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磯山友幸のブログ RSSフィード

2014-12-09

あなたはタックス・ペイヤーか それともタックス・イーターか  税金の使われ方を透明化する

| 08:36

2011年の東日本大震災後にWEDGEで連載を始めた「復活のキーワード」は、日本を覆っていた悲観論を排して、前向きに「やるべき事」を提言することに狙いがありました。3年近く続きましたが、雑誌のリニューアルを期に、新しいコラムに衣替えすることになりました。最終回の原稿のブログ掲載が漏れていました。遅くなりましたが再掲します。オリジナルページ→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3886?page=1 


 東日本大震災をきっかけに始まったこのコラムは、単なる政策批判にとどまらず、日本復活に向けた具体的な提言をすることが狙いだった。諸外国の例や取材する経営者らのアイデアを盛り込んで、問題を指摘するだけではなく、新しい視点を提示するように心掛けてきた。中にはその後、政府の政策に反映されたものもあれば、まったくの空振りに終わっているものもある。震災から3年がたち、景気にも明るさが見えてきたので、ひとまず連載を終えることにしたい。

 もちろん、まだまだ日本は復活したと言える状況になったわけではない。中でも多くの知識人が「危機的」と指摘するのは、日本政府の過大な借金である。財務省が発表する「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」によると、昨年12月末時点の残高は1017兆9459億円。この連載を始める直前の2011年3月末は924兆3596億円だったから100兆円近く増えたことになる。借金は減るどころか増え続けているのである。

 財務省が強調するように、GDP国内総生産)対比でも増え続けており、13年末で日本は224%。米国の113%や英国の110%、イタリアの130%を大幅に上回る先進国最大の借金国になった。しかも毎年、増え続けているのだ。

 では、本気で借金を減らそうとすれば、どうするか。まずやるべきことは増え続ける借金を抑えること、つまり出血を止めることだ。企業でも家計でも、毎月の赤字を出さないようにするのは常識である。赤字を出さないためには収入を増やすか支出を減らすしかない。霞が関からすれば支出を減らすのは大変なので、収入を増やすことばかり考える。国の場合、国債などの借金も収入として扱われるので、どんどん借金する。あるいは税率を引き上げることで収入を増やそうとする。なかなか支出の削減には取り組まない。

 多くの国民は国の借金は大きな問題だと理解している。だからこそ、4月からの消費税率引き上げも受け入れた。収入と支出のバランスを借金なしに取り戻す水準を「プライマリー・バランス」と言うが、そこにはまだまだ遠い。支出の削減に本気で取り組まないので、赤字の垂れ流しが続いているのだ。

 もちろん、アベノミクスの成長戦略で経済規模を大きくすれば、GDP比の借金は小さくなる。また、景気が良くなれば税収も増えるので、赤字体質から脱却するには経済成長は不可欠だ。だが、ここまで積み上がった借金を減らすには、成長だけでは不十分。支出の見直しが不可欠なのだ。

 欧米には「タックス・ペイヤー」と「タックス・イーター」という言葉がある。前者は日本でも普通に使われるが、後者はあまり聞かない。税金を無駄遣いしている人と批判的に使うこともあるが、ここでは悪い意味には取らない。単に国家財政に「貢献している人」と「依存している人」と分けて考えてみる。

 政治家や公務員はどんなに良い仕事をして社会に貢献しても税金から給料をもらっている以上、「タックス・イーター」である。給与から税金を払っていると言うだろうが、元をたどれば税金である。年金生活者も広義の「タックス・イーター」だ。今まで保険料を払ってきたからもらうのは当然の権利だと言うだろうが、日本の年金は積立方式ではない。国が社会保障費を負担しなければ制度はもたないのだ。

 では、働いている人は全員が「タックス・ペイヤー」かというと必ずしもそうとは言えない。支払う税金よりも、行政から受けているサービスの方が多い人は「タックス・イーター」ということになる。もちろんひとりの人が「タックス・ペイヤー」と「タックス・イーター」の両面を持っているので、差し引きどちらかと考えるわけだが、「タックス・ペイヤー」より「タックス・イーター」が多いから借金がどんどん増えているとも言える。

