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磯山友幸のブログ RSSフィード Twitter

2014-05-27

カネあり、コネあり 50代起業はローリスク 50代こそリセットのすすめ

| 14:52

月刊ウェッジには毎号、コラムを連載していますが、編集部からの依頼で6月号は巻頭のレポートの一部もお手伝いしました。題して「50代からのリスタート」。50を前にして会社を辞めて独立した私の視点から50代の転職について書いて欲しいというご依頼でした。身近な先輩たちを登場させて原稿を作りました。組織内でウズウズしている人たちにどんどん早めのリスタートをお勧めしたいと思います。オリジナルページ→ http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3860?page=1


食べていけるくらいの利益が出ればいい

 東京押上駅から10分ほど歩いたところにある十軒橋商店街(墨田区)。ご多分に漏れずシャッター商店街だが、その一角に日本酒好きの間で急速に有名になったお店がある。日本酒バー「酔香」。店主の菅原雅信さんが2010年5月、50歳の時に開いたお店だ。この菅原さん、出版大手の日経BP社で『日経レストラン』の編集長などを務めた有能な記者だった。実は、筆者の『日経ビジネス』時代の先輩でもある。


 菅原さんが起業を思い立ったのは50歳になった時。現場取材が中心の記者から内勤が中心のデスクへと仕事が変わったことが大きかった。

 「不本意な形で会社に居残るくらいなら、気力体力があるうちに新しい事をしたい」。そんな思いがわいた。ちょうど会社が希望退職者を募集したのが背中を押した。

 『日経レストラン』時代に外食業界のノウハウを学んだ。もともと日本酒が好きで、取材を通じて多くの蔵元と知り合いになった。そんな知識や人脈が店を開くのに役立ったのは言うまでもない。「古い民家をリノベーションした日本酒の店」。まずコンセプトを明確にして絞り込んだのは、記者として見てきた外食業の基本だった。物件探しに奔走したが、古びた民家や廃業した店舗は、不動産屋の売り物件情報にはまず出てこない。気に入った空き家が見つかると「思いを綴った」手紙をポストに投函した。これも、意中の経営者をインタビューに引っ張り出す時に使った手である。

 そうこうするうちに、知り合いになった飲食店の人から「売り店舗が出た」という情報が舞い込んできたのが十軒橋商店街の酒屋だった。お店の壁にズラリと並ぶ酒瓶の棚は、その名残である。蔵元への伝手で特徴ある日本酒が手に入る。それを「どれでも半合400円」の低価格で提供している。カウンターだけ10席ということもあり、土日でもなかなか予約が取れない。

 不便な場所の小さな店でもやっていけるのは、固定費が安いからでもある。建物は1500万円、改装費用に850万円。地代は月4.5万円で「とりあえず80歳くらいまで」ということで、30年契約にして住居兼用とした。従業員は雇わず、「食べていけるくらいの利益が出ればいい」と割り切った。50歳代の起業は一見リスクが高そうだが、決してそうではないのだ。結果、開業以来、黒字が続いている。

 菅原さんは日経BP社時代、リタイアを控えた団塊世代を狙った雑誌『日経マスターズ』の取材・編集に携わった。そこで、会社人間一筋で来て、最後に「濡れ落ち葉」になった多くの人たちの姿を目の当たりにした。菅原さんは言う。「仕事をしながらでもいいから、会社以外にもう1つの世界を持っていることが大事だと思います」。

50歳から60歳までの貴重な10年間

 「収入の事だけを考えれば起業などしなかったでしょうね」と岡村進さん(53)は笑う。スイスの大手銀行UBSの日本法人であるUBSグローバルアセットマネジメントの社長を昨年6月で辞め、7月に人材教育のベンチャー企業「人財アジア」を創業した。外資の高給を惜しげもなく捨て去ったのは、日本に今求められている世界で戦えるグローバル人材の育成に自ら関与したいと思ったからだ。


 昨年7月の起業以来、大企業の社内研修の講師などを買って出て、ちょっとした人気講師になっている。海外勤務や外資系でトップを務めた経験からグローバルに通用する人材とは何かを語る一方、資産運用を通じて培った「マーケットの視点」を売り物にしている。

 もちろん、企業研修が本当にやりたかったビジネスではない。来年には丸の内の若手ビジネスマンを対象にした「学校」の設立を計画している。会社が授業料を払うのではなく、自らのスキルアップのために自分で学ぼうとする若い人たちを集める場を作るのが狙いだ。また、高校生など若者への「おカネ」の教育などもボランティアベースで行っている。

 岡村さんは大学を卒業すると第一生命保険に入社。資産運用や人事管理を担当し米国での勤務も長かった。その後、友人に誘われてUBSに転職した。サラリーマンとしては間違いなく「勝ち組」だった岡村さんが「50代のリセット」を選んだのはなぜか。

 「保険会社で、米国での資産運用会社を立ち上げた事がありました。手を挙げて、社内起業に参画したわけです。その時に、ゼロから作りあげる大変さと面白さを経験したのです」

