Hatena::ブログ(Diary)

ピアノ・ファイア このページをアンテナに追加 RSSフィード

 HOME : リクィド・ファイア

   

Mon 2006.10/30

トップをねらえ!&トップをねらえ2!合体劇場版

| トップをねらえ!&トップをねらえ2!合体劇場版を含むブックマーク

 先日、舞台挨拶付きの上映を観てきました。

 もう一度ハコを変えて(&同行するメンツを増やして)観にいく予定ですので、感想はその時に改めてしたいと思います。


 とりあえず、一緒に観にいったみやもさんのレビューをリンクしときます

 トップ1の「余分な肉は落とし、必要な骨は確実に残す」という編集センスの良さに対する高い評価、そしてトップ2に対する「トップ2は4話以降だけ見てればいい、という風評への皮肉な反証になっている」という観点はいずみのにとっても批評の基本軸となると思います。


 というか、舞台挨拶榎戸洋司が「もうイデオン接触編の悪口は言いません」って、鶴巻監督も「トップ2をまだ観てない人は、後でビデオ版も観て下さい」って言ってましたけど、


ビデオで全話観てからじゃないと、トップ2の劇場版は観るの禁止!!


……とは強く言っておきたい。いや、ホントに。

 逆にトップ1を未見の人は、劇場版から入った方がいいかもしれません。

 ガイナアニメの後追い視聴者は、「トップ2全話→合体劇場版→トップ1全話」の順で追うのが理想的かなーと。

 百歩譲っても「トップ2の1〜3話→合体劇場版」の順じゃないとダメでしょう。

大人になっても漫画を読むということ

| 大人になっても漫画を読むということを含むブックマーク

 読書日記を兼ねて、少し真面目な話を。阿佐田哲也の『ギャンブル人生論』で印象に残った節を引用してみます。

 著者である阿佐田哲也色川武大)自身が、ある友人からその兄についての相談を受けるというくだりです。

p21

 兄貴にしてみれば、つらかったろうなァ。兄貴に能力が無かったというのじゃないんだからね。これは、もともと能力というものは、社会に適応した能力と、適応しない能力があるんだ。兄貴の場合は多分その能力が後者だったに違いない。

p24

 だから、多くの不良少年は能力が欠如して落伍していくのではなく、能力がありすぎるために破目をはずして土俵の外へ足を出すのである。

ギャンブル人生論ギャンブル人生論
阿佐田 哲也

角川書店 1983-01
売り上げランキング : 202869

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 色川武大人間観として、その作品世界に通底しているのがこういうものの見方であって、『麻雀放浪記』をはじめ、『いずれ我が身も』などのエッセイにもその価値観が色濃く表れていると思います。

 いずみのも随分、不良少年というか、アウトサイダーとしての道を通ってきた(いる)ので、この言葉は実感する所が大きく、少しもの悲しく、うら寂しい気分にもなります。

少年漫画の後に青年漫画を読むということ

 先日チャットで語った「少年漫画のワクに落とし込むには?」内での、

「勝てる可能性を秘めてるヤツは勝てる」

「でも可能性を信じられないヤツは勝てない」

ってだけなんですよね。

それって要するに

「どうせなら、自分の可能性は可能な限り発揮しろ」

という思想であって、その一点だけでいえば

凡人はヒーローを参考にできる。

というくだりがありますが、この思想が至る先には「可能性を発揮しすぎると、その能力の高さ故に袋小路に嵌る」という陥穽が待ちかまえています。


 これは青年漫画の話ですが、野球マンガラストイニング』の主人公が、その天才的なデータ野球の「能力」によってチームを甲子園へと導きながら、その徹底したデータ野球によって審判に目を付けられ、ジャッジによって負け……ヤクザに拾われ……詐欺まがいのセールスマンへと落ちぶれ……、という筋書きからも学べるでしょう。

 どれも、主人公の「個性」や「特長」、つまり「秀でた能力を活かした結果」であって、能力を伸ばすことで「尖った生き方」しかできなくなっていく人間の悲哀が描かれていると言うこともできます。


 これは、人間が「化けものになる」過程だと、ぼくは認識しています。

 少年漫画において主人公ヒーローになる、というのも「化けものになる」過程の一つだと言ってもいいでしょう。

 『エースをねらえ!』や『ガラスの仮面』、『昴』、あと『トップをねらえ!』でも『カレイドスター』でもそうですが、どれも人間が「化けもの」になっていく過程を描いています。*1


 つまり、「自分の可能性に賭ける」ということは「化けものになりかける」ことと同義でもあって、そこ(=社会に適応するかしないか)を見極める必要が時折あるのです。

 だからこそ、

少年誌で、現実的な理詰めによる成長を描こうとすることについて)

でもそれだって、

「理詰め通りに行動すればヒーローになれる」という幻想

を描いてるだけですよねーっていうのは思う。

 

その理屈で成功したり、世界を救えたりするのはやっぱりヒーローだからであって、

ヒーローの行動は参考程度に留めて

自分用の理屈は自分で手に入れろっていう。

あるいは、単に憧れることで心の潤いにするかですね。

 

と述べたことにも繋がるのですが、少年漫画を読んだ子供が「ヒーロー性に憧れる」という原動力を得た後には、その力の使い道を自分なりに身に付けていかなければなりません。

