多様な働き方を認めれば、社員の意欲は高まる サイボウズ社長 青野慶久氏に聞く

日経ビジネスオンラインに5月20日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/051900014/

 20年後の働き方はどう変わるのか。「100人いれば100通りの働き方ができる会社」を標榜し、斬新な職場づくりに挑んでいる会社がある。グループウエア大手のサイボウズ。ライフスタイルに合わせて「働き方」を選べる人事の仕組みを導入、オフィスのスタイルも大きく変えた。社長自ら「育休」を取得するなどメディアにも注目されている。サイボウズは日本の会社の未来像なのか。青野慶久社長に聞いた。


青野慶久(あおの・よしひさ)氏
サイボウズ社長

「日本企業=長時間労働」という負のブランドを打破すべし

サイボウズでは「働き方」に関してユニークな取り組みを続けています。「働き方」の未来はどうあるべきだと考えますか。

青野:人は人らしく生きるために働くのではないでしょうか。ところが今の社会では、会社という「法人」が生身の人間に様々な命令を出してくるわけです。「何時から何時まで働け」とか、「転勤せよ」とか、「副業はするな」とか。なぜ、「法人」がそんな権限を持つのか、注目して考えるべきだと思っています。

 日本人は働き過ぎだと言われながら、まったく変わっていません。悪しき風習が染みついている。長時間労働だけでなく、マタハラやパワハラと呼ばれるものがなくならない。こうした悪しき風習を断ち切るためには、行政がもっと介入するべきかもしれない。日本企業イコール長時間労働といった負のブランドを打破して、働くなら日本企業だよね、と言われるように変えて行くべきです。人口減少が続く中で、外国人人材の活用などが言われていますが、まずは、人々が「働きたくなる国」に日本が変わっていく必要があります。

サイボウズは「100人いれば100通りの働き方ができる」会社を目指しているそうですが。

青野:もともとサイボウズも典型的な日本のソフトウエア開発会社の働き方を社員にさせていました。長時間労働や残業は当たり前で、どちらかというとブラック企業に近かった。人を雇ってもどんどん辞めていく。2005年には年間の離職率が28%に達していました。

 社員に多様な働き方を認めるというのは大変面倒です。それぞれの事情に合わせた制度が必要になるわけですから。一方で、多様な働き方を認めれば社員のモチベーションは上がります。また、採用コストや入社した社員の教育コストを考えれば、社員が定着してくれることは膨大なコスト削減につながります。発想を大転換し、社員が働きたいように働いてもらう仕組みに変えました。その結果、離職率は4%を切るまでになっています。

基本的に働き方は自由なのですか?

青野:私たちの会社が目指すのは「グループウエアで世界一の会社になる」という一点です。この目標に合致していないものは認めません。逆にいえば、会社の目的にかなっていれば、どんな働き方をしてもよい、ということです。

ウソは絶対にアウト!

出社時間も自由、どこで働いていても構わないとなると、本当に働いているのか、管理できないのでは。

青野:サイボウズではウソは絶対にアウトです。「公明正大」であることが多様性のある会社には不可欠です。ウソを言われ始めると、どんどん管理を強化しなければならなくなる。ちょっとしたウソが、どんどん大きな不正へとつながっていきます。ですから、サイボウズではどんなウソでも発覚すると徹底的に糾弾します。

 会議に遅刻をした時に「寝坊しました」と言えば、「たまにはあるよね」といった反応になりますが、「電車が遅れた」と言って、それがウソだったことがバレた時には糾弾されます。かつて「オフィス・グリコ」というのがあって、お菓子が置いてあり、食べた場合にはおカネを入れることになっていました。ところがおカネの計算が合わないわけです。1円たりともズレたら撤去するという約束で設置したので、すぐに撤去しました。

目的を共有して、それに合致すれば良いと仰いました。

青野:社員の提案で様々な制度を入れていますが、「コーヒー代補助」という制度を導入しました。営業の担当者がお客さんとの約束の合間にスターバックスに入ってパソコンで仕事をしているのに、コーヒー代が自腹なのはおかしい」というのが提案理由でした。確かに一理あるので、補助を出すことにしたのです。本当に働いているのか、休憩しているだけではないのか、と言い出したらきりがありません。みんなが公明正大にしていれば、非常に気持ちが良いのです。

