世の中もう、光の速度

 世界はどんどん、便利になってますよ。
TSUTAYA DISCAS」というサービスに、申し込みました。とりあえずまだ、無料お試し期間だけど。
 サービスのタイトルにあるように、「TSUTAYA」の繋がりで提供されているサービス。月々、定額で借り放題。しかも、自宅にDVDを届けてくれるという、至れり尽くせりのサービスです。北海道に住んでいる僕。積雪によって、引きこもりがちになってしまうこの時期には、特に助かるサービスです。
 とは言え、便利になればメリットばかりか、と言うとそうでもないようで。このサービスは、インターネット上のサイトから、借りるDVDを選ばなきゃならないのですが、いざ行ってみるとですね、借りたいものが頭に浮かばない、という。
 ビデオ屋に行って、陳列棚を見るのとは、やはり違うんですよね。なにが違うのかは、分からないのですけれど。
 僕が実際、ビデオ屋に行こうものならば、借りたいものばかりですからね。僕はどうやら、直感的な人間のようなんですけれど、その直感が、刺激されっ放しになるんだよな。
 情報がアナログからデジタルに変わると、色々と扱いが楽だけど、その分、欠落するものもある。その、欠落したものが、本来、僕の直感を刺激するものなのではないか、というのが僕の考え。証明のしようが、ありませんけどね。
 なにを言ってもやはり、借り放題、自宅直配というのは、かなりの魅力。多分、これからガンガンお世話になることと、思います。
 最初に注文したものが、少し前に届きました。いやはや、あっけないもので、DVDはビニール製の、DVDのサイズぎりぎりの大きさ。やっぱ、削ってるところは、削ってるなあ、と思いました。無駄、ないなと。なさ過ぎて、ちょっと味気ねえなあ、と。
 そう思ったんですが、その包装を開けて、安心しました。DVDは、返却するときも、普通のポストに投函するだけで大丈夫なんですが、来たときに入っていた袋を使うんですね。
 で、返信するときは、袋の一部分を切り取ってください、となってるんです。で、いざ返すときになって、切り取ってみたんです。そしたらですね。切手が出て来たんです。普通の切手が。
 それで、安心しました。無駄を極限まで省いて、デジタルなサービスになったものなんですけど、切手という、完全にアナログなものが残っていたのです。
 なんて言えばいいのか分からないんだけど、あの切手に救われたなあ。

お前、もう寝た? なあ、クラスで好きな娘、いる?

 YA-KYIMというヒップホップ・グループが好きだ。
「Elec-Trick」という曲のPVを、たまたまGYAOで見たのが、彼女たちを知ったきっかけ。ユーモラスで味のある作りのPVと曲で、一発でがつんとやられたんだよなあ。
 YA-KYIMは女の子三人のグループ。MIKU、ARISA、YURIE。小学校の同級生同士らしいんだけど、何がいいって、全部いい。素敵。ルックスは全員それぞれに良いし、歌もうまいし、ちょっと低い声でラップを歌うMIKUも僕のツボだし、踊りもうまいんだもの。文句のつけようがないでしょう。
 僕の中では、もう倖田來未とかBOAと並ぶ位置に、彼女たちはいるんだけど、いまいちブレイクしきってない模様。分からないもんだなーと、ときどき目にする音楽チャートに呟いてます。
 売れてはいるのかな。ついこの間出した曲は、auのCM曲に使われてましたけど。それでもなあ。チャートに入ってるのを見たことないし、大体からして、テレビに露出しているのを見たことがないのです。僕がたまたま、見かけないだけなのかなあ。いやいや、それにしても。と思いたくなる今日この頃。
 どう見ても、最近のPVとかはどんどんお金をかけられてるんです。作る側の力が入ってるのが分かるんですよ。でも、テレビでCMをやってるのなんか、一度も見たことない。
 代わりに、ホームページには力入ってるんですよね。他のアーティストのホームページには見られない工夫が施されてる。もしかすると、YA-KYIMはあまりテレビに露出させずに売ってく方向なのかな、と思ったりします。もちろん、そんな音楽業界のアーティストの売り方についてなんて、素人以外の何者でもない僕ですけど。
 でもね、どう考えても良いの、彼女たち。文句のつけようがないのよ。でも、その彼女たちがチャートにいるのを見たことがないし、テレビにも出てるところ見たことがないとあっては、自信がなくなってくるんですね。こう、誰にも分かってもらえてない感じ。ホームページの掲示板に行けば、ファンの方はたくさんいらっしゃるんでしょうけどね。けど、掲示板と音楽チャートやテレビは違うじゃないですか。その辺のことでね、どうしてなんだろう、という疑問は拭えずにいます。
 少し前に立ち読んだ本に、テレビのCMはもう終わった的な内容のものがあったんです。その著者が言うには、テレビのCMには、昔ほどの効果というか、勢いはない、みたいなことが書いてあって。時代は変わったんだよ、的なことを言ってたんです。極端に言いますと。内容の一部には、「ふむふむ、なるほどね」と頷く部分があったのですが、それでもね。まだやっぱり、テレビとかそのCMとかの存在って大きいんだな、と感じました。
 こう、社会的に肯定されてない気がしちゃいますもの。僕が「YA-KYIMは良い!」と言っていることが。
 でもね、信じてください。ほんとに彼女たち、良いですから。それだけは本当。

