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磯山友幸のブログ RSSフィード

2018-12-03

日産はゴーンを見捨て経産省を選んだのか 半年前、経産OBが社外取締役に就任

| 18:07

PRESIDENT Onlineに11月27日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://president.jp/articles/-/26826

高額批判を恐れたという「動機」は説得力に乏しい

日産自動車の会長だったカルロス・ゴーン容疑者が電撃的に逮捕されて1週間余り、公表している報酬以外に毎年10億円の報酬を得ていたとする報道や、海外での高級住宅の提供や家族の旅行費用の負担、果ては高級スポーツカー「GT‐R」の無償提供などさまざまな「私的流用疑惑」の報道がなされている。

庶民感情を逆なでするには十分な話には違いないが、本当にそれを犯罪として立件できるのか、公判が維持できるのかとなると、首をひねる専門家が多い。

逮捕容疑は金融商品取引法違反の有価証券報告書虚偽記載罪。報酬として本来記載すべきものを意図的に隠して記載せず、報酬を過少に見せた、というものである。有価証券報告書(有報)には10億円を超すゴーン容疑者の報酬額が記載されており、高額批判を恐れて金額を誤魔化したという「動機」は説得力に乏しい。「絶対権力者」だったゴーン容疑者からすれば、20億円が高いと批判されても痛痒に感じなかったはずだ。

会計専門家は「ゴーンは無実だ」と指摘している

案の定、東京地検特捜部の調べに対して「自らの報酬を有価証券報告書に少なく記載する意図はなかった」と容疑を否認している、と報道された。

また不記載だった「報酬」については、その後の報道で、「実際に受領した報酬」を隠していたわけではなく、退職後に別の名目で支払うことを「約束した金額」だった、という話も出てきた。契約した報酬を受け取るのが退任後だとしても契約書は毎年交わされているから、その年度の役員報酬として記載し開示する義務があった、というのだ。

だが、これをもって有報の虚偽記載だとする事には多くの専門家から疑問の声が上がった。さまざまな会計不正を批判してきた会計専門家の細野裕二氏は「そもそも会計人の眼から見れば、これは罪の要件を満たしていない」としてゴーンは無実だと指摘している。

有報虚偽記載罪はもともと粉飾決算を想定した罪で、誤った情報を信じて株式を売買した投資家が損失被害にあうのを防ぐことが目的だ。粉飾は利益を実態以上によく見せようとする「犯罪」だから、投資家保護の観点から許すことはできない大罪といえる。

有報虚偽記載罪はあくまで「突破口」にすぎない

今回の逮捕容疑である報酬の未記載によって、果たして投資家を惑わし、実際に被害が発生したのか。しかも、逮捕して身柄を押さえるほどの重罪なのか、というと大いに疑問が残る。

あの東芝の巨額粉飾決算ですら、ひとりも逮捕者が出ていない中で、ゴーン容疑者と側近のグレッグ・ケリー容疑者だけが逮捕された。現職の企業トップをいきなり逮捕すれば、事業運営に多大な影響が出かねない。通常ならば任意での捜査を繰り返し、逮捕するとしても株価に影響の出ない週末に行うのが常道なはずだ。

そこで多くの専門家は有報虚偽記載罪はあくまで突破口だと考えている。朝日新聞の元記者で自動車業界に詳しい井上久男氏も、「もっと凄い話が入っていると見るべき」と指摘している。

安倍政権に近い財界人のひとりも、「あれは別件逮捕ですよ。脱税か特別背任が本筋でしょう」とみる。

ヤメ検は「無罪」を主張せず、事件を「小さく」する

NHKの特別番組ではオランダに設立した日産自動車のペーパーカンパニーに、海外の高級住宅などを買わせていた“私的流用”が詳細に報道されていたが、社長宅や社用車の提供なら多くの日本企業が行っており、それを「犯罪」として断罪するのは簡単ではなさそうにみえる。日産の外国人専務が司法取引に応じてさまざまな社内証拠を特捜部に提出しているといい、今、表面に出ているものが本命ではなく、重大な背任行為などがこのペーパーカンパニーから今後明らかになってくるのかもしれない。

ゴーン容疑者の弁護人には東京地検特捜部長、最高検検事東京地検次席検事最高検公判部長などを歴任した大鶴基成氏が就いたという。まさに「大物ヤメ検弁護士」だが、これでひとつの「流れ」が推測できる。

