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2012-11-14

東証社長処分「ちゃぶ台返し」の裏

| 23:59

9月20日発売の「FACTA」10月号に掲載した連載記事を編集部のご厚意で転載します。

オリジナルページFACTAhttp://facta.co.jp/article/201210002.html 

東京証券取引所が8月24日、金融庁から業務改善命令行政処分を受けた。8月7日に起きたシステム障害で、デリバティブ金融派生商品)取引が一時できなくなった事故に対する処分だった。これを受けて東証は、斉藤惇社長の月額報酬を2カ月間3割カット、システム担当などの3役員を1カ月間3割カットする社内処分を発表した。

表面上、システム故障に対する「ミソギ」が粛々と進んだように見えるが、金融庁の関係者によると曲折があったのだという。

公表前に東証の幹部が社内処分を持って金融庁の畑中龍太郎長官を訪ねると、畑中氏はその報告書の受け取りを拒絶したというのだ。実は、当初の処分案は斉藤社長も他の役員同様1カ月の減俸だったらしい。それを「甘い」とばかり拒否したわけだ。

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問題のシステム障害は、東証株価指数TOPIX先物国債先物などデリバティブ取引を行うシステム。午前中に1時間37分にわたって停止した。原因は本システムで部品が故障したためで、本来なら予備システムに切り替わるはずだったが、それが動かなかったのである。

デリバティブが取引できないと現物株の売買が歪む可能性もあったが、この日は結果的に大きな混乱はなかった。東証側はそれほど重大な事故とは思っていなかったのだ。

東証では2月にもシステム障害があったばかり。その時は、現物株式などの一部銘柄が半日取引できなかったうえ、トラブルを見過ごす人為的なミスも重なっていた。東証は斉藤社長を1カ月間・月額報酬の3割カット、3役員を1カ月間2割カットとする社内処分を行っている。

短期間にトラブルが相次いだことに金融庁が苛立ったのが行政処分にまで至った理由で、厳しい社内処分を求めるのは当然と見ることもできる。

だが、幹部が報告書を持って行ったのに受け取らなかったというのは異例だ。本来、民間企業である東証の社内処分に金融庁長官が口を挟む権限はない。とはいえ、処分に当たって役所の意向が反映されるのは半ば常識だ。幹部が訪ねる前に、事務方は処分の軽重を事前にすり合わせていたはずだ。それを「ちゃぶ台返し」したわけだから、東証幹部の顔にわざと泥を塗ったことになる。

このところ、畑中金融庁の強権が目立っている。野村証券の増資インサイダー問題では、野村ホールディングスがいったん6月末に渡部賢一グループCEO(最高経営責任者)の報酬を7月から半年間5割カットすることを柱とした社内処分を決め発表した。ところが7月末には渡部CEOと柴田拓美COO(最高執行責任者)が辞任に追い込まれた。ひと月前の会見で辞任を否定していたにもかかわらずだ。

背景には「畑中長官が渡部・柴田のクビを取ることに猛烈にこだわっていた」と証券取引等監視委員会の幹部は明かす。つまり、監視委が辞任を求めていたわけではないというのである。金融業界は今、畑中長官の、業界を恫喝するひと昔前の役人の手法に恐れをなしている。

野村を屈服させた理由については憶測を含め様々な解説がなされているので、ここではおく。では東証に強権を振るう狙いは何か。

東証は来年1月、大阪証券取引所と統合して「日本取引所グループ」を発足させる。グループCEOに東証の斉藤社長、COOに米田道生・大証社長が就く予定だ。持ち株会社の傘下には現物株取引所、デリバティブ取引所、自主規制機関、決済会社などがぶら下がるが、それぞれに「社長」が誕生する。どうやら、そうしたポストを金融庁が狙っているのではないか、というのだ。

長い間、取引所のトップは大蔵省(現財務省)次官OBの指定席だった。間接金融のトップである日銀総裁と、直接金融のトップである東証理事長(現社長)は、天下りポストの双璧だったのだ。大蔵省不祥事や東証の株式会社化という時代の流れの中で、東証社長は民間人へと代わってきた。

財務省がそのポスト奪回を狙っていることは、折に触れて表面化してきた。東証が現在の持ち株会社となった2007年には、傘下に上場規則などを制定する自主規制機関ができたが、そのトップに証券業界や政界などの反対論を押し切る形で、財務次官OBの林正和氏が就いた。ご丁寧に、かつての大名跡とも言える「理事長」という肩書を復活させている。当時は天下り批判が頂点に達していたころだったから話題になった。

本欄でも書いたが、昨年には財務省が東証社長のクビを取りに動いていたことも表沙汰になった。大物次官の名をほしいままにし、今年8月に退任した勝栄二郎・財務次官が、斉藤社長を辞任させようと、野村証券に圧力をかけていたのだ。斉藤氏は野村の副社長を務めていた経歴を持つが、今や民間の株式会社となった東証社長のクビを官の圧力で斬るのは難しく頓挫した。

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今回の新しい取引所グループの発足は、その巻き返しのチャンスということだろう。勝流の裏工作で辞めさせることができないのなら、強権を振るって辞任に追い込むという算段か。部品故障によるシステム停止という小さなネタを、「これは経営問題だ」という理屈で社長の責任を迫ったわけだ。

ここには金融庁ならではの台所事情もある、と財務省の中堅幹部は解説する。財務省から分かれて金融業界を監督しているものの、ご時世もあり、業界への天下りポストはなかなか増やせない。三國谷勝範・前長官の場合は自力では行く先が見つからなかった。やっとの思いで、いくつかの企業の顧問と、東京大学政策ビジョン研究センター教授という肩書をあてがった。畑中長官の強権の下心は、監督先でのポスト確保にあるというわけだ。

斉藤社長はこの10月で73歳になる。東証社長もすでに6年目だ。そう遠くないうちに退任時期が来るだろう。斉藤社長自身は周囲に「自主規制機関のトップは致し方ないが、他(のポスト)は天下りはダメだ」と語っているという。

日本の資本市場の復活をかけた大統合を、天下りポスト争いの場にするとすれば、役人の性(さが)とはいえ、あまりにも情けない。