アラン・ムーア, デイブ・ギボンズ『WATCHMEN ウォッチメン』

 本当は意味なんかありはしない
 この最低の世界を創ったのは、形而上学的な超越力じゃない。
 子供を殺したのは神じゃないし、その死体を犬に喰わせたのも運命なんかじゃない。
 俺たち人間だ 人間の仕業だ
 俺は生まれ変わり、無意味な白紙の世界に自分の考えを記そうとした。
 それがロールシャッハだ。

 や、やっと読み終わった……コミックでありながら『長編小説』と呼ばれた意味が分かる。
 映画ウォッチメンの原作新版、ケース付きの豪華な装丁になっています。
 各章の間には精神科医の記録、新聞記事、登場人物が書いたレポートや自伝の抜粋、などなどの文字情報がぎっしり。巻末には設定資料が付属し、各章の扉は黒の背景にドゥームズディ・クロックと、その上へ段々と滴り落ちてくる血液、という不安感を煽るもの。
 ついに時計が血に濡れた時、物語はある破滅的な光景を迎える。
『スーパーヒーローの実在するアメリカ近代史』という題材のため、内容は政治的、社会的なものになっています。映画じゃマイルドになったロールシャッハも、原作だとジャップ嫌いの右翼*1
 作品が少し古いので、映画ではスタイリッシュだった部分も読んでみると色々野暮ったく感じられる箇所があちこちに。オウルの衣装を入れているロッカーとか、オジマンの金ぴかコスチュームとかね。
 ナイトオウル二世ことダニエルはヒーロー引退後はメタボっちゃって腹が出ているけれど、映画ではさすがに引き締まっている。
 が、原作は……「全裸で暗視ゴーグルつけるダン(229p、特に最後のコマ)」はダサイというか哀愁が漂うなあ。
 逆に原作準拠にして欲しかったのは、オウルの防寒装備。あれモコモコしてて可愛いのよ。実写版のフルフェイスマスクは何か東映ヒーローみたいな格好良さがあるけど。
 映画と原作の違いとして、ビッグ・フィギュアをシャッハが始末するシーンも気になる。
 原作だとオウルとローリーはトイレにビッグが潜んでいることを気付かず、便意について話しているんですが、映画だと揺れるドアの間から隅へ追い詰められる奴さんの姿が見えている。
 そして黙って顔を見合わせるオウルとローリー……初見では二人とも、シャッハが何する気なのか分かってて黙ってんのかと思ってました。
 原作と映画最大の違いといえば「イカ」ですが、これは尺的にも削って丁度良かったんじゃないかなあ。ごく妥当な判断。
 それにイカは出なくとも、精神科医のマル、新聞売りのおっちゃんと立ち読みの少年、レポーターと、細かい脇役まで原作そっくりの人が起用されているのも実写版の良いところ。
 なぜかシーモアだけ顔が違うのが気になりますが……黒髪じゃん赤毛じゃないじゃん。
 それと大事な所として、ロールシャッハの最後がね。オウル……おめえって奴はと原作には頭を抱える部分であります。
 映画版はロールシャッハ模様のように見える痕のカットと、嘆くオウルがあって非常に良い感じ。
 シャッハの最後を別にすると、ジョンは原作の方が好きかな。火星についてからのパートとかの関係で。ローリーとダンが寝ているのを目にした時、彼が微笑したのはどういう気持ちだったんだろう。
 オジマンことエイドリアンは、原作の方がよりナルシストで子供っぽかったかな。インタビューは「ああ、何かこういう人いるいる……!」という気持ちにさせられたものです。
 ダンの論文、ホリスの自伝といい、書き手が架空の人物ということに驚愕する出来なのよね……。自分が普段書いている小説とは、書き方の構造が違う感じというか。
 ただ一方で、「女性」の書き方がなんか偏っている感じが残念。
 ローリーがジョンの愛人だからってタダ飯食っていたとか、え、あなたあの施設で何か仕事してたんじゃないのと。
 そこは言及が少ないから置いておいても、基本「男に頼り切って生きる女」という印象が強い。初代シルクにしても、なんでまたエディと……。
 いや色々言っても大好きなんですけどね。高いけれど、アメコミ面白れー! と(正確にはグライフィック・ノベルですが)。
 なんか映画版寄りの感想になりましたが、深い考察とかは他のレビュアーさんに任せちゃえw


■オマケ:アニメ版ウォッチメン
 ようつべから転載された個人製作アニメ。
 ウォッチメンの映像化権利はFOXが持っていたのだが、長いこと放置して飼い殺し状態であった。そんで別会社が権利を買い取り、いざ映画化と思いきや「そいつを映像化すんのはウチだ!」とFOXが訴訟、原作ファンもコミックファンも全方位で敵に回すことに。
 そんな裁判の最中、イギリスの学生さんが「HAHAHAHA! FOXが映像化していたら、こんな程度のくだらないモノになっていただろうさ!」という嫌がらせで作ったのがこれだという。
 ツボを見事に抑えた、素晴らしい原作レイプ「だいたいあってない」。一番のお気に入りは「ジョンはあくとうをガンにするぞ!」ですな。

*1:原爆投下に肯定的だったりする。