Hatena::ブログ(Diary)

いつきの不定期日記

2016-05-27

[]採点の祭典

今年は例年とは違い、同じ内容のクラスを2クラス2セット持ってます。頭の中がかなり混乱します

で、一番めんどくさいのが採点。一気に80人弱は萎えます。でも、わたしはまだめぐまれてるんですけどね^^;;。

で、今日は2時間目にあった試験クラスの授業が3時間目にあるという、まさかサプライズ(笑)。いきなり「テスト、どうやった?」と聞くヤツがいるのは織り込み済みです。

で、昼から採点開始。

もうね、途中から脳みそがマヒしはじめます。でも、採点を続けます

採点って「続ければいずれ終わる」ものなんです。なので、ひたすら採点。で、終わって一息ついたら、6時かよ…。それからノートチェックをして、とりあえず今週の仕事を終えました。

さて、来週は…_| ̄|○

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2016-05-26

[][]歴史は繰り返す

今日は午後から出張です。場所は第2のふるさと。内容は「総会」なんですが、こちらはオブザーバー参加なので関係なし。メインはそのあとの記念講演です。今日講師は、わたしのおべんきょ師匠。楽しみです。

内容は、まぁ「同和教育がなにをしてきたのか」ってことを、若い教員に伝えるってことなんですが、これ、2月にも首がちぎれそうになった話なんですよね。


戦後同和教育がどこからスタートしたかといったら「今日もあの子が机にいない」です。つまり不登校問題です。

で、不登校の背景を探ると貧困があった。そしてその背景に部落差別があった。だから不登校問題をなんとかしようと思ったら、部落差別をなんとかする以外方法がなかった。

と、すらっと書くと当たり前のことなんですけど、これ、すごいですよね。とかく「対症療法」でよしとしがちなんですけど、それを「個人の問題」としての貧困から、さらに「社会の問題」としての部落差別まで掘り下げ、しかも「そこ」でやろうとするわけですからハンパない話です。

で、奨学金を含め、いろんなとりくみをする中で、不登校問題一定解決すると、荒れの問題が出てくる。で、荒れの背景を探ると、そこには低学力問題が出てくる。さらにその背景として進路の問題(どうせ勉強しても…)が出てくる。そこで「同和教育の総和は進路保障である」って言葉が出てくる。

そして、高校進学率があがると、今度は就職差別問題が出てくる。

こんな感じで、ひとつ課題クリアすると、その先にそれまでは課題にすらならなかったことが課題として出てくる。

で、まぁ、ラスボスは部落差別なわけです。ところが、じゃ、部落差別だけでいいのかというと、その隣に在日外国人の子どもがいる。こうやって、戦線が広がっていく。


でも、その中で、教員はさまざまなことを学ぶ。それを言葉にしたのが「差別現実から深く学ぶ」です。

差別現実「を」ではなく、差別現実から」です」

とは、おべんきょ師匠のお言葉。そこには、教員自身の変革がある。それを言葉にしたのが「生徒の変わり目、教員の変わり目」です。


さて。

そんな歴史を踏まえたうえで、今はどうか?

まさに「子どもの貧困」が喫緊課題としてある。では、その課題教員はどう向き合っているか戦後同和教育の出発点と同じスタンスで向き合っているか

まさにそこが問われるわけです。

わたしたちは、子どもたちに「勉強せい」と言います。が、わたしたちは学んでいるのか?学ぶとは自己変革だと、わたしは思います。子どもたちに自己変革を迫るわたしは、自己変革しようとしているのか?

そんなことを問われる講演でした。

[][][]のんびり→まったり

で、おべんきょ師匠に最寄りの駅まで送ってもらうわたしだったりします。

道中での会話。

師「今ね、I谷さんの一番の悩み、知ってる?」

い「さあ」

師「大学プールにかるがも親子が住み着いちゃって「プールの水が抜けない」って悩んでるのよねー」

い「あー、プールの授業がはじまるから

まぁ、こういう学校だから運営交付金」を大幅減額されるんだけど、わたしはこんな大学がいいと思ってるんですよ。

かるがもを大切にできない大学が、学生を大切にできるか?!←違うか^^;;


で、Nグモへ。

去年死にかけた原因箇所のチェックをしてもらって、M木ちゃんと合流。

そこからは、またーりと呑み。

はげしい1日の終わりはこんなんで…。

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2016-05-25

[][]それぞれのストーリー

今日の夜は阪大院生さんと打ち合わせです。

なんでも、7月リビングライブラリをするので本になってほしいとか。久しぶりです。ただ、今回のリビングライブラリおもしろいのは、ごはんを食べながらやるんだとか。てことは、マジでリビング(居間の)ライブラリ(本棚)」です。


てことで、京都駅近くの変な店へ。

はじめは「本」がなかなか集まらないので、「いつきさん一冊で」って言われたので、なんとなくそれは違うなと。だって、それでは「いつきさんとごはんを食べながら話を聞く会」になってしまいます

さて、どうすりゃいいのか?

そうだ。学生さんも本になればいい!