 埼玉県の上田清司知事は、緻密なデータを駆使して行政刷新に取り組んでいることで知られる。例えば、県の一般会計予算(1兆6764億円)がどう賄われているかを県民数で割って示し、県税で賄っているのが8万4000円、借入金が4万7000円、地方交付税や国庫支出金が10万2000円と歳入構造を示す。一方で、県が支援する子育て支援は子どもひとり当たり5万4000円。さらに公立の小中学校の教育に関わる行政コスト3357億円を生徒数で割ると、ひとり当たり58万円になるという具体的な数字を県民に訴えている。つまり、どれだけの負担でどれだけの便益を得ているかを見える化しているのだ。

 上田知事は繰り返し「事実を知ることが大事だ」と訴えている。埼玉県のある学校の不登校率が6%に達していることが分かったことで、初めて本気になって有効な対策が打てた。その結果、翌年には不登校率は半分になった、という。このほかにも、犯罪発生率や、学力水準、果ては県税の徴収率など様々なデータを地域別に示すことで、状況の改善に結び付けてきた。事実を示して、問題の所在が分かれば、現場の人たちは改善しようと努力するのだ。

 埼玉県では県出資の民間会社などへの天下りを廃止し、民間人に経営を任せた。その結果、赤字が常態化していたこうした企業は黒字化した。埼玉県の職員数は人口比で全国で最も少ない。全国平均のほぼ半分の人数で行政を賄っている。

 国民や住民からすれば、行政サービスを充実させろ、というのは当然の要求である。だが、そのためにどれぐらいのコストがかかるのかが示されることはほとんどない。公務員は予算を使うのが仕事だから、コスト感覚は生まれない。さらに、行政組織はどんどん自己増殖していく。住民の要求を汲み上げる議員とコスト感覚なく自己増殖する公務員が組み合わされば、当然の帰結として赤字が慢性化し、借金のヤマになるのだ。

 借金が増えて大変だと騒ぐ財務省の官僚たちは、増税には一生懸命だが、支出を減らすためのコストの把握や公表には消極的だ。支出削減に行政サービスを縮小せよという声が強くなれば、それを支えている行政も同時にスリム化しなければならなくなる。そうなれば役所の権限も天下りポストも減っていく。残念ながら数字に弱い政治家は、役所の権益に斬り込んではいけない。

 あなたは、タックス・ペイヤーか、それともタックス・イーターか。前者ならば、もっと税金の使われ方に目を光らせよう。数字は嘘をつかないから、数字を基に理詰めで考えるべきだ。

 もし後者だと感じたら、同じ行政サービスがもっと安くできないか考えよう。官業を民間に移管できれば、タックス・イーターが減り、タックス・ペイヤーが増えることになる。このまま赤字を垂れ流していては、そのツケは国民に回ってくるのだから。

◆WEDGE2014年6月号より

2014-06-03

「良いものをより安く」から 「良いものをいかに高く売るか」へ

| 12:40

景気がだいぶ好転しています。消費税引き上げの影響も短期間で吸収できそうな気配です。その好景気のけん引役になっているのが、外国人旅行者です。多い月は100万人もの外国人が日本にやってくるのですから。彼らの消費意欲を刺激し、大いにおカネを落としていってもらわなければなりません。そんな原稿をWEDGEに書きました。 オリジナルページ→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3806

春の盛りになって日本各地は多くの観光客で溢れている。とくに目を引くのが外国人だ。日本政府観光局(JNTO)が3月19日に発表した2月の訪日外国人数は88万人と前年同月に比べて20.6%も増えた。もちろん2月としては過去最高である。その後も多くの外国人が日本を訪れている。まさに訪日ラッシュだ。

 引き金はアベノミクスによる円安である。円安になって外国人が日本に旅行する際の代金が大幅に安くなった。日本旅行が割安になったことで、アジア諸国を中心に日本旅行ブームが起きているのである。

 円安で訪日外国人が急増し始めたのは2013年2月から。33.5%も増えた。そこからさらに20%増えたのだから凄い伸びである。12年2月の54万人を底に、13年2月は72万人、そして今年は88万人だから2年前と比べると1.6倍、34万人も増えたのである。

 昨年1年間の訪日外国人は初めて1000万人を突破した。次のターゲットは2000万人だ。20年のオリンピック東京に決まったこともあり、このブームの火を消さなければ十分達成可能な数字と思われる。毎年10%ずつ増えれば20年にはほぼ2000万人になる計算だ。

