Hatena::ブログ(Diary)

磯山友幸のブログ RSSフィード

2018-05-18

「定年廃止」が主流になる日 就業者数「過去最多」に迫る。生涯現役が当たり前に

| 17:21

日経ビジネスオンラインに5月18日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/051700067/

8割の企業が継続雇用制度を導入

 「定年」を延長したり、廃止したりする企業が増えている。厚生労働省の「高年齢者の雇用状況」調査によると、従業員31人以上の会社(15万6113社)のうち、定年を65歳以上に設定している企業が2017年6月時点で17.0%、定年制度を廃止した企業が2.6%と、合計で19.6%に達している。2007年には65歳以上の定年が8.6%、定年廃止は1.9%の合計10.5%だったから、ここ10年ほどで約2倍になった。

 背景には「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」によって65歳までの雇用確保が義務付けられたことが大きい。企業は(1)定年の引き上げ、(2)継続雇用制度の導入、(3)定年制度の廃止――のいずれかによって、希望する社員を65歳まで雇用しなければならない。

 定年を60歳としている企業の場合、(2)の継続雇用制度を導入している例がまだまだ多い。継続雇用制度は定年後の社員を「再雇用」することで65歳まで働けるようにする仕組み。役職を外れ、給与も大幅に引き下げられるのが一般的だ。厚労省の調べでは8割の企業が継続雇用制度を導入している。

 ここへ来て、定年の引き上げや定年制の廃止に動く企業が増えている背景には、猛烈な人手不足がある。有効求人倍率バブル期を超え、高度経済成長期の水準に達している。少子化によって働く人の総数が減ったことが人手不足の原因と思われがちだが、実際は違う。

 企業に雇われる「雇用者」の数は今年3月で5872万人に達し、63カ月連続で増加している。バブル期は4800万人程度だったから、当時よりもはるかに雇用者の絶対数は多いのだ。

 自営業者が減り、雇用者が増えたのだろう、と言われるかもしれない。確かに自営業者を含めた「就業者数」は1997年6月の6679万人が最多で、それを上回っていない。ところが、今年3月時点で6620万人にまで増加、21年ぶりに過去最多の更新が目前に迫っている。人口は減っているものの、働いている人の数は増えているのだ。

 背景には2013年以降、安倍晋三内閣が進めてきた政策がある。安倍首相は「女性活躍促進」を掲げて女性の労働市場参加を推進した。雇用者数は第2次安倍内閣発足時の2012年12月の5501万人から直近まで約370万人増加しているが、そのうち279万人が女性である。

定年時点で明らかになる自分の「時価」

 安倍首相は当初から、女性の活躍を推進するのは、男女同権などの社会政策としてではなく、経済政策だと明言してきた。人口減少が鮮明になり働き手が足らなくなるのを見越して、女性を労働市場に参画させようとしたのである。

 さらに安倍内閣は、「1億総活躍」や「人生100年時代」を政策キャッチフレーズとして掲げた。これは明らかに高齢者により長く働いてもらおうという方針だった。定年を超えて働き続ける高齢者が確実に増えている。

 定年を法律で引き上げるべきだという声もあるものの、企業側の反発も強かった。一律に定年を延長すると、日本の終身雇用年功序列型の仕組みの中では、高齢者が会社の幹部に居残ることになり、組織の活力を失わせる、という批判があったからだ。多くの企業が、再雇用でいったん仕切りなおしてから高齢者を継続雇用しているのはそうした懸念の表れだ。

 だが、ここへ来て、企業は深刻な人手不足に直面している。前述のようにここ5年は人手不足と言いながら、働く人の数は増えてきた。だが、女性の労働市場進出もそろそろ限界に近づいている。今後景気が本格的に上向けば、間違いなく人手不足はさらに深刻化する。

 外国人労働者を本格的に受け入れることも必要になるが、移民へのアレルギーが強いとされ、安倍首相は「いわゆる移民政策は取らない」と言い続けている。

 また、「働き方改革」を通じて、社員の生産性を向上させるよう求めているが、これには日本の会社システムを根本から見直すことが必要になる。

 そんな中で、急速に期待が高まっているのが「定年延長」や「定年廃止」である。せっかく戦力になっている人材を、定年年齢に達したというだけで引退させてしまうのはもったいない。働けるだけ働いてほしい、というのが企業の本音なのだ。

 だからと言って、一律に定年を65歳に引き上げることには抵抗がある。経営者から見て、働き続けてほしい人材ばかりではないからだ。日本ではなかなか正社員を解雇できないので、定年がちょうど良い「区切り」になっている面もある。定年を機に再雇用することで、会社が欲しい人材には現役時代と遜色のない給与を提示、必要性の低い人材には大幅に引き下げた賃金を提示して、再雇用交渉を行っている。社員からすれば、その時点で初めて会社の自分に対する「時価」がわかるわけだ。

 深刻な人手不足の中で、年齢に関係なく、元気なうちは働き続けてほしいと考える経営者が増えている。いっそのこと、定年を廃止してしまおうという企業も少しずつ増えている。

