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itisuke雑記帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-04-20

文化祭の挨拶文


 昔読んだ高校文化祭の挨拶文で、これいいなと思ったものをいくつか。 


 人は、やりたいことをやれ、という。自分のやりたいことに出会うのは天の啓示だ。時にはまた、自分が何かに打ち込んで、没頭したその後になって、それがやりたかったことだったのかと気づくこともある。

 自分のすべてを尽くしての燃焼の体験は、一回きりのものとなる。しかし、その一回きりの体験にぶつかっていく気持こそが青春の姿である。今年も、本校最大のイベント戸山祭を迎えた。生徒諸君がどれだけまたこの戸山祭に情熱を燃やし、かけがえのない、心に残る軌跡を実感するか、その期待は大きい。

 情熱・努力・頑張りは常に尊い。加えて、質の高まりに向け、大いに叡智を発揮しよう。頭を使ってこそ努力は生きる。そして、みずからの世界にのみとどまらず、戸山祭の活動が全員の共通体験としての加乗された盛り上がりとなるよう願っている。

 祭りの後は、輝かしい脱皮であって欲しい 

 89年 都立戸山高校・永嶋達夫校長   


 クラスの催しは、昨年に続いてすべて演劇になった。企画の段階から上演に至るまで、分担の種類が多く、全員が参加できる。創意と工夫が必要であり、実務的処理能力が求められる。ダブルキャストによる上演も楽しいに違いない。こう考えると、自主的活動に適した方式と言える。前半の不満足な点を改め、今年こそ優れたものをと意気込んでいるクラスの結束に期待しよう。

 いずれ全クラス演劇の状態から脱出しようとする変化の欲求が生じる事だろう。どのような新しい企画が生まれてくるか、今年の取り組みによるところがあると思う。星陵祭の一層の充実のための胎動も期待したい。  

 92年 都立日比谷高校・福田満雄校長  


 今年の文化祭は「創造への挑戦」という意欲的なテーマで繰り広げられるが、羊頭狗肉に終わらないことを期待している。ほんとうに創造的なものは、ゆとりのなかから生まれる。神は六日間で天地を創造されたのち、七日目に生まれ、人間にも休息の祝福をあたえられた。ニュートン科学史上の大発見をしたのは、大学の研究室にとじこもって研究に追われていた時ではなく、ペスト流行で学校が閉鎖されたため、やむなく故郷に帰ってひまをもてあましていた時であったといわれる。

  忙しく仕事に追われる生活は、身辺におしよせてくる情報処理に終わるだけで、創造的なものはなにも生まれない。この三日間、教科書とノートをすて、習ったことを全部忘れて、創造的な遊びに徹しよう。そこから何か新しいものが生まれてくるに違いない。  

 88年 女子学院・斉藤正彦校長


 文化祭に際して諸君の知的で清新な若さ溢れる活動が繰り広げられることを期待したい。口述研究発表会、展示会、学芸会、後夜祭などの各係に別れての文化祭実行委員の諸君、あるいは参加団体の諸君が今日に至るまで準備に要した努力は大変なものがあったと思う。しかし、この努力の日々の中でこそ君たちは真の友にも巡り会うことになろうし、創造と共同の充実感にひたれることになろうし、人間として大きく成長するものと信じる。

 今年、直接にそれぞれの団体に属さず、見る立場にある諸君の役割も極めて大切である。紆余曲折はあっても結局は、見る立場の諸君の水準にあった文化祭になって行くに違いないからである。よく見て、よく読んで、よく聞いて十分に楽しんで欲しい。  

 99年 市川学園・寺田孝校長


 今年のテーマは、「STAND UP〜おめぇ、すげえじゃん〜」にしたと聞いています。今年も例年どおり文化祭実行委員会が中心になりまして企画運営されることになります。委員長の韓君によりますと、前年は雨天のため、来校者に直ぐ眼にとまる位置に出せなかったオブジェを今年はもっと工夫し、しっかりと目立つものを仕上げたい。また、前年から始めた「校内案内ツアー」をもっと充実させたい。それに文化祭実行委員会のイメージアップを図りたいなどの抱負を熱っぽく語ってくれました。生徒が企画運営する文化祭にご期待下さい。