 「力」、という大仰な言い方をすると笑われるかもしれませんが、実際問題として「フィクションに対する憧れ」を一切持たない人、そしてそういう(ある意味で虚構と現実を混同した)「憧れ」を完全に封殺して生きる人の方が珍しいのではないでしょうか。

 その程度の意味での「力」だと思って下さい。


 少年誌「卒業」して別のメディア(「苦い現実」を描いた文芸作品や、青年誌に載ってる大人向けコミックなど)に触れるなり、漫画のことを忘れて生活を続けるなりすれば自然に身に付くものでもあるのですが、「大人になってから少年漫画を読み返す」ことにも充分意味がある、と思っています。

 例えば『聖闘士星矢』の世界は子供は大人に絶対勝てない」というシビアさで貫かれているというのもそうですし、凡人が努力して成長したように見えたキャラクターが「どう見ても明らかに天才」だったことに後から気付いたり、実は主人公が恐ろしい存在に変貌しているように見えたり……と、少年漫画には大抵、大人になってから解るようなヒントが散りばめられていて、それを探し出す余地が残されているわけです。


 と言っても、そういう要素は「少年漫画の構造上から生まれるもの」で、特に作者が意識しなくても出てくるものなのですが。だから別に「漫画にはそれだけ深いことが描かれてるんだ!」ということではなく、つまり、どんなメディアの作品であろうとそれは「受け手にとっての心の鏡」でしかないわけですから、その人が培ってきた人生観に見合った内容がそこに映って見えるだけなのだ、と言うこともできます。

大人になってから少年漫画を読むということ

 そのヒントに気を配ることこそが、本当の意味での「大人の視点で読む」ということではないでしょうか。良く、少年漫画のリアリティの無さや矛盾や破綻、突拍子の無さなどをあげつらって「こんなの子供騙しだ」「ギャグ漫画として読むなら面白い」「ギャグとしてもつまらない」などと言う人を見かけますが――そういう読み方がネット感想界では主流のような気もして悲しいものですが――、それこそ、まだまだ子供と同レベルの視点で読んでいるという証拠ではないでしょうか。

 なぜなら、そこには作品の特長(特長が破綻を生むわけです)を検索する程度の目はあっても……そこへ自ら意味を与えることで「学ぶ」という視点が欠けているからです。

 「意味」や「価値」を与えられず、何かを「見つける」だけで喜んだり、バカにするのは子供と同じ段階のように思えます。


 典型的なのが「才能が全ての漫画はつまらない」といったものの見方ですが、これも大抵、


「もし本当にそんな天才が目の前に現れたとしたら、人間はどんな気分になるか?」

現実にそういう世界を体験するとしたら、それはどういう場面なのか?」

「自分が面白いと感じていた漫画の中にも、良く見れば才能が全てのものが混ざってたりはしないか?」


といった深読みへの関心の薄さ、想像力の欠如から生まれるもののような気もします。*2

 リアリティの無い漫画ほど、むしろその描写を現実メタファーとして捉え、自分の価値観に当てはめて読んだ時の「味わい」が深まることがあります。

 そういう「味わい」の蓄積で育まれた「少年漫画観」は、新たに少年漫画を読む時にも役立つことでしょう。

子供と大人が二重に読むということ

 一方、『魔法先生ネギま!』にしても、作者が阿佐田哲也のファンであることと関係あるのかもしれませんが*3少年漫画的なイデオロギーとは別に、「単純に強くなっても意味が無い」という逆説を内包させようとする傾向があって、それは子供と大人の「二重の読み」を意図的に狙ってのことなんだろうなと解釈しています。

 バランスを崩すと子供の読者がついていけなくなる、難しい手法ですが……。


 そういう二重構造は手塚治虫の昔から「漫画」の中に込められてきたことで、「いい歳した大人の読者」としては「それをどこまで幅広く読み取れるか」によって読解力が試されると言ってもいいでしょう。

化けものになるかもしれないということ

 そして、当然ですが、こうして「自分の意見ネットで発表する」という些細なことを例に取っても、ぼくの個性や特長を延長すればこそであって、その先には例によって「化けものになるか、ならないか」「環境に適応するか、しないか」という恐ろしい問題が待ち受けていると言えます。

 ちょっと言い方を変えると、いわゆる「スノッブになってしまう」という落とし穴もありうるでしょう。このような陥穽の存在は、「少年漫画の外」で学んでいくことです。


 しかし更に言えば、その陥穽の恐怖を乗り越える為のエネルギーが何かと言えば、やはりそれは「自分の可能性は可能な限り発揮しろ」という少年漫画的なイデオロギーでもあるわけですね。

 逆説的なイデオロギー同士が、互いに補完しあってるのです。

『課長島耕作』という作品の捉え方

| 『課長島耕作』という作品の捉え方を含むブックマーク

 考察に水を差すような形になってしまうものの、島耕作という作品の捉え方に関しては、竹熊健太郎が『マンガ原稿料はなぜ安いのか?』で提唱していた「島耕作のらくろ」説でいいんじゃないかと思ったりもするのですが。

