昇が、企業業績の先行きに暗雲となっている。個人消費も減速感が強まっている。東北地方には巨額の公共事業費が投じられているが、それが東北地域の経済全体を潤す結果には未だになっておらず、全国にも波及していない。

 そうした景気の先行きを占う「鏡」と言えるのが株価の動向である。小渕恵三首相以降の歴代首相の就任前月末の日経平均株価と、退任した月末の株価を比較してみた。

 小渕首相は視察先で野菜のかぶを両手に持って万歳し、「かぶ(株価)上がれ」とテレビカメラの前で演じて見せた事で知られる。総合経済対策などで財政出動を繰り返し、景気回復に重点を置いた。在任期間中の株価上昇率は26%に達し、辞任直前には一時、日経平均株価が2万円を回復した。逆に次の森喜朗首相時代は株価が大きく下落(-31%)。兜町などからブーイングを浴びたことも退陣の遠因になった。歴代首相株価をかなり意識してきたのである。

 小渕、森以降の首相で在任中に株価が上がったのは小泉純一郎首相の11%と、安倍晋三首相の6%だけ。小泉氏は構造改革路線を取ったため、外国人投資家などの日本株買いを誘発し、株価は上昇した。安倍氏は今年9月に自民党総裁に再び就任して「日本経済再生本部」を立ち上げたが、経済関連の講演では必ずといって良いほど、首相在任中に株価が上昇したことを持ち出している。

 安倍氏は小泉氏の構造改革路線を引き継いだが、福田康夫首相(-26%)は小泉路線の修正に動いたと市場で見られたこともあり、株価は下落した。麻生太郎首相(-15%)はリーマン・ショックに直面、株価は下落した。

 民主党政権になってからは株価は低迷から脱することができなくなっている。鳩山首相(-7%)、菅首相(-6%)ともに在任中に株価は下落した。リーマン・ショックの震源地である米国のNYダウがすでにショック前の水準を回復している一方で、日本の日経平均株価はいまだにショック前の7割の水準だ。

 では、野田首相就任以降はどうか。就任時点で8,950円だった日経平均株価は就任直後に11月に8,135円まで売られたが、今年3月には1万円を超えた。もちろん、首相経済政策だけで株価が決まるわけではないが、3党合意を取り付けて、予算を通過させた時期と付合する。ところが、その後、じわじわと下げ、ついに降り出しである8,900円にまで戻っている。

 このまま経済が減速する見通しが高まれば、株価は急落することになりかねない。そんな経済への鈍感さが支持率低下となって現れているとみていいのではないか。

2012-11-14

東証社長処分「ちゃぶ台返し」の裏

| 23:59

9月20日発売の「FACTA」10月号に掲載した連載記事を編集部のご厚意で転載します。

オリジナルページFACTAhttp://facta.co.jp/article/201210002.html 

東京証券取引所が8月24日、金融庁から業務改善命令行政処分を受けた。8月7日に起きたシステム障害で、デリバティブ金融派生商品)取引が一時できなくなった事故に対する処分だった。これを受けて東証は、斉藤惇社長の月額報酬を2カ月間3割カット、システム担当などの3役員を1カ月間3割カットする社内処分を発表した。

表面上、システム故障に対する「ミソギ」が粛々と進んだように見えるが、金融庁の関係者によると曲折があったのだという。

公表前に東証の幹部が社内処分を持って金融庁の畑中龍太郎長官を訪ねると、畑中氏はその報告書の受け取りを拒絶したというのだ。実は、当初の処分案は斉藤社長も他の役員同様1カ月の減俸だったらしい。それを「甘い」とばかり拒否したわけだ。

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問題のシステム障害は、東証株価指数TOPIX先物国債先物などデリバティブ取引を行うシステム。午前中に1時間37分にわたって停止した。原因は本システムで部品が故障したためで、本来なら予備システムに切り替わるはずだったが、それが動かなかったのである。

デリバティブが取引できないと現物株の売買が歪む可能性もあったが、この日は結果的に大きな混乱はなかった。東証側はそれほど重大な事故とは思っていなかったのだ。

東証では2月にもシステム障害があったばかり。その時は、現物株式などの一部銘柄が半日取引できなかったうえ、トラブルを見過ごす人為的なミスも重なっていた。東証は斉藤社長を1カ月間・月額報酬の3割カット、3役員を1カ月間2割カットとする社内処分を行っている。

