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Wed 2008.12/31

年末に出た本

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TRPGサタスペ

アジアンパンクRPG サタスペ (Role & Roll RPG)アジアンパンクRPG サタスペ (Role & Roll RPG)
河嶋 陶一朗

新紀元社 2008-12-23
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 もっと早く宣伝しようと思っていたんですが、遅れました。

 新紀元社のページでも著者名を河嶋陶一朗速水螺旋人と暗転丸と池田朝佳とイケダサトシ泉信行と魚蹴と岡野繁浩と齋藤高吉とdczとぺらねこと吉井徹」と確かめられますが、ぼくがライティングで参加させていただいた、TRPGルールブックです。


 同人出版からホビー流通を経て版を重ねてきた歴史の長いシステムなのですが、これが初めての商業出版となります。システム面も旧版から一新されてますので、新鮮なゲームとして手にすることができるでしょう。


 ちなみに各ライター担当箇所はどこにも明記されていないので、まぁぼくがどこの文章をどう書いたのかはわからんと思われます(いわゆる「フレーバーテキスト」の一部を担当しています)。

 あとなんかクレジットを読むと、ライティングだけでなく「モデル」にも泉信行名前が連なっていますが……げげ、顔は映ってないカットだけど写真も使われてるじゃん! 速水さんの本に写真が載った時と同じパターンですね。もう六年も前に撮影した写真ですけど。


雑誌『電撃G'sマガジン』2月号

電撃G’smagazine (デンゲキジーズマガジン) 2009年 02月号 [雑誌]電撃G'smagazine (デンゲキジーズマガジン) 2009年 02月号 [雑誌]

角川グループパブリッシング 2008-12-27
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no title

さて、いきなりですが新コーナーをスタートさせちゃいます!

その名も、「今月の『べびプリ情報」〜〜!!

「電撃G'sマガジン」にて連載中の、オリジナル企画Baby Princess』。

その最新情報を、毎月いち早くお届けしていこうというコーナーです。

では、発売されたばかりの「G'sマガジン 2月号」を開いてみましょう!

 G'sの公式ブログに、べびプリ情報が定期的に流れるように。

 電撃の企画としても、これからはメディアの前面に押し出していくつもりなんでしょうね。楽しみです。

30日の上京記

| 30日の上京記を含むブックマーク

冬コミ三日目

 朝8時すぎにネカフェで目を覚まして、12時ごろに会場入りできるよう移動。

 東館と西館をうろうろしながら、速水螺旋人さん、竹熊健太郎さん、ササキバラ・ゴウさん、海野螢さんなどとお話したり、たまごまごさんを永山薫さんに紹介したりする。


恒例のコミケ打ち上げ

 閉会後、かーずさん&だんげさん幹事打ち上げへ。

 三次会まで河岸を変えながら、翌朝5時までいることに。

 初めて会う人多い、深沢さんとかid:n_euler666さんとかid:karimikarimiさんとか、あと水上悟志先生とか。

 緒方てい先生水上先生の双方からお話を聞けたので、これでお互いの関係とかそういうものを感じることができました(この二人は、歳は離れているがデビュー時期の近い漫画家仲間という間柄で、ぼくは緒方さんの方から思い出話を良く聞かせてもらっていたため)。


 二次会以降は主にRypさん、コロッサスさん、たまごまごさん(+ゴルゴさん中心に固まっていた人達)と話していたと思う。

 放課後WOのファンが二人いて歓喜。来月出る2巻もよろしくね。


f:id:izumino:20081231233047j:image

放課後ウインド・オーケストラ 2 (2) (ジャンプコミックス)放課後ウインド・オーケストラ 2 (2) (ジャンプコミックス)
宇佐 悠一郎

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  • 今回もAmazonはWOに書影をつけないつもりなのか!?

 あとGUNPコンビとRypさん、たまごまごさんの肩を揉んだりしていました。この日はたまたま作務衣を着た格好で手当していたので、どう見ても本職ですありがとうございました。


帰宅まで

 始発の新幹線地元に戻って、友達の加納さんちに寄ってコミケ土産を渡したりしてから、昼過ぎに帰宅

 年越しは自宅で過ごしてます。良く眠れました。

Mon 2008.12/29

上京中

| 上京中を含むブックマーク

 冬コミ一日目はまったり一般参加して、会場内で永山薫さん・昼間たかしさんのコンビと遭遇できたので一緒に撤収。

 劇場版空の境界」第六章を観てから、探検はらはらさんと食事。連日のオフ会で消耗しきってたのか、この日はドロドロに疲れを残して眠る。


 二日目はコミケに参加せず、渋谷の某イベントに参加。西島大介さん率いるバンドライブなど観る。さやわかさん、ばるぼらさん、吉田アミさん、太田克史さん、小田切博さん、nanariさんらがおられたので話し込んだりしてました。


 旅疲れと睡眠不足が重なると、口内炎を切るのがいつものパターンなのですが、今回はペロの横側を切ってしまってやたら痛いです。

[rakuten:kenkoex:10002996:detail]

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Sun 2008.12/28

上京中

| 上京中を含むブックマーク

 26、27日と東京オフ会してました。

 あと三日間は、コミケエクス・ポに行く予定です。

Tue 2008.12/23

izumino2008-12-23

ジェンガは熱いスポーツ

| ジェンガは熱いスポーツを含むブックマーク

no title

 敷居さん宅の忘年会ジェンガを持参。パーティゲームにはこれですな。

 最終防衛ライン2id:lastlineさんと共に戦ったりしてました。


激闘
激闘 posted by (C)Raydive

lastlinelastline 2008/12/24 00:07 崩れる寸前もありますよー。http://photozou.jp/photo/show/86349/16262640

izuminoizumino 2008/12/25 02:14 写真追加で貼り付けてみました。

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Sat 2008.12/20

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Fri 2008.12/19

【研究用メモ】言葉にできない「読む」という行為

| 【研究用メモ】言葉にできない「読む」という行為を含むブックマーク

 去年書いていた神のみぞ「見る」のように、言葉に関する研究メモエントリにしておきます。

 実はちゃんと漫画の基礎研究に繋がる問題なのですが、研究テーマの前提となる話にすぎないので、今回も「オチ」はありません。

「よむ」の意味

 「よむ」と一言で済ます言葉には、複数の意味が詰まっていて、文脈で使い分けられている。

 辞書で調べてみると、「よむ」(あるいは漢字の「読」)は語源的に言って、「声に出して文字を読み上げる」(つまり「朗読」や「音読」)という意味合いが先行していたようだ。

 しかし現代では、「黙読」のケースで使われることの方が本流だろうと思う。


 では、「よむ」に関係する語彙を並べてみよう。

漢字として

 まずは漢字から。

  • (よ・む)
  • (しょう・ずる)
  • (よ・む、えい・じる、えい・ず)

