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2014-11-17

工場の町・東大阪 郷土の偉人で町おこし

| 08:33

ウェッジ11月号(10月20日発売)の連載コラム「地域再生のキーワード」は、東大阪の自治会の活動を取り上げました。是非ご一読下さい。

東大阪は中小の町工場や住宅、マンション、商店などが混在する雑然とした町である。そこを阪神高速東大阪線国道308号線、近鉄けいはんな線が束になって東西に貫通している。そんなせわしない大動脈の吉田という駅から、ほんの数分歩いて北に路地を入ったところに、こんもりとした小さな森がある。

 川中邸屋敷林。東大阪で唯一原形を止めている雑木屋敷林で、江戸時代に建てられた茅葺の建物は国の登録有形文化財に指定されている。

 そんな建物の一室で、何度も繰り返されてきた会議の成果が、2014年夏に遂に形になった。『中甚兵衛物語=大和川の流れをかえた男』。A5版で約90ページの漫画冊子だ。

 中甚兵衛は江戸時代に実在した人物。当時、河内平野を幾筋にも分かれて流れていた大和川を、現在の柏原市から堺の大阪湾へと付け替えた立役者だ。川の付け替えによって洪水に苦しんでいた村の人を救い、田畑を大きく増やすことに成功。後には河内木綿の生産などで、商都大阪の発展に結び付くことになった大事業である。

「忘れ去られていた郷土の偉人を掘り起こすことで、町おこしをしようと考えたんです」と、このプロジェクトを立ち上げた幸田栄長さんは言う。

 幸田さんは、住民と商業者と行政が一体になって地域再生を目指すNPO法人「地域情報支援ネット」を立ち上げ、理事長を務めている。東大阪の宝である屋敷林を残そうと活動しているうちに、中甚兵衛に出会った。実は川中邸が庄屋だった中甚兵衛の生家だったのだ。

 地域の子どもたちに地元の偉人を知ってもらうにはどうしたらよいか。漫画が良いだろうというアイデアはすぐ浮かんだが、出版となると一大事。地域の人たちに次々と声をかけた。

 編集委員長には石上敏・大阪商業大学教授が就き、時代考証なども担当した。漫画は大阪在住のイラストレーター、智多ともさんが請け負ったが、江戸時代の服装から持ち物まで描くのは初めて。何度も描き直しを繰り返した。もちろん、屋敷林を守ってきた川中熈子さん知子さん母娘も毎回、編集会議に加わり、中甚兵衛の伝承を形に変えていった。

 問題は漫画本を製作する資金だった。自治体に支援してもらおうにも、中甚兵衛に関係する自治体は膨大で、ひとつの自治体教育委員会では完結しない。何せ「河内」と呼ばれた地域にすっぽり入る市だけでも16あり、大阪市堺市の一部も含まれるのだ。 

 そこで発想を転換して広く有志の人々に資金提供を呼びかけることにした。今はやりのクラウド・ファンディングだ。クラウド・ファンディングを運営するREADYFORを利用して、中甚兵衛の漫画本プロジェクトへの協力を求めたのだ。

 資金提供の見返りは、巻末への氏名掲載と完成した本の送付。さらに、屋敷林で採れたタケノコの佃煮や中甚兵衛が使っていた河内扇を模した扇子などを用意し、3000円から5万円の出資を募ったのだ。

 目標額は160万円。実際にやってみるまで、資金が本当に集まるのかどうか、メンバーの誰も見当はつかなかったという。結果は目標をクリアする173万円。クラウド・ファンディングは成立した。東大阪河内地区の人だけでなく、東京静岡などからも資金が寄せられた。地元のたくさんの企業も快く協力してくれた。

 完成した『中甚兵衛物語』は、地域の学校などから問い合わせがあれば、無料で届けている。図書室に置いたり、副読本として使ったりする動きが広がっている。何より、「河内」を売り出すためのツールになっている。

 河内に眠る宝を発掘

中甚兵衛の漫画本づくりで、幸田さんたちが考えている「町おこし」が終わったわけではない。出来上がった漫画本の表紙には「郷土の偉人伝シリーズ1」と書かれている。つまり、プロジェクトは「続く」ということなのだ。

 「外国人観光客が増えていて、関西国際空港にもたくさんの人が到着していますが、河内の目の前を素通りですわ。世界の人に河内に寄ってもらえる宝を発掘して、磨かんとあきません」

 幸田さんはそう語る。

 屋敷林では定期的にさまざまなイベントを開催している。「歴史と緑の癒しサロン」「落語会」「どんぐり拾いと工作教室」「焼き芋」。地域の人たちが集まる賑やかな会合が定着している。だが、屋敷林と中甚兵衛だけでは「河内」を売り出すのに十分ではない。

 8月30日、川中邸の広間で、「一般社団法人 河内観光局」の設立総会が開かれた。実は、河内の地は、古代からの歴史資産の宝庫であり、近現代の産業遺産も少なくない。ところが、市町村が分立しているために、そうした資産を十分に生かしきれず、宝の持ち腐れになっていると考えたのだ。

 自治体の縦割りの観光振興ではなく、地元の有志が連携して、河内の宝を再発掘し、磨きをかけ、世界に売り出していく。そんな大きな「野望」を抱いている。

 さらに、地域おこしを全国の様々な地域とつなげていこうという考えもある。

「どの地域にも郷土の偉人はいる。それを知っているか知らないかで、自らが育った地域を見る目が変わるはずだ」と編集委員長を務めた石上さんは言う。河内観光局が音頭を取って、全国の治水偉人のネットワークを作ってはどうか、そんなアイデアも浮上している。

 実は、郷土の偉人でネットワークを作ろうという試みはすでにある。07年に愛知県東海市が呼びかけ全国の自治体とスタートさせた「嚶鳴フォーラム」だ。東海市の郷土の偉人である細井平洲が江戸に開いた「嚶鳴館」から名前を取った。

 細井平洲は、名君で知られる米沢藩主上杉鷹山の師だった人物だ。メンバーは現在14自治体で、兵庫県養父市(儒学者・池田草庵)、愛知県田原市(蘭学者・渡辺崋山ほか)、大分県竹田市作曲家・瀧廉太郎ほか)などが加わっている。来年1月には農政家・二宮尊徳を生んだ神奈川県小田原市でフォーラムを開く予定だ。

 こうした自治体が中心となった活動は重要だ。だが、それに加えて、河内のような現場からの地域おこしが全国に広がっていくことが、本物の地域再生につながるだろう。

 郷土の偉人伝シリーズの2号目が誰になるのか。屋敷林での会議が再び熱を帯びている。