短期間にトラブルが相次いだことに金融庁が苛立ったのが行政処分にまで至った理由で、厳しい社内処分を求めるのは当然と見ることもできる。

だが、幹部が報告書を持って行ったのに受け取らなかったというのは異例だ。本来、民間企業である東証の社内処分に金融庁長官が口を挟む権限はない。とはいえ、処分に当たって役所の意向が反映されるのは半ば常識だ。幹部が訪ねる前に、事務方は処分の軽重を事前にすり合わせていたはずだ。それを「ちゃぶ台返し」したわけだから、東証幹部の顔にわざと泥を塗ったことになる。

このところ、畑中金融庁の強権が目立っている。野村証券の増資インサイダー問題では、野村ホールディングスがいったん6月末に渡部賢一グループCEO(最高経営責任者)の報酬を7月から半年間5割カットすることを柱とした社内処分を決め発表した。ところが7月末には渡部CEOと柴田拓美COO(最高執行責任者)が辞任に追い込まれた。ひと月前の会見で辞任を否定していたにもかかわらずだ。

背景には「畑中長官が渡部・柴田のクビを取ることに猛烈にこだわっていた」と証券取引等監視委員会の幹部は明かす。つまり、監視委が辞任を求めていたわけではないというのである。金融業界は今、畑中長官の、業界を恫喝するひと昔前の役人の手法に恐れをなしている。

野村を屈服させた理由については憶測を含め様々な解説がなされているので、ここではおく。では東証に強権を振るう狙いは何か。

東証は来年1月、大阪証券取引所と統合して「日本取引所グループ」を発足させる。グループCEOに東証の斉藤社長、COOに米田道生・大証社長が就く予定だ。持ち株会社の傘下には現物株取引所、デリバティブ取引所、自主規制機関、決済会社などがぶら下がるが、それぞれに「社長」が誕生する。どうやら、そうしたポストを金融庁が狙っているのではないか、というのだ。

長い間、取引所のトップは大蔵省(現財務省)次官OBの指定席だった。間接金融のトップである日銀総裁と、直接金融のトップである東証理事長(現社長)は、天下りポストの双璧だったのだ。大蔵省不祥事や東証の株式会社化という時代の流れの中で、東証社長は民間人へと代わってきた。

財務省がそのポスト奪回を狙っていることは、折に触れて表面化してきた。東証が現在の持ち株会社となった2007年には、傘下に上場規則などを制定する自主規制機関ができたが、そのトップに証券業界や政界などの反対論を押し切る形で、財務次官OBの林正和氏が就いた。ご丁寧に、かつての大名跡とも言える「理事長」という肩書を復活させている。当時は天下り批判が頂点に達していたころだったから話題になった。

本欄でも書いたが、昨年には財務省が東証社長のクビを取りに動いていたことも表沙汰になった。大物次官の名をほしいままにし、今年8月に退任した勝栄二郎・財務次官が、斉藤社長を辞任させようと、野村証券に圧力をかけていたのだ。斉藤氏は野村の副社長を務めていた経歴を持つが、今や民間の株式会社となった東証社長のクビを官の圧力で斬るのは難しく頓挫した。

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今回の新しい取引所グループの発足は、その巻き返しのチャンスということだろう。勝流の裏工作で辞めさせることができないのなら、強権を振るって辞任に追い込むという算段か。部品故障によるシステム停止という小さなネタを、「これは経営問題だ」という理屈で社長の責任を迫ったわけだ。

ここには金融庁ならではの台所事情もある、と財務省の中堅幹部は解説する。財務省から分かれて金融業界を監督しているものの、ご時世もあり、業界への天下りポストはなかなか増やせない。三國谷勝範・前長官の場合は自力では行く先が見つからなかった。やっとの思いで、いくつかの企業の顧問と、東京大学政策ビジョン研究センター教授という肩書をあてがった。畑中長官の強権の下心は、監督先でのポスト確保にあるというわけだ。

斉藤社長はこの10月で73歳になる。東証社長もすでに6年目だ。そう遠くないうちに退任時期が来るだろう。斉藤社長自身は周囲に「自主規制機関のトップは致し方ないが、他(のポスト)は天下りはダメだ」と語っているという。