通常、ヤメ検が事件を担当した場合、検察に真っ向から対決姿勢を取って「無罪」を主張するのではなく、事件を「小さく」する。ゴーン容疑者が有価証券虚偽記載罪を受け入れれば、執行猶予で収監されずに済むというシナリオだ。

日産の日本人幹部による追い落とし計画だったのか

認めなければ特別背任や脱税といった「本丸」に突き進み、有罪になれば実刑判決もあり得る。世界を代表する経営者が一転して日本の刑務所に収監されるというのはゴーン容疑者本人にとっても耐えられない屈辱に違いない。

だが、かつて何度か取材した経験から言えば、「強気」のゴーン容疑者がすんなり有罪を認めるとは考えにくい。あくまで無罪を主張すれば、検察は「本丸」の疑惑追及に突き進むのだろう。

今回の逮捕を巡っては別の要因がある、との見方もある。ゴーン容疑者に対する社内調査と同時期に、ルノーによる日産統合の話が急浮上していた。大株主であるフランス政府がゴーン容疑者に圧力をかけ、日産を完全に統合する方向にもっていくよう求めていたという。

これまでは日産の独立性を守ることを掲げていたゴーン容疑者が、その圧力に屈し、日産と合併する方向に動き出したのが、日産の幹部を慌てさせたのではないか、というのだ。つまり、今回のゴーン容疑者の不正追及は、日産の日本人幹部による追い落とし計画だったのではないか、というわけだ。

日産がここ半年、経産省に急接近していたのは間違いない

NHKの番組では、社内の不正追及をした監査役らのグループは、取締役会で不正と疑われる「重大な私的流用」疑惑について、取締役会での指摘は避け、いきなり特捜部に持ち込んだとしている。「取締役会で疑問をぶつければ、握りつぶされてしまう」としていたが、本来ならば、まずは取締役会で問題を追及し、不正を糺させるのが正攻法だ。やはり、初めからゴーン容疑者を退任に追い込むことが狙いで、半年以上前からの周到な準備があったとみることもできる。

メディアでは、日本政府経済産業省がしかけた「陰謀説」まで登場しているが、政府主導というのには少々無理があるだろう。ただし、日産がここ半年、経産省に急接近していたのは間違いない。

日産は2018年6月の株主総会で、元経産官僚の豊田正和氏を社外取締役に選任した。1999年にルノーに救済を求めてゴーン容疑者がルノーから入り、改革に乗り出して以降、日本の経産省日産の関係は一気に「疎遠」になった。一時は経産次官OBに「日産はもはや日本の会社ではありません」と吐露させるほど、役所の言うことをきかなくなっていた。それが大転換したのである。

経産官僚「日産が大勝負に出ようとしていると感じた」

豊田氏は経済産業審議官の後、内閣官房参与などを経て、日本エネルギー経済研究所の理事長に就任。その後、キヤノン電子や村田製作所の社外取締役になっていた人物だ。その経産OBを日産は受け入れたのだ。「何か、日産が大勝負に出ようとしていると感じた」と経産官僚は言う。

西川廣人社長が、2017年の4月に共同CEO(最高経営責任者)兼副会長からCEO兼社長となり、ゴーン容疑者が日産のCEOから外れた(ルノーや三菱自動車、ルノー日産会社はその後も会長兼CEOだった)タイミングで、ルノーからの自立を模索する動きが始まっていたのかもしれない。それと、ゴーン容疑者の不正追及が一体のものなのかは、今の段階では分からない。

だが、会長を解任してゴーン容疑者がいなくなった日産を「救う」ために日本政府や財界が動き出す可能性は十分にある。ゴーン容疑者逮捕直後から安倍首相官邸日産関係者が出入りし、財界首脳にもルノー・日産・三菱自動車のグループ全体を今後統括する「後任会長」を出すよう依頼が出ているとされる。

フランス政府やルノーはグループ全体のトップをルノーから出すよう求めてくるとみられるが、これに対抗する「日の丸連合」を作ろうということのようだ。

ゴーン氏の不正摘発が陰謀かどうかは別として、ルノーと日産の今後が、両国政府の懸案事項になることだけは間違いなさそうだ。

2016-09-09

シン・ゴジラ、「霞が関」の現実と虚構の境目 「プロ」の官僚たちもリアリティに共感

| 16:45

日経ビジネスオンラインに9月9日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/083000015/090800012/ f:id:isoyant:20160909151701j:image:right