 「誦」は「読」よりも「声に出して読みあげる」という「朗読」の意味に限定された字で、さらに「暗誦」と言うと、「文字を見ずに暗記して読み上げる」……つまり「そらんじる」という言葉になる。

 「暗−」と熟語にせずとも、「誦」だけで「そらんじる」の意になるようで、それは「目の前に書物があって読む」というスタイルではないのだから、昔の日本人が「誦」を「よむ」と訓読みしなかったのは当然だったかもしれない。

 なお、「読」を使った熟語で「暗誦」の意を表すのは「背読」。


 「詠」は、誦と同じく「声に出して」という意味合いを持つが、更に「言葉にフシ(抑揚)をつけて音を伸ばしながら」という、朗吟のように読み上げるニュアンスが加わる。

 言偏に付く「永」の字は、「言葉に長さを与える」という意のようだ。

 ちなみに日本語で距離を表す「長い」と時間を表す「永い」はどちらも「ながい」だが、漢字の「永」も距離・時間の双方の「ながい」に用いられる字だったようだ。だから「泳」は「水の中の距離を移動する」という字なので「およぐ」の意になる。


 また勿論、「詠む」は「作詞(詩)する」という意味でも使われるし、「詠む」「詠める」と書けば「なが・む」「なが・める」とも読む(「眺める」と同音同意)。

 「詠」は、字の意味が複数あるという、「読」や「誦」には無い特徴がある。


熟語/慣用句として

 次に、用法から。


a.音読(朗読)/読み上げる

b.黙読


 このふたつに二分されるのが、第一として……。

 「言葉意味を理解する」というニュアンスの用法もある。慣用句で表現するなら「読み取る」だろう。


c.読み取る


 いわゆる「識字」というものは、文字の音を「声に出して読み上げられる」かどうかは問題としないため、


「読みがわからない漢字でも、私は読めます」

「発音のわからない外国語でも、私は読めます」



……つまり「読み上げられないが、読み取れる」という、一見パラドックスのような言葉遣いでも意味が通ることになる。

 ちなみに今はどうだか不明だが、以前の欧米では「他国語スピーカー」に対して「他国語の識字者(literate)」が少なかった(自国語の識字者すらかつては少なかった)ために、日本人では多い「喋れないのに漢文や英文が読める」、つまり「読み上げられないが、読み取れる」タイプ人間が奇妙に感じられたのだそうだ。


 日本人がIT関係で「プログラム言語が読める」「ソースが読める」などと言う時は、この「意味を理解する」という使い方になるだろう。

 プログラム言語を声に出して読み上げる必要なんて通常は無いし、「プログラム言語の正しい発音」なんか知らなくてもプログラムは読み書きできるのだから(全くの独自の判断でテキトーにルビをふって、心の中で「読み上げている」人は多いと思う。この現象については後述)。


 また、この「読み取る」という用法の場合、人間ではなく機械コンピュータ)を主体にして「読める/読めない」という言葉遣いがされることがある。

 「コピー機が紙を読まない」というように、何かのデータ、つまり情報を理解したり解釈したり、中身を受け取ったりすることを「読む」と喩えているのであって、メタファーとしてはどことなく「食べる」や「飲む」に近いニュアンスもある。

 別にパソコンコピー機が、その情報を「読み上げ」なくても「読む」と表現するあたりで、「読み取る」の意に限定して「読む」を用いていることが確定だろう。

 機械が受け取った情報を、それ自身が「読み上げる」場合は、「再生する」「走らせる」「立ち上げる」「吐き出す」といったメタファーで言い表されるはずだ。

 純粋な音声読み上げソフトでないかぎり、データを与えた機械がそのデータ再生することを「読んでいる」とは喩えない。

 機械が「読んでいる」と喩えていいのは、データを「読み取っている」時だけであり、このことだけでも、今の日本人にとって「読む」という言葉が本来の「音読で字の音を読み上げる」という意ではなく、「黙読で文意を読み取る」という意が優先されていることの理解になるだろう。


 会議の席などで、誰かが「では、Aの書類を読んでみてください」と言った時に、声に出して読んでみろ、という意味で通じるケースは滅多に無いだろう。

 参加者にとっては「では、書類に目を通してください」と言われたくらいのつもりで……黙ってパラパラと書類をめくることになるだろう。

 決まった誰かを指定した上で、「では、(みんなに向かって)読んでください」などと言外のニュアンスを込めてようやく、「声に出して読んでみろ」という意味になるのであって、今の日本ではおそらく、「読む」という言葉を(語源的には)本来の「読み上げる」という意味で用いることは、むしろイレギュラーなケースなのだ。


 しかしこの「読み取る」を意味する熟語を探すことは難しくて、「積極的にじっくり意味を理解しよう」という言葉としては「熟読」「精読」があるが、別にじっくり読まなくても文章は「読める」のが普通なのだから、熟読や精読はむしろ「読み込む」に近い概念だろう。

 しいて言えば「解読」が近いが、自然に文章が「読める」ことをいちいち「解読」と呼ぶのは大袈裟だな。

 それだけに、「読む=読み取る」という用法が今は自然であり、単に「読む」あるいは「読書」と言って済まされている問題なのかもしれない。

 では中国語や、古典漢文では「読み上げる」と「読み取る」の違いはどう区別されていたのだろうか? 気になる。


 ちなみに英語の「read」は、この「文意を読み取る/意味を理解する」の傾向が強いようだ。

 英語で「聞こえますか?」と(声が聞こえるか、ではなく会話の意味を聞き取れるか、という質問として)電話越しに尋ねるのは「Do you read me?」と言うらしい。

 するとヒアリングの「hear」というのは「発音の聞き取り」(=「音の読み上げ」と対偶)であって、「発言内容の聞き取り」(=「文章の読み取り」と対偶)は「read」なのかもしれないね。


 また、「坊主読み」という日本語もあって、「言葉意味はわからないまま音の読みだけを読む」という意味だそうだ。「南無阿弥陀仏」を「ナムアミダブツ」と読むことはできるが、意味は知らない、というようなケースだな。

 そういえば「文脈文盲」という侮蔑語もあるけど、それは坊主読みに近いリテラシーを指すんだろう。


d.熟読(精読)/読み込む


 というわけで前出したが、これも「読む」のバリエーションのひとつ。積極的に文意や文章を理解しようとする読み方を指す。あまり聞かない言葉として「玩読」「味読」「クローズ・リーディング」というのもあるようだ。

 当然、黙読で読むことが多いと思うが、ブツブツ口ずさみながら読み込むこともあるだろう。

 ニュアンスとしては、熟読の場合「言葉に込められた意味」を、精読の場合「一字一句の言葉の表記」をそれぞれ確かめるという差があるかもしれない。


 「読み込む」は、ただの文章だけではなく、「裏(真意)を読む」、「先を読む」、「心を読む」というように「推測」や「推量」を指す使い方もある。「深読み」もそう。

 ただ、「先を〜」や「心を〜」の場合は、意識的でなくとも自然に理解できることもあるので、これらは「読み取る」でも「読み込む」でもどちらにも当てはまる使い方かもしれない。