 この訪日外国人の増加は、今後の日本の産業構造を転換する大きなきっかけになると見られる。1つ目が輸出産業中心から内需中心への転換。2つ目が、付加価値が低いとされてきたサービス産業の高付加価値化、そして3つ目が過剰なハコモノ投資中心からの脱却である。いずれも長年、日本の問題点として指摘されてきたものだ。では、訪日外国人の増加がどうして日本の根本問題を解決するきっかけになるのだろうか。

 1つ目の輸出産業から内需型産業への転換は分かりやすい。アベノミクスによる円安で、輸出が大きく伸びると期待されたが、実は思ったほど輸出は伸びず、逆に輸入額が急増したため、貿易収支が大幅な赤字になった。月間の貿易統計では、貿易赤字が20カ月も続いている。円安になってしばらくは輸出よりも輸入へのインパクトが大きいため、初めは貿易収支が悪化するが、しばらくすると急速に改善するという見方が強かった。この貿易収支の推移予想をグラフにすると「J」の字のようになることから、「Jカーブ効果」と呼ばれてきた。ところが、どうもJカーブ効果は無かったのではないか、という話になっている。

 13年の年間貿易統計を見ても、自動車の輸出額は円安によって増えているが、輸出台数はまったく増えていない。つまり、円安になっても輸出数量は伸びない体質に日本は変わっていたことが図らずも証明されたのだ。長期の円高の間に輸出産業はこぞって海外生産にシフトしていたから、当然と言えば当然である。

「ミキハウス」に殺到する外国人旅行客

 ところが円安によって思わぬところに波及効果が出ている。内需である。円安で日本にやってくる外国人観光客の多くは買い物が狙いだ。つまり、外国人の購買によって日本の国内消費の伸びが加速されているのだ。

 高級子ども服ミキハウスを展開する三起商行の木村皓一社長は、国内で売れている同社の高級子ども服のかなりの割合をアジアなどから来た外国人観光客が買っていると推定している。百貨店やアウトレットで遭遇する大勢の外国人の姿を見れば、納得がいく。円安が製造業の輸出ではなく、外国人旅行者による国内消費に直結。長年の課題だった外需から内需へという産業構造の転換を後押ししていると見ていい。

 もう1つが低収益に苦しんできたサービス産業の高付加価値化につながりつつある点だ。アジア諸国はここ10〜20年の経済成長によって、所得水準が上がると共に物価水準も高くなった。シンガポールなどを旅行してみると、現地のホテルや飲食費が予想以上に高いことに驚くだろう。

 長い間デフレが続いたことで、日本のサービス産業の価格は猛烈に低くなった。一部の規制が残る公共機関は別として、価格競争にさらされている飲食店や旅館・ホテルといったサービス業の料金は世界的に見ても驚くほど低い。老舗の高級日本料理店などで中国韓国の若い旅行者を見かけることも少なくない。せっかく日本に来たのだから、という旅行者としての趣向もあるが、豊かになったアジアの購買力から見れば、日本の高級品は十分に手が届く価格水準なのである。

 訪日外国人を2000万人にしようと思うと大きなネックがある。旅館やホテルなどの数が圧倒的に足りないのだ。特に人気の観光地は春の桜のシーズンなどホテルを取るのは至難だ。海外ではまだ知名度が低い地方の観光地では稼働率が上がっていないところもあるが、総じてホテルは不足気味だ。

 ホテルを新規オープンする動きも増えてはいるが、ハコモノを増やすことに抵抗を感じている企業が多い。地方の観光産業はバブル期の需要増に合わせて巨大ホテルを建設し、その後、低稼働率に苦しんだところが多いからだ。今回は同じ轍を踏まないようにしようと考える経営者がいても不思議ではない。つまり、需要は急増しているが、ハコモノ投資を増やす従来の日本型の行動には今のところなっていないのだ。

 2番目と3番目を合わせた答えは、需要増に対して新規の供給を増やすのではなく、品質を上げて価格を引き上げる戦略を取ることだ。外国人が求める、高級でも日本的な趣のあるものを増やしていく。つまり、「良いものを高く売る」戦略への転換だ。訪日外国人の消費増をきっかけに、安過ぎたサービス産業の価格を引き上げることができるだろう。ただし、ポイントは従来よりも質を上げること、そして日本の文化とのつながりを強調することだ。外国人主導内需をターゲットにした高付加価値化の実現である。


 それでは日本人が高くて買えなくなる、という批判も出そうだが、そんなことはない。サービス産業の賃金は総じて低い。収益性が改善することで賃金が上昇すれば、日本経済全体への波及効果は大きい。

