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2013-01-29

国の会計基準では、老朽化した首都高速を再建できない 国会主導で「公会計基準」づくりに動け

| 16:51

会計基準というと専門的で難しいもののように思いますが、実体を把握するためのモノサシとしてとても重要なものです。国に企業並みの会計基準を導入せよという声は一部には根強くありますが、なかなか大きな流れになりません。先週、日経ビジネスオンラインにアップされた拙稿です。以下に再掲します。是非お読みください。オリジナルページはこちら。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130123/242687/?ST=politics



昨年12月に発生した中央高速道路笹子トンネル天井板崩落事故は日本の基幹インフラの老朽化が進んでいることを証明する結果となった。

 トンネルの天井板のコンクリート板がおよそ130mにわたって落下、走行中の車を巻き込んで死傷者が出した事故である。安倍晋三内閣は「国土強靭化」を掲げ、「必要な公共事業はやる」方針を示しているが、さっそくこうした基幹インフラの抜本的な設備更新、つまり作り直しが大きな課題に浮上している。

 一部のメディアやネット上で、「笹子トンネル事故は日本道路公団民営化のツケだ」という声が上がっている。全国の高速道路を一体となって建設・運営・管理していた道路公団は2005年に民営化され、施設の管理運営や建設については、東日本高速道路(NEXCO東日本)・中日本高速道路(NEXCO中日本)・西日本高速道路(NEXCO西日本)に分割譲渡された。民営化したために、管理点検が甘くなり、事故につながったというわけだ。

 今回の事故が起きたのは中日本高速道路の管理下で、遺族からは同社の責任を追及して提訴する動きも出ている。

「利益偏重」が主たる理由ではない

 だが、「民営化で利益偏重になり」と一言で言えるほど、話は単純ではない。中日本高速道路などの道路会社の判断だけで、老朽化した高速道路設備を作り直すことはできない。仮に作り直しを認められたとしても、その膨大な資金をどうするのかが問題になるのだ。

 余談ながら、中日本高速道路は「民営化」して「株式会社」になったが、いわゆる民間の株式会社とはまったく違う。株主は99.95%が国土交通大臣で、残りの0.05%財務大臣。つまり国の100%子会社なのである。あくまでも「官業」であって、民間企業ではまったくない。

 中日本高速道路には道路を全面的に作り直すことを決める権限は事実上ないのだ。例えば電力会社ならば、送電設備は電力会社の所有物で、その更新は許認可は必要だが、電力会社自身の判断によって行われる。そのための資金は設備の「減価償却」によって原則として準備されている。

減価償却とは、会計上の耐用年数でその資産の建設費用を分割して経費として計上していく方法で、償却が終わった段階で新たに作り直すための資金が積み立てられているという発想である。民間企業では一般にとられている方法だ。

官業には減価償却の発想がない

 だが、官業の場合は大きく違う。減価償却の発想がないのだ。道路公団は分割民営化された際に、いわゆる上下分離方式が取られた。実は、中日本高速道路など道路会社は、高速道路自体を資産として保有しているわけではないのである。当然、道路会社のバランスシート(貸借対照表)には道路は資産として計上されておらず、減価償却費も発生しない。

 高速道路は、独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構が保有しており、高速道路を道路会社に貸し付けているのだ。道路会社は賃借料を支払って高速道路を借り、それを使って運営事業を行っている。

 高速道路保有・債務返済機構は独立行政法人株式会社ではない。一応、バランスシートは作っているが、基本的な決算は「単式簿記」つまり大福帳方式である。収入がいくらあって、支出がいくらあったので、繰越金(繰越欠損)がいくら出ました、という方式である。ここには「減価償却」の発想はない。

 実は、国の決算書はすべてこの単式簿記になっている。民間企業が使う「複式簿記」ではないのだ。だから、国の予算決算にはバランスシートは関係ない。国債を発行して資金を調達すれば、それは「収入」になるのである。民間企業の感覚で言えば、借金をしたらそれが売り上げになるという感じである。それなら、どんどん借金を増やすだろう。まさに、今、国の債務が膨大に積み上がっているのは、会計制度の問題にも一因があると思われるのだ。

 単式簿記だからと同時に、国の会計方式は「現金主義会計」と呼ばれる。現金の出入りのタイミングで収入、費用として計上する方法だ。だから、民間企業のように将来に備える減価償却の発想はなく、設備を作り変える段階になって初めて費用として認識される。

 つまり、設備が使えなくなったら、予算を手当をして新しいものを作るしかないわけだ。

 全国各地で一斉に進む基幹インフラの作り直しはいったいどうやって行うのか。日本に高速道路が初めて建設されたのが1963年だから、ちょうど50年ということになる。普通に考えれば構造物として老朽化が深刻になってくる時期である。

事故が起きた笹子トンネルも、1977年に供用が開始されてから35年が経過していた。都心の首都高速を走っていても多くのドライバーが老朽化を感じるだろう。だが、現在の仕組みでは、これを抜本的に作り直そうとすれば、国が膨大な設備予算を用意しなければならない。

単式簿記、外部監査すらない

 日本維新の会石原慎太郎・共同代表は、選挙戦の最中、繰り返し国の会計制度の見直しを主張した。

 「国の会計方式は単式簿記だが、こんな会計方式でやってるのは北朝鮮パプアニューギニアフィリピンマレーシアぐらいだ。なぜ複式簿記にしないのか。外部監査を入れないのか。どうして役人がやらないのか。経済界も疎くて歴代の経済団体の会長に言ってきたが、『はあ』というだけでよく知らない。だからバランスシートがない。財務諸表がない。健全な財政ができるわけない」

 こんな具合だ。石原氏は東京都知事時代に、東京都に複式簿記の会計制度を導入し、それをベースに合理化を進めて財政再建をした、という自負があるのだろう。「何で(東京都と)同じことを国がやらない。会計方法を世界並みに変えたらいい」と、会計制度に執着している。

 こうした石原氏の主張を受けて、日本維新の会は、国の会計制度に「複式簿記」「発生主義」を取り入れるよう法改正に向けて、議員立法に取り組む方針を示している。

 国や地方自治体などの会計基準を「公会計」と呼ぶ。実はすでに世界には公会計の国際基準が存在する。世界の会計士の集まりである国際会計士連盟(IFAC)がまとめた「国際公会計基準(IPSAS)である。日本公認会計士協会は2009年にその翻訳を公表している。

 世界でもこうした公会計基準に基づいて民間企業並みの決算を行っている国や自治体は数多い。ここ数年、経済危機に直面して積極的な財政支出を行っていることから、国や自治体の財政悪化は世界共通の悩みのタネになっている。財政を悪化させず、健全化していくには、実態をきちんと把握できるバランスシートを持つことが第一歩であることは間違いない。

 日本でも政府は国のバランスシートを作っている。だが、実際の予算決算とはまったく連動しておらず、一種の統計のような位置づけになってしまっているため、日本で公会計の導入に踏み切ろうという声にはなっていない。石原氏は「役人が動かない」と言うが、彼らが本気になって公会計に反対しているというよりも、従来型の大福帳の発想に慣れ親しんでしまっているために、バランスシートの重要性がなかなか理解できない、というのが実情のように思える。

 財務官僚はどうやって単年度の支出を抑え、支出に見合う財源を手当するかが「手腕」だと思っている。財源というのは「税」と「借金」である。バランスシートを本気で活用しようと思わなければ、資産効率を上げて収入を増やそうという発想にはならない。ましてや、借金を減らそうというインセンティブは働かないのだ。何より、「経営」するためには「実態」をきちんと把握できるツールである「財務諸表」が不可欠なのである。

