アベノミクスは結局、失敗?  目玉のひとつだった「国家戦略特区」は今どうなっているか 「経済最優先」という言葉をこのごろ聞いていない……

国家戦略特区とは

安倍晋三首相が進めるアベノミクスの「3本目の矢」として、その真価が問われてきた成長戦略。6月30日に閣議決定された「日本再興戦略 改訂2015」は、昨年とは違って目新しさに欠けた。

これまで安倍首相が折に触れて繰り返してきた「経済最優先」という発言もすっかり聞かれなくなり、首相の関心は安全保障関連法案だけに移ってしまったのではないか、という見方すら広がっている。成長戦略で掲げてきた「岩盤規制の打破」など、改革に取り組む姿勢にも疑問符が付いてきた。

そんな中で、かろうじて改革の動きが見られるのが「国家戦略特区」である。昨年5月に、兵庫県養父(やぶ)市、新潟市、福岡市、東京圏、関西圏、沖縄県の6ヵ所が指定されたのに続いて、今年3月には秋田県仙北市仙台市、愛知県が「地方創生特区」という名称で追加指定された。

安倍首相が「岩盤規制」と名指した「農業」「医療」「雇用制度」に風穴を空け、改革を促進するのが狙いである。特区に指定された特定の地域の特定事業に限って様々な規制の「例外」を認めることで、従来ではできなかった新しいビジネスチャンスを生み出そうという発想だ。

独立政府のような権限

まず、特区に指定された地域の自治体の首長と民間事業者、それに特区担当の大臣の三者で「国家戦略特別区域会議」を設置。そこで協議して「区域計画」が作成される。それを首相が認定して事業がスタートする段取りだ。

区域会議には特例を認めることになる規制の担当省庁の大臣も参加することになっているが、前述の3者が要望した場合には基本的に認めなければならないことになっている。

つまり、規制当局者の権限を事実上奪っているところに、この国家戦略特区の特長がある。アベノミクスの一環として特区導入を推進した関係者は、「区域会議は独立政府のようなものです」と語っていた。

安倍首相が繰り返し言っていた「岩盤規制に穴を開けるドリル」の役割を、この国家戦略特区が担っている。当然、ドリルで開けた穴がアリの一穴となり、日本全国に広がって、規制自体が崩れていくことを想定しているわけである。

だが、丸2年がたった成長戦略の中で、国家戦略特区の取り組みスピードは決して速いとは言えない。そもそも首相が区域計画を認定しなければ特区での事業はスタートしない。

そんな中で比較的スピードが速かったのが養父市。広瀬栄市長が名うての改革推進派ということもあって、国家戦略特区の先頭を走ってきたのだ。昨年9月に第1回目の区域計画が認定され、改革がスタートした。

まず掲げたのが、地域の「農業委員会」が行っていた農地の譲渡に関する権限を市長に移す、というもの。地元の名士や農協幹部らが選ばれる農業委員会の承認を求めるということは、農家の仲間内に農地の売却などを認めてもらうわけで、ムラ社会の中では精神的なハードルが高くなり、農地の流動化を妨げていたとされる。「農地の流動化を促進して、農業の担い手を多様化したい」というのが広瀬市長の考えだった。

特区の制度を利用して権限が市長に移った昨年10月以降、今年4月までの半年間で、27件の申請があり、5ヘクタールの権利移動が承認された。農業委員会で平均1ヵ月弱かかっていた審査の期間は、市役所に移って以降、ほぼ1週間に短縮された、という。

大企業も続々参入
さらに今年4月からは農地を売買や賃貸する際の下限面積を30アールから10アールに引き下げた。これによって、農業に新規参入する農業法人が、養父市内で農地を借りて農業生産を行う例が出始めた。

養父市については、区域会議がまとめた追加の区域計画が今年1月に認定され、企業などが参加した農業生産法人による農業もスタートした。事業者として名前を連ねた中には、地元企業だけでなく、オリックスや近畿クボタ、ヤンマーといった大企業が名前を連ねている。

特区の特例として認められた農業生産法人の設立要件の緩和を利用し、養父市内の耕作放棄地など農地を借り受けて農作物の生産を始めたのである。

さらに、特区で認められた農業への信用保証制度の適用も始めた。養父市が制度融資を創設、新たに設立された農業生産法人などが、兵庫県信用保証協会の保証を得て資金を借りられる道を開いたのだ。

また、歴史的建築物等に係る旅館業法の特例を使って、市内にある養蚕農家の古民家を改装した宿泊施設の営業などを可能にした。

「規制をすべて変えて欲しいとは言いません。養父市でやりたいことをやらせてもらいたい。そのための仕組みが特区でしょう」と広瀬市長は言う。規制を担当する省庁の水面下での抵抗が激しく、時間を要した面が少なくない。

6月29日、政府は東京圏と新潟市、福岡市、沖縄県の区域計画を認定した。認定から1年を経て、ようやく、それぞれの特区で行われる具体的な事業が見え始めた。

特区では、養父市のように、特例を設ける項目を追加したり、事業を追加していくことも首相の認定を受ければ可能だ。また、特区として指定される地域も段階的に追加されていく。今年、「農業・医療ツーリズム」の拠点として加わった仙北市や、「女性活躍・社会企業」の拠点となった仙台市、「産業の担い手育成」の拠点となった愛知県などがその例だ。

そうした改革拠点での具体的な取り組みが見え始め、規制緩和の成果として認識されるように早い段階でなるのかどうか。国家戦略特区のスピードアップが、アベノミクスの評価を大きく左右することになりそうだ。