レンズ越しの君に。あと、君と君と、君も可愛いね。

 最近、カメラが欲しくて。
 こうして、ブログや小説を書いてると、自分の中にあった情景とかを、できるだけ読んでる人に伝えたいじゃないですか。でも、自分の中にあるビジュアルを、一度文字に変換して、それから読み手の方で、もう一度ビジュアルに変換してもらう。そういう、言ってみれば、七面倒な工程を経なければ伝わらない。伝えようとするものを、より強烈に伝えるためには、情報の正確さ、というか新鮮さが必要なわけで。それには、やっぱカメラで写真を撮っとくのが最善策かなあ、とか思ったのが理由です。
 できるだけ、生活の中にカメラを潜り込ませて、自分がインスピレーションを受けた瞬間を、レンズに収めておく。そういうことが必要なのかな、と。最近、メモを取るようにしてるのも、それが理由。自分のインスピレーションを、その瞬間に文字にしたためておく。それは、別に正確に文章で表現してなくても、いいと思うんですよね。字を書く。その行為で、より強く記憶に残るんじゃないかと。写真を撮る。メモを取る。ふとした瞬間に、光の速度を越えるかもしれない頭の回転した足跡を残しておくためには、有効な手段なんじゃないかな。頭は回転したいだけ回転して、そのままだから。きっと、取りこぼしもあるはずなんですよ。記憶すべきものを、その辺に置き忘れてきてたりする。それをできるだけ少なくするための、方法。
 友達にその話をしたときに、「携帯のカメラじゃ駄目なの?」って言われて、うーん、となってしまいました。駄目じゃないんだけど……ってところ。どうしてだろって、考えてみました。
 で、思ったのが、なんだか「不誠実」な感じがするからかな。携帯のカメラって。もちろん便利だし、使いたいときにどんどん使っていっていいと思うんだけど。携帯のカメラで、写真を撮るときって、その対象を真正面から見ないじゃないですか。携帯のカメラで写真を撮る人が、何を見てるのかと言ったら、携帯の画面を見てる。それが、ちょっと不誠実な光景に思えてしまって。
 まあ、僕が欲しいのはデジタルカメラ。一眼レフとかを使いこなせるようになったら、それはそれですごいですけど、日常の一瞬のメモのように使うには、ちと敷居が高いぞ、と。なんでデジタルカメラ。僕、よく分からないんだけど、デジタルカメラは普通のカメラと同じ要領だから、レンズ越しに撮る相手を見ますよね? そのときはやっぱり、相手を真正面から見てる。たとえ、レンズ越しでも。それが、何と言うか、最低限の誠実さかなあ、と思ったりして。
 もちろん、携帯カメラがよく、人に不快な思いをさせるものとして、話に聞くのも理由なのかもしれませんが。
 でも、僕としては、撮るもの、もしくは人を、レンズ越しでも真正面に捉えてたい。相手が人なら、カメラを向けられると、恥ずかしい表情で、はにかみながら、はにかみながらの、「ハイ、チーズ」じゃないですか。その撮る瞬間までの、短いはにかみとかも、真正面から受け取っていたいな、とか思うのは僕だけかな?
 僕のリスペクトしてる糸井重里さんが、ちょうど「ほぼ日刊イトイ新聞」の中で、カメラの話をしていて。僕はカメラのことをよく知らないから、どんなものを買おうか、全然決めてなかったんですが、どうやら糸井さんも一年前までは、僕と似たようなポジションにいたみたい。
 これを機会に、糸井さんと同じカメラを買ってみようかなあ。

