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磯山友幸のブログ RSSフィード

2018-07-13

精神を病んだ社員の労災申請が急増 いま「日本の職場」で何が起きているのか

| 11:55

日経ビジネスオンラインに7月13日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/071200071/

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精神障害の労災補償件数の推移(出所:厚生労働省)


職場のストレスによる自殺が増える

 職場で精神を病む社員が急増している。厚生労働省が7月6日に発表した2017年度の「過労死等の労災補償状況」によると、「精神障害等」で労災を申請した件数が1732件と前年度に比べて146件、率にして9.2%も増加した。そのうち、未遂を含む自殺による請求は前年度比23件増の221件と、1割以上も増えた。

 労災申請は、かつては脳疾患や心臓疾患などによる申請が多かったが、2007年ごろから精神疾患がこれを上回っている。2017年度は「脳・心臓疾患」による申請は840件で、「精神障害等」はその2倍以上になった。職場での過度のストレスによって精神を病むケースが大きく増えている様子がわかる。

 今国会では安倍晋三内閣が最重要法案と位置付けてきた「働き方改革関連法」が成立。残業時間に罰則付きの上限が設けられるなど、長時間労働の是正が動き始めた。だが、職場での精神障害は、必ずしも労働時間だけに連動するものではない。過度のストレスを生じさせない本当の意味での働き方改革に本腰を入れないと、精神障害の激増に歯止めはかかりそうにない。

 労災申請のうち、厚労省が労災として「認定」した件数も増えている。2017年度の精神障害での労災認定は506件で前年度に比べて8件増加。中でも未遂を含む自殺が98件と、前年度に比べて14件も増えた。職場のストレスによる自殺が大きく増えているわけだ。

 労災認定されるには業務との因果関係が重視されるなどハードルが高く、労災申請や労災認定で明らかになる件数は氷山の一角とされる。日本の職場ではメンタルを病む社員が増え続けている。いったい日本の職場で何が起きているのだろうか。

 この調査はいわゆる「過労死」が問題になって厚労省が公表し始めた。過重な労働によって脳疾患や心臓疾患を発症したり、それが原因で死亡したりした件数を集計している。

 「脳・心臓疾患」で労災認定された249件と、時間外労働時間には明らかに相関関係がある。残業時間でみると「80時間以上から100時間未満」が101件と最も多く、次いで「100時間以上120時間未満」が76件、「120時間以上140時間未満」が23件となっている。80時間未満で認定されたのは13人だけだ。

長距離ドライバーの過労が深刻

 今回通過した働き方改革法でも、残業時間の上限を2〜6カ月の平均で80時間以内、単月の上限は100時間未満としているが、現状でもこの水準を上回れば「過労死」「過労疾病」と認めているわけだ。

 「脳・心臓疾患」で支給決定された人の職種を見ると、89件で最も多かったのが「自動車運転従事者」。長距離トラックのドライバーなど、人手不足もあって慢性的な長時間労働となっている。2位の「法人・団体管理職員」が21件なので、いかにドライバーが過労によって病気を発症しているかがわかる。

 請求件数でみてもドライバーが圧倒的に多く、2017年度は164件の申請が出されトップだった。

 一方で、精神障害労災認定された人は、必ずしも長時間労働の人だけではない。最も多いのが残業「20時間未満」の75人だった。「100時間以上120時間未満」が41人、「160時間以上」が49人と、長時間労働による認定者が少ないわけではないが、すべての時間区分で30人前後が労災認定されている。自殺者の数もほぼ全残業時間区分で大差はない。

 支給決定に当たっては、精神障害に結びついたと考えられる「出来事」も調査しているが、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」が88件、「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」が64件と多かった。申請では「上司とのトラブルがあった」や「配置転換があった」とするケースが多かった。

 職場の人間関係や、仕事内容の大幅な変化が、ストレスになり、精神疾患へと繋がっている様子がわかる。

 「精神障害」での労災申請が最も多い業種の上位は「医療・福祉」で、「社会保険・社会福祉・介護事業」に携わっていた人が174件、「医療業」に携わっていた人が139件に上る。実際に認定された人のトップは運送業で45件だったが、「医療業」「社会保険・社会福祉・介護事業」が各41件でこれに次いだ。医療や介護の現場も人手不足が深刻で、人間関係などが大きなストレスになっている様子が浮かび上がる。

 もっとも、決定件数を職種別に見ると、「一般事務」から「自動車運転」「情報処理」「商品販売」「飲食物調理」「保健師・助産師・看護師」「接客給仕」など多岐にわたる。「脳・心臓疾患」のように、トラック運転手の長時間労働が圧倒的に多い、といった明確な傾向は見られないのだ。つまり、どこの業界、どこの職種でも精神障害による自殺や疾病が発生しかねない状況にあると言ってもいいだろう。

 おそらく、今回の「働き方改革関連法」による残業時間の規制は、「脳・心臓疾患」の労災を減らす効果はあるに違いない。原因になっている長時間労働を禁止するわけだから、物理的な「過労死」は減っていくだろう。

