「副業解禁」で壊れる日本の「カイシャ」 社員の「本来業務」の明確化が不可欠に

日経ビジネスオンラインに4月27日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/042600066/

新生銀行ユニ・チャームなどが相次ぎ「解禁」
 日本企業の間で「副業解禁」の動きが広がってきた。新生銀行が大手銀行としては初めて「兼業」と「副業」を4月から解禁。就業規定を改めて、正社員や嘱託社員約2700人が、本業と並行して異業種の仕事に就くことを認めた。また、ユニ・チャームも同様に4月から「副業」を解禁した。すでにソフトバンクが昨年11月に解禁、コニカミノルタも昨年12月に副業を認めた。このほか大企業では日産自動車花王リクルートなどが副業OKの会社として知られるが、ここへ来て一気に「副業」を認める会社が目立ってきた。

 「働き方改革」を掲げる安倍晋三内閣は、昨年来、「副業・兼業」の推進に旗を振ってきた。今年1月には厚生労働省が「副業・兼業の促進に関するガイドライン」をまとめたほか、同省が示していた「モデル就業規則」から副業禁止の規定を削除した。従来は「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という規定が「モデル」として記載されていたがこれを削除。「副業・兼業」という章を設けて以下のような条文を例示した。

第67条 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。
2 労働者は、前項の業務に従事するにあたっては、事前に、会社に所定の届出を行うものとする。
3 第1項の業務に従事することにより、次の各号のいずれかに該当する場合には、会社は、これを禁止又は制限することができる。

労務提供上の支障がある場合
企業秘密が漏洩する場合
会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
競業により、企業の利益を害する場合
 つまり、会社の利益に反するようなことがない限り、「副業・兼業」は自由だとした。「原則禁止」から「原則自由」へと方針を180度変えたわけだ。中小企業庁の調べでは、大半の企業が副業を「原則禁止」としており、認めている企業は全体の14%に過ぎないというから、方針変更は大変化をもたらす可能性が大きい。

社員を「クビ」にせず抱え続ける余裕がなくなった
 もともと副業解禁論が出てきたのは、多様な働き方を求める人が増えたことが背景にある。サイボウズの青野慶久社長が政府委員などとして、「副業禁止を禁止せよ」と強く主張したことなどをきっかけに、働き方改革を掲げる安倍内閣が一気に「解禁」に舵を切った。

 政府が「副業解禁」に動いたのは「働き方の多様化」も一因だが、最大の理由は深刻化する「人手不足」が背景にあった。ひとつの会社に縛り付けておく「働かせ方」を続ければ、労働人口の減少とともに、人手はどんどん足りなくなる。ダブルワークなどを解禁すれば、効率的にひとつの仕事を終えた人が、他の仕事に就くことで、人手不足を吸収する一助になる。そうした政府の方針変更を受けて、企業が「副業解禁」に動いているわけだ。

 もっとも、副業解禁と言っても会社によって「想定」が大きく異なる。冒頭の新生銀行では、英語の得意な人が翻訳の仕事をすることなどを想定しており、競合する金融機関や情報漏えいのリスクが生じかねない企業での副業は除くとしている。

 5月から副業解禁を決めたエイチ・アイ・エス(HIS)は、入社1年以上の正社員約5500人を対象にするが、訪日外国人(インバウンド)向けの通訳ガイドなどに就いてもらうことを想定しているという。他社の従業員として働くなど、雇用関係が発生する勤務は対象から外し、引き続き「禁止」する。個人の技能を生かし業務委託や個人事業主として働くことを認めるという内容だ。

 いずれも、個人の能力向上に役立つような「仕事」を社外でしてもらうことで、会社での「本業」にもプラスになると考えているようだ。一方で、会社で身につけた「専門能力」を社外、特に他社で発揮するような「副業」については躊躇している会社が多い。

 伝統的な日本企業は、いったん就職すれば、定年退職を迎えるまで、よほどのことがない限り、面倒を見続ける「終身雇用」を前提にしてきた。仮に社員のスキルを生かせる仕事がなくなっても、配置転換などで仕事をあてがい、生活を保障してきた。

 「就職」というよりも「就社」といった方が良い日本の雇用形態では、社員の能力はすべて会社のために使うのが前提だった。能力を発揮する場所は会社の人事部が考え、配置転換で仕事を与えてくれる。だから、その能力を会社の外で使うことは論外。副業禁止は当たり前だったわけだ。

 副業解禁はこの「日本型雇用」が崩れ始めたことを明確に示している。ひとつは会社自体の体力が弱まって、終身雇用を維持できなくなっていることがあるだろう。時代の変化とともに消えていく職種の社員をクビにせず抱え続けることは、会社に余裕がなければできない。

 また、収益力が高くない伝統的な大企業では、給与を大きく引き上げることが難しい、という事情もあるだろう。自社で稼げない分、外で働くことを容認せざるを得なくなったわけだ。そして、政府の方針転換に背中を押されている面もある。

 だが、いったん副業を解禁すれば、日本の「カイシャ」のあり方は根本から変わることになる。蟻の一穴になるのは間違いない。

社員の「本来業務」を明確にすべき
 というのも、副業を解禁するには、その社員の「本来業務」が何なのかを明確に示さなければならなくなるからだ。例えば金融機関の社員が通訳の副業をしようとした場合でも、その社員の本来業務が通訳だった場合、会社はそれを認めるのか。その社員を海外の大学に通わせて通訳できるぐらい語学堪能に育てたのはその金融機関かもしれない。それでも金融機関の本来業務とは違うので、語学力を外で生かすのは問題ないと日本企業が割り切れるか。

 競業先での副業はダメだとした場合、その社員の「本来業務」が何かを明確にしなければ、「競業」かどうか分からない。会社がその社員に期待する「本来業務」は何なのかを明示し、社員は規定の労働時間の中でそれに応える。つまり、ジョブ・ディスクリプションが明確になっていかざるを得ないのである。

 欧米企業では、その社員の仕事が何かを明確に示しているため、同じ課の隣の社員が残業していても、さっさと帰宅していく。日本は隣の先輩が残っていたら、部下は帰りにくい。そのジョブ・ディスクリプションのなさが、長時間労働の温床になっているとされてきたが、一方で、そうした風土が、日本企業の「チームワーク」の源泉であると信じる人も少なくなかった。それが、長年、ジョブ・ディスクリプションが必要だ、と言われながらも、日本企業に根付かなかった理由である。

 そこに、「副業解禁」が風穴をあけることになるわけだ。副業がどんどん当たり前になっていけば、社員は会社の中での自分の役割をより強く認識するようになる。業務の専門化が進み、プロ意識が高まっていくことになるだろう。今は、会社も「本来業務」の副業はダメだと言うところが少なくないが、いずれ、「専門能力」こそ、様々な「複数の」会社で生かせることに社員は気がついていく。会社もその社員の「能力」が必要だと思えば、他社との兼業でも受け入れざるを得なくなる。

 かくして、専門性を身につけた社員と会社の関係は希薄化していく、いや、よりパラレルになっていくに違いない。フリーランスや請負に近い感覚を兼業社員は持つようになるだろう。その人を丸ごと「雇用」して「就業規則」で縛るという従来の「会社と社員」の概念から外れる専門家が増え、業務を明確化したうえで、それぞれの会社と個人が個別に業務契約を結ぶ。そんな関係が増えていくだろう。

 あたかも「擬似家族」のようだった日本の伝統的な「カイシャ」は急速に壊れていくに違いない。