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Wed 2009.10/21

「平凡への強制」という教育理念と、少年漫画に課せられた使命

| 「平凡への強制」という教育理念と、少年漫画に課せられた使命を含むブックマーク

 今日ネットで色々な検索をしていた時にひっかかったページ。

 リンク先は、ヤフー知恵袋の質問ですが(強調は筆者)。

女は愚かな大衆か? - チャールズ皇太子が皇太子事務所の女性職... - Yahoo!知恵袋

チャールズ皇太子皇太子事務所の女性職員の不当解雇裁判に関し、

「多くの人が実際の能力以上のことができると思い違いしているようだ。これは、誰でもポップスター、高裁判事、有能なテレビ司会者になれるかのように教師が教え、その結果夢を持っていれば必ず実現するというような勘違いをする、つけあがった馬鹿なガキが増えてきたからだ」

というようなメモを書いたとして問題になったことがありましたよね。

(中略)

民俗学者だった故・柳田国男も故・宮本常一近代教育本質とは「平凡への強制」だと言っています。

夢や理想ばかり遠くに見て地に足をつけず、果ては自分の夢と異なった現実に向き合うことを拒否して、やたら攻撃的になったり、引きこもりになったり(あるいは両方になったり)する者が増えているのは、“夢は必ずかなうもの”と教えこまれているためだと、チャールズ殿下でなくても思って当然でしょう。

安直若者夢を与えるということは、それを見事に叶える一人の人間と、挫折し失望する九九人の馬鹿人間を製造することになるということを大人は子供にしっかり教えるべきだと思います。


 文脈の正確なところが気になったので、「平凡への強制」でさらに検索してみる。

ページが見つかりません : DiaryNote

いい意味教育に熱心で、今小学校の教頭をやってる親父がいるんですが、以前教育について交わし合ったことがあります。世間知らずのダメ教師・ワガママなダメ親の問題から個性についての話になって、中途、珍しいことに意見が一致しました。

即ち、「叩き潰されるような個性は叩き潰すのが教育礼儀」。そして本当に「個性」のある人間を叩き潰せるほど、教育というものは万能ではない、とも。

(中略)

今回、興味があって少し調べてみたら、発言者がどうやら柳田國男と判明、続きも似たような内容でちょっと驚きました。

教育とは平凡への強制である」。そして「非凡な人は教育受けたくらいで平凡にはならない」と。呉智英が以前紹介していて話題になったこともある模様です。ただ残念ながら、出典は確認できませんでした。

教育の強制とは?:放浪するあすなろうの回想記:So-netブログ

個性とは何か。


個性とは、平凡を強制されても抑えられない感性個性だ。


そう私は考える。

であるから、平凡を強制する教育でいいんだ。

『教育とは平凡への強制である』 ( 習いごと ) - コニヤンの公式ブログ『今日も笑顔でボチボチです!』 - Yahoo!ブログ

後で調べると、「教育とは平凡への強制」という言葉は、民俗学者柳田國男だったのだ。

たまげた。こりゃあすごいことを学んだ。

同じく民俗学者宮本常一さんは、その言葉の後に「非凡な人は教育を受けたくらいで平凡にはならない」と補足している。

(中略)

考えてみれば、私たちの日常というのは、平凡きわまりない日々の繰り返しよね。そしてこれから君が3年生になって学校に復帰し、高校にもあがっても大学に行ってもやはりそのくりかえしやと思う。そういう意味では、まさに『教育というのは、平凡への強制』と思う。


 こういう考え方が近代教育ベーシックだとしたら、今週の『めだかボックス』の理事長の発言(「一人で生きていける天才の大量生産こそが教育者の悲願だ」みたいな)って、教育関係の人が読むとまた思うところがあるのでしょうね。


 しかしめだかボックスはさらに少年漫画なことになっていて、要するに子供夢を与える少年漫画っていうのは、夢を見させるのと同時にヒーローになれない人生を送る凡人たちへの癒しにもならなきゃいけない物語なんですよね。

 このふたつが両立してはじめて、少年漫画*1子供から大人まで読み続けられるようになる。


 つまり、少年漫画の裏テーマ「平凡な人生に耐えろ」なんだ。これは藤田和日郎の「瞬撃の虚空」なんかを読めば良く伝わってくることだと思います。

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 そういう意味で、めだかちゃんは周囲の人間達に「(ヒーローには憧れるけど)俺たちは凡人でいいんだ、天才ではない生き方もあるんだ」と思わせられるようなタイプの天才でなければいけなくて、実際、そういう人間として彼女は描かれている。

 一般人として生きていかなければならない人間たちに対して、コンプレックスを与えることなく、「自力で叶う夢」を追わせるように支える――願いは叶えないが悩みは解決する――のがめだかちゃんの使命なんですよね。


関連:身辺雑感/脳をとろ火で煮詰める日記: 『めだかボックス』概観;めだかの支持率98%設定と天命説

 リンク先は孟子君主論と絡めた『めだかボックス』の話ですが、コメント欄のこのコメントが良い。

原作者デビュー作から多くの著作の中で、いろんなタイプの天才を出しているので、天才慣れ、というか天才の出し慣れをしている気がします。

だからこそ生まれたのが、欠点がないゆえに、愚民どもに嫉妬されてしまうという天才特有の欠点すら、克服した超・天才がめだかちゃんなのです!