日本の資本市場の復活をかけた大統合を、天下りポスト争いの場にするとすれば、役人の性(さが)とはいえ、あまりにも情けない。

2012-11-12

「20年来最少の倒産件数」は景気回復の兆しなのか!? 「金融モラトリアム法」の麻薬効果の裏に潜む副作用とは

| 22:57

 民間調査会社「東京商工リサーチ」の調べによると、2012年度上半期(4〜9月)の倒産件数(負債額1,000万円以上)は、前年同期比5.7%減の6051件と、過去20年で最少となった。東日本大震災の復興予算が執行され、東北を中心に景気が持ち直しつつある兆しと見ることもできる。ただ、一方で、中小企業金融円滑化法、いわゆる「金融モラトリアム法」による返済猶予が効いているという見方もあり、"麻薬漬け経済"が一段と深刻さを増している可能性もある。

 同期間の東北6県の倒産件数は174件と、前年同期に比べて25.6%の大幅減少となった。これは統計が残る1967年以降で2番目に低い水準だという。確実に東北倒産が減っているのだ。これは果たして、本物の「景気回復の兆し」なのか。それとも・・・。

 復興予算は震災からの復旧・復興を目的とする特別会計東日本復興特別会計」によって、5年間で少なくとも19兆円を投じることが決まっており、予算執行されている。9月にNHKが『追跡 復興予算19兆円』と題した番組で、復興予算を東京税務署改修や北海道沖縄の道路建設などに"流用"している実態を指摘。その後、大騒ぎになった。

 国民の目を欺く予算の組み方を許すことはできないのは当然だが、もともと19兆円という金額自体が巨額で、数字を積み上げるために、各省庁が何でもかんでも「復興予算」にぶち込んだ、というのが実情だ。もちろん、巨額予算のすべてが"流用"されているわけではないので、東北地方にもかなりの資金が流れ込んでいるのは間違いない。

 しかし、その資金が景気回復に直結しているのか、というと明確ではない。瓦礫の撤去などはだいぶ進んだが、本格的な都市計画や集団移転問題などは遅々として進まず、予算の執行ができていないケースが多いのだ。景気回復の原動力として期待される住宅建設も増加傾向にあるとはいえ、まだ本格化していない。ただ、"流用"問題を受けて政府は、復興予算を被災地以外には使わないようにする意向を示しており、いずれ東北主導で景気に火が付くのは明らかだろう。

「これ以上の延長は止めないと、モラルハザードが起きる」

 では企業倒産が激減したのはなぜか。

 倒産の引き金を引くのは多くの場合、「資金繰り」だ。仕入れ代金や給与などを支払うおカネが手当てできなくなった段階で企業は倒産する。資金繰りの面倒をみてきた金融機関が取引を停止することで事実上倒産するわけだ。金融機関も将来性のない企業に貸し込めば、不良債権となって自らの経営が揺らぐ。だから、一定のところで、企業を「見限る」のである。いわば、経済原理が働くのだ。

 その経済原理を働かせないようにした法律が「金融モラトリアム法」だ。民主党政権の誕生で金融担当大臣のポストを握った連立与党国民新党の強い主張によって、2009年12月に施行された。正確には「中小企業者等に対する金融の円滑化を図るための臨時措置に関する法律」といい、資金繰りに困った中小企業が金融機関に返済負担の軽減を申し入れた際に、できる限り貸付条件の変更などを行うよう金融機関に義務付けた法律だ。対象には住宅ローンの返済条件見直しを求める個人も含まれる。

 もともとは2008年のリーマンショック後に世界で起きた流動性危機、つまり市場などで必要な資金が確保できない状況に対応するための「非常措置」だった。本来ならば倒産させるべき企業に、条件を緩和するなど返済を猶予するわけだから、時限措置でなければ、不振企業をいたずらに生き残らせ、問題を先送りすることになる。

 当初は2011年3月末までの時限立法として施行されたが、東日本大震災が起きたこともあり、2012年3月末まで延長された。しかし、期限を迎えても中小企業の資金繰りは依然として厳しいとして、2013年3月末まで再延長された。再延長に際しては、これを「最終期限」とし、これ以上の延長はしない、という姿勢を打ち出している。

