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2014-05-29

 「ガバナンス・コード」骨抜き許すな

| 19:52

成長戦略のひとつの柱がコーポレート・ガバナンス・コードの制定になりそうです。月刊ファクタの6月号(5月20日発売)に掲載された原稿です。編集部のご厚意で以下に再掲します。

3月決算企業の株主総会が佳境を迎えている。ここ数年の懸案だった社外取締役の導入に踏み切る企業が相次いでおり、2〜3人の社外取締役を選任する会社が目立っている。会社法改正で「社外取締役の1人義務付け」に強硬に反対した日本経団連や全国銀行協会など財界の反応はいったい何だったのだろうかと思ってしまう。ともかくも、日本の上場企業の大半が社外取締役を置くことになりそうで、まがりなりにも形は整う。今後は社外取締役をどうやって機能させるか、より実質的な課題に取り組むことが必要だろう。

安倍晋三内閣が昨年6月にまとめた成長戦略では、機関投資家が投資先企業に収益向上などを働きかける「受託者責任」のあり方を定める「日本版スチュワードシップ・コード」導入を盛り込んだ。これまでしばしば「モノ言わぬ株主」だと批判されてきた生命保険会社など機関投資家が企業経営に良い意味でプレッシャーを与える体制ができることになった。

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今年に入って金融庁は導入を決めたが、実は生命保険会社などには「それほど真剣に対応しなくて大丈夫です」と平然と説明していた。大手生保に真正面から反対されてはスチュワードシップ・コードの導入自体が揺らぎかねない。成長戦略に明示された金融庁への「宿題」だけに、機能するかどうかよりも、何とか形だけは整えたいというのが本音なのだろう。

だが、そこは日本企業である。一度ルールとして導入されると、必死になって真面目に対応する。日本版スチュワードシップ・コードの導入で機関投資家と企業の関係が大きく変わりそうな気配で、日本企業のコーポレート・ガバナンス(企業統治)が大きく前進する可能性が出てきている。

そんな中で問題となっているのが、企業統治の具体的な姿、いわゆるベスト・プラクティス(最善の慣行)を示す「コーポレート・ガバナンス・コード」が日本には存在しないことである。英・仏・独など欧州諸国では、このコードによって独立取締役設置や取締役の指名方法、報酬決定等の透明化など上場企業のあるべき姿を示している。その上で、そのコードに従えない場合には、理由を説明するよう経営者に求めている。

いわゆる「comply or explain」(遵守せよ、さもなくば、従わない理由を説明せよ)ルールだ。これまで日本の会社を取り巻くルール設定では、一般的に法律や規則で最低限のルールを示す方法が取られてきた。最低限のことを守っていれば良いわけで、これがなかなかあるべき姿、つまりベスト・プラクティスに到達できない理由とも言えた。

ところが、今、国会に提出中の会社法改正案では、この「comply or explain」の考え方が取り入れられた。社外取締役を導入しない場合、それを「置くことが相当でない理由」を株主総会で説明するよう義務付けているのだ。法律での設置義務付けを何としても避けたかった経済界法務省が、説明義務の導入に渋々応じたのである。

ところが、である。説明を求める前提になるベスト・プラクティスを示した「コード」が日本にはないのである。




昨年末に本誌の招聘で来日したドイツのゲアハルト・シュレーダー前首相が、自らの改革を振り返ってコーポレート・ガバナンス強化の重要性を訴えた。その際に会談した政府自民党幹部がシュレーダー前首相から「なぜ日本にはコーポレート・ガバナンス・コードがないのだ」と問い質されて答えに窮したという。その後、自民党日本経済再生本部の議論の中で、コードの導入が急速に議題になっていったのはこのためだ。

その議論が5月の連休明けにヤマ場を迎えた。自民党案では6月にも政府が見直す成長戦略の中に、コードの制定を明記するよう求める方向だ。具体的には、金融庁有識者会議を設けてベスト・プラクティスの内容やコードの考え方をまとめるよう求め、それを受けて東京証券取引所が具体的なコードを2014年度内に制定するよう政府が求めるという内容だ。

さらに自民党案では、コードの具体的な内容を成長戦略に例示させようと目論んでいる。例えば、独立社外取締役を複数確保することや、株式を保有する銀行や企業、機関投資家に、株主としての責務を果たすことを求め、株主総会でどんな議決権行使を行ったかを開示させることなどを検討している。

また、株式持ち合いを極力縮小させることも浮上。株主の利益と潜在的に利益相反するうえ、ガバナンスを確保する上でも支障になるとして、いわゆる「政策保有目的の株式」について「保有目的の合理性を説明させる」という一文を入れようとしている。

こうした自民党の原案に対し金融庁は抵抗している。「日本にだけない」と指摘されたコードの制定については真正面から反対はしていないものの、政府有識者会議をつくるのではなく、東証に公開の有識者検討会議を設けて議論すれば十分だと主張している。政府と東証という2段階での議論の場を作ると、むしろ内容が弱まると金融庁は主張しているようだ。

もちろんそれは本音ではなく、金融庁の監督下にある東証の会議で内容を決めることにすれば、自民党など政治に余計な意見を言われずに済むという思いがあるのだろう。あるいは、自らが火中の栗を拾う役回りは演じたくないということか。

また、株式持ち合いについても、戦略的に保有する経営的な意義があるようなケースもあるとして、「極力縮小させる」という自民党案に難色を示している。それでも株式持ち合いを継続する場合には、その必要性や合理性について十分な説明をするという点については金融庁も歩み寄っている。

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日本企業の統治のあり方はどうあるべきか。それを規定するコーポレート・ガバナンス・コードの内容をどうするのか。日本企業のガバナンス強化は、安倍首相の“対外公約”のようになっている。

にもかかわらず、金融庁が目論むように東証にすべて下駄を預けてしまえば、発言力の強い経済界代表の意のままにコードが作られる可能性もある。せっかくコードができあがっても、日本企業の経営者に何のプレッシャーも与えない“ベスト・プラクティス”になったならば、世界の投資家を大いに鼻白ませることになるだろう。大反対からわずか数年でなし崩し的に社外取締役の導入に走ったような醜態を繰り返さないためにも、世界に誇れるコーポレート・ガバナンス・コードをつくるべきだ。

2014-05-28

自民党の「日本再生ビジョン」がメスを入れた日本の成長阻害要因とは?

| 11:06

自民党の日本再生本部がまとめた「日本再生ビジョン」はこれまでの成長戦略とは違い、かなり日本の構造問題を壊すための各論が含まれているように思います。これから政府の成長戦略への反映作業が始まりますが、霞が関経済界はおそらく強硬に抵抗するのではないでしょうか。要注目です。現代ビジネスに原稿を書きました。→ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39385

自民党日本経済再生本部(本部長・高市早苗政調会長)は5月23日、政府の成長戦略の見直しに向けた党側の具体的な提案を盛り込んだ「日本再生ビジョン」を発表した。週明けの26日には高市氏が官邸安倍晋三首相を訪ねてビジョンを手渡した。政府は6月にも見直す成長戦略の中に取り込む方針だ。

日本の成長を阻害する「根本問題」に踏み込んだ

自民党は昨年8月から43回にわたって日本経済再生本部の会合を断続的に開催し、有識者や政府関係者などから意見聴取を行ってきた。一方で、中堅議員が主査となって個別テーマについて具体的な政策を検討してきた。

テーマグループは、ゝ業大国推進(主査:平将明衆院議員、サブ:長谷川岳参院議員)金融資本市場・企業統治改革(主査:柴山昌彦衆院議員、サブ:鈴木馨祐衆院議員)O働力強化・生産性向上(主査・塩崎恭久衆院議員、サブ:山本朋広衆院議員そ性力拡大(主査:あべ俊子衆院議員、サブ:伊藤良孝衆院議員)ッ楼萠倭強(主査:若林健太参院議員、サブ:岩井茂樹参院議員)の5つ。

それぞれ主査が中心となり、具体的な政策を検討したうえで、所管官庁との最終的な折衝なども行った。

今回、自民党が取り組んだのは、日本経済がなぜ成長軌道に乗らないか、という根本原因の排除。テーマを見ても分かるように、一見地味な個別テーマが並ぶが、いずれも日本的な慣行などが根強く残って成長を阻害していると見られる分野だ。政府の成長戦略が「農業」「医療」といった「大玉」の岩盤規制の打破を掲げている一方で、自民党はさらに「根本問題」に踏み込んだ印象が強い。

デフレ下の「縮み経営」に終止符を!

取りまとめの中心的な役割を担った党日本経済再生本部・本部長代行の塩崎恭久政調会長代理は、「日本企業が成長に向けて動き出す、あるいは動き出さざるを得なくなるような政策を掲げた」と語る。

掲げたビジョンは7つ。

1)強い健全企業による日本再生

2)豊かさ充実に向けた公的資金改革

3)人間力の強化

4)日本再生のための金融抜本改革

5)起業大国No1の実現

6)輝く女性の活躍促進

7)成果の実感と実現を地方から

である。

中でもまっ先に掲げられているのが日本企業の経営力を強化させるための方策だ。コーポレート・ガバナンス(企業統治)を強化することで経営陣の背中を押し、企業の利益率を高めさせようというのだ。言うまでもなく日本企業の収益性は世界的に見て低いうえ、手元に資金を抱えてリスクのある事業になかなか投資をしようとしない。デフレ下の「縮み経営」に終止符を打とうというわけだ。

株式持ち合いの抑制などに抵抗する「霞が関

具体的には法人税減税と並んで、株式持ち合いの解消や株式持ち合いの抑制策の導入、独立取締役の導入促進、そして、コーポレート・ガバナンス・コードの制定、企業再生に関する法制度の見直しなどが盛り込まれている。

こうした「日本型」とも言われる制度にメスを入れることで、日本企業の「緩み」を打破しようと言うわけだ。柴山議員らのグループによる提案に対して、当初は金融庁法務省は「現状維持」を主張するだけで、まったく改革する姿勢を見せなかったが、主査を務めた柴山議員らの強硬な姿勢に、霞が関も後退を余儀なくされた。

株式持ち合いの解消については昨年の党再生本部の「中間提言」にも盛り込まれていたが、金融庁法務省は完全に「無視」を決め込んだ。柴山氏ら自民党議員の問題意識は、株式の持ち合いによって経営者が事実上白紙委任を受けた状況になっていることが「甘い経営」を許しているという点。特に、銀行が企業の株式を安定的に持っている「政策保有」が「物言わぬ株主」につながっている、とみているのだ。

昨年の成長戦略を受けて金融庁は、機関投資家株主として行動するようルールを定めた「スチュワードシップ・コード」の制定に踏み切った。ところが、機関投資家がいくら株主としての利益拡大を求めたとしても、「物言わぬ株主」が過半を支配しているような株式保有構造が続けば何も意味をなさない。株式持ち合いの見直しを改めて自民党の提言が求めているのはこのためだ。

株式持ち合いの禁止など規制の強化については法務省金融庁は抵抗し続けている。背後には経営者団体などの根強い反発がある。コーポレート・ガバナンスの強化は経営者からフリーハンドを奪うことになりかねないからだ。どこまで政府の成長戦略に盛り込まれることになるか、注目が集まりそうだ。

コーポレート・ガバナンスの強化については、海外の投資家などが注目している。日本企業の「緩い」経営が変化すれば、潜在力のある日本企業は利益率が大幅に改善すると見ているためだ。それだけに、政府の成長戦略が、自民党提言を無視するのは難しそうだ。

企業のあるべき姿を示すコーポレート・ガバナンス・コードの制定については、政府の成長戦略にも盛り込まれる可能性が高い。金融庁内にも異存が少ないためだ。金融庁東京証券取引所で共同の事務局を立ち上げ、有識者による会議を開くことを自民党提言は求めている。

話題の「プロ野球16球団構想」はごく一部

二番目の公的資金改革は年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の改革を盛り込んだ。また、大学の保有する資産の運用についても、体制強化などを求めている。

三番目は働き方の見直しである。「多様な正社員」の拡大や、労働対価の考え方の柔軟化などを盛り込んだ。また、公正公平で透明性の高い雇用ルールを確立すべきだ、ともしている。外国人技能実習制度の拡充など、労働力不足が指摘される中での外国人労働力についても提言をしている。

四番目は金融抜本改革。これは一番目のコーポレート・ガバナンス改革と表裏一体の関係でもある。地域金融機関を強化することで、地方経済の活性化につなげようという発想だ。

