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2014-11-12

「献金再開」でも力戻らぬ経団連

| 11:53

月刊ファクタの11月号(10月20日発売)に掲載された原稿です。編集部のご厚意で以下に再掲します。

オリジナル→http://facta.co.jp/article/201411016.html


自由主義経済のもとで企業の健全な発展を促進し、日本再興に向けた政策を進める政党への政治寄附を実施するよう呼びかける」

経団連は9月16日、「政治との連携強化に関する見解」を公表し、会員1​3​0​0社に対する政治献金の呼びかけを5年ぶりに再開する方針を示した。かつては事務局が、企業の「格」に応じた献金額が記された「奉加帳」を作成、政権与党だった自民党(国民政治協会)に年間1​0​0億円を超す献金の斡旋をしてきた経団連。会長は「財界総理」と呼ばれ、圧倒的な政治力を誇った。ゼネコン汚職など政治とカネへの批判から1​9​9​3年に斡旋を廃止したが、2​0​0​4年に再開。民主党への政権交代があった09年以降、再び献金への関与をやめていた。それを復活させようというのだ。

「政策をカネで買うのか」「時代への逆行だ」――。大手メディアや世間から批判が噴出したのは周知の通りだ。それでも献金再開に踏み切りたいのは、安倍晋三内閣発足以降、政権に冷遇されてきたからに他ならない。

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米倉弘昌・前会長と安倍首相の「すれ違い」は経団連からすれば目を覆いたくなる惨状だった。米倉氏は「民間議員」として大臣と同等の発言権が持てる経済財政諮問会議に声もかからず、安倍内閣が鳴り物入りで作った産業競争力会議の10人の民間議員からも漏れた。しかも後者には経済同友会の代表幹事である長谷川閑史氏と新経済連盟の代表理事である三木谷浩史氏が加わっていた。露骨な「経団連外し」に、会長のメンツは丸つぶれだった。

そんな影響力の低下をどうにか取り戻したい。献金への関与再開にはそんな思いがにじむ。偶然だが、経団連が関与を表明した9月16日と同じ日に、現会長の榊原定征東レ会長が経済財政諮問会議の民間議員に就任した。産業競争力会議には、榊原氏は経団連会長就任が決まる前から議員として加わっている。これで経団連会長が「民間企業の代表」として政策決定を担う二つの重要な会議に参加する形に戻った。

では、献金再開を表明した榊原体制で、経団連はかつてのような政権への影響力を取り戻すのだろうか。

残念ながら難しそうだ。第一にいまの経団連には、会員企業から半ば強制的に資金を集める力はない。関与をやめたこともあり、12年には14億円しか献金が集まらなかったが、関与したからといって、これが急増するかどうか不透明なのだ。経団連は表面上、かつてのような「斡旋方式は復活させない」と言っているが、それで献金額が増えるとは思えない。

「パーティー券購入を含め、当社としての判断で献金しており、それは今後も変わらない」(経団連所属の大手企業トップ)という反応が少なくない。「ある程度のお付き合いはやむを得ないが、経団連として献金をしても当社にメリットはない」(サービス業大手のトップ)という声もある。要は、経団連が政策実現をしていくための「圧力団体」としての機能が急速に衰えているのだ。

「もはや経団連経済界全体の利益を代表していない」と総合商社の役員は言う。会長選びでも「モノづくり企業から」という前会長の方針で、商社トップは早々に候補から外された。「日本のGDP国内総生産)の何割を製造業が生み出していると思っているのか」とこの商社役員は呆れる。

モノづくり企業の間の中にも確執がある。「重厚長大企業のトップが会長に意欲を示して、もうそんな時代ではないと止めるのに苦労した」と自動車大手の元役員は明かす。榊原氏が会長を務める東レは、高付加価値の先端材料に早くから取り組み、グローバル経営を推し進めてきた企業。製造業の中では「開明的」と言えるが、それでも、経済界全体の利益を代表しているようには見えないのだろう。

政策に対して経団連として意見を言うのも簡単ではなくなっている。会員企業間の政策に対する意見が大きくかい離するようになったからだ。経団連には政策を議論する様々な部会があるが、意見を集約するのは至難だという。結局は部会長を務めるケースの多い重厚長大企業の幹部の意見が通るのだが、それには内心反対している企業も少なくない。

例えば、法人税減税といった全企業にプラスになる話はすぐにまとまるが、財源として租税特別措置の見直しとなった途端、企業ごとのエゴが噴出して収拾がつかなくなる。結局は租税特別措置の見直しにも反対となる。経団連が何にでも反対している抵抗勢力の権化に見えるのはこのためだ。体力のない銀行に合わせて政策を作っていたかつての「護送船団方式」と構図は同じである。

経団連から献金を求められた企業も対応に苦慮することになる。

冒頭に触れた見解で、経団連はこう述べている。「政策本位の政治の実現、議会制民主主義の健全な発展、政治資金の透明性向上を図っていく上で、クリーンな民間寄附の拡大を図っていくことが求められる」。政治献金は、透明でクリーンであることが不可欠だと自ら述べているのだが、経団連の関与で献金することが、各企業にとって「透明でクリーン」と言えるかどうか。株主総会で追及された際に、株主の利益に合致するときちんと説明できるかどうかが、大きな焦点になる。

安倍内閣が進めるコーポレート・ガバナンスの強化で、うるさ型の個人株主だけではなく、れっきとした機関投資家が説明責任を求めてくる可能性もあるのだ。

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もう一つ、献金関与再開でも、経団連の影響力が増さない理由がある。

経団連の呼びかけで仮に50億円の献金が実現したとしよう。かつてのように政党が献金に頼っていた時代なら、最大のパトロンとして振る舞えたに違いない。だが、政党助成法による交付金が始まった94年を境にそれこそ時代が変わっている。14年の自民党への交付金は1​5​7億円に達する。国民の税金から支出された資金は、政党が活動するうえでは潤沢とは言えないまでも、金欠病に苦しむという状態ではなくなっている。

個々の議員からすれば、政党への寄付よりも、個人の政治団体に直接入る企業経営者などからの個人献金の方がありがたい、というのが本音だ。

カネでかつての影響力を取り戻せると考えている経団連時代錯誤は致命的である。