 庶民に夢やファンタジーを見せるという意味での「マンガ」は少女漫画に限らないわけで、あまりジェンダーで分ける必要は無いんじゃないかと。

マンガ原稿料はなぜ安いのか?―竹熊漫談マンガ原稿料はなぜ安いのか?―竹熊漫談
竹熊 健太郎

イーストプレス 2004-02
売り上げランキング : 23897

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

Perfume

| Perfumeを含むブックマーク

 流行的には割と今更な感じですが、前から「いいな」と思ってたPerfumeを聴いてます。「コンピューターシティ」はPVもいいな。

Perfume~Complete Best~(DVD付)Perfume~Complete Best~(DVD付)
中田ヤスタカ 木の子 Perfume

徳間ジャパンコミュニケーション2006-08-02
売り上げランキング : 534

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

*1:対してトップ1に続くトップ2では、化けものになってしまった前作の主人公に「普通女の子」という解釈を与えて切り込んでいます。DVD2巻の特典映像監督インタビュー)からもそれがちょっと窺える

*2:この種の「想像力の乏しさ」に対する呆れは、萌えオタクが「こんな女の子現実には居ないよ」と人に言われた時の呆れや憤りにも似ているかもしれません

*3:関係ある、と思った方が読者としては楽しいですが

fuyunatufuyunatu 2006/10/31 20:45 同じ回見てましたが、確かにトップ1の編集は上手かった。トップ2は……大人しくビデオ全部見てからもう一度劇場版見てきます。

izuminoizumino 2006/10/31 21:44 トップ2は、劇場の音響がめっちゃ悪くて、それでかなり損してた所もありましたね。それはともかく、舞台挨拶のゆかりんがめちゃくちゃ可愛かったので朝7時半から並んだ甲斐は充分ありました(笑)

InoueInoue 2006/11/05 11:30 元気があっていいですな。朝早くから電車に乗ってイベントに行くような気力はとうの昔になくなってしまいました。
 でも、かつて、トップの完成試写会をテアトル池袋でやったときは、異様に興奮しましたね。あれを見に行ってなかったら、どの辺で笑うべきか、どの辺で泣くべきかがわからなかったと思う。

Thu 2006.10/26

孝行

| 孝行を含むブックマーク

 今日は母方の実家に行って、そろそろ身体が弱ってきた祖父の世話を手伝ったり、実家帰省中の伯母の肩こりをほぐしてやったりしてきました。

 ちなみに正月など、親戚が集まる場所では5,6人にマッサージすることになるのが通例だったりします(マッサージ待ちで人が並ぶ)。

丸川トモヒロ『成恵の世界』9巻

| 丸川トモヒロ『成恵の世界』9巻を含むブックマーク

 掲載誌での休載率が高かった為、一年以上の間を置いての発売となった9巻。


 話は泣けるしキャラはみんな可愛いしでたまりません大好き。

成恵の世界 (9)成恵の世界 (9)
丸川 トモヒロ

角川書店 2006-10-24
売り上げランキング : 65

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

Wed 2006.10/25

izumino2006-10-25

最近の購入物

| 最近の購入物を含むブックマーク

 本を買ってるのはいつものことですが。

 朝日新聞社が出した漫画の本なんですが、「いい意味で」尖った所やカッコつけた所の無い、好感の持てるコンセプトで作られてますね、これ。

 対談記事はどれも必読クラス。描き下ろしの漫画も沢山載ってて、バランスのいい本だと思います。

ニッポンのマンガ―手塚治虫文化賞10周年記念ニッポンのマンガ―手塚治虫文化賞10周年記念

朝日新聞社 2006-10
売り上げランキング : 129

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 未読の色川作品をヤフオクで一気買い。じっくり片づけていきます。

 ところで、ぼくが色川武大を読み始めたってのは勿論、赤松健の影響なんですが、ウチの同人誌の『‥‥疾風怒濤!!』の対談収録の際に、赤松さんとお話できた時、

麻雀放浪記の、番外編が凄い好きなんですよ。あれの、親指トムが好きで。いいですよねぇ」

「親指トム(笑)。いいよね」

「親指トム、凄いですよね」

みたいな話ができたのが幸せでした(笑)。*1


 あと漫画では、

読了

 オデットすっげえ可愛い。身内の漫画読みの間でも、オデットは大人気です。

 西炯子4コマ漫画は面白いです。いつも「あぁ、いかにも女性感性だなー」って思いながら読んでるんですが、なんだかんだで萌えキャラ豊富な気が。西炯子の描く美少女絵や美女絵は結構好みなので。

*1:どちらかというと赤松さんはドサ健の方が好きそうでしたが

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/izumino/20061025

Tue 2006.10/24

『魔法先生ネギま!』:少年漫画のワクに落とし込むには?

| 『魔法先生ネギま!』:少年漫画のワクに落とし込むには?を含むブックマーク

 予告していた通り、物語三昧に投稿された「名も無き読者」さんのレポート

……を受けて、「超鈴音編」の結末に関する議論をしてみたいと思います。

 あちらのコメント欄でも書いたことですが、いずみのが持ってる「少年漫画」をキーにした考察を、ちょっと書きたくなったんですね。

 名も無き読者さんのレポートにも「少年漫画として〜」というフレーズは確かに出てくるのですが、どうも一連の議論の流れからはむしろ、「少年漫画として読む」という観点から離れているような印象を受けてましたので、「これは補足を入れたいな」と。

 

 というわけで、今回はチャットを利用して意見をまとめたものを発表してみます。以下のリンクからどうぞ。

  • 第一部
    • 聞き手:はしさん、大槻牧場さん
  • 第二部
    • 聞き手:はしさん、大槻牧場さん、水音さん、結城忍さん、bluefieldさん

あとがき

 こういうのも「語り下ろし記事」って言うんでしょうか。手法的にどうなんでしょう? という気もしますが、あまりプロットを気にせずテキストを出力できる*1という意味で便利なのは確かで、今後フォーマット的に色々試してみようかなと思ったりもしてます。

 いわゆる座談会形式ではなく、ホストによる講義形式で行うということに眼目がありそうですね。


 とまれ、「ちょっと漫画講義やるんで、ちょっと聞き役になってくれませんか」という呼びかけに快く応じて下さったはしさん、大槻牧場さん、水音さん、結城忍さん、bluefieldさん、皆様どうもありがとうございました!

