ユーリの部屋

2017年01月30日 一つの帰着

今年1月28日の(公財)日本クリスチャン・アカデミーの関西セミナーハウスにおける「キリスト教徒は政治問題をどう見るか−沖縄と北方領土をめぐって」と題する佐藤優氏(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=%BA%B4%C6%A3%CD%A5)の正味四時間の講演会は、私にとって三度目の参加であったが(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170129)、出席者数は、初回が120名と超満員であったのに比して、昨年の70名以上よりも、今年は更に減っているように思われた。前方でも空席があったからである。但し、若い男性の出席が増えたことは注目される。

司会者のお話では、佐藤氏を招いての講演会は今年で四回目だそうだ。

私は中央列の前から二番目に席を取ったが、今回はカメラも忘れてしまった。その上、例年のように『みるとす』誌最新号を持参して、連載中の国際分析に関する数ヶ所について質問もしようとしたが、定刻にプログラムが終了すると、さっさと講壇テーブルを片付けて見事に立ち去られてしまった。

この去り際は、鮮やかなほどの足早であった。

ご著書へのサインについては、マジックを用意されていて、途中のコーヒーブレイク中に3,4名ほどの男性が並んでいたが、私はその間、質問用紙に記入することで忙しく、とても暇がなかった。

自宅には、何冊かのご著書が本棚に並んでいるが、あちこちに書き込みと折り目をつけて読んでいるので、とても「サインをお願いします」などとは言える状態ではない。また、どの本を選ぶかも迷うのだ。

従って、初回と二回目と同様、最も無難な『みるとす』誌を持って行き、写真付きの連載ページの冒頭に日付入りでサインをお願いしようかとは思っていた。ちなみに、私はキリストの幕屋の関係者ではない。

だが、今回で自分なりに決着がついた。

同志社大学神学部やイスラエル事情など、私にとって話題に身近な接点が多かったので、長い間、参考になると思ってお話を聞いたり、著述を拝読したりしてきたが、超多読で仕事量が抜群な異才は認めるものの、本質的に肌合いが違う、ということが明確になったのだ。

佐藤優氏は、多方面の膨大な執筆量で有名だが、主に以下の側面にまとめられよう。

(1)久米島の名家のご出身であるお母様ゆえの沖縄に関する発言(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20110407)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170129

(2)外交官としてのインテリジェンス分析の経験

(3)人目を引く外務省関連の珍しい話(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20110407

(4)日本では希少価値のあるキリスト教神学知識

(5)ロシアでの経験

(6)日本ではあまり知られていないチェコの神学者フロマートカ研究(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160327

(7)社会矛盾をえぐるためのマルクス主義への知的傾倒

文筆で売り出すために幾つもの切り口や持ち幅がある点で、生き残り術としては変幻自在で雑草のようにたくましく、したたかな計算ぶりが窺える。

その点では学ぶところ多く、大いに尊敬もするが、一方で、スポーツや伝統芸術の話が一切出てこないのは何故なのだろうか。得意なスポーツは何か、クラシック音楽や絵画や日本の伝統文化に対する造詣はどうなのか、やや気になるところではある。

また、左派系にも保守系にもどちらも通用する言説をお持ちだということは、多彩で幅広い視野の証左であり、お名前の通り、優れた能力だとは思うが、一方で、著述や発言に相互矛盾が見られることがなきにしもあらずである。百戦錬磨と言いたいところだが、対談相手は誰でも良いというわけではなさそうだ。

講演中は、必死になってレポート用紙にメモを取るのだが、幅が広過ぎて話に脈絡がなく、エピソードに目眩ましのような部分があることに気づいた。また、質疑応答でも、一種のテクニックというのか、直球で返さずに変化球を投げたり、別の話にすり替えたりされることもしばしばである。

もし聞き違えでなければ、締め切りを90本も抱える売れっ子作家なので、前後で矛盾や相違が見られるのは致し方ないのだろう。だが、どうやったら90本も書けるのか。短いインタビュー形式なども含めるのだろうが、一日に最低四時間は自分用の読書に当てる日課だそうなので、相当な早業である。記述の裏付けを取る作業や資料を読み込む時間は、どのように確保されているのだろうか。

いきなり話し始め、間を取ることもせず、滔々と話し続ける話法は、聴衆に関西のキリスト教関係者が多いと見てのことなのだろうか。つまり、神学を散りばめながらも幅広く曖昧な話が通用するという見立てなのだろうか。