日本公認会計士協会は近く、日本にも公会計基準を決める組織を作るべきだ、という提言をまとめる。公会計基準設定主体の創設である。民間企業が使う会計基準については、経済界や会計士などが設立した企業会計基準委員会(ASBJ)で設定することになっている。ASBJを作る際にも問題になったが、会計基準設定主体にとって最も重要なのは「独立性」である。企業や国、政治によって会計基準が歪められることがないよう、民間主体の独立機関としてASBJは設置された。今後、国の会計基準を誰が作るのか、議論が始まるきっかけにすべきだろう。

 米国では議会の付属機関としてGAOという組織が置かれている。日本では「会計検査院」「政府監査院」と訳されることが多い。もともとは、Government Accounting Officeという名称だったが、現在は Government Accountability Office と変わった。政府の会計だけをチェックするのではなく、政府行政責任・説明責任をチェックするという意味である。日本にも会計検査院がある。法律では独立機関とされているが、実際には行政の機関のひとつで、歴代会計検査院長も官僚出身者が多い。米国では独立性を担保するためにGAO長官の身分保証が徹底され、任期も15年となっているが、日本では行政の人事異動と同様、1〜2年で交代している。

国会の下に、公会計基準設定主体の創設を

 会計検査院の位置づけを変更するのは一朝一夕には難しいとしても、政府の財政の実態を把握するための公会計基準の設定を国会の責任で行うのは重要だろう。

 2011年、東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて、国会事故調査委員会が設置された。国会の下に民間の専門家からなる独立機関として設けられたもので、憲政史上初と言われた。

 調査委員会は報告書をまとめてすでに解散したが、この手法を活用して、国会の下に公会計基準の設定機関を置いたらどうだろう。実態把握に不可欠な武器であるはずの会計基準を握らずに国会行政監視などできるはずはない。

2013-01-25

脱「官民ファンド」 民間企業はリスクを取れ

| 09:38

「官民ファンド」の設立が相次いでいます。法律上は「民間企業」という扱いですが、その中身は「官業」そのもの。国民のおカネを民間につぎ込む仕組みですが、失敗すれば、そのツケはすべて国民に回ってきます。官と民のあり方をきちんと議論すべき時でしょう。ウェッジ1月号(12月20日発売)に掲載された拙稿を、編集部のご厚意で再掲します。オリジナルページは→ http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2470


「官民ファンド」の設立が相次いでいる。農林水産省が「株式会社農林漁業成長産業化支援機構」の設立を進めているほか、経済産業省は来年度予算で「クール・ジャパンファンド」の設立を目指している。

 前者は農業や漁業など1次産業を、製品加工など2次産業や販売・外食・観光など3次産業と組み合わせ、1+2+3で「6次産業化」していくという政府の方針に沿って設立される。後者は日本のアニメや食などを海外に売り込むことを目的とした基金である。

 いずれもアイデアとしては悪くない。官の資金が「呼び水」となって、企業の中などに滞留している民間資金が動き出すなら、それに越したことはない。クール・ジャパン政府が7月にまとめた「日本再生戦略」の柱でもある。

 だがよく見てみると、官の資金が「呼び水」といえる水準をはるかに超えているようなのだ。先行モデルともいえる「株式会社産業革新機構」の場合、出資金1560億1000万円のうち、民間資金は10分の1以下の140億1000万円。残りの1420億円は政府の出資だ。なかなか出資に踏み切る民間企業が出て来ないためだ。しかもこれに、1兆8000億円もの政府保証枠が設けられている。ここまで来ると、株式会社とは形ばかりで、「官業」「国営事業」そのものと言ってもいいだろう。

 その産業革新機構が、業績不振に陥っている半導体大手ルネサスエレクトロニクスの株主になる、という。ここでも「官民出資」が謳われているが、約2000億円のうち1800億円が機構の出資だという。株式も3分の2を機構が保有するというから、連結決算のルールでいけば、ルネサスは「国」の孫会社ということになってしまう。

 「ルネサスが潰れたらうちの製品ができなくなるから何とかしてくれと産業界に泣き付かれた」と、経産省の政務三役の一人は明かす。自動車や家電製品などを作るには半導体が不可欠で、それを低価格で提供してくれるルネサスの存続が生命線だという主張だったようだ。

 ルネサスには外資系ファンド触手を伸ばしていた。だが、外資系企業になったら、半導体の納入価格が引き上げられかねない、と恐れたという。「日本の産業のインフラのような会社だから政府である程度面倒みるのは仕方がない」と経産省の幹部も言う。

 ベンチャー企業の支援にも「官民ファンド」の活用が検討されている。いくら金融緩和をしても、企業になかなか資金が流れないのが現実だ。大企業はむしろ手元資金が潤沢で、内部留保が積み上がっている。一方で中小企業にはなかなか資金の出し手が現れない。景気低迷が続く中で、中小企業の成長期待が薄まり、破綻リスクが高まっているからだ。

元をただせば国民のおカネ

 ここ3年、中小企業の資金繰りを一手に支えてきたのが「中小企業金融円滑化法」による融資条件の見直しだった。いわゆる「金融モラトリアム(支払い猶予)法」である。民主党政権交代して金融担当相ポストを握った国民新党が強硬に導入を主張。2009年12月に始まった制度だ。

 これは中小企業から返済条件の見直しを依頼された場合、金融機関はできるだけ応じなければならないというルール。当初はリーマン・ショック後の、中小企業の資金繰りを助ける目的で時限措置として始められたが、東日本大震災などもあり、2度延長された。

 金融庁のまとめでは、09年12月から12年3月末までの間にこの法律に基づいて融資条件の見直しを申請したのは、累計で313万件余りと膨大な数にのぼる。そのうち見直しが実行されたのは289万件余りだ。

 しかもこの見直しの対象になった債権の総額は80兆円弱と巨額だ。このうち55兆円が地方銀行や信用金庫など地域の金融機関の債権である。この件数や金額には、同じ融資で条件見直しを複数回行うなど重複もあるため、どれだけの債権額が純粋な見直し対象で、潜在的な不良債権はいくらぐらいか、正確なところは不明だ。だが、モラトリアムによって、焦げ付く可能性を秘めた十兆円単位の巨額の融資が先送りされていることになる。


 東京商工リサーチによると、12年度上半期(4〜9月)に全国で倒産した企業件数(負債額1000万円以上)は6051件と、過去20年間で最少となった。景気が回復しているわけではなく、円滑化法によるモラトリアム“効果”であることは疑う余地がない。

 政府は期限が来る来年3月末で、円滑化法は廃止にする方針だ。本来、経済の循環の中で競争によって敗者が出るのは自然なこと。それを無理やり融資条件を緩和して生きながらえさせれば、見た目の倒産は減るが、その分、金融機関の潜在的な不良債権が積み上がっていく。ようやく副作用の大きさに気が付いたというわけだ。

だが、この件に詳しい政府幹部は「何もしないで法律を廃止すれば、5万社が潰れる。それでは政治がもたない」と語る。そこで、銀行では融資を続けられない中小企業に「官民ファンド」が出資しよう、ということのようだ。

 政府出資は元をただせば国民のおカネである。「ファンド」を通すとはいえ、特定の民間企業に国民のおカネをつぎ込むのは本来、政府には許されないことだろう。百歩譲って民間企業に出資したり補助金を支給したりするには、それを上回る国民全体の利益が見込めるのが建前だ。

