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2013-10-17

What’s up men (フリー淡路ブックNo2特集記事)

| 06:55

神田淡路町の再開発で誕生した「ワテラス」。高層の住宅、オフィスに加え、ライブラリーや小ホールなどのコミュニティスペースもあります。そんな新しい神田と古くからの神田の融合を目指して創刊された「フリー淡路ブック(FAB)」の制作をお手伝いしています。第2号の特集です。


老舗には変えてはいけないものと、

変えていくべきものがある。

 神田には蕎麦の名店が数多く存在する。その代表格が「まつや」。明治17年(1884年)の創業というから130年近い歴史を誇る。2月に惜しくも火災に遭い再会準備中の「かんだやぶそば」や、幕末創業ののれんを引き継ぐ「松竹庵」と並ぶ老舗である。

 昭和初期から変わらない店舗は、外国人観光客がわざわざ外観写真を取りに来る江戸の風格が漂う建物。昼時ともなれば、伝統の味を求めて、大勢の客で賑わう。

 濃い目のつゆに、細めに切り揃えた蕎麦をすっとくぐらせ、一気に吸い上げるように口に運ぶ。そんな江戸っ子の食文化は、脈々と途絶える事なく続いてきたように思うに違いない。だが、実はそうではないのだと、「まつや」若旦那の小高孝之さんは言う。戦後の混乱期から経済の急成長期。蕎麦屋の数が一気に増えた。東京蕎麦の大半は「機械打ち」になり江戸以来の伝統である「手打ち」は絶滅寸前だったそうだ。

 そんな折、「手打ち」にこだわる老舗の3代目が集まって勉強会をスタートさせた。昭和33年(1958年)のことだ。老舗が技術を「秘伝」として抱え込むのではなく、お互いに情報交換して切磋琢磨する。会の名は手打ちに必須の道具から「木鉢会」と名付けた。現在の加盟店は28店。小高さんは今、その会長を務める。「伝統の味を守ろうと努めても、時代と共に、そば粉をしょうゆも昔とは同じものなのがなかなか手に入らなくなっています。その中で味を守っていくには日々、研鑽が必要なんです」

 産地を目隠しテストで当てるそば粉の勉強会なども行なっている。素材のそばの香りを以下に引き出すかが、老舗ならではの技術ということだろう。「老舗には変えてはいけないものと、変えていかなければいけないものがある」と小高さんは言う。伝統は頑なに守っているだけでは続かない。木鉢会のホームページにもこんな言葉が書かれていた。「温故知新を旗印に、基本は重んじるもの旧弊に陥ることなく、新しい時代の流れに対し、精進することに努める所存」。つまり、伝統にあぐらはかかない、という決意の表れなのだ。

知ってもらいたいパスタの小麦の香り

蕎麦の名店「神田まつや」の並びにあるイタリアンの人気店「トラットリア・ラ・テスタドゥーラ」。オーナーシェフの吉田利徳さんがこの地に店を開いて13年になる。「老舗ばかりのこのエリアによく店を出したねと言われたものです」と笑うが、すっかり神田になじむ名店になった。「イタリアの気軽な食堂であるトラットリアの雰囲気、臨場感を日本でも味わって欲しい」というのをコンセプトにしている。内装もシックだ。

 そんな「ラ・テスタドゥーラ」の名物がパスタ。徹底して「手打ち」にこだわっている。「保存を目的とした乾麺のパスタを使うお店も多いですが、小麦粉の香りはまったく違います」と吉田さん。イタリア産の小麦に国内メーカーの小麦をブレンドし、香りを引き出すことと、シコシコした歯ごたえにこだわっている。

 「手打ち」ならでは、パスタの形も豊富。定番のスパゲッティー二に始まり、リングイネ、カラマーリ、リガトーニフジッリブカティーニなどなど。濃厚なパスタソースに合う幅広のパスタ、バッパルデッレは特にお勧めとのこと。

 吉田さんがイタリアンのシェフになったのは30年前。「当時はパスタと言えばナポリタンかミートソースかカルボナーラぐらいしか一般的ではなかった」。この四半世紀の間に新しい食文化の代表として、どんどん新しいパスタメニューが創作されてきた。だが、新しいものを追求しているわけではない、と吉田さん。

 「イタリアの田舎で食べられ続けてきた伝統的なパスタにこだわっているんです」

 イタリアの家庭やトラットリアで受け継がれてきた「伝統」を神田の地で再現しようと努めてきた。一見、新しいものの中に秘められた「伝統」を大切にしてきたということだろう。

FREE AWAJI BOOK 2013June No.2