具体的には地域金融機関の合併を促すことで「スーパー・リージョナルバンク」を創設することなどを提言している。また、日本の資本市場について「4年以内に世界の代表的市場としての評価を必ず確立」すると明記。ひとつの取引所で株式や商品先物などを一体的に売買できる総合取引所の早期実現などを求めている。

さらに、国際会計基準IFRSなど、企業の情報開示の国際ルールへの一本化も課題として掲げている。

提言の内容は盛りだくさんで、すでに政府の成長戦略に盛り込まれているテーマと重なるものも多い。六番目の「輝く女性の活躍加速」は安倍首相の肝煎りで、政府でも成長戦略の1つの柱として様々な改革が始まっている。自民党では配偶者控除のあり方の検討を求める一方で、子育てや介護でベビーシッターやハウスキーパーなどを使った際の費用を税額控除する「家事支援税制」などの検討を求めている。

テレビなどが取り上げた「プロ野球16球団構想」は、最後の地域活性化策の一案として示されているものだ。また、世界遺産と同様に日本国内の「日本遺産」を指定することも提案している。こうした様々な新しいアイデアで日本を元気にしていこうという政策パッケージ集と言ってもよいだろう。

この自民党の「日本再生ビジョン」を受けて、政府産業競争力会議(座長・安倍首相)が成長戦略の見直しをまとめる。

競争力会議と規制改革会議が先行して「農業」分野の見直し提言などを行っており、自民党の「日本再生ビジョン」には農業や医療などは省かれた。特定の業界団体など抵抗勢力があまりいないが省庁が規制を握っている分野ならば、政府も改革策を打ち出しやすい。自民党のビジョンのどこを取り上げ、どこを「ボツ」にするのか。安倍内閣の改革に向けたスタンスが見えてくる。

2014-05-27

カネあり、コネあり 50代起業はローリスク 50代こそリセットのすすめ

| 14:52

月刊ウェッジには毎号、コラムを連載していますが、編集部からの依頼で6月号は巻頭のレポートの一部もお手伝いしました。題して「50代からのリスタート」。50を前にして会社を辞めて独立した私の視点から50代の転職について書いて欲しいというご依頼でした。身近な先輩たちを登場させて原稿を作りました。組織内でウズウズしている人たちにどんどん早めのリスタートをお勧めしたいと思います。オリジナルページ→ http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3860?page=1


食べていけるくらいの利益が出ればいい

 東京押上駅から10分ほど歩いたところにある十軒橋商店街(墨田区)。ご多分に漏れずシャッター商店街だが、その一角に日本酒好きの間で急速に有名になったお店がある。日本酒バー「酔香」。店主の菅原雅信さんが2010年5月、50歳の時に開いたお店だ。この菅原さん、出版大手の日経BP社で『日経レストラン』の編集長などを務めた有能な記者だった。実は、筆者の『日経ビジネス』時代の先輩でもある。


 菅原さんが起業を思い立ったのは50歳になった時。現場取材が中心の記者から内勤が中心のデスクへと仕事が変わったことが大きかった。

 「不本意な形で会社に居残るくらいなら、気力体力があるうちに新しい事をしたい」。そんな思いがわいた。ちょうど会社が希望退職者を募集したのが背中を押した。

 『日経レストラン』時代に外食業界のノウハウを学んだ。もともと日本酒が好きで、取材を通じて多くの蔵元と知り合いになった。そんな知識や人脈が店を開くのに役立ったのは言うまでもない。「古い民家をリノベーションした日本酒の店」。まずコンセプトを明確にして絞り込んだのは、記者として見てきた外食業の基本だった。物件探しに奔走したが、古びた民家や廃業した店舗は、不動産屋の売り物件情報にはまず出てこない。気に入った空き家が見つかると「思いを綴った」手紙をポストに投函した。これも、意中の経営者をインタビューに引っ張り出す時に使った手である。

 そうこうするうちに、知り合いになった飲食店の人から「売り店舗が出た」という情報が舞い込んできたのが十軒橋商店街の酒屋だった。お店の壁にズラリと並ぶ酒瓶の棚は、その名残である。蔵元への伝手で特徴ある日本酒が手に入る。それを「どれでも半合400円」の低価格で提供している。カウンターだけ10席ということもあり、土日でもなかなか予約が取れない。

 不便な場所の小さな店でもやっていけるのは、固定費が安いからでもある。建物は1500万円、改装費用に850万円。地代は月4.5万円で「とりあえず80歳くらいまで」ということで、30年契約にして住居兼用とした。従業員は雇わず、「食べていけるくらいの利益が出ればいい」と割り切った。50歳代の起業は一見リスクが高そうだが、決してそうではないのだ。結果、開業以来、黒字が続いている。

 菅原さんは日経BP社時代、リタイアを控えた団塊世代を狙った雑誌『日経マスターズ』の取材・編集に携わった。そこで、会社人間一筋で来て、最後に「濡れ落ち葉」になった多くの人たちの姿を目の当たりにした。菅原さんは言う。「仕事をしながらでもいいから、会社以外にもう1つの世界を持っていることが大事だと思います」。

50歳から60歳までの貴重な10年間

 「収入の事だけを考えれば起業などしなかったでしょうね」と岡村進さん(53)は笑う。スイスの大手銀行UBSの日本法人であるUBSグローバルアセットマネジメントの社長を昨年6月で辞め、7月に人材教育のベンチャー企業「人財アジア」を創業した。外資の高給を惜しげもなく捨て去ったのは、日本に今求められている世界で戦えるグローバル人材の育成に自ら関与したいと思ったからだ。


 昨年7月の起業以来、大企業の社内研修の講師などを買って出て、ちょっとした人気講師になっている。海外勤務や外資系でトップを務めた経験からグローバルに通用する人材とは何かを語る一方、資産運用を通じて培った「マーケットの視点」を売り物にしている。

 もちろん、企業研修が本当にやりたかったビジネスではない。来年には丸の内の若手ビジネスマンを対象にした「学校」の設立を計画している。会社が授業料を払うのではなく、自らのスキルアップのために自分で学ぼうとする若い人たちを集める場を作るのが狙いだ。また、高校生など若者への「おカネ」の教育などもボランティアベースで行っている。

 岡村さんは大学を卒業すると第一生命保険に入社。資産運用や人事管理を担当し米国での勤務も長かった。その後、友人に誘われてUBSに転職した。サラリーマンとしては間違いなく「勝ち組」だった岡村さんが「50代のリセット」を選んだのはなぜか。

 「保険会社で、米国での資産運用会社を立ち上げた事がありました。手を挙げて、社内起業に参画したわけです。その時に、ゼロから作りあげる大変さと面白さを経験したのです」

 ところが時間がたつと転勤を命じられた。サラリーマンとして当然である。

 「やっぱり自分が資本家でなければ、責任も果たせないし、経営もできない、と痛感したんです」。その時以来、いつかは自分で起業したいと考えていたという。その後、自身も社長になるが、「だんだん執着心がわき、社長でいることが目的化するように感じ始めた」という。自分が何のために働くのか、このままでは見失うのではないか。「他の人や社会のために何かをしたい」いわば人生の原点回帰が「起業」という結論だったのだ。ちょうど長男が就職し、長女も結婚した。親としての責任が一応果たせた、という思いもあった。

 岡村さんは企業研修に招かれると、50代の社員たちにこう問いかけている。「今の会社で50代は問題だと言われ続けながら、それでも会社にしがみついていくのは幸せでしょうか」。

 60歳の定年を迎えてから起業しようという人もいる。だが、本当に60歳になって起業するだけの自分を奮い立たせるエネルギーが残っているか。50歳から60歳までの貴重な10年間を中途半端に過ごしていいのか。

やりたいことをやる!

気概を持つべき

 安倍晋三首相が推進するアベノミクスでは、1つの柱として「起業大国」を掲げている。起業というと若者に期待がかかるのが常だ。アベノミクスも若い人材による起業を想定しているようにみえる。だが、前述のとおり競争が厳しい中で、若者が起業するにはリスクが大きい。ビジネス経験は乏しく、専門知識も不十分。出資を頼む人脈もない。あるのは気概だけである。なかなか成功は覚束ない。

 そんな中で、50代の起業こそリスクが小さく、成功の可能性が大きいのではないか。

 30年近いビジネス社会での経験を積み、なにがしかの専門知識を持つ。仕事で培った人脈も豊富だ。しかも、会社人生の先が読めてくる。会社に残ったとして定年まであと10年、自分がどんな仕事をしてどんなポストに就くかだいたい見えてくる。つまり、残りの会社人生での収入の総額も大まかにつかめるわけだ。


 一方で子どもが巣立つまでの期間やそれまでにいくら費用が必要かもだいたい分かる。漠然とした将来しか描くことができない若い人に比べて、十分に計算が成り立つのだ。つまりリスクが小さいのである。

 一昔前、日本企業で50代と言えばサラリーマンとしての「収穫期」だった。若いうちは安い給料で死ぬほど働くが、50歳を過ぎて役職に就けば、仕事は概して楽になり、収入は格段にアップする。ところが「失われた20年」の間に、50代を取り巻く環境は激変した。経済が縮小する中で、ポストはなく、給料は上がるどころか下がり、挙げ句はリストラの対象だと言われる。

 成長しなくなった会社では仕事も面白くなくなった。経済が拡大していれば、会社は様々な新規事業に取り組む。ところが縮小均衡を目指すとなると、決まった仕事の奪い合いで、達成感は著しく減退する。

 実は筆者も50歳を前に(正確には48歳11カ月半で)24年間勤めた新聞社を辞めた。記者として育ててくれた会社には心から感謝している。だが、新聞産業が衰退する中で、どう考えても事業は縮小の一途で、自分が記者の命だと信じている「自由闊達さ」など望むべくもない。我慢してあと10年、少ないポストにしがみつくよりも、自分で自由に記事を書き続ける方が幸せだと見切った。早期退職支援制度があったお陰でもある。独立して3年あまり。多くの人に支えられて、好きな仕事をしながら生きている。

 取材先としてUBS時代から知っていた岡村さんも、先輩の菅原さんも、そして私も、会社を辞めたことをまったく後悔していない。後悔するような人は恐らく会社を辞めないだろう。そして我々の強みは「定年がない」ことである。働ける限り働く。大先輩のジャーナリストとして薫陶を受けている田原総一朗さんは4月15日で80歳になったがまだまだ現役だ。同じ4月15日生まれの私は28歳も年下である。人生は長い(寿命は神のみぞ知るだが)。

 50歳でリセットできるかどうか。問題は自分のやりたい事をやるという気概が持てるかどうかだ。つまり、会社を辞めてやりたい事があるかどうか、である。菅原さんが言うように、50歳になるまでに「会社以外の世界を持つ」ことがカギだろう。

 もう1つ。会社を辞めて面白いのは、「思いがけない出会いがいっぱいあること」。これは岡村さんと私が日々痛感していることだ。会社に所属していると仕事がしやすい面も大いにあるのだが、どうしても付き合う範囲が限られる。ところが自分で会社を始めると人付き合いの幅が広がる。30歳代の若者と出会い、一緒に仕事をすることが普通になる。会社名や肩書きよりも、その人の実力に目が行くようになる。

 終身雇用が当たり前だった時代、中途で辞めた社員は「裏切り者」だったが、もはやそんな時代ではない。「卒業生」が活躍しているリクルートのような会社はOB同士のネットワークで新しい事業が生まれている。途中で退職する社員が多いマッキンゼーは、ITを使ってコンサルタントのOBネットワークを構築している。会社の現役社員と卒業生がつながることで、仕事が舞い込んだり、卒業先が見つかることは日常茶飯事だ。

 企業が終身雇用を守り続けることが難しくなってきた今、会社員自らが「50代のリセット」を選択できるような生き方をする。それが新しい働き方かもしれない。

◆WEDGE2014年6月号

2014-05-23

増税の影響を何とか乗り切った?国内消費の強さ 本格回復のカギは株高と消費税率再引き上げの延期?

| 13:50

消費増税に伴う3月の駆け込み需要と、4月の反動減がどの程度になるか、景気の先行きを占う上でも重要でした。3月の需要増は凄まじい伸びで、4月の反動の大きさを恐れていましたが、どうやら予想よりも小さな落ち込みで済んだ模様です。5月以降がどうなっていくか、要注目です。→http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/


4月からの消費税率引き上げは、ようやく明るさが見えている景気に冷や水を浴びせるのではないか。そんな懸念の声が強かった。飛行機がようやく上昇し始めたところでエンジンを逆噴射をするようなものだ、という指摘もあった。一気に景気が腰折れしてしまう危険性が高いというわけである。

 そんな中で、注目されていた小売業界の4月の統計数字が出始めた。

 日本百貨店協会が5月20日に発表した全国百貨店売上高速報によると、4月は全店ベースで前年同月比12.0%の減少となった。安倍晋三首相アベノミクスを打ち出した前後から百貨店売上高はプラスに転じ、この1年はほとんどの部門で前年同月比プラスを続けてきた。それがマイナスに転じたのだから、やはり消費税率引き上げの影響は出たのである。

 婦人服など「衣料品」が12.2%減、ハンドバッグなど「身の回り品」が12.0%減、化粧品や宝飾品など「雑貨」が24.1%減、家具や家電製品など「家庭用品」が17.1%減といった具合で、買いだめが効きにくい「食料品」も4.7%減った。

 雑貨が24.1%も減ったのは、ここに含まれる「美術・宝飾・貴金属」の落ち込みが大きかったから。絵画や高級時計、宝石といった、いわゆる高額品である。この部門の売上高は前年同月比で38.9%も減った。

消費税率引き上げの影響はあまりない?

