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Fri 2007.03/30

今日の一言

| 今日の一言を含むブックマーク

 『月刊LaLa』が(最近の自分にとって)面白いです。


 津田雅美の連載も追っかけたいし、購読することになるやも。

 とりあえず、田中メカの新連載は読んでて腰が抜けるのでみんなチェックだ!

 斎藤けん読み切りを描いてましたが、すっごい古典的なファンタジー(いや、おとぎ話か)。この人は奇抜な漫画を描くよりも、正統派の「古典」を描いた方がいいんだろうなぁと再確認。

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Tue 2007.03/27

『夏のあらし!』の最新話を読む@ガンガンWING

| 『夏のあらし!』の最新話を読む@ガンガンWINGを含むブックマーク

 小林尽の、「自分の作画で何が表現できるか」という実験が功を奏しつつあるような感触が出始めています。要注目。


 ところで小林尽ガンガンWING誌上でアシスタント募集してますね。確かにマガジン誌上の募集じゃ、「センスの合うアシスタント」を選んで集めるのには向いてないでしょうし、賢明かも。

 アシスタントの条件は「奥行きのある背景を描ける人」か……。

 こういう情報も、漫画家自身が「作画に何を求めてるのか」が理解できる「ヒント」の一つでしょうね。なるほどなー。

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小田切博『戦争はいかに「マンガ」を変えるか』レビュー

| 小田切博『戦争はいかに「マンガ」を変えるか』レビューを含むブックマーク

戦争はいかに「マンガ」を変えるか―アメリカンコミックスの変貌戦争はいかに「マンガ」を変えるか―アメリカンコミックスの変貌
小田切 博

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 最初の……数ページだけを読むだけでもドキドキするほど面白い本でした。

 頭の中の規定概念グシャグシャ壊されて、再構成されていく音が聞こえてきそうなくらいの、新鮮な知見の連続

 海外コミックスに関する知識が、どんなレベルにある人だろうと読む価値のある本でしょう。


エロマンガ・スタディーズ―「快楽装置」としての漫画入門エロマンガ・スタディーズ―「快楽装置」としての漫画入門
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 例えば、エロ漫画を良く知らない人が『エロマンガ・スタディーズ』を読む時も似たような感覚になるのでしょうが、「ある程度の先入観を持ってはいるけど良く知らない世界」を知る……という時は、まるで異国に旅をしているような感覚がありますね。

 この場合は、まさに「異国の文化」なわけですけども、読むにつれ、凄い頭がリフレッシュされて気持ちがいいです。現実旅行で気分がリフレッシュされるのと似たような効用でしょう。

 素晴らしい。

読後の所感

 しかし良い所ばかりでもなくて、まず言えることは、書名の付け方で損をしている本だということ。

 メインタイトルから「アメコミのことがわかる雑学本」という側面が見えてこないのは勿体無いですね。

 著書は「雑学本」として読まれることに対してはちょっと退け腰なようで、あとがきでも「これはアメコミガイドブックかというとそうでもない」みたいな「資料性に対する自信の無さ」を表明していますが、もっと強気ポーズでいいでしょう。それだけのことを書いている筈です。

 確かに専門的に見た場合、どこかにスキがあるのかもしれないし、あまり断言したくないという著者の心理は理解できますが……。この本って、新書コーナーで一般教養書と一緒に並んでいても遜色の無い内容だと思います(新書らしいタイトルを付けるとするなら、『アメコミの発展とアメリカ人』もしくは『アメコミアメリカ文化』って感じの、いかにもな書名でOK)。


 この本は、戦争からの視点で漫画批評する」という側面と同じくらいに「あ〜、アメリカにはこういう漫画があって、だからアメリカ人はあんな考え方するのか」というような、国民性への理解が深まる側面も大きいですから、うまくすれば一般書籍としても売れる内容じゃないかな? と。


 それでも、著者が『戦争はいかに「マンガ」を変えるか』という書名を選んだ理由は一応明確であって、著者の「主張」が書名に込められていることは理解できます。

 しかし、その「主張」を要約すると


漫画は、社会イデオロギー(特に戦争)とはコミットするべきでない」


……ということになるのでしょうが、その「主張」はそれほど強調しなくてもいいポイントであって、書籍としては「雑学」をメインに、「主張」をサブに落とし込んだ方が良かったように思えます。

 あくまで「漫画批評」というフィールドの中に位置することを意識した結果、この「主張」を前面化させているのでしょうが……。


 まずこの本では、漫画漫画としてしか存在しない」という日本的な感覚(p148参照)と対置させる形で、アメリカ漫画は単なる漫画として流通しないものが多く、大抵は別のメディアや、他の文化のサブカテゴリとして存在する」というような文化的特徴が解説されます。

 そして近頃、(アメリカのように)「戦争リンクした作品を無批判に送りだそうとしている」日本漫画産業を危惧して締めくくられるのですが、それはただ危惧するようなものではなくて、そういう状況の方にこそむしろ意味があるような気もするわけです。


 終章では「漫画は単なる娯楽であった方がいい」と結論されていて、まぁそれ自体は賛同するのですが、「全ての漫画」がそれだけで完結してしまえば結局、漫画という文化(カルチャー)が「漫画好きや漫画読みしか触れなくなる」ような可能性を肯定することに繋がるような気もします。

 なんだかんだいって社会的アプローチ(極端な例では『マンガ嫌韓流』的な)でない限り「漫画を読まない人」ってのは居るでしょうから。

 娯楽っていうものは、「社会とのリンク」「社会との接点」が失われた場合、文化としてはまぁ「健全に保護」されるでしょうけども、しまいには伝統芸能化して、「趣味人の嗜み」以上のものにならない恐れもあるわけで。だからそのくらいなら、社会リンクした漫画が多くたって構わないのではないか、という考えも浮かびます。

 それこそ、漫画が読者に届くきっかけとして「古き少年マガジン」イズムみたいな社会性(今のマガジンにも残滓はありますが……)も、適度に必要なんじゃないでしょうか。


 特定のイデオロギーコミットしてる漫画があれば、それに対抗するイデオロギー漫画があればいいだろうし……ってうーん、そんなに単純な問題でもないのでしょうが。ぼくがアメリカの実態に直面していないから、著者よりも危機感を薄く感じているだけなのかもしれませんね。

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 ちなみに、『戦争はいかに「マンガ」を変えるか』だけでも非常にタメになるのですが、アメコミの発展過程を良く知る為には、日本漫画の発展過程と比較しておく必要があります。

 是非『マンガ産業論』とセットにして読むことをオススメします。もっと面白い視点が見えてくる筈です。

Fri 2007.03/23

たまごまごさんとスクランチャット

| たまごまごさんとスクランチャットを含むブックマーク

 最近たまに、たまごまご(id:makaronisan)さんと個人的にチャットさせて頂くことが多いのですが。

 ちょっと今週のマガジンスクランと、今月のマガスペスクラン増刊号について話してみた内容をアップしてみたいと思います。会話自体は結構カットしてありますが、今回の感想の補強もかねて、と。

 それにしても、いつも長話にお付き合いありがとうございます。>たまごまごさん


 いずみの@雨やどり の発言:

    こんばんは、ちょっとよろしいですか?

