extra innings

2018-05-23

ハリー王子の爵位、称号について

メーガン妃との結婚を機に、ハリー王子にウェセックス公位が叙爵されることになった。

王族に公爵位が与えられることを王族公爵と言うが、この公爵位そのものは、他の公爵位と違いはない。子々孫々に世襲されてゆく。

それならば、代々、英国の王子たちがこしらえた公爵位がさぞ多かろうと思われるかも知れないが、案外そうでもない。

第一に、婚外子には爵位相続権がない。

第二に、女子、女系男子には爵位相続権がない。

つまり、初代の嫡出子である男系男子でなければ相続権継承権がないので、生まれた子が娘が二人、なんてことは普通にあるので、そう言う家は貴族家としては断絶する。エリザベス女王次男ヨーク公には娘二人しかいないので、ヨーク公家は一代限りなのはほぼ確実である。

王族に与えられる公爵位として頻出するのは、クラレンス、ヨーク、ケント、グロスター、カンバーランド、ウェセックスあたりなのだが、これらは各王子に与えられた後、貴族家としては断絶した結果、繰り返し使用されているわけである。

ジョージ6世はジョージ5世の次男として、ヨーク公家を創設したわけだが、これは第7期のヨーク公家で、ジョージ6世として即位することによって、ヨーク公家は消滅した。そしてエリザベス2世女王の次男アンドルー王子が第8期のヨーク公家を創設したわけである。


爵位保有者が王位に即位すれば王位に統合されて爵位は消滅する。これをマージという。

エリザベス2世女王の夫のエディンバラ公(第3期エディンバラ公)の嫡男はチャールズ皇太子であるから、この公爵位は将来的には王位に統合されて消滅する。エディンバラ公の名跡を残したいと考えたエディンバラ公フィリップ王子は、末息子のエドワード王子が、フィリップ王子の没後にエディンバラ公に叙されるのを望んだ。

そのため、エドワード王子は将来的にエディンバラ公になる予定なので、現在は公爵位を保有しない、ウェセックス伯爵なのである。その場合でも、エドワード王子は現在のエディンバラ公位を相続するわけではなく、一端、エディンバラ公位はマージされて消滅し、第4期のエディンバラ公として叙爵されることになる。


特殊な、例外的な相続継承のされ方をする爵位もある。

ランカスター公爵位、コーンウォール公爵位、ロスシー公爵位、ウェールズ大公位である。

これらは通常の爵位ではなく、君主・皇太子の地位に伴う付随称号であるので、通常の意味での継承はされない。


ハリー王子はサセックス公に叙される前は、ウェールズ大公の扶養家族扱いであった。

王族の範囲は、

・君主の子

・君主の息子の子

皇太子の子

であるから、ハリー王子は王族なのだが、ハリー王子の子供たちは王族にはならない。ただし父のチャールズ即位すれば、王族になる。王族の範囲は、生まれた時点で絶対的に決まるものではなく、王位の位置によって、相対的に動く。

例えば、女王-チャールズ-ウィリアムの順で、順当に王位が継承されれば、ハリー王子の子は、「君主の息子の子」になるので、将来的には王族になるが、もし、女王よりも先にチャールズが逝去すれば、ハリー王子の子は王族ではなくなる。

それでいて、王族であるアンドルー王子やアン王女よりは王位継承順位は高くなるのだから、じゃっかんのややこしさが生じる。

今現時点で、厳密には王族の範囲の中にはいないのは、ウィリアム王子の子、ジョージ王子、シャーロット王女、ルイ王子らもそうなのだが、彼らに関しては、直系の王族であることから、女王が勅令で特別に王族とするとの命を発している。

ハリー王子は次男であり、傍系になるので、無理に王族扱いされるかどうかは分からないのだが、公務負担等を考えればハリー王子の子が王族でないというのは王家側にとって支障が出るだろう。

その場合は、王に即位しているはずのウィリアム王子によって、勅令が発せられることになるだろう。


エリザベス2世女王は矍鑠としていて、あとしばらくは在位しそうである。おそらく彼女が王位を去る前に、ハリー王子の子は生まれるだろうから、そうなった場合、仮にジョンという息子が生まれたとしたら、どう呼ばれるのかと言う問題が生じる。