とか言ってみます。


Posted by: 名無しさん: 2009年10月20日 18:23

*1キッズアニメでも、特撮ヒーローものでもいいですが

tackmantackman 2009/10/22 09:28 性善説ってフレーズだけから儒教連想するのはどうかなあと思いますが。孝がテーマの話とかありましたっけ。/ 日本人なら儒教という主張は首肯しかねますね。西洋化したんだから聖書くらい読まなきゃ!っていうのと同じに聞こえます。

izuminoizumino 2009/10/22 10:51 コメントありがとうございます。基本的なリテラシーとして王覇論などは知られている「べき」だと思います(知っていればすぐ雲仙との会話から連想できるレベルだし)。いまどき聖書知識がない人とかも、残念な人なんじゃないですか。もしまるで知識がなかったら、フィクションの元ネタの大部分が理解できなくて可哀想ですね

tyokoratatyokorata 2009/10/22 13:13 はじめまして 平凡の強制の下りはわが意を得たりと言う感じで呼んでて面白かったです 西尾幹二の講談社新書の『自由の悲劇』の中の一説にも似たような事が書いてあったので、またお読みください。もう読んでたらすいません。
逆に性悪説を主体にした漫画ってどれくらいあるのでしょうね。ネウロやプラネテス、成年漫画は殆ど合致しそうな気がします。トライガンは両方に拮抗していると思いますが。

izuminoizumino 2009/10/22 14:46 >tyokorataさん コメントありがとうございます。まぁぼくも、教育理念としての「平凡への強制」云々は引用しているだけで、完全に賛同しているわけでもないんですけどね(儒教自体も、別に信奉したいわけではないのと同じように)。だからこそ、教育の反動として「夢を与える物語」がきちんと存在することに価値を置いているわけですし。//ちなみに日本人で性悪説の作家といえば、梶原一騎が最高峰な気がします。

reds_akakireds_akaki 2009/10/22 16:38 近代教育の理念と目的は「平凡への強制」ではありません。「人格の完成」です。"本質(隠れたカリキュラム)"として平凡への強制があったとしてもそれは「本音」だ、教育の本質じゃない。平凡で/非凡で在ったり無かったりする事で腐らせる様な教育がまともと言えますか? http://www.bk1.jp/review/0000005470 http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4041/seki/bn.html http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/izakayadangi.html

kiku-chankiku-chan 2009/10/22 21:17 呉智英の『犬儒派だもの』よりいくつか引用します。一部、不快と感じる表現があるかもしれないですが原文ママで
『誤解されては困る。年々か前話題になった、運動会で一等、二等を決めず、全員仲良くゴールインするというようなことは、平凡への強制ではない。一九七〇年代、全共闘運動を体験した若い教師達が試験の採点を拒否し、クラス全員に百点をつけたのも、平凡への強制ではない。まったく逆の個性尊重主義、自己実現主義である。そして、成績優秀な秀才が東大法学部を目指すのは、実は平凡への強制の極致である。その他、社会的有用性を身につけさせるべく、能力に合った教育をし、自己実現の後を押しをすることは、もちろんどれも平凡への強制なのである。』
『ある精神科医とこんな話をしたことがある。個性的な絵を描く吉外の青年がいたとしよう。というより、吉外はえてして個性的で独創的で衝撃的な絵を描くものだが、そんな時、私が彼の中学か高校の教師だとしたら、どんな指導をしたらいいのだろうか。精神科医は答えた。古典作品の模写をさせるといい。
 私は感動を覚えた。自然科学系の、それも医学という実用医学の業績に、敬意を払うことはあるものの、感動を覚えることはそうない。その希な感動を覚えた。古典の模写、すなわち、平凡への強制である。
 精神科医は言う。その少年に本当に独創的な才能があるのなら、模写によって身につけた技術ですばらしい傑作をやがて生むだろう。もし、独創的な才能がなかったとしても、模写で身につけた技術は、彼の生活の基盤を作る。看板屋になるもよし、印刷工場に勤めるもよし、文化財復元の学芸員になるもよし、その他いくつもの職業選択が可能になる。それに、模写は社会性・歴史性を獲得させる。自分と他者との関係の取り方がわかるようになる。』

kiku-chankiku-chan 2009/10/22 21:19 ゴチエイ夫子の論は「平凡への強制」≒「人格の完成」と受け取れるようにも思います。

reductedreducted 2009/10/24 01:01 柳田氏や宮田氏の時代の時代背景を考慮する必要はありますね。特に柳田氏のそのへんの見解は、一生を農村から出ずに過ごす人がほとんどのような時代に、そこで求められる教育という切口で出た見解です。
現代の教育学ではもう少し多面的というか、平凡でないと困る面(まあ裸で歩かれちゃ困りますよね)と平凡だと困る面を切り分けた考え方になっています。少なくとも、柳田氏のような考え方が主流ということはないはずです。
特に、怪しい説とはいえ「平凡への強制」がつぶすのがくだらない個性だけじゃなくもっと大きいものを壊す可能性が教育心理方面で指摘されることがありますので。

izuminoizumino 2009/10/24 02:07 ぼくの考え方も、reductedさんに近いと言えそうですね。みなさんご意見ありがとうございます。



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