忘れないうちに、今回、私が質問用紙に書いて提出し、休憩後の第二部で真っ先に読み上げられた質問および応答を以下に記そう。

「ご熱心なお話をありがとうございました。冒頭で、例えば靖国神社への首相や大臣の参拝の是非は、教会が関与する問題ではないとおっしゃいました。また、沖縄で職員を殴った牧師(?)がいたとのことです。トラブルを起こす牧師の存在や、その結果としての信者の教会離れについては、よく耳にしております。しかし、靖国や沖縄に熱心に関与するクリスチャンの群れがあることも事実です。同志社大学神学部の教授陣は、何をなさってきたのか、システムやカリキュラムに何か問題はなかったのか、率直な先生のお考えをもう少し詳しく伺いたく存じます。以前、同志社大学神学部を推薦するご著書を出版された当時と今とでは、どのような連関があるのでしょうか」。

応答を記す前に、講演の中で語られたことを抜粋してみよう。

従来から「日本のキリスト教人口は約100万人で変化がない」と考えていたところが、資料を調べてみたら「今では300万人」。それについては、「相当いい加減な自己申請をする教会」だとおっしゃった。「日本基督教団では、正直なところでは15万人ではないか。陪餐会員(パンと葡萄酒を受ける資格のある人)は9万人程度で、毎週教会に通う人は2,3万人ではないか」とのことだった。何を根拠にそのような数値が出るのか、私としてはもっと知りたいところだったが、早口でそのようにおっしゃった(とメモには残っている)。

日本基督教団牧師の主流には、政治に不満があっても直接行動せず、教会形成によって政治活動を拡大するケースがあるとも言われた。また、「とても頓珍漢でけしからん」のが「問題提起派牧師」で、野放しだったとのこと。

さらに、全く勉強しない学生だったので就職できず、ギリギリの成績で大学院に上がって牧師志願するケースもあるが、人格的に未熟なままであり、学力低下も著しいという。「召命」に関しては誰も否定できないため、場合によっては、定年近くになって突然「召命感」が湧いてくる人もいるという。東神大では、偏差値が38で、受験する3,4人は全員合格するのだが、その学力で果たして責任を持って教育できるのか、ギリシア語ヘブライ語の習得は大丈夫なのか、ともおっしゃっていた。

要するに、世の中で相手にされない人が「教会」に向かい、力不足のためにトラブルを起こす牧師がいるということらしい。

さて、上記の私が提出した質問については、次のようにお答えになった。

「教会が関与することはかなり限定すべきで、全員がついていけるものにしなければならない」。また、「キリスト教的政治というものはなく、キリスト教徒として政治にどのように関与するか、はある」とのことだった。さらに、トラブルを起こす牧師については、「どんどん教会を変わればいい」とバッサリ。生き残っている教会は質が高く、きちんと理解出来る人がいるとのことだった。

同志社大学神学部は、少し別の方向性になったそうである。「宗教学としてイスラームキリスト教も」という従来の在り方から、「やはりイスラームキリスト教では神が別である」ことがわかり、今では「実践神学が自立しつつある」とのこと。

どのような人がコミットするかについては、「抽象論は言えない」が「自分への危害がなければ、批判せず、他者排除をしない」。なぜかと言えば、「他人にも自分にも愚行権があるからだ」との由。

早口の回答で、何だかわかったようなわからないような感覚だったが、この問題は、当事者がもっと真剣に取り組まなければならないのではないだろうかと思う(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20070817)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20071009)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20071028)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090122)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140324)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160112)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160113)。

大統領候補の一人だったテッド・クルーズ氏(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20150904)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160508)については「トランプよりも、もっとひどい」とのことで、iPadで短い映像を出された。マシーン・ガンにベーコンを巻き、銃を発砲した熱でこんがり焼けたベーコンを剥ぎ取って食べるクルーズ氏である。

私には、どのような文脈でそのような映像が出てきたのかが不明だったことと、銃規制に反対する保守派であれば、それぐらいはアメリカ人ならやりそうだ、としか言えない。

その他には、大統領の信仰的な背景(例えばトランプ大統領の場合はカルヴァン派の長老教会のため、選びの確信を有する)が、就任演説その他の発言にどのように表れているかが読み取れるか、という話もあった。確かに興味深いが、踏み込み過ぎはかえって危険ではないだろうか。というのは、3億の人口から直接選ばれて頂点に立つ大統領の器であれば、所属教会や信仰する教派のみで推し量れない要素が多分に含まれるはずだからである。また、そのような分析が、一種のレッテル付けにすり替わってはならない。