ジョン王子とは呼ばれない。王子ではないのだから。その場合は通常の公爵家の嫡男として、ダンバートン卿と呼ばれるだろう。

ハリー王子は、サセックス公に叙されると同時にダンバートン伯爵に叙されている。ハリー王子に嫡男が生まれれば儀礼称号として、嫡男はダンバートン伯爵と呼ばれるだろう。

2018-04-07

大国の限界

新たに大国が勃興する場合は、大抵の場合はその時点での地理的な辺境から勃興することが多い。国の成り立ちから連邦制の性格が強かったドイツにおいて、ウィーンベルリンという二大首都が、いずれも「辺境伯爵領」から発展していることは理由がないことではない。

基本的には新興国の興隆は、既得権益層、停滞諸国、いずれにとっても脅威であるわけで、出る杭は必ず打たれる。中小国から大国大国から超大国への発展に際しては、必ず国際的な包囲網が敷かれることになる。

それを乗り越えるには、どうすれば良いのかと言えば、最大の方策は目立たないことである。地理的に辺境にあれば、既存の大国にとっては「主敵」になりにくく、第二位、第三位の敵にはなっても、第一位の敵にはなりにくい。また、既存の大国との間で、共通の第一位の敵を持つこと、つまり現状維持勢力として振る舞うことである。

先日、ウクライナを巡る記事において、はてなブックマークのコメントが概ねウクライナに対して厳しい姿勢であったのに対して、ある人が日本の保守ロシアに対しては割合、融和的な態度であることをプーチンに洗脳されている、みたいな決めつけを行っていたが、ロシアが基本的には信用のおけない隣人であったとしても、日本にとっては第一位の敵ではないし、ロシアにとっても日本は第一位の敵ではない。マキャベッリの言う、「リアリストの間では、互いにエゴイスティックであっても妥協、すなわち平和維持が可能」の実例であって、外交政策に興味のある保守派の多くが、戦術的にではなく戦略的に発想していることの現れであると思う。

ウクライナジョージアグルジア)は、まさしく私が国を示すのにジョージアグルジア)という厄介な書き方をしなければならないように、国際的にエントロピーを増大させる愚かな振る舞いしかしていない。アメリカや西欧諸国は愚か者と付き合うべきではないのである。介入さえしなければ単にそれらの国の無力さと言う妥当な評価基準から、最終的には親ロシア政権に収まるであろうし、そうなればロシアが介入する必要もなくなるわけだから、それらの地域ははるかに安定して発展してゆけるだろう。

東欧圏におけるロシアの行為はエントロピーを減少させているという意味において、肯定されるべきであるし、この地域に介入の姿勢を見せている西欧諸国、特にドイツは相変わらずの外交戦略音痴ぶりを示している。ドイツは基本的には過去の失敗から学べない国である。そういう意味ではアメリカと似ている側面があるが、そもそもアメリカのそうした盲目的な要素は、アメリカ最大のエスニック集団であったドイツ移民によってもたらされたのではないだろうか。

七年戦争は、辺境に位置する、大国の主敵にならないように振る舞う、この二点において慎重に振る舞っていた新興国が、ついには列強として脱皮を果たすために戦争と言う大危機を乗り越えた事例である。この戦争は二つの新興国アメリカプロイセン列強化をもたらした。それは結果論であって、その結果に至る前に両国とも存亡の瀬戸際まで追い込まれ、それを乗り越えなければならなかった。アメリカドイツプロイセン)はこの点においてもそもそも相似的なのである。

プロイセン危機の方がより苛烈であり、その凌ぎ方はより劇的であったのだが、その後、アメリカは順当に覇権国家に成長し、ドイツはその過程で二度の世界大戦に敗れるという失敗に陥ったのはなぜだろうか。

基本的にはやはり、アメリカの方がより地理的に辺境だったから、と考えるべきで、アメリカは早い段階で、欧州情勢への不介入、逆にアメリカ諸国に対する欧州諸国の介入排除の姿勢を見せた。モンロー主義である。これは孤立主義政策として、現在は特にリベラル派からは評判が悪い政策なのだが、「戦略的利害を明確化して、それを妥協可能な水準にとどめておくことによって、エントロピーを減少させる」という意味において、おそらくはアメリカが採った唯一の理性的合理的外交方針であった。