 ちなみに心理学用語の「視点取得」は「マインドリーディング」の訳語なのだが、人間の視点取得という機能にしたって、自然に「読み取る」場合もあるし、意識的に「読み込む」場合でも当てはまるだろう。


e.抄読/流し読み・飛ばし読み・拾い読み


 これは「読み方」の問題で、飛ばし飛ばしに「文意」を読み取ろうとする場合もあれば、「音訓の読み」だけを(坊主読みで)読み取るケースもあるだろう。

 「文意」の飛ばし読みは「熟読」の対義となり、「音訓」の飛ばし読みは「精読」の対義となるのかもしれないな。


既存の言葉には無い「読む」

 実は、以上の用法の中に含まれず、しかし自然に私達が「読む」という言葉ニュアンスの中に含めている行為がある。

 それはどれだけ辞書をひいてみても、載っていない言葉なのだ。


 「声に出さずに、心の中で読み上げる」という「読み方」である。


 例えばHTMLタグを手打ちで入力する時や、開いたソースを読み取る時などに、心の中でその「読み」を唱えながら読み書きしている人は多いはずだ。

 自分の場合、blockquoteは「ぶろっくくぉーと」だし、alignは「アライン」と正しく読むこともあれば、キータッチする時に「あらい…じーえぬ」と読むこともある。


 たまに気分のノリが良い時などは、ブツブツ口許で呟きながら「読み上げる」こともあるだろうが、私達はこれらの「ルビがふられていない音」を「黙って」「読み上げて」いる。

 では、この行為を日本語ではなんと言い表せるのだろうか? 漢文では? 英語では? ……知るかぎり、どこにも載っていないのだ。


 特に「抑揚(イントネーション)をつけて読み上げる」という、「誦」や「詠」と同じ要素を加えた読み方ともなると、全く言葉が見当たらないのだ。


 単に「誦ずる」「詠む」と書いた場合、辞書的には「声に出して」という前置きがどうしてもついてまわるのだが、今の人間は「声に出さずに心で読み上げる」というスタイルの方が全然自然なはずだ。


 「黙読」ではダメなのか? とまず思われるだろうが、音読の対義語でしかない「黙読」では、「心の中で抑揚をつけて読み上げる」というかぎられた意味に特定することはできない。

 字を見て意味を読み取るだけや、飛ばし読みすることすらも、広く「黙読」の中に含まれるからだ。


 繰り返して強調すると、この「黙って読み上げる」というのは誰でも自然にやっている読み方である。

 オタクなら小説を読む時に、好きな声優脳内CVをつけて台詞脳内再生するスキルが身につくものだが、それだってまさにそうだ。


 著名人か知り合いのインタビュー記事や対談を読む場合でも、脳内で本人の「話し声」が文章にオーバーラップして流れるように読んでしまうことがあるはずだ。


「ピンポーン♪」


……という表記を見ても、頭に浮かぶのは「ピンポーン♪」と喋る誰かの「声」だったり、実際に鳴るチャイムの「音」だったりするはずだ。


 反射的に音が再生されてしまう時は、「読む」というよりむしろ「聞こえる」と感じることすらあるだろう。


 また、特定の声優や人物なんかを想定しなくても、「なんとなくイメージできる架空の喋り方や声質」を思い浮かべながら、小説漫画台詞を読む人もいるだろう(これは実際に何人かにアンケートしてみて確かめてみた)。


 それはキャラが喋る台詞にかぎらず、地の文でだって行われることだ。


「ふるいけや かわずとびこむ いけのおと」


 こういう句を黙読する場合、声に出すわけでもないのに、心の中では「ふる・いけ・や〜」「かき・くえ・ば〜」と抑揚やリズムをつけて「読ん」だりはしないだろうか?


 そういえば「速読」というのは、同じ黙読でも「心の中で声に出さずに素早く意味を読み取る」という読み方を指すのだろう。

 この、「心の中で一音ずつ読み上げる(意味は読み取れなくてもよい)」という「ふる・いけ・や〜」式の読み方とは、全く正反対の読み方が速読なのだろう。

 速読法の場合は、一字ずつ読み上げたりせずに「これは芭蕉だな」とか、「ハイ、蛙が水に飛び込んだ」などと素早く認識することを目指すのだろう。


では問題

 この、黙って読み上げる「読み方」をなんと言い表すべきか? をちょっと考えてみなければならない。

 造語としては「黙誦」や「黙詠」がジャストかもしれないが、なんとなく大仰だ。


 ちなみに速読と正反対の読み方だとさっき触れたが、日本速読・記憶法セミナーでは「内読」という造語を使っている。

  音読では、(中略)読むのが遅くなってしまうのです。しかし、さらにやっかいなのは「音読している意識がない人」です。口元が動いている人ならすぐに気がつくことができますが、音読をしているのに声も出ず口も動かない人がいます。これを内読といいます。このやっかいな内読の癖を克服するには、先に読み急ぐトレーニングを繰り返します。

 しかしこの「内読」という用語は、上記の通り「一音ずついちいちゆっくり頭の中で発声してしまう」というネガティブな面をアピールしているので、あまり使いたくない言葉である。

 文章に気に入ったフシやアクセントをつけて、リズム良く読みすすめることを楽しむ、という行為の説明にならないのも、うまくない。

 でもこのセミナー欧米由来の原理に基づいているらしいので、この「内読」の対訳が何なのかは気になる所だ。誰か調べてほしい。

 「祈る」「唱える」「念じる」という言葉は、実態として「黙って読み上げる」に近い行為を言い表しているが、宗教的なニュアンスが先行してしまうのでイマイチ使いがたい。

 黙祷のことを英語では「silent prayer(黙って祈る)」と言って、これをもじって「silent player(黙って再生する)」と表現するのも面白いかもしれないが、まぁ懲りすぎかな。


 ちなみに「黙想する」は英語で「musing」となり、ミューズギリシャ神話の詩の女神)が語源になっている、というのは少し興味深い。

 やはり「心の中で詩を口ずさむ」→「黙想する」、という連想で生まれた言葉なのだろうか。


オチにならないまとめ

 このように「黙って読み上げる」という、ごく普通の行為にも関わらず、それを表す言葉が無い、という事実そのものが示唆していそうなことがある。

 「本を一人で黙々と読む」という読書の仕方が、ごく最近になってようやく民間に広く認知されたのだ、という人類史上の経緯だ。

 古くは「読む」と言えば「読み上げる」の用法で満たされていて、「(人前で)どう音読するか」を言い表す語彙はバラエティに富んでいるのに対し、「(一人で)どう黙読するか」を細分化して表現する語彙はほとんど発達しなかったのだと思う。