魔法先生ネギま! 16 (16)魔法先生ネギま! 16 (16)
赤松

講談社 2006-10-17
売り上げランキング : 36

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

*1:自分は、いざまとまった文章を書こうとすると、かなり腰を入れてじっくり構成しようとするタイプなので

名も無き読者名も無き読者 2006/10/25 19:01 いや参りました。凄いです。他にニュアンス伝える言葉が見つからず、首捻りつつ「でも他に思いつかないし」と書いてしまった「王道」という単語の部分を、しっかり追求されて……。スケール勝ち。その単語素晴らしいですね。あと「信頼」の問題も細部で再考の余地がありそうです。本当に素晴らしいです。

tackmantackman 2006/10/25 21:40 講座形式ですが、これはこれで。通常の文章より長く感じますけど、聴き手が適度に突っ込み入れたりまとめが出てきたりしているんで結構読みやすかったです、といつも読ませていただいている人間の感想でした。
自分はいずみのさんとはかなり違う系統の考え方のフレームワークの人間だと思っているのですが、それでも読んでいてうならされる記事が多いのは楽しいものです。

izuminoizumino 2006/10/26 01:03 >名も無き読者さん どうも、ご挨拶がまだでしたが、はじめまして。まぁ、言葉選びなんてのは難しいですしね。思っていることがそのまま言葉になるわけではないですし……。「信頼」という言葉も多分、「信頼の相互性」などと言い換えた方が、エヴァの説教と繋がっていいんじゃないかと思います。

izuminoizumino 2006/10/26 02:00 >tackmanさん どうもコメントありがとうございます。そうですね、改行も多いしフォントも調節してるし、多分普段よりは読みやすいのではないかと(笑)。//自分自身、人とは異なる思考フレームを使ってる自覚はかなりありますね。でもそれが議論の面白さを生むんだと、思ってる所もあります。議論に付き合える人というのは、それを知ってる人なんでしょうね

Mon 2006.10/23

 後ほど、ペトロニウスさんとこのネギま議論に参加する予定です。

今のスクランの沢近編に追記

| 今のスクランの沢近編に追記を含むブックマーク

 なんでタイトルが「追記」かというと、手元のメモ最近スクランについて書いてる文章の追記部分からの転載だったりするからです。

(今のスクランは「シリアスに寄りすぎていたバランスを一般ウケしやすいギャグラブコメに揺り返させたのが偉い」のであって、別に「持ち直した」わけではない、という話からの続きで)


 あれが面白くて、沢近もいつにまして可愛いってのは、「勘違い主人公」として耐用年数を超えてすり切れてきてしまった播磨に代わって、「沢近播磨立ち位置に入った」からこそ生まれるという、構造的なものですね。


 「(烏丸)←天満播磨沢近」という片想いの連鎖があって、それが順繰りに上昇(役割交代)していけば、こういう形での完成を見る、と。

 このエピソードではずっと沢近の視点で話が進みますが、その沢近が「播磨と同じこと(=過剰なボケと一人相撲恋愛」をやると、(沢近播磨と違って女の子だから)ああいうドキドキ恋愛ものになるってことですね。播磨の場合は、熱血恋愛ものになってたのに対して。


 播磨から八雲八雲から花井へと流れるルートをメインラインにしていたスクランにおいて、「後の続かない」沢近への流れを動かすっていうのは、満を持してという感じになります。

 この形は構造的に当初から予期されていたことで、ただし賞味期限をそれほど延ばせないネタでもあるから、連載ペースが牛歩戦術を取っていた時期(つまりアニメやってた頃)は使えない技でもあったと。


 ただ、この状態だけを見て「面白くなった」って言ってる人って、じゃあこの話が終わったら「つまんなくなった」って言うんだ、みたいな。

 やらなきゃいけないエピソードの残り具合からすれば、このまま沢近の話に決着がつくわけでもなし、このエピソードって、どうせすぐ一区切りついて別の話に移りますよ、話的にはっていう。


 だから週刊連載なのにショート漫画で大きなストーリーを動かすのって、凄く「軽く読む読者」に対して不利な形式なんだということなんですが、それを差し引きながら流れや勢いを見据えて読もうとする読者と、そこまでしない読者に完全に二分されてしまうのが、「立ち読みで読めてしまう週刊誌」のジレンマですね。

追記

の記述より。

連載マンガは、それ単独で作られる「映画」や「小説」とは違い、変容する生き物なのです。だから連載された作品の一面をとらえて「これは○○についてのマンガだ」「このマンガは○○が描けていない」と批判するのは、的外れなのです。