 ところが時間がたつと転勤を命じられた。サラリーマンとして当然である。

 「やっぱり自分が資本家でなければ、責任も果たせないし、経営もできない、と痛感したんです」。その時以来、いつかは自分で起業したいと考えていたという。その後、自身も社長になるが、「だんだん執着心がわき、社長でいることが目的化するように感じ始めた」という。自分が何のために働くのか、このままでは見失うのではないか。「他の人や社会のために何かをしたい」いわば人生の原点回帰が「起業」という結論だったのだ。ちょうど長男が就職し、長女も結婚した。親としての責任が一応果たせた、という思いもあった。

 岡村さんは企業研修に招かれると、50代の社員たちにこう問いかけている。「今の会社で50代は問題だと言われ続けながら、それでも会社にしがみついていくのは幸せでしょうか」。

 60歳の定年を迎えてから起業しようという人もいる。だが、本当に60歳になって起業するだけの自分を奮い立たせるエネルギーが残っているか。50歳から60歳までの貴重な10年間を中途半端に過ごしていいのか。

やりたいことをやる!

気概を持つべき

 安倍晋三首相が推進するアベノミクスでは、1つの柱として「起業大国」を掲げている。起業というと若者に期待がかかるのが常だ。アベノミクスも若い人材による起業を想定しているようにみえる。だが、前述のとおり競争が厳しい中で、若者が起業するにはリスクが大きい。ビジネス経験は乏しく、専門知識も不十分。出資を頼む人脈もない。あるのは気概だけである。なかなか成功は覚束ない。

 そんな中で、50代の起業こそリスクが小さく、成功の可能性が大きいのではないか。

 30年近いビジネス社会での経験を積み、なにがしかの専門知識を持つ。仕事で培った人脈も豊富だ。しかも、会社人生の先が読めてくる。会社に残ったとして定年まであと10年、自分がどんな仕事をしてどんなポストに就くかだいたい見えてくる。つまり、残りの会社人生での収入の総額も大まかにつかめるわけだ。


 一方で子どもが巣立つまでの期間やそれまでにいくら費用が必要かもだいたい分かる。漠然とした将来しか描くことができない若い人に比べて、十分に計算が成り立つのだ。つまりリスクが小さいのである。

 一昔前、日本企業で50代と言えばサラリーマンとしての「収穫期」だった。若いうちは安い給料で死ぬほど働くが、50歳を過ぎて役職に就けば、仕事は概して楽になり、収入は格段にアップする。ところが「失われた20年」の間に、50代を取り巻く環境は激変した。経済が縮小する中で、ポストはなく、給料は上がるどころか下がり、挙げ句はリストラの対象だと言われる。

 成長しなくなった会社では仕事も面白くなくなった。経済が拡大していれば、会社は様々な新規事業に取り組む。ところが縮小均衡を目指すとなると、決まった仕事の奪い合いで、達成感は著しく減退する。

 実は筆者も50歳を前に(正確には48歳11カ月半で)24年間勤めた新聞社を辞めた。記者として育ててくれた会社には心から感謝している。だが、新聞産業が衰退する中で、どう考えても事業は縮小の一途で、自分が記者の命だと信じている「自由闊達さ」など望むべくもない。我慢してあと10年、少ないポストにしがみつくよりも、自分で自由に記事を書き続ける方が幸せだと見切った。早期退職支援制度があったお陰でもある。独立して3年あまり。多くの人に支えられて、好きな仕事をしながら生きている。

 取材先としてUBS時代から知っていた岡村さんも、先輩の菅原さんも、そして私も、会社を辞めたことをまったく後悔していない。後悔するような人は恐らく会社を辞めないだろう。そして我々の強みは「定年がない」ことである。働ける限り働く。大先輩のジャーナリストとして薫陶を受けている田原総一朗さんは4月15日で80歳になったがまだまだ現役だ。同じ4月15日生まれの私は28歳も年下である。人生は長い(寿命は神のみぞ知るだが)。

 50歳でリセットできるかどうか。問題は自分のやりたい事をやるという気概が持てるかどうかだ。つまり、会社を辞めてやりたい事があるかどうか、である。菅原さんが言うように、50歳になるまでに「会社以外の世界を持つ」ことがカギだろう。

 もう1つ。会社を辞めて面白いのは、「思いがけない出会いがいっぱいあること」。これは岡村さんと私が日々痛感していることだ。会社に所属していると仕事がしやすい面も大いにあるのだが、どうしても付き合う範囲が限られる。ところが自分で会社を始めると人付き合いの幅が広がる。30歳代の若者と出会い、一緒に仕事をすることが普通になる。会社名や肩書きよりも、その人の実力に目が行くようになる。

 終身雇用が当たり前だった時代、中途で辞めた社員は「裏切り者」だったが、もはやそんな時代ではない。「卒業生」が活躍しているリクルートのような会社はOB同士のネットワークで新しい事業が生まれている。途中で退職する社員が多いマッキンゼーは、ITを使ってコンサルタントのOBネットワークを構築している。会社の現役社員と卒業生がつながることで、仕事が舞い込んだり、卒業先が見つかることは日常茶飯事だ。

 企業が終身雇用を守り続けることが難しくなってきた今、会社員自らが「50代のリセット」を選択できるような生き方をする。それが新しい働き方かもしれない。

◆WEDGE2014年6月号