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磯山友幸のブログ RSSフィード

2018-06-13

TBSが英国の「モノ言う株主」に突きつけられた、痛すぎる提案 背景には複雑な事情が‥‥

| 21:52

現代ビジネスに6月13日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56101

今年も盛り上がる「物言う株主vs.企業」

3月期決算企業の株主総会が佳境を迎える。

東京証券取引所の集計によると、今年の総会集中日は6月28日木曜日。東証1部上場の413社のほか、2部やマザーズ、JASDAQを合わせて725社が総会を予定する。全上場企業の31.0%だ。

次いで前日27日の437社(19%)、26日の361社(15%)、前週の金曜日である22日の359社(15%)と続く。

東証などは総会開催日が集中すると株主が複数の総会に行くことができなくなるとして、分散するよう企業に要請している。2017年6月総会は最も集中した最終木曜日が29.6%だったので、今年は昨年に比べて集中度がわずかながらも高まった。

経営者は「株主との対話は重要」と口では言いながらも、集中日に合わせて総会を開催することで、株主から厳しい意見をぶつけられる場となることを避けようとしているようにも見える。

そんな中で、特に注目されているのが総会に大株主が「議案」を提出する株主提案権の行使。

基準日の6カ月以上前から議決権の100分の1または300個以上の議決権を有する株主が、8週間前までに会社に通告した場合、会社は総会の招集通知に株主提案として記載、議題にしなければならない。その「株主提案」が今年も過去最高を更新しそうなのだ。

昨年2017年6月総会の株主提案は40社に出され、合計212議案が審議された。2016年は37社167件、2015年29社161件だったので、着実に増加している。

しかも昨年は、電子部品商社の黒田電気の総会に、旧村上ファンド元代表の村上世彰氏が関与する投資会社レノが社外取締役を選任する株主提案を提起。それが賛成多数で可決される異例の事態が起きた。

株主提案に対して経営者は「会社側としては反対」などとする意見を付すことができるが、最近では大手機関投資家株主にとって利益になる提案に賛成票を投じるようになっている。このため、経営者は株主提案の行方に神経をとがらせている。

TBSが振り回される「ある事情」

今年の総会で注目されている株主提案のひとつがTBSホールディングス(HD)に海外の大株主が突き付けた提案。TBSHDが保有する東京エレクトロンの株式を、TBSHDの株主に分配せよ、という内容だ。

海外株主英国のアセット・バリュー・インベスターズ(AVI)というファンドで、アクティビスト(モノ言う株主)型の投資を行っているとされる。アクティビストというのは、企業に経営改革や増配などを迫り、株価を上げて投資回収する投資家を言う。今年3月末時点で2%弱のTBSHD株を保有しているとみられる。

TBSHDが持つ東京エレクトロン株は770万株。発行済み株式の4.7%を持ち、事実上の筆頭株主だ。TBSHDが長年にわたって長期保有してきた政策投資株である。長期的な安定株主として株を持つ、いわゆる「持ち合い株」である。

AVIは、この770万株のうち4割に当たる306万4414株を株主に現物配当せよ、と要求しているのだ。

TBSHDの大株主には三井物産や三井住友銀行、三井不動産など大企業が名を連ねており、大株主とはいえ2%しか株を持たない海外投資家の提案が通る可能性は従来ではゼロだった。だが、今年は、そう簡単に結論を下すことができない「ある事情」があるのだ。

ある事情というのは、東京証券取引所が6月1日から施行した、「改定・コーポレートガバナンス・コード」。金融庁と東証が事務局をつとめる「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」がコードの改訂を今春とりまとめ、これを受けて東証が上場規則を変更した。

その「改訂・コーポレートガバナンス・コード」が金融機関や企業間での「株式持ち合い」に関する原則を大幅に見直したのである。

これまでのコーポレートガバナンス・コードでは、「政策保有に関する方針を開示すべき」とだけ規定していたが、これを「政策保有株式の縮減に関する方針・考え方など、政策保有に関する方針を開示すべき」とし、持ち合いを縮小することを公式に求めたのである。

また、従来は「中長期的な経済合理性や将来の見通しを検証し、これを反映した保有のねらい・合理性について具体的な説明を行うべき」としていたものを、一段と踏み込んだ規定に変えた。改定版の原則にはこう書かれている。