労災認定された自殺者で女性は少ない

 だが、精神的に追い詰められて「過労自殺」するような精神障害は、労働時間の規制だけでは大きく減らないのではないかと思われる。

 精神障害の労災補償状況で目を引くのは自殺者のうち女性の比率が極端に小さいことだ。過労自殺の申請221人のうち女性は14人。労災認定された自殺者98人中女性は4人だけだった。一方で、精神障害全体の請求件数1732件のうちでは女性は689人にのぼっている。

 おそらく女性の方が職場でストレスを感じると、早期に退職するなどその場から離れているケースが多いのではないか。一方で、男性社員は職場の人間関係や職務の重圧から簡単に逃げ出すことができず、自殺するまで追い詰められていると考えられる。日本の職場がまだまだ「男社会」の色彩が強く、職場の上下関係などに悩む男性社員を横目に、女性は早い段階で職場を見限っているのかもしれない。

 これは就労形態別のデータにも現れている。精神障害の労災決定件数506人のうち、「正規職員・従業員」が459人にのぼり、派遣労働者やパート・アルバイトは件数が少ない。特に自殺者は98人中95人が正規雇用だ。つまり、正社員ほど職場の状況から逃げられず、追い詰められている、ということだろう。

 「働き方改革」では、長時間労働の是正や同一労働同一賃金に焦点が当たった。本来は、ライフスタイルにあった多様な働き方を認めていく社会に変わっていくことが目的なのだが、まだまだそこまで議論が及んでいない。

 1つの会社に入ったら、一生その会社で働くという「年功序列・終身雇用」の中で働く場合、上司との人間関係などはそう簡単には変わらず、一生同じ職場環境で過ごすことが前提になる。そうした会社では、ライフスタイルに合わせて働き方を変えたり、上司との人間関係を見直すことは極めて難しい。いったん精神的に追い詰められると、そこから逃げ出すことができなくなってしまうわけだ。

 副業や複業が当たり前になれば、もっと自分のライフスタイルに合わせた働き方になり、自らの専門性を活かして働いていくことができる。転職可能な専門スキルを身につけていれば、職場環境に耐えられなくなった場合、そこから逃げ出すことも可能になる。

 また、日本の会社の働き方が、正社員として採用されれば、あとは辞令1枚で、職種も勤務地も変えられるような「メンバーシップ型」から、専門性を持った「ジョブ型」に変わっていけば、突然、仕事の内容が変わったり、自分の専門外の仕事を振られることもなくなっていく。不必要なストレスを受けないで済む雇用の仕組みに変えていくことが、職場の精神疾患をこれ以上増やさない切り札になるに違いない。今こそ、本当の意味の「働き方改革」に日本の会社は取り組むべきだろう。

2018-06-29

働き方改革の次の焦点は「雇用終了」の整備 「多様な働き方」でルールが不可欠に

| 09:43

日経ビジネスオンラインに6月15日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/062800070/

働き方改革法案」の成立はほぼ確実

 国会会期が7月22日まで約1カ月延長されたことで、政府が今国会での最重要法案と位置付けている「働き方改革法案」が成立することはほぼ確実な情勢となった。すでに5月31日に衆議院本会議で可決しており、参議院での審議が進み、本会議で可決すれば、法律が成立することになる。

 残業時間に罰則付きの上限を設けて長時間労働の是正を目指す点については、与野党とも基本的に一致しているが、経営者側の要望で盛り込まれている「高度プロフェッショナル高プロ)制度」については、野党は激しく反対している。衆議院は委員会で採決が強行されたが、参議院でも数で勝る与党の賛成で、導入が決まる見通しだ。

 高プロ制度は、年収1075万円以上の専門職社員に限って労働時間規制から外せるようにするもので、左派野党は「定額働かせ放題プラン」「過労死促進法案」といったレッテルを貼って反対してきた。

 高プロの対象になる社員は全体の1%にも満たないが、野党は、いったん法律が導入されれば、年収要件がどんどん下がり、対象社員が際限なく働かせられ、今以上に過労死が増えるとしているのだ。

 一方で、ソフトウエア開発などIT(情報技術)人材を多く抱える企業では高プロ制の導入は不可欠だと歓迎する。もともと労働時間と成果が一致しない職種では、時間で管理する意味が乏しい、とかねてから主張してきた。そこに穴が開くことで、今後、日本企業での働き方が大きく変わると期待しているわけだ。

 政府が「働き方改革」を掲げているのは、人口が減少する中で、働く人たちの生産性を上げていくことが、日本企業の「稼ぐ力」を考える上で、不可欠になってくる、という判断があるからだ。かつての工場型製造業が中心だった時代には、生産性論議は同じ時間に1つでも多くのモノを作らせるか、が焦点だった。残業を除けば労働時間が決まっているので、その間にいかにたくさん生産するかが、「生産性向上」だったわけだ。

