2009-11-18
内田樹の教育観について
内田樹の最新記事『学力テストについて』を読み、深く考えさせられた。放っておいても深く考える面倒な性格ではあるのだけれど、それはそれとして。
内田樹が幾度となく言及する教育の定義は、次のようなものである。以下引用―
学校教育というのは、「そこでなぜ学ばなければならないかの理由を子どもたちは知らないが、大人たちは知っている」という「知の非対称性」に基づいて構造化されているからである。
「いいから黙って勉強しろ」というのが学校教育にかかわる大人たちの基本文である。
(引用終わり)
陳腐なアナロジーを用いると、この教育は次のように言い換えることも可能だろう。何が何だかよくわからないものを大人から手渡されたとする。子供は当然「これをどうしたらいいのか?」と思うだろう。質問もする。大人からは「いいから黙って食べろ」といわれる。
・・・恐怖である。まず子供からした自然な反応は「これは食べ物なのか!」という新鮮な驚きと食べることに対する圧倒的な拒否感である。恐る恐る食べられる子供はよい。消化できるかどうかはわからないが、ひとまず口にしたのだ。これが学習するということなのである。食べられない子供は可能性の芽を自ら消すことになる。口にしないから。
こう考えると、教育というものは実にタフでクールなシステムである。こう考えるからいけないのだろうが。
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