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磯山友幸のブログ RSSフィード

2014-06-10

美味しい和菓子をいただきます

| 11:55

神田淡路町を中心とする「神田」の町おこしを狙って発行されているフリーペーパー「Free Awaji Book」。今回は神田のお菓子やさんを取り上げました。

こだわりのある和菓子は美味しいんです

 多くの学生が行き交う駿河台下交差点のすぐそばに、お茶を嗜む人なら知らない人はいない和菓子の名店がある。御菓子処「さゝま」。のれんには「御くわし屋」と染め抜かれているが、旧かな遣いに馴染みのない世代は、なかなか「おかしや」とは読めない。いったい何を売っているのかと恐る恐る格子戸を開けると、店頭は季節感を重んじる日本文化の香りが満ちている。

 古風なガラスのカウンターケースには生菓子が8種といくつもの干菓子が並ぶ。季節によって色合いも形も変わっていく。ふと目を上げると由緒ありげな掛け軸がかかる。「もちろん掛け軸もお菓子と共に季節ごとに変えています」と語るのは店主の笹間芳彦さん。創業者の父に勧められるままに子どもの頃からお茶を習ってきた。季節をそこはかとなく表現するお茶室のような空気が店頭に漂っているのは、そんな店主の趣味が生きている。

 このお店を有名にしているのが「松葉最中」。しっかりと甘味の強いこしあんがきっちり詰まった小ぶりの最中が、これまた箱にきっちりと詰まっている。周囲の出版社が戦前からこの松葉最中を手土産として重用したことから、作家や文化人に愛され、口伝てに名声が広がった。

 大量生産大量消費が当たり前の時代。頑なにデパートなどへの出店を拒み、通信販売もしていない。「欲しい人には買いに来ていただく」スタイルを貫いている。老舗ならではの頑固さが理由ではない。「売り上げを10倍にするのは簡単だとおもうけど、品質に妥協して売りたくないモノまで売っても仕方がないでしょう」と笹間さんは笑う。

「さゝまのお菓子は美味しいと言っていただけますが、当たり前なんです。昔ながらの本物にこだわった製法を守り続けているんですから」

 新旧が交じり合い同居する神田の地は、そんな本物志向が生きている街でもある。

お菓子にもっと遊び心を

最先端とも言えるお菓子も神田でみつけることができる。神田エリアの新たな商業施設「マーチエキュート」の中に唯一のスイーツ専門店として2013年9月にオープンした「NOAKE TOKYO」のケーキやクッキー類だ。

 NOAKEとは野外でのお茶席である「野点(のだて)」からの造語。代表の田中謙吾さんが友人のパティシエと共に、4年前に、表参道で屋台から始めた。四季折々の自然を愛でながら野外で楽しむ野点から発想を得たさまざまな小ぶりなお菓子を並べている。

 「もともと大好きなフランスなど海外文化を、そのままそっくり日本で再現するのではなく、世界的に人気の日本的な要素も採り入れた」と田中さん。

 例えば「雲菓(くもか)」というお菓子は、日本の昔ながらの綿菓子をNOAKE風にアレンジしたもの。綿菓子に添えられた苺、抹茶カカオカフェの3つのパウダーから選んで、万遍なく振りかけて、まぶして食べる遊び心たっぷりの一品。綿菓子を一口サイズにカットして、お皿に盛り付け、おもてなしのお茶請けとしても出せる。色合いは洋菓子というよりも和菓子のそれである。

 「昔からの東京のエネルギッシュな部分が老舗のお店や町並みから感じられ、タイムスリップした気分になるところが大好き」と田中氏は神田の魅力を語る。伝統的なものを頑なに守る一方で、新しい時代の嗜好もどんどん取り入れて成長してきた神田。「お菓子」ひとつをとってみても、神田ならではの伝統と新しさを感じることができる。

