平ちゃん


8月13日、今年で31回目となる「寿町フリーコンサート」に行った来た。
横浜中華街近くにあるドヤ街・寿町は、山谷・釜ヶ崎と並ぶ「日本三大寄せ場」のひとつ。毎年お盆の時季に「寿町夏祭り」が行なわれるのだが、「寿町フリーコンサート」は夏祭りの目玉である。
毎年「寿町フリーコンサート」に行っているが、楽しみはコンサートだけでなく、しばらく会っていなかった人と旧交を温めあう場でもある。
今年も懐かしい人に会い、旨い酒を飲み、良い音楽を聴くことができた。


平ちゃんは、寿町に住んでいるオッチャンだ。
知り合ってから、もう12〜13年経つ。
在日1世、済州島出身。たぶん65歳くらいだと思う。
見た目はイカツいし、言葉も乱暴だから、一見怖い感じだ。
でも実際は人懐っこくて、楽しいオッチャン。
寿町に行く時は、平ちゃんと会うのをとても楽しみにしている。


久しぶりに会った平ちゃんが話しかけてくる。
喘息で「ひゅうひゅう」いいながら、大きなダミ声で関西弁を喋るため、話の大半は聞き取ることができない。ひどく酔っぱらっているからなおさらだ。
「ざどぢぃ。おばえが家に泊めでぐえだごど、覚えどるぞぉ。朝飯喰わせでぐえだやろ。ありゃ旨がっだぁ…」
嬉しそうに目を細めて喋っている。
もう7〜8年ほど前、平ちゃんが東京に遊びに来た時、部屋に泊めたことがある。その時のことを話しているようだ。
「そんな昔のこと、よお覚えとるな」というと、「絶対忘でへんよ…。ありゃ旨がっだぁ」


どんな朝飯を作ったのか、まったく覚えていない。
おそらく、納豆ご飯と味噌汁にお新香。ひょっとしたらアジの干物あたりは焼いたかもしれん。
どっちにしろそんなに手の込んだものではなかっただろう。
でも平ちゃんは「絶対忘れない」って言うんだよね。


もしかしたら平ちゃんは、ここ何十年も「家庭の食卓」を経験してないんじゃないだろうか。小さい頃親元を離れ、豆腐屋や新聞配達をしていたそうだから、ひょっとしたら50年以上になるかもしれない。寿町では、ドヤで1人で食べるか、店で済ますか、あるいは昼まで寝ているのだろうか。
誰かが自分のために食事を作ってくれ、それを一緒に食べる。
そんな「当たり前」が、平ちゃんにとっては特別なことだったのかもしれない。


付け加えておくが、平ちゃんを泊めるのは大変だ。
なにしろ寝言とイビキが凄まじいのだ。
「ううーん。うーん…うああああ! アカン!!! うおーっ!」
「ズゴゴゴ…グガーッ! しゅぴぴぴぴ」
これを大音量で2〜3時間繰り返す。
とても眠れたもんではない。


そんな平ちゃんもずいぶん衰えた。
通風で足を引きずり、白内障でハッキリ物が見えない。酔いが回るのも随分と早くなったんじゃないだろうか。
年齢もあるだろうが、日頃の不摂生がたたっているのは間違いない。
酒も飲みすぎだよ。
ちょっと心配になった。


平ちゃんよ、長生きしてくれ。