 10月1日に発足した野田佳彦第3次改造内閣では、金融担当相に中塚一宏氏を据えた。国民新党は金融担当相のポストに最後まで固執したが、野田首相の強い意思で、入閣した下地幹郎氏は郵政民営化担当となった。民主党議員が金融相のポストに就いたのは政権交代以来初めてのことだ。国民新党が金融相のポストを握り続けていれば、モラトリアム法の再々延長を大臣による「政治主導」でゴリ押ししたであろうことは想像に難くない。

 「もうこれ以上の延長は止めないと、モラルハザードが起きる」と金融庁の中堅幹部は言う。それほどに、モラトリアム法の「効果」は絶大なのだ。

潜在的な不良債権を抱え続けている地方銀行

 全国地方銀行協会がまとめたモラトリアム法に基づく「貸付条件の変更等の実施状況」を見ると、凄まじい実態が分かる。集計の対象は地方銀行64行だけで、3メガバンクや地域金融機関は含まない。

 法律がスタートした直後の2010年3月末までに各行が受け付けた条件変更の申し込み件数は15万1771件で、実際に変更したのは11万8040件だった。これでもかなりの件数だ。これが直近の2012年3月末ではどうなったか。

 申し込み件数(累積値)は102万7532件と百万件を突破、実際の条件変更は94万9103件にのぼっている。条件を見直しした融資の債権額合計は28兆2,560億円に達する。これでは、真面目に返済している企業が馬鹿を見ることになりかねない。モラルハザードである。

 このほかに、住宅ローンの返済条件見直しを行った個人が6万6078件、債権額は9,910億円に達する。

 いわば潜在的な不良債権を抱え続けている地方銀行の経営は一触即発といっても過言ではない。しかも金融庁東日本大震災後、被災地の金融機関が資金繰りに困らないよう万全の対策を講じた。資金を徹底的につぎ込むことで「潰さない政策」をとり続けているのである。

 霞が関が地方銀行を支え続けるのは地域経済を守るためばかりではない。

 周知の通り、融資先が乏しい地方銀行は、預金者から預かった資金の運用先として大量の国債を保有している。それでなくても財政赤字で日本国債の暴落シナリオが語られる中で、地銀の破綻連鎖でも起きれば、現実に国債暴落の引き金を引きかねないのだ。モラトリアム法という中小企業を助けているように見える「麻薬」の毒が、ついに銀行だけでなく、国家財政にまで回ろうとしているのだ。

 倒産激減という一見すれば明るいニュースの裏側には深刻な副作用が潜んでいる。

2012-11-06

ユーロ圏の崩壊はあり得ない!? 独PBバンクハウス・メッツラーのパートナーが語った歴史的視点による楽観論

| 16:13

 外国為替市場では10月22日、ユーロが104円台に乗せ、5月以来の円安ユーロ高となった。欧州中央銀行(ECB)による南欧諸国国債の無制限買い入れの決定などによって、ユーロ危機がひとまず収束していることに加え、日本銀行が追加の金融緩和に動くとの見方が強まり、「ユーロ高」と「円安」がダブルで効いている。

 日本ではともすると、財政が悪化している南欧諸国のユーロ圏離脱など「ユーロ崩壊」を想定する論調が多いが、果たして今後のユーロ圏の行方はどうなるのか。


ゲアハルト・ヴィースホイ氏(バンクハウス・メッツラー パートナー、DJW理事長)

 日本とドイツの民間の交流組織である日独産業協力推進委員会(DJW、本部ドイツデュッセルドルフ)が10月17日、東京・内幸町で交流会を開いた。会員を中心に日本在住ドイツ人や、ドイツ駐在経験のある日本人などが多く集まったが、講演したDJW理事長のゲアハルト・ヴィースホイ氏はユーロの今後の見通しについて楽観的だった。

 ヴィースホイ氏はドイツで340年近く続くプライベートバンク(PB)であるバンクハウス・メッツラーのパートナー。政財界に太いパイプを持つPBの先見性には定評があるだけに、予想外の楽観的な見通しが出席者の関心をさらっていた。

今後、金融制度や財政の統合が一段と進んでいく

ユーロ圏が分裂することはない」とヴィースホイ氏が言う最大の理由が、「すでにユーロ圏諸国の国境を越えた相互取引が極めて大きくなっている」こと。金融派生商品デリバティブ)などを含む金融取引の約定残高がすでに184兆ドルと、ユーロ圏(17ヵ国)の国内総生産GDP)の14倍にも達しており、もはやそれを切り分けることが不可能になっている、という。