それに、この種の話は佐藤優氏の専売特許ではなく、既に主流の英語メディア等で取り上げられている。

一つ、最も気になったのが、「アメリカの総領事館をエルサレムに置くこと」は、「看板代のみ」なので、「5万円ぐらいで可能」という話だった。

果たして、それほど簡単なことなのだろうか?ご参考までに、過去のパイプス訳文(http://ja.danielpipes.org/blog/12829)をどうぞ。

itunalilyitunalily 2017/01/30 13:14 首をかしげながらも一つのヒントだと思った話は、「有権者として手書きで権力者に手紙を書くと、『意外と利くぜ』」。

「住所、名前も出して、自分の意見を政策決定者に出すことによって、権力者を恐れさせると一番効果がある」らしい。

それなら、私の国政モニターはどうなるのだろうか。質問が掲載されたなかったこともあり、その旨問い合わせたが、今だに無回答である。

結局は、あまり根拠のない話を、思いつき程度に話されているのだろうか。

itunalilyitunalily 2017/01/30 15:13 ウィキペディアの「佐藤優」項目には、私の知らなかった事情が更に詳しく書かれていた。

以下に部分抜粋引用を。

(https://ja.wikipedia.org/wiki/)

佐藤 優(さとう まさる、1960年〈昭和35年〉1月18日 - )は、日本の外交官、作家。学位は神学修士(同志社大学・1985年)。同志社大学神学部客員教授、静岡文化芸術大学招聘客員教授。

在ロシア日本国大使館三等書記官、外務省国際情報局分析第一課主任分析官、モスクワ国立大学客員講師、拓殖大学客員教授、東京大学教養学部非常勤講師などを歴任した。

東京都出身。埼玉県大宮市(現さいたま市)育ち。幼少時は日本キリスト教会大宮東伝道所に通っていた。

1年間の浪人(予備校)生活(現上越教育大学教授の下里俊行と知り合う)を経て同志社大学神学部に進学した。主に緒方純雄、野本真也、藤代泰三、渡邉雅司、クラウス・シュペネマンなどの教授に師事し、組織神学(護教学)、マルクスやフォイエルバッハの無神論などを中心に学ぶ。学部1回生のクリスマスに京都市内の日本キリスト教会吉田教会で正式に洗礼を受け、クリスチャン(プロテスタントのカルヴァン派)になった。また、在学時代には学生運動にも傾倒し、高校2年生から大学2回生まで日本社会主義青年同盟(社青同)の同盟員だった。

外交官(専門職)になればチェコ語研修を名目にチェコスロバキアに行けると考え、1985年4月にノンキャリアの専門職員として外務省に入省(2度目の外務省専門職試験受験で合格した)。

(部分抜粋引用終)

itunalilyitunalily 2017/01/30 15:19 上記の抜粋から知り得たこと。

1.東大を目指していたが、一年間の浪人生活後、同志社大学神学部に神学したこと。

2.マルクスやフォイエルバッハの無神論を学んだこと。

3.17歳から21歳まで日本社会主義青年同盟のメンバーだったこと。

4.外交官試験には二度目の受験で合格したこと。

これは重要なポイントなのに、これまで読んだ著作の一部からは知り得なかった。

特に、社会主義青年同盟は、労農派のマルクス・レーニン主義と関係が深い。

つまり、神学とかクリスチャンとか親イスラエル派だと呼称すれば、日本では目眩ましになるが、実は私が長い間、混乱して戸惑ったように、中心軸はここにあったのだ。

itunalilyitunalily 2017/01/30 15:22 同じウィキペディアには、11年前に亡くなったお母様のことも記されているが、「看護学校に通っている頃に教会で洗礼を受け、熱心なキリスト教徒となった。また、兄に日本社会党所属だった元兵庫県議会議員がいる関係で日本社会党の熱烈な支持者だった」との由。

従って、佐藤優氏の自発的な選択というよりは、お母様の影響によって、キリスト教と社会主義の知識と実体験が身についたということでもあろうか。

itunalilyitunalily 2017/01/30 15:32 私の場合、妹や弟から馬鹿にされるような家庭環境だったので、常に自分に非があると考える癖がついてしまい、つい、本当は違和感を覚えても、そういう側に耳を傾けて考えを合わせなければ、ますます仲間に入れてもらえず、孤立するのではないかと思ってしまうのだ。