 だが、国と投資先企業の間に「ファンド」が介在することで、国会のチェックは及びにくくなり、出資先企業の審査が野放図になる心配もある。そもそも官業がうまくいかないのは、新銀行東京の例を引くまでもなく、過去の歴史が証明している。

 問題はなぜ、国がそこまで企業活動に踏み込まざるを得ないのか、である。前月号のこのコラムでも取り上げたように、企業の手元資金は積み上がる一方で、新たな投資に資金が回らない。経営者がリスクを取って新規投資に踏み出さなくなっているためだ。

 政府日銀は景気浮揚に向けて、一層の金融緩和を進める姿勢を示している。もっとも、政府日銀の懸念は、金融を緩和しても、将来の成長が期待できる分野の企業に資金が流れないのではないか、ということだ。相次ぐ官民ファンド設立の大義名分はこれだ。

 だが、本来、成長分野を探し出し、そこに資金を投じていくのは民間企業や、民間の投資ファンドの役割だろう。自らは手元に資金を残し、リスク政府出資という名の国民のおカネに負わせるとしたら、企業は自らの役割を放棄しているということになりかねない。しかも、経営の指南まで霞が関の官僚たちに受けるとは、日本の経営者も落ちぶれたものである。

2013-01-23

内部留保を溜め込んで使わない日本企業

| 18:04

金融緩和期待から円安となり、株価が上昇しています。安倍晋三首相が進める「アベノミクス」への期待があることも間違いありません。この株価上昇は続くのでしょうか。株価は最終的には企業の収益力で決まります。一時の金融緩和ブームで株価が上昇しても、実力が伴っていなければ、持続的に株価が上昇することはあり得ません。企業は手元にある資本を生かして利益をどれだけ生み出せるかが勝負なのです。少し古くなってしまいましたが、月刊誌ウエッジの12月号(11月20日発売)に書いた原稿を編集部のご厚意で再掲します。少し今のマーケット環境と前提が違うので、その点ご容赦ください。オリジナルページ→ http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2409


 日本の株価はなぜ上昇しないのか。株式投資をしている人ばかりでなく、経済に関心のある人ならば不思議に思うだろう。2008年のリーマンショックで世界中の株価が大きく下がったが、他国の株価はショック前の水準を軒並み回復している。08年8月の約1万2000ドルから6000ドル台にまで下落した震源米国のNYダウですら、1万3000ドルに回復した。

 ところが日本の日経平均株価は08年8月の約1万3000円から7000円台にまで下落した後、戻り高値は1万1400円。10月末現在は9000円を割り込んでいる。何とショック前の7割の水準なのだ。世界同時株安の原因である金融機関の経営危機とは無縁と言われた日本の株価が最も影響を引きずっているのはなぜだろう。

 東京証券取引所の斉藤惇社長は、記者会見のたびに「日本企業のROEが低過ぎる」と苦言を呈している。ROEとはリターン・オン・エクイティの略で、企業が株主から託された株主資本(自己資本)からどれだけの利益を生み出しているかを示す。具体的には企業の純利益を株主資本で割った比率だ。このROE、東証一部上場企業の平均は5%程度だが、米英の企業の場合は15%程度だというのである。

 つまり、日本企業は資本を十分に使って儲けていない、という指摘だ。それは個別の企業をみれば鮮明だ。「iphone5」も引き続き人気商品となったアップルROEは42%(12年9月期)、「ウィンドウズ8」を発売したマイクロソフトは27%(12年6月期)である。低金利の中で、資本からそれだけの利益を生んでいる企業の株価が上がるのはある意味、当然だろう。

 一方、日本を代表する企業はどうか。トヨタ自動車は3%、住友化学は1%である。日本企業でもグローバルに競争しているコマツは17%、最近、経営改革を進めている日立製作所も22%(いずれも11年度決算)と高い企業も存在する。だが、多くの日本企業の収益力は低いのである。

 資本から利益を生むのは企業本来の役割である。ところが、日本の場合、この資本を溜め込んだまま、きちんと活用していない企業が多いことが問題視されている。

財務省が省内にチームを作り、なぜ日本経済が長期停滞に陥り「失われた20年」と呼ばれる事態に直面しているのかを分析した。結論は世界経済のグローバル化に日本企業が適応できなかったからだ、というものだった。そして、00年以降、企業の設備投資が減価償却の範囲内に留まり、余剰資金が積み上がっている点に着目している。つまり、企業の手元に溜まった資金が、新規投資などに向いていないことが、日本が成長しない一因だと考えたわけだ。

財務省が成長戦略に本腰を入れる理由

 ちなみに財務省が「日本がなぜ成長しないか」を分析し始めたのには訳がある。社会保障・税一体改革関連法案の成立で、消費税率を14年4月に現行の5%から8%に、15年10月には10%に引き上げることが決まった。だが、経済環境が急変した場合には増税を見合わせる「景気条項」が付いている。財務省の悲願である消費増税には、景気を上向き基調にもっていくことが不可欠なのだ。これまで政府の「新成長戦略」などの策定は経済産業省に任せきりだったが、財務省としても本腰を入れる必要に迫られた、という訳だ。

 増税が実施できたとしても経済成長は不可欠だ。15年10月に税率が10%になっても、増える税収は13.5兆円と試算されている。しかも増税によって景気が悪化し消費が落ち込めば、税収は減る。前回消費税を3%から5%に引き上げた後は、全体の税収は減ってしまった。税率を引き上げても税収が減ったのでは何にもならない。

 増え続ける社会保障費も増税では賄えない。12年度の一般会計予算で国債の元利払いなどを除いた歳出額は68兆円余り。対する税収などは46兆円に過ぎない。13.5兆円と見込まれる消費増税ではプライマリー・バランス(基礎的財政収支)を黒字にすることはできない。つまり毎年の赤字垂れ流しが続くことになる。財政再建には経済の成長が必要なのだ。

 投資をせずに溜め込んだ日本企業の内部留保の増加ぶりは顕著だ。資本金10億円以上の企業が保有する10年度末の内部留保(連結ベース)は266兆円と1年前に比べて9兆円も増加した。00年代前半は株式を買い集めた投資ファンドなどが日本企業に圧力をかけ、配当の増額などを迫った。手元に資金を溜め込んだ企業が狙われ、配当を増やすか、ROEを高めることが求められた。その後、買収防衛策などが広まり、投資ファンドが衰退すると、日本企業の内部留保は急速に増加した。

 内部留保がすべて現金や国債で運用されているわけではなく、設備などに回っているケースもあるが、上場企業だけでも60兆円にのぼる「現金預金」を持つ。株主から預かった資本を銀行預金や国債での運用に回していれば、ROEが低くなるのは当然である。企業経営者がリスクを取って事業に挑むことを怠っていると言うこともできる。つまり、「ファイティング・ポーズ」をとっていないのだ。

どうすれば経営者にファイティング・ポーズをとらせることができるか。経営に緊張感を持たせる世界的な手法は「コーポレート・ガバナンス」(企業統治)を効かせることだ。日本ではガバナンスというと不祥事を防ぐためのお目付役を置くという印象が強い。

 確かに欧米企業のように利益を上げるために経営者が暴走するような風土ではブレーキ役が必要だが、日本企業に必要なのはむしろアクセル役。経営者にリスクを取らせ、利益を上げさせるために背中を押す役割が必要だ。その役割を担えるのは企業の利益が増えて得をする人、つまり大株主や投資家の代表ということになるだろう。企業の株を保有する年金基金や保険会社が企業の取締役会に入っていって、もっと経営者にプレッシャーをかけるべきなのだ。