高齢者も「専門性」が問われる

 定年制度が廃止になるからと言って、働き手はもろ手を挙げて喜べる話ではないかもしれない。

 というのも、これまでの会社と社員の関係が大きく変わる可能性が高いからだ。いったん会社に入ったら、定年までは安泰で、給与が大きく増減することもない、といったこれまでの日本の仕組みでは、定年廃止は難しいからだ。いわゆる年功序列型賃金では、定年廃止は難しい。仕事の成果に応じて給料が支払われる形に変えなければ、高齢者ほど人件費がかさむことになってしまう。

 よほどのことがない限り、一生面倒を見てもらえるという終身雇用の制度も崩れることになるだろう。会社に入れば、自分の仕事がなくなっても、配置転換などで働き続けられるというこれまでの会社のスタイルはもたない。

 従来は「就職」というより「就社」で、会社に入ってどんな仕事をするのかも、どこで勤務するかも、すべて会社任せだった。辞令一枚で全国どこへでも転勤させる仕組みは日本特有の会社システムの上に成り立ってきた。だが、そうした「就社」意識の社員ばかりでは、いつまででも働ける「定年がない」会社には馴染まない。より働き手の専門性が明確になっていくことが求められるのだ。

 実際、定年を廃止している会社の多くは、従業員の仕事が明確になっているケースが多い。いわゆるジョブ・ディスクリプションだ。その人の働いた成果が一目瞭然になる仕事ならば、それに応じた賃金を払い続けても間尺に合う。年齢は全く関係ないわけだ。

 つまり、定年が廃止されるからと言って、安穏な終身雇用が待っているわけではないのだ。社員に対してより専門性が求められるようになる。逆に言えば、その人の専門性が必要とされなくなれば、解雇されるのが普通になるだろう。解雇できる要件を厳しく規定している現在のルールが見直されないと、なかなか定年廃止の動きは広がらないに違いない。今後、政府は、定年を廃止する企業に解雇ルールを緩めることなどを検討することになるだろう。

 自分の専門性が不要になってクビになったからと言って悲観することはない。その専門性を必要とする会社があれば転職可能だからだ。実際、今後本格化する労働人口の減少の中で、一定の専門能力があれば、仕事は簡単に見つかる時代に変わるだろう。自らの専門性を磨けば、より条件の良い会社へと移動するのが当たり前になるはずだ。

 定年廃止は一見、日本型経営の延長線上にあるように思われがちだが、実際は全く違う。終身雇用や年功序列賃金、「就職」ではなく「就社」といった日本型の雇用慣行が崩れる大きなきっかけになっていくだろう。

2018-04-27

「副業解禁」で壊れる日本の「カイシャ」 社員の「本来業務」の明確化が不可欠に

| 10:11

日経ビジネスオンラインに4月27日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/042600066/

新生銀行、ユニ・チャームなどが相次ぎ「解禁」

 日本企業の間で「副業解禁」の動きが広がってきた。新生銀行が大手銀行としては初めて「兼業」と「副業」を4月から解禁。就業規定を改めて、正社員や嘱託社員約2700人が、本業と並行して異業種の仕事に就くことを認めた。また、ユニ・チャームも同様に4月から「副業」を解禁した。すでにソフトバンクが昨年11月に解禁、コニカミノルタも昨年12月に副業を認めた。このほか大企業では日産自動車や花王リクルートなどが副業OKの会社として知られるが、ここへ来て一気に「副業」を認める会社が目立ってきた。

 「働き方改革」を掲げる安倍晋三内閣は、昨年来、「副業・兼業」の推進に旗を振ってきた。今年1月には厚生労働省が「副業・兼業の促進に関するガイドライン」をまとめたほか、同省が示していた「モデル就業規則」から副業禁止の規定を削除した。従来は「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という規定が「モデル」として記載されていたがこれを削除。「副業・兼業」という章を設けて以下のような条文を例示した。

第67条 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。

2 労働者は、前項の業務に従事するにあたっては、事前に、会社に所定の届出を行うものとする。

3 第1項の業務に従事することにより、次の各号のいずれかに該当する場合には、会社は、これを禁止又は制限することができる。

労務提供上の支障がある場合

企業秘密が漏洩する場合

会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合

競業により、企業の利益を害する場合

 つまり、会社の利益に反するようなことがない限り、「副業・兼業」は自由だとした。「原則禁止」から「原則自由」へと方針を180度変えたわけだ。中小企業庁の調べでは、大半の企業が副業を「原則禁止」としており、認めている企業は全体の14%に過ぎないというから、方針変更は大変化をもたらす可能性が大きい。

社員を「クビ」にせず抱え続ける余裕がなくなった

 もともと副業解禁論が出てきたのは、多様な働き方を求める人が増えたことが背景にある。サイボウズの青野慶久社長が政府委員などとして、「副業禁止を禁止せよ」と強く主張したことなどをきっかけに、働き方改革を掲げる安倍内閣が一気に「解禁」に舵を切った。