でも、ここまで来たら怖いものはない。そんな思想、そんな環境ならば、孤立していた方が良い。

itunalilyitunalily 2017/01/30 15:37 私は浪人もせず、五教科七科目の試験を通って大学に入ったが、佐藤優氏の時代には、一浪して入学した同志社神学部は、入試科目が三科目だったとのこと。

それならば、なぜ私は、最初から恫喝調子の佐藤優氏に引け目を覚える必要性があったのだろうか。

こういう混乱が、私の人生の停滞の原因である。各テーマのブログ書きによって、一つずつ状況と問題点を整理し、一つの区切りをつけつつ混乱解消に努め、前進を続けている。

itunalilyitunalily 2017/01/30 15:39 ウィキペディアの注には、「1.琉球大学法文学部にも合格していたが、当時マルクス主義に傾倒していた佐藤を心配した親族によって、同志社大学に進学させられることとなった」と記されている。

結局のところ、私と肌合いが合わないと感じたのは、そもそも思想の関係からだった。それならば、キリストの幕屋が主体の『みるとす』誌が佐藤優氏を執筆陣に加えているのは、どのような編集意図からなのだろうか。

itunalilyitunalily 2017/01/30 16:20 佐藤優氏の著作で既読のリストを以下に。

・『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』新潮社 2005年

・『国家の自縛』産経新聞出版 2005年

・『自壊する帝国』新潮社 2006年

・『獄中記』岩波書店 2006年

・『反省 私たちはなぜ失敗したのか?』(鈴木宗男・共著)アスコム 2007年6月

・『ぼくらの頭脳の鍛え方 必読の教養書400冊』立花隆・共著 文春新書 2009年10月

・『交渉術』文藝春秋 2009年

・『テロリズムの罠 右巻 忍び寄るファシズムの魅力』角川ワンテーマ 21 2009年

・『テロリズムの罠 左巻 新自由主義社会の行方』同上 2009年

・『神学部とは何か 非キリスト教徒にとっての神学入門』新教出版社 2009年

・『沖縄・久米島から日本国家を読み解く』小学館 2009年

・『はじめての宗教論 右巻 見えない世界の逆襲』日本放送出版協会 生活人新書 2009年

・『はじめての宗教論 左巻 ナショナリズムと神学』NHK出版新書 2011年

・『人に強くなる極意』青春出版社・青春新書インテリジェンス 2013年

・『知の武装 救国のインテリジェンス』手嶋龍一・共著 新潮新書 2013年

・『知の教室 教養は最強の武器である』文春文庫 2015年

・『復権するマルクス 戦争と恐慌の時代に』的場昭弘・共著 角川新書 2016年

・『組織の掟』新潮新書 2016年

(以上)

itunalilyitunalily 2017/01/30 16:22 上記コメント欄の「1.東大を目指していたが、一年間の浪人生活後、同志社大学神学部に神学したこと」の「神学したこと」は「進学したこと」の変換ミスでした。お詫びして修正いたします。

itunalilyitunalily 2017/01/30 16:41 私がこだわる理由は、2017年1月16日17日付のフェイスブックの記述に疑問を持ったからである。

(https://www.facebook.com/ikuko.tsunashima/posts/10210563958729668?comment_id=10210572204375804&notif_t=like&notif_id=1484635495520261)

shared Isaku Taniuchi's post.

(http://www.sankei.com/premium/news/170115/prm1701150032-n1.html)

2017.1.15 11:30
佐藤優氏
「エルサレムに米大使館」の重大性、トランプ氏は分かっているのか 第5次中東戦争→日本経済に深刻な影響も

16 January at 12:47
Isaku Taniuchi:佐藤優氏の分析はいつも正鵠を射ています。


ユーリ:16 January at 13:56
「テルアビブにある日本大使館をエルサレムに移転することは絶対に反対だ。」(引用終)

ですが、テッド・クルーズさんも、確かエルサレムへの移転路線ではなかったでしょうか?そういうシオニスト右派は他にもいます。

Kiyomasa Akashi 法案として提出されてから久しいと私は理解していました。なので、これまでない動きであるかのように驚いているのは、なぜかな?と思います。

( https://en.wikipedia.org/wiki/Jerusalem_Embassy_Act)

Jerusalem Embassy Act

The Jerusalem Embassy Act of 1995 is a public law of the United States passed by the 104th Congress on October 23, 1995. It was passed for the purposes of initiating and funding the relocation of the Embassy of the United States in Israel from Tel Aviv to Jerusalem, no later than May 31, 1999, and attempted to withhold 50 percent of the funds appropriated to the State Department specifically for "Acquisition and Maintenance of Buildings Abroad" as allocated in fiscal year 1999 until the United States Embassy in Jerusalem had officially opened. The act also called for Jerusalem to remain an undivided city and for it to be recognized as the capital of the State of Israel. Israel's declared capital is Jerusalem, but this is not internationally recognized, pending final status talks in the Israeli–Palestinian conflict. The United States has withheld recognition of the city as Israel's capital. The proposed law was adopted by the Senate (93–5), and the House (374–37).