 あと、口語文体の発明(話し言葉で書かれた文学近代発明であり、文章は書き言葉で書かれるものだった)にも関係してるかな。

 文語の黙読は、台詞のように「イントネーションをつけて脳内再生する」必要も無いだろうし。

 いやでも、詩のたぐいならば、脳内再生する時でもイントネーションリズムが必要なはずだ……。戯曲だって台本を「読む」時は脳内再生されるはずだ。


 熟語では「口吟」と言って、「口ずさむように詩を読む」という意味言葉はあるのだが、これも小声や口の中で口ずさむことを指しているのだろうし、「頭の中で読む」ことを指してはいないだろう。


 というわけでこれは、なかなか結論を出せない難問なのだ。

 漢文語学に強い人に相談できたらいいのにな、と思うくらい。

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Wed 2008.12/17

とりあえず宣伝

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クイック・ジャパン81 (Vol.81)クイック・ジャパン81 (Vol.81)
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 今出ている『Quick Japan』で、見開きのインタビュー仕事をしています。

81号紹介「漫画の底力」 | クイック・ジャパン - QuickJapan

大場つぐみ/小畑 健――『バクマン。』は『DEATH NOTE』の最期から始まる

小山ゆう――長寿連載を続けるということ

槇村さとる――「成長」に寄り添い続ける

神尾葉子――恋愛漫画で在り続けること

・[レポート井上雄彦「最後のマンガ展」「マンガを読む」ということを体感する

曽田正人――「キャラクターが動く」とは何か

・[レポート西島大介の1日漫画教室

五十嵐大介――「目に見えないもの」をいかにして描くか

くぼたまこと――何の説明もしないずうずうしさ

・描き下ろし8ページ漫画!! くぼたまこと天体戦士サンレッドQJ出張版―』

新井英樹――漫画暴力社会を変えられるか

[証言]夏目房之介BSマンガ夜話』に見る、漫画語りの魅力

オノ・ナツメ――キャラクターは、永遠に広がり続ける

浅野いにお――誰も「見たことない」漫画を描く

桃森ミヨシ――ブレない情熱を注ぎ込む

・[評論]大塚英志 近代を擁護するということは「パクリ」を擁護することでもある

ハロルド作石――音楽が終わったら(―When the music's over.)

 この中の、夏目房之介インタビューの聞き手と構成を担当しました。

 先月の11日に取材していたものですね。

 読んでみてください。

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Mon 2008.12/15

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Fri 2008.12/12

真の太陽暦カレンダー

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 「はてなカウンティング」というサービスを利用して、365日(閏年は366日)の日にちを確認できるカレンダーブログパーツとして作ってみました。



 今ある普通グレゴリオ暦カレンダーは、もはや太陰暦とも月齢とも全く関係が無くなっているというのに、一年を十二ヶ月に区切ろうとするのがおかしいのです。

 一年の推移は、365日を一単位としてカウントした方が時間の流れをイメージしやすいに決まっています……しかし今更現在カレンダーを捨てることができないのなら、せめて「個人用のカレンダー」を持って時間を過ごすことが重要なのではないでしょうか。

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Tue 2008.12/09

瞳のハイライトの表現史[ざっくり版]〜星の瞳のハイライト

| 瞳のハイライトの表現史[ざっくり版]〜星の瞳のハイライトを含むブックマーク

漫画表現の中の、光を反射しない眼について - ポンコツ山田.com

漫画の中でしばしば見かけられる表現として、「つや消しの眼」、「光を反射しない眼」があります。百聞は一見に如かずと言うことで、例をいくつか挙げてみましょう。

f:id:yamada10-07:20081208173034j:image

うしおととら 愛蔵版 11巻 p143)


(中略)


私たちは特に誰に説明されたわけでもなく、これらの表現を受け入れ、ある一定の解釈をしています。

大体の場合において、眼が光を反射していないキャラを見ると私たちは、「そのキャラ正気を失っている」のように解釈するのではないでしょうか。


(中略)


広く使われているこの表現ですが、いったい誰が使い始めたんでしょうね。広まっているからそうとは感じませんが、現実にはまずありえない表現でもって何かを表象するというのは、非常に偉大な先駆です。

 はてブのコメントにも書いたことですが、表現の歴史の順序としては「黒目のハイライトを消す」表現の流行ではなく「黒目にハイライトを加える」表現流行から考えるべき問題ですね。

 ディズニーから初期の手塚まで、瞳はただの黒丸(というか白目自体が無かったりする)だというのが元は「普通」だったわけですから。*1


 だからまずは「ハイライトを描かない方が古典的」で「ハイライトを入れるのは先進的だった」という前提で語った場合、ハイライトなるものは「表現として、消すもの」というより「表現として、加えるもの」と言った方が実際に近いということになります。


 そうすると、ハイライトを入れることで漫画表現に何が加わったか、ということを考えないと話を始められないのですが、ざっくり論じてみましょう。

 端的に挙げられる点をひとつ挙げれば、それは(従来から良く指摘されているように)キャラクターの「内面」の有無です。


 瞳にハイライトを加えることで、漫画キャラクターはその内面を読者に訴えるようになった、という表現の進歩がまず漫画界にはあったはずです。

 そして、なぜハイライト内面を感じるかというと……様々な説明は可能だと思いますが、個人的には「その瞳が見ているもの」を映しだしているような気に読者がなれるからだと考えています。


 人と見つめ合った時、その瞳の中に「自分の姿が映る」場合、人間は「相手は私を見つめている」と感じます。

 それと似たように、「瞳の中に映っているもの」は「その人が見ているもの」を教えてくれることになります。

 まぁなんで、目が$マークになったりハートマークになったりした時に「その人がお金や色気に目を奪われている」ように思えるかというと、そのキャラが「$やハートを見ている」のだと読者が思うからでしょう。

 『巨人の星』のように瞳を燃やしているキャラを見ても、「そのキャラの目は炎を映している」のだと読者は考える。

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 で、$や炎ではなく、ハイライトの場合は「(少なくとも)小さな光だけは映している」という、ただそれだけの情報を読み取ることになるのでしょうが、瞳が黒丸だった場合は「共感できる情報ゼロ」なのに対して、「少なくとも光を見ている」という共感情報を得られるというのは、大きな差があるはずです。


 人間は他人の内面というものをとにかく認識しておきたがる下世話な生き物で、更に言えば「ちょっとでも知覚を共有できればその内面と一体化できた気になれる」という楽天的錯覚もしやすいものなので、「少なくとも光を見ていることだけは通じる」という程度の共感でも、そこに内面を読み取ったような気になれるのでしょう。


 ちなみにこれは、絵という情報の少ないメディアだから「瞳のハイライト」が内面理解の決め手になるだけで、日常生活では「呼吸音」や「衣擦れ」などの「肉体音」が決め手になってるんじゃないかと思います。