 そういう近視眼的な読み方を、個人的には「現国教師の授業」と呼んでたりします。

 長編小説の一節を抜粋して「この文章で作者が伝えたいことを答えなさい」と問うような。

Sun 2006.10/22

漫画関連トピック

| 漫画関連トピックを含むブックマーク

大塚英志の少女漫画史観はおかしい少女漫画的日常)

 ずっと前から言われてることではありますが、こうして時々に言及しなおす意味もあるのかもしれません。少女漫画王道無し、ということも含めて。


 大塚英志やその影響下にある人達に限らず、「男にも読みやすい少女漫画」を「少女漫画だと思ってる」男の人は存外多いですから、あまり彼一人を笑える問題でもない気もしますね。

 90年代以降の白泉社系しか読んでないのに少女漫画を云々するような人と会話してげんなりした経験のある人は多い筈。

 自分の好きな漫画だけが世の中にある漫画じゃないんだ、ということ。

『エロマンガ・スタディーズ〜快楽装置としての漫画入門〜』9月11日に生まれて)

 永山薫さんの評論本が11月3日発売とのこと。

 いわく「エロマンガの教科書」。単一の著者によって書かれたエロ漫画評論というのは、この業界では快挙の筈。*1どういう切り口になっているのか、楽しみです(トランス論にページを割かれてると嬉しい)。


 永山さんの名前を良く知らないという人には、『ホットミルク』内の「コミックジャンキーズ」の人と言えば通じるかもしれません。

*1塩山芳明さんのは別として

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/izumino/20061022

Sat 2006.10/21

izumino2006-10-21

最近の読書

| 最近の読書を含むブックマーク

 押井守これが僕の回答である。1995‐2004読了エッセイを連ねた形式で読みやすいですし、押井の関連書の一つとしてはオススメの部類。

 今は色川武大生家へ』を読んでます。同時に、ヤフオクで色川さんの本を揃えるべく買い集めたりもしてます。

モリタイシ『RANGEMAN』1巻

| モリタイシ『RANGEMAN』1巻を含むブックマーク

 あいこらの時もそうだったんですけど、気に入った漫画の単行本は1巻だけ初期投資のつもりで買うことにしてます(2巻以降は買うとは限らない)。

 1巻に収録されたエピソードの範囲ではまだブレイクしてない、っていうスロースターターっぷりも『あいこら』に近い感じ。

 「ヒット後の二作目」を描くサンデー作家って、そういうのをやりがちなのかも。


 とにかく、ある種の少年漫画に特有の物語構造をそのまんま世界設定に取り込んだ手法は大胆で、やはり面白いですね。

 その、ある種の少年漫画に特有の〜っていうのは、

  1. ダメ人間主人公は、女の子に恋することで成長する
  2. 男らしく成長した主人公は、女の子への関心を失っていく
  3. しかしヒーローとなった主人公は、女の子にモテていく(笑)

これですね。

 まぁ、この構造が頭の中にプリセットされてない人にとっては、確かに良くわからん出だしの漫画だったかもしれません。

 でも、これが少年漫画の基本パターン(の一つ)でしょ? とか思うんですけどね。


RANGEMAN (1)RANGEMAN (1)
モリ タイ

小学館 2006-10-18
売り上げランキング : 2093

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

『ロケットガール』アニメ化&新装版

| 『ロケットガール』アニメ化&新装版を含むブックマーク

 全然むっちりむぅにぃの絵と似てない(笑)。


 そういえばファンタジア文庫の方は長らく絶版だったわけで。ロケットガールクレギオンシリーズに負けず劣らず面白いから、読み継がれてほしいとこですね。

 ハードSFとして、未だに内容が色褪せて感じないのも大したもの。

女子高生、リフトオフ!―ロケットガール〈1〉女子高生、リフトオフ!―ロケットガール〈1〉
野尻 抱介

富士見書房 2006-10
売り上げランキング : 378

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 売上ランキング、結構高い。

 ラノベ業界もリバイバルが流行る時期なんでしょうか。ちなみに旧版の表紙はこんなのでした

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/izumino/20061021

Wed 2006.10/18

赤松健『魔法先生ネギま!』16巻

| 赤松健『魔法先生ネギま!』16巻を含むブックマーク

 通常版は発売日に購入してました。限定版Amazon待ちです。


 この巻は、特にストーリー的な山場も区切りも設けられてないあたりなので、連載時より単行本で読んだ時の方がスッと読めますね(殆どのエピソードがシームレスに繋がってるので)。

 大きな山場が無い代わりに、ちょこまか動いてるキャラ達は可愛い、みたいな巻かな。キャラとして育って感じるのは夕映千雨とパルとゆーなと……結構沢山動いてますよね。あといいんちょの衣装は露出度がおかしいです。流石いいんちょ、バカだ。


 それにしても、作中の葛藤の軸が「ネギ決断は正しいのか正しくないのか?」だけしかほぼ無い、っていうのは改めて見ると凄い(笑)。

 一応「勝つか負けるか?」「超をやっつけろ」の軸もあるにしろ、そっちの軸はそんなにテコ入れされてないように見えるので。*1

 主にやってるのは、思想戦なんですよね。っていうのは少年漫画らしからぬ独特な臭いがあって、行き着く先が気になる所です。

 論理的な着地点は大体想像が付きますけど、「大人が出す結論」と「子供が出す結論」は別モノでしょうしね。


 子供といえば、小太郎は三日目何やってるんでしょう。クライマックスで唐突に出てきて「お前を倒していいのは俺だけだ」をやってくれたら喝采しますが(笑)。


 最後に、作中の謎解きにひとつ参加しておくと、この世界の歴史改変は「一度タイムマシン未来に行って、戻ってきた」時だけに行えるモノ、と解釈すると理屈は通りますね(ただ過去に戻るだけでは改変できない)。そうすると超の「1988年生まれ」というプロフィールも辻褄が合うという……。