 会社法制を見直す法務省の法制審議会会社法部会は、昨年、会社に1人以上の社外取締役を義務付ける案を示した。ところが、経団連や全国銀行協会などが強硬に反対。結局、今年8月に義務付けは見送られた。社内出身者ばかりの取締役会に、外部の目を入れることを徹底的に嫌う日本企業の風土が改めて浮き彫りになった。

 年金も生命保険も、資金を拠出しているのは、この記事をお読みの皆さんだ。きちんと利回りを上げるよう基金や保険会社に圧力をかければ、それが企業への圧力となり、経営者がファイティング・ポーズをとり、企業の業績が上がり、日本経済が成長する。そうしたガバナンスを機能させることが問題解決の第一歩なのだ。

2013-01-20

『日産 その栄光と屈辱 消された歴史 消せない過去』 著者:佐藤正明(文藝春秋)

| 00:04

昨年末に講談社の「週刊現代」から依頼されて執筆した書評です。


タイトル:名門企業の凋落を招いた社長の失政を、名物記者が真正面から克明な筆致で描き出す

 会社に盛衰はつきものだ。そこには必ず会社の方向を決定づけた経営者がいる。「創業者」が会社を生み育て、どん底から復活させれば「中興の祖」と語り継がれる。だが、会社をダメにした張本人が真正面から指弾されることは稀だ。

 そんな中で、本書は間違いなく異色の経営ノンフィクションだ。日本を代表する名門会社でありながら、最後は自らよりも規模の小さい仏ルノーの傘下に入った日産自動車の「屈辱」を、石原俊(たかし)氏というひとりの社長の失敗に帰している。

 石原俊氏は早くから日産のプリンスと呼ばれ、社長就任後は経済同友会代表幹事などを務めた。勲一等旭日大綬章を受けるなど、いわば位人臣を極めた経営者だ。その石原氏が強引に進めた英国工場の建設が日産の凋落を決定付けたと本書は糾弾する。

 「石原さんは『経営は継続』という鉄則を踏み外し、個人の名声を高めるため無謀な海外プロジェクトに走ったことから、名門企業を奈落の底に突き落とした」

 そんな具合に完膚なきまでに石原氏を叩きのめしている。だが本書が異色なのは、ノンフィクション作家の単なる「見立て」で、石原批判を展開しているわけではない点だ。

 著者の佐藤正明氏は日経新聞産業部が生んだ名物記者だった。徹底して経営者に食い込み、経営についての相談も受ける。半ば一心同体になって企業を見守り続ける記者はかつての日経新聞には数多くいた。そんな中で「自動車と言えば佐藤正明」だった。

 もう一つ異色なのは佐藤氏が本書では「私」を登場させ、日産の経営陣とのかかわりを“告白”していることだ。石原氏と対立していた労働組合幹部の塩路一郎氏や川又克二会長に“食い込み”、会社が発表した「事実」ではなく交渉の舞台裏の「真実」を克明につかんでいた。

 塩路氏を追い落とすために、会社側が女性スキャンダルをでっち上げた事件や、それを巡って石原氏が組合に“詫び状”を取られた交渉の様子なども、「あたかもそこで見ていたかのように」克明に書かれている。丁寧に取材し「時空を超え多少想像と推測を交えながらその場を再現」している。佐藤氏にしか書けない日産の裏面史である。

 会社の盛衰は経営者次第。本書が描き出す結論は、決して日産という一つの会社の話ではない。

日産その栄光と屈辱―消された歴史消せない過去

日産その栄光と屈辱―消された歴史消せない過去

2013-01-18

安倍内閣の真価が問われる「金融資本市場の活性化」。国民新党が先送りした国際会計基準IFRSの行方はどうなる?

| 18:27

金融緩和を先取りする格好で株価が上昇、ムードは明るくなっていますが、これで本格的な景気回復につながるかどうかは予断を許しません。とくに、民主党時代の金融・資本市場政策をどう見直していくのか。今後の焦点になりそうです。現代ビジネスの記事を編集部のご厚意で以下に再掲します。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34583


民主党政権の3年3ヵ月の間、金融業界には逆風が吹き続けた。民主党は金融に関心が薄く、最後の2ヵ月を除いて大臣ポストも国民新党に丸投げした。

 連立を組んだ国民新党から金融相ポストに就いた亀井静香氏、自見庄三郎氏らは、民主党マニフェスト政権公約)からは大きくかけ離れた独自の政策を推し進めた。亀井氏が推進した郵政民営化の巻き戻し、中小企業などへの金融モラトリアム、そして自見氏による国際会計基準IFRSの先送りなどが典型例だ。

民主党が圧勝して政権を奪取した2009年総選挙での、国民新党の得票率(比例)はわずか1.73%。多数の国民から信任を得たわけではない国民新党が金融を壟断できたのは、ひとえに民主党が金融に無関心だったからに他ならない。

政権交代後の2009年12月、当時の菅直人副総理兼国家戦略相が発表した「新成長戦略」には、金融分野への言及がゼロだった。記者ブリーフィングでこの点を質問された菅氏は「リーマンショックは金融の行き過ぎによる結果でもあるし」と煮え切らない返事をした。成長させる分野として「金融」がまったく念頭になかったというのが本当のところだったのだろう。

企業経営に大きな影響を与えるIFRSの行方

安倍晋三内閣は1月11日、「日本経済再生に向けた緊急経済対策」を発表した。柱の1つである「成長による富の創出」の中に、「金融資本市場の活性化等」を盛り込んでいる。政権交代から短期間での経済対策だけに、盛り込まれた具体的な政策は、民主党政権時代の積み残しが多い。

アジア No.1市場の構築」という言葉も、民主党の置き土産だが、安倍自民党政権公約でも「国際展開戦略」として成長するアジア経済圏を取り込むなど経済のグローバル化に積極的に取り組んでいく姿勢を示している。緊急経済対策では「市場の利便性向上・国際競争力の向上等を通じた金融資本市場の活性化等に取り組む」との方針を掲げた。

 では具体的に、政策はどう変わるのだろうか。郵政改革の方向性については自民・公明民主の三党で合意した経緯がある。今後自民党内での議論が再燃する可能性はあるものの、今すぐに安倍内閣として方向転換することはあり得ないだろう。

 モラトリアム、つまり中小企業等金融円滑化法のツケについては、激変緩和措置などが検討されている。これについては別稿に譲ることにしたい。もう1つ、個別の企業経営に大きな影響を与えるのがIFRSの行方だろう。会計基準の変更によって企業の戦略に影響を与える可能性があるからだ。

自民党政権時代の2009年、金融庁の企業会計審議会は中間報告をまとめ、IFRSを全上場企業に義務付けるかどうか2012年中に判断するとしていた。ところが自見金融相が2011年5月に突然、「政治判断」だとしてこのメドを延期する方針を発表していた。

 企業会計審議会の臨時委員にIFRS反対派と目される人物10人を追加で任命するなど、強引な手法で議論の流れを変えようと画策した(当時の記事参照)。金融庁の事務方は激しく抵抗したが、民主党の掲げる「政治主導」には逆らえず、海外の視察などを繰り返してきた。結局、2012年中にIFRSの扱いを決めることは見送った。