 政府が「副業解禁」に動いたのは「働き方の多様化」も一因だが、最大の理由は深刻化する「人手不足」が背景にあった。ひとつの会社に縛り付けておく「働かせ方」を続ければ、労働人口の減少とともに、人手はどんどん足りなくなる。ダブルワークなどを解禁すれば、効率的にひとつの仕事を終えた人が、他の仕事に就くことで、人手不足を吸収する一助になる。そうした政府の方針変更を受けて、企業が「副業解禁」に動いているわけだ。

 もっとも、副業解禁と言っても会社によって「想定」が大きく異なる。冒頭の新生銀行では、英語の得意な人が翻訳の仕事をすることなどを想定しており、競合する金融機関や情報漏えいのリスクが生じかねない企業での副業は除くとしている。

 5月から副業解禁を決めたエイチ・アイ・エス(HIS)は、入社1年以上の正社員約5500人を対象にするが、訪日外国人(インバウンド)向けの通訳ガイドなどに就いてもらうことを想定しているという。他社の従業員として働くなど、雇用関係が発生する勤務は対象から外し、引き続き「禁止」する。個人の技能を生かし業務委託や個人事業主として働くことを認めるという内容だ。

 いずれも、個人の能力向上に役立つような「仕事」を社外でしてもらうことで、会社での「本業」にもプラスになると考えているようだ。一方で、会社で身につけた「専門能力」を社外、特に他社で発揮するような「副業」については躊躇している会社が多い。

 伝統的な日本企業は、いったん就職すれば、定年退職を迎えるまで、よほどのことがない限り、面倒を見続ける「終身雇用」を前提にしてきた。仮に社員のスキルを生かせる仕事がなくなっても、配置転換などで仕事をあてがい、生活を保障してきた。

 「就職」というよりも「就社」といった方が良い日本の雇用形態では、社員の能力はすべて会社のために使うのが前提だった。能力を発揮する場所は会社の人事部が考え、配置転換で仕事を与えてくれる。だから、その能力を会社の外で使うことは論外。副業禁止は当たり前だったわけだ。

 副業解禁はこの「日本型雇用」が崩れ始めたことを明確に示している。ひとつは会社自体の体力が弱まって、終身雇用を維持できなくなっていることがあるだろう。時代の変化とともに消えていく職種の社員をクビにせず抱え続けることは、会社に余裕がなければできない。

 また、収益力が高くない伝統的な大企業では、給与を大きく引き上げることが難しい、という事情もあるだろう。自社で稼げない分、外で働くことを容認せざるを得なくなったわけだ。そして、政府の方針転換に背中を押されている面もある。

 だが、いったん副業を解禁すれば、日本の「カイシャ」のあり方は根本から変わることになる。蟻の一穴になるのは間違いない。

社員の「本来業務」を明確にすべき

 というのも、副業を解禁するには、その社員の「本来業務」が何なのかを明確に示さなければならなくなるからだ。例えば金融機関の社員が通訳の副業をしようとした場合でも、その社員の本来業務が通訳だった場合、会社はそれを認めるのか。その社員を海外の大学に通わせて通訳できるぐらい語学堪能に育てたのはその金融機関かもしれない。それでも金融機関の本来業務とは違うので、語学力を外で生かすのは問題ないと日本企業が割り切れるか。

 競業先での副業はダメだとした場合、その社員の「本来業務」が何かを明確にしなければ、「競業」かどうか分からない。会社がその社員に期待する「本来業務」は何なのかを明示し、社員は規定の労働時間の中でそれに応える。つまり、ジョブ・ディスクリプションが明確になっていかざるを得ないのである。

 欧米企業では、その社員の仕事が何かを明確に示しているため、同じ課の隣の社員が残業していても、さっさと帰宅していく。日本は隣の先輩が残っていたら、部下は帰りにくい。そのジョブ・ディスクリプションのなさが、長時間労働の温床になっているとされてきたが、一方で、そうした風土が、日本企業の「チームワーク」の源泉であると信じる人も少なくなかった。それが、長年、ジョブ・ディスクリプションが必要だ、と言われながらも、日本企業に根付かなかった理由である。

 そこに、「副業解禁」が風穴をあけることになるわけだ。副業がどんどん当たり前になっていけば、社員は会社の中での自分の役割をより強く認識するようになる。業務の専門化が進み、プロ意識が高まっていくことになるだろう。今は、会社も「本来業務」の副業はダメだと言うところが少なくないが、いずれ、「専門能力」こそ、様々な「複数の」会社で生かせることに社員は気がついていく。会社もその社員の「能力」が必要だと思えば、他社との兼業でも受け入れざるを得なくなる。

 かくして、専門性を身につけた社員と会社の関係は希薄化していく、いや、よりパラレルになっていくに違いない。フリーランスや請負に近い感覚を兼業社員は持つようになるだろう。その人を丸ごと「雇用」して「就業規則」で縛るという従来の「会社と社員」の概念から外れる専門家が増え、業務を明確化したうえで、それぞれの会社と個人が個別に業務契約を結ぶ。そんな関係が増えていくだろう。