 呼吸音や発声が聴こえるということは、相手の体内の音の反響を聴いているということであって、そこから相手の身体的な主観感覚(つまり内面)を共感情報として読み取ることができるから。

 だから「息もせず音も立てない人」、というのは我々にとって相当不気味な存在になるはずだと思います。


 で、話を戻すと、だから漫画の場合、まず作品単位で考えてみれば「ハイライトの無い古典的な漫画」と「ハイライトのある新しい漫画」とでは、作品全体の雰囲気からして異なると考えられます。

 前者の方が、後者よりも「人間内面を感じさせない」作品になっているはず。

 また、タフで快活な、裏表の無いスーパーヒーロー(※だからそれがちょっと怖くもある)が活躍しやすいのも、前者の作風だと思います。


 『赤胴鈴之助』とかですね。上下のキャライメージと見比べてみてください。

f:id:izumino:20081209141341j:image f:id:izumino:20081209141643j:image


 で、次に「同じ作品の中の」キャラクター単位ハイライトの有無を描き分けるような手法を考えてみます。

 ワンピースがまさにそうで、ルフィのような内面を読み取りづらい、器の大きなキャラ……というか要するに「赤胴鈴之助」的なタフで裏表の無いキャラは黒丸の目ですし*2、ナミのように繊細な傷付きやすさを持ったヒロインにはハイライトがあります。

 まぁ、昔から漫画に出てくるヒロインにはマツゲと瞳のハイライトを入れる」というお約束がありまして、単なる「少女であることの記号」のような意味があるのかもしれませんが。だとしても、「タフなヒーロー」と「内面のあるヒロイン」を描き分けていることにはなりますね。

 吉崎観音なんかは、そういうキャラ間の落差ってのを意識的にやっている。


 そしてようやく、この次の段階から「一人のキャラクターで」ハイライトの有無を描き分ける表現の意味を考えられるわけですね。

 これは「キャラデザの描き分け」などではなく、複雑な感情表現に関わる手法ですから、「描き手がどんな気分になって描くか」、というのも重要なポイントとなります(読者からどう見えるか、だけでなく)。


 キャラクターの感情というのは、基本的に「漫画家がそのキャラの気分になって描く」ことで「その気分が絵を通して読者にも伝わる」、という関係結果論として生まれやすいからです。

 漫画家は「自分がそのキャラの表情になったつもりで描く」ことが多いもので、読者もキャラの表情を眺めることで、無意識にその表情に感染したような状態になります。

 現実でも、他人の笑顔を見れば無意識にこっちも口の端が上がったり、瞳孔の閉じた猫の目を見ればこっちの瞳孔もすぼまる、といった反応は、実験的なデータが取れるはずです。

漫画をめくる冒険―読み方から見え方まで― 上巻・視点漫画をめくる冒険―読み方から見え方まで― 上巻・視点
泉 信行

ピアノ・ファイア・パブリッシング 2008-03-14


 先述した「相手の瞳に何かが映っていれば相手がそれを見ていると感じる」という共感にしても、原理的には「相手の瞳に何かが映っているという状態が、自分の瞳にも感染する」という結果として説明した方が早いのかもしれません。

 ですから、ハイライトの有/無は「内面の有無」を切り替えるスイッチであると同時に、ビフォー/アフターの落差によって読者に影響を与える表現となりうるのでしょう。


 細かく要素を考えてみれば、ハイライトが消えて白黒の比率が変わるということは、膨張色と錯視などの関係で「一気に瞳孔の面積が広がった」と感じさせたり、逆に「白目に対して黒目が小さくなった」という錯覚を感じさせると思います。

 「瞳孔が広がる」「目が小さくなる」というのは、そのまま読者が無意識に影響を受けてしまう部分ですね。

 立体感や奥行きも変わります。また、黒丸の瞳ではなく白丸の瞳を描いた場合は、白色の膨張があるだけでなく、「視界が真っ白にぼやけた」という盲目の表現にもなるはずです。

漫画表現の中の、光を反射しない眼について - ポンコツ山田.com

f:id:yamada10-07:20081208173034j:image

うしおととら 愛蔵版 11巻 p143)


 だいたい必要なことは書き出したと思うので、今日はここまで。

*1:もちろん、写実的な西洋絵画などではちゃんと瞳にハイライトを入れたりするのですが、これはリアルな見た目に忠実に描いたという結果なので、今回は考えません。でも西洋画家でも「瞳にハイライトを入れる/入れない」の表現にこだわっていた人がいておかしくないですね

*2ウソップでも黒目なので、彼はデリケートそうに見えて、かなりタフで底の見えないキャラでもある

Mon 2008.12/08

脳の中にファントムが、身体の中にニューロンマップが

| 脳の中にファントムが、身体の中にニューロンマップがを含むブックマーク

 昨日の日記で、「原理的にはラマチャンドランとダマシオの脳神経科学の仮説で説明できる」とした↓の実験結果ですが、シロウトなりにその理論をちょっと説明してみたいと思います。


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 ラマチャンドランとダマシオの理論を結びつけて語ったものはあまり見かけたことが無いのですが、個人的には、ふたつ合わせた方がぐっと脳科学の見通しがつきやすくなると考えています(専門的な意味ではなく、一般人が「人間の脳ってそういう風にできてるんだな」と思えればそれでいい、というくらいの意味ですが)。

 なので専門的には間違った解釈もしているかもしれませんが、「いずみのの身体感覚では、このように認識すれば腑に落ちる」程度の解釈だと思ってください。

 あと、もともと本に書かれていた科学的な問題をむりやり短く説明しているだけなので、冗長だったり読みにくかったりするのはご了承ください。


ファントム

 ラマチャンドランの言う「幽霊ファントム)」というのは割とポピュラーな概念で、人間は「脳」が直接「身体」を認識して操っているわけではなく、身体と同じ形をした「幽霊のようなもの」を脳の中で仮想的に作り出し、実際の身体に重ね合わせている、と考えるものです。この「幽霊のようなもの=ファントム」はニューロンマップ、身体マップなどとも呼ばれます。


 この「ファントム」の存在実験でどう確かめるかというと、事故などで後天的に身体を欠損した患者に協力してもらい、「物理的には欠けている部分」を「脳は欠けていると認識していないらしい」ことのデータを取っていきます。

 漫画などでも良く出てきて有名な、失ったはずの腕などがまだあるように感じるという「幻肢」「幻視痛(ファントム・ペイン)」はまさに、肉体の状態とは異なるファントムの状態を脳は認識していることを証明してくれています。


 また、ファントムの形状は、人が赤ん坊として生まれてから後天的に形成されていくもので、成人するまでに一度形成されたものは、後から形を変えるのが難しいらしい、という要素も重要です。


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  • 脳神経に「後天的経験によって形を確定させていく可塑性」がある、という話はこっちの本が参考になる