「個別の政策保有株式について、保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査し、保有の適否を検証するとともに、そうした検証の内容について開示すべきである」

つまり、株主が納得できるメリットが説明できないなら、持ち合い株は保有できない、としているのだ。

もちろん、コーポレートガバナンス・コードに盛り込まれた原則すべてに上場企業は遵守しなければならないワケではない。「コンプライ・オア・エクスプレイン」という欧米流のルールで、遵守できない場合にはその理由を説明すれば良いとされる。

もっとも、持ち合い株に経済合理性があるか説明せよ、という原則が守れない理由を述べることは困難とみられ、実際には遵守する以外に道はない。

日本的な「持ち合い」を説明できるか

このコーポレートガバナンス・コードに従ってTBSは東京エレクトロン株を保有し続けている理由を説明することになる。保有する770万株の時価はざっと1600億円。これを事業投資に回さず、株式として保有し続けている合理性を説明しなければならないわけだ。

総会招集通知でTBSHDは、株主提案には反対だとして、その理由を記載している。東京エレクトロン株は「投資の原資」として有効に活用している、としたうえで、現物配当した場合、180億円にのぼる課税を受けることになり、株主にとっても会社にとっても「共同の利益を損なうことは明らか」としている。

もっとも、銀行など既存のTBSHDの大株主も、英ファンド株主提案をムゲにできない「事情」がある。

生命保険会社や年金基金、信託銀行などの機関投資家は保険契約者や顧客などにとってどちらが利益をもたらすかを検討し、議決権を行使しなければならない。スチュワードシップ・コードという機関投資家の行動規範が示され、行動を縛られるようになったのだ。

つまり、英ファンドの提案どおり、東京エレクトロン株をもらうのがよいか、TBSHDにこれまで通り東京エレクトロン株を保有させておいた方がよいか、最終受益者の立場に立って判断することを迫られる。無条件にTBSHDの経営者に与するわけにはいかないのである。

日本企業の間でも、政策保有株を売却し持ち合いを解消する動きが広がっている。痛いところを付いてきた英ファンドの提案がどんな結果になるのか。TBSHDの株主総会も集中日である6月28日に開かれる。

2018-06-07

東芝、日大、財務省…トップが「腹を切らない」日本組織の病 無責任体質は信頼崩壊を生む

| 17:54

現代ビジネスに6月7日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55992

国民が納得していない財務省処分

森友学園問題を巡る財務省の公文書改ざん問題について、当事者である財務省が6月4日、調査結果と省内の処分を公表した。国会審議の紛糾を回避するために公文書を「改ざん」し、交渉記録を破棄したと認めた。

20人を処分したが、“主犯格”の佐川宣寿・元理財局長は「停職3カ月相当」としただけで、国民の目には「軽い処分」に映る。財務省のトップである麻生太郎財務相は、閣僚給与1年分の自主返納を決めたが、引責辞任は否定した。

あたかも軽微な間違いを犯しただけであるかのような財務省の対応だ。

現役やOBの官僚たちが異口同音に「考えられない」と語る公文書の「改ざん」という前代未聞の重大不正に、自ら身を正す姿勢を示すことができず、当初言われた「解体的出直し」とは程遠いものになった。

公文書の改ざんは、官僚として行ってはならない原理原則だ。それを指示した佐川元局長はまさしく「万死に値する」はずだ。

その噓に基づいた答弁を繰り返して国会を騙し続けてきたことは、民主主義を破壊する行為である。それが停職3カ月相当。約500万円が退職金から差し引かれるというが、もともと退職金は5000万円を超えるというから、痛くはない。

麻生財務相は、その佐川氏の所業の監督責任を負うのは当然として、「適材適所だ」として国税庁長官に昇進させた「不明」を恥じなければならない。当然、組織のトップとして全責任を負う立場である。

自主返納する1年分の報酬と言っても「財務大臣」としての手当て分だけで国会議員の歳費を返納するわけではない。金額はわずか170万円。数億円の資産を持つ麻生氏からすれば屁でもないだろう。