 この数字をみて、やはり消費税率引き上げの影響は大きかった、と判断すべきなのだろうか。

 実は3月の百貨店は未曾有の売れ行きだった。全国百貨店の売上高全体で1年前に比べて25.4%も増えたのである。衣料品は18.5%増、身の回り品38.6%増、雑貨67.2%増、家庭用品39.1%増といった具合である。食料品も5.0%増えていた。消費税率が5%のうちに買ってしまおうという駆け込み需要が大きかったのは明らかで、この傾向は高額品ほど顕著だった。「美術・宝飾・貴金属」にいたっては前年同月に比べて2.1倍の売り上げとなった。まさに激増したのである。

 つまり、駆け込み需要が盛り上がった3月には25.4%増えたが、増税の反動による4月の減少は12.0%だったということだ。数字を見る限り、3月の凄まじい消費の増加に比べ、4月の落ち込みはそれほどでもない感じがする。消費増税にもかかわらず消費は意外に強いのではないか、そんな声が百貨店関係者からも聞かれる。

 そんな“予感”はスーパーの売り上げ数字にも表れている。5月21日に日本チェーンストア協会が発表した4月のスーパーの売上高は、全店ベースで前年同月比で2.1%減だった。衣料品こそ9.2%減だったが、なかなか「買いだめ」がきかない食料品はマイナス1%と減少率は小さかった。3月は全店ベースで13.3%も伸びており、食料品は10.0%も伸びていたから、反動減があっても昨年と比べればそれほど大きな落ち込みにならなかったということだ。

 消費税率の引き上げをにらんだ駆け込み需要は、3月だけでなく昨年秋ごろから前倒しで表れていると言われてきた。その数カ月分のプラス効果が一気にマイナスになって出れば、4月の反動減はもっと大きくなったとみられる。消費増税による消費の反動減は予想以上に小さいと見てよいかもしれない。

 底堅い消費を支えているのは、給与の増加だ。

 2012年以降2年にわたって平均7.8%削減されてきた公務員給与が4月から元に戻った。つまり8.5%も増収になったわけだ。国家公務員にならって給与削減してきた地方公務員も給与が大幅に上がっている。「上昇したわけではなく、元に戻っただけ」と霞が関の官僚は言うが、民間の赤字企業ならいったん削減された給与はそう簡単には元に戻らない。

 借金が減るどころか増え続けて遂に1000兆円を超えた日本国公務員給与が上昇すること自体には問題も多いが、消費を支えるという意味では効果が大きかったとみられる。とくに地方公務員の給与増は地方経済への波及効果が大きい。

 大企業ベースアップに踏み切るなど、民間の給与が増えていることも消費を押し上げているのは間違いない。景気回復で仕事が忙しくなり、残業代も増えている模様で、それが消費増に結びついている。さらに、中小企業の交際費の免税額が拡大したことや、大企業でも飲食を伴う交際費に税制上のメリットが設けられたことも、法人消費の増加につながった。

人手不足が示す経済状況

 4月後半から本格化している企業決算発表は、軒並み増益決算で、過去最高の利益を上げた企業も多い。円安によって輸出採算が好転したり、株高による高級品消費によって儲かった小売業、サービス業も多かった。それが給与増や残業代増につながり、消費にプラスに働いている模様だ。

 ここへきて「人手不足」が顕在化しているが、これも人が足らないというよりも、給与水準や労働環境が厳しい職場から、より良い条件の職場へと労働がシフトしている影響と見ることができそうだ。つまり、相対的に給与水準が上昇傾向にあるのである。ファストフードのチェーン店などのアルバイト料も都市部を中心に急速に上昇している。

 それでも深夜の居酒屋や牛丼チェーンなどは、アルバイトやパートを集められなくなっている。それほどに給与の上昇は大きい。つまり消費にプラスに働いている。

 安倍晋三首相は今年1月から始まった国会を「好循環実現国会」と命名した。円安による企業収益の改善を、ボーナス引き上げやベースアップによって従業員に還元し、さらにそれが消費に向かう。そんな好循環を日本経済に取り戻させようとしたのである。

 首相経済界のトップに直接、ベースアップを要望するなど、これまでの首相にない踏み込んだ行動に出た。その結果がジワジワで表れているように見える。アベノミクス効果が消費を下支えしているのは間違いない。

 では、この消費の底堅さは今後も続き、腰折れすることはないのか。

 消費を占う1つの要素は株価の行方だろう。1万4000円前後で一進一退を続けている日経平均株価が再び上昇基調に乗り始めれば、いわゆる「資産効果」による高額品消費などが再び盛り上がる可能性が強い。

 株価の動向を左右するのは何と言っても外国人投資家の動き。昨年1年間で15兆円を買い越したが、今年に入って売り越しに転じ、売り越し額は1月〜3月の合計で2兆円近くに達した。4月は買い越したが本格的に買いに転じたわけではない。

 その外国人投資家が注目しているのは安倍内閣が進める成長戦略の行方だ。6月にはその見直し版が発表される。どれだけ投資家に日本の持続的な成長を納得させる具体的な政策が出て来るか、である。

 もうひとつは今年末にも正式に決定される2015年10月からの消費税率の10%への引き上げ。8%への引き上げの影響を短期間で吸収したからと言って、次も影響は軽微とはならない。景気動向を見極めたうえで、引き上げ時期の延期などを柔軟に議論すべきだろう。軽減税率の導入など論点も多い。

 企業業績の好転もあり、法人税収は大幅に増えている。消費が落ち込まなければ、消費税率の引き上げによる税収増も大きい。税率引き上げを優先して政策を打つのではなく、景気を持続的に成長させ、消費を落ち込ませないことを第1に考えることこそが重要である。

2014-05-22

 国の借金を最も増やした「財務次官」は誰だ!

| 18:19

増え続ける借金を抑えるにはどうすればよいか。借金を減らした財務事務次官が最も評価されるような仕組みにすることでしょう。フォーサイトにそんな記事を掲載しました。

 財務省は5月9日、国債残高に政府の借入金などを合わせた「国の借金」が、2014年3月末で1024兆9568億円に達したと発表した。13年12月末から7兆110億円増えており、もちろん過去最多。年度末としては初めて1000兆円の大台に乗せた。新聞はいつもの通り、「国民1人あたり約806万円の負担で、一般会計の税収(14年度予算案では約50兆円)の約20年分に相当する」といった具合に、財政危機を強調していた。 もちろん、国の借金がどんどん増えているのは事実だ。だが、現実には、安倍晋三内閣が発足した直後の12年12月末と比べると2.8%の増加で、それ以前の民主党内閣時代の増加率や、2000年以前の自民党政権時代の大幅な借金増に比べると、むしろ増加率は小さくなっている。 借金を増やさないために、安倍内閣が緊縮財政を敷いたからではない。安倍政権は12年度補正予算や13年度予算で、震災復興などに巨額の予算をつぎ込んでいる。3月末に成立した14年度予算は総額95兆円と、過去最大になった。それでも借金の増加率が鈍化したのは、アベノミクスの効果で税収が増えているからである。 財務省の「意図」 毎年1兆円近く増え続… 以下新潮社フォーサイト」でお読みください(有料)→http://www.fsight.jp/26731

2014-05-21

年間444億円の保険を売った日本一のセールス・レディ柴田和子さんの「成功哲学」

| 15:31

伝説のスーパー・セールス・レディ、柴田和子さんは不思議な魅力を持った人です。そんな柴田さんが書いた「終わりなきセールス」には、モノの売り方だけではない人生を生き抜く極意が書かれています。

現代ビジネスに書いた記事です。→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39323

柴田和子 終わりなきセールス

柴田和子 終わりなきセールス

年間444億円の保険を売ったセールス・レディ

不思議な魅力が身体中から噴き出している。超美人というわけではないが、可愛いらしい。押し出しは強いが、決して図々しくはない。「頭が悪い」と言いながら、話せば猛烈な勉強家だと分かる。何しろ、話していて時を忘れる。恐らくそんな魅力に多くの経営者は惹かれたのだろう。


柴田和子さん、75歳。

39歳で生保セールス日本一となり、以後連続30年間その座を守り抜いた。ギネスブックに2度も載り、年間に444億円の保険を売った記録はいまだに破られていない。

生命保険業界で「柴田和子」の名を知らない人はいない伝説のセールス・レディだ。

昨年、第一生命保険の役員待遇である営業調査役を長女の知栄さんに譲ったのを機に、自らの営業ノウハウや人生哲学を『柴田和子 終わりなきセールス』(東洋経済新報社)という一冊の本にまとめた。

そこには柴田さんの魅力の源になった思考法や行動の極意が説かれている。いわば成功のための哲学書だ。

「ひと言で言えば、偉大なる母だな」

四半世紀の付き合いがある花房正義・元日立キャピタル会長は柴田さんをこう評する。「人間としての生き様の凄さがある」というのだ。若くして家計を支え、売り上げの多くを稼ぎ出して会社を支え、娘2人を日本を代表するセールス・レディに育て上げた。

花房氏が見る柴田さんの成功術は「人を大切にしていること」だという。「ひと言で言えば、人脈を生かした営業なのだが、その生かし方が絶妙」なのだという。誰かに紹介されて訪問して、1度や2度断られてもあきらめない。この会社のこの人と決めたら、腰を据えて付き合っていた、という。

「お客さんの利益第一」で経営者たちから絶大な信頼を得る

柴田さんは会社が法人として取締役にかける役員保険を中心に手掛けてきた。契約金額が大きくなるのは、1つの会社から契約を取ると、全役員に保険をかけることになるからだ。

そんな役員保険を手掛けるきっかけになったのが、日産自動車の久米豊・元社長との出会いだった。柴田さんが卒業した東京都立新宿高校の先輩だった寺内大吉さん(故人)が、当時常務だった久米氏を紹介してくれたのだ。

おそらく作家ならではの名文で、美人が訪ねていくと書いたらしい。柴田さんが訪ねると、久米氏は開口一番「な〜んだ」と口にしたらしい。そこで黙っていないのが柴田流。「常務さんも下駄みたいな顔」と言ってケタケタ笑ったのだそうだ。

その時、すぐに「保険契約を下さい」とは言わなかった。「社長になったら保険契約してください」と頼んだのだという。常務とはいえ、社長レースを勝ち抜くと決まった人ではない。柴田さんはひと目見て「この人は偉くなる」と思ったのだろう。

その後、7年を経て久米氏は社長になる。そして約束どおりに日産自動車の役員保険の契約を獲得したのだ。そんな久米氏は、仲間の経済人を数多く紹介してくれた。

誰もが知るある大企業の社長もそんなひとりだったが、契約を取るのは大変だった。「系列でも何でもない第一生命となぜ保険契約するのか」という意見も役員から出たという。結局、提案すら出さない系列保険会社よりも、柴田さんの努力を買おうということになったという。

もちろん、営業マンが通い詰めたからと言って契約が取れるわけではない。「必要性を訴えたから契約していただけた」と柴田さんは言う。日本の大企業役員は、責任ばかり重くて大した報酬も得ていない、と柴田さん。

保険を社外に積み立てておけば、会社の業績変動にかかわりなく退職金や弔慰金として役員に報いることができる。そう説明して歩いた効果が大きかった。前出の花房氏も、「会社が作った保険を単に売りに来るのではなく、自ら会社のニーズを汲み取って設計する力があった」という。柴田さんは「何しろお客さんの利益を第一に考えた」と言う。

