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子持ちししゃもといっしょ RSSフィード Twitter

2008-09-13

真夜中の世界


その彼との出会いはある日突然の出来事でした。

当時、わたしはジョギングを日課としており、毎晩仕事が終わってから寝るまでの間に1時間ほど走っていました。来る日も来る日も、例え雨の日でも、大体同じようなコースを飽きることなく走り続けていたのですが、こうも日々走り続けていると体がどんどん走ることに慣れてきてしまい、いつもと同じ距離では疲れないし、走り終えた時の達成感が得られなくなっていました。


そんなある日。

いつものようにジョギングをしていたわたしは、ちょっとだけ冒険をしてみることにしました。それは本当に小さな冒険でした。

ふだんであればその場所でUターンをして帰途につく場所を、その日はもう少しまっすぐ進んでみることにしました。そしてその先にある右に入る小道に入り、大回りをして復路とすることにしました。大回りとは言っても距離にすると2km分いつもよりも多くは知ることになる程度のわずかな距離ではありましたが、それでもいつもと違うコースを走っているということにとても興奮しました。


小道に入り、しばらく進むと視線の先に不思議な光景が目に飛び込んできました。

それは小学校の校庭を掃除するときによく使っていたあの大きな竹ぼうきで歩道を熱心に掃いている男性の姿。それだけでは決して不思議でも何でもないのですが、この時すでに24時20分。真夜中誰もいない歩道、そしてそこは家の前やお店の前などではなく、大きな道と道を結ぶためだけにある細い細い歩道を熱心に掃き掃除し続けている男性の姿はとても異様で、わたしはきょうに限ってこの道を選んでしまったことをひどく後悔しました。


とても怖かったわたしは彼の後ろを急いで通り過ぎようとしたのですが、彼はいくらわたしがそばに寄っていってもわたしという存在にまったく気付かず、それは熱心に掃除を続けていました。それは、まるでわたしがゆうれいか何かになってしまい、彼には本当に見えていないのではないかと不安を感じるほどでした。先ほどの彼を見たときに感じた恐怖心とはまた別の恐怖がわたしの心に芽生えました。

とても細い道なので、彼には少し道を譲ってもらわなければわたしは前に進めません。わたしは思い切って彼に声をかけることにしました。


すいません。お忙しいところ申し訳ないのですが通していただけますか。


それまでほうきを動かし続けた彼の手がはたと止まり、そしてその顔をわたしの方へと向けました。年はわたしよりも少し上かという印象を受けたのですが、それほど離れている感じはしませんでした。一生懸命にそうじをしていたせいか、どこかこわばった表情でしたがその顔はすぐに笑顔へと変わり、そしてこう言いました。


あぁ、ごめんなさい。ぜんぜん気付きませんでした。


そういうとほうきを手に道端へと移動し、わたし一人が通り抜けられるほどのスペースをあけてくれました。わたしはありがとうと礼を述べてまた走りだしました。大きな道路へと抜ける直前にふと後ろを見てみると、彼はわたしとは逆の方向へ歩いていました。それを見て何だかとてもほっとしました。


翌日。

その日のランニングコースはどうしようか悩みました。ちょっと怖い思いをしたけれど、わたしは昨日と同じ道を走りたいと思っていました。前日よりはいく分早い時間だったのでもしかしたらその人はいない可能性だって考えられるし、そもそも毎日いるわけではないかも知れない。それにこのコースは走っていて気持ちがいいし、そして何よりもあのコース自体をわたしはとても気に入ってしまったのです。悩んだ挙句、わたしは前日と同じコースを走ることにしました。


走り始めて30分。またもその場所に差し掛かったとき、わたしは思わず「あっ」と声を出してしまいました。同じ人がまた同じ場所を熱心に掃除をしているのです。前日ここを通ったのは24:20だったのですが、今日は22:00ジャスト。2時間以上も早い時間にも関わらず彼は同じ場所に現れました。

驚きを感じる一方で、わたしは何となくこの事態を理解していました。理解というのは少し違うかも知れませんが、このコースをとおると決めた時点で何時であろうと彼がここにいるのではないかということは薄々感じていたのです。昨日の時点で彼からはこの場所に対する執着のようなつよい熱意を感じていまし、そしてわたしの直観どおりに彼に再び会うことが出来たことで気をよくしたわたしは、今日は思い切って彼にあいさつをしてみることにしました。


こんばんは。


彼は静かにわたしの方へと顔を向け、その真剣な顔を笑顔に変えながらこんばんはと返してくれました。そして彼は静かに道をあけてくれました。わたしは彼にありがとうと言い残してジョギングを続けました。すがすがしい夜でした。