 たまごまご の発言:

    はーい

 たまごまご の発言:

    こんばんわ^^

 いずみの@雨やどり の発言:
 たまごまご の発言:

    あ、今から読んでみます。

 たまごまご の発言:

    つか、今週のスクラン、どう反応すればいいか迷いますw

 いずみの@雨やどり の発言:
 たまごまご の発言:

    結局、もう感情の高ぶりは誰にもないのかなあ。

 いずみの@雨やどり の発言:

    それは「潜ってる」んですよ。>感情の〜

 たまごまご の発言:

    ふむふむ。

 いずみの@雨やどり の発言:

    コメディに落とし込んでる回なんだから、
    表面だけで読もうとする必要はないでしょう?
    描かれずに残った部分は、全部潜ってますよ。

 たまごまご の発言:

    播磨目線ってことかなあ。
    八雲はかなり複雑な感じですね。

 いずみの@雨やどり の発言:

    一般読者を振り向かせる為には、

    主人公ハリマにバカさせた方が有利
    だと編集側は判断したんでしょうね。

 たまごまご の発言:

    なるほどw
    でも確かに、重い話はどっかでテンポ変えないと、ってのはあるかもなあ。

 たまごまご の発言:

    びっくりしたけどw

 いずみの@雨やどり の発言:

 いずみの@雨やどり の発言:

    実際、そんなイメージで見られてる漫画だと思いますよ。
    ぼくの周囲にも、

    播磨がバカをやらない回は興味無い」

    ってヤツいますしね(笑)。

 いずみの@雨やどり の発言:

     で、そういう非シリアスな回の時に
    「潜る情報」についていけない人

    が、以前も言ってた「週刊でスクランを読めない人」なんですけれど。
    そういう人はもう、単行本で読んだ方がいいくらいでしょうね。

 たまごまご の発言:

    うんうん。

 いずみの@雨やどり の発言:

    その週の前後に描かれたものだけが「全て」だと思ってしまう。

 いずみの@雨やどり の発言:

    まぁ、今回が「今までの読者に対して不親切に描かれていた」のは
    否定しません(笑)。
    漫画として面白かったか、わかりやすかったかどうかも別問題ですし。
    だから
    「一般大衆誌・マガジンで連載する難しさ」
    って評したんですけどね、今週は。

 たまごまご の発言:

    なるほどなあ。
    「わかりやすい」のもひとつの要素だもんなあ。

 たまごまご の発言:

    沢近の表情がさ、すごくて、
    あれが本心なのか、演技まじりなのか

 たまごまご の発言:
 たまごまご の発言:

    播磨アイとしては、強烈なんだろうなーとか。

 いずみの@雨やどり の発言:

    あぁ、あれは「播磨アイ」なんでしょうね。>沢近の顔

 たまごまご の発言:

    あ、やっぱりそうかな。
    あまりにも変貌していて、いや、それはないよなあとw

 いずみの@雨やどり の発言:

    実際にあんな顔してたかどうかは、別。

 たまごまご の発言:

    ショックを描いてたのかな。

 いずみの@雨やどり の発言:

    アメリカの間」で烏丸
    ニヤッとした顔に見えるシーンがあったじゃないですか。
    本質的にはあれと同じでしょうね。

 たまごまご の発言:

    うんうん。

 いずみの@雨やどり の発言:

    小林尽は、
    「本当にキャラに入り込んで絵を描ける」
    資質を持った漫画家なので。
    ほとんど天然でやってるでしょうしね。

 たまごまご の発言:

    うんうん。

 いずみの@雨やどり の発言:

     先々週の天満の変な顔とかもそうでしたね。

 たまごまご の発言:

 たまごまご の発言:

 たまごまご の発言:

    うんうん。
    それならすごく今回納得です。
    八雲のシーンがリアルだっただけに、非常に戸惑っててw

 いずみの@雨やどり の発言:

    スクランは本当にネガティブ感想多くなりましたからね。
    しかも、元々は支持していた人からのものが多いというのが報われないですね。

 たまごまご の発言:

    うそ、多くなったの?

 たまごまご の発言:

    むしろ今面白いのにw

 いずみの@雨やどり の発言:

    ラブひななんかの場合も、後半長引いていた時に、
    かなりグタグダ呼ばわりされて評判悪かったですが、
    単行本派からの意見で評価が回復するまで、かなり時間かかりましたよね。

 たまごまご の発言:
 いずみの@雨やどり の発言:

    スクランも再評価されるまで時間かかるだろうなぁと
    今から思ってますよ。

 たまごまご の発言:

    雨やどり!

 たまごまご の発言:
 いずみの@雨やどり の発言:
 たまごまご の発言:

    歌詞と八雲のかぶりっぷりがいいなあw

 いずみの@雨やどり の発言:

    うんうん。

 たまごまご の発言:

    あと、途中に出てくる天満の顔がいい。

 いずみの@雨やどり の発言:

    この選曲は凄いですよね。まるで八雲テーマソングみたい。
    曲自体の良さもあると思いますが、たまらなく可愛くて。

 たまごまご の発言:

    しかも、「普通はその選曲はしない」
    というのをもってくるのがすごい。

 いずみの@雨やどり の発言:

    「大好き…!」っていうセリフ
    八雲っていう子から出てくること自体も新鮮ですよね。

 たまごまご の発言:

    そこ!普段感情出さないから、その分そのモノローグがいい!

 たまごまご の発言:

    真っ白な中にその字だけw

 いずみの@雨やどり の発言:

    この歌詞の中の「彼」が、
    割と播磨イメージに繋がってくるのも良くできすぎてて。
    凄い自然な選曲に思えます。

 いずみの@雨やどり の発言:

    まぁこの回では、榛名が「彼」に相当してるんですけども。

 いずみの@雨やどり の発言:

    本当に

    八雲という子」が好きな歌
    がこの曲なんだろうなぁ、って迫真感がありますね。

 たまごまご の発言:

    はやり歌はきかなさそうだしなあ。

 いずみの@雨やどり の発言:
 たまごまご の発言:

    あ、傘。

 いずみの@雨やどり の発言:
 たまごまご の発言:

    ぬぬう、だとしたら計算しつくしてるのか。

 いずみの@雨やどり の発言:

    これが
    「雨やどりという曲が好きな八雲
    にぴったりハマる絵なわけで。

 たまごまご の発言:

    うんうん。

 いずみの@雨やどり の発言:

    この時から「好きな歌」を決めてあったとしても凄いし、
    この絵に合う歌として雨やどりを探してきたとしても凄い。

    どっちが先かはわかりませんけど、どっちにしろ良いですね。

 たまごまご の発言:
 たまごまご の発言:
 いずみの@雨やどり の発言:
 たまごまご の発言:

    あるいは、もともと好きな曲からイメージして組み上げたのかもしれませんねw

 いずみの@雨やどり の発言:


    ちなみにこれはさっきのマガスペ表紙の
    4ヶ月後に出たエピソードでした。

 たまごまご の発言:

    うわ、すげえ。

 いずみの@雨やどり の発言:

    ちゃんと八雲恋愛観みたいなのが
    この時から固まってるという。

 たまごまご の発言:

    八雲恋愛観はここに集約されているのか。

 たまごまご の発言:
 いずみの@雨やどり の発言:

    今回の相手が榛名、というのもそういうことですしね。>人間関係の感覚

 たまごまご の発言:

    うんうん。

 いずみの@雨やどり の発言:

    榛名も「頂戴ませませ」って言うのも、
    わざと意味をわかって言ってるんだと思うんですけど。

 いずみの@雨やどり の発言:

    「彼」の側から言う「ちょうだいませませ」って、
    「お嫁さんにちょうだい」の意味ですからね。

 いずみの@雨やどり の発言:

    だから八雲もドキッとしちゃう。

 たまごまご の発言:

    ですねえw

 いずみの@雨やどり の発言:

    あと表面には出てこないんですけど、
    八雲は単なる「恋愛音痴」じゃなくて、普通
    「男に対する恋愛願望」を持ってるんだなあっていうのも良く伝わってくる。

 いずみの@雨やどり の発言:

    凄く牧歌的恋愛観なので、
    世間とのズレがあるんでしょうけど。

 たまごまご の発言:

    沢近あたりの感覚とは違いそうw

 たまごまご の発言:

    とりあえず、八雲の成長が最近は見ていてうれしくなるw

 いずみの@雨やどり の発言:

    そういえばこのチャットですけど、簡単に編集してアップしても
    構いませんか?