アメリカ大陸でのことは、欧州列強にとっては権益には関わっても生存には関わってこない問題であって、妥協が可能なマターに過ぎない。ドイツが位置するヨーロッパ大陸中央でのことは生存に関わるマターになる。この差が、アメリカ覇権国へと至る猶予を与え、ドイツには与えなかった根本的な理由であると思う。

そもそも能力が無ければ大国化には至らないが、そうした一般的な能力を除外して言えば、アメリカ覇権国家に至ったのは基本的には運、だった。同じアメリカ大陸でもどうしてアメリカ合衆国覇権国家化して中南米は失敗国家ばかりになったのかについては、アメリカの文化の中軸が「入植者」にあって、中南米の文化の中軸が「移民」にあるせいではないかとも思うのだが、それはまた別のテーマになる。

1812年の米英戦争があったにしても、覇権国家の移行が、英国からアメリカへと比較的穏健に進んだことについては、英国側の自制によるところが大きい。被従属化させられないと見ると、英国アメリカに対して「関係を維持してゆく」ことを至上命題として維持した。

英国人の持つ戦略眼の確かさは、実際凄まじい。そのDNAは英国からアメリカには伝えられていない。根本的なところでアメリカ英国的国家ではなくドイツ的国家なのである。その関係の中で、アメリカは何度も英国をいたぶったし、戦争へ至ったとしても不思議ではないケースもあった。しかし英国は、戦術的な要素に引きずられずに戦略的な基本方針を維持したのだ。

これは覇権国家の移動をマネージすることで、エントロピーを減少させる試みであった。

英国の例を見れば、変化をマネージすることで穏健化するのが是だとしても、ただついていく、だけでは駄目だということは言える。将来を見通し、戦略的視点を伝え、教育し、理解させ、より大きな利益の中で現状維持国と現状変更国の利害をアウフヘーベンさせてゆく、そうした理想的な移行関係が米英外交史においては見られる。

戦国時代の日本に当てはめてみれば、踏まれても蹴られても織田家に着いていった徳川家の戦略に似ていて、徳川家の戦略はそれで正解だったわけだが、徳川家から織田家に対して、天下布武へのロードマップについてもっとサジェストがあっても良かったかも知れない。その中で、織田家の隆盛が単に織田家のみの隆盛ではなく、秩序の回復と言う国家的な利益につながり、その中で徳川家は十分な利益を得られるということを合理的に示すことが出来ていたならば、信長は合理主義者だから、合理的に考えて徳川をいたぶる必要を認めなかったかも知れない。

合理的エゴイスト同士の間では話が通じる」

のである。

2018-04-01

外交の目的

外交そもそもの目的は「不確実性」を減少させることにあると思う。究極的には平和の構築に目的があると言えるが、平和主義が却ってエントロピーを増大せしめる場合があるのは、ネヴィル・チェンバレンの路線が失敗した史実を例にしても言えると思う。

ヒトラーチャーチルを戦争屋、好戦家と呼んで非難したが、両者の戦争路線に違いがあった点を上げれば、ヒトラー軍国主義エントロピーを増大せしめたのに対して、チャーチル戦時体制エントロピーを減少せしめた点である。


基本的には外交政策の是非は、エントロピーの増減の視点で推し量られるべきだと思う。

この視点で見れば侵略戦争は基本的には侵略された側が悪い、という前提で捉えなおされるべきだと思う。

侵略されたと言う事実は、侵略が可能な状態で力の空白があったということであり、エントロピーを増大せしめていたからである。

ある小国が自衛可能な十分な武力を持つ、または徹底抗戦の姿勢が国民の間に見られるのであれば、侵略コストが膨大になるため侵略を誘発しないのである。また、そういう国であれば列強諸国にとっても、他の列強軍事勢力下に陥るリスクが小さいため、独立を尊重できるのである。

侵略戦争を含めたほとんどの戦争が、予防戦争として生じていることを踏まえるならば、侵略戦争はいけない、侵略された国は被害者であるとする従来の戦争観は、かえって戦争を誘発するものであると考える。

侵略戦争は、侵略する側にとっても現状の秩序を維持するために止むを得なくされることが多いのであり、他に選択肢がない状態で行われることが多い。従ってその点で、侵略国がエントロピーを減少させようとしている側であるならば、侵略国を責めても無益である。やらざるを得ないことをやっているだけだからだ。