自然に心から出て来る笑顔が大事

『終わりなきセールス』の中にも「人脈について」という章がある。そこで柴田さんは「人脈作りにコツはない」と書いている。「テクニカルなやり方で人の心は絶対につかめないからです」というのだ。


一方で、「話題が豊富なのは良い」として、「政治、社会、外交問題経済など様々な話を貪欲に吸収しておけば、相手に応じてどんな話題も一緒に話すことができる」と述べている。

テクニックはない、という柴田さんだが、人間関係を良くするコツはあるという。それは「笑顔」だというのだ。作った笑顔ではなく、自然に心から出て来る笑顔が大事だという。

確かに、柴田さんも2人の娘もとにかく明るい。自然に笑顔がこぼれてくる。人知れず、向き合っている人の顔も笑顔になっている。

それは友だちであろうが、同僚であろうが、お客さんであろうが変わらない。

本書の随所にみられるのが「気配り」の具体例だ。


帯に書かれた文句を見ると「セールスは話法よりもハート」「お辞儀は45度、お客様は左側に、目に微笑を」

「弱い立場の人をないがしろにしない」と言ったキーワードが並ぶ。

6章では「人の育て方」に触れている。自らが率いる「柴田軍団」の若手を育てた際のエピソードなどが面白い。

75歳で“引退”した柴田さんは、「80歳までは仕事を続ける」と笑う。やはり大御所の柴田さんでないと話が進まないケースがあるのだろう。

そんな柴田さんも後継者になった知栄さんにかける期待は大きい。自分に似た明るさや気配りなどは引き継ぐ一方で、柴田さんにない「頭の回転の速さ」「知識を吸収する貪欲さ」があるのだという。

経営者の間には知栄さんのファンも少なくない。

本書は単なる営業のノウハウ本ではない。柴田和子さんという未曾有のスーパー・レディの生き様を記し、その哲学をやさしく説いている。書店に数多く並ぶ自己啓発本などを読むより、はるかに元気になれる本である。

2014-05-20

時計への消費増税の影響は株価次第

| 16:16

クロノス5月号に掲載されたコラムの原稿です。

オリジナル→http://www.webchronos.net/

 消費税率がいよいよ5%から8%に引き上げられた。

3月までは駆け込み需要の急増で活況に沸いた住宅や自動車だったが、

その反動減がどれぐらいになるのか懸念する声も多い。

消費の足を引っ張るのは間違いなく、おおかたのエコノミストは、

4−6月期の国内総生産(GDP)の増減率は前期比マイナスになると見ている。

では、高級時計への消費増税の影響はどうなるのだろうか。

 安倍晋三首相がいわゆるアベノミクスを掲げて以降、高額品消費に火が点いた。

全国百貨店協会が毎月集計している「美術・宝飾・貴金属」部門の売上高の対前年同月の増減率は、

2013年1月以降、本格的な伸びが始まり、3月からはほぼ毎月2ケタの伸びが続いている。

高額の宝石や高級時計などが売れまくっているわけだ。

 今年1月の同部門の伸び率は22.6%。1年前も6.8%増えており、基準になるベースが

高かったにもかかわらず、大きく増えた。

安倍内閣が発足して以降でみると、昨年5月の23.3%増に次ぐ高い伸び率となった。

月ごとの伸び率の変化を見ていると、面白いことに気が付く。株価の上昇に連動しているのである。

株価が大きく上昇した後に、高額品の売り上げが大きく伸びるのだ。

 例えば、昨年4月には、黒田東彦日本銀行総裁が「異次元の金融緩和」政策を発表したのをきっかけに、

日経平均株価が大きく上昇したが、その後の5月は前述の通り23.3%増という大きな伸びになった。

5月後半に日経平均株価が急落すると6月は売り上げの伸び率が鈍化。7月と9月は株価が上昇基調だったが、

同様に8月と10月の伸び率は高くなった。

そして12月末には日経平均株価が一時1万6000円を付け、

1月の高額品は22.6%の売り上げ増加となったのだ。

 こうした株価の上昇に伴う高額品消費の伸びは「資産効果」と呼ばれる。

株式を保有している生活に余裕のある層の資産価値が、株価が上がったことで膨らみ、

その価値増加分が消費に回るという考え方だ。

実際に株式を売買して現実の利益を手にしていなくても、

保有している株価の「含み益」が増えるだけで消費するというものだ。

言ってみれば「財布のひもが緩む」のである。

 こうした生活に余裕のある層は、比較的高齢の人たちが多い。

消費するといっても生活必需品の量を増やすわけではないので、

高額のぜいたく品と言われるものに矛先が向く。

とくに百貨店の高級宝飾・貴金属売り場を訪れる顧客は圧倒的に豊かな高齢者が多い。

特ににこうした世代は百貨店が好きなので、資産効果の恩恵が百貨店に現れるのである。

ただし、一方で、資産効果消費の対象は不要不急のものなので、

株価が下落すれば、すぐに財布のひもは締まってしまう。

 昨年1年間で日本の株式は、外国人投資家が15兆円も買い越した。

株価上昇の原動力は外国人だったのだ。一方で日本人個人投資家は売り越しだった。

株価が上昇したメリットを実際の利益に変えて手にした個人が多かったということだ。

それが高額品消費に回ったということも言えるだろう。

 年明け以降、株価は軟調である。1月は買い越してきた外国人投資家が1兆円も売り越した。

株価の下落に加えて、消費税が上がったことから4月以降の高額品消費の伸び率は鈍化する可能性が大きい。

 では、これで株価上昇も、それに伴う高額品消費の伸びも止まってしまうのか、というとそうではない。

1月以降、個人投資家が株式を買い越す場面が増えているのだ。

株価が下がったところで日本株を仕込んでいるのである。

 これで株価が上昇すれば、再び「含み益」や「実現益」を手にする個人が増えることになる。

「資産効果」が再び顕在化する可能性があるのだ。

安倍内閣は昨年打ち出した「成長戦略」の改定を6月をメドに打ち出す準備を進めている。

経済成長につながる大胆な改革の方策を安倍首相が示すことができるのか。

アベノミクスへの期待から再び株価が上昇するかどうかで、

高級時計の売れ行きは大きく左右されることになるだろう。

2014-05-16

「東海道新幹線」の好調が示す景気回復の「真実味」

| 15:24

ヒト・モノ・カネの動きが活発になれば、景気が良いと実感するようになります。アベノミクスには賛否さまざまな意見がありますが、着実に景気は良くなっているように感じます。飲食店などの話を聞く限り、4月の消費税の影響もそれほど深刻にならず乗り越えそうな気配です。フォーサイトに書いた原稿です。

 東海旅客鉄道JR東海)が4月25日に発表した2014年3月期の連結決算は、純利益が2556億円と過去最高だった。東海道新幹線の利用客が大幅に増えていることが主因で、純利益は前の期に比べて28%も増えた。安倍晋三首相経済政策アベノミクスを打ち出した頃から、新幹線利用客は増加に転じていたが、ビジネス客だけでなく観光客の利用も加わり、大幅な旅客の増加につながった。人の移動の増加は景気回復の力強さを示していると言えそうだ。 目立つ「外国人観光客」 運んだ旅客の人数にそれぞれの乗車距離を乗じたものの累積である「輸送人キロ」を見ると、新幹線の好調ぶりが分かる。2014年3月期は488億7300万人キロと、前の期に比べて4.1%増えた。リーマンショックの影響や円高で企業業績が大幅に悪化した2010年3月期には、出張の自粛などによるビジネス客の激減により1年で7.3%も減少し、426億8500万人キロまで落ち込んだ。 その後、11年3月期には2.5%増、12年3月期には1.3%増と推移したが、アベノミクスが始まると13年3月期には5.9%増の469億3000万人キロとなり、ようやくリーマンショック前の水準 … 以下新潮社フォーサイトで(有料)→http://www.fsight.jp/26425

2014-05-15

安倍首相が進める憲法改正は「影響を受ける若い世代こそ議論すべきだ」 鈴木崇弘・城西国際大客員教授インタビュー

| 10:58

集団的自衛権の扱いを巡る議論が国会で始まります。憲法改正は国の形を大きく変える可能性も内包しています。民主主義のあり方を語らせたら第一人者である鈴木崇弘さんのインタビューです。是非ご一読ください。現代ビジネスのオリジナルページはこちら→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39247


集団的自衛権の扱いなど、憲法のあり方を巡る議論が国会で佳境を迎える。そんな中で、鈴木崇弘・城西国際大客員教授は、国民の間での議論があまりにも少ないと問題視する。とくに「若い世代が最も影響を受けるのに、ほとんど若い人の意見は反映されていない」と指摘する。

そんな鈴木氏が10代の若者との議論をまとめた小冊子『僕らの社会の作り方〜10代から見る憲法〜』をまとめた。出版の狙いを聞いた。

実際に負担を背負う若い世代の議論のきっかけに

 問 若者と憲法について語ろうと思われた理由は。

 鈴木 今の若い世代は様々な負担を背負わされています。財政赤字による国の借金にしても、環境破壊や資源枯渇にしても、そのツケを払うのは間違いなく若い世代です。制約条件がどんどん増える中で、若い人たちの活躍の場がどんどん狭まりつつある。大学で教えていて、そう痛感するのです。

ところが、憲法改正など将来の国の形を決める議論で、まったくと言ってよいほど、若い人たちの意見は反映されていません。国会議員や財界人、言論人など多くが高齢者です。そうした高齢者の意見ではなく、実際に負担を背負うことになる若い世代こそが国の将来について議論すべきだと考えました。

 問 本の中では10代の若者と議論されています。

 鈴木 はい。投票権のない世代です。彼らの声が憲法改正議論に反映される仕組みはないわけです。また10代の人たちもなかなか議論しようとしません。

『僕らの社会のつくり方』では各章ごとに課題を掲げ、私と若者の意見を議論のきっかけにして欲しいと考えました。憲法学者や政治家の意見だけを聞いて考えるのではなく、同世代若者たちの声を聞いて、自分自身で考えてみる。議論してみることが大事です。若い人どうしだけではなく、一般の社会人に若者の考え方を聞いてもらうきっかけにもなります。

 問 憲法改正に反対の立場から作られた本なのですか?

 鈴木 いいえ。私個人にはもちろん意見はありますが、それを押し付けるための本ではありません。司会も中立を心掛けました。

議論される内容については、間違っていてもよい。それを材料に自分たちの憲法について、きちんと考え、議論することが重要だと思っています。末尾の参考文献を見ていただければ分かりますが、改正に賛成・反対両方の本が並んでいます。また、自民党の「草案」などのURLも示してあります。

重要なのは「どういう社会を作りたいのか」

 問 安倍晋三首相自民党憲法改正を目標にしています。

 鈴木 与党が圧倒的な多数を握って憲法改正も現実味を帯びています。しかし、改憲議論を聞いていて欠落しているものがあるのではないか、と感じます。9条をはじめとする条文をどうするか、というのももちろん大切な問題なのですが、それ以前に、われわれがどういう社会を作りたいのか、ということが真剣に議論されていないと思うのです。

 問 それで『僕らの社会のつくり方』というタイトルなのですね。

 鈴木 どんな社会にしたいか。結論はいろいろあると思います。そのコンセンサスを作るためのプロセスにコストと時間をかけること。これが民主主義です。ですから、民主主義は結論以上に、その結論を得るためのプロセスが重要なのです。

国民全員が賛成する結論などというものはあり得ません。決まったことに納得し、反対してきた人も諦めて決めた事に協力する。それが民主主義ですよね。デモクラシーを日本語では民主主義と訳しますが、本来、資本主義や社会主義といった「イズム」ではないんです。モノ事を決めるプロセス、方法です。

 問 若者と議論したうえでの率直なご意見は。

 鈴木 議論する前に勉強をしてもらったので、それなりの議論はできたと思います。読んでいただければ分かりますが、若者の意見も思ったよりも色々な意見があります。

私が感じたのは、若者とはいえ、それぞれの経験と意見が密接に関係していた。例えば留学をしているとか、NPOの活動をしているといった事で意見が形成されている。これは驚きでした。当たり前の事ですが、いかに経験を積むことが大事か、ということです。

今回、議論した10代の若者10人はすべて実名で登場しています。「僕らの一歩が日本を変える。」代表の青木大和君にメンバー集めを協力してもらいました。

 問 現代ビジネスでも「絶望世代が見る日本」というコラムを書いています。

 鈴木 本を見た人に、議論しているのは優秀な大学や高校の学生ばかりじゃないか、と言われました。私が様々な大学で教えた経験から言うと、一般に優秀ではないと思われているような大学の学生でも、話をするといろいろ考えていることに気が付きます。話す方法が上手くないのであって、意見を持っていないわけではない。