 たまごまご の発言:

    あ、かまいませんよー

 たまごまご の発言:

    こういう話ができるのが楽しいですw

 いずみの@雨やどり の発言:
 いずみの@雨やどり の発言:

    八雲のシーンがリアルだっただけに、非常に戸惑っててw
    あ、これってどの週のシーンのことでしょう?

 たまごまご の発言:
 いずみの@雨やどり の発言:

    なるほど。

 いずみの@雨やどり の発言:

    それはちょっと考えてみれば当たり前だとわかると思うんですけど、
    八雲視点だからですよね。

 たまごまご の発言:

    うんうん。

 いずみの@雨やどり の発言:

    今回は、播磨18.5ページ、八雲2.5ページ、沢近1ページの割合で
    視点が(絵柄やテンションと共に)描き分けられている。

 いずみの@雨やどり の発言:

    だからそこで、感覚的に「なんか違うな」って
    感じるのは、作者が描きながら意識してるイメージ
    たまごまごさんに通じてるってことですから……。

 たまごまご の発言:

    んじゃ、あたりだw

 いずみの@雨やどり の発言:

    そうですね。こんな風に分けて分析すると
    「そういうことか」って、わかる、っていうだけで、
    本来は感覚的に理解していればオッケーな部分なんですけど。

Wed 2007.03/21

久しぶりに赤松健論の更新

| 久しぶりに赤松健論の更新を含むブックマーク

『魔法先生ネギま!』部屋割り検証

 今週のネギま(169時間目)で部屋割りの情報が追加されたので、データに反映させておきました。

 しかしまだ不明のクラスメイトが多いですな。


 あ、あと前史年表にも追記が必要ですね。どういう風に記入しようかな……。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/izumino/20070321

Tue 2007.03/20

izumino2007-03-20

決着…ではなく新スタートの『School Rumble』22頁/今週のスクラン(♯217)から

| 決着…ではなく新スタートの『School Rumble』22頁/今週のスクラン(♯217)からを含むブックマーク

 本題へ入る前に、まず先週(♯216)のおさらいから。いつも通り9頁しか無く、完全に「今週への前振り」だったことが解ります。(多分)KC18巻の冒頭に入る回ですし。


 この時点での八雲は、「沢近が天満に対して済ませた葛藤」を情報として持っていなかった、というのが心理的な解釈の上では重要です。八雲が知ってる沢近天満に敗北する前の沢近だから、現在沢近とは違う内面を想像してしまうことになるわけで。……つまり「誤解」になってしまうと。


 ちなみに(本当はとても優しい人――)という評価は、具体的には「雪の日に伊織(中身は八雲)に気を遣っていた沢近」あたりがその印象の出所なのでしょう。

f:id:izumino:20070320003745j:image(♭43)


 しかし、↓のようなタッチで描かれた「沢近の表情」が作中に登場したことはありませんし、八雲が目にするチャンスも無かった筈(と思います)。

f:id:izumino:20070320003912j:image


 すると、完全に「八雲想像する優しそうな沢近」の図なんでしょうね。

♯217

情報量的にはそれほど濃くない回なので、普通に思ったことを書いています。)


 さて、シリアスから一気にコメディに転換した♯217です。

 と言っても、沢近編自体がコメディから始まっていたという事実もあるわけで。

f:id:izumino:20070320011635j:image(♯196)


 コメディから、やがてシリアスに沈み込んでいくのがスクランの作風ですが、やはり根本的な所ではコメディなんですね。


 それに、一般読者にとっては今週の話を読めば(取りこぼしが非常に大きいにせよ)、大体の事情が飲み込めるエピソード構成ではあります。

 ここから連載のストーリーに入っていくこともまぁ可能だろうし、新規読者の獲得や、旧読者のUターン(回収)を編集サイドとしては狙っているのかもしれません。まぁ、週刊誌の連載ではたまに使われる手法ですね。

 その分、心理面ではかなり大雑把な、コミカルカリカチュアされたストーリー仕立てになっていて、情緒的な情報はスポイルされている傾向を感じます。今までのストーリーがあやふやな人にも「コメディとして読める」ようにしているわけですから、当然といえば当然ですけど。


 こういう所で情報量バランスを取らないといけない所が、「一般向け大衆紙・マガジンスクランを連載することの妙さ加減――難しさであり、面白さでもありますが――の窺える所です。


 ちなみにマガジン巻末の作者コメントを読むと、今回はかなり担当編集者の意向が働いているっぽいので、「読者を連載に注目させたい」という意図あっての22ページ掲載だったんじゃないか、という読みもあながち外れてないんじゃないかと。


 ともかく、「決着」という予告や「一旦おさまるのでした――」というフレーズは表向きのもので、要は「ここから読んでついてきて下さいね」ということなのでしょう。

♯217 / 播磨

 「シリアスからコメディへ」という転換と同時に、沢近八雲視点から播磨視点へ」という転換も今回のキモです。


 22頁が三者の視点で描き分けられていて、おおよそ播磨18.5頁八雲2.5頁沢近1頁の割合といった所。

 今まで沢近ボケ役を回していたツケが、播磨に帰ってきた感じです。そもそも沢近編というのは、主人公としてボロついていた播磨「これ以上ボケ続けるのは厳しくなってきたから沢近に主役を譲った」という側面が大きかった筈ですが、これで「主役」の座を返されるのと同時に、トドメを刺されて完全にボロった、という……。


 ですから、今回のオチを「仕切り直し」……という言葉で説明されることもあるでしょうが、仕切り直しというのはかなり不正確な言葉でしょうね。

 播磨主観としては「モテ期」(※自称)が終わって廃人スクラップ)になるまでの過程が描かれているわけで、「そうした事実」は当然、次回以降も継続するでしょうから。仕切り直すんじゃなく、思いっきり次に繋がってる展開でしょう。

 なんだかんだ言って、修学旅行の頃から「まだ俺は天満ちゃんに好かれている」と思い込んでいた播磨にとってみれば、比喩的とはいえ「天満に見捨てられた」回なわけですしね。

f:id:izumino:20070320020449j:image


 ところで、本人の主観としては「モテ期」が終了している播磨が、客観としては「八雲にだけはまだ好かれている」構図があるわけですが……、流石にこの段階で「そこ」を強調してしまうとお話にならないので、八雲のシーンは(絵柄的にも)薄めに描かれていることに注意してみてもいいかもしれません。


 通常の少年漫画ラブコメ*1と異なり、スクランが「主人公*2は誰とくっつくか」をボカそうとするコンセプトの漫画である以上、何かが決定打となるようなことは、最後の最後まで無いでしょう。むしろ「読者に決定打と思われてしまいそうな描写*3を、わざと抑えて描く」ような所に、作者サイドの苦労が読み取れると思います。

 こういった手綱の取り方は編集者コントロールなのかはわかりませんが、なかなか慎重な様子を感じさせますね、特に今回は。

♯217 / 八雲

 ♯216についても言及したように、八雲がした「沢近の気持ちの代弁」は誤解に基づいています。「情報不足が生む誤謬」というものでしょう。

 まぁ八雲がやってしまったことは、沢近にやられた「それはこのコよ。」(KC7巻♯87)とでトントンでしょうし、勝手なお節介という意味では、天満が良くやっていることと似たような行為でもあるでしょう。


 元々、姉も「片想いしてる人」と「その人に片想いしてる人」を同時に応援してしまうタチなんですが*4八雲烏丸を好きな天満の気持ち」「その天満を好きな播磨の気持ち」の両方を尊重していたわけで、恋愛音痴なのは姉妹揃ってのことかもしれません。