真に問題とされるべきは、小国がエントロピーの問題について正確に理解しているかどうか、エントロピーを減少させるように合理的に振る舞っているかどうかである。


小国にとって唯一合理的外交政策は、現状維持国の側に立って、同盟を誠実に履行することだけである。

しばしば小国は、エントロピーの増大の中に、自国のフリーハンドを見出す傾向にあるが、それは地域のエントロピーを増大せしめ、現状維持国、現状変更国双方に侵略のインセンティヴを与える。大国が小国の振舞いによって、手足を縛られることを容認するはずがないからである。

小国にとっては現状維持国は既知の脅威である。現状変更国は未知の脅威である。そのため既知の脅威に対する警戒心に引きずられがちではあるが、未知の脅威への接近は、未知であるがために既知よりもはるかに危険である。

現状変更国が小国に気遣うべき理由は更にないわけであるし、現状維持国に対してもエントロピーの増大に対処しなければならないというインセンティヴを与えるからである。

小国が地理的権益的に重要であれば大戦争を誘発する引き金になりかねないし(そしてしばしば小国は戦場になる)、それほど重要ではないと見なされれば、大国間の取引材料に堕すだけである。

そうした事態を避けるためには、小国は現状維持国と同盟を結び、同盟者として十分にメリットがあることを示す必要がある。現状維持国にとって、最大の目的はエントロピーを減少させることにあるのだから、小国のどっちつかずの政策によって小国自体がエントロピーを増大せしめる装置となる場合は、むしろ敵と捉えた方がエントロピーの増大を防ぐことになる。


なぜしばしば、戦間期ポーランドのような愚かな小国が出現するのかという命題は、それ自体が興味深いテーマではあるが、たいていはナショナリズムに引きずられて、ということになる。

同じヨーロッパであっても、ノルウェーははるかに信頼性のおける同盟者である。単に人口や経済規模だけではなく、諸々の局面において合理的に振る舞えているかどうかがその国の同盟相手としての価値、国際的なインフルエンスの価値になる。

ノルウェーは同盟者として価値はあるがポーランドには二束三文の価値しかない。

問題は、戦後の歴史学の視点に置いて、エントロピーを増大せしめたポーランドの責任を問う声がほとんどないことである。これはイデオロギー上の善玉悪玉に引きずられて、バランスオヴパワーを前提とした構造問題にまで分析が達していない、あるいはイデオロギー勢力によって敢えて歪められているからだろう。

これは「大戦争を避けるために構造を理解して全力を尽くすべき」という現代人の最重要倫理からすれば、どれほど非難してもしすぎることのない欺瞞であろう。

2018-03-05

最近の将棋界に思うこと

渡辺明棋王九段、一世永世竜王)がA級から陥落した。実力的にはA級もB級1組も大差ない、23人の中で豊島八段と羽生竜王が別格、後は入れ替わる可能性が常にあると思っている。だから棋力から言えば、渡辺棋王はそこまで悲観することもないとは思うのだが、何しろA級は下位二名にならなければ残留出来るのに対し、B級1組は上位二名にならなければA級に上がれないので、実際のところ、A級に留まるよりも、B級1組から上に上がる方がはるかに難しい。

久保利明王将が、B1に落ちて一期でA級に戻ってきて、今期は名人挑戦者争いに加わると言うのもなかなかしぶとい。

B級1組は、今期は丸山九段が降級になったのが残念だ。避けられないとはいえ、名人だった人が、B級2組に陥落するのは加藤一二三九段以来ではないだろうか。森内俊之九段(十八世永世名人)のように、いさぎよくフリークラスに転出する人もいれば、加藤一二三九段のように力尽きるまで指し続ける人もいる。加藤九段も2002年、62歳までA級にとどまっていたが(本当に驚くべきことだ)、その後の落ち方はずるずるという感じだった。丸山九段も出処進退を考えるべき時かも知れない。

A級に昇格するのは糸谷哲郎八段、というか元竜王だが、ようやく来た、と言う感じがする。森信雄七段門下の出世頭だが、山崎八段が上がり切れないうちに先にA級入りすることになった。門下でA級入りするのは村山聖九段以来である。こういう節々に、村山九段が生きていれば、と死んだ子の年を数えるような思いがする。


