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2018-03-08

長時間労働だけが「過労自殺」の本当の原因なのか 時間管理を絶対視する野党の「労働観」

| 09:22

現代ビジネスに3月8日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54742

次のターゲット「高プロ」

安倍晋三首相は今国会に提出する働き方改革関連法案から、裁量労働制の対象拡大を削除するよう指示した。

1月に安倍首相国会答弁で、裁量労働者の労働時間が「一般労働者よりも短いデータもある」と答えたが、依拠していた厚労省のデータが杜撰だったことが判明、首相国会答弁の撤回に追い込まれた。

厚労官僚のチョンボだが、それを野党はあたかも安倍内閣が「虚偽データ」を仕組んだかのように批判。鬼の首を取ったかのように連日、データ間違いの責任追求を繰り広げた。

結局、裁量労働の拡充の是非を真正面から議論する時間も乏しいまま、首相の判断で「分離」が決まった。

野党はこれに一段と勢いづいており、もう一つのターゲットである「高度プロフェッショナル(高プロ)制度」の法案からの削除を求めている。

裁量労働制の拡大にせよ、高プロにせよ、野党労働組合の批判の論点は、導入されれば労働時間が際限なく伸びてしまうという点にある。

「残業代ゼロ法案」「定額働かせ放題プラン」といった唸りたくなるような名キャッチコピーを付けて法案審議にすら反対している。労働時間が際限なく増えれば、過労死が増えるとして、口の悪い野党政治家の一部は「過労死促進法案」だとも批判している。

働き方改革法案のひとつの柱は、長時間労働の是正で、労使協定で決めたとしても絶対に超えてはならない上限を法律で定め、罰則規定も盛り込むというものだ。

労働基準法始まって以来の、画期的な法改正だと安倍首相が胸を張るのもあながち間違いではない。特例中の特例である繁忙月でも「100時間超」の残業は違法になるハズだった。

もちろん、年末や年度末の超繁忙月は、実際に100時間以上の残業が存在することを知っている経営者たちは100時間「未満」と厳密に制限することに抵抗した。それでも安倍首相の「裁定」を経団連などが受け入れたのは、高プロ制度を導入して「時間によらない働き方をする社員」が実現できると見たからだ。

いったんは労働組合の連合もこの「バーター」に合意。法案は成立するかに見えた。ところが民進党の事実上の解体などで状況が一変、今国会では働き方改革法案は「激突」法案となった。

高プロでは年収1075万円のヒラ社員について、時間規制や残業規制から外すことが可能になるのだが、これを野党は、残業代を払わずに働かせ放題にできる制度だと真っ向から批判しているのだ。

長時間労働だけが問題なのか

長時間労働が過労死の原因になっていることは間違いない。100時間以上の残業をして脳疾患などで死亡すれば、ほぼ間違いなく過労死認定がされる。

精神障害で労災を申請された件数は2016年度で1586件。そのうち498件に支給決定が下された。2006年度は申請819件で、支給決定が205件だったので、10年間で申請件数1.9倍、支給決定件数で2.4倍になった。大きく急増したことは間違いない。

また過労による自殺者(未遂を含む)も198件の申請があって84件に支給決定が下されている。確かに過労死は増えているとみていいだろう。

だが、こうした「過労死」や「過労自殺」は、長時間労働「だけ」が原因なのだろうか。

例えば2008年度から2012年度までの4年間と、2012年度から2016年度までの4年間を比較すると、精神障害の労災申請は前者が36%増、後者が26%増となる。

デフレで仕事が減っていた4年間よりも、アベノミクスで仕事が増え始めた4年間の方が申請件数の伸びが小さい。実件数で見れば330件増と329件増なので、似たような伸びと見ることができるかもしれない。

だが、支給決定件数になると、前者が77%増えたものの、後者は5%しか増えなかった。仕事が忙しさを増したはずの後半4年の方が、過労による精神障害の増加率が少ないと見ることもできそうなのだ。

また、自殺での労災認定件数を見ると2008年度は66件、2012年度は93件、2016年度は84件と、景況感とは関係がないように見える。本当に「労働時間」だけが過労による精神疾患や過労自殺の原因なのだろうか。

例えば、厚労省の2016年度の「精神障害の労災補償状況」で労働時間別の支給決定件数を見ると、1カ月平均の残業時間が「160時間以上」の人が52人(うち自殺は19人)、140時間以上160時間未満が19人(同5人)、120時間以上140時間未満が38人(同8人)、100時間以上120時間未満が49人(同12人)と、残業時間が分かっている認定件数の42%を占める。自殺者の54%は100時間以上である。

だが一方で、20時間未満でも84人が認定されている。しかもこのうち半分以上の46人が女性だ。つまり、残業時間がそれほど多くなくても精神疾患にかかったり、自殺するケースは少なくないのだ。

つまり、確かに長時間労働は精神疾患や過労死、過労自殺の原因ではあるが、それほどの長時間労働でなくても過労死するのだ。

時間だけが原因ではなく、その他の職場の様々なストレスなどが精神疾患自殺の要因になっていることは容易に想像がつく。時間だけがストレスではない、ということだ。

時間だけで働き方を語るな

長時間残業に上限をはめることは大いに意味があることだ。今国会で是非、成立してもらいたいものだ。だが、高プロに「働かせ放題」「自殺促進」とレッテルを貼って法案から排除することが、本当に働き手にとってプラスになるのか。

多様な働き方が可能になる制度が認められれば、それだけストレスなく働くことができる、ということにはならないのだろうか。

平社員で年収1075万円以上もらっている人は、現状では1%にも満たない。残業代を合わせても年収に1000万円も届かない社員は山ほどいる。残業代がつかない管理職で1000万円以下の人も少なくない。

プロフェッショナルとして平社員が1075万円以上もらうようになれば、管理職の給料がそれ以上に引き上げられていく効果は考えられないのか。

すべて新しい制度ができると経営者はそれを「必ず悪用する」と考えるのが野党政治家の常だ。働き方の自由度を奪い、時間管理の枠内に押し込めておいた方が労働者は幸せだ、というのが旧来型の労働組合の発想なのだ。

さまざまな職業が生まれ、さまざまな働き方を求める人が増えている多様な社会の中で、時間だけを金科玉条にして働き方を規制することに本当に意味があるのか。

それこそ、データや人々のニーズをきちんと踏まえた議論を国会に望みたい。

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