大手新聞は、編集局長や社会部長が筆を執り、厳しく批判しているが、麻生財務相を辞任に追い込むところまで徹底追求できるかとなると心もとない。

東芝も、日大も同類

トップが口では申し訳ないと言いながら、自らの責任については頰かぶりする事例が相次いでいる。

巨額の粉飾事件に揺れた東芝が典型だ。歴代3社長は引責辞任したものの、検察の調べではとことん自身の関与を否定し、結果、粉飾についての刑事責任は免れた。

「組織ぐるみではない」という判断で東芝という組織も上場廃止を免れ、「組織的な犯罪」だったのか、「個人の犯罪」だったのかグレーなまま、組織も個人も責任を取らないという結果になった。

財務省も20人もの処分者を出しながら、麻生財務相は「組織ぐるみ」を否定した。その一方で、「個人の犯罪」だともしない。個人の犯罪なら、懲戒解雇で退職金など払われないのが民間の常識だ。

東芝粉飾決算を「不適切会計」と言い続けてきたが、最後の最後になって「会計不正」という言葉を使った。財務省も「書き換え」と言い続けてきたものを今回の報告で初めて「改ざん」と書いた。

どちらも、犯した罪を世の中に「軽く」感じさせようという意図が働いていたとみていいだろう。

日本では伝統的に、高位高官の者が地位に恋々とすることを「恥」だと考えられてきた。出処進退に潔いことが高位にふさわしい人格者だというわけだ。

また、サムライ文化では、不名誉を被ることを「恥」とし、自らの行いが「末代までの恥」にならない事を心がけた。吏道ならぬ武士道に背くような不正の疑いをかけられただけでも腹を切った。部下の行いの全責任を負って切腹する侍も少なからずいた。

開き直って地位にとどまる麻生氏は末代までの恥を背負い込む事になるだろう。恥も外聞も厭わないとなれば、野党メディアがいくら批判をしても無駄だろう。

日本大学のアメリカンフットボール部の選手による危険タックル問題では、内田正人前監督が自ら指示した事を認めず、監督は辞めたものの常務理事に留まる姿勢を見せたため、世間の激しい批判を浴びた。外部の関東学生連盟に監督の指示を認定され、しかも永久追放という処分を下されて、初めて大学は常務理事の辞任を受け入れた。

問題が運動部の問題にとどまらず、大学の経営体制やカルチャーの問題にまで広がったにもかかわらず、田中英壽理事長は記者会見などを行っていない。トップとしての意識の欠如、責任感の欠如が、どうやら企業から大学、中央官庁、政治家にまで広がっているのだ。

トップが潔く腹を切るのは、組織を守るために他ならない。逆に言えば、潔くないトップが地位に恋々として留まったり、責任を認めずに言い訳に終始していればどうなるか。東芝の例を見れば明らかだ。

東芝は結局、最後まで決算書の「辻褄合わせ」に奔走し、虎の子だったはずの医療機器部門や半導体部門を切り離していった。

家電部門も中国の大手電機メーカー、美的集団に東芝ブランドごと買収された。最近では、パソコン部門が、台湾の鴻海精密工業の傘下に入ったシャープに買収されることになった。つまり、東芝はバラバラに解体される運命に直面したのだ。

誰も官や政を信用しなくなる

財務省はどうか。国民が今回の調査に納得していないのは明らかだ。これに対して、財務省関係者は「早晩、国民は忘れる」と期待しているに違いない。

仮に忘れたとしても、財務省への不信感は根強く残るだろう。財政再建に向けて増税など国民に負担を求めなければならない局面で、「財務省は嘘をつく」「どうせまた嘘だろう」と国民が思えば、政策実現が困難になる。間違いなく、財務省にとっては大きな負の遺産になる。

では、財務相はどうか。麻生氏の続投で、麻生氏の首に鈴を付けられない安倍晋三首相への信任は大きく揺らぐだろう。また、麻生氏の残留を批判する声が上がらない自民党にも不信感が募るに違いない。安倍内閣だけでなく自民党という組織にも大きな痛手になるだろう。

