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2013-06-25

日本取引所の天下り「隠れ蓑」人事(6月号)

| 19:51

ちょっと古くなりましたが、5月20日に発売されたFACTA6月号の連載コラムを再掲します。是非FACTAも定期購読をお願いします。オリジナルページ→https://facta.co.jp/

取締役会による経営の監督を一段と強める」。元財務次官の林正和氏が日本取引所(JPX)の取締役会議長に就任する人事を報じた日本経済新聞は、無批判にこう書いた。5年前に林氏が東京証券取引所自主規制法人理事長に就任した際は「天下り」と批判されたが、今回はまったくと言っていいほど天下り批判は出ていない。だがどうみても、財務省(旧大蔵省)の復権を象徴する人事ではないか。

念願の日本銀行総裁ポストにOBの黒田東彦・元財務官を送り込んだ財務省は、かつては同省大物OBの指定席だった取引所トップの座を虎視眈々と狙っていた。林氏が取締役会議長に就いたことで、間接金融と直接金融のトップを握り、悲願がかなったのだ。次官OBが日銀総裁と取引所トップ(当時は東証理事長)に就いたのは1994年からの松下康雄総裁(98年まで)、山口光秀理事長(2000年まで)以来。日本の金融資本市場が再び官僚体制に組み込まれたと見ることもできる。

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財務省の悲願実現までには紆余曲折があった。後任奪取のために73歳の斉藤惇・グループCEOを引退に追い込もうと、斉藤氏には陰に陽に圧力がかかっていた。財務省が最も期待したのは武藤敏郎・元次官の天下り。日銀総裁候補とされながら遂に実現しなかった武藤氏は大和総研理事長として証券界に“待機”。いつでも後任に就く用意ができていた。斉藤氏は大物次官OBである武藤氏の天下りには最後まで抵抗してきた。

そうは言ってもゼロ回答というわけにはいかなかったのか、自主規制法人理事長として気心の知れていた林氏を取締役会議長とすることで折り合ったのだろう。これまでは議長職を置かず、取締役会は斉藤氏が議長役を務めていた。林氏は今年で自主規制機関の理事長としての任期が満了することになっていた。

取締役会議長といっても会議の司会をやるだけで強い権限があるわけではない」

そう社外役員のひとりは言う。だからこそ「会長」ではなく「議長」という名称だ、というのだ。天下りと目くじらを立てる必要はない、ということだろう。確かに、斉藤氏がグループCEOとして取締役にとどまっているうちは林氏が全権力を掌握することは難しいかもしれない。だが、英語の肩書は「チェアマン・オブ・ザ・ボード」。要は「会長」なのだ。斉藤氏が退任すれば、CEOや執行役員の人選に強い影響力を持つようになるかもしれない。そうなれば、霞が関コントロールの復活である。

会見に臨んだ斉藤氏は人事の狙いを「国際化」だと強調した。世界に通用する国際標準の役員体制に変えたというのだ。実際にビジネスを行う「執行役」と、それを監督する「取締役」を分離する海外では当たり前の体制にしたと言いたいのだろう。

持ち株会社傘下の東京証券取引所社長には大和証券グループ本社の清田瞭名誉会長、大阪証券取引所社長には野村証券元専務の山道裕己顧問を迎えることも決めた。欧米の主要取引所の経営陣は証券界・金融界の出身者が占める。海外同様、執行の現場には業界出身のプロしか置かないというわけだ。

ただし、林氏の後任である自主規制法人理事長には元金融庁長官の佐藤隆文氏を据えた。佐藤氏は英語も流暢で国際的な知名度もあり、証券界での評判はすこぶる良い。国際的に通用する人を「人物本位で選んだ」ということだろう。だが一方で、2代続けて官僚OBが就任したことで、このポストは官僚の指定席になった、と見ることもできる。

欧米では伝統的に、取引所の規制は「業界の自主規制」として扱われている。公正な市場を保つための紳士協定というわけだ。法律ですべてを縛ろうとする日本とは根本的に違う。これまでも取引所には金融庁が事細かに「指導」してきた。取引所として独自判断で規制を変えることは事実上できなくなっている。金融庁長官だった佐藤氏が理事長になることで、この傾向が一段と強まるのではないか。それでなくとも日本の資本市場は世界から「官製市場」だとみられている。

「大証の人事に注目してほしい」と取締役のひとりも言う。山道氏が大証の社長に就くことで、今年1月に社長になったばかりだった藤倉基晴氏はわずか半年で退任することになった人事だ。藤倉氏は大蔵省の審議官OB。執行の現場から役人OBは排除した格好だ。グループ全体の取締役会への天下りは甘受しても、執行の現場には専門家しか置かないというわけだ。これが斉藤氏の言う「国際化」の意味だというのだ。

天下りの天下りたる所以は、そのポストが霞が関の指定席になることだ。人物本位とは口ばかりで、現役の官僚がOBの行き先を割り当てる。林氏が証券とはほとんど無縁の役人人生を送ったのが典型例だ。つまり、役所の“権益”としてOBを送り込むわけだ。

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林氏が最初に自主規制法人の理事長に天下った時の内閣は、第1次安倍晋三内閣だった。世の中の天下り批判は強く、閣僚からも取引所への天下りを認めるなという声が上がったが、「あくまで民間が決めた人事」ということで財務省が押し切った。

今回の人事について安倍内閣は何の反応もしていない。メディアにも批判的な論調がないためだろう。「脱官僚依存」を掲げて政権を奪取した民主党が、結局は実質的に天下りを容認することとなったことで、国民の間に「官僚批判疲れ」が生じたのか。安倍内閣の閣僚も発足当初ほど天下り問題には拘泥しなくなったようにみえる。

安倍首相は当面、天下りなど公務員制度問題には手を付けない腹積もりのようだ。自ら主導する経済政策、いわゆるアベノミクスを推進するには、財務省を敵に回したくないと考えているのだろう。

日本取引所の人事が斉藤氏が言うように「国際標準」に変えたものなのか、霞が関支配に舞い戻ったのかは、株主総会以降、徐々に明らかになってくるだろう。役人の世界の尺度で言えば、報酬や部屋の広さで序列が示される。取締役兼グループCEOの斉藤氏と、取締役会議長の林氏の序列はどうなるのか。

いっそ、取締役や執行役員の報酬を個別に開示してはどうか。海外では執行役員の報酬は業績連動で高額な一方、取締役は業績に無関係で定額なものの安いのが相場だ。しかもすべて年次報告書で個別開示されている。どうせなら情報開示も国際標準にしなければ、経営の監督を強めることにはならない。