山崎会計士協の有終は大手「赦免」

FACTAの連載には「監査役」というタイトルが付いていますが、これは監査役について書くという意味ではありません。監査役が機能するために関心を持っておくべきテーマを取り上げるコラムという位置づけです。監査役のみならず会計士や弁護士、企業経営者の方々に是非お読みいただきたいと思っています。9月20日発売の10月号の原稿を編集部のご厚意で以下に再掲させていただきます。是非定期購読もお願いします。オリジナルページ→https://facta.co.jp/article/201310034.html

FACTA2013年10月号 連載 [監査役 最後の一線 第30回]
by 磯山友幸(経済ジャーナリスト)

7月3日、日本公認会計士協会は理事会を開いた。山崎彰三会長が任期を終えてこの日で退任、3年間の山崎執行部は仕事を終えることになっていた。後ろの時間には会員総会と、政官財の関係者を招いた懇親パーティーが控えていた。

そんな最後の最後である理事会は、通常なら形ばかりのものなのだが、この日は重要な問題が紛れ込ませてあった。監査法人や会計士の責任問題を審査する協会内部の審査会が、オリンパスを担当した二つの監査法人について「処分せず」とした結論の報告が議題に入っていたのである。

「常務理事など幹部には事前に根回し済みで、理事会ではほとんど議論はなかった」とこの日の理事会に出席した会計士は言う。オリンパス事件は1990年代に生じた巨額の損失を海外などに「飛ばし」て隠し続けていた粉飾決算事件で、2011年にFACTAのスクープで明るみに出た。損失が発生した当時から監査を続けてきたあずさ監査法人と、09年から監査を引き継いだ新日本監査法人の責任問題が協会によって審理されてきた。

理事会では、なぜ処分対象にならないのか、具体的な説明もなかったという。翌日の新聞は、協会の発表として小さな記事を掲載。「規則やルールに基づいて十分な監査をしたかを調査した結果、『故意に不正を見逃したり重大な過失を犯したりしたケースには該当しない』と判断した」とのみ書いていた。

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オリンパス事件に関する監査法人の責任問題については、金融庁が昨年7月、あずさと新日本に業務改善命令の処分を下している。すでにクロ判定が確定していたわけだ。あずさに対しては「過去に問題のあった被監査会社に対するリスク評価に係る情報を法人本部に集約し、フォローする体制が不十分」だったと指摘、新日本に対しても、監査チームがあずさから詳細な聴取を行っておらず引き継ぎに問題があった点などが指摘された。

それでも法人経営に大打撃となる業務停止などは行われず、業務改善命令にとどまったことで、識者からは「甘い処分」という声が挙がっていた。

役所の処分が甘く済んでも、専門家集団である業界団体の処分は厳しくなるだろう、という見方もあった。自主規制団体として機能していることを示すには自ら襟を正すことが何よりも重要だからだ。それだけに協会がオリンパス事件での監査法人の責任をどう認定するかが大いに注目されていたのだ。だが、あたかも世の中の批判をかわすかのように、執行部交代のドサクサに紛れて「シロ判定」の結論を出したというわけだ。

実は、他にも山崎執行部が「問題を闇に葬った」(元理事のひとり)という指摘がある。「循環取引」による粉飾事件が問題になったニイウスコー(08年4月に民事再生法申請)の監査法人の責任問題についても不問に付したというのだ。破綻までの5年間で682億円も売り上げを過大計上していたとされ、元経営者には有罪判決が下っている。FACTAでも何度も取り上げられてきた事件だ。

裁判では、有罪判決を受けた元副会長が「監査法人に対応する実質的責任者として不正をおおむね把握していた」と指摘された。その副会長の相方だった監査法人の会計士はまったく不正に気付かなかったというのだろうか。少なくとも協会はそう判断したというのだ。

山崎執行部の3年は「ほとんど見るべき成果がなかった」(元会長のひとり)と酷評されている。協会の役員として山崎氏が長年取り組んできた国際会計基準IFRS)の日本への導入問題も、民主党政権では反IFRSだった国民新党が担当大臣を握っていたこともあり、まったく前に進まなかった。経団連金融庁とともに、海外にはない「企業財務会計士」という資格を導入しようとして、国会で否決され、大恥をかいてもいる。また、副会長を務めたこともある理事からは、1千人近い会員の署名とともに、任期途中での会長解任請求まで出された。

そんな山崎執行部が最後の最後に残した“功績”が、オリンパスニイウスコーの担当監査法人への「赦免」だったと皮肉る声が協会内部から聞こえてくる。

オリンパス事件は、日本の3大監査法人のうちの二つが関与していた。オリンパス事件の発覚とほぼ同時期に発足した山崎執行部にとって、まさに最大懸案だった。監査法人に業務停止命令が出れば、カネボウの粉飾事件をきっかけに解散に追い込まれた中央青山監査法人みすず監査法人、07年解散)の二の舞いになりかねない。ニイウスコーを監査していたのはもう一つの大手、トーマツである。山崎氏はもともとトーマツの出身だ。大監査法人の抱える懸案を人知れず処理した山崎氏の“功績”は大きいというのである。

ちなみに、循環取引による粉飾事件の第1号ともいえるメディア・リンクス(大阪市)事件について、協会は担当の会計士を処分する方針を決めた、という。02年10月にナスダック・ジャパン(後の大証ヘラクレス)に上場、直後に循環取引が発覚し、04年5月に上場廃止になった会社で、165億円の売上高のうち約140億円が架空計上だった巨額粉飾決算事件だった。

潔く処分するのは感心だと思ったら、どうも話が違うようだ。会社内容を精査して上場までもっていった新日本監査法人が処分対象ではなく、上場直後に交代して引き継ぎ、1期だけ監査した個人会計士を処分するというのだ。「大法人を守るために個人を人身御供にしようとしている」という批判の声も漏れてくる。山崎氏は大監査法人に大いに恩を売ったことになる、という。

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山崎体制の跡を継いだ森公高会長の評判は今のところ悪くない。就任時で55歳と若く、すこぶる真面目だという。だが、森氏をよく知るベテラン会計士は顔を曇らせる。「大監査法人のトップより年少なうえ、性格もおとなしいから、監査法人に厳しい注文を付けることができないのではないか」。あずさ出身の森氏には理事選挙の際にトーマツだけでなく新日本の組織票も入ったとされる。会員に対する処分権を持つ自主規制組織の長としてどこまで手綱を引き締めることができるか。監査法人や会計士への批判を回避することではなく、世の中の信用を得るために襟を正すことこそトップの責務であると、自覚すべきだろう。