2016年末以来の三浦弘行九段冤罪事件では、森門下も、片上大輔五段と千田翔太六段も判断を誤ったと言える。

元々三浦九段については、後輩に勉強会の成果を聞き出すなどの行為について、渡辺明永世竜王が激しく罵倒していたなど、評判の悪さがあった。私は、別に上司部下の関係があるわけでもなし、棋士が強くなるために最善を尽くして何が悪いと思っていたのだが、渡辺明永世竜王の正義意識、将棋道みたいなものに共鳴する人は多かった。当時は2ちゃんねるでも、悪役なのは三浦九段の方で、渡辺永世竜王はヒーロー扱いだった。

言ってみればある意味三浦九段は「嫌われ者」であって、三浦九段を嫌っていないとしても「藤井システム」の藤井猛九段は三浦九段の兄弟子だが、ちょっと距離が掴めていない感じもあったし、扱いが難しい感じもあった。

三浦排除とまではいかなくても、どちらかと言えば三浦九段への悪意がそもそも将棋界に通底していたのだと思う。

だから渡辺永世竜王告発に踏み切った時に、橋本崇載八段みたいな慌て者がやんやと喝采したのだろうし、森門下もここぞとばかりという風潮があったのだと思う。

社会組織としては本当に恥ずべきことだ。

今までここで出した名前の面々は謝りもし、愚かではあったが竜王戦まで間もない時期で早急な判断を迫られたという事情もあって、三浦九段も了としていることから、私としてはこれ以上、あの件で彼らを責める気はない。

ただし久保王将だけは別だ。

彼は勘違いの告発、もっと言えば虚偽の告発をして三浦九段を陥れようとして、しかも謝罪もしていない。

本当のところ僕は彼は刑事告発されてしかるべきだと思っている。

B級1組に陥落したのを一期でA級に復帰して名人戦挑戦者になろうかと言うその棋力と精神的なタフネスは、棋士としては称賛されるべきだが、将棋も結局は社会の中にあるのだ。いくらなんでもこういう人が名人になってしまえば、その汚点は連盟に永遠についてまわる。

彼には絶対に名人になって欲しくない。

2017-07-18

蓮舫民主党代表国籍問題に関する私見

そもそも蓮舫は、母親は日本国籍であって、父親がいわゆる台湾籍、父母両系主義の現在の国籍法であれば、無条件に「生まれながらの日本人」であって、彼女が出生時点で日本国籍を得られなかったのは極めて男女差別的で、法の下の平等に反する疑いの強い男系主義を当時の日本政府が採用していたせいであって(憲法違反の疑義が強いから父母両系主義に改められたのだ)、本質的には蓮舫の落ち度ではなく日本政府の落ち度である。

法改正された時点で彼女は「届出」をしたのであって、厳密に言えばこれは帰化とは異なる。本来、得られていたはずの日本国籍を当然のものとして届け出て確認した、ということなのだ。

そもそも日本政府の立場としては、中華民国は国家ではなく、国家ではないためそれを持っていたとしても、二重国籍にはなりえない。

http://vergil.hateblo.jp/entry/2017/07/17/114730

そこまではリンク先のブログとまったく同意見だ。

ただ、この問題が取りざたされた時に、彼女が「私は生まれながらの日本人です」と言ったのは以上の経緯を踏まえると、好意的に言っても勘違いである。日本国籍を得た時点で十八歳、自分のことなのにここまで勘違いするなんてことはあり得るだろうか。

「私の母は日本国籍ですが、当時の国籍法では母親が日本人で父親が外国人の場合は子供に日本国籍が与えられませんでした。だから十八歳の時に国籍法が改正されるまで私は台湾人でした。十八歳の時に、父と共に事実上の台湾大使館業務を果たしている協会に赴いて台湾籍からの離脱手続きをとって、日本国籍を正式に取得しました。誤解なされる方も多いと思いますが、これはいわゆる帰化とは違います。現在の国籍法の父母両系主義であれば当然、出生の時点で日本国籍が得られていたはずなのですが、私の出生の時点ではそうではありませんでした。十八歳で国籍法が改正されたので、その時点で、母親が日本国籍なので当然得られるはずの日本国籍回復した、というのが実情に近いと思います。

ご存じのとおり、台湾中華民国とは日本は国交がありませんので、離脱手続きはしましたがその後どう処理されているのかは把握しきれていません」

そうきちんと説明しておけば何も揉める要素のない話だった。

その後、揉めたのは芸能人としての彼女が、過去に矛盾する話をしていた経緯が明らかになったからで、政治家としての説明責任自体はあると思う。

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