カギを握るのは麻生太郎副総理財務相兼金融相

政権交代で安倍内閣のIFRSへの対応はどうなるのか。

 緊急経済対策のベースになった自民党の政策をまとめたのは政権交代前に政調会長だった甘利明氏や茂木敏光氏ら。安倍政権では2人とも閣僚となり、日本再生戦略は甘利氏が担当大臣となった。成長戦略の柱としてグローバル化対応を進めるのは現体制からみて明らか、ということだろう。甘利氏も経済産業相になった茂木氏も、経産省に近く、産業界の要望には敏感だ。経団連などの一部にはIFRSに慎重な向きもあるが、グローバル化対応に正面から異を唱えるのは難しい。

一方、日本経済再生本部の下に設置された「産業競争力会議」には経団連副会長の坂根正弘・コマツ会長や新浪剛志・ローソン社長、竹中平蔵・慶応大学教授といったグローバル化に向けて改革を進めるべきだと主張する人たちが加わった。産業競争力会議がIFRS推進の姿勢を取れば、経済再生本部も同じ方向性を持つことになりそうだ。

 こうした流れを受けて金融庁は、昨年10月2日に開催した後、途絶ている企業会計審議会の総会を2月をメドに再開する方針だという。自見元金融相が任命した委員など人事の見直しも行う見通しだ。

 もっとも安倍内閣がもろ手を挙げてグローバル化路線を突き進むかどうかは分からない。カギを握るのは政権内で大きな影響力を持つ麻生太郎副総理財務相兼金融相のスタンスだ。

麻生氏はリーマンショックの直後に首相に就任、世界的な経済危機に直面しただけに、行き過ぎた金融業への問題意識が強い。リーマンショック後の10月30日に開いた記者会見では、危機の原因を3つ挙げ、その1つに会計基準を指摘している。引用すればこんな具合だ。

「3つ目には、会計基準の在り方についてです。今回のような金融市場が大きく乱高下するような状況において、すべからく時価主義による評価損益の計上を要求することが、果たして適切であろうか。時価主義をどの範囲まで貫徹させるべきか。更に有価証券を売買するか。また、満期まで保有するのかによって、いかなる評価方法が適切であるのか。国際的な合意を目指して、首脳会議で議論を行わさせていただきたいと思っております」

IFRSに積極的な姿勢を取ることが不可欠

 当時の麻生氏の周囲には時価会計を金融危機の元凶とする人たちが集まっていた。エコノミストのリチャード・クー氏などもそのひとりと見られる。確かに発火点となった米国サブプライムローンなど証券化商品は、「金融業界の暴走」が一因と言えた。麻生氏の周囲にはIFRSなどグローバル化を嫌う人たちが多いという声もある。

 続く11月15日、金融・世界経済に関する首脳会合が開かれた。世界の首脳が集まった席で麻生首相は「危機の克服〜麻生太郎の提案」とする文書を作り配布した。日本は経済危機とは無縁だ、という自負がこの段階ではあり、日本のバブル崩壊後の経験を世界に訴えるという姿勢だった。

もっとも、世界の首脳に訴えたこの文書では、会計基準に対するトーンはやや変わる。そこでは、「各国の会計基準を収斂する作業が、国際会計基準審議会を中心に進められているが、この作業に、当局、企業、投資家等の関係者が関与することで、客観的な、かつ公正な基準作りが迅速に進められるべき」という一文を盛り込んだ。国際基準自体を公正な基準にするように日本も積極的に関与していくという姿勢を示しているとみていい。

首相当時のスタンスを見る限り、麻生金融相も国際的な会計基準の統一には理解を示しているようにみえる。財務省も内部に設けたチームで分析した「日本経済が成長しない理由」として、経済のグローバル化への対応が遅れたことを挙げている。

 今後、安倍内閣が再成長路線を目指すに当たって、グローバル化を推進する方向に大きく舵を切ることになる。その大きな具体策の1つが国際舞台での会計基準づくりで主導権を握ることになるだろう。基準作りで主導権を握るためにはIFRSに積極的な姿勢を取ることが不可欠で、IFRSが国内基準として企業に義務付けられる日も遠くないとみるべきだろう。

2013-01-16

金融円滑化法で試される「新しい自民」

| 18:03

日本は再びゾンビ企業の山になっている可能性があります。事実上経営に行き詰まっていても、銀行などが融資を続ければ企業は存続します。ただ、潰さないというだけのために、潤沢に資金を入れるというのは愚策ですが、これを3年間も続けてしまったのが、民主党金融政策でした。その処理をどうするのか、3月末までに一応の答えが出るはずです。産経新聞が発行するフジサンケイ・ビジネスアイの1面に掲載された拙稿を再掲します。オリジナルページは→http://www.sankeibiz.jp/macro/news/130116/mca1301160501001-n1.htm


経済再生」を最重点課題として発足したばかりの第2次安倍晋三政権が、さっそく前政権のツケに悩んでいる。民主党政権で金融担当相を務めた亀井静香氏が残した「モラトリアム(支払い猶予)」のツケである。

 政権交代直後の2009年の12月、「中小企業金融円滑化法」が施行された。中小企業などの借り手が金融機関に返済負担の軽減を求めた際に、できる限り貸し付け条件の変更を行うよう金融機関に求めた法律だ。当初は2年間の時限措置だったが、その後2度延長され、今年3月末がその期限になっている。

 昨年9月末までに行われた貸し付け条件の変更は延べ343万7000件。対象になった債権額は96兆円という巨額にのぼる。これには同じ会社が複数回の条件変更を受けた場合も含まれる。実際、直近では見直し件数の8割が同じ会社による再度の条件変更だとされる。

 民主党もモラトリアムの弊害には気が付いていた。融資条件を緩めたことで、経営努力も緩んでしまったのだ。

 では3月末で法律が切れたらどうなるか。当然、経営再建のメドが立たない問題企業は倒産する。政府の推計でその数5万〜6万社。ツケを一気に払うわけで、景気には大きな打撃だ。

 安倍内閣で財務・金融相に就いた麻生太郎副総理は、就任直後から「延長はない」と発言している。一方で連立与党公明党からは再延長を求める声が出ている。事実上経営が行き詰まったゾンビ企業を生きながらえさせるのは問題の先送りでしかない。いずれ金融機関の不良債権を増大させ、日本経済再生の足を引っ張る。一方で4〜6月の倒産が激増すれば、短期のうちに景気回復を印象づけたい安倍内閣にとってマイナスになる。

菅義偉官房長官は8日の会見で「期限到来後も中小企業の経営支援を図っていくためにはさまざまな政策が必要だ」と述べた。いったいどんな対策を取るのか。

 金融庁は金融機関をチェックする際の「金融検査マニュアル」に、貸し付け条件の変更に柔軟に対応するよう求める項目を入れることを検討しているもようだ。時限的な法律を無くす代わりに、恒常的に使われるマニュアルに入れてしまおうというのだ。金融検査は、銀行などの健全性を保つために行われるのだが、それと相反する規定になる危険性にあふれている。

 かつて大蔵省銀行局の力が強かった頃、経営者からの依頼を受けた政治家が、役人に銀行への融資継続を指導するよう圧力をかける例がしばしばあった。融資を決める経営者の判断を左右できる権限を役所が持てば、かつての古い金融行政に回帰しかねない。「古い自民党には戻らない」と言い続ける安倍首相の足元で、古色蒼然(そうぜん)として政官業癒着が復活しそうな匂いがする。

2013-01-15

シニア層におカネを使ってもらうカギは「3つのE」---『シニアシフトの衝撃』著者・村田裕之氏に聞く

| 22:11

経済再生を掲げて第2次安倍晋三内閣が発足する。大胆な金融緩和によってデフレからの脱却を目指すが、それですべての問題が片付く訳ではない。団塊の世代が本格的な高齢化を迎えるこれからが日本にとって正念場と言える。そんな「高齢化」をむしろチャンスに変えようという動きが広がりつつある。市場も企業活動も高齢化層にターゲットを移す「シニアシフト」の時代がやってきた、と言う東北大学特任教授の村田裕之氏に聞いた。     聞き手: 磯山友幸(ジャーナリスト



 問 今後急速に進む高齢化に日本経済は耐えて行けるのでしょうか?

