Hatena::ブログ(Diary)

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2011-02-27

30歳をとうにすぎた今、久しぶりに全力で“受験”してみるのもいいかもしれない、と思った

暇人\(^o^)/速報 : 東大の試験問題が公開されたぞー 簡単すぎワロタ 東大でこれなら楽勝だろどの大学も - ライブドアブログ

↑この記事を読んで、なんとなく思ったこと。

 この問題をもし自分が試験会場で解いたら、はたしてまともな点数が取れるだろうか、と考えてみる。あまり期待はできなさそうだ。

 もちろん、読めばそれなりにはわかる。わかるけれども、出題されている問題への解答を過不足なく、試験官を納得させられるように書けるかというと、これはまったく自信がない。


 思えば、「自分に理解できるところしか理解しようとしない」ということを、ずいぶん長く続けてきてしまったような気がする。

 もちろん、自分なりに頑張ってはいるつもりだ。文章を読んでいて、「筆者はここでなぜこういう言い回しを用いているのだろう?」「この部分は文章全体の中でどのような位置づけなのだろう?」などと考えることは、ある程度は読解力を高めてくれるだろうし、それ自体が愉しい作業だったりもする。

 けれど、ふだん、ネット上の記事をなんとなく読み、それにたいしてなんとなく言及するということを繰り返していると、自分の読解力で理解できる記事、自分の思考力で対応できる考え方、そういったものにしか目が向かなくなっていく。これって、そのまま、思考力の停滞、あるいは衰えを意味しているんじゃないかと思って、すこし怖くなった。


 入学試験では、読む文章を選ぶことができない。これは、自分で行う情報収集との大きな違いだ。自分がふだん、何の興味も問題意識も持っていないテーマに関する文章が出題されるかもしれない。そして、その文章への対応を、否応なく迫られる。たとえそのテーマに関する予備知識がなくても、その文章から読み取れるすべてを総動員して、問題に対処しなくてはならない。

 これはたしかにきついことではあるけれど、しかし、そのことこそが、自分の読解力を高め、思考の領域を押し広げてくれるのではないだろうか。特に難関大学の試験問題には、それなりの知的体力が要求されるぶん、なおいっそうその効果は高いと思う。


 やはり、時には意識して“受験”をする必要があるかもしれない。これは文字どおりの意味における受験であると同時に、ふだん自分のフィルターに引っかかってこない異質な文章や考え方にふれ、それにたいするアウトプットをきちんと行ない、そのアウトプットが明確な基準によって評価される、そういう場に身を置くということでもある。それってなんか、単純に、愉しそうだ。

 というわけで、予備校の難関大学向けの現代文の授業を、一般の人を対象に受講させてくれるところってないかなあ…。

2011-01-12

私のMacBook Airにかける思いは、並大抵のものではない(断言)。

MacBook Air 11インチ欲しい!

MacBook Air 11インチ欲しい!とは - はてなキーワード

 もし当選させてくれたら、ブログ年間300回くらい更新しちゃうんだけどなぁ〜(本当かよ)

 iPhoneを買ってからこっち、Macへの思いは募るばかりですよ……。聞けばiTunesもWindowsとは比べものにならないほど快適に動作するというではありませんか。

 その上フォントも綺麗で、起動も早い、使い勝手も良好とくれば、買わない理由が見当たりません。なのに先立つものがないっていうね……。

 元はといえば、iPhoneのせいなのです。こいつがこんなに魅力的じゃなかったら、Macになど惹かれることはなかった!これほど素敵な使い勝手を持つデバイスを世に出した企業の販売するPCが気にならないはずがないではありませんか。

 月に2〜3回は家電量販店に足を運び、Macをヌルヌルいじって物欲を紛らわせる生活もいいかげん終わりにしたい。

 今年の夏に発売されるであろう新型iPhoneを購入することはすでに決定しているのですが、その前にどうしてもMacBook Airが欲しい!っていうかくれ!っていうかよこせ!

 というわけでよろしくお願いします!