 あたかも「擬似家族」のようだった日本の伝統的な「カイシャ」は急速に壊れていくに違いない。

2018-04-13

働き方改革には「マインド改革」が不可欠だ 永田稔・ヒトラボジェイピー社長に聞く

| 09:27

日経ビジネスオンラインに4月13日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/041200065/

働き方改革関連法案がいよいよ閣議決定され、今国会に提出、審議が本格化する。時間外労働の上限をどんなに繁忙な時でも月100時間未満とするよう定め、罰則も設けるなど、画期的な内容を含む。一方で、時間によらない働き方をする専門職を対象にした「高度プロフェッショナル(高プロ)制度」の導入も盛り込まれている。

 果たして、今回の法案が成立すれば、日本人の働き方が変わり、長時間労働は是正されていくのか。人材に関する問題解決に取り組むコンサルティング会社「ヒトラボジェイピー」の社長で、立命館大学大学院教授も務める永田稔氏に聞いた。

(聞き手は、磯山友幸)


f:id:isoyant:20180413093118j:image

永田稔(ながた・みのる)氏

ヒトラボジェイピー社長。立命館大学大学院経営管理研究科教授。一橋大学社会学部卒業、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にてMBAを取得。松下電器産業(現パナソニック)、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、ワトソンワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。ディレクター兼組織人事コンサルティングチーム部門長などを務めた。ビジネスモデル、組織モデル、人材マネジメントモデルを一体としたコンサルティングに従事。2016年6月にウィリス・タワーズワトソンを退社し、ヒトラボジェイピー(HitoLab.jp)を設立。 著書に『不機嫌な職場』(講談社、共著)など。


――今回の法案で日本の長時間労働は変わるのでしょうか。

永田稔・ヒトラボジェイピー社長(以下、永田):罰則付きで残業時間を規制するなど、これまでにない法改正であるのは事実ですが、日本の職場に根付いた「残業体質」が一気に変わるかどうか、疑問ですね。というのも、仕事の量や複雑さだけでなく、働かせる上司のマインドや働いている部下本人たちの意識が、日本企業の残業体質や非生産的な体質を作り上げているからです。この風土の問題をどうにかしないと、長時間労働は解決しません。

――部下のマインドですか。

永田:ヒトラボジェーピーでは、クライアント企業の事業責任者や管理職、中堅若手の社員などに70問にわたる綿密な質問票を記入してもらい、それを集約して、その会社の「働き方」「働かせ方」のどこに問題があるかを分析するサービスを行っています。いわば「残業体質の診断調査」です。

――どんな調査を行うのでしょうか。

永田:会社の「組織風土」と「環境・仕組み」、上司つまり管理職の「マインド」と「スキル」、社員本人の「マインド」と「スキル」、そして「業務の量と質」の7つについて、どれぐらい長時間労働の要因になっているか聞きます。また、「仕事のやりがい・活力」や「ストレス状態の認識」についても聞きます。

――回答に全体的な傾向はあるのでしょうか。

永田:各社、結果には差があるのですが、これまでに受託した15社約2000職場の全体集計をかけると、ある傾向が分かりました。まず、業務の複雑度や非定型度合いが高まっていると多くの回答者が答えています。仕事が難しさを増す一方で、業務に対する習熟度が追い付いていない、学習スキルが足らないと焦っている社員がかなりいることが分かります。


「過剰チャレンジ」と「過剰確認」を求める上司

永田:そうした中で、社員本人のマインドには、自分の仕事は自分でこなしたいという「抱え込み傾向」や、何としても自分だけで頑張るという「独力遂行傾向」が見られるのです。また、長時間働いていることを上司がプラスに評価するだろうと感じている傾向が強いことも分かります。

 一方で、上司の側のマインド、意識にもかなり問題があることが分かりました。「過剰チャレンジ」を求める傾向が強かったり、「過剰確認」を現場に求めたりしているケースが少なくないことが分かります。仕事が複雑さを増して、社員の能力が落ちているから、過剰に管理職がチェックをし口を出さざるを得なくなっている、ということでしょうか。

――仕事を抱え込んで長時間働くのが美徳、というわけですね。

永田:はい。複雑な業務を一人で抱え込んで、長時間働くことをよしとしている、社員の意識が根強くあるということです。また、会社全体の風土として、「頻繁に方針が変更される」という答えも目立ちました。上司の方針がしばしばブレて朝令暮改になったり、過剰なチャレンジを求めたりすることで、部下の負担になっているということも明らかになりました。

――部下も上司も長時間労働を嫌がっていない、ということですか。

永田:残業代を生活費の一部として当てにしているという答えもかなりあるのですが、それ以上に、職場が長時間労働になっている方が上司も部下も安心、満足だという傾向が見られます。調査結果をみると、何と、長時間労働と仕事の満足度が比例しているのです。