Since passage, the law has never been implemented, because of opposition from Presidents Clinton, Bush, and Obama, who view it as a Congressional infringement on the executive branch's constitutional authority over foreign policy; they have consistently claimed the presidential waiver on national security interests.

17 January at 13:55

ユーリ:あかし先生、まさにおっしゃる通りです。以前から法案が提出されているのに、歴代大統領がなかなか動かなかったと、私も理解していました。
17 January at 13:56

ユーリ: そうしますと、ユダヤ専門のミルトス社の谷内意咲様が「佐藤優氏の分析はいつも正鵠を射ています。」と書かれていますが、「いつも」とは何を根拠とされているのでしょうか。
17 January at 13:58

ユーリ: 佐藤優氏には何回かお目にかかっていますが、時々、著作の間で著述に矛盾があることを発見していますし、講演会でも間違ったことをおっしゃることがあります。昨年1月の件も、なかなかブログに書けませんが、ミスはミスです。出版社としては、売れっ子著者を宣伝する以上に、全力を挙げて言述の正確さに注意していただきたいと思います。
17 January at 14:20

ユーリ: あかし先生、どうもありがとうございました。
17 January at 16:45

(転載終)

itunalilyitunalily 2017/01/30 16:59 『みるとす』誌は、社長が交替されて若い世代に移行した今後も、新たな読者層を開拓して継続されていくのだろうが、出版社や書店の閉鎖動向などを嘆くよりは、むしろ信頼感のある冊子を着実に作り続け、確かな固定客を確保する努力の方が大切ではないだろうか。

私が『みるとす』誌と関係ができたのは、2007年3月に初めてのイスラエル旅行から帰国してすぐのことだ。

当時はまだ同志社大学神学部関係の会合行事の案内が頻繁に届いており、明らかにパレスチナ寄りでイスラエル批判を展開していた大学関係者の中で、私は非常に困惑していた時だった。

人数合わせのために会合には招かれるのだが、実際には発言権がほぼ無視されていた状況だったので、ますます混乱して、(そうだ、イスラエルを見に行かなければ話は始まらない!)と思い、インターネットでイスラエル旅行の募集を探して、大阪クリスチャンセンターが50周年記念として企画しているのを見つけたのだった。

ちょうど10年前のことだが、今から思えば、まだ若かった。それに、それほど切羽詰った状況でもあったのだ。

現地を訪問すると、一目瞭然、誰がハッタリを言っていたかがよくわかった。また、同行の旅団メンバーには同志社出身の牧師夫妻もいらして、現在の教会の問題点などをよくご承知だった。そして、私の研究にも励ましを与えてくださったのだ。

それに乗じて、何か基本的なイスラエル情報誌から学ぼうと決め、インターネット検索でミルトス社を探し出して、早速購読を決めたのだった。

偶然のことだが、同じ頃、ダニエル・パイプス先生の「ムスリムのエルサレム要求」と題する長文の理路整然とした論文も見つけ、早速ノートに要点をまとめておいた。エドワード・サイードが筆者を嫌っていることも知り、ますます興味を惹かれたのだった。

直接的には、2012年1月中旬に私の英語ブログを見たパイプス先生が自分のウェブサイトに引用されたことがきっかけでメール文通が始まり、しばらくして先方から訳文を依頼されることになったのだが、そもそも、パイプス先生との出会いの伏線は、実は同志社神学部の知的環境が作り出し、ミルトスが側面からお膳立てをしていたとも言えなくもない。

itunalilyitunalily 2017/01/30 17:03 だからこそ、このように長々と佐藤優氏にこだわっているのだ。

itunalilyitunalily 2017/01/30 17:05 ブログを始めたのが2007年6月のことだが、初のイスラエル旅行について最初に書いたブログ記事は、こちら(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20070725)にある。

itunalilyitunalily 2017/01/30 17:07 パイプス先生から最初のコンタクトについては、過去ブログ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120114)をどうぞ。

itunalilyitunalily 2017/01/30 17:10 上述の印象的なパイプス論文をまとめた「ノート」については、過去ブログ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140508)に詳しく記した。

itunalilyitunalily 2017/01/30 18:29 ウィキペディアから「佐藤優」氏に関する記述の部分抜粋の続きを以下に。

(https://ja.wikipedia.org/wiki)