 オリンピック以降も訪日外国人が増え続けると思う企業は新規投資をすればよい。だが、先行き一旦は減るとみれば、過剰投資は厳禁だ。それをせずに2000万人の外国人の需要を賄うには工夫がいるだろう。ホテルを新規に建てるのではなく、古い民家を活用したり、個人所有の建物を短期滞在に使ったりするのも手だ。

 こうした工夫はこれまでは様々な国の規制でできなかったが、安倍内閣では国家戦略特区を突破口に規制緩和に踏み切ろうとしている。

 高度経済成長期、日本企業の哲学は「良いものをより安く」だった。だが、豊かになりモノが満ち足りた今となっては「良いものをいかに高く売るか」が企業にとって大切になる。

◆WEDGE2014年5月号より

2014-05-08

国家戦略特区は 加工食品輸出を狙え

| 18:30

WEDGE4月号(3月20日)発売の連載記事「復活のキーワード」がようやくウェブ版「WEDGEインフィニティ」にアップされましたので、転載します。ちょっと古くなりましたが、国家戦略特区を使った農業の再生に向けた取り組みです。→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3722

 TPP(環太平洋経済連携協定)の交渉が難航している。農産物の関税を完全撤廃することを求める米国と、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖・でんぷんの「重要5項目」を撤廃対象から除外するよう求める日本政府の溝が埋まらないためだ。農業団体などは、関税を撤廃すれば安い農産物が流入し、日本の農業は壊滅すると言う。

 だが、関税で守り続けるだけで日本の農業が強くなるわけではないのも事実。しかも日本の農業は、従事者の高齢化や耕作放棄地の増加などで、このままではジリ貧になるのは農業関係者も認めるところだ。そんな農業の復興も安倍晋三首相が掲げるアベノミクスの柱の一つである。

 「私は今後10年間で、6次産業化を進める中で、農業・農村全体の所得を倍増させる戦略を策定し、実行に移してまいります」

 昨年5月、成長戦略についてのスピーチで安倍首相は言い切った。安倍首相は、過去20年で農業生産額が14兆円から10兆円に減り、生産農業所得が6兆円から3兆円に半減したと指摘。一方で農業に主として従事する「基幹的農業従事者」の平均年齢が約10歳上がり66歳になったことや、耕作放棄地が2倍に増えたことなどを示して、改革の重要性を訴えたのだ。

 安倍首相が言う「6次産業化」とは、第1次産業である農業を、食品加工などの2次産業や、販売・外食といった3次産業と組み合わせることで付加価値を高めようというもの。首相は「観光業や医療・福祉産業など、様々な産業分野とも連携することで、もっと儲けることも可能」とした。

 もちろん、いくら3次産業に手を広げても人口が減少する日本国内だけを相手にしていては、成長は望めない。世界の食市場は340兆円と言われるが、その中で、日本の農産物・食品の輸出額は、わずか4500億円程度(2012年)。しかも日本の農産物流通の基幹を担う全農グループの輸出額は12年度でわずか26億円に過ぎない。首相でなくとも「こんなもんじゃないはずなんです」と言いたくなる。安倍内閣は20年までにこの輸出額を倍増し1兆円にする方針を打ち出した。

 日本のおいしいコメや果物など農産物はまだまだ世界で売れる可能性を秘めているのは確かだ。だが、政府がいくら旗を振っても、6次産業化を進め、輸出を増やすのは民間である。いかにやる気のある農家の力を引き出し、農業分野に可能性を感じる他の産業分野の人たちを呼び込むかが重要だ。

 ところが、そんな民間の知恵や力を生かせない構造になっているのも農業である。アベノミクスの成長戦略を議論する産業競争力会議(議長・安倍首相)では民間議員の経営者から「岩盤規制」にがんじがらめの分野として、医療と並んで指摘されている。既得権にあぐらをかき、努力しなくても補助金がもらえる過保護農政が、日本の農業を弱くしてしまったのである。

 そんな岩盤規制に穴を開けようという「国家戦略特区」が動き出す。昨年末に法律が成立。特区に指定された地域・分野では国の規制が緩和される。国家戦略特区担当大臣と地域の首長、事業を行う事業者が合意すれば、規制権限を握る所管官庁の大臣は認めざるを得ない仕組みになっている。これまでにも歴代内閣が特区制度を作ったが、所管官庁が反対すると実現できなかった従来の特区とは大きく違う。アベノミクスの規制改革の目玉なのだ。