少しぐらい支持率が下がっても、受け皿になる野党がないから大丈夫。そんな風に自民党議員が思っているとすれば、手痛いしっぺ返しを食らうことになるだろう。

何よりも大きな問題は、国民が官僚や政治家を信用しなくなることだ。

欧米では地位の高い者はそれに応じて果たさなければならない社会的責任と義務があるという意味の「ノーブレス・オブリージュ」という言葉がしばしば使われる。

官僚や政治家がそうした精神を忘れれば、国民は誰も官僚や政治家を尊敬せず、信頼も寄せなくなってしまう。そうなれば、優秀な人材は官僚や政治家を目指さなくなり、より社会的な地位が低下する。そんな不毛の時代にならないことを祈るばかりだ。

2018-05-24

労働組合が「高度プロフェッショナル制度」に反対する本当の理由 日本型組織が大きく変わろうとしている

| 07:07

現代ビジネスに5月24日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55790

労働組合が嫌う「高プロ」

安倍晋三内閣が今国会の最重要法案と位置付けてきた「働き方改革関連法案」が成立する見通しとなった。自民・公明両党と日本維新の会など一部野党が協議の結果、法案の修正で合意。5月24日にも衆議院を通過する見通しとなった。

立憲民主党や国民民主党、共産党などは裁決に反対しているが、6月20日の会期末までには参議院でも可決され、成立することになりそうだ。

法案の柱は大きく分けて2つ。

残業時間の上限を原則「月45時間」、繁忙期の例外でも「月100時間未満」とし、それを超えた場合、罰則を科す。長時間労働の是正に向けた規制強化がひとつ。

もうひとつは年収1075万円以上の専門職社員に限って労働時間規制から外せるようにする「高度プロフェッショナル(高プロ)」制度の新設である。

連合など労働組合は前者の規制強化については賛成しているが、高プロの導入には強く抵抗している。これを受けて立憲民主党や国民民主党なども「高プロ」の法案からの除外を求めてきた。

左派野党は高プロ制について「定額働かせ放題プラン」「過労死促進法案」といったレッテルを貼り、高プロ制が導入されれば、対象社員が際限なく働かせられ、今以上に過労死が増えるとした。

「働かせ放題」阻止は自主性で

では、本当に高プロ制度の導入によって過労死が増えることになるのだろうか。

「いや、うちの会社では高プロの導入は難しいです」と大手製造業の人事担当役員は言う。製造業の場合、時間で管理するのが当たり前になっている上、管理職ではないヒラ社員に1075万円以上の年俸を支払うことは難しい、というのだ。

同様に、運送業や建設業など慢性的な長時間労働の業界でも、「高度プロフェッショナル」と呼べるような専門性を持ったヒラ社員はほとんど存在しない。

一方で、ソフトウェア開発などIT(情報技術)技術者を多く抱える企業では高プロ制の導入を歓迎する。「そもそも労働時間で評価できる業種ではないので、ようやく働き方に合った制度ができる」(IT企業の経営者)というのだ。

厚生年金の支払い実績などから見た年収1075万円以上の社員は、全体の1%未満。野党は、いったん制度が導入されれば、年収要件がどんどん引き下げられる事になりかねないと批判するが、現状では「高プロ」に移行する社員の数はそれほど多くはならないと見られる。

本当に「働かせ放題」にならないかどうかは、導入する企業が対象社員をプロフェッショナルとして扱い、自主性を認められるかにかかっている。不本意な労働を強いられれば、ストレスは大きくなり、過労死の原因になり得る。

維新などとの間で合意した修正には、対象社員が自らの意思で、高プロの適用を解除できるという文言が盛り込まれており、社員の自主性を重視する姿勢が強調された。

高プロが崩す日本型正社員

高プロの導入はこれまでの企業と社員の関係を大きく変える第一歩になるだろう。労働組合が高プロに反対する本当の理由はそこにあるように思う。

ごく一部とはいえ社員の中に「時間によらない働き方」をする人が生まれれば、社員の労働に対する考え方がバラバラになり、「団結権」をテコに同等の待遇改善を求めてきた従来の労働組合の「闘い方」に影響が及ぶ。そうでなくても組合の組織率は17%にまで低下している。

高プロの導入で、働く社員の意識も大きく変わるだろう。労働時間に関係なく一定の年俸を得る仕組みになれば、無駄な残業をする意味はなくなる。長く会社にいれば残業代が増えるという事はなくなるのだ。

