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2018-06-07

東芝、日大、財務省…トップが「腹を切らない」日本組織の病 無責任体質は信頼崩壊を生む

| 17:54

現代ビジネスに6月7日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55992

国民が納得していない財務省処分

森友学園問題を巡る財務省の公文書改ざん問題について、当事者である財務省が6月4日、調査結果と省内の処分を公表した。国会審議の紛糾を回避するために公文書を「改ざん」し、交渉記録を破棄したと認めた。

20人を処分したが、“主犯格”の佐川宣寿・元理財局長は「停職3カ月相当」としただけで、国民の目には「軽い処分」に映る。財務省のトップである麻生太郎財務相は、閣僚給与1年分の自主返納を決めたが、引責辞任は否定した。

あたかも軽微な間違いを犯しただけであるかのような財務省の対応だ。

現役やOBの官僚たちが異口同音に「考えられない」と語る公文書の「改ざん」という前代未聞の重大不正に、自ら身を正す姿勢を示すことができず、当初言われた「解体的出直し」とは程遠いものになった。

公文書の改ざんは、官僚として行ってはならない原理原則だ。それを指示した佐川元局長はまさしく「万死に値する」はずだ。

その噓に基づいた答弁を繰り返して国会を騙し続けてきたことは、民主主義を破壊する行為である。それが停職3カ月相当。約500万円が退職金から差し引かれるというが、もともと退職金は5000万円を超えるというから、痛くはない。

麻生財務相は、その佐川氏の所業の監督責任を負うのは当然として、「適材適所だ」として国税庁長官に昇進させた「不明」を恥じなければならない。当然、組織のトップとして全責任を負う立場である。

自主返納する1年分の報酬と言っても「財務大臣」としての手当て分だけで国会議員の歳費を返納するわけではない。金額はわずか170万円。数億円の資産を持つ麻生氏からすれば屁でもないだろう。

大手新聞は、編集局長や社会部長が筆を執り、厳しく批判しているが、麻生財務相を辞任に追い込むところまで徹底追求できるかとなると心もとない。

東芝も、日大も同類

トップが口では申し訳ないと言いながら、自らの責任については頰かぶりする事例が相次いでいる。

巨額の粉飾事件に揺れた東芝が典型だ。歴代3社長は引責辞任したものの、検察の調べではとことん自身の関与を否定し、結果、粉飾についての刑事責任は免れた。

「組織ぐるみではない」という判断で東芝という組織も上場廃止を免れ、「組織的な犯罪」だったのか、「個人の犯罪」だったのかグレーなまま、組織も個人も責任を取らないという結果になった。

財務省も20人もの処分者を出しながら、麻生財務相は「組織ぐるみ」を否定した。その一方で、「個人の犯罪」だともしない。個人の犯罪なら、懲戒解雇で退職金など払われないのが民間の常識だ。

東芝粉飾決算を「不適切会計」と言い続けてきたが、最後の最後になって「会計不正」という言葉を使った。財務省も「書き換え」と言い続けてきたものを今回の報告で初めて「改ざん」と書いた。

どちらも、犯した罪を世の中に「軽く」感じさせようという意図が働いていたとみていいだろう。

日本では伝統的に、高位高官の者が地位に恋々とすることを「恥」だと考えられてきた。出処進退に潔いことが高位にふさわしい人格者だというわけだ。

また、サムライ文化では、不名誉を被ることを「恥」とし、自らの行いが「末代までの恥」にならない事を心がけた。吏道ならぬ武士道に背くような不正の疑いをかけられただけでも腹を切った。部下の行いの全責任を負って切腹する侍も少なからずいた。

開き直って地位にとどまる麻生氏は末代までの恥を背負い込む事になるだろう。恥も外聞も厭わないとなれば、野党メディアがいくら批判をしても無駄だろう。

日本大学のアメリカンフットボール部の選手による危険タックル問題では、内田正人前監督が自ら指示した事を認めず、監督は辞めたものの常務理事に留まる姿勢を見せたため、世間の激しい批判を浴びた。外部の関東学生連盟に監督の指示を認定され、しかも永久追放という処分を下されて、初めて大学は常務理事の辞任を受け入れた。

問題が運動部の問題にとどまらず、大学の経営体制やカルチャーの問題にまで広がったにもかかわらず、田中英壽理事長は記者会見などを行っていない。トップとしての意識の欠如、責任感の欠如が、どうやら企業から大学、中央官庁、政治家にまで広がっているのだ。

トップが潔く腹を切るのは、組織を守るために他ならない。逆に言えば、潔くないトップが地位に恋々として留まったり、責任を認めずに言い訳に終始していればどうなるか。東芝の例を見れば明らかだ。

東芝は結局、最後まで決算書の「辻褄合わせ」に奔走し、虎の子だったはずの医療機器部門や半導体部門を切り離していった。

家電部門も中国の大手電機メーカー、美的集団に東芝ブランドごと買収された。最近では、パソコン部門が、台湾の鴻海精密工業の傘下に入ったシャープに買収されることになった。つまり、東芝はバラバラに解体される運命に直面したのだ。

誰も官や政を信用しなくなる

財務省はどうか。国民が今回の調査に納得していないのは明らかだ。これに対して、財務省関係者は「早晩、国民は忘れる」と期待しているに違いない。

仮に忘れたとしても、財務省への不信感は根強く残るだろう。財政再建に向けて増税など国民に負担を求めなければならない局面で、「財務省は嘘をつく」「どうせまた嘘だろう」と国民が思えば、政策実現が困難になる。間違いなく、財務省にとっては大きな負の遺産になる。

では、財務相はどうか。麻生氏の続投で、麻生氏の首に鈴を付けられない安倍晋三首相への信任は大きく揺らぐだろう。また、麻生氏の残留を批判する声が上がらない自民党にも不信感が募るに違いない。安倍内閣だけでなく自民党という組織にも大きな痛手になるだろう。

少しぐらい支持率が下がっても、受け皿になる野党がないから大丈夫。そんな風に自民党議員が思っているとすれば、手痛いしっぺ返しを食らうことになるだろう。

何よりも大きな問題は、国民が官僚や政治家を信用しなくなることだ。

欧米では地位の高い者はそれに応じて果たさなければならない社会的責任と義務があるという意味の「ノーブレス・オブリージュ」という言葉がしばしば使われる。

官僚や政治家がそうした精神を忘れれば、国民は誰も官僚や政治家を尊敬せず、信頼も寄せなくなってしまう。そうなれば、優秀な人材は官僚や政治家を目指さなくなり、より社会的な地位が低下する。そんな不毛の時代にならないことを祈るばかりだ。

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