 国家戦略特区には、すでに民間事業者や自治体からいくつもの提案が出されている。その中には農業も含まれている。

弁当にすれば10倍の価格で売れる

 愛知県田原市に本社を置く農業生産法人、有限会社新鮮組の岡本重明氏も、特区提案を出している一人。農協を脱退して企業として農業に取り組むなど「闘う農家」としてメディアにもしばしば登場する改革派。タイなどアジア諸国で日本の栽培技術を生かしてコメなどの農産物生産にも乗り出している。

 そんな岡本氏には農業をベースに実現したいアイデアがいくつもある。その一つが地域の安全な食材を使っておばあちゃんが作った料理を弁当にしてそれを急速冷凍し、世界に輸出しようというもの。農産物を料理に加工することで、価格は大幅に高くなる。例えば、弁当のご飯にすれば、コメのまま売る価格の10倍にはなる、という。

 どんなに大規模化して効率化しても、農産物のまま輸出しようとすれば、世界水準の価格と競争しなければならない。ブランド化して高い値段で売ったとしても、日本国内での生産コストを吸収するのは容易ではない。しかも、それができるのは大規模化が可能な平野部の農家だけだというのである。

 山間部の小規模農家の農産物でも十分に太刀打ちできるようにするには、おばあちゃんの伝統の味のように付加価値を乗せなければ採算が合わない。より高く売れる仕掛けづくりが大事だというわけだ。

 コストをできるだけ引き下げ、付加価値をより高くする。企業としては当たり前の発想を岡本氏は追求している。用水路の水でミニ水力発電をし、用水路に沿ってすでにある高規格の農道にトロリーバスを走らせ、観光客を呼び込んで、駅には直売所やレストランを作る。岡本氏のアイデアは膨らむが、現在の農地利用の規制では実現はおぼつかない。特区の枠組みを使って新しい挑戦をしたいというのである。

 そんな岡本氏に共鳴する自治体の首長も現れた。兵庫県の山間部にある養父(やぶ)市の広瀬栄市長だ。岡本氏と共に特区申請に乗り出した。全国一律の画一的な規制によってやりたいことができないのはおかしい。養父市に最もふさわしい制度運用をさせて欲しいという思いから、岡本氏と共同歩調を取ることにしたのだという。「これで国家戦略特区に指定しないなら、俺は日本を捨てる」とまで岡本氏は言う。


 農産物にいかに付加価値を乗せて輸出するか。実はこれは世界標準の戦略でもある。農水省はイタリアと日本を比較する資料をまとめている(表)。それによるとイタリアの農林水産物・食品輸出額(11年)は3兆4679億円(11年の為替レート)で、その43%をパスタやワイン、チーズ、オリーブオイルなどイタリア料理に欠かせない加工食品が占める。世界にイタリア料理が広がると共に、食材輸出も増えているというわけだ。一方でみそや醤油、日本酒など日本食関連食材は4000億円の輸出額の15%に過ぎない。

 世界で日本食はブームだ。レストランでの外食にとどまらず、家庭の日常の食事にも日本食が浸透していけば、食材輸出につながっていく。付加価値の高い農産品の輸出を増やそうと思えば、日本の文化やファッション、ブランドなどと共に売り込んでいく必要が出て来る。それを農協や農家だけにやれと言っても難しいだろう。様々な分野の人々が一緒になって日本の農業を盛り立て世界に売り出していく。そのためには岩盤規制の殻に閉じこもった農業からの脱皮が不可欠だろう。

◆WEDGE2014年4月号より

2014-03-27

日本人留学生の倍増で 民間外交の活性化を

| 23:43

外交と言うと、政治家や職業外交官の守備範囲という印象が強くあります。しかし、国と国の付き合いも基本は人と人。民間の国民同士の親密度が深まれば、国と国との親密度も増すのです。つまり、民間外交が重要なわけです。ところがここ10数年、日本の民間外交力が落ちていると言われてきました。それが、国と国との関係緊迫化などにつながっているようにも思います。ウェッジ3月号(2月20日発売)に掲載された記事です。 オリジナル→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3630?page=1


 スイスと日本が国交を樹立して今年で150年になる。スイスからの遣日使節団が江戸幕府との10カ月におよぶ交渉の末に「日瑞修好通商条約」を結んだのは1864年2月6日のこと。150年後の今年2月6日には東京・六本木ヒルズで公式開会イベントが開催されたほか、記念切手も発行された。今年1年、美術展やコンサートなど様々な記念イベントが開かれる。