・1987年8月末にモスクワ国立大学言語学部にロシア語を学ぶため留学した。その中で哲学部科学的無神論学科の講義にも参加するようになった。当時のソ連では「科学的無神論」という国是からキリスト教や各宗教に関する研究を行っていた。例として、<キリスト教終末論の諸類型とその階級的特質>、<啓蒙主義思想に対するプロテスタント神学者の批判とその問題点についての検討>、<ニコラウス・クザーヌスの全一性概念に対する批判的検討>、<ブルトマンによる聖書の脱神話化仮説の学説史的意義とその批判>、<解放の神学とカトリック教会の教権制度の矛盾>など、同志社大学神学部と同大学院で学んだキリスト教を社会主義の立場から批判・検討するような内容が多かった。ちょうど1988年のロシア正教導入1000年紀にもあたっていたこともあり、ソ連では宗教への理解が進んでいた時期でもあった。

・ロンドンでは、亡命チェコ人の古本屋店主夫妻とも親しくなり、当時チェコスロバキアなど東欧諸国では一般での発売や閲覧が禁止されていた神学や宗教関係の書物を手に入れることもできた。

・1988年から1995年まで在ソ連・在ロシア日本国大使館に勤務し、1991年の8月クーデターの際、ミハイル・ゴルバチョフ大統領の生存情報について独自の人脈を駆使し、東京の外務本省に連絡する。アメリカよりも情報が早く、当時のアメリカ合衆国大統領であるジョージ・H・W・ブッシュに「ワンダフル!」と言わしめた。また国会議員としてロシアを訪れていた参議院議員猪木寛至(アントニオ猪木)に便宜を供与したこともあり、現在でも親交は続いている。

・この時期、佐藤はソ連科学アカデミー(現:ロシア科学アカデミー)民族学人類学研究所にも「学位論文提出権有資格者」と認められ、研究員として正式に出入りすることを許されており、市中には出回っていないソ連の民族問題に関する書籍も図書館で自由に読めた。

・日本帰任後の1998年には、キャリア扱いに登用され、国際情報局分析第一課主任分析官(課長補佐級、佐藤のために急造されたポストとされるが、政府は正式に否認している。しかし佐藤以後このポストに就いた人間はいない)となり、内閣総理大臣橋本龍太郎とロシア大統領ボリス・エリツィンのクラスノヤルスク会談にもとづく2000年までの日露平和条約締結に向けて交渉する。

・外交官としての勤務のかたわら、モスクワ大学哲学部に新設された宗教史宗教哲学科の客員講師(弁証法神学)や東京大学教養学部非常勤講師(ユーラシア地域変動論)を務めた。また、雑誌『世界』(岩波書店)の「世界論壇月評」担当など論壇への寄稿に加え、フロマートカの自伝の翻訳出版(1997年)、『福音と世界』『基督教研究』といった雑誌に執筆するなど、神学方面の学問的活動も行っていた。

・2009年に失職するまで「起訴休職外務事務官」を自称していた。

・レバノン侵攻、イスラエル・パレスチナ紛争などイスラエルの関わる問題では、一貫してイスラエル全面支持を表明し、イスラエルと「私たちは人間としての基本的価値観を共有している」と主張している。

・佐藤は自らや鈴木宗男の逮捕の背景の一つに、イスラエルとのインテリジェンス協力を邪魔する外務省の親アラブ派・反ユダヤ主義的グループの策謀があったと主張している。

・佐藤は論争にあたり、両者間の争点が明確であること、論争相手に対し人間として最低限の礼儀が必要であるとし、これら2点が満たされていないものに関して論戦を行なわないとしている。

(部分抜粋引用終)

itunalilyitunalily 2017/01/31 09:53 冒頭のコメント欄で「質問が掲載されたなかったこともあり」と入力ミスをしました。正確には「質問が掲載されなかったこともあり」です。
お詫びして修正いたします。

itunalilyitunalily 2017/02/01 11:10 上記コメント欄の「パイプス先生から最初のコンタクトについては」は、「パイプス先生からの最初のコンタクトについては」の入力ミスでした。お詫びして修正いたします。

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