選挙圧勝の自民党が守り抜くのは「この国」か、それとも「医師会」か 医療費圧縮の先送りはもうムリなので…

現代ビジネスに11月1日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53381

いよいよ始まった医療費を巡る攻防

増え続ける医療費を巡って、来年度予算の攻防が始まった。

財務省の審議会が診療報酬を「マイナス改定」するよう求めたのに対し、人件費見直しを迫られる病院経営者らから反発の声が上がっている。

財務省財政制度等審議会財政制度分科会(分科会長:榊原定征経団連会長)が10月25日に求めたのは、診療報酬の「2%台半ば以上のマイナス改定」。診療報酬は医療サービスの公定価格で、医師の技術料に当たる「本体」と薬価相当分で構成される。

もっとも、仮に2%台半ばのマイナス改定が実現しても、医療費総額は減らず、医療費の伸びを「高齢化の範囲内」に留めることができるに過ぎない。それでも医療の現場からは、働き方改革などで医師の人件費の引き上げなどが求められている流れに逆行する、として抵抗する声が出ている。

一方で、厚生労働省は診療報酬改定によって薬価の大幅な引き下げを行う方針だが、急激に増えていきた調剤費をどれだけ抑えられるかは予断を許さない。

今年9月に公表された2016年度の「概算医療費」は41兆3000億円。このうち33兆6000億円が診療費、7兆5000億円が調剤費用、1900億円が訪問看護医療費となっている。

「概算医療費」は労災や全額自己負担の治療費は含まない速報値で、1年後に確定値として公表される「国民医療費」の98%程度に当たる。この「概算医療費」が2002年以来14年ぶりに減少した。だがこれで、増え続けてきた医療費が頭打ちになるのかというと、そうではない。

薬価を引き下げても、調剤費は…

2016年度の減少は大幅に増えた2015年度の反動だ。2015年度は一気に1兆5000億円、3.8%も「概算医療費」が増加したが、そのうち調剤費が9.4%増と一気に7000億円も増えた。

2015年度にはC型肝炎治療薬の「ソバルディ」と「ハーボニー」が相次いで公的保険の適用対象になったが、1錠約6万円から8万円と高額だったため、一気に調剤費が膨れたのだ。

通常、薬価改定は2年に1度だが、調剤費の急増に慌てた厚労省が、年間の販売額が極めて大きい薬は2年に1度の薬価改定を待たずに価格を引き下げるルールを設けた。この結果、これらの薬の価格が3割ほど下がった。これによって、2016年度の調剤費は4.8%の減少になった。

診療報酬改定の薬価分は、薬の実勢価格に合わせて引き下げられることになっており、それだけで1000億円程度は下がる見通し。つまり、2016年度の調剤費は7兆4000億円程度になる見込みだ。

もっとも、2015年度の薬価引き下げ前の調剤費は7兆2000億円で厚労省が大幅に薬価を引き下げると言ったところで、3年前よりも多くなるのは確実だ。

薬価は2年ごとの改訂だが、現実には薬の価格は時間と共に下落するケースが多く、医療機関や薬局、製薬会社に利益が多く残る仕組みになっている。厚生労働省内にはかねてから薬価を毎年改定すべきだ、という意見もあるが、製薬業界などの反対で実現していない。

高額薬剤の販売急増で製薬会社は潤ったが、一方で国民が負担した医療費は大きく増える結果になった。

こうした経緯から、薬価の引き下げには製薬業界なども強く反対しにくいと見られ、診療報酬全体でマイナス改定になるのは間違いなさそう。

「医療費カット」で下野したトラウマ
問題は、医師の人件費である診療報酬本体をマイナス改定にできるかどうかだ。診療報酬本体をマイナス改定にしたのは2006年度。第1次安倍晋三内閣の時だ。本体をマイナス1.4%、薬価改定をマイナス1.8%とした。

合計で3%を超すマイナス改定になったのは1985年以降では例がなく、社会保障費の伸び率抑制に果敢に切り込んだ。ところが、これが医療界、薬品業界の猛烈な反発を浴びることになった。野党・民主党による「医療崩壊」キャンペーンが繰り広げられ、医師会は民主党支持に大きく舵を切った。

慌てた自民党政権は2008年度の改訂では本体を0.4%のプラス改定にしたが、医療費カットというレッテルを貼られた自民党は苦戦。選挙で敗北して下野する一因になった。

民主党政権下で行われた2010年度、2012年度の改訂では、本体部分が1.6%増、1.4%増と大幅なプラス改定が行われた。その後、第2次安倍内閣になっても、本体は2014年度が0.7%、2016年度は0.5%のプラス改定となった。2016年度は本体のプラスよりも薬価引き下げが大きくなり、診療報酬改定としてはマイナスになった。

2018年度に本体をマイナス改定するとなると、6回12年ぶりのマイナス改訂ということになる。これまでは、診療報酬の本体が5回続けてプラス改定されたことで、民間の病院などの経営は大幅に改善されたと言われる。

一方で、人手不足は深刻化しており、人件費はむしろ上昇する傾向にある。今回、診療報酬本体のマイナス改定が決まると、医師の実質人件費との差額は医療機関が負担する形になり、反転してその経営を圧迫することになる。

安倍首相は10月26日に開いた経済財政諮問会議で、経済界に3%の賃上げを要請した。これに対して、日本病院団体協議会議長の原澤茂氏は、医師などの病院関係者の賃金について「上げられる分の原資を診療報酬でみて欲しい」と述べたと報じられた。

診療報酬本体のマイナス改定に本気で取り組むとなると、医療界からの反発は激しさを増すことが予想される。

これまでの安倍首相は、過去のトラウマになっている問題は避け、真正面から反発を食らうような道は選ばなかった。一方で、農協改革のように、自民党下野の際に民主党支持に回った団体には「意趣返し」か、と思われるほど厳しい改革を行ってきた。はたして、医師会に対する姿勢はどうなるのか。

衆議院選挙で完勝を収めた安倍首相が、医療費圧縮に向けて毅然とした対応を取るのかどうか、注目される。