プリキュア第8話の演出に関して
- いわゆる「渋い」演出/
- 心象と呼応する紅茶カップ、カットが変わる度に変化するオブジェクト(お好み焼き、コミック等)、シリアスな台詞になるほどデフォルメされるクラスメイト、フェティッシュなレイアウトと陰影
- いわゆる「ベタな」演出/
- 心象と呼応する電車の音、土手と夕日の多用、変身が邪魔されないお約束、星になる敵、青空にパンするラスト
両者が同じ20分の間に混在しているというのは、id:bluefieldさんが良く指摘している「古典と現代劇のアダプト(養子縁組)」、と呼んでいいんでしょうかね?
先日のコメント欄(id:izumino:20040321#c)にも書きましたが、最初ぼくは前者の演出に抵抗があって(逆に後者のベタさに抵抗のある人も多いと思う)、でもこれをアダプトの成功例として評価した場合、かなり上手くいっているケースじゃないか、と思います。
ただこれは一話単位の指向ではなくて、作品全体の指向として評価するべきでしょうけど。
最近のアニメファンは、何故か作品を一話単位で評価したがる傾向がある*1気がしていて、自分はそういった評価軸とは逆行しながら観ていきたいんですけどね。
*1:多分、ネットでリアルタイム感想なんかができちゃう所為だろう