 今回、更に「その播磨を好きな沢近の気持ち」まで尊重したというのは重傷だ……と言えばそうかもしれませんが、本人としては自分のやり方(=片想いだろうと他人の気持ちは尊重する)に対して素直になったということなんでしょう。それ以外の方法、他の駆け引きができる性格でもないでしょうし。


f:id:izumino:20070320031025j:image

 それでも、ふっ切れた直後に「あ、何かやり方を間違えたのかも……」というような情報が入ってくるわけで、一筋縄にはいかないということですね。八雲の、こうした性格の問題も、ちゃんと解決されればいいのですが……。

♯217 / 沢近

 播磨に向かって呆れはしても、「天満のことが好きなんでしょ」とは言わなかったんですね、沢近は。フられる前にフりたいというプライドなのか。


f:id:izumino:20070320015842j:image(KC3巻♯34)

 「勘違い*5から始まる恋」が「相手への理解*6」を経ることでモノの見事に終わったわけですが、逆に言えば「勘違いでない人間関係」(それが恋愛感情かどうかは問わずに)がこれから育まれるということでもあるでしょう。しかし3巻の絵柄を見比べてみても解りますが、沢近はホント大人に成長してますね。


 「誤解の連鎖」をそのまま放置することで愛情が深まっていきがちなスクラン世界の中において、沢近は誤解を放置できずに「相手への理解」を求める探偵役のキャラクターでもあったわけですが、それがむしろトラブルを生み続けてきた……という播磨との関係は、なかなかコメディらしいコメディだったと言えます(そのコメディの一方で、同性の親友らとはシリアスに絆が深まっているという対比もあって意味深い所です)。


 そういえば、播磨自意識過剰でごめんなさい」っていうのはそのまま沢近にも当てはまる話なんですよね。単に沢近は、自爆する寸前で停車できただけで(笑)。

 その点やはり、沢近ボケ役を肩代わりしてやった」「奪った」形になってますね播磨は。そこは流石に主人公の役目というか。


 あと解釈を付け加えるなら、沢近イライラの正体を自覚してないので「芝居中にイライラしていた気持ち=何らかの播磨への興味」は一応何か潜っているのでしょう。気分的には、まさに憑きモノが落ちたような感じでしょうけど。

 ♯215の時点で表していたような、「最後まで見届けてやる」的な意気込みは見事にガス抜きされてしまった形ですが、「播磨の強さ」については今後どう確かめる? という問題は残っています。沢近としてはここで成長を終えて、家庭問題と戦わなければいけないでしょうしね。


 それにしても「相手から好かれないと恋愛にならない」という恋愛観を貫いてる所が沢近らしいと思う所で、沢近編で沢近は凄くいいキャラになったと思います。

♯217 / 最後に

 サブタイトルの「UNDER SIEGE 2」はスティーヴン・セガールの「暴走特急(原題:Under Siege 2)」から。


 「梅の香り」は春の訪れの季語

 次回は、天満が談講社に漫画を持ち込んで、ジンガマ編集部烏丸とばったり出会ったりするかも、と思ったり。そこから話が動けば、かなりスクランの核心部分に影響が出てくると思うのですが。


f:id:izumino:20070320023233j:image

 ところで沢近は「原稿」という言葉をあっさり使ってますね。播磨原稿を手渡した東郷もそうなんですが、播磨漫画については舞台裏でもうバレちゃってる?


f:id:izumino:20070320023514j:image

 原稿の中身を見ると、相変わらず作者自身と天満キャラにしているわけなんですが、ジンマガの編集長的にはオッケーなんでしょうか。ちょっと気になります。*7

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関連

追記

 マガスペの『School Rumble増刊号』読みました。

 2バージョン存在する、さだまさし「雨やどり」の歌詞BGMが鳴るので注意)と合わせて読むと、かなり胸にきます。

 この「私」は八雲そのものですし、彼女が望んでいる人間関係を表しているんでしょう。

 その上で、榛名が歌詞における「あなた」になっているのでしょうね。


 これは去年の五月に相当するエピソードということで、スクランをその時期から読み返したくなってきました。てっきり八雲は、サラを通じてしか友達を作れないんだと思い込んでいたので、作者からこういう「解釈」を提示されたことは重く受け止めたいなと。


f:id:izumino:20070321052159j:image f:id:izumino:20070321052514j:image

*1:「正ヒロイン」を明確化しておいて、読者に「安心」と「予定調和」を与えなければならない形式

*2天満播磨

*3:それが読者の誤解であれ、正解であれ

*4:今鳥と一条を同時に応援していた時など

*5:相手に想われていた

*6:実は想われてなかった

*7天満に読ませる為の漫画は載せられなかった筈

izuminoizumino 2007/03/21 06:07 追記部分にちょっと画像を追加してみましたが、八雲が「相合傘」っていうシチュエーションに拘っていたのは「雨やどり」の歌詞の世界に憧れていたから、なんでしょうね(「あなたの腕に 雨やどり」という歌詞が相合傘を意味しているので)。これを「八雲の好きな歌」に当てはめたのは凄い上手いですね。歌詞自体もかわいいですし

通りすがりです。通りすがりです。 2007/03/23 20:32 猫八雲が「相合傘」の沢近&播磨の様子を、じーっと見ていたのにも絡まっているのかもしれませんね。二人を離すために播磨の手から逃げ出した(もしくは、嫉妬から思わずぴゅーっと逃げてしまった)のも、「相合傘」こそが八雲にとってのらぶらぶな理想だったという暗示なのかもしれません。

izuminoizumino 2007/03/23 22:37 コメントありがとうございます。そうですね、一応ラブシーンのアイディアを聞かれて連想するくらいですしね……。//ちなみにスクランでは相合傘のシチュエーション自体は多くて、初期に沢近も播磨の傘に入ってましたね。作者自身も好きで使ってるのかもしれません。「雨やどり」視点で沢近サーガを見直してみるのも面白そうです

ちょっと絡んでみるちょっと絡んでみる 2007/03/24 01:16 いずみのさんは一貫して「小林尽が書こうとしている内容が理解されていないこと」を問題(最近のスクラン不評の原因)にしているように思うんですが、今のスクランの問題ってそうではなくて、”今までのスクラン”を支持してきた読者にとっては「そもそもそんな内容は読みたくない」ってことなんじゃないでしょうか。私も今回のエントリを読んでなるほど、と感心はしましたけど、だからといってこれを頭に入れて読み直したら面白いかというと別に評価は変わらない訳で。

↑ 2007/03/24 01:27 書き忘れてました、評価というのは「期待していた分物凄くガッカリ」ってことですね。//あとギャルゲー的に読んでいる読者って本当に天満のことを「どうでもいい、イラネ」と思っているんですよね。今回の一連の話で八雲が絶対視する姉の凄さ、というのがキーになっていると思うんですが、その部分が決定的に共感を得られてない(沢近との行き違いを「一方的に天満の馬鹿さ加減が原因」と感じている読者は多いと思います)のも大きいんじゃないかと思いました。

izuminoizumino 2007/03/24 01:40 コメントありがとうございます。正論を仰ってると思われますが、「それは好みの問題でしょう」という正論にしか着地しませんよね。もし「好みではない」のなら「積極的に読み方を理解する」以上の処方箋は無いわけですし、ここではそういう視点を提供させて頂いてる形になると思います(もうちょっとクリティカルな話もできればしたいのですが、あまり語りすぎるのもどうかと思うので、適度に留めています)。//それと、大衆誌であるマガジンには本来そぐわない作風だというのは認識していますし、それでいて高い売り上げと知名度を持ったスクランという作品は奇妙なものだな、という話は以前もコメントしてありますので(http://d.hatena.ne.jp/izumino/20070207#c1170899369)、良ければご参照下さいませ

izuminoizumino 2007/03/24 02:32 「大衆誌」という言葉についてちょっと補足します。読者が多くて幅も広い分、一部の読者と「好み」が離れるのは確率の問題として当然で、作風的に「読者の好みが割れやすい漫画」をやってるのは明らかなんですから、評価するなら客観的に評価するのが良いと思います。でないと「ジャケ買いで期待したら好みじゃなかった」と言うユーザーと変わらない意見になるでしょうから