 ところが、現代のクリエイティブ型の職種では、長時間働いたからといって、成果物がたくさん生み出されるわけではない。むしろ労働時間をフレキシブルにして、短時間でも成果が上がるような仕組みが不可欠になっている。オフィスの中に森を再現したり、リビングルームを作ったりする会社が登場しているのは、いかに仕事の質を高めてもらうか、に力点が置かれていることを示している。

 高プロ制度によって、時間管理を社員に任せ、多様な働き方を認めることによって、より質の高い、付加価値の大きい成果を上げる働き方が可能になる、と期待する会社があるわけだ。

霞が関官僚の「仕事リスト」が決定

 野党が主張する「働かせ放題」にしないためには、導入する企業が対象社員をプロフェッショナルとして扱い、自主性を認めるかどうかにかかってくる。不本意な労働を強いられれば、ストレスは大きくなり、過労死の原因になり得る。

 もっとも、今回の働き方改革法案が通ったからといって、一気に日本型の働き方が変わるわけではない。あくまでも第一歩に過ぎない。だが、一方で、今後人口の減少が鮮明になるについて、人手不足はさらに深刻になっていく。働き方を変えて生産性を上げるだけでは、人口減少を吸収することは難しい。

 政府は6月15日に臨時閣議を開き、『経済財政運営と改革の基本方針2018』と『未来投資戦略2018』、そして『規制改革実施計画』が閣議決定された。1本目がいわゆる「骨太の方針」で、2本目が「成長戦略」である。

 第2次安倍晋三内閣以降、この3つの文書が毎年6月に閣議決定され、内閣の大方針として示されてきた。霞が関の人事は6月末から7月にかけて行われるため、閣議決定されたこの3つの方針が、次の事務年度の「仕事リスト」になっていくわけだ。

 ちなみに今年は、「まち・ひと・しごと創生基本方針2018」が加わり、東京への一極集中の是正など地方対策が柱として加わった。

 これらの「大方針」の中に、深刻な人材不足への対応策として、今年、外国人材に関する新たな在留資格の創設などの方針が明記された。

 「骨太の方針」では「新たな外国人材の受け入れ」として、「従来の専門的・技術的分野における外国人材に限定せず、一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人材を幅広く受け入れていく仕組みを構築する必要がある」と明記した。さらに、「このため、真に必要な分野に着目し、移民政策とは異なるものとして、外国人材の受入れを拡大するため、新たな在留資格を創設する。また、外国人留学生の国内での就職を更に円滑化するなど、従来の専門的・技術的分野における外国人材受入れの取組を更に進めるほか、外国人が円滑に共生できるような社会の実現に向けて取り組む」とした。

 「未来投資戦略」でも「真に必要な分野に着目し、移民政策とは異なるものとして、外国人材の受入れを拡大するため、現行の専門的・技術的な外国人材の受入れ制度を拡充し、以下の方向で、一定の専門性・技能を有し、即戦力となる外国人材に関し、就労を目的とした新たな在留資格を創設する」としている。

 あくまで「移民政策ではない」としながら、外国人の受け入れに大きく舵を切ったのだ。特に、これまでは「単純労働」として受け入れを認めていなかった建設や造船、農業、宿泊業などの分野に、今後、一気に外国人労働者が参入してくることになりそうだ。

 安倍内閣は人口減少に向けて、「女性活躍促進」や「1億総活躍社会」と言ったキャッチフレーズを掲げ、女性や高齢者の労働市場参入を促してきた。結果、就業者数も雇用者数も過去最多の水準になった。問題は団塊の世代の労働市場からの退出が本格化する今後である。ますます人手不足は深刻化する。外国人人材の受け入れに舵を切ったのも、この人手不足を見据えてのことだ。だが外国人をいくら受け入れても日本人の減少を補うことは難しい。

 では、今後、政府はどんな「働き方」の制度整備を進めるのだろうか。

解雇時のトラブルを金銭で決着可能に

 古くて新しい難問がある。人材の流動化による労働市場の形成だ。時代の流れから取り残された生産性の低い産業から、新しく生まれる新興産業へ、人材をシフトしていくことが不可欠になるわけだ。そこで焦点になるのは、「退職ルール」である。伝統的な日本の大企業は、終身雇用を前提にルールが出来上がっており、ライフステージに合わせて転職するような仕組みを前提にしていない。

 労働法制も、いったん雇用した「正社員」については生涯雇い続けることが前提になっていて、いわゆる「解雇」は慣行で厳しく制限されている。会社が倒産の危機に直面しない限り、簡単に解雇ができないのだ。

 第2次安倍内閣発足直後、成長戦略を作る「産業競争力会議(現在の未来投資会議)」が解雇規制の緩和を打ち出そうとしたが、労働組合野党の猛烈な反対で立ち消えになった。だがここへきて、深刻な人手不足の中で、流動性を高めて、適材適所を実現することが一段と求められている。

