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磯山友幸のブログ RSSフィード Twitter

2013-04-19

強い企業をより強くすれば 雇用もまた増える

| 16:47

ウエッジの4月号に掲載された拙稿を編集部のご厚意で以下に再掲します。JR東海道新幹線のグリーン車におそらく本日まで搭載されていたのではないかと思います。5月号も乞うご期待。

オリジナルページ→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2667


 安倍晋三首相の掲げる経済政策、いわゆるアベノミクスの出だしが好調だ。「大胆な金融緩和」「機動的な財政出動」「民間投資を喚起する成長戦略」の3本の矢を政策の柱としているが、1本目の矢である金融緩和に強い姿勢を示しただけでその効果は表れた。大幅な円安となり株価が上昇。人々の景況感を一変させた。いわば景気に火をつける役割を1本目の矢は果たしたわけで、それだけでも大成功だろう。

 だが今の段階は、薪に火をつけるための新聞紙にパッと火がついたにすぎないとも言える。日本経済を再び成長路線に乗せるには、3本目の矢、つまり成長戦略の果敢な実行が不可欠だ。その中心を担っていくのが、首相が議長を務める「産業競争力会議」である。コマツ会長(4月1日付で取締役相談役)で経団連副会長の坂根正弘氏、武田薬品工業の社長で経済同友会の代表幹事長谷川閑史氏、ローソン社長の新浪剛史氏、慶應義塾大学教授の竹中平蔵氏ら改革派の重鎮が並ぶ。6月にも「成長戦略」を発表するが、メンバーからみて日本の産業構造に大きく斬りこむ具体策が提示されるだろう。

 「規制改革は安倍内閣の一丁目一番地」。安倍首相は規制の見直しを行う規制改革会議の初会合でこう述べた。同会議の議長の岡素之・住友商事相談役は、産業競争力会議議員も兼ねる。つまり規制改革と成長戦略が連動する仕掛けになっているわけだ。3本目の矢の本質は、規制改革による構造改革路線に他ならない。

 金融緩和財政出動は国民の多くが賛成する。賛成でなくても損害を被る人は少ない。ところが構造改革となると、既得権を持つ業界や年齢層との利害衝突は不可避になる。それでも改革を貫けるかどうかがアベノミクスの正念場と言えるだろう。

 その産業競争力会議の議論が始まっている。興味深いのは製造業の代表ともいえる坂根氏の主張だ。

 そもそも「なぜ企業ばかり優遇するのか」という点について、国民にしっかりと説明すべきだ、というのだ。2011年度に企業が生み出した付加価値は275兆円にのぼり名目GDP(国内総生産)の6割弱に相当し、雇用者報酬約177兆円が個人消費の源泉になっていること、全雇用の約75%を企業が担っていることなどを会議で坂根氏は説明した。経済における「企業」の重要性を改めて指摘したのは、民主党政権時代にしばしば企業を軽視したり時には敵視する議論がまかり通っていたからだろう。

 だからと言って、企業すべてを国が支えろと坂根氏は主張しているわけではない。「勝ち組ないし勝ち組になるポテンシャルを持つ既存分野に重点投資すべき」というのだ。弱者どころか敗者となった企業に国が支援すれば、いわゆるゾンビ企業が誕生し、強者のはずだった企業を蝕んでしまう。

負け組事業からは撤退
コマツの事業戦略

 実際コマツは、自社の事業を内部で「勝ち組」「負け組」に分け、負け組の事業や商品からは撤退、勝ち組に特化している。今では世界ナンバー1もしくはナンバー2の製品が全体の85%を占める。コマツが円高下でも高収益をあげてきた背景にはこうした「構造改革」があったのだ。その過程で、2万人いた従業員をリストラで1万8000人に縮小したが、成果が表れた現在は2万2000人にまで増加した。そんな自社の事例を示すことによって坂根氏は、ともすると「弱者救済」に流れやすい政府の産業政策にクギを刺したわけだ。

 「強い企業をより強くする」と言うと、「弱者切り捨て」「弱肉強食」と批判する声が挙がる。だが、企業の場合、現実は異なる。企業が倒産しても、他社の雇用の場があれば、個人が切り捨てられることにはならない。むしろ、敗者の企業を国が支え続ければ、競争を歪めるだけではなく、支えるために費やした費用は早晩国民にツケとして回ってくる。それならば、強い企業をより強くする政策を明確にして、雇用創出を促した方が国民のためにもなる。

 先例がある。ドイツだ。シュレーダー前首相時代の03年3月、「アジェンダ2010」という構造改革策を打ち出した。「ドイツ流成長戦略」と言ってもいいだろう。当時、グローバル化する経済に乗り遅れたドイツは、深刻な「成長の壁」にぶつかっていた。

 これを打破するための「アジェンダ2010」の柱は、労働市場改革、年金改革、企業法制改革だった。事実上解雇ができなかった雇用制度のために、ドイツの労働コストは欧州域内でもトップ水準だった。これを一気に解雇しやすくしたのだ。企業は競争力を取り戻すために相次いで大幅な解雇を実施した。その結果、05年には失業者数が500万人を突破、失業率は12・7%にまで高まったのだ。シュレーダー首相は国民の不満を一身に浴びて退陣を余儀なくされた。

 その後どうなったか。ドイツ企業は競争力を取り戻し、ユーロ圏の拡大やユーロ安による輸出増の恩恵をフルに受けた。ターゲットであった10年には失業者が300万人に減少したのだ。

 産業競争力会議坂根氏も「ドイツに学べ」と主張している。米国英国よりも、モノづくり大国であるドイツの改革を学ぶ方が日本に参考になる、というのだ。「単位労働コスト切り下げ」に向けて社会保障費の企業負担の削減や派遣法の改正を求めている。

 強い企業をより強くすれば、雇用は生まれる。だが、ドイツ企業はさらに一歩踏み込んだ。12年3月に好業績を謳歌した自動車大手フォルクスワーゲンは従業員に7500ユーロ(75万円)の高額ボーナスを支給したのだ。企業業績向上の恩恵は従業員にも波及。ユーロ通貨危機にもかかわらず、ドイツでは個人消費が大きく盛り上がった。「痛み」を乗り越えた構造改革の果実を、個人が手にしたわけだ。

 安倍首相経済界に対して、内部留保を取り崩して若年層を中心に給与を増やすよう要請している。産業競争力会議議員である新浪氏が社長を務めるローソンなどが、真っ先に給与引き上げに動く意向を示している。アベノミクスの恩恵をできるだけ早く個人に回し、消費につなげたいという狙いが背景にはある。だが本筋は、構造改革によって「強い企業がより強くなり」、企業収益が改善する中で、社員にも給与増や賞与として利益を配分していくことだろう。

 もう1つ、ドイツが同時に行ったことがある。経営のグローバル化だ。社外取締役の導入が進むなど、経営者に収益を向上させるプレッシャーを与える仕組みができたのだ。ドイツ銀行など銀行が大量に保有してきた企業株式の売却も進み、ドイツ型の「株式持ち合い」も大きく崩れた。ぬるま湯の中で企業がもたれ合う体制を排除したのである。本物の強い企業を作るには、支えるだけではなく、企業や経営者を寒風に晒すことも大事だろう。

◆WEDGE2013年4月号より