そうなれば、いかに時間を短くして効率的に仕事を終わらせるか、という志向に変わっていくはずだ。まさに「働き方改革」である。

だからと言って、到底こなすことができない量の仕事を与えられては24時間働いても仕事が終わらない、ということになりかねない。企業としては、どれだけのアウトプットに対して、年俸を支払うのかをきちんと計量しなければならなくなる。

長年重要性が指摘されながら導入されてこなかった「ジョブ・ディスクリプション」が明確になっていくに違いない。高プロの社員には、何が「専門」なのかを明示し、仕事の範囲を決めなければ、評価ができなくなってしまう。

企業と専門社員の関係は、業務請負のような色彩を帯びるに違いない。そうなると報酬も「市場価格」へと、さや寄せしていくことになるだろう。毎年、一定の昇給をしていくというスタイルも崩れていくに違いない。

つまり、高プロの導入は、いったんその会社に採用されたら、定年を迎えるまで雇用が守られ、給与も増えていくという「日本型正社員」が崩れていく蟻の一穴になるのは間違いない。

「定額働かせ放題」と言うなら、現状の「管理職」の方が、問題は大きいのではないか。中小企業などでは年収1075万円以下の管理職は大勢いる。彼らは残業代もつかずに長時間労働を強いられている。

本来、管理職は自らに裁量権があるとされ、時間管理から外れているが、中間管理職の多くは実際にはヒラ社員と変わらない働き方を求められている。実際には管理していない「名ばかり管理職」問題もまだまだ存在する。高プロの導入をきっかけに、こうした名ばかり管理職の取り締まりを強化していくべきだろう。

いずれにせよ、高プロの導入が、日本の会社における「働き方」が変わる第一歩になることだけは間違いなさそうだ。

2018-05-16

国の借金を返す姿勢が見えないのに、国民には増税っておかしくない? そりゃ増税延期論が出てくるわけだ

| 16:42

現代ビジネスに5月16日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55684

本当に国民の負担なのか

「国の借金」の増加ピッチが鈍ってきた。

財務省が発表した2018年3月末の「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」は、1087兆円と過去最高を更新したものの、増加率は1.52%と、前年度の2.11%に比べて「鈍化」した。

2010年3月末以降は、3〜4%台の増加が続いていたが、2016年はわずかながら減少するなど、この3年間の伸び率は低くなっている。

アベノミクスによる企業収益の好転が、税収の増加に結びついており、それが借金の増加ピッチを鈍らせている。2017年3月末から1年間での増加額は16兆円あまりだった。

国債金利が低く抑えられていることも借金があまり増えなくなった要因だ。

大手メディアはこの発表を受けて「国の借金1087兆円、過去最大更新」と書いた。各紙がそろって「国民ひとり当たり859万円の借金を抱えていることになる」と書くのは、3カ月に1度このデータを財務省が発表した際の「決まり事」のようになっている。

GDP(国内総生産)対比では200%と、先進諸国に比べて高い水準にあり、多くのエコノミストが財政破綻してもおかしくないと警鐘を鳴らし続けている。

もっともGDP対比で示しても一般の国民にはぴんと来ないこともあってか、人口で割ってひとり当たりの国の借金額を示そうとしているのだろう。

各紙そろって「国民ひとり当たり」の数値を書くのは、それが説得力を持つと考えているからか。おそらく、財務省のクラブ詰めの記者が財務官僚に示唆されて書いているか、前年のスクラップブックを引き写して記事を書いているかのどちらかだろう。

だが、「国の借金は国民の借金だ」というのは本当だろうか。

もちろん、国には徴税権があるから、借金を回収するために増税すれば、国民が負担することになる。だが、国の借金返済を理由に増税することが本当にできるのか。

名古屋市長の河村たかし氏がかつて、「国の借金は国民の財産だ」と言い放った事がある。国の借金である国債は国民が持てば資産だというわけだ。

河村氏一流のレトリックだが、ギリシャのような国際価格の暴落(利回り上昇)が起きないのは、日本国債の大半は国内の金融機関や国民が保有しているからだ、という主張もある。

増税のための理由付け?