 いかにお年寄りに心地よくおカネを使っていただくか、というのが大きなポイントになるでしょうね。日本にはしばしば1,400兆円の金融資産があると言われますが、これには自営業者の事業性資金なども含まれるので、正確とは言えません。私の試算では、60歳以上の人が保有する正味金融資産の合計は482兆円ほどです。この金額でも大きいと思います。

 問 高齢者の金融資産を消費に回すということですか。

 はい。この正味金融資産のうちの3割でも144兆円になります。これに消費税率5%を掛けると、税収が7兆円あまり増えることになります。消費税率を10%に引き上げて得られる税収増は13兆5,000億円と試算されていますが、シニアの資産が消費に回すだけで、消費税率を引き上げなくても、それだけの税収が見込めることに注目してほしいと思います。

 

 問 確かに、国が財政支出を増やすよりも効果がありそうですね。

 2011年度の一般会計は90兆円あまりでしたから、その1.6倍ものおカネが実体経済に回ることになります。この効果は絶大です。

 問 村田さんはこのほど『シニアシフトの衝撃』という本を書かれました。高齢者におカネを使わせるためには企業が急速に認識を変えつつあると指摘されています。

 ええ。よくシニア・ビジネスなどと言いますが、これまで企業はあまり本気でシニア市場の戦略を考えて来ませんでした。2007年には団塊の世代が60歳の定年を迎えるということで、当時、いよいよ高齢化元年だと言われました。

 ところが、実際にはそんなに多くはリタイアしませんでした。女性が半分いたうえに、定年延長や再雇用などで退職の時期がズレたためです。それが、いよいよ本格的な高齢化時代に入ってきた。町中でも急速に高齢者が目に付くようになってきたと思いませんか。私は2012年が「シニアシフト元年」だと言っています。

 問 これからがいよいよ本番ということですか。

 はい。企業もシニアを対象にしたビジネスに本腰を入れ始めました。背景には所得構造の大きな変化があります。今、29歳以下の若者の平均年間所得は300万円を切っていると言われます。一方で年金をフルにもらっている70歳代は400万円以上になります。シニアの方が可処分所得が多いわけです。当然、企業も所得が多くて消費する層にターゲットを当てます。

 問 どんな業種が具体的にシニアシフトしているのでしょうか?

 小売業の動きが早いですね。イオンやイトーヨーカ堂、ローソン、セブン・イレブンといったスーパーやコンビニです。商品開発から店づくりまで、大きく変わりつつあります。1989年にセブン・イレブンの顧客の63%は30歳未満で、50歳以上は9%でした。それが2011年には30歳未満が33%、50歳以上が30%になっている。

 高齢者にとってコンビニが「近くて便利な存在」になったのです。コンビニ側も小量パックの弁当や惣菜など、シニア層が求める品揃えにシフトしています。こうした傾向はますます顕著になるでしょう。

 問 ターゲットにする顧客像が変わったということですね。

 夫婦に子ども2人というのが長い間、日本の「標準家族」像でした。今や夫婦2人や単身の家庭が大きく増えた。かつての「ファミリーレストラン」という分類自体がすでに過去のものになっています。退職したシニアがひとりで入店しても違和感のないような雰囲気づくりを進めたお店が支持されるわけです。コメダ珈琲などは午前中にシニア客で混雑しています。

 問 シニアをターゲットにすることで、新しいビジネスも生まれて来るのでしょうか?

 私も起業に関わりましたが、カーブスという女性専用のフィットネスクラブのフランチャイズが急成長しました。2005年7月にスタートしてわずか7年で1247店です。登録している顧客は53万人にのぼります。

 中高年の女性がターゲットで、実際、顧客の平均年齢は58歳。駅の近くではなく住宅地に出店し、月額会費も5,900円と安い。「ノーメン(男性なし)」「ノーメークアップ(化粧なし)」「ノーミラー(鏡なし)」で、仲間感覚で運動します。シャワーなどの設備はないので、開業費用も少なくて済みます。

 問 本当に、急成長ですね。

フィットネスクラブはたくさんあって飽和状態のように思われていますが、市場規模は3,000億〜4,000億円に過ぎません。普及率も3%といったところです。既存のサービスで一見、飽和状態にあると思われている周辺に実は新しいビジネス・チャンスがあります。

 問 一方で、シニアシフトに乗り遅れている業界はどこでしょうか?

 それは明らかに製造業です。日本のメーカーは、「良いものを作れば売れる」という考えが染み付いて、タコツボに入っています。マーケット自体が分かっていないので、その変化にも付いていけない。あるいは現場は気が付いていても、経営体制が古くて、やらせてもらえない、というケースも多いようです。

 経営者が過去の成功体験に拘泥し、「そんなモノをうちの会社が作るわけにはいかない」といった反応を示す例が多いようです。

 問 では、具体的にどうやれば、高齢者層におカネを使ってもらえるのでしょうか?

 私は「3つのE」がカギだと思っています。「Excited(わくわくすること)」「Encouraged(勇気づけられたり、元気になったりすること)」「Engaged(当事者になること)」の3つです。

以前、『いきいき』という雑誌が米国ボストンに1ヵ月滞在しながら英語を学ぶ旅行を企画しました。飛行機代から語学学校の費用、食費まで含めてひとり120万円でしたが、30人の定員枠が2週間で完売しました。

 わくわくするようなモノでないとシニアはおカネを出してくれません。もともと、資産はあっても、収入は年金などで少額です。資産を消費に回してもらうには、きちんと納得してもらえるだけの商品性が必要になります。

 問 確かに、シニアが元気になれば消費は増えそうですね。

 元気になると、認知機能も高まり、服を買って、外出して、とおカネを使うようになります。「使うなら今のうちよね」という発想になれば、財布の紐を緩めます。また、当事者意識を持てると、社会への参加意識も強まるので、そこにおカネを出しても惜しくない、という考え方になります。

 問 そうは言っても、資産を使ってしまうことに不安を感じる高齢者も多いのではないでしょうか?

 将来への不安が、シニアの消費を妨げている最大の要因です。ですから、将来のリスクを「見える化」することが重要だと思う。60歳で定年になって例えば85歳で死んだ場合、具体的にどれぐらいおカネを使ったか、事実に基づいた数値を示すのです。

 今、現実に起きている事は、高齢者が実際に亡くなった後、数百万円、数千万円という現金を残しています。その結果何が起きるか。相続争いです。

 問 高齢化で健康保険や年金など社会保障の制度が揺らいでいると言われます。

 解決策の1つは、年をとっても仕事をしてもらうことです。仕事をしていれば、要介護の状態になるリスクを減らすことができます。そうすれば、健康保険の財政を圧迫している医療費の削減などにつながるでしょう。

 実際、70歳か75歳まで働きたいという人は増えています。この点は、5年ぐらい前とシニア層の意識が変わっているように思います。そうしたシニア層が働ける社会に変えていくことを、政府が政策で後押しすることはできると思います。