 実は、規制改革実施計画や未来投資戦略には、「次の課題」が埋め込まれている。

 2015年の規制改革実施計画には「労使双方が納得する雇用終了の在り方」が盛り込まれていたが、これを受けて、「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」が設置された。その後、20 回にわたって、雇用終了をめぐる紛争などの多様な個別労働関係紛争の解決手段がより有効に活用されるための方策や解雇無効時における金銭救済制度のあり方について議論がなされた。その報告書がすでにまとめられている。

 その報告書の結果を受け、今後は、法技術的な論点についての専門的な検討を行う場を設け、検討を継続することになっている。

 また、2018年の未来投資戦略には、「解雇無効時の金銭救済制度の検討」として、こう書かれている。

 「解雇無効時の金銭救済制度について、可能な限り速やかに、法技術的な論点についての専門的な検討を行い、その結果も踏まえて、労働政策審議会の最終的な結論を得て、所要の制度的措置を講ずる」

 企業が解雇して訴訟になった場合、裁判所が判決で「職場への復帰」を命じたとしても、実際には会社に戻ることができないケースが多い。その際に金銭で決着するルールを整備しようというのだ。労働組合などは、金銭での解決を認めると、カネさえ払えば解雇できる、という事態になりかねないとして、反発しており、なかなか制度整備が進んでいないのだ。これを推進すると書いてあるわけだ。

 つまり、「働き方改革法」の次のテーマは、「解雇ルールの整備」というわけだ。これは高プロ制度以上に多くの従業員が関係するルール変更になるので、野党労働組合の反発は今以上に激しくなるだろう。だが、世界的に見ても厳しいとされる日本の解雇ルールを見直さない限り、日本の雇用の流動性は高まらない。

2018-06-15

「就業者」急増は、消費底入れの前兆か? 64カ月連続で増加し、過去最高の更新まであと一歩

| 09:26

日経ビジネスオンラインに6月15日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/061400069/

「就業者数」「雇用者数」ともに64カ月連続増加

 ここ数カ月、働く人の数が急増している。企業に雇われて働く「雇用者」だけでなく、自営で働く人を含めた「就業者数」が大幅に増えているのだ。人口は減少しているはずなのに、働く人が増えているのはなぜか。景気が良くなる兆しと見ることもできそうだ。

 総務省が発表した2018年4月の労働力調査(5月29日公表)によると、就業者数は6671万人と昨年12月末からの4カ月間で129万人も増加した。1年前の4月と比べると171万人の増加である。

 対前年同月比では、第2次安倍晋三内閣が発足した直後の2013年1月から64カ月連続でプラスが続いている。ピークは1997年6月の6679万人で、あと一歩でこれを更新する。

 働く人の増加は安倍首相が繰り返し自慢するアベノミクス最大の「実績」で、経済が縮小スパイラルに陥った「デフレ経済」からの脱却を示すものとして、強調されている。特に、大胆な金融緩和による円高の是正で、企業収益が大幅に改善。企業が積極的に雇用を増やしたことが背景にあるのは間違いない。

 「雇用者数」も同じく64カ月連続で増え続けており、2012年12月の5490万人からこの4月は5916万人と、426万人も雇用が生み出された。リーマンショック後の状況から一変。今では新卒者に企業が群がり、人材獲得競争が激しさを増している。

 5年以上にわたって続く雇用者の増加だが、ここへきて、大きな変化が見られる。年明けからの増加率が著しいのだ。対前年同月比で見ると、1月1.5%増→2月2.1%増→3月2.5%増→4月2.8%増と2%を超す伸びになっている。この5年で2%を超えたのは2月が初めてで、しかもそれ以来3カ月続いているのである。

 いったい何が起きているのか。

 一つの大きな特徴は「非正規」の伸びが急増していること。実は2016年10月から昨年12月までの15カ月中、14カ月は「正規」の伸び率の方が「非正規」の増減率を上回っていた。それが今年に入って再逆転しているのだ。しかもその伸び率が尋常ではない。対前年同期比で1月3.5%増→2月5.7%増→3月5.7%増→4月5.0%増といった具合だ。

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「非正規」雇用の伸びが「正規」を圧倒している


女性のパート労働者が急増

 アベノミクスの前半は、正規の雇用者は減少し、非正規が大きく伸びるという状況が続いた。野党からは「雇用が生まれていると言っても非正規だけが増えている」と批判されたものだ。

 ちょうど団塊の世代が定年を迎えて嘱託社員にとなる例が増えたことが、正規の非正規化の大きな要因だったとみられるが、実際に正規が減っていたのは事実だ。ところが2015年ごろから正規の減少は止まり、前述のように2016年秋ごろからは正規の伸びが非正規を上回った。非正規ではなかなか優秀な人材が採用できないので、正規化する動きが広がったことが大きいとみられる。

 人手不足の状況が変わらないのに、なぜここへきて再び非正規が急増しているのだろうか。

 雇用者数はこの4カ月間で53万人増えたが、この間、男性の雇用者は8万人減少、女性の雇用者は61万人も増えた。雇用形態別ではパートが40万人増加したが、このうち女性のパートは29万人を占める。つまり、非正規雇用が急増している背景にはパートの仕事が増えていることがあるのだ。