2014-03-25

You want to know the truth. Talk to strangers at the bar(フリー淡路ブックNo4特集記事)

| 15:23

「山の上」に隠れる老舗バーでオリジナルカクテル

 1954年(昭和29年)の創業以来60年、変わらぬ雰囲気を保ち続けているのが神田駿河台の高台に立つ「山の上ホテル」のレセプション奥にある「バーノンノン」。わずか9席のカウンターには多くの文化人が座り、お気に入りのウィスキーカクテルを傾けてきた。「その一番端には三島由紀夫さんがよく座っていたそうです」

 カウンターの中でシェイカーをふるバーテンダーで主任の平田基之さんは語る。入社して12年になるベテランとはいえ、もちろん三島に実際に会ったわけではない。「いらっしゃるお客様から逆に教えていただくんです」と笑う。変わらないムードは従業員だけでなく、常連の客たちと共に守られてきたのだ。

 ゆるやかにカーブする木製のカウンターは、体重をかけた肘を自然に支え何とも心地よい。照明はほの暗く、まさに男の隠れ家といった空気感が漂う。「お客様の表情の変化を常に見ているように心掛けている」という平田さんのサービスにも無駄がない。

 

 長く愛されてきたのはオリジナルカクテルの「ザ・ヒルトップ」。ウォッカベースで、ドイツ製のリンゴのリキュールなどが加わる。口当たりのよいカクテルだ。「ドクター・ヴォーリズ・リバイバル」というオリジナルカクテルも人気。1937年(昭和12年)に山の上ホテルの建物を建てたアメリカ人建築家を記念したもの。バーボンウィスキーがベースだ。

 

 週末の夜などは地元の常連客がふらっと立ち寄り、思い思いの時間を過ごす。伝統的なバーはやはり男を惹きつける魅力に溢れている。

お気に入りのワインを気軽に「角打ち」スタイルで

 「女性がひとりで気軽に入れるお店を作りたいと思ったんです」と笑うのは1932年(昭和7年)創業の神田の酒店「小西」常務の三澤一水さん。昨年10月17日に「角打ち 神田小西」をオープンさせた。角打ちとは酒屋の片隅のカウンターで升酒などを出す立ち飲みのこと。いわば和風バーである。だが、新たに開いた店は日本酒ではなくワイン。グラスワインを片手に炭火焼などの小皿料理を楽しむ立ち飲みスタイルだ。黒板に書かれた10種類ほどのワインは全てグラスで頼める。

 

 照明は明るく、入口から店内が見通せて死角がない。女性ひとりでも安心して入れる「女性目線」の店づくりの結果だ。

 証明が明るいのは、グラスをかざしてワインの色を飲む人への配慮でもある。女性の”酒飲み”は研究熱心な人が多い。「お客様は楽しみ方を知っています」と語る店長の北山太一朗さんが、丁寧にワイン選びや相性の良い料理の相談に乗っている。

 この日、北山店長が選んだワインは、イスラエル産の赤ワイン「ヤルデン」と、フレッシュ仔羊もも肉のスパイス焼。羊肉にこだわるシェフ長谷川卓也さんの珠玉の逸品だ。華やかな「ヤルデン」との相性は抜群で女性にもお奨めだ。

 

 丸テーブルを囲む3~4人のグループ向けに新サービスを始める。隣の酒屋「小西」で小売りしているワインを購入。抜栓料1000円で持ち込めるというものだ。こだわりの女性にとことん楽しんでもらいたい。そんな新しい業態が生まれてくるのも、神田ならではだろう。

2013-12-16

I think about my life as having a cup of coffee(フリー淡路ブックNo4特集記事)

| 17:47

淡路町を中心とする神田町おこしに向けてフリーマガジン「FAB(フリー淡路ブック)」の取材と記事執筆をお手伝いしています。第4号はカフェ。私の事務所がある神田神保町にもたくさんのカフェがあります。人と人をつなぐ「場」としてのカフェの魅力を取り上げました。写真やデザインもきれいで、お洒落な小冊子ですので、是非、手に取ってご覧ください。

