2010-05-10 今週のヨーロッパ
ギリシャ政府の破綻に対策を打ったEUとIMFが三年間14兆円融資。その影響に及び、ギリシアへの巨額援助を決意したドイツが国内から猛反対されたようだ。
イギリスの選挙も明らかになった。36パー得票率の保守党306席を、労働は29パー258席、自民は23パーなのに僅かの57席、それは仕方ない小選挙制だから。どの政党でも過半数の議席を得られなかった形に連立政権へ向かって各党が話し合う中ということだ。正しく鍵を握っている自民にとっては選挙制度を変える千載一遇のチャンスだ(なんか前にも保守にすっぽかされたような気がする(´・ω・`)。でも簡単に2党体制を壊すわけにも納得いかない保労両党、そこが問題の中心だ。連立できないままには、政治不安定が財政赤字のイギリス政府を追い詰めるだろう、赤字の一途をたどるためユーロ安=円高まだまだ続いていくだろう。
ふざけんじゃないよっと心からうなずいてきた、なんで毎回欧米が何か波瀾があった時、必ず円高となって人の生活が苦しくならなくではいけないか。経済大国として日本は確かに役割を果たし、クッションのような存在だが。どう考えでも中国政府も早く中国元を切り上げって、分だけの役割を果たすべきのではなかろうか。
2010-05-09 宿題
- 「英語を小学校1年生から必修科目にしよう」という意見があります。対してあなたの考えを、理由を上げで書いてください。
というわけで、小論文先生からの宿題だった。一応小学生レベルの文章を完成したが、ここにも書いていきたいと思う。
さて、本文へ…
「英語を小学校1年生から必修科目にしよう」という一見まじめそうな意見がある。
確かに、今では英語をできない人は到底よい仕事がつかない、残酷な格差社会というのは事実だ。世界共通語として、英語はあらゆる分野で不可欠な存在でもある。だからといって、グローバル化についていけるため、小一から英語を学ぶのはおかしいと思う。
まずはタイミングの問題だ。早いほどいいという親の気持ちは分からなくてもないだが、早めれば本当にいいのか。中国では、既に英教育の始まった幼稚園があるのだが、いまいちだ。漢字さえまだ書けないのに、さきに英語を覚えたとはおかしいだろうという批判が高まる。廿年越えのゆとり教育を根こそぎ貫いた日本はなおさらのことだ。
だいたい、人は意識がないと人として成り立たないものだ。子供はその意識があるだが、まだ未熟である。要するに、人として自意識を掴まない状態である。ところで、一つの言語をマスターするまでほぼ三年が必要だ。ではどうして小三からずっと英語を勉強してきた我々はまだできないか、なぜ日本にきて1年も経てないのに一級に合格した人がいるのか。なりよりの証拠だ。つまり、言語を勉強するには早ければできるのではなく、人の勉強の意欲に繋がるからだ。
したがって、私は、「英語を小学校1年生から必修科目にしよう」という意見が不適当だと思う。
もう一回読み直してなんかおかしい文章になったような気がした。段落の間、繋がりがぬるいていうか、その証拠やら論拠というのはまったく空想だった。説得力が欠ける。
2010-05-03
- 金正日訪中、このデブきたな。
3日、後継者の三男を連れて訪中してきた金正日。このニュースをみて、また何かを企んできたのかと頷いた。いまの朝鮮は暴政独裁のためとことんに落ちた。通貨変更の失敗で無様な姿を世界に見せた。今回の訪中、間違いなく藁にも縋るデブ金のいつもの悪あがきだ。もう飽きてしまった。
要するに金がほしいというわけだ。どうせ経済援助やら企業資金の導入を口実にきただろう。ついでに軍艦やミサイルなども一緒に持って帰るつもりだろう。国内の経済は今にも崩れそうな状況で訪中、前は何をしたの、用はない時ほったらかしたりして、いったん尻に火がついたとたんに図々しくくっつけてきた、汚いぞそれ、尻拭いのつもりとかしてないの。
いまの朝鮮が続いていく限り、東アジアの平和は絶対に訪れないのはずだ。デブも後継者もいない現在、最悪の場合、クーデタでも起したりしてみれば、状況打破できるのは今はチャンスではないか(笑)