ですから、もっと議論することが大事だと思っているのです。本書を授業の副読本などとして活用していただけるケースも出てきました。

日本の民主主義は張り子の虎

問 鈴木さんは「東京財団」や自民党の「シンクタンク2005・日本」の設立などに携わられました。『日本に民主主義を起業する〜自伝的シンクタンク論』という著書もあります。シンクタンクを作ることで民主主義を徹底しようと考えられていたのではないのですか。

 鈴木 政治家や政策人などを育てることで日本にきちんとしたシンクタンクを作れば、民主主義は機能すると考えてきました。

しかし、長年やってきて、どうも日本の民主主義というのは張子の虎なのではないかと感じています。民主主義というのは制度ですので、どうやってモノ事を決めるか、きちんと国民の声が反映されなければいけない。ですから、若者の政治参加といったことに力を注ぐようになったのです。

 問 張り子の虎ですか。

 鈴木 三権分立とか言葉では習います。国会は国権の最高機関だとも習います。しかし、現実はそうなっていません。安倍首相ですら、国のトップだと自らを言う。でも国会の方が上にあるというのが憲法の理念です。

 米国の独立戦争の時に言われた「代表なくして課税なし」という言葉があります。モノ事の決定プロセスに関与できないのに、将来の負担ばかり負わされる若者を放置するとどうなるでしょう。

 ちょっと成功してグローバルに闘える有能な若者がどんどん日本を捨てて外国に行き始めています。そんな悪循環を止めるためにも、若者にもっと声を上げてもらい、その声を吸い上げる仕組みを整備していくべきなのです。


編著者: 鈴木崇弘 青木大和

『僕らの社会のつくり方〜10代から見る憲法』(遊行社、税込み1,080円)

2014-05-14

経団連新会長会社も社外取締役導入

| 12:02

社外取締役を入れたからと言って会社経営が劇的に良くなるわけではない、という批判はその通りでしょう。しかし、入れない方が良いという理由にはなりません。もはや世界標準となっている社外取締役を、日本の企業経営の中でどう生かしていくのか。社外取締役の機能論が今後重要になります。オリジナル→

http://www.sankeibiz.jp/business/news/140512/bsg1405120500001-n1.htm

 東レはこのほど、6月25日に開く株主総会で一橋大学の伊藤邦雄教授を社外取締役として起用することを決めた。東レ榊原定征会長は次期経団連会長に決まっており、社外取締役がいなかった同社の対応が注目されていた。

 経団連は長年、社外取締役の設置義務付けに反対してきたが、トヨタ自動車が昨年の株主総会で社外取締役を選出。反対派の橋頭堡(きょうとうほ)と見られてきたキヤノンや新日鉄住金も今年に入って導入に方向転換していた。これで経団連の現在の正副会長会社はすべて社外取締役を設置することとなった。

 現在国会に提出されている会社法改正案では社外取締役の設置は義務化されていないが、選任しない場合、「置かないことが相当な理由」を株主総会で開示する必要がある。「置かない方が良い理由」という意味だから、これを説明するのは至難だ。谷垣禎一法相が国会答弁で「事実上の義務付けという評価は十分可能」としたことも、経団連企業の方針転換につながった。

 そこで俄然(がぜん)注目されていたのが東レだった。「経団連の従来の方針に合うように社外取締役を置いていない企業のトップを後任に選んだ」とまことしやかにささやかれていたからだ。

 「経団連のトップを輩出する企業が社外取締役に背を向けているとなると世界の投資家に説明がつかない」。金融界の大物は榊原氏に非公式に社外取締役設置を働きかけてきたという。アベノミクスで日本企業の企業統治改革を進めることを表明し、日本企業への投資を呼びかけている一方で、財界総理が背を向けては、アベノミクスの改革姿勢に疑問符が付いてしまう、という焦りもあった。

 東レはこれまで、「当社の業務に精通した取締役が意思決定、執行および監督に当たることが経営責任の遂行、経営の透明性に繋(つな)がる」という理由で社外取締役を置いて来なかった。

 今回、伊藤教授を選んだことについては、同氏が東レの人材育成機関で長年講師を務めたことなどから、同社の事業内容に精通していると説明している。苦しい言い訳といったところだ。経団連の新しい会長会社までもが方針転換したことで、社外取締役設置は一気に広がるだろう。法律が施行される来年までにはおそらく大半の会社が選任するに違いない。

 今後の問題は、その社外取締役がきちんと会社や経営者から独立し、しっかり社長にモノを言える存在になるかどうかだろう。東レの事業に精通しているという伊藤教授は、逆に言えば長年講師として会社の事業にコミットしてきた“身内”と見ることもできるかもしれない。

 東レに限らず、付け焼刃で社外取締役を導入した会社は、従来は顧問として報酬を払ってきた弁護士・税理士や、所管官庁の官僚OBなどを迎えているケースが少なくない。彼らが社外取締役として本当に機能し、企業の収益改善に貢献できるのかどうか。今後は社外取締役の「質」が問われることになる。(ジャーナリスト 磯山友幸)

2014-05-13

安倍自民党の「改革」にダンマリを決め込む金融庁 成長戦略見直しでも「まったくやる気なし」

| 00:58

成長戦略策定に向けた政治と役所のバトルが真っ盛りのようです。そんな中で、火の粉をかぶりたくない金融庁の逃げ腰が目立っています。

日経ビジネスオンラインに掲載された記事です。オリジナルhttp://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140508/264147/?ST=politics


 安倍晋三内閣が6月までに行う「成長戦略」の見直しに向けた自民党の政策策定作業が佳境を迎えている。自民党日本経済再生本部(本部長・高市早苗政調会長)で「金融資本市場・企業統治改革グループ」「起業大国推進グループ」「労働力強化・生産性向上グループ」「女性力拡大グループ」「地域力増強グループ」の5つに分かれて、各界からの意見聴取を繰り返したうえで、具体的な政策のとりまとめ作業をしている。

 既に「労働力強化・生産性向上グループ」からは3月26日に「労働力強化に関する中間とりまとめ」が出され、技能実習制度の見直しなど外国人材活用のあり方について踏み込んだ提言がなされた。

 各グループの政策は主査を務める国会議員が中心になって取りまとめ、関係する諸官庁との間で文言を調整する。あくまで自民党としての意見だが、事前に役所との間でも摺り合わせをするのが慣例になっている。

 かつては議員に代わって役所がたたき台を作り、それを自民党政務調査会の部会が承認するケースもあったが、最近は中堅議員の政策立案能力が高まっている。議員自身の力だけでなく、シンクタンクの研究員や弁護士といった専門家にブレーンとして協力を仰いでいる例も少なくない。それだけに党側で作る「原案」と霞が関の意見が真っ向からぶつかることも珍しくない。

改革、金融庁はやる気なし

 今年の最大の"戦場"は「金融資本市場・企業統治改革グループ」だという。日本の金融資本市場と、企業をとりまくコーポレートガバナンス(企業統治)のあり方を見直しているが、これに所管の金融庁が真っ向から抵抗しているという。「われわれが示した原案をことごとく拒否しており、まったくやる気がない」ととりまとめに当たっている中堅議員は怒りを隠さない。

 党の経済再生本部でコーポレートガバナンスの強化を議論している背景には、日本企業の収益力の低さを改善しなければ日本経済の再生はあり得ないという考えがある。生産性向上だけでなく、女性力の活用や地域再生といった他の分野にも大きく関係している。

「金融資本市場・企業統治改革グループ」で詰めている論点はいくつかある。まず第1点が、コーポレートガバナンスのあり方を規定する「コーポレートガバナンス・コード」を制定しようというもの。欧州ではコードによってガバナンスのあり方を規定し、それに従わない場合にはその理由を説明するよう求めている。米国では上場規則でガバナンスのあり方が規定されている。

 日本では、取締役会のあり方などは会社法で規定されているが、上場企業に限ったコーポレートガバナンス・コードはない。昨年末に来日したドイツのシュレーダー元首相が、対談でコーポレートガバナンス・コードがないことを訝しんだことも、自民党が制定に動く契機になった。シュレーダー氏は官邸で、菅義偉官房長官に対しコーポレートガバナンス改革の重要性を訴えたといわれる。

 ブルームバーグの報道によると、「金融資本市場・企業統治改革グループ」の主査を務める柴山昌彦・衆議院議員は、コードを制定してその中に社外取締役の義務付けを盛り込む意向だという。金融庁はコードを制定する委員会の設置には同意している模様だが、コードの中味について自民党が提言に盛り込むことを拒絶しているという。

 論点の2点目は株式持ち合いの解消である。自民党日本経済再生本部は昨年5月にまとめた「中間提言」で、「株式持ち合いの解消、銀行による株式保有制限の強化」と題して、次のような一文を盛り込んだ。

 「ぬるま湯的な経営となりがちな株式持ち合い、銀行による融資に加え株式保有を通じた銀行資本による支配を通じ、新陳代謝が停滞しているのではないか。ドイツを見習い、株式持ち合い解消を促進し、引き締まった経営により、経済活動の活発化を図る」

 今回の見直しでは、より具体的な持ち合い解消策の提言を模索している模様だ。だが、これに対して金融庁は全面的に反対の姿勢を貫いている、という。

 3点目は銀行自身のガバナンスの強化策。みずほ銀行による反社会的勢力との取引問題もあり、銀行とその持ち株会社に社外取締役を義務付けることを自民党で検討している。公益性が高い銀行にはより厳しいガバナンスを求めるべきだ、というのが自民党の発想だ。これに対して金融庁は「公益性が高いのは銀行も電力会社も鉄道も同じ」という論理を展開し、銀行だけを特別視するのは妥当でないとしているという。

 4点目は地域金融機関の再編だ。地方経済の再生には数が多い地方銀行の再編を促し、広域で営業する「スーパー・リージョナルバンク」を育成すべきだという意見が自民党案だという。これに対して金融庁は「合併は金融機関自身が決断するもので国がとやかく言うべきでない」という従来からの主張を繰り返している模様だ。実際には金融庁は、地方銀行には「箸の上げ下ろし」にまで口を出しているとされる。地銀再編はやりたくない、というのが金融庁のスタンスのようだ。

 5点目が国際会計基準IFRSの導入促進。自民党は昨年6月に会計小委員会の提言として、「IFRSの任意適用の拡大」などを求めた。2016年末までに300社という具体的な目標も示している。また、IFRSを強制適用すべきかどうか、する場合にはどんなタイムスケジュールで実施するか、議論するよう求めていた。自民党は今回の提言で、300社の適用を実現するためのより具体的な方策を取ることを求める意向だという。

 ところが金融庁はこれにも反対している、という。強制適用の是非などを議論するよう求められてきたにもかかわらず、昨年6月19日を最後に企業会計審議会ではIFRSの議論はされていない。「経済界などからIFRS反対論が再び噴出したら元も子もない」(金融庁幹部)というのが建前だが、要は国際化を進めるうえで、自らが泥をかぶる覚悟がないのである。

 金融庁の大きな仕事は「金融商品取引法」の遂行だが、その第一章「目的」にはこう書かれている。

ガバナンスの強化に経団連は納得しない」

 「第1条 この法律は、企業内容等の開示の制度を整備するとともに、金融商品取引業を行う者に関し必要な事項を定め、金融商品取引所の適切な運営を確保すること等により、有価証券の発行及び金融商品等の取引等を公正にし、有価証券の流通を円滑にするほか、資本市場の機能の十全な発揮による金融商品等の公正な価格形成等を図り、もつて国民経済の健全な発展及び投資者の保護に資することを目的とする」

 資本市場の機能を十分に発揮させることで企業価値を正確に表す株価形成をし投資家を保護するのが目的だとしている。企業情報の開示の基本的なルールである会計基準を一本化し、国際水準に合わせていくことは、当然、金融庁の大きな責務だ。また、コーポレートガバナンスの強化によって株式を発行する企業の健全な経営を実現することは、投資家保護の第一歩と言える。

 「ガバナンスの強化を一気に進めたら経団連は納得しません」と金融庁の中堅幹部は真顔で語る。経営者にフリーハンドを与えるような日本型の緩いガバナンスを、いまだに守ろうとする経営者が少なくないのだろう。だからと言って金融庁が財界の顔色ばかりを伺うのは、金商法の1条を踏みにじる行為だと言える。