1000兆円という借金にしても、資産が600兆円以上あるので、差し引きのネットにすれば決して多い金額ではない、という見方もある。だが、いずれにせよ、毎年毎年の国家予算が赤字で、借金が増え続けていく事が健全であるはずはない。

ところが、政府は、本気で借金を減らそうとしている気配はない。国の借金を問題視する財務省にしても、借金を減らすことを目標にしていない。

1000兆円を超える借金で問題だと大騒ぎするのは、「増税を国民に納得させる理由」にみえる。借金財政を立て直すには増税は不可避だ、と国民を説得するためで、むしろ借金が増えていくことを歓迎しているようにすらみえる。借金が過去最大を更新した責任をとって辞めた財務次官も財務大臣もいないのだ。

財務省は予算も作るが、2018年度の一般会計予算は97兆7128億円。6年連続で過去最大を更新している。膨らみ続ける社会保障費の伸び率を抑制するのがせいぜいで、予算を削減しようという動きにならない。

借金返済などを除いた基礎的財政収支(プライマリー・バランス)の黒字化もできていない。そんな赤字予算を国会議員は賛成して通しているのだ。

もちろん、政府予算を圧縮すれば、景気にマイナスの影響を与えるという理屈も分かる。長く続いた大幅な公共事業の削減が、地方経済を疲弊させた面はある。

だが、景気にあまり影響のない歳出をカットし、より効果のある分野に振り向ける歳出先の見直しを行えば、もっと有効な予算の使い方ができるに違いない。ところが、今は、景気回復で税収が増えているものを歳出の拡大に振り向けている。

本気で借金圧縮を考えていない

一般の家庭が借金を抱えた場合、どうやって借金返済をしようと考えるか。支出を減らして収入のうちの借金返済を増やすのが第一だが、それでも借金が減らなければ持っている財産を処分して、借金返済に回すだろう。

ところが、日本政府はそうした努力はほとんどしていない。政府系機関の民営化と株式売却もなかなか進まない。本気で借金を返すのなら、日本郵政の株式はさっさと売り、政府系金融機関も株式上場して民有化を進めるべきだろう。

こうした資産売却は巨額の借金を抱えた国はどこでもやってきたことだ。旧ユーゴスラビアなど共産圏の国々では、国有企業やインフラなどが民営化され売却された。その多くは外国企業の支配下に入った。

日本国債は今ならば国民が持っている。本気で国の資産を売却しても多くは日本国民が持つことになるだろう。

政府も財務省も、国の借金を減らすためには増税が不可欠だ、という姿勢を強めて来るに違いない。とくに2019年10月の消費税増税は、財務省としては何が何でも譲れない。消費税率が8%から10%になれば、計算上は2兆円以上の税収増になる。

だが、消費は一向に強さを取り戻していない現状のまま、消費増税に踏み切れば、一段と消費が冷え込む可能性もある。来年10月までにオリンピックを控えて消費が大きく伸びてくれば、増税の影響を吸収できるかもしれないが、現状では五分五分といったところか。

いずれにせよ、本気で国の借金を返す姿勢が見えない中で、国民に負担増を求めるのは無理がある。消費増税再延期の議論が再燃してくることになりそうだ。

2018-05-10

身の回りで静かにジワジワ進む「物価上昇」に気づいていますか あとは賃金上昇が起これば…

| 08:15

現代ビジネスに5月10日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55604

光熱費、医療費の増が見た目を押し上げる

日本銀行が掲げる「物価上昇率2%」の目標に届いていないと批判を浴びているが、庶民感覚ではジワジワと物価が上っていると感じているのではないだろうか。そんな家計の実態が垣間見える統計が発表された。

総務省がこのほど発表した2017年度の家計調査によると、2人以上の世帯の家計消費支出は1ヵ月平均で28万4587円と前年度比1.3%増えた。家計消費が増加したのは4年ぶりのことで、それほど冷え込んでいたということだ。

消費にようやく明るさが戻ってきたのかと思いきや、そう単純ではない。物価変動の影響を除いた「実質」ベースの消費支出は0.4%増に過ぎず、物価上昇が見た目の消費を押し上げる結果になっている。

しかも、価格上昇が目立つのは、倹約しにくい分野が目立つ。

「光熱・水道」は物価変動を除いた実質の伸びは1.4%だったが、価格上昇を加味した実額ベースでは5.8%も増えた。月平均で2万2136円と月の消費全体の8%近くを占めるようになっている。