2010-04-28
- 日本式「舶来主義」
日本人の素晴らしさの一つは頭の回転が早いということだ。いい意味で現在の物事を見る価値観を切り捨てるのは早い、改革が好きのようだ。例を挙げてみよう、もともと尊皇攘夷派である薩摩藩と長州藩は如何して幕府を倒したのか、というと、もちろん裏で坂本竜馬の工作が欠かせないだが、やはり新しい物事に対して受ける能力が高そうだ。それぞれ薩英戦争と四国艦隊による砲撃に破ってしまったが、戦争に負けた原因を辿りつき、幕府を否定し、最終的に幕府を倒したというプロセスからみれば、たぶん中の奥妙を察してくるはずだ。また日本の近代化の礎である脱亜論、自分より強い者を求めている日本が改革を招かせた。常に先進国の後に付いて優れた理論や成果を吸収したり日本に相応しい物を組み替えたりしてきたこそ、明治維新から高度経済成長期にかけて同じ精神を繰り返してきたのだ、今でもそうではないか。
ところで取り過ぎて満腹になってしまう日本がしみじみ感じている。外人としての私は、一番触れやすいのがやはり日本語だ。だが外来語の氾濫、いわゆる何でも外来語を使う勢いがもはや今の日本社会ではやめてもやまない状態となった。翻訳する時、闇雲にがむしゃら、そのまま音訳して片仮名を変換するのではなく、もう少し単語を吟味してから処置してほしい。単なる貰うだけではなく、出す力も必要である。つまり、代々伝承してきた吸収しながら創新する力を失えば死ぬということだ。なにしろ資源のない日本ではやむをえない痛恨の選択肢である。世界経済大国になった日本は一旦学ぶ源がなくなっても、舶来主義で舶来主義を切り捨て、創新主義に変わるように出す力を覚えてほしい。
2010-04-26
最初は、あまり実感がないので映画やサスペンスドラマのようなことが身近に起こるとは思わなかった。
半年が過ぎたいま、まだ証拠や情報の収集が滞っていて進展がないということ報道された。
ふとあることを思い出した。直木賞受賞新鋭作家、桜庭一樹先生が書いた「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」という小説だった。ファンタジアな内容を読んで読者を徐々に吸い込ませるような展開は実に素晴らしい。小説の内容はさておいて、中に登場したバラバラ殺人事件が発生した背景としては、なんと桜庭先生の出身地である島取をロケにしたものだ。そうみれば島根・広島女子大殺人事件とは斑に似ているところが多い。同じ地域の山の中、女子生徒の死体、見当たりのない事件、犯人は未だにまたこの世に潜んでいる。そう考えると不意に鳥肌が立ったにもありうるのことだ。
福祉社会を目指す民主党の政策の一つであり、子供手当ての申請が始まった。早速こういう人が出た、タイ人の妻の地元で554人の子供の面倒をみる。最初は、どう見ても冗談のような話しだが、なぜなら一年間554人分の子供手当てはなんと8600万円超えという驚異的な数字が出たわけだ。明らかに殊更なことにもかかわらず、申請条件に全て一致する。さて、どうしてこういう人を笑わせることがでたのか、はやり政策の問題ではないか。民主党が当選の際にして、民を養うという基本的な政策方針を執ったのであった、修正資本主義では大体そうだ。しかし、鳩山政権の今までの策は、人に優柔不断と統一性がないといったイメージをした。要するに政権フォームはまたいまいちで曖昧な部分が振り切らないであった。、今回のこともそうだ。約束したことは繰り返しながら破る、内閣はバラバラな状態で、党首として治めできるかどうかというリーダー格が疑わされる。不況にも挽回できずに何か福祉社会だ。そのままじゃ福祉社会ところか、経済デフレで日本がますます悪循環に陥ることが間違いない。
現状打破するため、敏腕な政治家が牛耳執る必要がある。人気no1総理に相応しい人物として、舛添要一の主張する政策から企業団体献金の禁止や金かかない選挙や議員半減など廉潔かつ強き夜警国家の姿が垣間見れる。新党旗揚げのあどすぐ参院選挙を直面、どこまでいけるのか楽しみに観察していく。