村田裕之(むらた・ひろゆき

1987年東北大学大学院工学研究科修了。仏国立ポンゼショセ工科大学院国際経営学部修了、MBA。(株)日本総合研究所などを経て2002年3月に村田アソシエイツを設立。東北大学加齢医学研究所スマートエイジング国際共同研究センター特任教授などを務める。多くの企業の新事業開発・経営に参画するなど、シニアビジネス分野に造詣が深い。『親が70歳を過ぎたら読む本』、『年を重ねるのが楽しくなる! [スマートエイジング]という生き方 』(共著)、『シニアシフトの衝撃』など著書多数。

シニアシフトの衝撃

シニアシフトの衝撃

2013-01-10

「安倍流リフレ政策」を断行しても問題がすべて解決するわけではない

| 15:50

月刊誌エルネオスの1月号に掲載された記事を編集部のご厚意で以下に再掲いたします。

ホームページhttp://www.elneos.co.jp/


デフレの“恩恵”を受けてきた

 政権公約の冒頭に「経済を取り戻す」を掲げて総選挙を戦った自民党。「明確な『物価目標(二%)』を設定、その達成に向け、日銀法の改正も視野に、政府日銀の連携強化の仕組みを作り、大胆な金融緩和を行う」としている。長期にわたって「デフレ」、つまり物価が持続的に下落していく状態から脱却できなかったのは金融緩和が不十分だったからだ、という主張が背景にある。では、本当におカネを刷り、金融を緩和すれば、デフレは止まり経済が成長力を取り戻すのだろうか。

 安倍晋三総裁の周囲には期せずして「リフレ派」と呼ばれる学者やエコノミストが集結している。これまでも「物価目標」、つまり「インフレ・ターゲット」を設定すべきだという主張は繰り返されてきた。だが、日銀政府も、のらりくらりとそれを拒絶してきた。そんな日銀に批判的だった安倍氏自民党総裁になったことで、一気にリフレ派が勢いづいたのである。

 リフレとはリフレーションの略。不況期の需要不足と供給過剰の差(需給ギャップ)を埋めるために、主として金融緩和によって有効需要を創出して景気を回復させる手法だ。緩やかで安定的にインフレを起こそうとする政策で、「通貨再膨張」と訳されることもある。

 二〇一一年頃から安倍氏は「日銀法改正」を主張してきた。現在は日銀法によって政府の政策からの独立性が保証されている。日銀総裁人事は国会同意が必要で、政府の意向で自由に任免できるわけではない。これは国際的な慣行でもある。安部氏は、この日銀法を改正して、政府との合意に基づく「インフレ・ターゲット」を設定、それが達成できない場合などには総裁を罷免できるようにすると主張した。

 また、国債日銀が直接引き受けることも求めた。国が発行する債券日銀が引き受ければ、それと引き換えに日銀券つまりおカネが出て行くわけで、紙幣を増発することになる。つまり、直接的な金融緩和効果があるというわけだ。

 日銀法改正や国債の直接引き受けには、日銀は真っ向から反対。国債を発行する財務省も難色を示した。さすがに総選挙の政権公約では直截的な表現は控えたが、今後、公約を実行していく段階では、議論が再燃するのは間違いない。

 ところで、なぜ日銀インフレ・ターゲットに反対なのか。白川方明日銀総裁は講演などで「中央銀行の膨大な通貨供給の帰結は、歴史の教えに従えば制御不能なインフレになる」と繰り返し述べている。つまり、リフレ政策を取ると、二%を目指してもそこで止まらずにインフレになってしまうと言っているのだ。日銀は伝統的にインフレと闘うことがレーゾンデートル(存在理由)だったから、インフレを容認する政策に舵を切ることには強い抵抗感があるのだろう。

 安倍氏は、インフレになるという危惧に対しては、「二%を目標にするのだから、それを超えたら金融を引き締めるので、制御は可能だ」と主張している。

 では、物価目標を設定し、おカネを刷って供給すれば、本当にデフレは止まって成長が始まるのだろうか。たしかに通貨供給量を増やせば、おカネの相対的な価値が落ち、物価の下落が止まる可能性はありそうだ。先々インフレが起きそうだとみる人が増えれば、資産をおカネで持つのをやめ、不動産株式などにシフトするかもしれない。そうした流れが続けば、景気拡大につながっていきそうにも思える。

 だが、インフレになると経済が成長し、生活が良くなるのかどうか。この二十年近く、多くの国民がデフレの“恩恵”受けてきたのも事実だ。衣料品や食料品など生活必需品の価格は軒並み大幅に下落した。吉野家などの外食チェーンやユニクロに代表される低価格衣料品、家電量販店などによって、モノは格段に安く買えるようになった。

 二十年来、サラリーマンの給与は増えずに、むしろ下落したが、それでもデフレによって実質的な生活は悪化しないで済んでいた。もちろん、デフレによって企業は儲からなくなり、その結果、雇用を減らし、給料も減るという「デフレスパイラル」のような現象が起きている。

■製品や経営力に問題がある

 さて、ここでリフレ政策が取られると、どうなるか。様々な商品の価格が上がり、その結果、企業は儲かるようになり、給料が増え、新規の雇用が生まれるのか。そうなれば御の字である。だが、物価下落が止まり、物価の上昇が始まっても、企業が儲かるとは限らない。さらに、給料が増える保証もない。物価上昇はむしろ国民生活に大きな負担を生じ、消費を抑制するなど、一段と景気を冷え込ませる可能性もある。

 通貨供給量が増えれば、おそらく為替の円安が進むだろう。実際、安倍氏が公約を発表して以降、対ドル、対ユーロで円安に振れた。円安になると、輸入品の価格はその分、上昇する。特に輸入額の三分の一を占める原油や天然ガスなどエネルギー価格が上昇すれば、ガソリン価格や電気料金に跳ね返る。そうなれば、鉄道運賃やタクシー代など公共料金も上がるだろう。もともと健康保険料や年金掛け金などが毎年上がっているうえ、二〇一四年からは消費税も上がる。そう考えると、しわ寄せは一気に国民に押し寄せることになりかねないのだ。

 そもそもデフレが止まったからといって企業業績が上向くかどうかは、かなり疑問だ。円安になったからといって、日本の家電製品の国際競争力が一挙に回復するとみるのは早計だ。今、日本企業が儲からないのは、製品力や経営力に問題があるからで、為替や景気など外部環境の影響ばかりではない。

「大胆な金融緩和」がどんな効果をもたらすのか。とりあえずは、「やってみる」価値はありそうに思う。だが、それで問題がすべて片付くような魔法のような一手にはならないだろう。これまで繰り返し指摘されてきた、日本の企業や社会の構造問題などのクビキから解き放たれない限り日本経済は浮揚しないように思う。

2013-01-09

「公的資金で製造業支援」は禁じ手だ!安倍政権がはまる「ターゲティング・ポリシー」という愚策

| 13:51

日本は社会主義だと言われます。社会党の流れをくむ民主党政権がそうした傾向が強かったのは半ば必然ですが、政権交代しても「国頼み」は変わらないようです。講談社の「現代ビジネス」に拙稿がアップされました。ご一読いただければと思います。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34511


 「経済再生」を政権公約のいの一番に掲げた安倍晋三内閣が本格的に動き出した。日本企業の競争力をどう回復させるかが、1つの大きな柱になる。いったいどんな施策が具体的に出てくるのかと思っていたら、驚くべき政策が飛び出してきた。

 大晦日1月31日の日本経済新聞は1面トップで、「公的資金で製造業支援、工場・設備買い取り」と報じた。時事通信や産経新聞も報道しているので、安倍官邸が流した方針であることは間違いない。国が民間企業の設備を買い上げるというのは資本主義国家では禁じ手。前代未聞の政策といっていいだろう。新聞では総額1兆円という数字まで踊っていた。

