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2014-03-04

社外取締役「キヤノン陥落」の次

| 16:46

日本の将来を見ている外国人投資家の多くがコーポレートガバナンス(企業統治)に関する制度の行方を注視しています。日本企業が利益を上げる体質に変わるにはガバナンスが変わる必要があるとみているからです。その象徴的な制度変更が今国会で審議されつつある社外取締役の行方です。今では大半の会社が導入するようになりましたが、経団連企業の中には頑なに反対しているところがあります。FACTAの3月号(2月20日発売)に掲載された記事を編集部のご厚意で再掲します。オリジナル→http://facta.co.jp/article/201403012.html

FACTA 2014年3月号 連載 [監査役 最後の一線 第35回] by 磯山友幸(経済ジャーナリスト


社外取締役の導入に最も抵抗していると見られてきたキヤノンが遂に陥落した。3月に開く株主総会に社外取締役2人の選任議案を提出すると1月29日に同社が発表したのである。元大阪高等検察庁検事長弁護士の斉田国太郎氏と、元国税庁長官で証券保管振替機構社長の加藤治彦氏を候補者としている。キヤノンが社外取締役を置くのは初めてだという。

「制度に反対しているわけではなく当社に必要がなかっただけ。適切な人材が見つかったのでお願いした」

日本経済新聞にはそんなキヤノンのコメントが載っていたが、明らかに言い訳だろう。現在国会で議論されている制度改革に「追い詰められた」というのが事の真相に違いない。

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「事実上の義務化という評価、十分可能だと思っています」

1月31日の衆議院予算委員会で、谷垣禎一法相はこう答弁した。今国会での成立をめざす会社法改正案には、社外取締役の導入促進規定が含まれる。正面切って義務付けは求めていないものの、社外取締役を置かない場合には厳しい説明義務が課せられている。

法案では、「社外取締役を置くことが相当でない理由」を株主総会で説明することを義務付けているのだ。当初は事業報告書に書かせる方向だったが、自民党内での審議過程で修正され、株主総会での説明事項となった。終了した決算期に社外取締役を置かなかった理由を書類に書き込めば良かったものが、総会で候補者リストに社外取締役がいない場合も説明せざるを得なくなった。「社外取締役がいない場合、間違いなく株主から質問される」(会社法に詳しい弁護士)ことになりそうだ。

しかも、「置くことが相当でない」理由とは、「置かない方がよい」理由ということである。単に置くことができない事情を説明するだけでは許されない。そんな説明を株主総会で社長がするのは至難の業だ。それを指して谷垣法相は「事実上の義務化に等しい」と踏み込んだ発言をしたのである。

キヤノンが社外取締役を置いてこなかったのは、たまたま人材が見つからなかったからではもちろんない。同社のホームページにはこう書かれていた。

「現場の実態を熟知してこそ、より実効性、効率性のある意思決定を行うことができるとの考えから、現時点では、社外取締役は採用していません。この経営形態は、当社が創業以来、順調に発展してきたことからも、当社にとって効果的に機能してきたと考えています」

現場を知らない素人を意思決定に加えるのは非効率、と言っているわけだ。これはキヤノンを率いてきた御手洗冨士夫会長兼社長の信念でもあるようだ。

母校中央大学での講演で御手洗氏は、なぜ社外取締役を置かないのかと質問されてこう答えている。

「30年間、会社の中で仕事の能力や人格やいろいろなことをチェックされて『この人ならいいだろう』というので役員に選ばれる(中略)したがって、アメリカのようなチェックの仕方は必要ない」

米国のようにヘッドハントされて突然就任する社長がいるわけではないので、外部の目でチェックする必要はない、というのだ。

社外取締役の大きな役割は、社長にモノ申すことだ。社長から取締役に引き立てられた部下では、社長の耳の痛いことは何一つ言えない。社外の独立した取締役ならクビさえ覚悟すれば何でも言える。取締役会の「空気を読む」必要がないのだ。社長が独裁者となって暴走し、経営を壟断(ろうだん)することを防ごうというのが社外取締役導入の一つの狙いである。

御手洗氏は2006〜10年に日本経団連の会長を務めた後、76歳でキヤノンの社長に復帰した。経団連が社外取締役の義務付けに強硬に反対してきたのは、御手洗氏の影響が大きいと言われる。

そんなキヤノンも遂に年貢を納めることを決めたわけだが、どうせなら最後まで社外取締役に反対し、「置くことが相当でない理由」の模範解答を示して欲しかった。「経営に素人を置くことは百害あって一利なし」とでも説明したかどうか。だが、方針転換して選んだ社外取締役の2人は、キヤノンが求めてきたはずの「現場の実態を熟知」している人物とは到底思えない。検察OBと国税OBである。経営判断を下すに十分な経営者としての経験ももちろんない。昨年6月に社外取締役を導入したトヨタ自動車が、米ゼネラル・モーターズ(GM)の元副社長を選んだのとは対照的と言えるだろう。

キヤノンが社外取締役を置くことに決めたので、象徴的な1社が残った。新日鉄住金だ。1月号の本欄でも経団連正副会長会社18社の中で、1社だけ社外取締役が1人もいない企業として紹介した。その役員がこんなことを言って世の中を驚かせた。

「選任には費用がかかるのだから、企業が必要としていなければデメリットだろう。名刺を顔写真付きにしたい会社は、そうすればいい。しかし義務づけるのはどうか」

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昨年9月22日日本経済新聞が「社外取締役義務づけ必要か」という特集記事を組んだ。ここで反対派を代表する形で、経団連経済法規委員会企画部会長の佐久間総一郎・新日鉄住金常務がこう答えたのだ。会社法の専門家や経営者の間からも「社外取締役の有無を、名刺の写真の有無と同列視しているのか」と疑問の声が上がった。

新日鉄住金は4月1日付で社長に進藤孝生氏が昇格するが、ここまで来たら「置くことが相当でない理由」を株主総会で説明してもらいたい。「費用がかかるから」と開き直るのだろうか。

実は、社外取締役義務付けに反対する企業が導入に動いている背景には別の理由がある。社外取締役のいない企業の株主総会で、社長や会長の選任に批判票が急増しているのだ。新日鉄住金の昨年6月の株主総会での宗岡正二会長への賛成票は78.12%、友野宏社長への賛成票は79.51%にとどまった。ちなみに昨年3月のキヤノンの総会での御手洗氏への賛成票は72.21%。その他の取締役への賛成票の90%超と比べると圧倒的に低い。海外投資家などが反対票を投じていることが大きい。

政府にも「事実上の義務付け」とまで言われ、株主からも批判を浴びながらも、まだ社外取締役1人にすら抵抗する。欧米では取締役の過半数を社外取締役が占めるようになっている中で、あまりにも時代錯誤と言えるのではないか。