 幕末の文久3年(1863年)に遣日使節の団長としてやってきたのは、エメ・アンベール氏。職業外交官ではなく、スイスの時計協会の会長を務める民間人だった。帰国後には10カ月の滞在中の見聞録を挿絵と共に出版、当時の欧州での日本ブームに一役買った。日本語訳が『絵で見る幕末日本』として講談社学術文庫に収められている。

 民間人が首席全権だったのは貿易が主目的だったからに他ならない。日本に時計や機械などを売る一方で、日本からは生糸などを買い付ける。使節団に加わっていた24歳のカスパー・ブレンワルドは条約締結後も、そのまま開港地の横浜に留まり、貿易に本腰を入れる。1865年にシイベル・ブレンワルド商会を設立したが、幕末創業のこの会社は社名変更や合併を経て、今もDKSHジャパンとして活動を続けている。同社の社屋に駐日スイス領事館が置かれたこともあった。ブレンワルド自身も総領事を務めている。

 150年にわたるスイスと日本の関係は、民間が切り拓き、民間が支えてきたと言ってもよい。今でも両国間には政治的な懸案はないが、日本からスイスを訪れる観光客は多く、スイスは日本人にとって憧れの地。スイス人にも日本贔屓が少なくない。資源小国にもかかわらず勤勉さと教育の高さで世界有数の経済力を身に付けたことなど共通点が少なくないことも、親日派、親スイス派を生んでいる要因だろう。

 外交は国と国との付き合いだ。だが、その基本に人と人とのつながりがあることは言うまでもない。国民同士の交流があって国同士も親密になる。民間の関係強化が不可欠なのだ。

 人と人とのつながりを深める最も端的な方法は、留学生の交換である。若く柔軟な青年のうちに相手の国に住めば、多くの場合、その国のファンになる。彼ら彼女らが様々な世界で重要な役割を担うようになれば、国と国との架け橋となっていく。

 日本学生支援機構の調査によると、12年5月現在で日本の大学や短大、専修学校に在籍する留学生は13万7756人。2000年には6万4000人だったから、12年で2倍以上になった。政府が積極的に留学生を受け入れていることもあるが、アジア諸国を中心に経済が成長し、豊かになった人たちが子弟を日本に送り出すようになったことが大きい。

 ところが、この増え続けていた留学生数に異変が起きている。14万1774人と過去最高を記録した2010年をピークに2年連続で減少したのだ。中国韓国からの留学生が減ったことが大きい。尖閣諸島を巡って日中の対立が深刻化した後の13年5月の数値も近く発表されるが、おそらくこの傾向は変わりそうにない。

 一方、さらに深刻なのが、日本から海外に行く日本人留学生が激減していることだ。文科省がまとめた資料では、04年の8万2945人をピークに、最新のデータである10年の5万8060人まで6年連続で減少している。

 安倍晋三首相が推進するアベノミクスでは、昨年6月に閣議決定した「成長戦略」の中に「2020年までに留学生を倍増する」という成果目標を盛り込んでいる。大学生などの留学者数を12万人にしようというのだ。そのために、日本の初等中等教育から大学のあり方まで大きく見直すとしている。これに呼応する形で、20年までに日米間の留学生をともに倍増させるといった計画や、日本の国立大学の受け入れ留学生数を20年までに倍増させるといった方針が次々と打ち出されている。

外交の背後に民間力 遣欧使節に学ぶこと

 今年1月、超党派の日米国議員連盟が米国ワシントンを訪問した。ほとんど切れてしまった日米の議員同士の人間関係を復活させる狙いだった。当初は野党議員も参加予定だったが、結局、議連会長の中曽根弘文・元外相と塩崎恭久・元官房長官、小坂憲次・元文科相の3人での訪米となった。「予想以上に多くの上院議員らに会うことができ、今後交流を深めるきっかけになった」と塩崎議員は言う。

 しばしば「外交は票にならない」と言われる。とくに小選挙区制になって議員の当落が定まらなくなると、外国に行く暇があるなら選挙区へ帰るという国会議員が増えた。日米だけでなく、日中や日韓の議員同士のパイプはかつてないほどに細っている。