 超の瞬間移動の原理も、これで説明付けることもできると思います。

魔法先生ネギま! 16 (16)魔法先生ネギま! 16 (16)
赤松

講談社 2006-10-17
売り上げランキング : 22

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

関連

 超鈴音編の本質が「思想戦」であることに基づいた一見解。

 ペトロニウスさんの予想が合ってるか合ってないかをヌキにして、今のネギまの話の流れはこういう問題に収束しようとしているんじゃないか、ということですね。


 で、思想戦以外の葛藤の要素(バトルの勝算など)についてはBlogのタイトルさんにお任せで。

 ちなみに、

うにゃ「でも別荘のメッセージは『また合おう諸君』だったじゃない?」

超は「私が世界を管理する」旨の発言をしてるので、普通の意味で「また会おう」と言ったんじゃないかと思います(テロ成功後も現代に居続けるっぽいので、ネギ達と会えなくなるわけではないっぽい)。


 限定版まだ入手してないのでフライングで中身を見ましたが……本当に凄いなカバー下(笑)。


 アニメ会ライブは自分も行ってきました。

 赤松さんは、会話の間や空気を掴むのがやたら上手いので、文字にするとたいしたことないことでも観客がワッと沸くんですよね、結構。

 ああいう話術はオーラの成せる業だなぁと思います。

「Akino」って知ってます?

| 「Akino」って知ってます?を含むブックマーク

 かなり以前から好きな、インディーズアーティストAkinoって人が居るんですけどね。

 ……新居昭乃アキノでもなく、アクエリオン主題歌AKINOでもないんですが(笑)。

 今日HDDの中のMP3を整理していたらたまたま思い出してHPをチェックしてみたんですが、ポッカコーヒーイメージソングにタイアップしてるみたいですね。

 ↑のサイト無料ダウンロードできます(ページの一番下の右側)。「Welt」っていう曲で、歌詞がドイツ語なんだそうです。

 ご存じでないならちょっと聴いてみて下さいな。ZABADAKとか河井英里とかが好きな人向け?

 公式サイト試聴ページも結構聴き応えあります。

*1:「超をやっつけろ」は、ネギを失いたくないクラスメイト視点の軸ですね。逆にネギは「クラスメイトを失うこと」はそんなに意識してなくて、「いいか悪いか」を基準にしてるように見えます(その上で、タカミチのような大人が「いいも悪いも無い」と諭すことで別の理念へと誘導している)

Sun 2006.10/08

izumino2006-10-08

ハチミツヒマワリさん、完全再開

| ハチミツヒマワリさん、完全再開を含むブックマーク

 小桜りょうさん、サイト復活おめでとうございます。

 周囲のみんなも結構心配しておりました。


 ちなみにネギま!?は割と楽しんで見てます。

歴史的教養とフィクションの関係

| 歴史的教養とフィクションの関係を含むブックマーク

 mixiメモから転載

歴史漫画

 陳舜臣ものがたり史記』と横山光輝その名は101』を同時に読みながら考えていたことをメモしておく。

 以前、横山光輝漫画には善悪の区切りというものがあんまり無い、みたいな記事を書いていたが、それは横山の世代の漫画家歴史を参考にして物語を綴っていたからなのだろうな、という連想をしていた。

 歴史上の人物は「異説」や「異聞」が多く、実在の人物であれば人間臭い表裏があって当然で、特に『史記』を編纂した司馬遷の場合、どんな英雄的な人物であろうとも公平に「裏」まで描こうとするし、逆に悪人と決めつけて断罪することも少ない。横山作品は、史記が持つ「天道是か非か」の思想をそのままに受け継いていると言ってもいいかもしれない。

 ゼロから作られるフィクションの、「物語テーマ的要求」によって人為的に創作される「正義」や「ヒーロー」とは違って、歴史の中に絶対的な正義が生まれることは無いわけで、そういった視点を基盤に持つ横山作品は、自然と無常さの漂う世界観を持つに至るのだろう。

 その上で、読者に「なんとなくこいつは正義の味方なのだ」と思い込ませてしまうテクニックの巧さ、なんかは演義小説(史劇)の書き手としての巧さに近い。横山漫画主人公って、冷静に眺めてみると結構ヒドいことを平気でやっちゃう人達が多いのだが、何故か善人として描写しきっちゃうのが横山光輝の妙技なのだ(※誉めてます)。


 で、大雑把な話ではあるが、作家というものを、横山のように「歴史教養として持つ」作家と「現実モチーフを求める」作家と「フィクションを参考にして再生産する」作家との三種類に分けて考えてみたい。*1

 そういう意味では車田正美も、チャンピオンRED人生相談で良く歴史の話(項羽と劉邦とか)を持ち出すのだけど、少年漫画家としては車田あたりがギリギリ「歴史教養として漫画を描く」世代かもしれない。昔の「番長モノ」って、日本武将や大名がモチーフとしてある筈だし。