一杯のコーヒーが人をつなぐ

伝統のタンゴ喫茶が引き継ぐ魅惑の空間

「この空気感は絶対に守らなければいけないんです。少しでも変えるとお客さんに叱られてしまいますから」

 1953年から続く喫茶店の名店「ミロンガ・ヌオーバ」の浅見加代子店長は笑う。レンガ敷きの土間にどっしりとした木製のテーブルが並んだ店内には、壁に埋め込まれたスピーカーから一日中、タンゴの軽快なリズムが流れる。いわゆる「タンゴ喫茶」だ。戦前・戦後は都内にもたくさんあったというが、今ではミロンガは貴重な存在だ。

 実際には1995年に柱を補強したりテーブルを入れ替えており、名店にも「新しい」を意味するヌオーバが加わったが、学生時代に通い詰めた今は初老の紳士たちは口々に「変わらないね」と話しているという。それが「空気感」を変えないことなんだと浅見さんは考えている。

 もうひとつ変わらないのがコーヒーの香り。ブラジル豆をベースにした「ミロンガ・ブレンド」(\600)は炭火焙煎コーヒーで、ペーパードリップを使って注文後に一杯一杯手出しする。少なくとも浅見さんが店に入った12年前から変わっていない。この街が大好きで、働くならば喫茶店だと思いミロンガに入った。伝統の純喫茶を店長として支えているのが若い女性だというのも意外だ。

 最近は土日にこの街を訪れる人が増え、お客さんも多いという。多くの作家や文化人がゆったりと長居した空間を追体験できるのも、神田の魅力だろう。

一杯のコーヒーを丁寧に

日常を心地よく創造する長野発カフェ

「日常生活を楽しむ人に寄り添うお店にしたいというのがコンセプトです」

 9月14日にオープンした「マーチエキュート神田万世橋」の中に出店した『haluta』の広報担当石黒美記子さんは語る。長野県上田で人気カフェ店『haluta tokida』や、北欧のオシャレな家具や雑貨を扱う『haluta packing case』を展開するhalutaの東京への本格進出第1号である。

 マーチエキュートは旧万世橋駅の赤レンガのアーチなどを活用した商業施設。古いものと新しいものを融合させた空間を見て、オーナーが出店を即決したという。上田のカフェも商店街の古い文房具屋さんの建物を再利用している。古いモノの中に、新しい価値観を見出す志向が一致したのだ。

 halutaが今回、最もこだわって力を入れたのがコーヒー。京都の焙煎家、オオヤミノルさんが全面的に協力。数少ないオオヤさんのコーヒーが飲めるカフェとなった。ネルドリップを使ったこだわりのある入れ方について、カフェのスタッフたちはオオヤさんから直接指導を受けた。開店時は「中焼きコロンビア」。豆の種類は一定時間で変える予定だという。

 フードにもこだわる。自社のベーカリー『haluta karuizawa』から取り寄せた「毎日食べられる定番パン」はもちろん、長野にあるフレンチレストランにて作ったスモークチキンや吉祥寺タタンのケーキなど、「気軽で特別過ぎないがクオリティの高いものを揃えた」(石黒さん)。老舗の喫茶店が集中する神田にて、また新たな歴史が始まろうとしている。

 古いものを守り新しいものを受け入れてきた神田。数多くの喫茶店やカフェが昔からまちに溶け込んできた。人の価値観が交わる街、神田には一杯のコーヒーはやはり欠かせない存在だ。

FREE AWAJI BOOK No,4

2013-10-31

Take your books Let’s go out (フリー淡路ブックNo3特集記事)

| 09:34

神田神保町では11月4日まで恒例の「古本祭り」が行われています。連日大勢の人で賑わっています。連休には新刊書のブックフェアも併せて行われるようで、3連休はお天気さえ良ければすごい人出でしょう。お手伝いしている神田町おこしのフリーペーパー。現在配布されている3号は古本とニューウェブの出版を取り上げました。