――そうした風土にメスを入れない限り、日本の長時間労働はなくならない、というわけですね。

永田:ええ。ある金融機関で、午後5時に帰る運動を始め、入館証で出退勤をチェックするようにしたところ、社員同士で入館証の貸し借りをして残業時間を調整していることが明らかになったケースもあります。また、PCで仕事時間を測定している会社の例では、パソコンのIDを貸し借りしているケースがありました。まさに社員のマインドの問題、職場の風土の問題だと言えます。

――どうすれば日本の会社の風土を変えられるのでしょうか。

永田:職場の仕組み、働き方の形を作り直すことから始める必要があるのではないでしょうか。本当の意味の「働き方改革」ですね。日本の場合、誰が何をやるかというジョブ・ディスクリプションが曖昧なケースが多く、自分の仕事が終わっても同じ職場の同僚が終わらないと帰れないというムードが強い。

 上司も「俺の若い頃はもっと厳しかった」といった思いがある。本当は今、目の前にいる部下がどう感じているか、仕事がキツイと思っているかどうかが重要なのですが、どうもそうした「風土」になっていない。上司による「過剰チャレンジ」の要求や仕事の「丸投げ」なども変えていく必要があります。私たちは分析結果を基に、経営者や管理職と話をして、ワークショップを行うなど、問題解決のお手伝いをしています。

――そうした現場の「風土」は必ずしも経営者が把握していないケースが多いわけですね。

永田:ええ。しかし、現場で起きる1つの労働問題が、会社全体のリスクになる時代です。過労死などが発生すれば、経営者の責任は重大です。


職場をプロ集団に変える一歩は「新人採用」

――ところで、今回の法案では裁量労働制の適用範囲の拡大は外されましたが、高度プロフェッショナル制度については法案に残っています。永田さんは高プロ制度についてどうお考えですか。

永田:時間によらない働き方という理念はよく分かります。しかし、今の日本企業のマネジメント体質のまま高プロ制度を導入した場合、悲惨なことになるのではないか、と危惧しています。私もコンサルタントをしてきて痛感しているのですが、日本企業の経営陣は、専門家に仕事を任せるのではなく、まず3つ4つの案を出せと言います。そしてその中から1つを選ぶのが経営者や管理職の仕事だと勘違いしている。

 そんな中で、時間規制のない「専門職」がいたとすると、いくつもの案を永遠に作らされることになりかねない。まずは、専門職を本当の意味で使いこなすようにマネジメントの行動を変えないといけません。

――確かに、日本企業はこれまで「ゼネラリストを育てる」という名目で、何でもやらせることができる使い勝手の良い「正社員」を主体としてきた。その人がどんな専門知識を持っているか、きちんと把握して戦力化していない。それが生産性が低い一つの例のように思います。

永田:私の会社では志望学生のエントリーシートを人工知能で分析するというサービスを始めています。ちょうど今、就職活動が盛りですが、人事部総出でエントリーシートを読んでいる。実際には学校名や部活などに引っ張られています。これをきちんと分析することで、会社が求める人材を選び、適材適所につなげられるのではないか、と思っています。

――テクノロジーを使ってデータを分析して問題を把握し、解決するという手法を取っているようですが、どんな分析をするのですか。

永田:エントリーシートに書かれている言葉の属性を分析して、その人の「チームワーク」度や「分析行動」「戦略思考力」などがどれぐらいあるかを点数化していきます。項目ごとに全応募者名を並べ替えランキングすることも可能ですので、例えば「コミュニケーション力」が一定以上の人を抽出することなどができます。

 今年はこういったタイプの人材を採用したいとか、今年はやめるとかいった「選択」をデータに基づいて行うことができます。そのうえで、面接などに入っていけばよいのです。ちなみに、副次的な効果として、模範解答のような文章のコピペをあぶり出すこともできます。

――日本企業では本人の希望に沿った配属をあえてせずに、様々な職場を経験させようとする傾向がありました。そうした時代ではない、ということでしょうか。

永田:職場をプロの集団に変えていくには、採用の仕方も人事評価のあり方も変える必要があります。職場の風土を変える一つのステップです。このシステムをエントリーシートではなく、中堅社員に文章を書かせ、幹部を選ぶ際のデータとして使えないか、という問い合わせも来ています。日本企業もこれまでの風土を変えようと、模索を始めています。

2018-03-30

「定年延長」固まり、霞が関改革が急務に 現状のまま「65歳」なら組織停滞は必至

| 08:27

日経ビジネスオンラインに3月30日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/032900064/

数百万人の公務員が定年延長の対象に

 森友学園問題で官僚のあり方が問われている中で、官僚の定年を現在の60歳から65歳に引き上げる動きが着々と進んでいる。政府は2月に関係閣僚会議を開いて定年延長を決定。2019年の通常国会に国家公務員法などの改正案を提出する見通し。2021年度から3年ごとに1歳ずつ段階的に引き上げ、2033年度に65歳とする。