 ではどんな業種で雇用が増えているのだろうか。

 最も雇用者の増加数が大きい業種は「卸売業・小売業」で、この4カ月の間に21万人増えた。次いで「情報通信業」が18万人増加、「宿泊・飲食サービス業」が16万人、「金融保険業」が同じく16万人増えた。もちろん季節要因もあるが、対前年同月比でも「宿泊・飲食サービス業」が39万人増加、「卸売業・小売業」も21万人増えている。明らかにホテルや旅館、飲食店、小売店といった消費産業で女性のパートを中心とする仕事が急増しているのである。

 足元の日本の消費はまだまだ力強さに欠けているというのが実情だ。にもかかわらず、宿泊、飲食、小売りで雇用が増えているのはなぜか。

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控えて、顧客が大きく増加するという「期待」が高まっているのが一因だろう。実際すでに、外国人観光客が大幅に増えた効果が出始めていることも、こうした産業の経営者を強気にさせている。

 2017年に日本を訪れた訪日外国人はJNTO(日本政府観光局)の集計によれば2869万人。今年は4カ月ですでに1000万人を突破しており、年間では3300万人近くに達するペースだ。政府は2020年に4000万人を見込んでいるが、このペースが続けば十分に達成できる。もちろん、訪日外国人が日本国内で落とすお金も大きい。

 その恩恵を受けるのは消費産業ということになるが、その効果をガッチリつかむには店舗を運営する人材が不可欠だ。

旅館やホテルで人材の争奪戦

 全国の主要都市でホテルを建設する動きが広がっているのに加え、既存の旅館やレストランなどでも改装などが行われている。ただし、いくらハコモノを整備しても、接客するスタッフが足りなければお客を受け入れることができない。2020年をめがけて、人材の確保が始まっているのかもしれない。

 もう一つ、こうした産業の雇用が増えている理由は待遇の改善だろう。宿泊・飲食・小売りといったサービス産業は生産性が低い業種の代表格だった。デフレ経済の中で、価格競争が激しさを増し、儲からない産業になっていた。このため従業員の給与も他の産業に比べて低く抑えられていた。

 それが、ここへきて給与が上昇傾向にある。ひとつは国の政策もあって最低賃金が急ピッチで上昇していること。安さを売り物にする外食チェーンでも都心部では時給1000円以上が当たり前になった。待遇の改善によって、パートやアルバイトが集まるようになったということだろう。

 こうした産業で値上げが浸透してきたことも理由だ。ホテルや旅館の価格は大幅に上昇している。外国人観光客の急増で、稼働率が上がり、宿泊料も引き上げられれば、当然、大きな利益が生まれる。これを従業員に還元することが可能になってきたのだ。逆に言えば、キチンとした待遇でなければ、人材が他の旅館やホテルに奪われる、という事態になっている。

 日本の旅館やホテルなどの価格は世界的に見て極めて安い。欧米諸国はもとより、シンガポールや香港などアジア諸国のルームチャージよりも安いケースが少なくない。しかも旅館の場合、1泊2食付きが普通で、外国人観光客からすれば、信じられない安さ、ということになる。20年以上にわたって日本でデフレが続いた結果、国際価格から大きく乖離してしまったのだ。逆に言えば、国際価格に戻すチャンスで、「低採算業界」という汚名を返上する絶好の機会に直面していると言える。

 話を戻そう。この4カ月で増えているのは「雇用者」ばかりではない。それ以上に「就業者」が増えているのだ。就業者は129万人増えたが、そのうち雇用者は54万人である。具体的な理由はまだ分からないが、「自営業」や「請負」といった会社に雇われない働き方が大きく増えているとみられる。雇用者と同様に「宿泊・飲食サービス業」や「卸売業・小売業」などの就業者が大きく増えている。

 外国人観光客などを目当てに規模の小さい物販業など小売業を始める人が増えているのかもしれない。あるいは、「働き方改革」の一環で、多様な働き方を求める人が増えたり、企業もそうした働き方を容認するようになって、「雇用」ではない働き方の契約形態が広がり始めている可能性もある。

 消費産業を中心とする、この4カ月の就業人口の急増が続くのかどうか。この傾向が長続きするようならば、日本の消費が本格的に底入れしてくるシグナルになる可能性もありそうだ。

2018-06-01

外国人の「単純労働者」を受け入れへ 人手不足に直面し、政府が政策を「大転換」

| 20:52

日経ビジネスオンラインに6月1日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/053100068/

建設、農業、宿泊、介護、造船が対象

 深刻な人手不足に対応して、政府が外国人受け入れ政策を「大転換」することが明らかになった。これまで「単純労働」とされる分野での外国人就労は原則禁止されてきたが、新たな在留資格を創設して、そうした分野でも「労働者」として正式に受け入れる。6月中にも閣議決定する「経済財政運営の基本方針(骨太の方針)」に盛り込む。

