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2013-04-11

言葉遊びを終えてTPP交渉参加を表明 では、本当に日本の農業は「壊滅」するのか

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経営者と話していると、農業に関心を持つ人が多いことに驚きます。でも考えてみれば当然かもしれません。非効率なところにこそビジネスチャンスはあるのですから。安倍首相は日本に強い農業を復活させると言います。それをTPP交渉参加の言い訳にしてはいけません。地方を取材していると、農業にはまだまだ「経営」が欠如していることを痛感します。本当に強い農業を作るには、名うての企業経営者にどんどん知恵とおカネを出させることではないでしょうか。月刊誌エルネオス4月号に載った記事を編集部のご厚意で以下再掲します。ご一読ください。

エルネオス=http://www.elneos.co.jp/


硬派経済ジャーナリスト磯山友幸の≪生きてる経済解読≫

■政権公約は一つのトリック

 安倍晋三首相は三月十五日、懸案だったTPP(環太平洋連携協定)への交渉参加を表明した。TPPで関税を撤廃すれば日本の農業は壊滅するとしてきたJAなど農業団体や、自民党内の反対派を、首相の「リーダーシップ」で押さえ込んだ格好だ。

 自民党は昨年末の総選挙を戦った際に、以下のような一文を政権公約に盛り込んだ。

「聖域なき関税撤廃を前提にする限り、TPP交渉参加に反対します」

 農業団体はこれでTPP参加はなくなったと信じようとしたが、実のところ、まったく逆だった。というのも安倍首相もブレーンたちも、もともとTPPの交渉参加は不可欠という考えだったのだ。自民党候補者は昨年末の総選挙でJAなどから「TPP反対」の踏み絵を踏まされた。だから公約に素直に「TPP交渉に参加します」とは書けなかったのだ。そこで出てきたのが、一種のトリックともいえる公約だった。「聖域なき関税撤廃を前提にする限り」という限定を付けたのだ。

 実は民主党政府交渉参加の前提について、「あくまでテーブルにすべて載せるということで、交渉に参加しただけですべて関税ゼロを受け入れることにはならない」と説明。いずれにせよ交渉次第だとしていた。

 だが、野田佳彦内閣と違い安倍首相の動きは早かった。訪米してオバマ大統領と会った際にTPPに関する「日米の共同声明」をまとめあげたのだ。これによって安倍首相は「聖域なき関税撤廃が前提でないことが確認された」と表明。交渉参加へ動き出した。

■すべては交渉次第

 だが、ここにも一種のトリックがある。外務省が公表した声明文にはこうある。

「日本には一定の農産品、米国には一定の工業製品というように、両国ともに二国間貿易上のセンシティビティが存在することを認識しつつ、両政府は、最終的な結果は交渉の中で決まっていくものであることから、TPP交渉参加に際し、一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではないことを確認する」

 たしかに「関税撤廃をあらかじめ約束するものではない」とは読み取れる。だが「聖域を認めた」わけではない。というのも、その文章の前段にこう書かれているからだ。

「両政府は、日本がTPP交渉に参加する場合には、全ての物品が交渉の対象とされること(中略)を確認する」

 要はすべて交渉次第ということ。民主党政府の時と状況は何ら変わらないのである。

 ではなぜ、野田前首相ができなかった参加表明を安倍首相はできたのか。答えは、支持率の高さを背景にした政治的手腕である。

 前述の通り、自民党議員の多くは「TPP反対」の踏み絵を踏むことで選挙でJAの支持を得て当選した。“TPP反対派”は自民党内で二百人にのぼるとみられていた。党内論議を積み重ねたならば「交渉参加」という答えが出るはずはない。オバマ大統領との首脳会談から戻った安倍首相は、一気呵成に党幹部会で「総裁一任」を取り付けた。

 機関決定されると、若手議員が反旗を翻すのは難しい。離党を覚悟しなければならない。野田前首相は支持率が低かったため党内をまとめきれず、離党者が相次いだ。だが「強い首相」に反旗を翻す議員などいない。

 JAなど農業団体や自民党の反対派は、重要五品目の関税を「聖域」として死守するよう求めている。コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物(サトウキビ)だ。もちろん、これを「聖域」にできるかどうかは、今後の交渉次第だ。だが、おそらく、これらの品目も長期的には関税が撤廃されていく方向に動くにちがいない。

■「守る」から「強い」農業へ

 では、関税がゼロになれば日本の農業は本当に壊滅するのだろうか。

 TPP交渉参加表明と同時に、政府は試算を発表した。実質のGDP(国内総生産)を三・二兆円押し上げる一方で、農林水産物の生産額は三兆円減少する、とした。ただしこれは、関税をゼロとし、農業対策を何も行わなかった場合だという。

 記者会見に臨んだ安倍首相はこう言った。

「攻めの農業政策により農林水産業の競争力を高め、輸出拡大を進めることで成長産業にしてまいります。そのためにもTPPはピンチではなく、むしろ大きなチャンスだ」

 従来の「弱い農業を守る」政策から「農業を強くする」政策への転換を表明したのだ。

 実は「儲かる農業」を追求している農業者に聞くと、「TPPは怖くない」という声が少なくない。日本の農産物の品質は高く、競争力も高いことを感じているからだ。「加工品の輸出が増えるのでは」と、むしろTPP参加に期待する和歌山のみかん農園の発言をTVニュースも伝えていた。

 一九九〇年代の初め、オレンジの輸入自由化が日米間の懸案だった頃、自由化を許せば日本のみかんは壊滅するといわれた。だが、結果はどうなったか。オレンジにみかんが席巻されることはなかった上、競争が生じた結果、新しい品種の柑橘類が生まれた。ブランド力を付け、JAへの納入価格の数倍で出荷する農園も生まれた。淘汰された農家もあるが、儲かる農家も増えたのである。

 コメは国内での消費量が大きく減少しているので、本来なら輸出市場を開拓すべきだった。だが、従来は生産調整をすることで価格の維持を目指す政策が取られてきた。寿司は世界中で食べられるようになったが、日本のコメはほとんど海外に出て行っていない。

 味だけでなく安全性などを含め、日本のコメへの需要は高い。アジア諸国も所得が向上し、価格が高くても競争できる環境になった。TPPへの参加を日本の農業のチャンスに変えるという安倍首相の農政の方針転換は、若い意欲のある農業者には間違いなく支持されるだろう。