 日米の国会議員を結び付ける役割を長年担ってきたのは、実は民間人だった。財団法人日本国際交流センターの理事長だった山本正氏。冷戦時代から日本と国際社会の橋渡し役を務め、「下田会議」などを開催してきた。与野党問わず議員の交流を助けたほか、民間企業の経営者同士の仲立ちもした。12年に亡くなったが、山本氏のような「民間外交」を担う民間人がいなくなったことを惜しむ声は多い。

 20年に留学生を倍増するという目標を達成したとしても、その効果がすぐに出るわけではないが、時間とともに民間交流の絆は着実に太くなるはずだ。数年単位で日本に住む外国人留学生は、日本贔屓の核になるのは間違いない。だが、ファンを増やすのは留学生ばかりではない。

 日本を短期間に訪れる訪日外国人数は昨年、初めて1000万人を超えた。円安によって旅行費用が安くなり、東南アジア諸国などからの観光客が急増していることが背景にある。日本を訪れた旅行者が、日本ファンになり、リピーターになってくれれば、まだまだ訪日外国人数は増えそうだ。

 尖閣問題以来大幅に減っていた中国からの旅行者も底打ちしつつある。韓国からの旅行者も伸びており、年間2000万人になる日もそう遠くない。日本のファンが増えれば、外交もスムーズになるだろう。

 もちろん、ビジネス関係を太くすることも重要だ。スイスとの150年にわたる親交を思い返せば明らかだろう。

明治維新の後、岩倉具視を特命全権大使とする日本政府の使節団が米欧諸国を歴訪した。その最後にスイスを訪れるのだが、その際、かつて遣日使節団長だったアンベール氏は日本使節を歓待する。随員の久米邦武がまとめた『米欧回覧実記』(岩波文庫所収)はそのことに触れ、こう書いている。

 「ソノ友愛ノ摯ナル、礼敬ノ厚キ、情誼掬スベシ」

 異国の地で触れた友情に感激したのである。外交の基本はそこにある。

◆WEDGE2014年3月号より

2014-02-27

個人所得課税を引き下げ 世界の富裕層から税収獲得

| 14:41

もっと金持ちから税金を取れ、というのは溜飲が下がりますが、グローバル化している中で、そんな事をすれば大金持ちは逃げていきます。ならばということで、租税逃避の取り締まりを強化する動きも強まっています。一方で、税率を低くして大金持ちを集めようという国もあります。まるで北風と太陽。日本は北風政策でいくのでしょうか。ウェッジ2月号(1月20日発売)に書いた記事です。オリジナルウェブ → http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3560


 一時期、日本を捨ててシンガポールや香港、スイスなどに移住する日本人富裕層が急増していた。日本の所得税や相続税が国際的に高いため、税率が低かったり、課税されなかったりする国に移ってしまおうというのが動機だった。シンガポール政府などは日本人の金持ちをターゲットに、移住を勧誘していた。富裕層を顧客とする信託銀行やプライベートバンクは、そんな富裕層が日本から“逃避”する手伝いで繁盛していたものだ。

 先日、信託銀行のトップと話をしていたら、そんな富裕層顧客の行動に変化が出ているという。所得増税や資産課税に意欲を見せていた民主党政権が崩壊し、自民党に戻ったことで、富裕層が日本に逆流して戻って来ているのかと思ったら、そうではないという。移住先が米国に変わりつつあるというのである。

 理由の一つは、世界中で資金のチェックが厳しくなったこと。スイスなどタックスヘイブン(租税回避地)と呼ばれた国・地域への締め付けが厳しくなり、課税回避を狙った資金などを安心して置いておける場所がなくなった。スイスは、銀行の顧客情報を税務当局にすら開示しない「銀行守秘義務」のルールを伝統的に守ってきたが、米国などの猛烈な圧力によって風前の灯となっている。

 つまり、移住してまでタックスヘイブンに資産を移す意味合いが薄れたのだ。そんな中で、金持ちが資産を守るのに最も安全な国はどこか。高所得の起業家やビジネスマンを守ってくれるのは、やはり、資本主義の砦でもある米国だろう、というわけだ。そんな発想から米国への移住が増えているのだという。気候も温暖で日系人も多いハワイやカリフォルニアが人気らしい。

 もう一つの理由は、自民党政権に変わったものの、金持ちを国内につなぎ止めようという政策が一向に出て来ないことだという。安倍晋三首相は2013年9月25日にニューヨーク証券取引所で行った演説で、「私は日本を、アメリカのようにベンチャー精神のあふれる『起業大国』にしていきたいと考えています」と語った。そのためにアベノミクスで規制改革などを思い切って進めるので、日本へ投資して欲しいと訴えたのである。