 校内が全面開放される機会は他にはありませんから、海城の雰囲気に接する機会として、活用して頂ければ幸いです。  

 04年 海城高校・和田征士校長
                     

 世に言う生徒会武蔵では代表委員会と呼ばれています。その代表委員会に携わっていると、他校の生徒会の方の訪問を受けることが少なくありません。そして「学校の印象はいかがですか」と尋ねますと、多くの人が「受験校、進学校という印象は強くなく、驚いた」とお答え下さいます。武蔵の生徒にはユニークな人が結構います。考えていることが実に個性的で「どうしてこんな発想ができるのだろう」と思わず考えさせられてしまう事も度々です。この記念祭はそうした武蔵生の個性の集大成です。この記念祭で私たち記念祭小委員会がつくったのは記念祭という材料と場所だけです。料理をしたのは980人の生徒自身です。

 また、この記念祭は生徒が「やらされてやった」のではなく、「やりたくてやった」ものです。しかも大部分の先生方は、生徒に対しての「指導」という介入は全くしないで下さいます。個性的かつ新鮮な武蔵のスパイスの入った記念祭を,お心行くまで、お楽しみ下さい。  

 90年 武蔵高校記念祭小委員長 松島庸 


 いよいよ待ちに待った戸山祭となりました。お忙しい中、ご来校くださったみなさまには深く感謝しております。

 さて、初めて戸山祭を見に来られた方には戸山祭は他の高校の文化祭とはどうも雰囲気が違う、と感じられた方もいると思います。それを「戸山祭はかたい」と言いかえる方もいるかも知れません。なぜ戸山祭がそのように思われてしまうのか、と言うと、戸山祭では「問題提起」が求められているからです。今年も含め、今までの戸山祭を支えてきたこの「問題提起」とは何か、というと、私達の関心事を私達の主張をもって訴えようということです。これは私達の学習や生活にも大いにプラスとなってきました。しかし最近はそれも有名無実化する傾向がありました。

 今年はどうでしょうか。まずは今年の戸山祭をご覧ください。展示、演劇、映画、それぞれにいろんな主張がみられます。中にはみなさんを考えさせるようなものもありますし、あるいはみなさんを楽しませてくれるものもあります。決して初め受けた印象のような退屈をすることはありません。きっと満足していただけることでしょう。     

 89戸山祭運営委員長 高橋紀貴 



 学校ごとに雰囲気は異なりますが、毎年行けば、毎年同じ様な事をやっているのが文化祭であります。去年やった事をもっとうまくやろうとか、来年も使えるものを残そうとか、創造と継承が折り合って、独特なものになって行く感じです。

 東大進学校と呼ばれる様な国立都立の高校でも、高3の全クラスが秋の文化祭で演劇をやったり、文理混合クラスだったりします。たしか東葛飾高校だったか、始めは1〜2本だった垂れ幕が、10年くらいかけて全クラス規模になって行ったという話を聞いたことがあります。

 以前、戸山の説明会で教務の先生がおっしゃってたのですが、クラスを文理分けにして、片方は絵を描くのがうまい生徒、片方はコンピューターを触るのがうまい生徒ばかりだったら、クラスで演劇なんか作れないということでした。

 まあ海城の先生、金のネクタイが微妙に曲がっていたりして、すげぇなあと思いましたし、戸山の先生も今は十文字の理事長だそうですが、演劇好きな方だそうで、校歌の曲がドラマの主題歌みたいだったのは面白かったです。

http://www.jumonji-u.ac.jp/high/hoshin/image/15111.MID

「身をきたへ 心きたえて 世の中に たちてかひある 人と生きなむ」
と歌うのだそうです。
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