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Thu 2005.08/18

萌えの入口論 解説(1)

萌えの入口論 解説(1)を含むブックマーク

 予告通り、解説に入りたいと思います。

 元々「入口論の入口が無いと読んでもらえないよね」とか冗談めかして心配していたくらいなんですが、思ったよりもみなさん「アゴが強い」ようで、結構ちゃんと読んでいただけているようです。有り難いことです(別に読者をバカにしたり、難解さを気取ってるわけではなくて、それほどネットの記事っていうのは読者に読み飛ばされやすい、ということです。毎日のネットサーフィンにおける「数十分」って、かなり貴重でしょう?)。


 さておいて、構成的な読みやすさや文章量に配慮してボツにした具体例や、理論の裏付け、理論の応用的な考え方などについて、ページごとに分けて補足説明させて頂きます。

1:萌えと好き

 一頁目は、みやもさんの紹介文から言葉を借りれば「萌え』という語を広く把握するところから始まり、『萌える』という行為を我々がキャラクターの内面に入り込んで自己(の愛情を)投影するというモデルで説明」する所まで言及しています。

 「萌え」とは、「好き」と同じくらい軽い言葉で、「大好き」と同じくらい真剣な言葉で、「愛」と同じくらい深く懐の広い言葉である。

 そこから始めよう。

 「萌えに特別な意味を定義づけるな」「萌えは好きと全く同じ意味だ」っていうのは、いつもウチで言ってることですから、説明は不要でしょう。

 なのにこの記事が「萌えの定義論」と位置づけられるのはちょっと残念ではありますが……。

 まぁ、「萌え」がスラングである以上、意味は同じでも用法においては微妙に特徴があったりするんですが*1、ここはただの前置きに過ぎないので、そのまま次に進みます。


 「■魚の楽しみを知る」以下のくだりは、実は「萌えの仕組み」ではなく「何かを好きになる仕組み」そのものについて語っていることが解るんじゃないかと思います。「萌え=好き」、と前提しているわけですからね。

 逆説的に言えば、単にオタク達が(水が低い場所へと流れていくように)「好きになりやすい対象」を求めていった結果、最終的に大多数の支持を得たのが「二次元萌えキャラ」だったと言えるかもしれません。*2


 「なぜオタク二次元萌えるのか?」などと結果から原因を考える(果→因)よりも、単に「人が何かを好きになる仕組みに従って愛しやすい対象を探すと、たまたま二次元が条件に適していたのだ」という順番で考える(因→果)方が余計な雑念が入らなくて良いわけです。

 前者の思考回路だと「二次元以外に萌える感情」が全て取りこぼされたりしますから、すぐ理屈にボロが出てきますしね。多くの萌え考察が空疎なまま終わるのは、この「結果の一部分から原因を逆算しようとしてしまう」姿勢自体に問題がある所為だろうと思います。


 で、その「好きになる原因」とは、心理学的に言って「投影(projection)*3」の仕組みに集約することができるでしょう。

 つまりオタク特有の「萌え」に限らず、愛情というものは対象の内面へと向けた自己投影が本質としてあるのである。

 人は自分の知らないものを理解できないし、自分が感じられないものに共感することはできない。心理学の分野で「極論すれば自己愛ではない愛情など存在しない」などと 断定されるのも、その為だ。

 つまり、「人が投影(自己投影および理想像の投影)しやすいものとはどのようなものか」、ということを考えていけば自ずと答えが導き出せるわけです。つまり、相手の自我邪魔してこない対象ほど愛しやすいのだ、という結論になります。*4


 その一点からオタクが好む「萌えコンテンツ」を眺めてみると、なるほど、実にうまく「投影されやすい」ように作られているんだな、ということが理解できてきます。

 さて、「萌えとは〜」などという定義論もどきの記述はこれで終わりで、二頁目からはむしろコンテンツにおける表現論の問題に入っていきます。ここからが本題です。


(「2:敷居と入門」の解説に続きます)

http://d.hatena.ne.jp/izumino/20050821#p1

*1:ヒントを言うと、「可愛い(標準語)」と「カワイイ(スラング)」、「侍(標準語)」と「サムライスラング)」の違いのようなもの。要するにシンボリズムの問題

*2:更に逆説を用いれば、現実の人付き合いや芸術を愛する人達は「低い場所」ではなく、努力して「高い場所」に流れようとしているのだ、ということ。まぁオタクだって作り手側は努力しまくってる筈ですが

*3ユング用語のprojectionの意でも、フロイト用語のprojectionの意でもどちらでも構わない

*4:ただ、すかさず「完全に自己投影できてしまってもつまらない」という反論を加えており、三頁目でも対抗する概念をぶつけています。この時点では「愛しやすさ」を論じているだけで、「本当に深く愛せるかどうか」はまだ問題になっていないからです



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