バンザイ男子急増注意報

 そりゃさ、そりゃするしかないでしょバンザイ。両手を上げてね、僕は無実ですよー、と。僕の身は潔白ですよー、と。誰にでも分かるように、アピールしとかな。特に満員電車では。
 映画「それでもぼくはやってない」を見てきました。幸い僕は、駅で駅員さんがラグビーよろしく「おら〜」っとタックルしなきゃ乗客が乗り込めないような、日本の中心ではなく、北海道に住んでるんですが、それでも、もしも満員電車に乗って、身の危険を感じたときは、バンザイ男子になっちゃいますね。バンザイ男子になって、身の潔白を周囲にこれでもかと言うほどアピールして、安全を確保しておく。そうじゃないと、怖いですわ、ほんと。結果うんぬんじゃなくて、痴漢と間違われて、裁判沙汰になるだけで怖いもん。まじで。裁判に出たことなんてない二十四歳ですが、その怖さを、まざまざと見せつけられましたよ、「それぼく」では。
 あれは、何て言うんでしょうね。社会派ムービーってやつなんでしょうか。にしてもね、まず最初に来る感想は、「怖っ」ですわ。濡れ衣着せられるのって、こんなに怖いんだ、と。特に満員電車で痴漢に間違われること。その怖さは、ほんとに一度体験したかのような錯覚に陥るほど、細かいところまで作り込まれていました。リアルですよー、あの裁判。リアルですから、怖いですよ。特に、僕は男ですからね。
 多分あの映画、女の人が見たら、かなり違う感想を漏らすのかな、と思ったりもしました。全然、ドラマチックなことなんかない。ただ、ひたすらに裁判のリアルさを追及した感じで、その分、見る人によって色々な立場を取れると思うんです。結構いい年の子供がいる方は、親の視点から見るのかもしれませんし、もちろん女の方だったら、被害者の立場から見るのかもしれません。見る人を、「こっちだよー」みたいな感じで、ある種の感動とかに誘導してない分、自由度が高いんですよ。観る側の。だからでしょうね。いやー、勉強になりました。
 何と言うか、ドキュメンタリーとか、実際にあった事件の再現VTRを見ているような、そんな気分にもなりました。
 あれって、自動車教習所で見せられるような、事故とかに関するビデオと似てるよなーと思いました。あのビデオを、「Shall we ダンス?」を作った有名な監督が、きちんとした俳優陣を揃えて、お金もきちんとかけて作った感じ。いや、別に悪く言ってるつもりはないんですけど。
 学校とかで、裁判のことを教えるときとかに、重宝しそうな映画だな、と思いました。
 バンザイ!