 具体的なスキームはこうだ。政府が官民共同出資の会社を作り、特別目的会社(SPC)を通じて企業が持つ工場や設備を買い取る。企業はSPCにリース料を支払って工場や設備はそのまま使い続ける、というものだ。企業は売却で得られる資金を設備投資や研究開発に充てることができ、電機や素材など国内製造業の競争力強化につながる、と報じられている。

「官民ファンド」の先行モデルの1つは産業革新機構

 さすがに政府が直接出資するわけには行かないので、日本政策投資銀行や新設する「政府系機関」が出資するという。政府系機関とはおそらく、最近霞が関が熱心に設立している「官民ファンド」のことだろう。安倍政権経済再生の司令塔として設置した「日本経済再生本部」で、「産業競争力強化法案」(仮称)の策定を検討しており、この中にこのスキームを盛り込む方向だという。早急に作成する今年度の補正予算でも1000億円程度の予算を付ける方向だという。

官民ファンドは、政府と民間が出資し、その資金を生かして特定の産業や企業を支援するスキームである。先行モデルの1つは産業革新機構だ。同機構の出資金は1560億1000万円。そのうち民間資金は140億1000万円で残りの1420億円は政府のカネである。「官民ファンド」とは名ばかりで、官業そのものと言っていい。しかも政府はこれに1兆8000億円もの政府保証枠を付けている。もちろん、これが日本の新たな産業育成の呼び水となり、日本経済が再成長の軌道に乗るのなら、まだ良い。だが、その巨額の資金の流れる先が「問題企業」だらけだとしたらどうだろう。

 実際、産業革新機構は、業績不振に陥っていた半導体大手ルネサスエレクトロニクスに出資した。日本の産業にとって不可欠の半導体企業を守るという理由で、トヨタ自動車など国内製造業の強い要請を政府が受けてスキームが決まった。ここでも「官民出資」が建前だったが、蓋を開けると民間出資はごくわずかだ。

 1500億円の増資のうち1383億円を機構が出し、トヨタの出資はわずか50億円。自動車部品のデンソーとケーヒンが10億円ずつ、パナソニックとキャノンニコンが各5億円を出しただけだ。さらに500億円の追加増資も検討されており、こちらはすべて機構が出すという。

 自動車や家電製品などを作るには半導体が不可欠で、それを低価格で提供するルネサスの存続は生命線だというのが経済産業省の主張だ。本当にそうなら、トヨタなど民間会社が共同で救済すれば良いだけ。自動車や電機メーカーが買い叩いて赤字から抜け出せないルネサスを存続させるために国がカネを入れるのは、形を変えた自動車メーカーへの補助金に他ならない。

産業革新機構が本気でルネサスの業績を回復させようと思えば、自動車メーカーなどへの販売価格を引き上げるしかない。それができなければ、赤字を垂れ流し、国の出資が回収できなくなるだけだ。つまり、国民にツケを回すことになるわけだ。日本の財政は回収できないカネをばら撒くほどの余裕はないはずだ。

設備を売却するような企業は「問題企業」

 今回浮上している資産買い取りも似たようなものだ。新聞では「企業は工場や設備の売却後も、リース契約で生産を継続でき、雇用の維持といった地域経済の下支え効果も期待できる」とその効果を喧伝している。だが本当だろうか。

 リース会社など民間に出資を求めるとしているが、出資で儲かる可能性がなければ誰も出資しない。ところが工場などの設備を売却するような企業は「問題企業」にほかならない。将来性のある日本企業の多くは現在、潤沢な手元資金を擁しており、むしろその資金の投資先がないことが問題になっている。設備を国に売却しようという企業は逆に手元資金に窮している企業ということになる。

 この話を聞いて、真っ先に思い浮かぶのがシャープの名前だろう。設備投資戦略の失敗で過剰な工場・設備を抱え、経営危機に陥っている。国や地方自治体はこれまでも「円高立地助成」などの名目で、シャープ・グループに補助金をつぎ込んできた。ついには、その設備まで買い取ろうというのだろうか。

半導体や液晶などは技術進歩が早いため、設備の陳腐化が急激に進む。そうした設備を官民ファンド(SPC)に売却するとして、ファンドが資金を回収できる可能性は低い。仮に本気で回収しようと思えば、買い取り価格を大幅に引き下げるか、リース料を大幅に高く設定するしかない。企業の資産は帳簿に価格が載っているので、その価格よりも安く売却すれば、決算上、損失が出る。高いリース料は毎期の費用を膨らませ、決算数値を一段と悪化させる。

 結局は、会社にとって都合の良い価格での買い取りをファンドに求めるしかなく、そうなればファンドの資金回収は絶望的になる。そんな価格での取引を公認会計士が認めるかどうかも課題だ。いずれにせよ、早晩、ツケは国民に回ってくるわけだ。

メディアは申し訳程度に、「公的資金を活用した経営支援は企業のモラルハザード(倫理の欠如)を招くとの批判も予想される」と書いている。だが、問題はモラルハザードだけではない。

 大きいのは特定の企業の資産を国が買い取った場合、業界内の競争条件を大きく歪めることになる事だ。この弊害の方が大きいと考えるべきだろう。どういう事か。

 ある電機会社の設備だけ買い取った場合、その企業の製造コストは低くなり、業界内での価格競争力が付く。一方、これまで自助努力でコスト削減に努めてきた企業は、国の支援がないわけで、競争上、一気に不利に立たされる。不良企業がゾンビのように生き返り、優良企業が追い詰められる結果になるのだ。

ゾンビを生きながらえさせる弊害

 日本では企業の淘汰が進まず、過当競争によって産業界全体の収益性を落としている。経産省もそういう分析をし、企業の統合を進めるべきだという主張をしている。一方で、今回のような政策を取れば、ゾンビを生きながらえらせ、健全な企業も衰退していくことになりかねない。

甘利明経済再生相は、日本経済再生本部が6月ごろまでにまとめる成長戦略の柱の1つとして、「新ターゲティングポリシー」を検討していく考えを示している。ターゲティングポリシーとは、“有望な"産業育成に 政府が強く関わっていくことを指す。企業設備買い取り政策などの流れからみて、政府が“有望"とした産業や企業に国のカネを投入していく、ということに他ならないだろう。

 官僚は本気で、自分たちが成長産業を見つけられると信じているのだろうか。国のカネという採算チェックが働き難いカネを入れることで、むしろ経営が緩み、企業が堕落するとは考えないのか。役所や政治家の回りに支援を求めてくるような経営者が、本物の企業人だと思っているのだろうか。成長産業を担う企業人は政府の関与を嫌うことはあっても、助けを求めてくることなどない。

このサイトの連載記事の中で、元財務官僚の高橋洋一氏はターゲティング・ポリシーについて、「途上国での幼稚産業育成くらしか当てはまらず、先進国ではほとんどあり得ない政策」「経産官僚のおもちゃでしかなく、予算獲得のための隠れ蓑である」とバッサリ切り捨てている。

安倍首相は、「経済再生」には、とにかく景気に火を付けることが先決だと考えているのだろう。自らが日銀を批判して主張してきた「徹底した金融緩和」に踏み出す一方で、麻生太郎副総理財務相が主導する形で「積極財政」に動くことも容認している。

 持論であったはずの構造改革は、火が付いた後と考えているのか。だが、公共事業のみならず民間企業にまで国のカネをつぎ込む政策には、後戻りできなくなる危険性が伴う。