 日本では最近、起業して株式を上場し、その売却益を得た創業者が高額所得者になるケースが増えている。安倍首相の演説に起業家は奮い立ったのかと思いきや、見方は厳しい。

 「所得税率は50%を超え、会社からの配当にも高い税率がかかる。これでは起業家はたまらない。この国の政策は起業家絶滅政策ではないのか」

 そう、ベンチャー企業の創業者の一人は語る。首相の「思い」と政策がミスマッチを起こしているというのだ。

 政権交代直後に自民党政権がまとめた13年度税制改正大綱では、所得税の最高税率を40%から45%に引き上げることを決めた。これが15年1月から実施される。日本の最高税率は1999年にそれまでの50%から37%に引き下げられたのだが、07年に40%に引き上げられていた。これを一気に45%にするというのである。

 所得には国税のほか、復興特別所得税(税額の2.1%)と地方税の個人住民税(一律10%)が課される。15年からの最高税率は55.945%になる。

 対象は年収が4000万円以上の人である。金持ちから税金をたくさん取るのは当然だと国民の多くは溜飲を下げるだろう。だが、実はこんなバカな政策はない。もともと高額所得者は多額の税金を納めている。税率を上げれば海外への逃避を促すことになる。税率を上げても、高額所得者が海外に出れば、税収は逆に減ってしまうのだ。

税収を増やすなら金持ちイジメは逆効果

 今や世界の国々は、どうやって高額所得者を自国に呼び込むかに知恵を絞っている。方策の一つは税率を低く抑えることだ。税率を低くしても高額所得者が多くなれば、税収は増える。

 スイスは26ある州・準州ごとに所得税率が違う。国税・自治体税・教会税を含めた税率は、最低のツーク州で所得が20万スイスフラン(約2000万円)の場合、10.51%。首都ベルンの20.99%の約半分だ。ツーク州には国内外の高額所得者が移住し、00年から12年の間に居住者人口が17.3%も増加した。しかも、居住者の25%が外国人になっている。富裕層獲得を狙って州の間で、税率競争をしているのだ。

 こうした税率競争は、欧州では、国と国の間でも起きている。英国は13年4月にそれまで50%だった最高税率(地方税はなし)を45%に引き下げた。一方で、ドーバー海峡をはさんだフランスは14年から「富裕税」を課す方針だ。オランド大統領の目玉政策だったが、フランス国内で反対が巻き起こっている。当初は100万ユーロ(約1億4000万円)超の所得に対して75%の税率を課す方針だったが、憲法違反との判断が下り、高額の給与を支払った企業から徴税することとなった。社会保険料を含めた実効税率は約75%になるという。

 これに対して、サッカーのプロクラブがストライキを行う構えを見せたり、有名俳優がフランス国籍を放棄してロシア国籍を取得したりする動きも出ている。かつてフランス革命が起きた時代とは異なり、富裕層といっても既得権を独占する王侯貴族や資本家ではなくなったということだろう。税率の変更は富裕層に国を見限らせることになりかねないのである。

 米国の所得税の最高税率は39.6%。これに地方税が加わる。日本の財務省の資料によると、ニューヨーク市の場合は50.10%だ。これまで日米英の最高税率は50%でほぼ横並びで、財務省はこれを、日本の最高税率は妥当だという論拠に使ってきた。

 ところが、最高税率が引き上げられる15年からは日本が米英を大きく上回る格好になる。日本の富裕層が米国に移住しようとする理由はここにもあるのだ。財務省は、今度はフランスの富裕税でも持ち出して最高税率引き上げの妥当性を強調するのだろうか。

 金持ちイジメは止みそうにない。政府は昨年12月24日、14年度税制改正大綱を閣議決定した。13年から給与所得控除に上限が設けられ、給与所得1500万円以上は245万円で打ち切りとなっていたが、大綱では、さらに上限を厳しくする。16年分の所得からは給与所得1200万円で控除額230万円が上限となり、17年分からは1000万円で220万円が上限となる。高額所得者からより多くの税金を取る、という姿勢が続いているのだ。

 国債など国の借金が1000兆円を超えた日本。本気で税収を増やしたいのなら、世界中から金持ちが集まってくる国にすることだろう。

◆WEDGE2014年2月号より