安心、安心。

 タイトルで分かる方、僕と友達になりましょう。分かる人には分かる。分からない人には、全くさっぱり。漫画「鉄コン筋クリート」の登場人物、シロの口癖とも言うべき台詞です。
 見てきました。映画版「鉄コン筋クリート」。いやー、よかった。文句のつけようのない仕上がりです。作ったスタッフ、全員素敵!
 もうね、僕的には見ない理由がない作品だったんですよ。まず大体からして、松本大洋の作品好きですし。「ピンポン」と「鉄コン筋クリート」。我が家にある松本大洋作品。何度読んだことか。それでいて、作った会社がSTUDIO4℃でしょ。出会いはショートムービーを集めた「Grasshoppa!」でした。その中の、どの作品を作ってたか分かりませんけども。でも、その中に出てた作品は全体的に好きで。っつか、「Grasshoppa!」は作品の立ち位置が好き。こういうの作るのって、結構大変だったんじゃないかなーと。ショートムービーを集めた作品自体が、あまりないでしょ? しかもそれをきっかけに、アニマトリックスでもっと好きになって、最近では倖田來未とフィーチャリングしてるじゃないですか。いやいや、いいポジションに来てるよ、STUDIO4℃って思ってたところに、これだもの。脳天直撃とは、こういうことを言うのね。「鉄コン筋クリート」をSTUDIO4℃が作るって、あなた。企画を通した誰かさん、愛してる! そんな叫びを、別に世界の中心でなくとも叫びたくなる気分になりましたよ。
 さらにさらに。声優が蒼井優二宮和也。二人とも、僕の中で株急上昇してる人なんだもん。蒼井優は「花とアリス」、「リリィ・シュシュのすべて」でしょ、二宮和也は、「硫黄島からの手紙」とかでしょ。ま、「硫黄島からの手紙」に関しては、残念ながら見てないのですが。「父親たちの星条旗」とセットで見なあかんと思って、でも金銭的にちょっと、という感じだったので。でも、あれで軽いハリウッド進出でしょ。うーん、日本代表しちゃってるもんな、彼。
 そんな、涎だらだらのキャスティング。見ないわけないとは思ってたんですが、なにぶん、「鉄コン筋クリート」は、「愛の流刑地」とか「武士の一分」とかよりは、一歩最前線から引いたポジションにいるので、僕の住んでる地域のすぐ近くではやってないのですね。少々、ほんとにほんの少しだけど、遠出しなきゃいけない。そうでなければ、すぐ近くなのに。それをちょっと面倒くさがってしまった。ためらってしまった。そのために、タイミングを逃してしまって。バイトとかの時間の都合で、延ばし延ばしになってて、そのうちに一日に上映する回数が少なくなってきたりなんかしちゃったりして。危機感を感じたりしてたのですよ。あれ、これ、もしかしたら、ひょっとしたらひょっとするぞ、と。さ、今日は観に行けるぞ! って新聞開いたら、もう上映作品紹介の所に載ってないなんてことが。と、思いつつ、先日なんとか頑張って行ってまいりました。
 したら、大きな映画館だから、人ものっそい混んでるのね。人だかり。できてるの列じゃなくて、人の団子ね。えーと? これからどなたかの舞台挨拶ですか? みたいな。僕、一度諦めました。カップルや家族連れが、ふふふ、あはは、いやんばかんって並んでる所に、一人でぽつねんと並ぶなんて、そんなことできない。しかも、終わりの見えない長い列。もしかしたら、チケットを買える頃には、僕の心と体は朽ち果てているかもしれない。
 そんなこんなで挫けて、近くにあったヴィレッジ・ヴァンガードなんかに行ったりして。そこで、映画版「鉄コン筋クリート」の設定資料集みたいなものを、見つけて。確か二冊合わせて6200円也の代物だったんですけど、映画見れない代わりに、これ買って帰ろうかな、みたいな。映画見ずに設定資料集なんて言う、傷心故の本末転倒も、しょうがないじゃん、理にかなってるじゃん、なんて呟いたりしてました。傷心な上に、その日、午後一時頃を過ぎているのにも関わらず、睡眠時間ゼロだったもので。眠いよう。お腹減ったよう。そんな呟きを抱えながら、彷徨い歩いてました。とあるショッピングモールを。
 で、一度諦めたんですけど、そこからちょっとなんとか持ち直して、もう一回じゃ! もう一回トライして駄目だったら、もう帰る! 帰って、クソして寝る! って思って、トライ・アゲイン。そしたら、列が激減してて、これなら大丈夫、ということで並び、チケットを買いました。いやー、よかったよかった。
 映画の出来に関しましては、あれ以上は、何も求めるものがないよ、という完成度でした。しかも、よくよく見てみたら、そりゃ松本大洋の絵とは違う。違うはずなのに、脳内では〝漫画とは寸分違わぬ〟レベルの評価になってるんですよね。なんでなんだろ?
イノセンス」のときにも、あれだけ小物にこだわるのって、すげえなあ、と思ってたのですが、「鉄コン筋クリート」は、さらにその上を行きましたね。はんぱないです。あの街の存在感。でも、すごいなあ、と思いつつ、あれくらい街の描写をしてくれないと、「鉄コン筋クリート」は成り立たなかったんだろうなあ、と思いながら見てました。
 でも、どうなんでしょうね。僕なんかどっぷり〝鉄コン好き〟だから、文句のつけようがないって感じなんですけど、漫画を知らない人が見ても、大丈夫なのかなあ? とは思いました。伝わってるのかなあ、僕らの感動。もしかしたら、あの感動はちょっと分かりづらいのかもしれないなあ。映画になると。たぶん、漫画の方が分かりやすいかも。
 しかしね、展開分かってるのに、ちょっと泣きそうになったもんね。よかったなあ、映画。
 一つ言えば、もしかすると、声がちょっと、って人がいるかもしれませんね。でもたぶん、映画版「鉄コン筋クリート」は何度見ても飽きない作りになってると思うので、何回か見てるうちに、気にならなくなるんじゃないかなあ。
 もう既に、僕の中ではDVD買うのは決定事項なのでした。というか、できれば設定資料集の方も買いたい。むーん。どうしようかなあ。
 財布の中身は、「安心、安心」とは言い難い、伊藤魂でした。