 『テレプシコーラ』の1巻に「12歳を過ぎたら、その人にとっての自然な姿勢は決まってしまって直せなくなる」というようなバレエ教師の言葉が出てきますが、この自然な(=基準となる、デフォルトの)」姿勢というのも、ファントムの形状が決まることで確定してしまうわけです。狼少女のように、四つんばいで育った子供は、「四つんばいのファントム」を身体マップとして持つようになり、それ以外の姿勢は「無理な姿勢」として認識するようになります。

 例えば硬いゴム製の人形は、無理やり力を加えてポーズを変えることはできますが、手を離せば元のポーズに戻ろうとするようなものですね。


 ゴムなら「熱湯に漬けてから形を変えればその形で固まる」という性質がありますが、人間ファントムはそう簡単に形が変わらないようです。身体欠損による幻肢痛は、だから「実際の身体の状態」とは関係無く、固定された「身体マップの形」を覚えつづけているのでしょう。

 ただし幻肢痛も、リハビリを続けていれば治まることがあるようで、(12歳を過ぎてから学ぶバレエの姿勢のように)ある程度は時間が解決してくれる問題なのかもしれません。思えば、人間には「老衰」という身体の変化がやがて訪れるものですが、「若い頃のままのファントム」を持ち続けていると苦労することになるでしょう。ファントムとは、「身体の状態とは関係無くその形を維持しつづける」のと同時に、「身体の状態に影響を受けて形を変えていく」もののようで、どういう要素が「後天的ファントムの形を変える」フィードバックの刺激となりうるのかには興味があります(←これ、バレエのようなアートだけでなく、武術スポーツ自己啓発や、宗教的な「悟り」の境地にも関係してくる問題だと思ってます)。


 ちなみに、身体マップ後天的に形成されるものなので、例えばサリドマイド患者のように「生まれた時から腕が無かった」というような人の場合は、そもそも「腕の無い身体マップ」が作られるため、幻肢痛は起こらないと考えられています。


 人間の脳は、実際の肉体の状態や姿勢よりも「脳内ファントムの姿勢や形状」を優先的に認識しているため、色んな方法で「脳をだます」ことができます。

 脳は五感(主に視覚)を用いて「今自分の身体はどんな状態か」を時々確認しているだけで、その確認作業で間違った情報(ただしファントムの状態とは矛盾しない情報)を与えてやると、あたかもその「実際とは異なる身体状態」を自分のものだと思い込むようになります。

 今回のスウェーデン実験も、このファントムの状態と矛盾しなければ間違った情報でも違和感無く認識できる」という誤認の原理に基づいていると考えられます。

 それは逆に言えば、ファントムの状態を裏切るような情報を与えられた時に、人間自己存在違和感を覚えるということでしょう。


ホメオダイナミクス

 次に、なぜ人間ファントムというものが必要で、しかも身体マップの形を固定しなければならないかというと、恒常性(ホメオスタシス)のある自己保存のためなんですね。

 仮に、腕を怪我するたびに「この怪我した状態が正常なんだ」と脳が認識してニューロンマップを即座に上書きしてしまうと、その腕を治そうという気にもならないでしょうし、治したとしても「怪我する前の自然運動」を身体が忘れてしまうかもしれません。


 この「身体マップ恒常性」が生命自己保存に役立っている、とアントニオ・R・ダマシオは考えます。

 ダマシオがその本の中で「幽霊ファントム)」という比喩表現を使うことは無いのですが、彼の考える「身体マップ」がラマチャンドランの言う「ファントム」とおそらく同一のものであるというのは、ほぼ間違い無いでしょう。


 また、更に「身体マップの形に戻ろうとする性質」をホメオスタシスという静止したニュアンス(「ホメオ」が「恒常」という意味で「スタシス」が「静的」という意味)の言葉ではなく、ホメオダイナミクスという動的なイメージのある言葉で呼んでいます。例えば、「おなかが空く→おなかを満たそうとする」という運動や、「太る→痩せたい」という違和感や、「眠る→目を覚ます」という生活パターンも、このホメオダイナミクスのおかげで機能しているものだと言えます。


 人によっては「理想の身体イメージ」というのがあって、それに実際の肉体が「一致しない」ことを残念に思うこともありますが、これは「デフォルトとするべき身体マップ」を脳が実際とは別の形で保存しているからかもしれません。

 子供は小柄で体重も軽いために動きやすいのですが、その状態でファントム記憶してから運動不足のまま大人になった人は、「不釣り合いに重くて大きな身体」に戸惑いつづけるかもしれません。成長期から成長が止まるまでの間に「ファントムと実際の肉体を一致させる努力」を怠った人はそういう苦労をしかねないわけですね。だから太極拳ヨガ、舞踊などの芸道は、そんな「ファントムと肉体の不一致」を解消するために伝えられているものだとも考えられます。


 そしてダマシオは「仮想身体ループ」(「the as-if-body-loop」、「あたかも身体ループ」とも訳される)という仮説を用いて、人間の「思考」と「肉体」の関係を解き明かそうとします。

 ダマシオの考える身体マップ、つまりファントムは完全に静的なものではなく、ある程度の基準(デフォルト値)を持ちながら変動するものだと考えています。その変動はホメオダイナミクスによって元に戻ろうとするのですが、ずっと同じ形をしているのではなく、呼吸によって伸縮を繰り返す胸郭のように、絶えず波のあるイメージです。

 その変動は、肉体的な刺激(怪我したり、眠ったり、満腹したり、窮屈な姿勢を長時間強要されたり)が理由で起こることもあれば、精神的な刺激が理由で起こることもあります。

 例えば、怖くて萎縮した時に「自分が縮んだように感じる」というケースや、気分がいい時に「自分が膨らんで軽くなったように感じる」というケースは身に覚えがあるでしょう。


 脳は、ファントムの状態を保存するために「もっと猫背になれ」「ガニ股で歩け」などの命令を身体に送りますが、その命令は時々によって異なる場合があります。例えば「自宅でリラックスして満腹している時」と「おなかが減っていて寒くて眠くて疲れているのに猛獣に襲われている時」とでは、ファントムは異なったパターンの形状を取ります。

 そして、実際の姿勢を変えた結果として肉体的な刺激(動悸が激しくなる、苦痛が増すなど)が生まれ、再びファントムフィードバックしていく循環を「身体ループ」と呼び、特に精神的な刺激(つらい記憶を思い出すとか、猛獣に追いかけられるイメージトレーニング自己暗示をかけるとか)から始まるループを「仮想身体ループ」と呼びます。


 精神的に緊張した人が身体をこわばらせて、やがて肩こりが慢性化し、その苦痛によって「精神的なイライラ」と「緊張した姿勢」がクセになるという悪循環は、この仮想身体ループを繰り返した結果だと言えます。


 精神的なイメージによってファントムが変化する契機は、様々なケースがありうると思います。ぼくの持論では、「何かを見てそれについて考える」だけでも、ファントムは影響を受けると考えています。

宮崎清孝・上野直樹『認知科学選書 1.視点』p130〜

佐伯胖の視点論

 ここでこれらの問題を,佐伯(1978)の視点論を手がかりにしながら考えていくことにしよう.