 まぁ多分、車田が参考にするような「歴史」は物語として編み直された「史劇」の方だろうから、「天道是か非か」の思想も薄れて、堂々とヒーロー正義が描けるのかもしれない。


 『野望の王国』は政治ヤクザといった現実モチーフとしてまずあったのだろうが、『DEATH NOTE』は漫画の再生産に近いと思う。

 『麻雀放浪記』は作者の実体験がモトだが、福本伸行麻雀漫画は「ギャンブル漫画」というジャンルの拡大再生産(昇華)として生まれている印象が強い。

 今の漫画家は「いかに漫画というジャンルの中で(拡大)再生産していくか」という意識が(潜在的にでも)強いような気がするけども、ジャンルとしての「漫画」がそれほど成熟しておらず強固でもなかった頃の創作において、「歴史」が重要なポイントを占めていたであろうことを今更ながら感じる。

 無論、「フィクションの再生産」がそうじゃないものより悪い、などと言うわけではないが、こういうプリミティブな感覚は時々取り戻しておかないと次第にジャンルが淀んでいくんだろう。


 『Fate/stay night』あたりも、英霊の設定なんかは「いかにも漫画アニメゲームフィクション世界にドップリ浸かったマニアの発想」であるとも同時に、歴史教養を根っこにしてる点で言えば、横山や車田のような、作家としてプリミティブな感覚に戻ってるとも言えるんだろう。一面的に言えばの話。

*1:同じフィクションでも、いわゆる「古典」の類は「歴史」とさして変わらない代物かもしれないが。また、同一ジャンル内の作品を参考にするのと、他ジャンルの作品を参考にするのとでも様相は異なる

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/izumino/20061008

Fri 2006.10/06

izumino2006-10-06

最近のお買い物

| 最近のお買い物を含むブックマーク

 漫画は買いまくって積みまくりなので、漫画以外で。

 中国学の初歩の初歩から。やはり陳舜臣先生は一度は通らなければならない道っぽい。

音楽

読書日記:アントニオ・R・ダマシオ『無意識の脳 自己意識の脳』その3

| 読書日記:アントニオ・R・ダマシオ『無意識の脳 自己意識の脳』その3を含むブックマーク

  1. その1
  2. その2

 第二章からとんで第五章。

第五章 隠された身体と脳

p203

 さて今度は、対象が実際には存在せず、記憶にとどめられているような場合について考えてみよう。私の理論に従えば、その対象の記憶は傾性的な形で蓄えられている。傾性は、イメージのように活発で明瞭なものではなく、いわば休眠状態で内在的な記録である。かつて実際に知覚されたことのある対象に対するそうした傾性的記憶には、その対象の色、形、音といった感覚的側面の記録だけでなく、その感覚的信号を得るために必然的に伴われた運動調節の記録も含まれているし、さらに、その対象に対する必然的な情動反応の記録も含まれている。その結果、われわれがある対象を想起し、それにより、傾性に内在する情報を明示的なものにすると、われわれは感覚的なデータばかりでなく、それに伴う運動や情動のデータも回復する。ある対象を思い起こすと、われわれは本物の対象の感覚的な特徴だけでなく、その対象に対する有機体の過去の反応も呼び起こすのだ。

 本物の対象と記憶されている対象とのちがいがどういうものかは次章で明らかになるが、(以下略

 「目の前で起こっている本物の対象」と「そうでない対象」の違い。

 フィクションバーチャルリアリティ人間が接したときに、どのような反応が人間の中に起こるのか、ということを考える上での重要な示唆。

無意識の脳 自己意識の脳無意識の脳 自己意識の脳
アントニオ・R・ダマシオ 田中 三彦

講談社 2003-06-20
売り上げランキング : 54864

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/izumino/20061006

Thu 2006.10/05

トップ2超面白い

| トップ2超面白いを含むブックマーク

「ノノは本当にバカでした!」

 先日、友人宅で『トップをねらえ2!』全巻の上映会を行いました(DVD全六巻を二人で折半購入)。


 超絶面白い。ここ数年で観たアニメの中では問題なくトップにランクインする名作。超面白い。*1

 旧トップのファンだった友人某氏に言わせると「トップとしてはやはり納得いかない」そうですが、「マッキー鶴巻和哉)と榎戸洋司アニメ」として観た自分にとっては超文句無いですよ。まぁ前作のテーマと微妙に齟齬をきたしていることは認めるんですけどね。*2


 ヒロインのノノも超可愛い。喋る台詞の大半が名台詞で、それを福井裕佳梨が舌っ足らずにのたまわるからたまりません(←ファンらしい)。

トップをねらえ2! (1)トップをねらえ2! (1)
榎戸洋司 鶴巻和哉 福井裕佳梨

バンダイビジュアル 2004-11-26
売り上げランキング : 1654

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
トップをねらえ2! 6トップをねらえ2! 6
榎戸洋司 鶴巻和哉 福井裕佳梨

バンダイビジュアル 2006-08-25
売り上げランキング : 1440

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 合体劇場版も絶対観に行かねば。大阪なら、舞台挨拶付きの第七芸術劇場と、プラネットの両方を二回観に行っても良さそう。

サンクリとオフ会

| サンクリとオフ会を含むブックマーク

 10/01はサンクリ参加ついでに、東京オフ会ホストやってきました。

 お招きしたのはペトロニウスさん、伊藤悠さん、K山さんの三人。いずみのは各々方と数回お会いした縁がありますが、個人同士は初対面になるので、完全にいずみのがホストの場ですね。