だって、本になる人ってマイノリティでしょ?」

「いや、そういうわけじゃないですよ」

もちろん、リビングライブラリは、日常なかなか理解してもらいにくい「マイノリティ」から、より近い距離で話をしてもらい、理解するみたいなところからスタートしています。が、デンマークでやってる風景なんかを見たら、警察官なんかも本をやってるみたいです。まぁ、日本とデンマークでは警察官のスタンスの違いはあるだろうから日本でそのままとは言わないけど、たぶん葛藤を抱えていたりして、いろいろたいへんなんだと思うのです。そんな話を聞く。

つまり、誰でもいいっちゃ、誰でもいいんです。ぶっちゃけな話って、誰もが持っている。それを聞くわけです。

問題は、その「誰でも持っている」というところなんだと思うのです。ともすれば、なんかすごいマイノリティがいて、「わたしなんか」となってしまいがちなんだと思うのです。いや、もっと言うなら、その「すごさ」ゆえに、自分の持つ「特質」に鈍感になってしまう。そして、自分は「フツー」と考え、「聞く側でしかない」と思ってしまう。

でも、たぶんそうじゃない。ひとりひとりが自分の「語り」を持っていて、それを口々に語る。それでいいんじゃないかと思うのです。


そんなことを学生さんに話をするうちに、みなさん自分の「特質」を発見しはじめて、結局みんなで本になることになりました。


てことで、7月23日(土)の午後、豊中駅前の国際交流協会の厨房で5冊の本があなたを待っています。どの本もとても魅力的です。ぜひともいらしてください!

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2016-05-24

[][]会議&会議疲れた

今日は午前も午後も会議出張です。

午前は第2のふるさとにて、「言いたい放題」の会議です。

今日テーマは、暫定的には「絵本のとりくみ」。でも、そこからはじまって、あちらこちらへ話が展開していきますわたしはいつも変なところに引っかかるので、でも、そのもやもやを出さなきゃそのままなので出してしまいます今日もやもやは「子ども絵本を好きになるために、まず親に好きになってもらう」というフレーズです。これはきつい。親のハードル高過ぎな気がします。どちらかというと「好きじゃなくてもできる」とか「忙しくてもできる」とか、そういうふうに現実的な方向でいったほうがいい気がするのですが、なんかどうも「理想を追い求める」方向へと走り、それが少し「独りよがり的」な感じがするのは、いったいなんなんだろう。

ま、いいけど。


午後の会議は、まぁオフィシャルな会議なんですけど、今回は、なんか執拗からみつく人がいます。あー、この教条的というか「偏ってる」とか「特定の考え」とか平気で言えるのは、「民主的な人」かな。

てかギョーカイの「文章」って、何を書いてもいいわけじゃなくて、そのギョーカイならそのギョーカイなりの「作法」があるんです。で、レフェリーがいたら「作法違反」ってカットされるけど、レフェリーがいないから、それなりのガイドラインをつくろうよって話なんだけど、そういう流れを知ってか知らずか「偏ってる」ってなる。

てか、なんでガイドライン必要になったかという歴史的経過を言うとですね…。やめとこ(笑)

てことで、もやっとしながら会議は終了。まぁ、わたしも含め何人かの発言で黙っちゃったから、あの人ももやっとしてるでしょうけどね。


てことで、なんか、ぐったりしてきたので、帰りは久しぶりの「へんこつ」へ。

開店10分後なのに、すでにほぼ満席カウンターに座りたかったけど、奥の席に座るように言われちゃいました。しゃーないな。「そことうふ」「熱燗2杯」を20分でサックリやって、帰宅です。

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2016-05-23

[]あー、月曜日

昨日は10時頃に横になったので、今朝の体調は少しはマシです。でも、たとえ体調が悪くても、寝不足と飲み過ぎが原因なので、自業自得です。そして、自業自得であることを自らが納得していれば、それはそれでOKです。

で、午前は試験前の勉強会

今日もいろいろ質問に来たけど、「質問返し」で返しました。

子どもたちは「教えて」って来るけど、教えてもなんの意味もないから教えたくないんですよね。時間と労力のムダ。解く/考えるが必要なわけで、そのためには沈黙必要なんですよね。

でも、子どもたちはそういう経験をしていない。だから「教えて」ってくる。

問題は、こういう学習会の時ではなく、放課後に「自分だけで教えてほしい」と考える子がいることです。教員は「試験前やし、しゃーないなぁ」って思うのか「でも、なんとかしたいと思ってるんやな」って思うのか。

わたしキライなんですよね。

今日の授業のこの問題がわからない」

というのと

「教えて」

の違いをわからない子ども安易につきあうのはよくない気がします。

ま、そんなこんな。


で、午後はそれでもぐったり。

でも、やらなきゃならない仕事があるので「やるか」となるわけですが、この仕事、みなさんから出されたペーパーを集約する仕事なんで、みなさんから出されてないとどうしようもない。「府教育委員会に出す必要があるので」って書いてもわかってくれないのって、どうにかならんのかな。しかたないから、未提出の人のところに行ってインタビュー

そんなこんなをやってると、夕方にはぐったり。久しぶりに顔の左半分が痛くなりましたよ。これ、最悪じゃないか

ま、自業自得自業自得(笑)

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