2010-12-16

とりあえず15分でブログを書いてみるテスト(No.110)

15分あったらブログを書こう。 - かみんぐあうとっ

 もう1ヶ月もブログを放置していました。まったく気になっていなかったわけではないのですが、特に書くほどのこともないしなあ……と思いながら毎日を過ごしていたところにこの記事が。せっかくなので、キッチンタイマーを15分にセットしてブログを書いてみます。

 と、ここまで書いたところであと11分。実は今日中にブログの記事を書かなければ、はてな市民権を失うところだったのです。はてなにはけっこう愛着があるので、それはさびしい。最近はもっぱらはてなブックマークばかりを使っていて、Twitterも含めて、あまりアウトプットがありませんでした。かなり反省。

 あと6分。書くべきことは、あるにはあるのですが、その内容に見あった形を与えて記事にすることに、どうしても気後れを感じてしまう自分がいます。ちゃんとした記事を書こうと思ったら、やっぱり構成はきちんとしたいし、調べものも必要だし、画像も載せたいし、リンクも張らないといけないし……、とまあ、こんなことを考えるばかりで、ちっとも手は動かない、とこういうわけです。

 うわ、もう時間だ。文章短っ!まあいいや。とりあえずこれが今の僕の精一杯ということで、今日はここまで。

2010-11-17

確かに数字が積み重なるとうれしいよね(No.109)

 こんにちは、izukokoです。ついさっき、

ナンバリングの不思議とモチベーションという記事 | goryugo, addicted to Evernote

Posterousのテキトー日記のススメ

という記事を読んでいました。

 昨日まで「人生を変える100日ブログ」という企画に参加していて、それがちょうど終わったタイミングでこの記事に出会いました。なんかいい感じですね。

 「100日ブログ」というのは、8月1日から100日間、毎日ブログを更新し続ける(ただし、更新が無理なときのために、8日分の猶予がある)という企画だったのですが、それまで月一ペースの更新にとどまっていたので、参加を決めたときはもう、100日先が果てしなく遠いものに見えました。

 時にはどうしても書くことが思いつかず、書くことがないこと自体を記事にしてしまったり、休んだりしてしまったこともありましたが、どうにか108日間で100回更新することができました。正直キツかったですが、その時の達成感と解放感は、それはもう大きなもので、「今まで、人生の中でろくに文章を書いてこなかった自分でも、やればここまでできるもんなんだ」と、ちょっとした灌漑にひたりました。もっとも、goryugoさんの場合は、あくまで楽しく、ノリでやっているようですから、100回更新を達成したときの気持ちには、また違ったものがあるかもしれませんが。

 これからは僕もgoryugoさんにならって、記事に通し番号をつけていこうと思います。

 「100日ブログ」を開始する前に8本記事を書いていたので、今このブログには、全部で108本の記事があることになります。今回が109回目ですね。

 はてなダイアリーでは、ブログを更新した日数がブログ情報のページに表示されるのですが、1日に複数回更新しても1日分としてカウントされてしまうので、日数とは別に通し番号をつけることにはそれなりに意味があるんじゃないかと思ってます。

 というわけで、「100日ブログ」が終わったのに、やめるのが気持ちわるくてまた更新してしまいました。習慣というのはおそろしい……。

 今日はここまで。

2010-11-16

100日ブログ反省会(100日ブログ・100日目)

 こんにちは、izukokoです。100日ブログ100回目の更新という記念すべき日であるにもかかわらずパソコンが故障してしまい、少しバタバタしています。まあ、ポメラiPhoneがあれば特に問題はないわけですが……。

 さて、100日ブログも今日で最後です。108日間で100回更新の目標は達成できたので、とりあえずホッとしています。感想としては、きつかったなあ、というのが正直なところです。途中から内容のある記事がだんだんと少なくなっていってしまいました。やっぱり記事の完成度を上げるためにはブログ更新の負荷を減らすための仕組みづくりが絶対に必要ですね。その上できちんとした下調べと推敲をしないと、ちゃんとしたものは書けないなと思いました。

 それともう一つは、ある程度自分をさらけ出していくことですね。これに関してはこれからの課題、ということにしておきます。

 これからは毎日更新にこだわらず、自分のペースで更新していくことになると思いますが、今後ともよろしくお願いします。