 この手の官僚の待遇改善の常ではあるが、国家公務員全体を対象にし、地方公務員も巻き込んで制度改革を打ち出している。65歳定年になる対象の公務員は数百万人。決して高い給与とは言えず天下りなど無縁の、現場の公務員を巻き込んで制度変更することで、国民の反対論を封じ込めるが、このままでは最も恩恵を受けるのが霞が関の幹部官僚になる。

 長い時間をかけて段階的に変えていくというのも官僚の常套手段で、一度決めてしまえば、経済情勢や国や地方自治体の財政状態がどう変わろうと、着々と定年年齢が延びていく。一方で、「2033年度の話」と聞くと遠い将来の話のように感じるため、国民の関心は薄れる。

 なぜ、公務員の定年引き上げが必要なのか。「無年金」時代を無くすというのが理屈だ。公務員年金の支給開始年齢は段階的に引き上げられているが、2025年度には65歳になる。定年が60歳のままだと定年後すぐに年金が受けとれず、無収入になってしまう、それを防ぐためだというわけだ。

 一見正論だが、それなら民間企業に勤める人も事情は同じだ。だが、民間企業が定年を65歳に延長しているかといえば、そうではない。

 現在、企業は、高齢者雇用安定法という法律で60歳以上の人の雇用促進を義務付けられている。定年を延長するか、定年自体を廃止するか、再雇用するかの3つのうちいずれかを選択するよう求められているのだ。

 ご存知のように多くの企業は「再雇用」を選択している。これまでの給与に関係なく、その人の働きに見合うと思う金額を提示、働く側はその金額に納得した場合、嘱託社員などとして働く。納得できずに別の会社に転職していく人も少なくない。

60歳までの「身分保証」は今後も継続

 だが、単純に「定年延長」となるとそうはいかない。それまでの給与体系に準じた金額を支払うことになる。もちろん「役職定年」を導入するなど、人件費総額が膨らまない工夫をしている会社がほとんどだ。

 政府は公務員の定年引き上げについて2017年6月に「公務員の定年の引上げに関する検討会」を設置し、制度設計などについて検討してきた。座長は古谷一之官房副長官補。財務省出身の官僚である。

 さすがに財政赤字が続き、国の借金が1000兆円を超えている中で、総人件費が大きく膨らむ案を出すことはできない。「(1)60歳以上の給与水準を一定程度引き下げる」「(2)原則60歳以降は管理職から外す『役職定年制』を導入する」――という「方向性」も定年延長と同時に政府は決めている。

 きちんと民間並みに改革しようとしているではないか、と見るのは早計だ。裏読みすれば、給与水準を下げるのは60歳以上だけ、しかも「一定程度」。役職定年制も導入するが、「60歳以降」に限り、しかも「原則」である。何しろ、役所は企業と違い、完璧な年功序列システムである。しかも基本的に「降格」はできない仕組みになっている。そうした60歳までの「身分保証」は今後も継続、というわけだ。

 現状でも役所トップの事務次官の定年は法律で62歳となっており、一般の定年60歳よりも2歳上の「例外」になっている。定年が65歳になるとともに、次官の定年も引き上げられる可能性が高い。具体的な制度設計は今後、人事院が行うが、ここも官僚たちの組織である。「民間並み」という官僚の給与の引き上げを「勧告」するあの人事院だ。

 もちろん、あまり高いとは言えない給料で一生懸命に働き、大した退職金ももらえない現場の公務員の定年引き上げが不要だというつもりはない。人手不足の中で、働ける人にはいくつになっても働いてもらうことが重要であることも当然だ。そもそも「定年」などという仕組みはなくても良いのかもしれない。

 だが、そのためには人事制度が柔軟であることが前提になる。きちんと能力に見合った仕事に就き、能力相応の給与をもらう。仕事ができるかどうかに関係なく、同期入省が一律に昇進していく霞が関の仕組みを変えることが前提になる。

 今、森友学園への国有地売却に伴う決裁文書の改ざん問題で、「内閣人事局」への批判の声が上がっている。首相や官房長官など「政治家」が人事権を握ったことで、政治家の顔色を見る幹部官僚が増えたというのだ。それが「忖度」を生む土壌になっているというのである。

 公務員は一部の政治家の部下ではなく、国民全体への奉仕者だ、という建前をかざされると、なるほど、利権にまみれた政治家が人事権を握るのは問題だ、と思ってしまいがちだ。だが、そうした官僚のレトリックは本当なのだろうか。

 内閣人事局ができる前は、各省庁の事務次官が実質的な人事権を握っていた。建前上は各省の大臣が権限を持つが、大臣が幹部人事に口出しをするとたいがい大騒ぎになった。新聞も政治家の人事介入だ、と批判したものだ。

「降格」すらできない硬直化した制度

 だが、その結果、「省益あって国益なし」と言われる各省の利益最優先の行政がまかり通った。この四半世紀続いてきた公務員制度改革は、そうした各省の利益優先をぶち壊して、「官邸主導」「政治主導」の体制を作ることに主眼が置かれてきた。その、仕上げの1つが「内閣人事局」だったわけだ。