さらばカントリーマアム

 不二家の不祥事が起きた。期限切れの原料使用問題。
 悲しいことですね。〝雪印の二の舞にならないため〟とか言っといて、似たようなことやってるんだもんなあ。そりゃなるさ。二の舞に。
 罰当たりな話なんだけど、大して関係ないと思ってた。不二家が作ってるものが食べられなくなるってこと。一人暮らしだし。そんな、不二家の洋菓子とかに手を出すほど、僕の経済状態潤ってないし。〝今日は不二家のケーキが食べたい気分♪〟なんて囁いてくれる女の子なんていませんし。
 そう思ってたら、あれよあれよと言う間に、不祥事がどんどん出て来て、ああ、これが〝叩けば埃が出る〟ってやつなんだ、と思って、テレビを見てました。不祥事が立て続けに起きたもんで、販売停止も洋菓子にとどまらなくなっちゃって、これが販売停止になった主なラインナップ、みたいな感じでテレビの画面に並んでたのが、カントリーマアムね。そうなるとちょっと話が違ってくるんじゃないの? みたいな。カントリーマアムは、スーパーで買い物してるときに、ついついついでに買っちゃったりするよ、みたいな。
 でも、まだ僕の感覚ってのんびりしてて。のんびりしてるというよりも、何て言うんだろう。意地汚いと言うか、狡猾と言うか。なんか、瞬時に僕の中の、全くあてにならない計算機が計算を弾き出して、「あ、これ明日辺り、スーパーでカントリーマアム激安なんじゃない!?」みたいな。こう、販売停止だから、カントリーマアム売りきっちゃおう、みたいなことになるんじゃねえの、と。そんな感じで、軽くスキップしながら、スーパー行ったら、ありませんでしたわ。カントリーマアム。やっぱり。
よくよく考えたら、そりゃそうですよね。不二家の件の後でも、たとえ激安になってても、カントリーマアム売ってて、客から「お前よ、何考えてるんじゃボケ!」って言われたら、何も言い返せないもん。いやー、でもカントリーマアムか。やっぱ、不二家だけに影響はでかいですね。
 それにしても、賞味期限切れの材料を使ってたことが、今回発覚したわけだけど、発覚するまではそんなこと、表記されてたわけじゃありませんもんね。むしろ、〝こいつ出来たてだよ、おいしいよ〜〟くらいの勢いで並んでたんでしょうよ。それって、どうにもならないですよね。生身の人間の嘘よりも、質が悪い。生身の人間との付き合いの中での嘘なら、その人の表情とか、周囲の状況とか、どこかから聞こえてきた風の噂とか、そういうので何となく、「ん?」とは思うことはできる。でも、賞味期限なんて、所詮表記されるのは、数字だけだから、どうにもならないものな。見破りようのない嘘。
 ニュースでは、不二家は今後、失った信頼をどうやって取り戻すのか、みたいなこと言ってるけど、もう信頼なんてできないですよね。これからの不二家に持つものは、誰かが〝信頼〟って言っても、今までの〝信頼〟とは違う気がする。信じる信じないじゃなくて、「こいつになら騙されてもしょうがない」とか、「安いから、万が一賞味期限切れでも、いいか」とか、そういうものになると思うんだよな。これって、信頼じゃない。関係の放棄と言うか、もう、信頼して、突然のニュースで、あれは嘘でした、なんて言われるのは、誰だって嫌だもんね。「こいつ、もしかしたら、嘘ついてるんじゃないのかな?」なんて、嘘に対する予防線を敷く暇もない。不意打ちに次ぐ不意打ち。そりゃ、信頼なんてできなくなるよなあ。
 ま、僕も、不二家が立ち直って、カントリーマアムの販売を再開したら、買っちゃうんだろうな。でも、もうノーガードで買うことはできない。「カントリーマアムになら、騙されてもいいか」って言うスタンス、僕も持っちゃうな。うん。悲しいけど。
 悲しいけど、カントリーマアムはおいしい(もしくは、〝おいしかった〟)よね、という話。