日経ビジネスオンラインでは、各界のキーパーソンや人気連載陣に「シン・ゴジラ」を読み解いてもらうキャンペーン「「シン・ゴジラ」、私はこう読む」を展開しています。※この記事には映画「シン・ゴジラ」の内容に関する記述が含まれています。


NHKアナ・堀潤さんに勧められて

 「シン・ゴジラ観ましたか。私はもう2回観ちゃいました」──。8月上旬にTOKYO MXテレビの『モーニングCROSS』という番組にコメンテーターとして出演した際、メイン・キャスターの堀潤さんがシン・ゴジラを激賞していた。「ネタバレになるから言いませんけど、永田町霞が関の描写がなかなかなんです」。

 堀さんは元NHKのアナウンサー。NHKを辞めたのは、東京電力福島第一原子力発電所事故のNHKの報道姿勢をツイッターで批判して報道担当を外されたからだとされている。福島原発事故をジャーナリストとして見続けてきた人だ。

 もともと初代ゴジラは、ビキニ環礁水爆実験などが社会を揺るがしていた時代に、核が生み出した怪獣として誕生した。ゴジラに夢中になった筆者世代にとって、それは常識だから、堀さんがシン・ゴジラを激賞する理由もすぐに想像できた。さっそく翌日、観に行った。

霞が関官僚が真っ先に食いついた

 シン・ゴジラは、「想定外の危機」に政治家や官僚たちが立ち向かう一種の政治ドラマだ。子供向け怪獣娯楽映画かと思って観ると、理屈っぽく、話が複雑。リアリティが強すぎる。逆に言えば、政治家や官僚の動きを見事に再現した「プロ受けする」映画と言っていいだろう。危機管理に仕事で関わる霞が関官僚が真っ先に食いついたのはこのためだ。

 経済産業省改革派官僚として公務員制度改革などに携わり、退職して独立した後も改革の仕掛け人の役回りを担っている原英史・政策工房社長など、官僚の視点からシン・ゴジラの出来を解説する記事を新潮社フォーサイトに書いてしまったほどだ(フォーサイトの該当記事)。

官僚の目から見ても「違和感なし」

 経産省から内閣官房の危機管理担当部局に出向した経験もある原氏はこう書いている。「映画にも出てくる『内閣危機管理監』の下、当時、東海村JCO臨界事故(中略)など、オペレーションルームでの対応にあたった経験があるが、それに照らしても違和感はほとんどない。それぐらい、よく関係者に取材して作られていると思う」

 官僚の目から見ても「違和感がない」仕上がりになっているというのだ。つまり、映画が描く政治家や官僚たちの行動がリアルなのである。

 福島第一原発の事故では、政府や東電、国会、民間などがそれぞれ事故調査委員会を設け、膨大な報告書を残した。手元に国会事故調がまとめた報告書があるが、報告書本編だけでも641ページに及ぶ。映画のシナリオを作る段階では、こうした報告書をかなり読み込んだのだという話がプログラムに書いてあり、なるほどと合点がいった。

 さらに事故当時、内閣官房長官だった枝野幸男氏にもインタビューしている。詳細はこのシリーズのインタビュー記事に書かれているので読んでいただきたい。(記事「枝野氏だからこそ語れるシン・ゴジラのリアル」)

 シン・ゴジラ福島第一原発事故をモチーフにしているのだ。「想定外」の危機に直面した時、政治家や官僚たちはどう動くのか──。シン・ゴジラはそんなテーマが下敷きになっている。娯楽映画を装いながら社会派の映画なのだ。

 国会事故調の報告書には官邸に対する厳しい言葉が並ぶ。

 「危機管理意識の不足」、「指揮命令系統の破壊」、「政府官邸の役割に関する認識の不足」──。官僚機構に対しても、「政治家に対する事前説明の不足」、「平常時の意識にとらわれた受動的な対応」、「縦割り意識による弊害」と辛らつな評価が下されている。

