期待感を高めたアベノミクスを 「成長なき株高」に終わらせるな

月刊誌エルネオスに連載中の「経済解読」。テーマが枯渇するのではないか、と思っていましたが、さにあらず。世がアベノミクスで「経済」に関心を持ち出したので、張り切って書き続けようと思います。オリジナル→http://www.elneos.co.jp/

景気回復への漠とした期待
 アベノミクスの効果に一番驚いているのは安倍晋三首相自身だろう。金融緩和が不十分だとして日銀を痛烈に批判してきた安倍氏自民党総裁になるや、大胆な金融緩和を先取りする格好でマーケットは反応した。安倍総裁が誕生した二〇一二年九月二十六日に八千九百六円だった日経平均株価は、自民党が総選挙で大勝して政権返り咲きを決めた翌日の十二月十七日には九千八百二十八円まで上昇。その後、第二次安倍内閣が発足して「大胆な金融緩和」「機動的な財政出動」「民間投資を喚起する成長戦略」の「三本の矢」を打ち出すと、株価は上昇ピッチを速めて、二月上旬には一万一千五百円に接近した。四カ月余りで、何と三割も上昇したことになる。
 もちろん景気は「気分」によっても左右されるから、大幅な株高によって楽観的なムードが漂えば、消費などに良い効果をもたらす可能性は十分にある。景気を回復させ、経済を新たな成長へと導くきっかけにはなるだろう。だが、株さえ上がれば強い日本経済が復活するわけではないというのも厳然たる事実だ。
 株価は長期的には企業の収益力に連動する。儲ける力のある会社、あるいは将来にわたって大きく儲けると期待される会社の株が上がるのである。では、アベノミクスによって日本企業の収益力は劇的に変わったのかというと、そうではない。
 もちろん、為替が円安になったことで、家電製品など輸出産業の利益が増えるという期待は高まった。だが実際に円安がどれだけ企業の収益力を高めるか、はっきりと見えているわけではない。また、円安のメリットを受けない内需型企業の株価も上昇している。景気回復への漠然とした期待から株式全体が買われているわけだ。

円の価値下落の埋め合わせ
 もう一つの株高に対する見方は、大胆な金融緩和によって通貨価値が下落する分を補おうとする力が株価を押し上げているというものだ。日銀がお札を刷って市中に流せば、中長期的には通貨の価値が下がる。円安になっているのも通貨の交換価値が下落しているからだと捉えることが可能だ。
 もっとも、為替の場合、相手通貨であるドルやユーロ自体の価値も変動している。リーマン・ショックを境に米国はドルを大量に供給した。大きく円高ドル安が進んだ一因はそこにある。為替だけをみても、日本円の価値が下落しているか、なかなか分からない。
 一つの方法に純金を尺度に使う方法がある。一九七一年に米国がドルと金の兌換を停止するまで、通貨の価値は金によって裏打ちされていた。今ではドル建ての金価格は上下するので、金価格の上昇をドル価値の下落とみることもできる。リーマン・ショック後に通貨不信が強まった際に、金を求める投資家が増えたのはこのためだ。
 日経平均株価を日本円建ての金価格で割った“指数”を計算してみると、面白いことが分かる。衆議院解散から安倍内閣発足までは指数も一・九〇から二・一三へと大きく上昇している。ところが本格的に株価が上昇した政権発足後は、指数の上昇はそれほどでもなく、二月上旬でも二・一六。株価が上がったのとほぼ同じペースで金価格が上昇したのだ。つまり、この間の株価上昇のかなりの分は、日本円の価値が下落した分の埋め合わせとみることもできるわけだ。
 企業収益の実態が変わらないのだから、金融緩和分だけしか株価が上昇していないとしても不思議ではないのだ。
 株価の上昇が消費の増加に結び付く可能性を説明した。一九八〇年代後半のバブル景気では、株価も土地も大幅に上昇したため、宝飾品や高級自動車などが売れまくった。日産自動車の高級車シーマが飛ぶように売れたことから、「シーマ現象」と呼ばれた。自動車のような耐久消費財が売れれば、企業の生産が盛り上がり、それが従業員の給与に跳ね返るという好循環が起こる。土地や株価の上昇による消費増は「資産効果」と呼ばれる。
 アベノミクスでこの資産効果が起きるのだろうか。

真価がかかる「成長戦略」
 問題の一つは資産を持っている層が偏っていることだ。一千五百兆円の個人金融資産の六割を六十歳以上の世代が保有している。株式を保有している層も圧倒的にシニア層だ。アベノミクスによる株高の恩恵を受けているのは高齢者が中心なのである。
 現在の日本経済の問題は、二十代〜三十代の若者世代が急速に貧しくなっていることだ。企業収益の落ち込みは、この世代にしわ寄せされた。就職機会が大きく減り、給与水準も引き下げられた。「ワーキング・プア」と呼ばれる人たちが生まれたわけだ。この層はほとんど株式などの資産を保有していない。つまり株高によって「格差」がさらに拡大していることになる。
 二十代〜三十代の所得が増えなければ、結婚や出産は難しい。子供が欲しくても経済的に難しいと感じている若者が多いからだ。高齢者は株価の上昇などで資産が増えても消費に回さないが、若者世代が子供を生めば、消費は間違いなく大きく増える。
 安倍首相は企業に対して社員に支払う賃金を引き上げるよう要請している。アベノミクスで円安になり、株価が上がっても、若者世代に恩恵が行かないからだ。ローソンなど一部の企業は積極的に給与引き上げに動く姿勢を見せているが、経団連企業など大企業は冷ややかだ。アベノミクスによって企業収益が実際に上がったわけではなく、実態は以前と同じ。それなのに給与だけ増やせといわれても困る、というのが本音だろう。
 日本経済が再成長路線に入れずにいるのは、産業構造が古いままになっているからだ。企業に資本が不足しているわけではない。もっと儲けて、従業員を増やし、給与も増やせるような企業をいかに生み出し、育てていくか。企業収益が上がることで株価が上昇する本来の姿を実現することが必要だ。アベノミクスの真価は三本目の矢である「成長戦略」にかかっている。