通りすがりです。通りすがりです。 2007/03/24 09:30 八雲の方から再び「相合傘」を読んでみました。二回目の幽霊の女の子が登場した回、伊織が傘を持ってきたシーンが、「相合傘」の話だったと思います。結局一人で帰ったことから、「いまはまだ」ということにつながるのだと思います。作者は意識的に「相合傘」をイベント道具として使っているみたいですね。

izuminoizumino 2007/03/24 11:34 >通りすがりです。さん 再びありがとうございます。あ、そうでした、マガスペの2005年6月号の表紙イラストと直接繋がってるのはそちらですね(♭29は7月号掲載)。なるほど。……で、八雲は沢近と違って、ちゃんと相手と相合傘になったことがない……っていう対比にもなってるんでしょうね

通りすがりです。通りすがりです。 2007/03/24 12:00 izuminoさんの推測と同じく、私も、これから八雲にはちゃんとした相合傘イベントが用意されていると思います。もしかすると、猫八雲の回がそうだった可能性もあるのですが。とはいえ、所詮は猫という仮面を被った状態でのイベントです。仮面を剥いだ上での「告白」や「気持ち」こそがテーマを重んじる作者のことですから、最後のほうに残していることだと思います。(ちなみに、私はラブコメに関してはど素人です。基本は、本格推理読みです。なので、まったく的外れの可能性もあります。スクランも読んでから10日ほどですし。。)

izuminoizumino 2007/03/24 16:07 10日ほど! でも、後追いで読んだ方が全体を俯瞰して理解しやすい漫画だという気もします(10巻あたりから作風が変わりますし)。ちなみに原作とは直接関係無いのですが、天満のキャラソンとして「He stands the rain」という曲があって、これも相合傘がモチーフになっています。(http://j-music.fuzzy2.com/lyrics/modules/mydb/singlefile.php?cid=20&lid=482)。天満と烏丸の繋がりを考えてみれば、テーマに合った良い歌詞ですね

ゆきあきゆきあき 2007/03/29 15:24 はじめまして。記事いつも楽しく拝見させてもらってます。スクランの#217の考察を見ていて思ったのですが、この回が評判よくないのはふと「沢近愛理がツンデレではなかった」からではないかと思いました。(長いので解説は私のブログに記載http://yanagimati.blog.ocn.ne.jp/wakuwaku/2007/03/post_7460.html)要は前々から言われているとおり読者と作者のキャラクターのとらえ方の差なんですけれど。駄文すいません。

izuminoizumino 2007/03/29 19:16 ゆきあきさん、はじめまして。確かに小林尽はネットラジオ(第39回。一月末だからマガジンでは沢近編の真っ最中)で沢近のことを「自分ではツンデレって意識してない、あんまりそういうカテゴライズしないようにしてる」って語ってましたから、作者の「言質」は取れてますね。//でも沢近、同性の友人に対してはツンデレですよねえ。義理堅い性格なので、播磨に対しても今後は(というか以前と変わらず)甘い態度になると読んでますが

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Sun 2007.03/18

『鈴木先生』の読み方

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身辺雑感/脳をとろ火で煮詰める日記: 漫画における、キャラの思考のレイヤー

 以上をふまえて、たとえば「鈴木先生」とか「ハチワンダイバー」を改めて読んでみると、思考レイヤーを上り下りするリズムの取り方が巧みなシーンがたくさん見られます。

 みやもさんの漫画記事。

 これは「『鈴木先生』におけるモノローグの読み方」っていうタイトルを付けてアップしても良さそうな感じですねー。

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 これはあれですね、「少女漫画の読み方」として、「間白や重ねゴマの使い分け」を基礎知識として意識しておいた方がいいようなもんですね。

 ちなみに間白と重ねゴマを使い分けて表現する意味については、伊藤剛さんによる『エイリアン9』論4,5ページ目が解りやすいのでオススメです。

Wed 2007.03/14

今週のジャンプとマガジン

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ジャンプ

 少し話題になっている『サムライうさぎ』なんですが、ジャンプの「既婚主人公」にはターちゃん悟空、剣心の他にも『CYBORGじいちゃんG』のサイボーグじいちゃんGが存在したことを忘れてはいけません。

 ……小畑健は偉大だ。

 「既婚でも主人公になれるのか?」と心配する声もありましたが、なんだかんだ言って少年漫画主人公に必要なアイデンティティは「童貞であるかどうか」ですので、童貞オーラを放ちまくっているサムライうさぎ主人公はオッケーなんじゃないかと思う次第。

 描かれ方からしても、「許嫁持ちの主人公」の発展系って感じではないかと(まぁ、それにしたってコロンブスの卵な感じではあるのですが)。


 それはともかく、今週は私立小学生の可愛さと宮さんのインパクトに全部持ってかれました(笑)。

マガジン

 ネギまは第一部が終わって、一週休載。

 もっと休ませてあげればいいのに…………。


 今週のスクランは9ページだけだったのでなんともコメントのしようが無く、感想は来週に回すことにします。

 次回は22ページらしいですね。22+9=31で、31ページの話(普通少女漫画一話分くらいのボリューム)として読むべきでしょうね。

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Sat 2007.03/10

本サイト更新

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 HP書庫更新しました。

 漫画論者向けの記事で、今研究中の漫画論を、ごくさわりの部分から書き下ろしたものです。表現論に興味がある方、特に『テヅカ・イズ・デッド』を既読の方などを想定読者にして書いてあります。

 ご感想やご指摘などございましたら、Web拍手ブクマなどでお願い致します。

漫画購入録

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 『鈴木先生』面白い。身内にも勧めまくってます。みんな読もう。多分、久住昌之作品が好きな人はハマると思います。

 『with!!』は鷺沼先輩の美しさ目当てで読んでます(出番少ないですが……)。

 あとは古本で、モンキーパンチルパン三世コンビニ本をまとめ買いしたり。おいおい読みます。

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Wed 2007.03/07

izumino2007-03-07

描かれない心理と透けて見える心理/今週のスクラン(♯215)から

| 描かれない心理と透けて見える心理/今週のスクラン(♯215)からを含むブックマーク

 今週のマガジンの『School Rumble』を読んで思ったことの箇条書きです。

 再び心理劇に突入しているので、主に心理面のことから。心理的な話なので、筆者の私見が入っていますが我慢して下さい。

  • おそらくこの回で単行本17巻の終わり
  • ちゃんと11頁もある。心理劇の時はやっぱり多めにページが欲しい
  • ひなまつりまで遡って読まないとストーリーを把握しづらいのではないか
  • 今回は「八雲が考えないようにしていたことを直視してしまった」ことによる話が中心になっている
  • ちなみに作品内時間で八雲誕生日(3月23日)は一週間程後。ハラハラする