 安倍内閣は日本企業のガバナンス体制を国際水準並みにすることで、外国からの日本への直接投資を大幅に増やそうとしている。外遊先で安倍首相は改革に向けて強い姿勢を繰り返し強調するスピーチを行っている。金融資本市場の制度整備や、コーポレートガバナンスの改革は外国人投資家が最も注目するアベノミクスの改革点の1つである。そんな安倍内閣の改革方針にもダンマリを決め込む金融庁はいったいどんな金融資本市場や日本企業の未来像を思い描いているのだろうか。

2014-05-12

「社外取締役」拒む地銀協のヤブ蛇

| 11:21

月刊誌「ファクタ」に連載しているコラムは企業や企業経営者に辛口ですが、決して批判のための批判をしているわけではありません。日本企業のコーポレートガバナンスも一歩一歩前進しているように思います。銀行は公共性が高いからこそ、自ら襟を正すべきでしょう。5月号(4月20日発売)の原稿を編集部のご厚意で以下に再掲させていただきます。

オリジナルページ→https://facta.co.jp/article/201405038.html

2014年5月号 連載 [監査役 最後の一線 第37回]

by 磯山友幸(経済ジャーナリスト



「社外取締役の設置の義務付けともとれる記載となっており、改めるべきである」

全国地方銀行協会は3月24日、金融庁にそんな意見書を出した。金融庁は銀行に対する「監督指針」を見直す作業を進めているが、そこに「取締役の選任議案の決定に当たって、少なくとも1名以上の独立性の高い社外取締役が確保されているか」を「検証することとする」という一文が含まれているためだ。

現在国会で審議されている会社法改正案では、社外取締役を選任しない場合、株主総会で社外取締役を「置くことが相当でない理由」を説明しなければならないと規定されている。相当でない、つまり、置かない方がよい理由を説明するのは容易でないうえ、国会谷垣禎一法相が「事実上の義務付けという評価は十分可能」と答弁したこともあり、雪崩を打って上場企業の社外取締役導入が進んでいる。頑強に反対していたキヤノンや新日鉄住金が導入を決めたことはすでに本欄でも取り上げた。

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そんな流れに地銀協が真っ向から抵抗しているのである。実は昨年7月時点で、「地域銀行」114社(持ち株会社を含む)のうち44社に社外取締役がいない。上場銀行に限っても、85社中28社が置いていない。逆に言えば6割以上の銀行に社外取締役がいることになるが、そこは「護送船団方式」に慣れ親しんだ業界。遅れている船に合わせて要望をまとめたということだろうか。

金融庁が監督指針の項目に社外取締役を付け加えることにしたきっかけは、みずほ銀行による反社会的勢力への融資問題だ。監督指針の改正の中心は、暴力団や準構成員など反社会的勢力との取引について事細かく規制する見直しである。そのうえで、そもそも銀行経営にガバナンスが利いていないのではないかという疑問が出され、社外取締役の設置が指針に含まれることになった。取締役を身内で固め、外部の目を排除していると見たのである。昨年12月、金融庁が設置した「金融・資本市場活性化有識者会合」の提言の中に、銀行に対して独立性の高い社外取締役の導入を促すことが必要だという内容が含まれていたこともあり、金融庁が作業を進めていた。

さすがに、問題を起こしたみずほをはじめメガバンクは、今回の監督指針改正に真正面から反対できるはずがない。全国銀行協会が出した意見書では、今年6月の株主総会で選ぶ時間的余裕がない点に配慮してほしいと要望するにとどめた。また、「独立性が高く、且つ、取締役として適格な識見を有する社外取締役候補が見つからない場合等も想定される」として、その場合も見逃してほしいとしている。ただ、この意見書では、候補が見つからない場合を「社外取締役を選定しないことに相当な理由」だと、さらりと主張しているが、これが会社法改正案の「置くことが相当でない理由」に当たらないことは国会答弁などでも明らかだ。ここに至っても悪あがきしているとしか言いようがない。

ともかく、真正面からの反対は控えた全銀協に比べ、地銀協の勇躍ぶりが目立つわけだ。

もっとも、地銀協もそれで金融庁が折れるとは思わなかったのだろう。意見書には第1番目の要望が通らず「仮に改められない場合」として、取締役の選任プロセスで社外取締役を確保するよう努めたかを「事後的に検証するものであり、選任議案の是非を評価するものではないことを確認したい」としている。つまり、社外取締役がいない議案を出しても文句を言うな、ということだろう。よほど独立性の高い社外取締役を身内だけの会議に招き入れることが怖いのだろう。

「地銀下位行などの頭取や社長はもともと地元の名士だったり、世襲だったりして、取締役も批判ができない叩き上げの子分で固めているケースが多い。外部の人を入れろと言われてもどうしてよいか分からないというのが本音なのだろう」と、地銀の顧問を多く務める弁護士は言う。近代的な経営やコーポレートガバナンスからはほど遠いのが実情だというのだ。

「地銀協の意見書は、地銀にとってヤブ蛇になりかねない」と金融庁の幹部は言う。金融庁が必死に監督指針の改正で収めようとしているのも分からず、この期に及んで独立取締役ひとりの実質義務付けにすら反対するのは「状況が読めていない」というのだ。

というのも自民党内には依然として反社会的勢力への融資問題に対する金融庁の対応が甘すぎるという批判がくすぶっているからだ。自民党の部会では、銀行法で複数の独立社外取締役を義務付けるべきだという声が上がっているほか、いっそ、委員会設置会社に移行を義務付けてはどうか、という意見も出されている。委員会設置会社になれば過半数の社外取締役がトップの人事権を握ることになる。

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もともと銀行法では、銀行業務には高度な公共性があるとして、銀行の信用維持と預金者保護、金融の円滑化を確保するため、銀行業務の「健全かつ適切な運営」を求めている。従来の監督指針でもそれを踏まえて銀行の取締役(委員会設置会社では執行役)に、「その資質について極めて高いものが求められる」という一文が入っている。公益性を考えれば、一般の上場会社よりも厳しい企業統治体制が求められるのは当然、という主張が自民党内から出ているのだ。これには金融庁も反論できない。

銀行法で社外取締役を義務付けるとなると、会社法を管轄する法務省の縄張りを侵すことになる。そうでなくても金融庁が所管する金融商品取引法はしばしば会社法の規定とぶつかっている。縄張りの相互不可侵は霞が関の基本ルールだ。それゆえ金融庁は自らの運用でどうにでもなる指針に収めようとしているわけだが、地銀協の抵抗が自民党を大いに刺激し、法改正が現実味を帯びている。

安倍晋三首相が掲げるアベノミクスは「規制改革」が柱だが、外国人投資家などからは日本企業のコーポレートガバナンス改革に対する注目度が高い。銀行法で社外取締役を義務付ければ、それが日本のガバナンス改革の突破口になる可能性があると安倍首相周辺の改革派が考え始めている。

もう一つ、地銀協の意見書がヤブ蛇になった点がある。金融庁の監督指針改正案では、社外取締役の規定は「上場銀行及び上場持株会社」となっているのだが、これに「有価証券報告書を提出しているが非上場の銀行は対象外という理解でよいか」とわざわざ聞いているのだ。銀行業自体の公益性という観点に立てば、上場しているかどうかは関係がなくなる。社外取締役不在の地銀は急いで候補者を探すことになるだろう。

2014-05-09

安倍自民党の「改革」にダンマリを決め込む金融庁 成長戦略見直しでも「まったくやる気なし」

| 09:45

外国人投資家と話していると6月までに行われる予定のアベノミクス「成長戦略」の見直し作業で、注目されているポイントは日本企業のコーポレートガバナンス改革だ。自民党内で続いてきた議論が取りまとめの段階に入り、所管官庁との調整が始まっているが、資本市場や企業情報の開示を担当する金融庁がまったくやる気を見せていないらしい。政治と官僚の間での綱引きを経て、どんな政策案が出て来るのか。日本の株価の行方も大きく左右するだけに、注目したい。日経ビジネスオンラインにアップされた記事です。是非ご一読を→

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140508/264147/?P=1

 安倍晋三内閣が6月までに行う「成長戦略」の見直しに向けた自民党の政策策定作業が佳境を迎えている。自民党日本経済再生本部(本部長・高市早苗政調会長)で「金融資本市場・企業統治改革グループ」「起業大国推進グループ」「労働力強化・生産性向上グループ」「女性力拡大グループ」「地域力増強グループ」の5つに分かれて、各界からの意見聴取を繰り返したうえで、具体的な政策のとりまとめ作業をしている。

 既に「労働力強化・生産性向上グループ」からは3月26日に「労働力強化に関する中間とりまとめ」が出され、技能実習制度の見直しなど外国人材活用のあり方について踏み込んだ提言がなされた。

 各グループの政策は主査を務める国会議員が中心になって取りまとめ、関係する諸官庁との間で文言を調整する。あくまで自民党としての意見だが、事前に役所との間でも摺り合わせをするのが慣例になっている。

 かつては議員に代わって役所がたたき台を作り、それを自民党政務調査会の部会が承認するケースもあったが、最近は中堅議員の政策立案能力が高まっている。議員自身の力だけでなく、シンクタンクの研究員や弁護士といった専門家にブレーンとして協力を仰いでいる例も少なくない。それだけに党側で作る「原案」と霞が関の意見が真っ向からぶつかることも珍しくない。

改革、金融庁はやる気なし

 今年の最大の"戦場"は「金融資本市場・企業統治改革グループ」だという。日本の金融資本市場と、企業をとりまくコーポレートガバナンス(企業統治)のあり方を見直しているが、これに所管の金融庁が真っ向から抵抗しているという。「われわれが示した原案をことごとく拒否しており、まったくやる気がない」ととりまとめに当たっている中堅議員は怒りを隠さない。

 党の経済再生本部でコーポレートガバナンスの強化を議論している背景には、日本企業の収益力の低さを改善しなければ日本経済の再生はあり得ないという考えがある。生産性向上だけでなく、女性力の活用や地域再生といった他の分野にも大きく関係している。

 「金融資本市場・企業統治改革グループ」で詰めている論点はいくつかある。まず第1点が、コーポレートガバナンスのあり方を規定する「コーポレートガバナンス・コード」を制定しようというもの。欧州ではコードによってガバナンスのあり方を規定し、それに従わない場合にはその理由を説明するよう求めている。米国では上場規則でガバナンスのあり方が規定されている。

 日本では、取締役会のあり方などは会社法で規定されているが、上場企業に限ったコーポレートガバナンス・コードはない。昨年末に来日したドイツのシュレーダー元首相が、対談でコーポレートガバナンス・コードがないことを訝しんだことも、自民党が制定に動く契機になった。シュレーダー氏は官邸で、菅義偉官房長官に対しコーポレートガバナンス改革の重要性を訴えたといわれる。

 ブルームバーグの報道によると、「金融資本市場・企業統治改革グループ」の主査を務める柴山昌彦・衆議院議員は、コードを制定してその中に社外取締役の義務付けを盛り込む意向だという。金融庁はコードを制定する委員会の設置には同意している模様だが、コードの中味について自民党が提言に盛り込むことを拒絶しているという。

 論点の2点目は株式持ち合いの解消である。自民党日本経済再生本部は昨年5月にまとめた「中間提言」で、「株式持ち合いの解消、銀行による株式保有制限の強化」と題して、次のような一文を盛り込んだ。

 「ぬるま湯的な経営となりがちな株式持ち合い、銀行による融資に加え株式保有を通じた銀行資本による支配を通じ、新陳代謝が停滞しているのではないか。ドイツを見習い、株式持ち合い解消を促進し、引き締まった経営により、経済活動の活発化を図る」

 今回の見直しでは、より具体的な持ち合い解消策の提言を模索している模様だ。だが、これに対して金融庁は全面的に反対の姿勢を貫いている、という。

 3点目は銀行自身のガバナンスの強化策。みずほ銀行による反社会的勢力との取引問題もあり、銀行とその持ち株会社に社外取締役を義務付けることを自民党で検討している。公益性が高い銀行にはより厳しいガバナンスを求めるべきだ、というのが自民党の発想だ。これに対して金融庁は「公益性が高いのは銀行も電力会社も鉄道も同じ」という論理を展開し、銀行だけを特別視するのは妥当でないとしているという。