 オフ会といいつつ、内容はとにかく議論、議論、議論。意見交換が好きそうな面子を集めた甲斐もあって大変盛り上がりました。

 7時間ほどかけて話し合ったトピックを適当に記録しておきます(一部ペトロニウスさんのメモを参考にさせて頂きました)。

一次会

二次会 第一部

二次会 第二部

 最後に、スクランの7〜14巻を持参したいずみのがスクラン夜話をやった所、予想以上に好評でした。

 主な発表内容はこんな感じでした。正直、ビデオカメラで収録しておきたかったとかそういう感じ。

  1. 文化祭編を境目にして小林尽の絵柄は変化する
  2. マツゲの本数と瞳の描き込みが増すことによって可能になる描き分け
  3. 文化祭の後からは、全てのコマに「播磨アイ」が導入される
  4. 漫画における「一人称主観)」表現の機微が突出したスクラン
  5. 「この絵は誰の主観で描かれているのか?」「誰から見た絵なのか?」
  6. おそらく意図してそう描いているわけではなく、キャラクターの視点に感情移入しながら描く小林尽の資質によるものと思われる
  7. ちっとも可愛く描かれていない幼少期の八雲と、可愛く描かれる天満
  8. 自分で自分を可愛いと思っている沢近と、他人から可愛いと思われている八雲の描き分け
  9. 相手に求めているものが絵によって理解できる。一条は今鳥がイケメンじゃなくてもいいと思っている
  10. 「神の視点」で描かれる漫画と、キャラクターの視点で描かれる漫画の違い
  11. 1コマごとに視点を変えることすら可能。漫画だからこそ可能な、めまぐるしく入れ替わる主観交代の表現
  12. ディズニーキャラデザ東映アニメーション宮崎駿)のキャラデザ漫画キャラデザ
  13. 文化祭ラストバスケラストからちゃんと繋がっている美琴ストーリー
  14. 誤解による「恩義の連鎖」によって絆が生まれるのがスクラン世界観であって、恩義が連鎖しない麻生美琴の間に絆は発生しない
  15. 正常なコミュニケーションを取ってはいけない世界観
  16. 播磨が語る理想はドン・キホーテ。示唆的な「スクランブル」の歌詞
  17. 天満に自分を理解してほしがっている烏丸(おまけマンガから読み取れる)
  18. 青年誌的なコマ割り」と「少女漫画的な絵柄」が融合している
  19. 現在スクランは週刊連載にすっかり向かない作風になっている。少女漫画週刊誌存在しないのは何故か?
  20. いずみのがスクランの単行本を貸して一気読みした友達曰く、「後半に進めば進む程面白くなる」「14巻が一番面白いかもしれない」
  21. 単行本で読む読者は感性的に理解できているのかもしれない。ネット層の読者は殆ど「読む視点」を失っている
  22. 2巻の出来事を12巻で伏線として回収する小林尽。しかもフラッシュバックを使わない。「気付きませんよ!」
  23. スクランフラッシュバックが使われることは殆ど無いのは、神の視点を介在させてはいけないから
  24. ショート漫画形式、週刊連載という「足枷」によって純化した小林尽の表現。自由に描かせるとかえってダメかもしれない。『夏のあらし!』はどうなるか

 ペトロニウスさんの「小林尽はなんでここまで深い読解力を読者に要求するんですか?」という呆れ半分で感心してる様子が印象的でした。

 それもそうだと思いますが、感性的に読むことができる読者ならついて来れると思うし、例えば女性が一気読みした時の感想とかを知りたいとこですね。

School Rumble Vol.7 (7)School Rumble Vol.7 (7)
小林

講談社 2004-12-17
売り上げランキング : 61110

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
School Rumble Vol.14 (14)School Rumble Vol.14 (14)
小林

講談社 2006-09-15
売り上げランキング : 197

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

*1最近TVアニメをちっとも観てない人間の言い分ですが

*2:要するに庵野さんの世代には「連帯思想」の意識が辛うじて残っていて、だからこそ最後のアレにも繋がるんですが、鶴巻・榎戸は「個人主義」の問題を描きたい世代なんでしょうね。だから最後のアレの解釈が異なってしまうと

樹衣子樹衣子 2006/10/14 12:34 はじめまして。「物語三昧」経由で訪問いたしました。7時間の濃ゆい対談が伝わるトピックですね。私も興味がひかれるテーマーがあり、リクエストしたいくらいですが、いつか記事になって拝読できる日を楽しみにしております。ところで瀬名氏のSF小説「第九の日」を読んで、いずみのさんたちのご意見を参考にさせていただきました。また弊ブログにいずみのさんのサイトをリンクしましたが、不都合がございましたらご連絡ください。事前に了承なく申し訳ございません。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/izumino/20061005


最新の日記
 あわせて読みたい なかのひと
000001
20030304050809101112
2004010203040506070809101112
2005010203040506070809101112
2006010203040506070809101112
2007010203040506070809101112
2008010203040506070809101112
2009010203040506070809101112
2010010203040506070809101112
2011010203040506070809101112
2012010203040506070809101112
2013010203040506070809101112
201401020304050608101112
2015010304060809101112
201601020612
20170107