古書の魅力と好奇心溢れるブックタウン

「いつまでやっても知らない本の方が多いですよ。何せ奈良時代のものまで扱うお店があるわけですから。知っている事の方が少ないということを思い知らされるんです」

神田古書店連盟会長(東京古書組合神田支部長)で、けやき書店店主の佐古田亮介さんは古書店の魅力をこう語る。110年以上の歴史を誇る一誠堂書店に18歳で入社。32歳の時に独立して店を構えた。古書に魅せられて40年になる。

けやき書店では、明治以降の日本近代文学の初版本やサイン本を中心に、作家の色紙や原稿、書簡などを専門に扱う。特に無頼派と呼ばれる太宰治や阪口安吾、織田作之助、壇一雄といった作家のものが得意だ。

「本離れ」「出版不況」と言われて等しいが、神保町には異変が起きていた。神田古書店連盟には160店あまりが加盟しているが、ここ数年、その数が増えているというのだ。「近郊の古書店が神保町に移転してくるケースも多い」と佐古田さん。古書のブランド町のブランド力に引き寄せられているのだ。全国に古書店は2200ほどあるというから、その7%が神保町に集まっているということになる。

そんな町の最大のイベントが今年で54回目を迎える「神田古本まつり」。10月26日から11月4日まで「青空堀り出し市」などが靖国通りの歩道上の仮設書棚や店頭で開かれる。全国から古書ファンが集まってくる。11月2日〜4日には、東京の出版社が店を出す「神保町ブックフェスティバル」も開かれる。本好きにはたまらない季節がやってくる。

「おもしろいものを生意気に発信していく」

学生が自然体と熱意で開拓した話題のマガジン

 けやき書店の佐古田さんが修行した神保町の古書店の老舗「一誠堂書店」で人気モデルの二階堂ふみさんの写真撮影が行われていた。「古いものと新しいものが入り乱れている神保町の雰囲気の中で、本好きの二階堂さんを自然体で表現したかった」と『Nmagazine(

エヌ・マガジン)』編集長の島崎賢史郎くん。地元、明治大学の4年生で、昨年末に新しいコンセプトのファッション誌としてエヌ・マガジンを創刊した。

 創刊0号では表紙のモデルに水原希子さんを登場させ、HIRO KIMURA氏、腰塚光晃氏といった第一線で活躍する写真家の作品で構成した。学生が本格的なファッション誌を出したということで大きな話題になった。協力したくれた特定の書店だけが販売したが、それでも7000部を完売した。その2号目を今年10月の発売を目標に制作しているのだ。

 島崎くんがエヌ・マガジンを創刊した動機は、出版社でアルバイトをしていた時に遡る。プロの編集者たちが決められた仕事をただ「こなしている」ように感じたことだった。「カタログのようなファッション誌ではなく、もっと作品としての美しさに焦点をあてたクリエーターの発信の場が創れるのではないか」。熱意だけでフォトグラファーやスタイリスト、アートディレクターなどを口説き落とし、アルバイトで貯めた200万円をつぎ込んで雑誌づくりを進めた。

 「創刊号は大学生が作ったということで話題になっただけで、内容が評価されている訳ではない。過大評価です」と島崎くん。いよいよ「第1号」として本気度が試される。

 エヌ・マガジンは最も新しい“最先端の本”と言ってもいいだろう。島崎くんのような一見無謀な取り組みが沸々と湧き起って来るのも、新旧の書籍文化が息づく神田ならではだ。

2013-10-28

What’s up men (フリー淡路ブックNo2特集記事)

| 10:55

神田淡路町の再開発で誕生した「ワテラス」。高層の住宅、オフィスに加え、ライブラリーや小ホールなどのコミュニティスペースもあります。そんな新しい神田と古くからの神田の融合を目指して創刊された「フリー淡路ブック(FAB)」の制作をお手伝いしています。第2号の特集です。


老舗には変えてはいけないものと、変えていくべきものがある。

 神田には蕎麦の名店が数多く存在する。その代表格が「まつや」。明治17年(1884年)の創業というから130年近い歴史を誇る。2月に惜しくも火災に遭い再会準備中の「かんだやぶそば」や、幕末創業ののれんを引き継ぐ「松竹庵」と並ぶ老舗である。