 霞が関の幹部官僚600人余りについて、内閣人事局が一元的に人事を行う。企業でいえば、子会社にしか人事部がなく、それぞれバラバラにやっていた人事を、統合的に人事を行う「本社人事部」を遅まきながら新設したというわけだ。内閣人事局が国全体の政策執行を前提に人事を行うことが極めて重要だと言える。

 それでも、政治家が人事を握るのは問題だ、というキャンペーンにうなずいてしまう人もいるに違いない。政治家はダーティーで、官僚はクリーン。政治家は一部の利権の代弁者で、官僚は国民全体の利益を考えている。そんなイメージが知らず知らずのうちに国民に刷り込まれている。では、本当にそうなのか。

 政治家は選挙制度にいろいろ問題はあるとしても「国民の代表」であることは間違いない。では、官僚は「国民の代表」なのか。

 私たちは、政治家は選ぶことができる。官僚たちに忖度を強いるような利権誘導型の政治家や政党には、次の選挙で逆風が吹き荒れることになる。国民のためにならない歪んだ人事を行い、歪んだ政策を実行した党は、政権与党から引きずり下ろせば良いのである。

 だが、私たち国民は官僚をクビにすることはできない。実は政治家も官僚をクビにできない仕組みになっている。公務員には身分保証があるのだ。内閣人事局で人事権を政治家が握ったといっても、官僚ひとり降格することは難しい。逆にいえば、降格できないからポストが空かず、抜擢人事もできない。民間企業では全く考えられない人事システムなのだ。

 それを維持したまま定年を延長するのは危険だ。組織が一段と高齢化し、若い官僚の権限は今以上に薄れていく。官僚組織が停滞することになりかねない。

 では、どうするか。定年延長に合わせて、内閣人事局の権限をさらに強めるべきだ。幹部官僚については降格や抜擢、復活ができるようにし、内閣の方針に従って適材適所の配置を行う。身分保証をなくす一方で、幹部官僚については定年を廃止する。年齢に関係なく抜擢し、適所がなくなれば退職していただく。

 会社の取締役を考えれば分かりやすい。社長に気に入られて若くして取締役になっても、1期でお払い箱になることもある「民間並み」の仕組みだ。幹部官僚は民間からも出入り自由にすれば良い。米国の「政治任用」のような仕組みだ。

 定年延長という大きな制度改革を前に、霞が関の幹部人事のあり方を変える公務員制度改革をまず行うべきだろう。

2018-03-16

主要企業のベアで「前年超え」が相次ぐ 「経済好循環」の第一歩が始まった

| 07:50

日経ビジネスオンラインに3月16日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/031500063/

安倍内閣による賃上げ要求が後押し

 どうやら賃金の上昇を実感できる春になりそうだ。2018年の春闘は3月14日に主要企業の集中回答日を迎えたが、多くの企業が5年連続でベースアップ(ベア)を実施、前年実績を上回る回答が相次いだ。企業業績の好調が背景にあるのはもちろんだが、安倍晋三首相が経済界に「3%の賃上げ」を求めてきたことも、高水準の回答を後押しした。もっとも、ベアと定期昇給(定昇)分だけで3%の賃上げとした企業は少なく、手当や一時金などを合わせて3%をクリアした企業が目立った。

 新聞各紙の報道によると、トヨタ自動車は回答額を非公表としたが、ベースアップ相当分は2017年の1300円を上回る額になった。ベアと定昇に、期間従業員の手当などを全て含めた全組合員の給与額は平均で3.3%増となったという。また、ホンダが前年の1600円のベアを1700円に引き上げたほか、日産自動車は前年の1500円から3000円とし、要求に満額回答した。

 また、日立製作所と三菱重工業のベアはともに1500円と、前年の1000円を上回った。NTTグループ主要6社は前年の1400円を上回る1800円の回答を行った。

 日本経済新聞が行ったアンケート(回答90社)によると、7割の企業がベアを実施、そのうち74%の企業がベア額を拡大したという。

 同じ日経のアンケートによると、ベアと定昇を合わせた「基準内賃金」の引き上げ率が最も多かったのは「2%台」で69%に達した。3%超とした企業は全体の22%だった。もっとも前述のように、一時金や手当を含めて「3%」に達した企業はそこそこの割合になる可能性があり、安倍首相主導の「官製春闘」は一定の成果を上げることになりそうだ。

 安倍首相はアベノミクス開始以降、「経済好循環」を訴え続けてきた。大胆な金融緩和の結果、円高が修正されたことで企業収益が大幅に改善、過去最高の収益を記録している。

 そんな中で、企業の内部留保ばかりが増加し、従業員の給与増になかなか結びついていなかった。

 一方で、物価はジワジワと上昇が続いており、2017年の現金給与総額は物価上昇を加味した「実質ベース」でマイナスになっていた。今春闘で物価上昇率を超える大幅な賃上げが達成できなければ、「経済好循環」は掛け声倒れに終わりかねない。