 新制度は、日本人の就労希望者が少なく、慢性的な人手不足に陥っている「建設」「農業」「宿泊」「介護」「造船」の5分野を対象に、新設する「特定技能評価試験」(仮称)に合格すれば就労資格を得られるようにする。こうした分野ではこれまで便法として「技能実習制度」を使った事実上の就労が広がっていたが、真正面から「労働者」として受け入れる。今年秋の臨時国会法律を改正し、2019年4月から実施したい考えだという。

 就労資格を得られるのは最長5年とするが、技能実習生として最長5年滞在した後、新たな就労資格を得れば、10年にわたって滞在できるようになる。企業からすれば長期雇用が実質的に可能になり、技術やノウハウの教育に力を入れられる。大学を卒業した「高度人材」の日本での就職も後押ししていく方針で、日本の職場に本格的に外国人が流入してくることになる。

 法務省がまとめた2017年末の在留外国人数は256万1848人。1年前に比べ7.5%、約18万人も増加した。5年連続で増え続けており、256万人は過去最多だ。厚生労働省に事業所が届け出た外国人労働者は約128万人で、これも過去最多を更新している。

 新制度によって政府は2025年までに5分野で「50万人超」の受け入れを目指すとしている。日本経済新聞の報道によると、「建設では2025年に78万〜93万人程度の労働者が不足する見通しで、計30万人の確保を目標にする」という。農業では新資格で2万6000人〜8万3000人程度を受け入れるとしている。すでに介護分野では外国人人材の受け入れ拡大を始めており、ここでも外国人労働者が増えることになりそうだ。

 問題は、就労を希望する外国人をどう選別し、受け入れていくか。今後、「特定技能評価試験」で就労に必要な日本語と技能の水準を決めることになるが、それをどの程度の難易度にするかによって流入してくる外国人の「質」は大きく変わる。

「なし崩し的な移民」が増える可能性

 素案段階では会話が何とか成り立つ日本語能力試験の「N4」レベルを基準とする方向だが、人手不足が深刻な建設と農業では「N4」まで求めないという声も聞かれる。また、試験の実施も各業界団体に任せる方向のため、人材確保を優先したい業界の意向が反映され、日本語や技能が不十分な人も労働者として入ってきてしまう懸念がある。

 5年あるいは10年にわたって日本で働く外国人が増えれば、日本社会に多くの外国人が入ってくることになる。人手不足の穴を埋める「労働力」としてだけ扱っていると、日本のコミュニティには溶け込まず、集住して外国人街を形成することになりかねない。

 どうせ期限が来れば出身国に帰るのだから構わないと思っていると、5年あるいは10年経つ間に日本で生活基盤が生まれ、なし崩しに定住していくことになりかねない。全員を追い返す、というのは現実にはかなり難しいのだ。また、人口減少が今後本格化する日本では、人手不足がさらに深刻化するのは明らかで、当初は「帰国前提」だった外国人も、5年、10年すれば、戦力として不可欠、ということになるだろう。

 そうした「なし崩し的な移民」が増えれば、かつてドイツなど欧州諸国で大きな社会問題になった移民問題の失敗を、日本で繰り返すことになりかねない。労働者として受け入れるだけでなく、「生活者」として受け入れていく必要があるのだ。日本のコミュニティを形成する一員として、権利だけでなく義務も果たしてもらう必要がある。

 それを考える上で重要なのは日本語能力と日本社会に溶け込むための知識を身に付けさせることだ。入国時点(就労時点)ではN4だとしても、その後も日本語教育を義務付けるなど「外国人政策」が不可欠だ。

 ドイツの場合、ドイツに居住し続けようとする外国人には600時間のドイツ語研修を義務付けているほか、ドイツ社会のルールや法律についてのオリエンテーションも義務付けている。このオリエンテーションは当初30時間でスタートしたが、その後60時間、100時間へと拡大される方向にある。つまり、言葉も大事だが、それ以上にコミュニティの一員として溶け込んでもらうことに重点を置いている。

 特に、労働者として入ってきた外国人が結婚して子どもが生まれた場合、その子どもの教育にも力を注ぐ必要が出てくる。国籍が外国人の場合、日本の義務教育の範疇から漏れてしまう。今は各自治体の判断と財政負担で外国人子弟の教育を行っているが、これを国としてどうしていくのか、予算措置を含めて早急に検討していく必要がある。

「外国人庁」の創設など体制整備が不可欠

 今回の制度改正によって、高度人材だけ受け入れていくという日本の外国人政策の基本方針が大転換することになる。今後、人口減少が本格化すれば、外国人なしには企業だけでなく社会も成り立たなくなっていくだろう。

 だからこそ、きちんとしたルールに則って外国人を受け入れていくことが重要で、「外国人政策」「移民政策」が不可欠になる。ところが、安倍晋三首相が「いわゆる移民政策は取らない」と言い続けてきたために、日本の外国人政策の議論は大きく立ち遅れている。