八雲

f:id:izumino:20070307194015j:image

  • 原稿塚本か〜」 漫画の話をしようとしても、播磨に無視されてしまう。この時の表情は「私(漫画)よりも姉さんを選んだ」ことのショックも含まれている?
    • 播磨が「何よりも天満を優先する」ことは何度も目撃していることだが、ここまで酷い所は見たことが無い、というような表情
  • 「つらいことが沢山あって〜」 両親の問題がチラつく。やはり死別してるのか
    • 回想シーン天満が凄くひょうきんな顔に描かれているが、「姉さんが本当は一番泣きたかったハズなのに」と言う八雲にとっては、「つらいのを我慢して笑っている」ように見えたからこんな風に記憶されているのかもしれない(天満自身にとってはナチュラル笑顔だったとしても)
    • 八雲文化祭の時に言った「好きな人ができたらいつもほほえんでいたいと思う」というのは、天満のような存在を理想にしているからだろうか
    • それにしてもこういう緊迫したシーンでユーモアのある絵を入れる小林尽は、クールなのかシャイなのか*1
  • 「自分の感情をない交ぜにして〜」 一見「播磨への恋心」や「沢近への嫉妬心」を訴えているように見えるが、実はそうと確定できる言葉をまだ口にしていないし、本人もそれは思考に上らせていない
    • 八雲が好きなのは「姉さんを好きな播磨さん」でもあるので、極論すれば、八雲は「播磨さんの妹」という将来でも別にいいと思っているフシがある(あるいはそう思い込もうとしている)
    • でも播磨の気持ちを優先しても、天満の気持ちを優先しても、その結末はありえないから悩んで、苦しまされている

f:id:izumino:20070307210143j:image(♯206)

  • スクランキャラの中では、オレンジロード的な「恋以前の幸せな空間」を最も愛しているのが八雲で、恋愛感情を抜きにした「家族愛」を望んでいる所もある
    • 恋愛感情は自覚していないが、家族にはなりたい。できれば恋愛をすっとばしてしまいたい
  • エビパーティの時に沢近に向けた「まだ気が付かないんですか?」は「この状態をなんとかできるんですか」と「私たちの関係邪魔してこないでください」が混ざっていたような感じもする
  • 八雲の心理としては「私たち二人の問題なのに、勝手に割り込んできて全部持って行こうとしないで、邪魔しないで」って意識だから「悔しい」
  • 八雲が一番嫉妬しなければならないのは天満に対してで、「天満を恨む」ということが絶対にできない八雲は、それを抑圧して沢近にぶつけてしまっている。だから「私なんてことを…」と後悔している(ただ、当然本人はそこまで心を整理できていない)
    • やはり八雲にとって最大の障害は天満なのかもしれない。でも姉に立ち向かうことは、八雲としてはできない

サラ

f:id:izumino:20070307211204j:image(♯206)

  • サラはひなまつりの時に、八雲の表情を盗み見た時から「八雲が一人で悩んでいる」ことを察している
    • 良妻賢母型で、世話を焼いても焼かれることは苦手な八雲にとって、サラは唯一甘えることのできる友達。八雲が頼るとしたら、サラ以外には居ない
    • 八雲が自分から話し出すまで、ずっと黙って待ってたサラは強い

f:id:izumino:20070307204035j:image

  • 「私なんてことを…」 普通に考えてみれば、「他人に感情をぶつける」ことくらいは人間ならごく自然なことで、八雲はその「当たり前」なことがまともにできない人。それは人間としては不自然とも言えることで、この時のサラの張りつめた表情は、そんな八雲の性格の在り方に心を痛めているようにも見える
    • このくらいのことで自分を罰して、「自分がどんどんイヤな人間になる」と苦しむ八雲は痛ましいが、それは決して忌むべき性格でもない。だから八雲はいーこだ」と肯定して慰めることができる
  • 八雲を「こういう性格にした」張本人は天満だったりする。天満精神的に八雲を救ったのと同時に呪縛もしていて、実は一番苦しめているとも言える
  • 八雲は元々は勝ち気で短気な性格で(♯174参照)、天満によって「感情を外に出せない」性格になってしまった(天満関係する感情だけは除く)。それに加えて超能力の問題があって、恋愛感情も外に出せなくなっている
  • 「うえ〜〜ん」という子供っぽい泣き方をすることで、ようやく八雲は「子供の頃から抑え続けてきた感情」を解放できたのかもしれない。この点からしても、八雲にとってサラとの出会いが、いかに希有な出会いであったかも分かる
  • サラは最初から、「八雲播磨に恋をしている」と勝手に決めつけている。でも八雲自身にその自覚は無いし、姉の問題を含めた、かなり複雑な感情を抱いているので単純に恋として割り切れない
    • そういう意味では八雲はサラに「勘違いされている」のだけど、サラは「先回りした結論」を見抜いて、八雲の代わりに答えを出してあげているとも言える
  • ちなみに今回のサブタイトルは「WE'RE NO ANGELS」で、要は『俺たちは天使じゃない』なんだけど、それを「私たちは天使じゃない」という意味で使っていて面白い。「私たち」というのは八雲とサラなんだろう
    • 天使のように無垢な人間なんていないんだ、私から見れば八雲は「いい子」だよ、と

高野

  • 相変わらず行動の真意が読めないが、別に沢近播磨とくっつけたいわけではなさそうなことと、播磨を痛めつけることが目的に含まれていたらしいことは解る
    • そうすることで何を動かそうとしている?
    • 高野は沢近をライバル役に仕立てたかったのか?

沢近

  • そして完全に敵役化している沢近小林尽の当初からの設定通り、「ライバル」という位置からブレない
  • 高野は沢近を煽って「ライバルに仕立てた」つもりだったのだろうが、(原稿を破ったことも含めて)今沢近は自分の意志で行動している
  • 恋愛感情は薄くなっていても、恋敵の役をやめない、つまり「立場だけの人間」になっている。今までは周囲から祭り上げられるだけだったが、今の沢近は自分から望んでそうしているから、人間的には成長している
  • 沢近の役回りは語り部めいた所もある
    • 語り部としては「最後まで見届けたい」感情が強いんだろう。自分の気持ちの為ではなく、他人の気持ちを知る為に行動している
    • いわば沢近は、アガリ放棄しながら麻雀を打ち続けているようなもの。恋愛の結果よりも、状況の推移自体に興味がある?
  • 問題が解決されてほしいのに「何もできない」状態の八雲に対して、空回りでもなんでも「行動してる」沢近は対照的だ
  • 少し遡ると、沢近は「播磨の強さ」は尊敬している所がある(お見合い編参照)

f:id:izumino:20070307201909j:image(♯152)


f:id:izumino:20070307201435j:image(♯154)

  • まだ家庭問題で悩んでいる筈の沢近は、その強さも見極めたくて播磨に関わっている?
    • 播磨に想われている」ということ自体は勘違いであることに気付いてきたわけだが、性格の真っ直ぐさだけはまだ評価している? 播磨を試すことで、それを確かめたい?
    • 原稿を破ったのもその為? 前回ラスト「…フーン あっそ」はそういう意識が裏にあると思うと自然に見える

まとめ

 ……このようにスクランでは、はっきりとキャラクターの心理が描かれないので、読者の方から歩み寄って心を想像して読む必要があります。  また、どのキャラクターも「自分の素直な気持ちを口に出す」ということをしないので、キャラクター同士の関係でも「多分この子はこう思ってるんだろう、じゃあこうしてあげよう」というような、「想像に基づく行動」が多くなりがちです。  今回典型的なのがサラと八雲関係で、心の整理がついてない八雲に対して、サラは詳しい事情を特に訊いたりはしてませんから、「八雲本心」は何なのか……という所では、どこか勘違いをしている所もあるでしょう。それはそれで物語が進んでいく所がスクランらしい所です。


 それは丁度、今週の『魔法先生ネギま!』と読み比べてみれば作風の違いが良く解るのですが、ネギまの場合は基本的に、「勘違いされそうな状況」になったら、すぐ自分の気持ちや考えを口に出して相手に説明するんですね。それで相手も、その場で納得してくれる。ちょっと誤解されて場面が混乱しても、言葉にしてしまえば、互いの気持ちがはっきりする傾向があります。  だから読者側からしても「今このキャラは、こういうことを考えているのか」ということが読み取りやすい、言い換えれば「内面が透けて見えやすい」漫画だと言えるでしょう(例外的に、わざと内面を読みにくくしたシーンは勿論ありますが)。  キャラクターの顔の描き方もわりかし単純化(コミカライズ)されていて、「怒ってる」「照れてる」などの感情が読み取りやすいようになっています。
 逆にスクランキャラクター言葉も少なく、言葉があったとしても本音を語っているとは限らなかったり、描かれる表情も曖昧で感覚的なものが多いでしょう(1〜7巻あたりの絵柄は別で、コミカライズされた絵が多かったですが*2)。
 キャラクターの心理が描かれないか、透けて見えるかというのは、別にどちらが優れているというわけでもない、作風の違いだということですね。