 佐伯によれば,視点を設定するとは自己の分身としての“小びと”を生み出し,対象派遣してみることである.派遣された“小びと”がそこで様々に動いてみることをとおして,人間世界を理解していく.“無限に多用な小びとを生み出し,彼らにモノゴトのスミズミまでかけめぐらせることができたとき,「わたし」はそのモノゴトを「理解した」と実感できる”(佐伯,1978,p.18)

(中略)

 また“小びと”は人に“なって”みることもできる.私たちが盗難事件を理解しようとするとき,私たちの派遣する“小びと”は,泥棒に“なろう”としたり,逆に被害者に“なろう”としたりしてみる.その活動をとおして,私たちは事件をより深く理解していく.

 さらに“小びと”はものに“なる”ことすらある.ある機械構造を理解しようとするとき,私たちの派遣する“小びと”はその機械に“なって”みる.そこで“小びと”は自らをいろいろ動かしてみる.その結果,私たちはその機械の中の力の伝わり方やメカニズムを実感的につかんでいく.


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 これは「ミラーニューロン」という言葉も無かった頃における認知学のテキストですが、かなり腑に落ちる形で認識システムを言い表していると思います。

 ここで言われる「小びと」というのがファントムと無関係ではなく、「小びとの派遣」が仮想身体ループの契機となるであろうことは、疑いようもないでしょう。


メディアファントム

 「仮想身体ループ」という概念は、メディアと人の関係を考える上で重要ポイントです。

 映画漫画に感動した観客は、「主人公になりきったつもり」で劇場の外に出たり、本を閉じることがしばしばです。これは精神的にイメージしたこと(=小びとの派遣)やミラーニューロンが、ファントムを一時的に変化させた結果だと考えられるわけですね。


 メディアは日々、スウェーデン実験とあまり大差の無い経験を人々に与えています。人々がメディアから受けるファントムへの影響は、人間の形をした俳優だけとはかぎりませんね。絵画的なキャラクターであることもあれば、動物ロボットでもありえます。

 老若男女はもちろんのこと、幽霊にも妖怪にも人間はなることができます。「小びと」を派遣し、そしてファントムがその対象と似ていくように変化し、脳はその身体マップに近づくよう肉体へ命令を送ります(「痛がっている人を見ると痛い」「もらい泣き」「他人のセックスを見ると自分の身体も臨戦状態に入る」といったミラーシステムの反応はこうして生まれるのでしょう)。


 普通の人は、そういった「何かの理由があって自分の身体が変化する」という現象を「そう思ったから→身体が反応した」と考えがちですが(具体的には、セックス観察と臨戦状態の例えに対して「やりたくなったから興奮しただけだろ」とツッコみたくなる人は多いと思いますが)、思考と身体の間に「ファントムパターン変化」という要素が挟まっている、と考えるのが脳神経科学見解であるわけですね。

 すると、どういう状況においてファントムの身体マップが変化するのか、あるいは変化させられるのか、ということが、私達の生活や思考においても、大事な問題になってくるわけです。


 ダマシオの著書の中で二度目の邦訳である『無意識の脳 自己意識の脳』は、脳神経科学の学説を医学的に紹介した本ですが、より「人間が生きる上でのポイント」を論じた本として、三度目の訳書『感じる脳』があります。

 ラマチャンドランの本も、語り口がユーモラスで面白いのですが、個人的にはダマシオの方が実際に役立つ部分が多く、常々参考にしていますね。


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 人に脳神経科学の本をガイドする時は、ラマチャンドランで基礎的な脳の知識を覚えてもらってから、『感じる脳』で応用的な考え方を知ってもらう、というような順番を勧めていたりします。

コウコウ 2008/12/08 23:48 ゲーム中にうたた寝してしまい、夢の中と起きたときの両手の位置が違い、驚いたことがありました。寝ぼけてただけ、かもしれませんが。

izuminoizumino 2008/12/09 00:03 夢は、見る度に身体イメージをかなり変えてしまう経験だと思います。普通に考えてみても、「めちゃくちゃ感情移入させられる映画を体感コミで見てしまう」ような経験を毎晩するわけですしね。実はこの夢が、自己保存の役に立っているという考え方もあるようで、あながち悪いことではないのかもしれませんが。

銀太郎銀太郎 2011/01/07 11:03 初コメです。冲方さんの「テスタメントシュピーゲル」のテーマの一つが正にこれですね。この話では、両手両足が機械化された6人の主人公と2人の準主人公が登場するのですが、そのうち2人だけが先天的に両手両足がないんですよね。それゆえに2人は機械の手足の認識に絶えず困っていたのですが、最新刊になって、逆にそれが突破口になるという展開に繫がっていてので、この記事は興味深かったです。

Sun 2008.12/07

「人体入れ替わり」の錯覚実験

| 「人体入れ替わり」の錯覚実験を含むブックマーク

Expired

 この記事を読んだのは5日の日でしたが、面白い実験ですね。

 脳神経科学原理的にはラマチャンドランの言う「脳の中の幽霊ファントム)」と、アントニオ・ダマシオの「仮想身体ループ」の仮説で説明のつく実験結果ですが、メディアにおける同一化演出を考える上で重要ポイントだと思います。


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 「箱型を自分とは思わなかった」ってことですが、例えばどこまで人間に近い物体(ロボット動物とか)なら「憑依」が可能なのか? って実験は引き続きデータを取っていってほしいですね。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/izumino/20081207

Thu 2008.12/04

読んでみて「つまらない」と思える能力

| 読んでみて「つまらない」と思える能力を含むブックマーク

「最近のマンガがつまらない」系エントリに反応して面白い漫画を紹介しようとする前に - ピアノ・ファイア


 「いったいどういう読み方をしてしまえば面白い漫画をつまらなく読んでしまうのか」を先に考えた方がいいと思う、な!