 昭和初期から変わらない店舗は、外国人観光客がわざわざ外観写真を取りに来る江戸の風格が漂う建物。昼時ともなれば、伝統の味を求めて、大勢の客で賑わう。

 濃い目のつゆに、細めに切り揃えた蕎麦をすっとくぐらせ、一気に吸い上げるように口に運ぶ。そんな江戸っ子の食文化は、脈々と途絶える事なく続いてきたように思うに違いない。だが、実はそうではないのだと、「まつや」若旦那の小高孝之さんは言う。戦後の混乱期から経済の急成長期。蕎麦屋の数が一気に増えた。東京の蕎麦の大半は「機械打ち」になり江戸以来の伝統である「手打ち」は絶滅寸前だったそうだ。

 そんな折、「手打ち」にこだわる老舗の3代目が集まって勉強会をスタートさせた。昭和33年(1958年)のことだ。老舗が技術を「秘伝」として抱え込むのではなく、お互いに情報交換して切磋琢磨する。会の名は手打ちに必須の道具から「木鉢会」と名付けた。現在の加盟店は28店。小高さんは今、その会長を務める。「伝統の味を守ろうと努めても、時代と共に、そば粉をしょうゆも昔とは同じものなのがなかなか手に入らなくなっています。その中で味を守っていくには日々、研鑽が必要なんです」

 産地を目隠しテストで当てるそば粉の勉強会なども行なっている。素材のそばの香りを以下に引き出すかが、老舗ならではの技術ということだろう。「老舗には変えてはいけないものと、変えていかなければいけないものがある」と小高さんは言う。伝統は頑なに守っているだけでは続かない。木鉢会のホームページにもこんな言葉が書かれていた。「温故知新を旗印に、基本は重んじるもの旧弊に陥ることなく、新しい時代の流れに対し、精進することに努める所存」。つまり、伝統にあぐらはかかない、という決意の表れなのだ。

知ってもらいたいパスタの小麦の香り

蕎麦の名店「神田まつや」の並びにあるイタリアンの人気店「トラットリア・ラ・テスタドゥーラ」。オーナーシェフの吉田利徳さんがこの地に店を開いて13年になる。「老舗ばかりのこのエリアによく店を出したねと言われたものです」と笑うが、すっかり神田になじむ名店になった。「イタリアの気軽な食堂であるトラットリアの雰囲気、臨場感を日本でも味わって欲しい」というのをコンセプトにしている。内装もシックだ。

 そんな「ラ・テスタドゥーラ」の名物がパスタ。徹底して「手打ち」にこだわっている。「保存を目的とした乾麺のパスタを使うお店も多いですが、小麦粉の香りはまったく違います」と吉田さん。イタリア産の小麦に国内メーカーの小麦をブレンドし、香りを引き出すことと、シコシコした歯ごたえにこだわっている。

 「手打ち」ならでは、パスタの形も豊富。定番のスパゲッティー二に始まり、リングイネ、カラマーリ、リガトーニ、フジッリ、ブカティーニなどなど。濃厚なパスタソースに合う幅広のパスタ、バッパルデッレは特にお勧めとのこと。

 吉田さんがイタリアンのシェフになったのは30年前。「当時はパスタと言えばナポリタンかミートソースかカルボナーラぐらいしか一般的ではなかった」。この四半世紀の間に新しい食文化の代表として、どんどん新しいパスタメニューが創作されてきた。だが、新しいものを追求しているわけではない、と吉田さん。

 「イタリアの田舎で食べられ続けてきた伝統的なパスタにこだわっているんです」

 イタリアの家庭やトラットリアで受け継がれてきた「伝統」を神田の地で再現しようと努めてきた。一見、新しいものの中に秘められた「伝統」を大切にしてきたということだろう。

FREE AWAJI BOOK 2013June No.2