 また、欧州にはもともと共同体の歴史的な基盤とも言える共通土台があるとも言う。神聖ローマ帝国や、古代ローマ帝国なども、多くの多様性を持つ地域や民族を包含してきた。ヴィースホイ氏はユーロ圏が「当初の経済インフラから意思決定までを担う連合体へと変質しつつある」とし指摘、今後、各国の財政危機などを克服していく課程で、金融制度や財政の統合などが一段と進んでいくという見方を示していた。

 さらに同氏は、共通通貨ユーロがなかった場合を考えてみれば、ユーロ圏分裂がいかに現実離れしているかが分かると語る。

 ユーロ圏にはターゲット2と呼ばれる決済システムがある。ECBが運営しているもので、ドイツフランスギリシャといった各国の中央銀行同士で資金を融通し合い決済を滞りなく行うための仕組みだ。国境を越えた取引で得た債権債務は各国の市中銀行に持ち込まれるが、決済するためには国境を超えた資金のやり取りが必要になる。

 この結果、輸出の多い貿易黒字国の中央銀行は、輸入の多い貿易赤字国の中央銀行向けの債権を持つ格好になる。ヴィースホイ氏によれば、このターゲット2によってドイツ連邦銀行が対ユーロ圏向けに持つ債権額はドイツGDPの28.8%に達するというのだ。つまり、もしユーロがなく、各国ごとに通貨が存在するままだったら、ドイツマルクは急騰して、ドイツ企業は輸出もままならない状況だった、というわけだ。

 共通通貨ユーロの誕生と、その後のEU欧州連合)圏拡大によって、ドイツの対EU諸国向け輸出は大幅に増加している。EU統合の恩恵を最も受けているのがドイツという言い方もできるわけだ。つまり、ドイツ自らがユーロから離脱するメリットはないし、ギリシャなど南欧諸国を追い出してユーロを崩壊させるメリットもドイツにはない、というのだ。

財政危機を克服し、ユーロ圏は再び成長路線に乗る

財政危機に見舞われたユーロ圏の国の経済状況にも明るさが見えている」とビースホイ氏は言う。その一例が最も最初に経済危機に陥ったアイルランドだという。同氏が注目するのがアイルランドの労働コスト。1999年時点の労働コストを80とすると、リーマンショック直前の2007年には120にまで高騰していたが、最近ではそれが100にまで低下してきたのだという。

 アイルランドは一時、欧州の金融センターとして繁栄を謳歌したが、リーマンショックによる金融危機などをきっかけに大幅な財政赤字に転落した。それがようやく回復の兆しを見せているのだという。

 問題のギリシャにしても、こうした高コスト構造の修正が始まっているという。ギリシャ政府アテネの外港であるピレウス港のコンテナ港運権益中国国営の海運会社コスコ(中国遠洋運輸公司)に売却した。コスコは大幅なリストラを実施、他の国営港湾に比べて平均人件費を大幅に削減することに成功したという。その結果、港の競争力が回復、取り扱い数量が大幅にふえ、新たな雇用も生まれたと指摘する。

 ギリシャなど南欧諸国の財政赤字の大きな要因の1つは、肥大化した政府部門の非効率性にある。生産性の低い国営企業が大量の公務員を抱え続けているわけだ。ヴィースホイ氏は、各国が真剣に構造改革を進めればユーロ圏財政危機は克服でき、再び成長路線に乗ることができると見ているわけだ。

「今のドイツがあるのは、シュレーダー首相が思いきった構造改革を行ったからだ」とヴィースホイ氏は言う。シュレーダー首相は2003年に、2010年をターゲットに構造改革を行う「アジェンダ2010」を打ち出して、実行した。それまでの硬直化していた労働法社会保障などを一気に改革。解雇要件などを緩くした結果、当初は失業者が大幅に増加したが、欧州でも有数の高さだった労働コストは低下。結果、その後の輸出増加の原動力となった。

 日本ではドイツの輸出増加は、ユーロ安の効果ばかりが強調されるが、背景にはコスト競争力を高めるための痛みを伴う改革があったわけだ。

 国家体制がいくつも変わる中で、したたかに生き残ってきたPBの見通しの手堅さはつとに有名だ。ユーロ悲観論が世の中を席捲する中で、EUのさらなる統合深化を見通すプライベートバンカーの見立てだけに興味深い。