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2018-02-02

達成できるか「賃上げ3%」 断行できるかどうかで、企業の勝敗が鮮明になる

| 09:26

日経ビジネスオンラインに2月2日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/020100069/

5年連続のベアは確実な情勢

 安倍晋三内閣経済界に求めている「3%の賃上げ」が実現できるかどうかに関心が集まっている。

 アベノミクスによる企業業績の回復を背景に、安倍首相が「経済好循環」を掲げて経済界に賃上げを求めたのが2014年。それ以来、春闘では4年連続のベースアップ(ベア)が実現した。2018年の春闘でも5年連続のベアは確実な情勢だ。こうした流れの中で連合の神津里季生会長が「4%程度の賃上げ」を求めるなど、“官製春闘”による賃上げムードが広がっている。果たして安倍首相が掲げる「3%の賃上げ」は達成できるのか。

 新聞報道によるとトヨタ自動車労働組合は、2018年の春季労使交渉でベアに相当する賃金改善分として3000円を要求する執行部案を職場に提案した。

 前年2017年の春闘ではベアは1300円にとどまったが、家族手当の制度移行の前倒し分として1100円を回答、定期昇給分と合わせた賃上げ率は2.7%だった。つまり、今年の焦点は、前年を上回る回答をトヨタの経営側が出し、賃上げ率が3%に達するかどうか、に移っている。

 電機各社の労働組合で構成する電機連合も2018年の春闘の方針を決める中央委員会で、ベアに相当する賃金改善について3000円以上を統一要求とすることを決めた。ベア要求は5年連続で、3000円以上としたのは3年連続。2017年の春闘での妥結額は1000円だったが、これをどれだけ上積みできるかに注目が集まっている。

 3%の賃上げに積極姿勢を見せる企業も少なくない。シャープは記者会見した野村勝明副社長が3%の賃上げ要請について「足元の業績でいえば前向きに考えないといけない」と語り、検討する姿勢を見せた。また、アサヒグループホールディングスの小路明善社長は年明け早々に、「約3%の賃上げを見込んでいる」ことを明らかにし、労使交渉が始まる前から賃上げに意欲を示した。

 経団連も、今年の春闘の経営側の指針となる「経営労働政策特別委員会(経労委)報告」を発表。安倍首相が要請する3%の賃上げについて、「社会的な期待を意識しながら前向きな検討が望まれる」との表現で、異例の賃上げを求めた。

完全失業率は記録的な低水準

 労働組合はもとより、経営陣が積極的に「賃上げ」に動いている背景には、深刻な人手不足がある。

 厚生労働省が1月30日に発表した2017年12月の有効求人倍率は1.59倍と、44年ぶりの高水準となった。雇用者数は5863万人と前年同月比で60カ月連続で増加している。完全失業率は昨年11月に記録的な低水準である2.7%となり、12月も2.8%となった。

 中でも、新規に雇用をしようと思った場合になかなか採用できない実情を統計数字は物語っている。12月の新規求人倍率は2.42倍を記録した。製造業から、飲食宿泊などのサービス業、医療・福祉系など幅広い分野で猛烈な人手不足になっている。

 こうした中で、賃上げなど待遇改善に積極姿勢を見せなければ優秀な人材が維持・確保できなくなっている、というのが実情なのだ。

 賃上げは大手企業主導で進んでいるように思われがちだ。中堅・中小企業は大手に比べて賃金水準が低く、賃上げ余力に乏しいと一般には思われている。

 ところが、中堅中小企業の間で、初任給の引き上げなどに前向きに取り組む企業が増えている。人材採用難は大手よりも中堅中小の方が厳しい。中小の現場の採用難は深刻だ。そんな中で、優秀な人材には思い切って給料を引き上げるという企業が出てきているのだ。

 ステーキ店「いきなり!ステーキ」を展開するペッパーフードサービスは2018年12月期に、正社員を対象に基本給のベースアップ(ベア)と定期昇給を含め平均で約6.4%の賃上げを実施することを決めた、と日本経済新聞が報じている。外食チェーンは人材確保が難しく、深夜営業を取りやめる企業などが相次いでいる。人手の確保が最重要課題になっているわけだ。

 正社員化の流れも強まっている。総務省労働力調査では、2016年10月ごろから正規雇用者数の伸びが非正規雇用者数の伸びを上回り始め、2017年4月以降は完全に正規の伸びの方が多くなっている。昨年12月は非正規雇用者が0.4%増えたのに対して、正規雇用者は1.5%の増加だった。正規雇用の有効求人倍率は1倍を超えている。

 企業が正規社員を求めるようになったのは、非正規よりも雇用の安定性が高いためばかりではない。安倍首相は「非正規という言葉をなくす」といい、非正規雇用者の待遇改善を強く打ち出している。非正規を増やして人件費を圧縮するというモデル自体が成り立たなくなってきたことを、企業経営者はヒシヒシと感じているわけだ。

 「賃上げ3%ですか?うちで3%しか上げなかったら、社員全員が辞めますよ」

 中堅IT(情報技術)企業の創業社長は言う。ソフト開発者やシステムエンジニアなど有能な人材をつなぎとめるには、やりがいのある仕事を与える一方で、企業の成長に応じた報酬アップを続けることが不可欠だという。賃金を抑えようなどと考えれば、ライバル企業の草刈り場になってしまう、という。「経験を積んだ優秀な社員に逃げられないようにするには、定期昇給も含めて10%ぐらい賃上げしなければダメ」だという。それぐらい仕事がある一方で、人材採用は難しい。

どれだけの企業が「3%賃上げ」に耐えられるのか

 ただし、旧来型の小売り大手などの賃上げ余地は小さい。もともと収益性が低い一方で、人件費比率が高いスーパーなどだ。しかも圧倒的にパートなどの非正規雇用に頼っている。

 パートやアルバイトの人件費は最低賃金に近い水準が圧倒的に多いが、その最低賃金自体が毎年引き上げられている。安倍内閣成立以降、毎年引き上げており、昨年10月から東京の最低賃金は1時間当たり958円になった。東京の都市部では時給1000円以上のアルバイト料が当たり前になっている。

 大手のスーパーなどでは、こうしたパートの人件費上昇に加え、非正規社員の待遇改善などもあり、総人件費は増加が避けられない。そんな中で社員の「賃上げ3%」を確保することは至難の業だ。

 今年の春闘で3%の賃上げが実現できたかどうかで、企業の良し悪しがはっきり見えることになるだろう。賃上げによって人材に投資しようという「経営者の意思」が見えることもあるが、企業の収益構造として3%の賃上げに耐えられるかどうかもはっきり見えて来る。

 それが多くの人たちの目にさらされることで、人材が確保できるかどうかの分岐点にもなるだろう。きちんと賃上げできない企業には優秀な人材は集まらない、ということがここ数年ではっきりするに違いない。優秀な人材が確保できなければ、人手不足が深刻化し、いまいる社員への負担が増えることで、さらに職場環境が悪化するという「悪循環」に陥ることになる。

 人が集まらなければ事業を行うこともできなくなる。いわゆる人手不足倒産もジワジワと増え始めている。

 経営者にとっては、「働き方改革」が不可欠になる。毎年の賃上げが当たり前になってくると、それ以上に生産性を上げなければ会社がもたない。賃上げ以上に売り上げや利益が増えなければ困るわけだ。無駄な残業を減らし、仕事のやり方を見直すことで、効率的に利益を上げる。利益の出ない部門を抱え続けるなど非効率な経営はますます難しくなるだろう。

 今年の賃上げへの対応が多くの企業の明暗を分けることになりそうだ。

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