原発事故時の官邸は大混乱

 そして、当時のドラマの一部が再現されている。報告書に出て来る当時の福島第一原発の吉田昌郎所長(故人)の証言はこんな具合だ。

 「(官邸にいた東電の)武黒から電話がかかってきて、『おまえ、海水注入は』、『やってますと』というと、『えっ』、『もう始まってますから』、『おいおい、やってんのか』と。『止めろ』と言うので、『何でですか』と。『おまえ、うるせえ。官邸が、もうグジグジ言ってんだよ』」

 当時の官邸の大混乱ぶりが伝わってくる。

 当時の官邸霞が関は、明らかに「想定外」の危機に直面して右往左往し、冷静に対処することができなかったのである。テレビを通じてそんな気配を察知していた多くの国民は、5年半たった今、暴れまわるシン・ゴジラの姿に当時の記憶を重ねている。だからこそ、一見「プロ向け」の映画が、大ヒットになっているのだ。何とシニカルな現実だろう。

「現実」と「フィクション」が溶け合う

 映画ではシン・ゴジラが出現した初めの段階では、そんなダメな官邸霞が関を彷彿とさせる光景が出て来る。国民への発表文を決める会議の最中にまったく想定と違う事態が生じて、あたふたと会議を取りやめたり、国民に真実を伝えることよりも、国民の反応を気にしたりと、2011年の春を思い起こさせる描写が続く。シン・ゴジラへの攻撃命令を出していながら、最後の最後に人影を発見、首相が攻撃を中止させる場面も、「人命は地球より重い」と言ってしまった過去がある日本の政治家の姿を描いている。

 だが、後半になると、ダメだろうな、と思っていた閣僚が決断し、内閣官房に集められた特命チーム「巨大不明生物特設災害対策本部巨災対)」が活躍を始める。最後の最後に何とか危機を食い止めるのである。映画には、周囲のエリート官僚たちを片っ端から怒鳴りつける首相は出て来ず、意外にも冷静沈着に判断を下している。それを官僚たちが見事に支えている。そんな「作り」が霞が関の現職官僚たちをも奮い立たせているのだろう。

 官邸に集められる巨災対のメンバーたちが各省庁の異端児、変わり者であるという設定も、霞が関の官僚たちが溜飲を下げる大きな要素になっている。霞が関の縦割り組織の中で、自分は十分な役割を与えられておらず、本来の能力を発揮できていないと思っている官僚は、実はかなり多い。危機に際して声をかけられた劇中の官僚たちに、自分自身を重ね合わせているのだ。

 シン・ゴジラにハマっている霞が関官僚の間では、市川実日子演じる尾頭ヒロミ環境省自然環境局野生生物課課長補佐は、○○省の××さんにびっくりするほど似ている、といった「現実」と「フィクション」をないまぜにした話が盛り上がっている。それぐらいリアリティを感じているのだろう。

首相を助け官僚を統括、「官房副長官」というポスト

 与党政治家の間では長谷川博己演じる矢口蘭堂内閣官房副長官に自らを重ね合わせる人が多い。官房副長官は若手実力政治家の登竜門ともいえるポストで、衆議院議員参議院議員から各ひとり任命される。首相や官房長官のそばにいて、その意思を官僚組織につないでいく「結節点」にあるポストだ。

 首相や大臣の活躍を描かれても若手政治家にとっては「遠い将来」の話でしかないが、官房副長官となれば、早晩自分にも回って来る可能性がある、と感じられる。官僚だけでなく、若手政治家の間からも、「私は何回観ましたよ」といった声が出て来るのは、こうしたヒーロー設定が現実味を帯びているからだろう。

 映画では巨災対のメンバーの活躍で、タイムリミットギリギリでシン・ゴジラの凍結プランを完成させる。焼け野原の中で動かなくなったゴジラの姿を政治家矢口らが見つめるところで映画は終わりを迎えるが、これはあたかも福島第一原発凍土壁でかろうじて封じ込めている現状にほかならない。いつまたシン・ゴジラが暴れ始めるのか、あるいはこのままシン・ゴジラは永遠に封じ込められるのか──。

 登場人物に自分を重ねられる部分のある人は、かならずシン・ゴジラにハマる。2度3度と見る人も増えている。ちなみに私が映画を観るきっかけを作ってくれた堀さんは、9月1日段階で5回観たそうだ。

 「集まって来る官僚たちの持っているパソコンのメーカーがみなバラバラなんですよ」

 そんな微細なところにも堀さんは霞が関リアリティを見出していた。なかなか手の込んだ作品である。