よくよく考えたら、おっさんばっかなのな、アレ。

 アレとは何かと問われれば、「イノセンス」だと答えます。映画版攻殻機動隊の続編の「イノセンス」ですね。主人公がバトーの。
 いや、たまたまね、近くの中古屋で980円で売ってたんですよ。980円。バカヤロウって思って。見つけた瞬間。「イノセンス」を買っておいて、売る奴がいるなんて、この不届き者めと。しかもそれを980円で売るなんて、この罰当たりショップめと。でも、冷静に考えた次の瞬間には、その両方に感謝だよね。えー、何はともあれ、ありがたく頂戴いたしますと。980円で「イノセンス」が手に入るなんて、そうそうある機会じゃないのではないかと思いまして。即座にレジへ直行した次第です。ハイ。
 既に「イノセンス」は一度見ていて、好きな作品だったのですが、二回目見たら、もっと好きになりました。なにぶん、一回目は消化不良めいた部分がありました。登場人物たちが、話をするのに外部記憶に頼ってる。だから、自分の言葉よりも、引用した言葉を、会話の中に散りばめたんだろうなーという、今の僕の感想ですが、一回目はちょっとそれがうざったかったものな。なんか、お高くとまりやがってと言う、なんと言うか。分かりづらいのを承知で例えるなら、具のサイズが大き過ぎるカレーみたいな? お前、なんでもうちょっと小さく切らなかったの? 的な。なんで一口サイズに切ってくんなかったの? 的な。でも、二回目見たら、全然気になりませんでした。むしろ、あ、何この食感。一回目に食べたときは気づかなかったけど。みたいな。お? これは噛めば噛むほど味が出る感じかな? とか思いました。そういう意味では、引用した言葉を散りばめたことも、素敵な試みですよね。軽く勉強にもなるし。
 しかし、ほんとね。草薙素子がいなくなった後だから、二回目見てから思ったことですけど、おっさんばっかですね。おっさんしかいない。出て来たのは女の子っぽい作りのガイノイドに、女の子二人ですか。それも、もう作品全体からしたら、ちょびっとだけね。後は延々、おっさん、おっさん、おっさん。
 いや。おっさんばっかで嫌んなっちゃったとかじゃなくて。むしろ、素敵ですよ。そういうポジションに行った、攻殻機動隊が素敵。観客を分かりやすく惹きつける、可愛い女の子(別に草薙素子が可愛い女の子だったとか言うつもりはないけれど)を出さなくても、文句を言われない。もしくは、言われても無視できる位置まで行ったんでしょうよ。お前、ちょっとは女っ気出した方がいいんじゃねえの? って声に、「だってこれが攻殻機動隊だから!」って一蹴できるような。いや、ま、実際のところは知りませんよ。僕の妄想が混じってますけど。でも、やっぱ女の子出す出さないで、なんか言われたりするもんなんじゃないの? やっぱ。ビジネスだしね。ま、別に女の人出したからと言って、世界観壊れるとも思いませんけども。
 「イノセンス」を改めて見た感想は、うーんハードボイルド、って感じ。それって結局、お前は好きなの好きじゃないの? って聞かれたら、バカヤロウと。好きに決まってるじゃないかと。ハードボイルド大好き人間ですよ、僕は。
 でも、ハードボイルド大好きで、「イノセンス」はハードボイルドな仕上がりになってると思うんだけど、アレ、やっぱちょっとやそっとじゃできないですよね。ハードボイルドって、小物とか、背景とか、登場人物以外の部分を、ものすごい凝らなきゃ駄目なんだと思った。序盤で、バトーがガイノイドがいる所に乗り込んでいくときの描写って、もう、ほんとどれくらい手間がかかったんだ!? って、素人目でも簡単に分かるくらい、すごい。もうお手上げ。で、そういう部分に凝るのは、ものすごい手間とかお金とかかかるんだろうなーと思いました。その辺の、ちょいヒットくらいの作品じゃ、トライできない領域なんだろうな、ハードボイルドって。
 そんなポジションにたどり着いた攻殻機動隊。これからも、ちょくちょく映画化してくれたら、嬉しいな。そう簡単にできるものじゃないとは思いますが。
 ちなみに、僕、攻機動隊のテレビシリーズは最初のシリーズしか見てません。もち、機会があれば2nd GIGも見たいのですけど。
 それにしても、終盤のバトーに、今、幸せか? みたいなことを聞かれたときの、草薙素子の「懐かしい価値観ね」の台詞には悩殺されました。なんて色気と含蓄のある台詞なんだろう。