入社6〜7年で辞める人が増えている」

 物価上昇分を吸収できるだけの賃金上昇が実現できなければ、庶民の財布のヒモは緩まない。個人消費が今ひとつ力強さに欠けているのも、実質賃金がなかなか増えない点に原因がある。

 今回の春闘を1面で報じた3月15日付けの日本経済新聞は、ひとつの特徴として、「横並び意識に変化」が起きているとし、サブ見出しに立てていた。これまでの慣行を破ってトヨタが回答額を非公表としたことや、他の自動車大手がベアを小幅の増加にとどめる中で、日産だけが満額回答したことを例として挙げていた。

 背景には、優秀な人材を維持・確保するために待遇改善が必要だと考える経営者が増えていることがありそうだ。すでに3月1日から2019年春卒業予定の大学生の就職活動が始まったが、早々に内々定を出しているという話が広がるなど、序盤から過熱している。今後は少子化の影響が本格化し、人手不足が一段と深刻化することになりそうだ。そうした中で、若手の「即戦力」の引き抜きや、転職などが広がっている。

 「入社6〜7年で辞める人が増えている」と総合商社の人事担当役員は話す。入社1〜2年で辞めるのならば、もともと適性が無かったという事で諦めもつくが、5年以上たって一人前の仕事ができ始めた段階で辞められるのはショックだという。「ようやく基礎訓練を終えて、仕事をしてもらおうという段階で辞めてしまわれては大損害」だというわけだ。

 転職支援会社の役員に言わせれば、「30歳前後の人材が即戦力として最も需要が大きい」という。外資系で事業拡大を狙っている企業などでは、こうした層に照準を合わせて採用を行うところも少なくない。

 というのも、外資と日本の大手企業の社員の給与で、30代前半ぐらいの格差が驚くほど大きいからだ。まだまだ年功序列賃金が主流の日本の大手企業では、30歳ぐらいの社員の給与は働きに比べて大幅なディスカウント状態にある。外資系企業で中間幹部として採用されれば、年収1000万円は軽く超えるが、日本の大企業ではフルに残業してもなかなか1000万円には届かない。

 今はSNSやネットの情報を通じて、様々な企業の待遇が事実上「ガラス張り」になっている。転職情報もネット上にあふれており、別に仕事を探すハードルが低くなっているのだ。

 当然、30歳台の優秀な人材ほど、引く手あまたの状態になっている。日本の大手企業は給与の引き上げなどを積極的に行わなければ、もはやこうした流れに抗することができなくなっているのだ。

優秀な人材を低賃金で我慢させられるのか

 トヨタが賃上げの回答額を非公表にしたのも、一律での回答数字に意味が薄れている事が背景にあるという見方もある。これまでの終身雇用年功序列を前提にした日本の会社では、30歳から40歳前後の「最も働ける世代」の賃金はむしろ格差が小さかった。将来幹部候補になる人もそうでない人もほぼ待遇に差が無かったわけだ。

 会社の選別が明らかになるのも早くて40歳代後半で、そこまでは格差をあえて付けないのが日本流でもあった。誰にでも役員になれるという「幻想」を抱かせることが、むしろ一生懸命働くインセンティブになると考えたのだろうか。

 ところが、格差をつけないということは、優秀な人材に相対的に低い賃金で我慢させる、ということになる。かつてのように企業が成長していた頃は、ポストをあてがうなど、面白い仕事を任せることによって「将来」に期待を持たせることができた。この会社にいれば、将来が見えるという安心感を年功序列で与えていたわけだ。

 ところが、ここ20年、成長が止まったことで、日本を代表する大企業の多くでは、将来へ期待を従業員に抱かせることに失敗した。というよりも成長しないのだから、なかなか面白い仕事を与えることもできないし、将来の好待遇を約束することもできない。そんな環境の中で、若手社員の会社に対する帰属意識、ロイヤリティはどんどん低下していった。

 さすがにここへ来て、グローバルな競争をしている企業は危機感を強めている。優秀な人材を採用し、見限られないで長く働いてもらうには、むしろグローバルな水準での報酬や働き方を保証しなければ難しいことに気が付き始めたのだ。

 2018年1月の有効求人倍率は1.59倍。すでにバブル期を上回ったうえ、高度経済成長期に匹敵する人手不足に直面している。安倍内閣が進めてきた女性活躍促進や高齢者の就業機会の増加といった施策もあって、女性や高齢者の就業も大幅に増えた。むしろ、女性や高齢者の労働市場参入はそろそろ頭打ちになって来る可能性もある。そうなると少子化の影響がモロに効いて、人手不足はいよいよ本格化する。企業間の人材争奪戦はさらに激化することになるだろう。

 賃上げが実感できる春闘になったことは、賃上げ余力の乏しい低収益の企業にとっては、厳しい春になることを意味する。待遇改善できなければ、優秀な人材を採用できず、事業に支障をきたすようになる。まさに、悪循環が始まる第一歩になるからだ。