 観光や商用などで一時的に滞在するのが前提で、長期にわたって日本に住む外国人の扱いを真正面から議論してこなかったのだ。「移民」という言葉をタブー視したために、実質的な移民の存在に目をつぶってきたのである。

 国連の定義では1年以上にわたってその国に住む外国人は「移民」なのだが、日本では「移民」論議を封じたために、安倍首相が言う「移民」の定義すら曖昧だ。欧州に大量に流入している「難民」とないまぜにして議論しているケースすらある。

 単純労働者を受け入れる政策転換は、事実上「移民」として受け入れることも想定する必要がある。もちろん出稼ぎに来て5年で帰る人がいるのは当然だが、一方で、日本に根を下ろし10年を超えて住むことになる外国人も出てくる。日本企業や地域社会がそうした人たちを必要とする時代になっているのだ。

 1年前、2017年6月に閣議決定された成長戦略では、こう書かれている。

 「経済・社会基盤の持続可能性を確保していくため、真に必要な分野に着目しつつ、外国人材受入れの在り方について、総合的かつ具体的な検討を進める」

 その結果、打ち出されるのが、今回の単純労働者も受け入れるという「政策転換」である。

 実は今年2018年2月の国会で、安倍首相の発言に微妙な変化が出始めている。

 「受け入れた外国人材が、地域における生活者、社会の一員となることも踏まえ、(中略)幅広い観点から検討する必要があると考えています」

 移民政策は取らないと言いつつも、日本にやってきた外国人が「生活者」として社会の一員になっていくことを前提とした政策をようやく日本政府も取り始めたということだろう。

 6月に閣議決定される骨太の方針や成長戦略で、外国人材の受け入れについてどこまで踏み込んだ方針が示されるのか。外国人政策は今、入国管理を行う法務省、外国人労働者の実態把握をする厚生労働省、企業の人手不足で外国人受け入れに積極的な経済産業省、外国人教育を考えなければならない文部科学省、国内の治安を預かる警察庁など多くの役所が関与するが、いずれも縦割りでバラバラの対応しかできていない。外国人政策を一元的に扱う「外国人庁」の創設など、欧米並みの体制整備が不可欠だが、そうした方向性を盛り込めるのかどうか。政策の転換に合わせて役所の体制も大きく転換していくことが課題になる。

2018-05-18

「定年廃止」が主流になる日 就業者数「過去最多」に迫る。生涯現役が当たり前に

| 17:21

日経ビジネスオンラインに5月18日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/051700067/

8割の企業が継続雇用制度を導入

 「定年」を延長したり、廃止したりする企業が増えている。厚生労働省の「高年齢者の雇用状況」調査によると、従業員31人以上の会社(15万6113社)のうち、定年を65歳以上に設定している企業が2017年6月時点で17.0%、定年制度を廃止した企業が2.6%と、合計で19.6%に達している。2007年には65歳以上の定年が8.6%、定年廃止は1.9%の合計10.5%だったから、ここ10年ほどで約2倍になった。

 背景には「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」によって65歳までの雇用確保が義務付けられたことが大きい。企業は(1)定年の引き上げ、(2)継続雇用制度の導入、(3)定年制度の廃止――のいずれかによって、希望する社員を65歳まで雇用しなければならない。

 定年を60歳としている企業の場合、(2)の継続雇用制度を導入している例がまだまだ多い。継続雇用制度は定年後の社員を「再雇用」することで65歳まで働けるようにする仕組み。役職を外れ、給与も大幅に引き下げられるのが一般的だ。厚労省の調べでは8割の企業が継続雇用制度を導入している。

 ここへ来て、定年の引き上げや定年制の廃止に動く企業が増えている背景には、猛烈な人手不足がある。有効求人倍率はバブル期を超え、高度経済成長期の水準に達している。少子化によって働く人の総数が減ったことが人手不足の原因と思われがちだが、実際は違う。

 企業に雇われる「雇用者」の数は今年3月で5872万人に達し、63カ月連続で増加している。バブル期は4800万人程度だったから、当時よりもはるかに雇用者の絶対数は多いのだ。

 自営業者が減り、雇用者が増えたのだろう、と言われるかもしれない。確かに自営業者を含めた「就業者数」は1997年6月の6679万人が最多で、それを上回っていない。ところが、今年3月時点で6620万人にまで増加、21年ぶりに過去最多の更新が目前に迫っている。人口は減っているものの、働いている人の数は増えているのだ。

 背景には2013年以降、安倍晋三内閣が進めてきた政策がある。安倍首相は「女性活躍促進」を掲げて女性の労働市場参加を推進した。雇用者数は第2次安倍内閣発足時の2012年12月の5501万人から直近まで約370万人増加しているが、そのうち279万人が女性である。

定年時点で明らかになる自分の「時価」

 安倍首相は当初から、女性の活躍を推進するのは、男女同権などの社会政策としてではなく、経済政策だと明言してきた。人口減少が鮮明になり働き手が足らなくなるのを見越して、女性を労働市場に参画させようとしたのである。