 4点目は地域金融機関の再編だ。地方経済の再生には数が多い地方銀行の再編を促し、広域で営業する「スーパー・リージョナルバンク」を育成すべきだという意見が自民党案だという。これに対して金融庁は「合併は金融機関自身が決断するもので国がとやかく言うべきでない」という従来からの主張を繰り返している模様だ。実際には金融庁は、地方銀行には「箸の上げ下ろし」にまで口を出しているとされる。地銀再編はやりたくない、というのが金融庁のスタンスのようだ。

 5点目が国際会計基準IFRSの導入促進。自民党は昨年6月に会計小委員会の提言として、「IFRSの任意適用の拡大」などを求めた。2016年末までに300社という具体的な目標も示している。また、IFRSを強制適用すべきかどうか、する場合にはどんなタイムスケジュールで実施するか、議論するよう求めていた。自民党は今回の提言で、300社の適用を実現するためのより具体的な方策を取ることを求める意向だという。

 ところが金融庁はこれにも反対している、という。強制適用の是非などを議論するよう求められてきたにもかかわらず、昨年6月19日を最後に企業会計審議会ではIFRSの議論はされていない。「経済界などからIFRS反対論が再び噴出したら元も子もない」(金融庁幹部)というのが建前だが、要は国際化を進めるうえで、自らが泥をかぶる覚悟がないのである。

 金融庁の大きな仕事は「金融商品取引法」の遂行だが、その第一章「目的」にはこう書かれている。

ガバナンスの強化に経団連は納得しない」

 「第1条 この法律は、企業内容等の開示の制度を整備するとともに、金融商品取引業を行う者に関し必要な事項を定め、金融商品取引所の適切な運営を確保すること等により、有価証券の発行及び金融商品等の取引等を公正にし、有価証券の流通を円滑にするほか、資本市場の機能の十全な発揮による金融商品等の公正な価格形成等を図り、もつて国民経済の健全な発展及び投資者の保護に資することを目的とする」

 資本市場の機能を十分に発揮させることで企業価値を正確に表す株価形成をし投資家を保護するのが目的だとしている。企業情報の開示の基本的なルールである会計基準を一本化し、国際水準に合わせていくことは、当然、金融庁の大きな責務だ。また、コーポレートガバナンスの強化によって株式を発行する企業の健全な経営を実現することは、投資家保護の第一歩と言える。

 「ガバナンスの強化を一気に進めたら経団連は納得しません」と金融庁の中堅幹部は真顔で語る。経営者にフリーハンドを与えるような日本型の緩いガバナンスを、いまだに守ろうとする経営者が少なくないのだろう。だからと言って金融庁が財界の顔色ばかりを伺うのは、金商法の1条を踏みにじる行為だと言える。

 安倍内閣は日本企業のガバナンス体制を国際水準並みにすることで、外国からの日本への直接投資を大幅に増やそうとしている。外遊先で安倍首相は改革に向けて強い姿勢を繰り返し強調するスピーチを行っている。金融資本市場の制度整備や、コーポレートガバナンスの改革は外国人投資家が最も注目するアベノミクスの改革点の1つである。そんな安倍内閣の改革方針にもダンマリを決め込む金融庁はいったいどんな金融資本市場や日本企業の未来像を思い描いているのだろうか。

2014-05-08

国家戦略特区は 加工食品輸出を狙え

| 18:30

WEDGE4月号(3月20日)発売の連載記事「復活のキーワード」がようやくウェブ版「WEDGEインフィニティ」にアップされましたので、転載します。ちょっと古くなりましたが、国家戦略特区を使った農業の再生に向けた取り組みです。→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3722

 TPP環太平洋経済連携協定)の交渉が難航している。農産物の関税を完全撤廃することを求める米国と、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖・でんぷんの「重要5項目」を撤廃対象から除外するよう求める日本政府の溝が埋まらないためだ。農業団体などは、関税を撤廃すれば安い農産物が流入し、日本の農業は壊滅すると言う。

 だが、関税で守り続けるだけで日本の農業が強くなるわけではないのも事実。しかも日本の農業は、従事者の高齢化や耕作放棄地の増加などで、このままではジリ貧になるのは農業関係者も認めるところだ。そんな農業の復興も安倍晋三首相が掲げるアベノミクスの柱の一つである。

 「私は今後10年間で、6次産業化を進める中で、農業・農村全体の所得を倍増させる戦略を策定し、実行に移してまいります」

 昨年5月、成長戦略についてのスピーチ安倍首相は言い切った。安倍首相は、過去20年で農業生産額が14兆円から10兆円に減り、生産農業所得が6兆円から3兆円に半減したと指摘。一方で農業に主として従事する「基幹的農業従事者」の平均年齢が約10歳上がり66歳になったことや、耕作放棄地が2倍に増えたことなどを示して、改革の重要性を訴えたのだ。

 安倍首相が言う「6次産業化」とは、第1次産業である農業を、食品加工などの2次産業や、販売・外食といった3次産業と組み合わせることで付加価値を高めようというもの。首相は「観光業や医療・福祉産業など、様々な産業分野とも連携することで、もっと儲けることも可能」とした。

 もちろん、いくら3次産業に手を広げても人口が減少する日本国内だけを相手にしていては、成長は望めない。世界の食市場は340兆円と言われるが、その中で、日本の農産物・食品の輸出額は、わずか4500億円程度(2012年)。しかも日本の農産物流通の基幹を担う全農グループの輸出額は12年度でわずか26億円に過ぎない。首相でなくとも「こんなもんじゃないはずなんです」と言いたくなる。安倍内閣は20年までにこの輸出額を倍増し1兆円にする方針を打ち出した。

 日本のおいしいコメや果物など農産物はまだまだ世界で売れる可能性を秘めているのは確かだ。だが、政府がいくら旗を振っても、6次産業化を進め、輸出を増やすのは民間である。いかにやる気のある農家の力を引き出し、農業分野に可能性を感じる他の産業分野の人たちを呼び込むかが重要だ。

 ところが、そんな民間の知恵や力を生かせない構造になっているのも農業である。アベノミクスの成長戦略を議論する産業競争力会議(議長・安倍首相)では民間議員の経営者から「岩盤規制」にがんじがらめの分野として、医療と並んで指摘されている。既得権にあぐらをかき、努力しなくても補助金がもらえる過保護農政が、日本の農業を弱くしてしまったのである。

 そんな岩盤規制に穴を開けようという「国家戦略特区」が動き出す。昨年末に法律が成立。特区に指定された地域・分野では国の規制が緩和される。国家戦略特区担当大臣と地域の首長、事業を行う事業者が合意すれば、規制権限を握る所管官庁の大臣は認めざるを得ない仕組みになっている。これまでにも歴代内閣特区制度を作ったが、所管官庁が反対すると実現できなかった従来の特区とは大きく違う。アベノミクスの規制改革の目玉なのだ。

 国家戦略特区には、すでに民間事業者自治体からいくつもの提案が出されている。その中には農業も含まれている。

弁当にすれば10倍の価格で売れる

 愛知県田原市に本社を置く農業生産法人有限会社新鮮組の岡本重明氏も、特区提案を出している一人。農協を脱退して企業として農業に取り組むなど「闘う農家」としてメディアにもしばしば登場する改革派。タイなどアジア諸国で日本の栽培技術を生かしてコメなどの農産物生産にも乗り出している。

 そんな岡本氏には農業をベースに実現したいアイデアがいくつもある。その一つが地域の安全な食材を使っておばあちゃんが作った料理を弁当にしてそれを急速冷凍し、世界に輸出しようというもの。農産物を料理に加工することで、価格は大幅に高くなる。例えば、弁当のご飯にすれば、コメのまま売る価格の10倍にはなる、という。

 どんなに大規模化して効率化しても、農産物のまま輸出しようとすれば、世界水準の価格と競争しなければならない。ブランド化して高い値段で売ったとしても、日本国内での生産コストを吸収するのは容易ではない。しかも、それができるのは大規模化が可能な平野部の農家だけだというのである。

 山間部の小規模農家の農産物でも十分に太刀打ちできるようにするには、おばあちゃんの伝統の味のように付加価値を乗せなければ採算が合わない。より高く売れる仕掛けづくりが大事だというわけだ。

 コストをできるだけ引き下げ、付加価値をより高くする。企業としては当たり前の発想を岡本氏は追求している。用水路の水でミニ水力発電をし、用水路に沿ってすでにある高規格の農道にトロリーバスを走らせ、観光客を呼び込んで、駅には直売所やレストランを作る。岡本氏のアイデアは膨らむが、現在の農地利用の規制では実現はおぼつかない。特区の枠組みを使って新しい挑戦をしたいというのである。

 そんな岡本氏に共鳴する自治体の首長も現れた。兵庫県の山間部にある養父(やぶ)市の広瀬栄市長だ。岡本氏と共に特区申請に乗り出した。全国一律の画一的な規制によってやりたいことができないのはおかしい。養父市に最もふさわしい制度運用をさせて欲しいという思いから、岡本氏と共同歩調を取ることにしたのだという。「これで国家戦略特区に指定しないなら、俺は日本を捨てる」とまで岡本氏は言う。


 農産物にいかに付加価値を乗せて輸出するか。実はこれは世界標準の戦略でもある。農水省イタリアと日本を比較する資料をまとめている(表)。それによるとイタリアの農林水産物・食品輸出額(11年)は3兆4679億円(11年の為替レート)で、その43%をパスタワイン、チーズ、オリーブオイルなどイタリア料理に欠かせない加工食品が占める。世界にイタリア料理が広がると共に、食材輸出も増えているというわけだ。一方でみそや醤油、日本酒など日本食関連食材は4000億円の輸出額の15%に過ぎない。

 世界で日本食はブームだ。レストランでの外食にとどまらず、家庭の日常の食事にも日本食が浸透していけば、食材輸出につながっていく。付加価値の高い農産品の輸出を増やそうと思えば、日本の文化やファッション、ブランドなどと共に売り込んでいく必要が出て来る。それを農協や農家だけにやれと言っても難しいだろう。様々な分野の人々が一緒になって日本の農業を盛り立て世界に売り出していく。そのためには岩盤規制の殻に閉じこもった農業からの脱皮が不可欠だろう。

◆WEDGE2014年4月号より

2014-05-07

「日本企業の取締役は規律と知識が足りない」ーーN・ベネシュBDTI代表理事が語る「日本的ガバナンスの限界」

| 16:47

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39173

社外取締役の導入など日本企業のコーポレートガバナンス改革が少しずつ動き出した。安倍晋三首相も成長戦略の中に企業のガバナンス企業をうたう。

今後、日本企業の取締役はどんな機能が求められていくのか。公益社団法人「会社役員育成機構(BDTI)」で代表理事を務めるニコラス・ベネシュ氏に聞いた。

ようやく日本で本格的なコーポレートガバナンス議論が始まった


  安倍晋三内閣は成長戦略の中でコーポレートガバナンスの強化を打ち出しています。

 ベネシュ 日本企業の新陳代謝を促進して収益性を上げるために、コーポレートガバナンス(企業統治)を強化することが重要だと、やっと日本の政治家が言い出したことは喜ばしい事です。

これまでは、ハゲタカファンド対日本企業といった対立の構図の中でばかり、コーポレートガバナンスが語られてきましたが、そんな外国対日本といった議論は水掛け論というか、実に馬鹿げています。

ようやく初めて日本で本格的なコーポレートガバナンス論議が始まったと見ています。

  日本企業のガバナンスの問題点を繰り返し指摘されていますが、なぜベネシュさんは日本企業のガバナンス問題に関心を持ったのですか。

 ベネシュ もともと投資銀行で日本企業に仕組債を売ったり、M&A(企業の合併・買収)のアドバイスをする仕事をしていました。バブル期に日本企業は相次いで米国の会社や不動産を買収しましたが、バブル崩壊後に売却を余儀なくされた時、お手伝いする事が多かったのです。その際、日本企業がいかにガバナンスが欠如しているのか痛感したのです。

バブル期米国の資産を買った経営者の動機は「ライバル企業が米国で資産を買ったのだから、うちも」といった横並び意識でした。自社の事業にとってどれだけプラスになるかという検討の結果ではありません。ですから、本来の価値を大幅に上回る価格でも平気で買収していったのです。

私が処分のお手伝いをしたころには二束三文で巨額の赤字が生じました。それでも買収を決断したトップは責任を取って辞任することはありませんでした。

  当時の負の遺産の処分が、その後の「失われた20年」の停滞につながったという指摘はありますね。

 ベネシュ 日本企業の場合、ガバナンスが利かないので、不採算事業や不稼働資産があっても、簡単にそれを処分することができません。「あの事業は元社長の誰々さんが始めたものだから、彼が死ぬまで止められない」といったことを真顔で話しています。私もいくつもの日本企業のアドバイザーや社外取締役をやりましたので、そういう場面はたくさん見てきました。