*1:追記:あるいは、絵を描く際にキャラクターの気持ちに入り込みすぎていて、絵の出来上がりなんか気にしないで描いているような状態なのかもしれない

*2:その分、当時の方がとっつきやすい作風の漫画になっている筈です

haruharu 2007/03/08 02:03 凄い深い考察ですね。スクランを読む上で参考にしたいです。なんだか八雲周りの友情や恋愛のあり方は切ない。

izuminoizumino 2007/03/08 02:37 ありがとうございます。考察というより、読んだまんまの感想なんですが……。//ちなみにWeb拍手でご意見頂いたんですが、カラオケで歌ってるのはさだまさしの「精霊流し」で、精霊流しの歌詞が「亡き父」を歌ったものであるのは意図的なものかもしれません。そんな歌を八雲に唄わせる稲葉もまぁどうかと思いますが、意識はしてなかったんでしょうね(単に、さだまさしを歌う八雲を気に入ってたからとか)//あと東郷妹の名前が出たのってこれが初めてでしたっけ。「東郷榛名(はるな)」でいいのかな

加納加納 2007/03/08 09:35 もうとにかくサラにが可愛すぎる

izuminoizumino 2007/03/08 10:30 サラ×八雲派としてはご褒美でした

mahalmahal 2007/03/08 23:18 「双方向を目指す」スクランキャラの中で、「天満を好きな播磨」に好意を寄せている八雲はほぼ運命的に「双方向を目指せない」仕様になっている辺りがこの作品のひとつのツボではあるのでしょうね。エビ問答は、そういう自分の立場を沢近に主張したものと解釈しています。ただ、実は八雲にとってベストな状態って、播磨が天満にフラれて、その後ずっとイジイジと漫画を描く播磨の傍に寄り添う、ってことなのかなぁと思ったり。八雲にとって、原稿が破られたことはある意味「そこに安住している自分が否定された」みたく感じられることであり、そしてそれは倫理的には極めてまっとうな否定であるだけに刺さるものがあったのかなぁと思われます。勿論一方では「原稿を破る判断が出来るほどに播磨に嫉妬することが出来る」沢近に対する羨望に近い部分なのでしょうけれど。

Mon 2007.03/05

izumino2007-03-05

今日の一言

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 弥子かっこええええええ。


 弥子のあかねちゃん合体バージョンは悶える程萌えるのですが、突如再び拝めることになるとは、不意打ちでした。*1

 弥子は非戦闘キャラだと思い込んでいただけに……。山岸由花子のラブ・デラックスみたい。


 あとこれ可愛いですよね。

忘れる前に最近観た映画をメモ

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*1:「とらぶる」に突然イヴが出てきたり、突然脇役が性転換したりするくらいの不意打ちでしょうか。いや違うか

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Fri 2007.03/02

皇国の守護者と、視線の力学

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 ↓のブログで、自分が名指しで引用されていたのが嬉しかったのでクリップ。知ったのはたまごまごごはんさんとこから

漫画である意味がある漫画梅ラボ

日本漫画はだいたい右から左に読み進める。だから左向きの登場人物が左へ進んでいくと読み手も左に読み進んでいくからその人物に感情移入がしやすい、という漫画独自の表現特性がある。その逆に右向きの登場人物が右に進んでいくと読み手の進行方向と逆になるので心理的に圧されるような効果がある(これについては2006年一月号の「ユリイカ」の「漫画批評最前線」特集内のp204「視線力学の基礎」でイズミノウユキさんが「魔法先生ネギま!」を例に詳しく書いている)。

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 梅ラボさんの記事では、続けて『皇国の守護者』のコマ割りが解説されてます。

読み手の進む右から左というベクトルに対して帝国軍は真っ向からぶつかってくる。対して皇国軍は読み手に同期して左へ一直線、両軍がぶつかり合う。かと思えば新城直衛が正義偽善の狭間で狂気を起こして破竹の勢いで帝国を撃つシーンなどは読み手の方向の逆に迫ってくる時もあり、読者を圧迫させる。方向が、両軍の戦局に呼応するかのように右往左往する。これら戦闘シーンは濃密に両軍共に戦略が練られた上で勃発するのが常なのだが、戦略シーンでは小さめのコマと多めの文章で物語が語られていく割合が多いので(しかも割りと長い)、その分見開き戦闘シーンにおける両軍の迫力、方向の衝突の迫力が堰を切ったかのようにすさまじいものになりうるのだ。単行本、特に一巻や四巻の表紙絵もこの方向性を志向しているのではないかというのはかんぐりすぎだろうか。

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 ちなみに、漫画キャラの方向性については板垣恵介が『大学漫画』Vol.2のインタビューでこういうことを言ってましたね。ご参考までに。

「僕の漫画は、格闘シーンが多いんですよ。たたいたり、蹴ったり、踏んだり。キャラクター同士が絡み合うわけだから、動きがわかりづらくなります。それをわかりやすくするためには、左右を入れ替えないということですよ。切り返しを使わない、ということ。左にいるなら左。右にいるなら右。読者の視線を混乱させるということは、読者に負担をかけるということですから。サービス業として負担をかけちゃいけないわけです」

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 メジャー路線を志向している板垣恵介らしいスタイルと言えますが、この「わかりやすさ」と「読みやすさ」の重視は、「かと思えば」「読み手の方向の逆に迫ってくる時もあり、読者を圧迫させる。方向が、両軍の戦局に呼応するかのように右往左往する」という『皇国の守護者』と対照的ですね。


 ちなみに福本伸行なども基本的に「左右を入れ替えない」わかりやすいコマ割りを徹底させている漫画家で、今ヤンマガで連載してる「カイジ」を読めばすぐ分かると思います*1映画の「180度原則」*2にも通じる話ですが……。


 それと、「表紙絵もこの方向性を志向しているのではないかというのはかんぐりすぎだろうか」とのことですが、勘ぐりではなく仰る通りだろうと思います。「表紙(トビラ)を開く方向」からすれば、絵の動きを「物語(ページ)の進む方向」と一致させた方が自然ですからね。少なくとも「表紙の左側は、その向こうにスペースが開かれている」感覚を意識している筈です。*3

 ところで、日本の「漫画絵」を描く絵描きさんの多くは「左向きの顔」の方がなんでか描きやすかったりするのですが*4、その「絵を描くクセ」が「漫画の進行方向」と何故か一致する、というのも奇妙なもので、興味深いんですよね。*5

漫画購入録/小林尽『夏のあらし!』1巻

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 小林尽が「自分の好みで」「好きなものを」「楽しみながら」描いてる実験作……という印象で、まぁそれだけ楽しみ代を払いまくってる以上、実験作止まりになりそう(しかもそれで作者自身は満足しそう)な印象なのですが、それはそれで小林尽の資質が見られるという面白さはあります。個人的には。


 しかし、作品の内容よりも興味深いなーと思ったのは、ガンガンWING編集部プロモーションの手際の良さだったりします。具体的には、

  1. 「とらなどの書店に作者のメッセージカードとペーパーをつけてプッシュしてもらう」
  2.  →「同時期発売のガンガンWINGに着せ替えカバー付録に付ける」
  3.   →「ガンガンWINGを買うと単行本の続きがすぐ読める」
  4.    →「新規読者獲得」