 昨日の日記でこういうことを書いたのでその続きとして。

 この手の「つまらないと感じるのは自分のせい」という意見を聞くと「どんな漫画でも面白く感じられるようにならなければ……」などと求道的に自分を追い詰める人もいるんじゃないかと思うのですが、それは良くない発想なんじゃないか、という話を付け加えておきたい所です。


 なんせ実際、ぼくが立ち読みで読んでる漫画の大半はつまらないと思ってますからね。


 ここで石を投げずに聞いてほしいのが……別に投げながら聞いてもらってもいいんですが……、「何かを面白いと思って受け入れるには愛情情熱を割り振らねばならない」ということであって、趣味を持つ人間そのキャパシティを節約して生活する知恵も持っていて然るべき、というハナシです。

 自らの趣味嗜好を正確に自覚し、好みから外れるものは淡々スルーしていく態度は、別に恥ずかしいことではないと思います。

 教養として読むのならまだしも、娯楽としての漫画グルメや異性の好みなんかに喩えていいもので、「好みでもない相手を味わいつくそう」なんて態度は、むしろ「がっつく」ような野暮に映るんではないでしょうか。


 「面白いとされる漫画は全部面白いと感じたい」というのは「きれいめの異性には全員に惚れたい」「他人がうまそうに食ってるものはみんな美味しくいただきたい」と考えるようなものですね。

 まぁ社会的には身についていないと困る能力なのですが、「出会った異性に片っ端から入れ込んだりしない」のが人として自然な態度なのと同様、漫画も個人的な興味が湧くまで積極的に面白がる必要も無いのです。


 つまり「どういう読み方をすれば面白い漫画をつまらなく読めてしまうのか?」という問題は、自覚できていなければ読み手の欠陥なんですが、自覚できていれば能力なんですね。


 あくまで肝心なのは、「今は自分のために面白がらないでいるのだ」と意識しておくことであって、「(一苦労だけど)読み方を変えてしまえば面白くなるはず」「自分以外の誰かがこれを面白がっていることは間違い無いはず(自分はその誰かではないけど)」というイフの可能性は常にイメージしておくことですね。


 そして最後に、「自分の好きなもの」をちゃんとしっかり持っておくこと。あとは嗜好が微妙に重なっている人とのコネ*1をたくさん持っておくこと。このふたつに尽きますね。

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*1:贅沢言えばオフで、贅沢言わないならオンライン

Wed 2008.12/03

コンビニ日記

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 今日は12月3日の水曜日コンビニサンデーマガジンと『月刊少年ライバル』と『ジャンプSQ』が並んでいます。

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 いつものごとく金田達也『キミタカの当破!』と宇佐悠一郎『放課後ウインド・オーケストラ』から読む。

 放課後WOは単行本2巻発売記念、来月は巻頭カラーとのことで、人気はちゃんとあるのかな?

 「モラトリアムの意義」を充実感たっぷりに描いてみせるのが主旨だったのがその2巻までだとすると(非常に面白いのでこの機会に2巻まで是非読むべき)、今号掲載の最新話は強豪ライバル校登場の回。

 (やっと少年漫画らしく)ガラッと雰囲気が変わって驚きですね。

 部活の内部だけをモラトリアム的に描いて終わる作品かとイメージしていたらそうでもなく、「外の世界」も描く気があったのね。


 しかし「出来たて寄せ集めクラブ」が「常勝強豪クラブ」に挑むというのは定番なんですが、「常識で考えたら勝てない」というか「これで勝ってしまったらリアリティが壊れる」くらいの無理な勝負のはずなので、読んでるこっちまで心配する展開です。結局「勝たさない」方向に行くのかもしれませんけど。

 あと、お気に入りキャラである小宮山センパイの出番が増えるのはいいのですが、曖昧なままだった性格(=キャラ)や立ち位置が固まっていってしまうのはちょっと悩ましい気分。

 キャラクターっていうのは本人の資質だけではなく「立ち位置」でキャラが決まるもんですからね……。


 マガジンでは『EX少年漂流』の山田恵庸*1が、長年の沈黙を破って本誌に復活した『エデンの檻』第2話が掲載中。期待しつつ注目。

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*1:「よしのぶ」と読む

Mon 2008.12/01

今日のニュース

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 今週のジャンプネウロがたまりませんでした。

べびプリ日記の立ち絵とロゴがリニューアルBabyPrincess公式)

 レイアウトクリスマス仕様に。なんだろうこの多幸感。


電撃G’smagazine (デンゲキジーズマガジン) 2009年 01月号 [雑誌]電撃G'smagazine (デンゲキジーズマガジン) 2009年 01月号 [雑誌]

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  • 本誌も次号で新展開だそうで、ここまでの安定感と完成度が高かっただけに期待と不安がごちゃごちゃと混ざりますね

ラノベ読んだ/風見周『女帝・龍凰院麟音の初恋』1巻

| ラノベ読んだ/風見周『女帝・龍凰院麟音の初恋』1巻を含むブックマーク

 三田誠イスカリオテ』に続いて、今はなんとなく「ラノベ読んでみよう」という周期なので、友達が感想書いてたラノベを一冊読んでみました。

女帝・龍凰院麟音の初恋 (一迅社文庫)女帝・龍凰院麟音の初恋 (一迅社文庫)
風見 周

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人よりもちょっぴり巨乳が好きな高校一年生である俺―月見里悠太は、人生最大のピンチに直面していた。なんせ、夏休みの記億をきれいさっぱり無くしてたんだ。しかも、忘れちまった夏の間に俺はとんでもないことをしでかしてしまったらしい…。なんと「学園の女帝」と恐れられる超堅物の風紀委員長にして、日本有数の大財閥のご令嬢、アイドルも逃げ出す超絶美少女・龍凰院麟音と恋に落ちたみたいなんだ。―なに?おいしいシチュエーションじゃないかって?バカ言うな!麟音はなあ―天下無敵のど貧乳なんだよ!巨乳命の俺にとって、なんの魅力もないんだ!

 話の骨組みは正道のベタベタで、「主人公の胸の嗜好」と「ヒロインの胸のサイズ」を逆転させてエロを抜いた『修正報告』(もう三年前の作品か……)のようなドラマ構造


 まぁなんでこの本を選んだかというと、ウチは何度も言ってるように「ものすごい美少女」の話が大好きなので、ラノベでどんなのがあるか調べてみたくなったのですが。


 その点、龍鳳院麟音は白雪姫とか髪長姫やトゥーランドット姫のごとく「世界一見た目が可愛い」みたいなルックス設定が付いている上で「自己認識では自分非モテだと思い込んでいる」という……いいねいいね


 でもイラストレベルで、そういうヴィジュアルの強さがあまり強調されてないのが残念でした。もっと描き分けようがあると思うのに、なんでそんな普通ヒロインっぽく描くのだ……、ライバルヒロインも「麟音に次ぐ超絶美少女で学園一の爆乳」とか書かれているけど絵的にそれが表れてないのがな〜。

 ……という、かぎられた読者の嗜好によるニーズの主張でした。

Age of War

| Age of Warを含むブックマーク

 ここ最近のヒマ潰しに、というか時間潰しに攻略していたFlashゲームAge of Warを四日前に最大難易度(インポッシブル)でクリアしました。

 絶望的な戦いの果てにある勝利はいつも空しい……。

 仕事しろってことですね。


 ついでにインポッシブル攻略法メモっておきます。最適戦略を探し出すのに苦労しました。

 攻略法を知ってから遊んでもつまらないので「続きを読む」で。

続きを読む

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