 さらに安倍内閣は、「1億総活躍」や「人生100年時代」を政策キャッチフレーズとして掲げた。これは明らかに高齢者により長く働いてもらおうという方針だった。定年を超えて働き続ける高齢者が確実に増えている。

 定年を法律で引き上げるべきだという声もあるものの、企業側の反発も強かった。一律に定年を延長すると、日本の終身雇用年功序列型の仕組みの中では、高齢者が会社の幹部に居残ることになり、組織の活力を失わせる、という批判があったからだ。多くの企業が、再雇用でいったん仕切りなおしてから高齢者を継続雇用しているのはそうした懸念の表れだ。

 だが、ここへ来て、企業は深刻な人手不足に直面している。前述のようにここ5年は人手不足と言いながら、働く人の数は増えてきた。だが、女性の労働市場進出もそろそろ限界に近づいている。今後景気が本格的に上向けば、間違いなく人手不足はさらに深刻化する。

 外国人労働者を本格的に受け入れることも必要になるが、移民へのアレルギーが強いとされ、安倍首相は「いわゆる移民政策は取らない」と言い続けている。

 また、「働き方改革」を通じて、社員の生産性を向上させるよう求めているが、これには日本の会社システムを根本から見直すことが必要になる。

 そんな中で、急速に期待が高まっているのが「定年延長」や「定年廃止」である。せっかく戦力になっている人材を、定年年齢に達したというだけで引退させてしまうのはもったいない。働けるだけ働いてほしい、というのが企業の本音なのだ。

 だからと言って、一律に定年を65歳に引き上げることには抵抗がある。経営者から見て、働き続けてほしい人材ばかりではないからだ。日本ではなかなか正社員を解雇できないので、定年がちょうど良い「区切り」になっている面もある。定年を機に再雇用することで、会社が欲しい人材には現役時代と遜色のない給与を提示、必要性の低い人材には大幅に引き下げた賃金を提示して、再雇用交渉を行っている。社員からすれば、その時点で初めて会社の自分に対する「時価」がわかるわけだ。

 深刻な人手不足の中で、年齢に関係なく、元気なうちは働き続けてほしいと考える経営者が増えている。いっそのこと、定年を廃止してしまおうという企業も少しずつ増えている。

高齢者も「専門性」が問われる

 定年制度が廃止になるからと言って、働き手はもろ手を挙げて喜べる話ではないかもしれない。

 というのも、これまでの会社と社員の関係が大きく変わる可能性が高いからだ。いったん会社に入ったら、定年までは安泰で、給与が大きく増減することもない、といったこれまでの日本の仕組みでは、定年廃止は難しいからだ。いわゆる年功序列型賃金では、定年廃止は難しい。仕事の成果に応じて給料が支払われる形に変えなければ、高齢者ほど人件費がかさむことになってしまう。

 よほどのことがない限り、一生面倒を見てもらえるという終身雇用の制度も崩れることになるだろう。会社に入れば、自分の仕事がなくなっても、配置転換などで働き続けられるというこれまでの会社のスタイルはもたない。

 従来は「就職」というより「就社」で、会社に入ってどんな仕事をするのかも、どこで勤務するかも、すべて会社任せだった。辞令一枚で全国どこへでも転勤させる仕組みは日本特有の会社システムの上に成り立ってきた。だが、そうした「就社」意識の社員ばかりでは、いつまででも働ける「定年がない」会社には馴染まない。より働き手の専門性が明確になっていくことが求められるのだ。

 実際、定年を廃止している会社の多くは、従業員の仕事が明確になっているケースが多い。いわゆるジョブ・ディスクリプションだ。その人の働いた成果が一目瞭然になる仕事ならば、それに応じた賃金を払い続けても間尺に合う。年齢は全く関係ないわけだ。

 つまり、定年が廃止されるからと言って、安穏な終身雇用が待っているわけではないのだ。社員に対してより専門性が求められるようになる。逆に言えば、その人の専門性が必要とされなくなれば、解雇されるのが普通になるだろう。解雇できる要件を厳しく規定している現在のルールが見直されないと、なかなか定年廃止の動きは広がらないに違いない。今後、政府は、定年を廃止する企業に解雇ルールを緩めることなどを検討することになるだろう。

 自分の専門性が不要になってクビになったからと言って悲観することはない。その専門性を必要とする会社があれば転職可能だからだ。実際、今後本格化する労働人口の減少の中で、一定の専門能力があれば、仕事は簡単に見つかる時代に変わるだろう。自らの専門性を磨けば、より条件の良い会社へと移動するのが当たり前になるはずだ。

 定年廃止は一見、日本型経営の延長線上にあるように思われがちだが、実際は全く違う。終身雇用や年功序列賃金、「就職」ではなく「就社」といった日本型の雇用慣行が崩れる大きなきっかけになっていくだろう。