……という流れが。

 ついでに最新話では、設定的にちょっとした爆弾が投下されていて、このタイミングプロモーションに含まれた、意図的なものなんでしょうね(1巻のオビでわざわざ思わせぶってるくらいなので)。


 (ラブコメ系で言えば赤松健に準じるクラスであろう)人気作家の新作単行本、ともなればかなりの初版部数を見込めることは間違いないわけですが、その瞬間風速を利用して「掲載誌の部数」をどれだけ伸ばせるのか? という課題をひっじょーにドライにこなしている様子が感じ取れて、まぁこれだけ淡々作家の「ブランド効果」を運用できる編集者というのも、ちょっと凄いな、と妙に感心してしまいました。うーん、でもそれって漫画の面白さとは直接関係無い部分での手際の良さなんだよなー、みたいな。

 そういう編集部に対して「利用される分にはいいしプロモーションにも付き合いますけど、基本的には自分の好みでまったり描かせてもらいますよ」とでも言いたげなスタンスを崩さない小林尽も、かなり大したタマなのですが。

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*1:敵側の心理が主観になって進むシーンでも、依然として敵が左側に描かれる、という徹底っぷりがかえって面白かったりします

*2:カットを変える時に、対面者同士を繋ぐラインの反対側にカメラを飛び越えさせない、つまりカメラの移動を180度未満に抑える原則のこと

*3:横スクロールするシューティングゲームの、「前には進めるけど後ろには進めない」感覚に近いというか

*4:自分もご多分も漏れずそうですが

*5:左向きが描きやすい、というのは「絵の練習をする時に左向きが多い」からなんですが、なぜ左向きに偏るのか? 利き手や利き目の問題なのか、それとも「そもそもマネして描くプロの絵に左向きが多いから」なのか良く分かってません。どうなんでしょうね?

AlfAlf 2007/03/03 11:50 アニメも主役が左向きのほうが多いので、正確的には視聽者視点のキャラが左向きので、利き目も関係ありと思います。個人の観察では視聽者が右下/後にいる、だからアニメの中に「進む」というシーンはたいてい右の後方から左の前へ、そして左の後方から右の前方のシーンはもっと客観的な視点になりました。例えばマクロスで一条が大気圈から地上へ、未沙との再会は、出発の時は右の後方から左の前へ、これは一条視点;そして再会のシーンは一条が左の後方で、未沙は右の前方にいます、視聽者は一条視点で未沙を見てるではなく、客観的な視点で二人を見ていました。そして、左と右感覚は違います、左は理解する、右は感じる…のようなものがあったのようです、だから視聽者の「相手」は常に左にあります。マンガにおける左と右の関係はそうであったか分かりませんけど、韓国のマンガは左から右へだから、それは参考になると思います。

izuminoizumino 2007/03/03 12:56 こんな感じみたいですね。→http://www.tinami.com/from_korea/logs/eid6.html>韓国の漫画//利き目が逆の人っていうのは会ったことがないので、なかなか謎が……。話はズレますが、左目で見てるということは右脳経由で処理してるということですから、機能の差もあるのだろうかとか。ちなみに『ホムンクルス』の主人公は左目でホムンクルスが見えるという設定だったり

ArashiArashi 2007/03/03 18:59 目は各々の左半分と右半分を左脳と右脳で分けてるので利き目と機能の差はあんまり無いんじゃないかしら。つまり左目の右半分と右目の右半分からの情報を右脳が処理(視野としては左側になるが)→http://www.physiology1.org/doc/chapter.php?Id=454<視覚の伝道路のモデル/ちなみに僕は左利き目の右手利き。

izuminoizumino 2007/03/03 20:10 >Arashiさん そこらへんはちゃんと調べてみたい所ですね。視覚関係の専門書は妙に高いんですけど

umelaboumelabo 2007/03/04 00:15 とりあげてもらってありがとうございます。かなりイズミノさんの「視線力学の基礎」に寄ったエントリを書かせてもらいました。やはり皇国の表紙は読み手の方向を意識したものと考えられますね。視線の先に余白をあけるというのはデッサンの構図の基本でもよくやられる事ですが、デッサンや絵の場合視線の先の余白が画面の静止した緊張感やバランスに一役かうのに対し、漫画の場合それが表紙絵であっても直接動的な読み手の時間軸に影響するのが興味深いです。エロ漫画家は右向きのキャラを描くのをめんどくさがって左向きのキャラばかり描く人が多いけど、それが逆に読みのスピード感を妙に加速させているという話をどこかで読んだのを思い出したのですが、このことを書かれたのはイズミノさんでしょうか?

k 2007/03/04 07:37 日本の紙幣の肖像画も左向き。外国の紙幣でも左向きが多いようです。魚料理でも、魚は左向き

izuminoizumino 2007/03/04 10:25 >umelaboさん はじめまして。こちらこそどうもありがとうございました。まぁ今回の『皇国の守護者』話は、凄く基礎的な原則の話……なのですが、こういう風にして個々の作品に当てはめて、具体例を出してみるっていうのも大事なことなんでしょうね。でないと、そういう「読み方」っていうのが広まっていかないわけですし、有意義だと思います。//あとえーと、エロ漫画の話、は多分別の人ですね

izuminoizumino 2007/03/04 10:34 >kさん http://sasapong.s41.xrea.com/diary/archives/001211.php ←心理学では「顔の左側は感情が出やすい」みたいな説がありますけど、それはどうなのかなぁ? 映画や写真の理論でも一応参考にされる要素のようですが

nakaharanakahara 2007/03/04 11:11 芝居には、上手(かみて)・下手(しもて)という観念があります。上手(右側)から出てくるのは、基本的に主人公か善玉など。下手(左側)から出てくるのは、それに対立する者。というわけで、右から出てくる人は、左向きなのです。ちなみに、左から出てくる者が悪役なのは、心臓がある上に利き腕側でない左から登場する者に対して、心理的ガードが働くからだ、という話がありますが。

izuminoizumino 2007/03/04 11:26 >nakaharaさん トミノ理論ですね。そこらへんの意見はhttp://d.hatena.ne.jp/izumino/comment?date=20050619§ion=p1#cガイシュツだったりします

tackmantackman 2007/03/04 12:57 でもゲームだと主人公は右向きですよね。マリオ以来の伝統でしょうか・・・活字のない媒体では単に文化の問題かなという気もしますが。

izuminoizumino 2007/03/04 13:10 >tackmanさん それも以前言及しましたが、ゲームはコンピュータの表記法の関係で、横書きですから(だからちゃんと「活字のある媒体」です)。もしコンピュータが縦書き文化で発明されていたら別だったかもしれません。

natu3kannatu3kan 2007/03/13 22:54 マリオの場合横書きというより、舞台の上手下手なんじゃないかなあ、とか思いました。マンガの場合は活字媒体だけれど、ゲームはどっちかって言うと舞台文法に則ってそうな気がします。ギャルゲーの書割といい。舞台の上手下手は西洋と東洋で共通してるので、横書き云々とか文字の概念と別に考えた方がいいような気がします。

izuminoizumino 2007/03/13 23:43 >natu3kanさん それを言うと、「西洋でも東洋でもゲームは横書きで共通している」というややこしい話になりますが……(笑)。それと舞台には詳しくないのですが、西洋の芝居と東洋の芝居って、カミシモの法則が全く同じものなんでしょうか?

izuminoizumino 2007/03/13 23:56 あとアドベンチャーゲームやノベルゲームの場合、個人のクリエーターのセンスの問題であって、別に原則化できる話ではないだろうというのもありますね。一度スタイルが出来上がったら、右へならえで統一されるかもしれませんが(ひょっとしたら既に統一されてるのかもしれませんが)、それは「ギャルゲー文法」でしかないですから、舞台文法やバラエティ番組文法とは分けて考えないと、話がごっちゃになっちゃいそうですね



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