その次の日も、そのまた次の日もわたしは同じ道を走り、そして彼に声をかけて道を譲ってもらいました。日に日に彼に対する警戒心がなくなってきていたわたしは、徐々に彼がなぜその場所を毎日掃除しているのか気になってきました。雨の日も風が強い日もいつもいつも彼は道を掃き続けていましたが、いったいそれがどういった動機で行われているのかわたしにはまったく理解出来ずにいました。

もう少し顔見知りになったらそれとなく話しかけて聞いてみよう。そんなふうに考え出したある日、その事件は起こりました。


その夜もいつもどおりのコースを走り、そしていつも彼が掃除をしている場所を遠目に眺められる場所までたどり着いたときにいつも様子が違うことに気付きました。彼はいつもどおり同じ場所を掃除していたのですが、彼を挟んで向こう側にこちら側へ向かって歩いてくる人が目に入りました。年は10代後半から20代前半の男性でしたが、その人は音楽を聴きながら歩いており、そして掃除している彼の後ろを邪魔そうに通り抜けようとしました。


おい!!


それまで掃除に夢中だった彼が突然大声を上げました。その声はまだ2人の表情が確認できないほど遠くにいたわたしにも十分届くほどの大きな大きな声でした。わたしは驚いて思わずその場に立ち止まりました。

音楽を聴いていた彼はその声に反応するように一瞬立ち止まり、わずかに振り向き、そしてなんと全力でこちらに向かって走ってきました。さらに掃除をしていた彼は持っていた竹ぼうきを投げつけ、彼もまた全力で逃げる獲物を追いかけ始めました。


つまり、2人の男性がわたしに向かってすごいスピードで向かってきたわけですが、わたしはひどく動揺しました。事情はよく分かりませんが、この2人が本気であることはその様子から伺えました。見る見るうちに近づいてくる2人。両者の表情が見えるようになると、今度はその異常とも言えるほど真剣な表情にわたしの体は固まって動けなくなりました。はたしてわたしがいままで生きてきた中で、これほどの形相は見たことがないと断言できるほど2人の表情はそれはそれは恐ろしいものでした。わたしはいまこの場にいることを心底後悔しました。今日は走らなければよかったと泣きたい気持ちでした。

あっという間にわたしの前まで来た2人を前に、わたしは道の端に体を寄せて2人が走り去るのを待つことしか出来ませんでした。もう早く行ってくれと思いながら2人が過ぎていくのを待ちました。そして2人は風のようにわたしの横を走り去っていきました。わずか1分たらずの出来事でした。


2人が横を通り抜ける瞬間。とりわけ、掃除をしていた彼の顔を見たのですが、いつも見せる笑顔とはあまりにかけ離れた形相はいったいどれほどの怒りを抱えたらそれほどの表情になるのか想像も出来ないほど怖い顔でした。もしこの世で一番恐ろしいものは何かと聞かれたらきっと彼の顔が思い浮かんでしまうのではないかと思うほど、それはそれは恐ろしい表情でした。

2人が走り去ったのを見届けて、わたしは彼らが走ってきた方向へと走り出しました。いつものジョギングペースではなく、わたしの持てるすべての力を出し切り、全力で家まで走りかえりました。距離にして約4km。家にたどり着いたときには疲労と恐怖で足がガクガクと震えて立ち上がることすら出来なくなりました。


翌日以降、しばらくは恐怖と筋肉痛で走ることが出来ませんでした。

もう夜にあの場所へ行きたくない。わたしはそれから2週間、走ることをやめました。あの出来事を忘れようと、毎日毎日他の事を考えながら過ごしました。筋肉痛が治り、日が経つにつれて、徐々にわたしはあの日のことを忘れていきました。

心の傷が癒えるに従い、その後のことがどうしても知りたくなり、いつも彼が掃除をしていた場所を訪れました。けれどあの日以降、何時に行っても彼があの場で掃除をしている姿は見かけなくなりました。


いつも穏やかだった彼が、なぜあの日に限ってあれほどの怒りを表明しなければならなかったのか、あの音楽を聴いていた彼を追わなければいけなかったのか、そもそも彼はなぜあの時間、あの場所で掃除をしていたのかまったく分からないことだらけなのですが、彼に会えなくなった以上、もうそれがなぜなのかは知る由もありません。

けれど当時の様子を思い浮かべたときに、わたしの中にひとつのおそろしい仮定が浮かび上がってきたのです。それは音楽を聴いていた彼は掃除をしていた彼の後ろを通り抜けようとしたのですが、もしかしたらそのことが何かトリガーになったのではないかと。もしわたしが、掃除をしている彼に声をかけずに後ろを通り抜けようとしたとしたら、もしかしたらあの追いかけられていたのはわたしかも知れないのです。そう思うと、わたしはとてもいたたまれない気持ちになり、追いかけられていた彼の行く末を案じずにはいられなくなります。









っていう俺が走りながら考えた妄想を小説風にまとめてみました。

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