日本社会には「ウソも方便」という感覚が色濃くあります。

青野:多様性の高いチームを前提にすると、もはや「あうんの呼吸で理解する」といったことは無理です。マネジメントするにも「本音と建て前」があってはやりにくいのです。そういう意味では、多様性を受け入れるには価値観の転換が必要だということです。

給与の増減にあまり関心を持たない人もいる

ライフステージに合わせて、子育て中なので今は残業はしないとか、短時間の勤務しかしない、という選択が可能だそうですが、評価は難しいのではないでしょうか。給与は年俸制ですか。

青野:その人がどれぐらいの市場性があるか、平均的な市場価格の給与をお互いの納得のうえで決めています。他のソフトウエア会社の平均給与と比べても決して高くはないのですが、給与の増減にあまり関心を持たない人も少なくありません。

 チームに所属して働く時に報酬というのは1つの要素に過ぎません。給与が少しぐらい高くても、上司との折り合いが悪くて猛烈にストレスがたまるなど、その他の条件がある。また、家族との生活を楽しむ時間が作れるとか、自分の好きな仕事ができるなど、金銭以外の報酬もあります。

 労働は苦役だとされてきましたが、自分が働く楽しさを知って自立する、そんな時代になっているのではないでしょうか。

多様な働き方を社員がすると、情報共有が大事になるのではないでしょうか。

青野:もちろんです。グループウエアを使うことで、基本的に情報はオープンに共有されています。誰が今、どんな仕事をしているかがチーム内で相互に分かるわけです。プライバシー情報とインサイダー情報以外はオープンにすることになっています。

上司と部下の風通しは良いのですか。

青野:上司に匿名でダメ出しする仕組みもあります。部下が部長以上の上司を評価します。上司は自分に対する評価をパソコンで見ることができます。例えば私に対する社員の評価を見ると、青野さんは公明正大かどうかという質問に92%がYESと答えていますね。

社員が集える「バー」を作ることを最初に決めた

サイボウズはユニークなオフィス作りでも有名ですが、日本橋に本社を移転されたのですね。

青野:本当にリアルなオフィスがいるのか、いるとしたら何が必要なのかを考えました。日本橋の地下鉄駅の上にできた新築ビルに移ったのは、便利な場所だからです。お客様にとっても社員にとってもリアルに会うなら便利な場所がいい。2フロアの下の階は交流するためのスペースで、お客様がいらした時の応接スペースや会議室があります。外部からいらした方がちょっとした作業をするスペースもあります。

 まっ先に作ることを決めたのが、バーです。夕方になると社員が集まってきて宅配ピザか何かをとって一杯やる。リアルな情報交換の場になります。

 その横には「リビング」があります。急に子どもが熱を出して保育園に預けられない場合、子どもを見ながらお母さんが仕事を片付けられる。そんな使い方もあります。

 上のフロアはパーテーションのない大部屋スタイルで、誰が何をしているかが見える形になっています。本当にワークスペースが必要なのか悩んだのですが、今のところ、やはり会社に来て仕事をしたいという人が多いですね。

青野さんが最近出版された『チームのことだけ、考えた』(ダイヤモンド社)を拝読しました。サイボウズ創業以来の盛衰や、青野さんの思考の軌跡をたどることができ、なかなかの経営書だと思いました。

青野:私は理科系なので、論理的に考え、結論を導いていく癖があります。多様な働き方を目指していくうえで、社員が理想に共感して、同じ目的を目指すことが大事だということに気づきました。私たちが目指すのは「グループウエアで世界一の会社になること」です。売り上げや利益だけを追うことではありません。株主も、配当や株価の上昇だけを求める人ばかりではありません。最近は株主総会サイボウズのファンの集いのようになってきました。株主も私たちのチームの一員なのです。理想やビジョンを実現するためのチーム、株主と株式会社の関係も、そんな形が原点だったのではないでしょうか。