特に電気代が平均1万705円と8.4%上昇。使用量の増加もあるが、圧倒的に価格上昇の影響が大きい。電気代の上昇は、原油価格など原燃料の価格にスライドして自動的に料金が上がる仕組みのため、昨年来、原油価格が再び上昇傾向になったことが響いている。

小売電力については自由化によって新規参入などが増えているが、家計消費で見る限り、まだその恩恵は及んでいない。

医療費の伸びも大きい。「保健医療」への支出は1万3127円と4.1%増えた。価格上昇の影響を除くと2.9%の増加で、量・価格ともに上昇していることがわかる。

診療報酬の引き上げや薬価の改訂などで家計に占める医療費の割合はジワジワと上昇している。

特に、高齢者が主体の「無職世帯」の総支出に占める保健医療費の割合は6.1%に達し、勤労世帯の3.8%を大きく上回る。高齢者世帯に医療費が重くのしかかっている様子が浮かび上がる。

必需品分野の上昇、教育、娯楽を圧迫

携帯電話代など「通信費」も増え続けている。2人以上の世帯の平均通信費は1万3289円。額としては1%の増加だが、価格下落を加味すると3.5%実質で伸びている計算になる。利用する量が増えていることが通信費への支出を増やしている。

食費にもジワジワと価格上昇の影が現れている。食料への支出は7万3460円で、1.3%増えたが、価格の影響を除くと0.2%の増加にとどまる。

価格が上がったために見た目の消費が増えているわけだ。天候不順で野菜の価格上昇が話題になったが、実際には名目も実質も消費金額が前年度を下回った。野菜が高いというイメージが購入手控えにつながった可能性もある。

魚介類は実質で6.9%消費が減ってが、実額では2.1%の減少にとどまっており、価格が上昇する一方で消費は減っている。一方肉類は実質で1.8%増、実額で3.2%増となっており、“肉食化”が進んだことを示している。

こうした倹約が難しい必需品分野の価格上昇の結果、そのしわ寄せが他の消費の足を引っ張っている。

パック旅行や宿泊費といった「教養娯楽費」が実質で1.1%減少したほか、学習参考書が大きく減った「教育費」も実質4.0%の減少だった。

光熱費や医療費などの負担が重くなったのに対して、娯楽や教育といった生活に潤いを与えるための支出を削っている姿が見て取れる。

企業収益増を家計へ

物価上昇目標2%という日銀の方針は、長く続いたデフレからの脱却を目指すという点では重要な政策だろう。

だが、インフレによって真っ先に「被害」を被るのは家計である。ジワジワと広がる価格上昇は家計を直撃し、豊かさを失わせていく。

そうならないためには、大幅に増えている企業収益をもっと家計に回す必要がある。つまり賃上げだ。

安倍晋三首相は繰り返し「経済の好循環」を政策に掲げ、経済界に賃上げを求めてきた。2018年の春闘では「賃上げ3%」を呼びかけ、年収ベースでは3%の賃上げを達成する企業も多く出た。

賃上げが家計を潤し、価格の上昇を吸収できるようになれば、実質的な消費の増加に結びついていく可能性が出てくる。

4年ぶりに増加に転じた家計消費の中味は、まだまだ価格上昇による部分が大きく、積極的に消費を増やそうというムードにはなっていない。

賃上げが本格的に進まなければ、物価の上昇によって消費がしぼみ、実額では消費が増えているのに、実際には物が売れないという事態になりかねない。物が売れず再び価格競争に火がつけば、デフレの再燃である。

価格の上昇で企業収益が改善した成果をいち早く家計に回していく必要がある。

幸いなことに、人手不足は一段と深刻化しており、アルバイトの時給などもジワジワと上昇している。政府も最低賃金の引き上げを進める見通しで、賃上げによる効果が消費に現れてくれば、経済の好循環が動き出す。

もうひとつ、公共サービスの競争をさらに進めることが不可欠だろう。電力料金など光熱費の負担がまだまだ重い。通信の世界で起きたように、競争で価格が下がれば、新しいサービスが広がり、家計の支出が増えていく。同様に、医療費の効率化も重要だろう。

まずはプラスに転じた家計支出が来年度以降も増え続けるかどうかが注目される。