  そうした問題の先送りをしないためにも社外取締役が必要なわけですね。

 ベネシュ 不採算部門や子会社などの売却、リストラを日本企業は先送りしがちです。そこに外部の独立した取締役がいれば、社内の論理だけで物事が決まらなくなる。ただ社外取締役ひとりでは、社長や社内出身取締役に反対するのは難しいので、少なくとも3人いれば機能し始めると思います。

「ステークホルダー重視」では抽象的だ

  安倍内閣も社外取締役の導入促進を掲げて会社法改正を今国会に提案しています。

 ベネシュ ええ。安倍内閣がコーポレートガバナンスの強化に本腰を入れているのは分かります。法制審議会が決めた会社法改正案では、社外取締役1人すら義務付けていませんが、これに株主総会での説明義務を課して実質的な設置義務にしようというのは努力の結果だと思います。

しかし、自民党政権再交代する時のマニフェストで複数の独立した社外取締役の設置を掲げていたはずで、後退しているようにも見えます。6月にも改定される成長戦略でどこまでコーポレートガバナンスの強化策が盛り込まれるのか、大いに注目しています。

内容が無ければ、多くの外国人投資家に「アベノミクスの第3の矢は中身がない」というメッセージを発信することになりかねません。

  安倍内閣は対日直接投資の大幅な増加も掲げていますが、なかなか外国企業の日本企業への投資は進みません。

 ベネシュ 対日直接投資の規模は、国内総生産GDP)比では先進国の中でも最低水準です。これは日本企業のガバナンスが利いていないので、なかなか投資しにくいことが背景にあります。

日本の経営者はしばしば「ステークホルダー重視」と言います。株主以外の従業員や取引先などステークホルダーも大切にするのだというわけですが、非常に抽象的で、要は「株主重視ではない」という意味にしか聞こえません。

海外の資本との提携やM&Aについても非常に非合理的です。昔ある会社のアドバイスをしていた時、米国のIT(情報技術)企業の傘下に入って新しい時代に対応したビジネスへの転換を進めるべきだ、と主張しましたが、当時の創業一族は「独立性が大事だ」と言って拒絶し続けました。その後、事業環境の変化でその会社は倒産し、米国のIT企業はタダ同然でその会社を手にいれました。

あの時、株式を売っておけば創業一族にも資産が残り、会社も発展して、従業員も倒産の憂き目に遭うことはありませんでした。何が株主やステークホルダーにとって最善かを経営者が考える仕組みになっていないのです。

  日本企業の場合、経営者の資質にも問題があるということでしょうか。

 ベネシュ 大きな会社では世代間ギャップが大きいように感じます。ある会社に企業価値が間違いなく向上するM&Aの案件を持っていった際、その会社の担当の部長と時間をかけて資料作りをしました。部長もこのM&Aは必要不可欠だと信じていたのです。ところが私が役員会で説明するとNoという結論でした。部長は「えっ役員がノーと言った?信じられない」と怒っていました。

これを見て私は、日本企業の場合、部長世代は会社の将来を真剣に考えているが、役員は自分の任期だけを大過なく過ごせればよいと思っているのだ、と初めて理解しました。

  日本の取締役は能力が欠如している?

 ベネシュ 多くの日本企業の取締役は規律と知識が足りないと思います。コーポレートガバナンスが利かない分、規律が働きません。さらに、ほとんどが社内で特定の部門で育った人ばかりで、経営者としての知識が圧倒的に足りません。日本では「役員昇格」と言いますが、取締役の役割は事業部門の部長の仕事とはまったく違います。

「日本的ガバナンス」は存在しない

  ベネシュさんは会社役員育成機構(BDTI)を作られ代表理事に就任されています。役員の研修が事業の中心だそうですね。

 ベネシュ コーポレートガバナンスの概念の普及と役員研修が大きな2つの柱です。日本企業ではまだ、取締役に対する研修をほとんど行っていません。やっているところでも、新任役員に対して、弁護士が講師になって会社法の説明をする程度で、取締役の役割とは何かをきちんと理解させるような研修はまだまだです。

BDTIでは昨年一年間で、コーポレートガバナンス関連のセミナーを9回開催し、参加者はのべ527人にのぼりました。このほか、「国際ガバナンス塾」「グローバル・コンプライアンス研修」、英語版の国際ガバナンス塾「English Director Boot Camp」などを実施しています。

  コーポレートガバナンスの強化については日本でも昔から議論があります。しかし、経営者の多くは日本には日本流のやり方がある、と言って国際水準のコーポレートガバナンスを嫌ってきました。今でもその風潮は強いと思います。

 ベネシュ 「日本的」というものが本当に存在するのなら、具体的な概念を示して欲しいと思います。私も米国流の仕組みが一番良いなどと言うつもりはありません。米国でも欧州でもコーポレートガバナンスの仕組みはどんどん変えてきました。

もし、日本的ガバナンスというものが本当にあって、それが企業や社会の成長により大きく寄与するというのなら、世界の投資家や経営者が納得する定義を示して欲しいと思います。

それでも日本の政治家がコーポレートガバナンスの重要性に気づき、それが日本企業の収益性向上や経済成長にとって大事だと考え始めたのは素晴らしいことです。コーポレートガバナンスの在り方を規定するコーポレートガバナンス・コードを制定すべきだという議論が自民党の中から出てきたのも、日本が変わり始めたシグナルだと注目しています。

ニコラス・E・ベネシュ氏独立系M&Aアドバイザリー専業ブティック株式会社ジェイ・ティ・ピー代表取締役米国スタンフォード大学卒業後、米国カリフォルニア大学(UCLA)で法律博士号・経営学修士号を取得。旧J.P.モルガンに入り、11年間勤務した後独立。2009年に公益社団法人会社役員育成機構(BDTI)を設立し代表理事に。日本在住は30年を超える。これまでにアルプス取締役、スキャンダル後のLDH(旧名ライブドア)、セシールなどの社外取締役を歴任した。現在、在日米国商工会議所(ACCJ)の成長戦略タスクフォース座長と人的資本タスクフォースの座長補佐を務める。

2014-05-02

株主総会での取締役選任議案に異変 株主に求められる「スチュワードシップコード」

| 14:17

地味な改革ですが、生命保険会社などの機関投資家に、保険契約者の利益を第一に考え、投資家として行動するよう義務付ける「スチュワードシップ・コード」が日本にも導入されます。これによって、日本企業のコーポレートガバナンス改革が一歩前進することは間違いありません。エルネオスに書いた記事です。

硬派経済ジャーナリスト磯山友幸の《生きてる経済解読》 連載37(2014年5月号)

 取締役選任の投票用紙を見たことがあるだろうか。三月決算が多い日本では、五月上旬になると会社から総会招集通知が一斉に送られてくる。決算書など業績内容などの説明文書に加えて、葉書式の投票用紙が封書で届くのが一般的だ。

 配当や株主優待などが狙いの個人投資家だと投票用紙を返送しないケースも少なくないが、送り返す場合にも何も印を付けないでそのまま送り返す人がかなりいる。議案に賛否の印を付けずに返送された投票用紙は「白紙委任」として会社が提案した議案に賛成したものと扱われるが、そんな賛否などあまり気にしたことがない人が多いにちがいない。

 ところが最近、この議案の賛否に経営者が神経を尖らせているのだ。かつては会社側の提案は圧倒的な賛成票で支持されるのが普通だったのだが、異変が起きているからである。特に賛否が分かれているのが取締役の選任議案である。

キヤノンの取締役選任議案に変化

 三月決算会社よりひと足早く三月末に株主総会を開いたキヤノンも、取締役選任議案の行方に神経を尖らせていた会社の一つだ。昨年三月の総会では、田中稔三・副社長ほかすべての取締役候補が九二%前後の賛成票を得たのに対して、御手洗冨士夫・会長兼社長への賛成票だけが七二・二一%にとどまっていたのだ。注目された今年の投票結果は、田中副社長ら社内出身の取締役が全員九三%台の賛成票を得る一方で、御手洗氏も九〇・〇八%の賛成票を得た。他の候補者よりも低いとはいえ、一年前に比べて大幅に賛成票が増えたのである。

 なぜ、こんなことが起こるのだろうか。実は海外の機関投資家などが取締役の選任に当たって「問題」とした人物にバツを付けているのである。日本の取締役選任議案の投票は候補者名簿を一括して賛否を問う形になっているが、「○△氏を除く」といった条件を付けて投票することができる。海外の機関投資家は特定の人に「ノー」を突きつけているのだ。

 昨年の総会で御手洗氏に賛成票が少なかったのは、キヤノンが社外取締役を置いていなかったから。海外の投資家は社外取締役を会社に設置させることに前向きで、社外取締役を置いていない会社のトップには半ば自動的に「否」を付けているのだ。御手洗氏は社外取締役導入に反対している最右翼とみられてきたことも投資家の猗身瓩鯒磴辰討い拭

 今年の総会で御手洗氏への賛成票が急増したのは、この総会に出された取締役候補者名簿にキヤノンとしては初めて社外取締役二人を含めたからである。元大阪高検検事長弁護士の齊田國太郎氏と元国税庁長官で証券保管振替機構社長の加藤治彦氏が候補者だったが、齊田氏と加藤氏に対する賛成票は九四・一五%と九四・一一%で、社内出身の取締役候補者よりも多かった。キヤノンの株主の多くが社外取締役を歓迎したことを示している。

株主として求められる責任

 海外の機関投資家などが社外取締役や社外監査役の候補者に求めるのは、何といっても「独立性」だ。社長など会社のトップに対して独立した立場からきちんとモノが言えるかどうかを気にしているのだ。

 そうでなくとも日本の取締役は「空気を読む」ことに長けた人が多いといわれる。自分を取締役に引き上げてくれた社長の意向や顔色を読んで、社長に追随しがちだというのだ。会社の未来や従業員、株主の利益よりも、社長の意向がともすると優先されかねないというわけである。

 そうした空気を打破するために導入されるはずの社外取締役や社外監査役が、社長の親族や取引先、もともと報酬を支払って雇っていた顧問や従業員では話にならないということで、候補者の経歴などを厳しくチェックしている。独立性に問題があるとなると、総会の投票で「ノー」を突きつけるのだ。

 こうした投票行動は機関投資家が個々に決定している場合もあるが、議決権行使について助言する会社のアドバイスに従うケースも少なくない。こうした助言会社が「否」と決めると、機関投資家が大量に保有する株式の議決権が一気に反対票になってしまうのだ。

「あまりにも気分が悪いので、あの会社の社外役員は断りました」と大物会計士は顔をしかめた。出身の会計事務所(監査法人)がその会社の監査を担当していたため、議決権助言会社が「反対」票を投じるよう意見を出しており、多くの海外機関投資家が反対する見通しになったからだ。当の大物会計士は出身事務所を辞めて十年以上が経過しているうえ、その会社の監査に直接携わったことがなかったが、外形的に見ると独立性が乏しいと見えてしまうのだ。

 弁護士などの場合、過去に会社と顧問契約があったケースなどは同様に問題視されることもある。もっとも、顧問契約があったかどうかは取引所に提出する書類などで判明するケースもあるが、投資家にはなかなか分からないため、まとまった反対票になっていないケースもある。

 かつては株式を保有する銀行や生命保険会社は、株主総会では会社側に付いて賛成票を投じるのが普通だった。いわゆる「モノ言わぬ株主」として振る舞ってきたわけだが、こうした日本の大株主も変化を迫られている。

 アベノミクスの一環として日本の機関投資家に「スチュワードシップコード」の導入が進められているのだ。スチュワードシップコードとは英国で二〇一〇年に制定されたもので、企業の株式を保有する機関投資家の行動規範。資産運用の委託者の利益を実現するために、投資先企業の経営者に影響力を与えるなど一定の役割を果たすべきだという考え方。その「日本版」を導入しようというのである。

 このコードを遵守すれば、生命保険会社などは保険契約者の利益を最大にするために行動しなければならなくなり、株主として積極的にモノを言う存在に変わることになる。つまり、外国人機関投資家が行っている賛否の行動を、日本の機関投資家もよりいっそう明確に実行しなければならなくなるわけだ。

 社長が取締役を選び、株主はそれを形だけ追認する。そんな日本型の選任プロセスが大きく変わろうとしている。