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Sat 2011.06/04

「集団転生モノ」のジャンルを拓く、『ログ・ホライズン』と『ボクラノキセキ』

| 「集団転生モノ」のジャンルを拓く、『ログ・ホライズン』と『ボクラノキセキ』を含むブックマーク

 ログ・ホライズン(通称「ログホラ」)の1巻が出たときに、『まおゆう魔王勇者』との関連でひとつ記事を書きました。二ヶ月前の更新ですね。


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 物語が大きく進む「ログホラ」2巻の発売に合わせて、また記事を書いてみたいと思います。

 今度は同じ作者の作品とではなく、別の漫画作品と結びつけたものを。


「異世界転生モノ」の亜種としてのログホラ

 ログホラの導入となるストーリーは、公式でこんな風に紹介されています。


オンラインゲーム世界日本人ゲーマー3万人が閉じ込められた!

昨日までプレイしていた「剣と魔法世界」が今日からの「現実」。

橙乃ままれオフィシャルサイト

 オンラインゲームファンタジー世界に現代人が入り込むという設定で始まる、『ログ・ホライズン』。

 その設定が選ばれた背景にはちょっとした前提があります。


 まず、ログホラは「小説家になろう」という小説投稿サイトでその実力が試されてきた作品です(現在は累計ランキング8位)。

 しかしこの「なろう」というサイトが曲者。

 ランキング上位の作品の大半が、「異世界召喚/転生ファンタジー」で占められているという、一種独特な文化を備えたサイトでもあるからです。


 この「異世界召喚/転生」が当たり前のジャンルになっているフィールドで、個性を示すために選ばれたのがゲーム世界に転生する」という設定なんですね。

 それでも『ソードアート・オンライン』を初めとして、「ゲーム世界への転生モノ」には前例がありますから、「三万人」という集団転生ログホラの第二の個性になっています。


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 よくある「ファンタジー世界からの召喚」ではなく、「オンラインゲーム現実化」によって読者を異世界へ連れだそうとするスタイルは、さいきん注目されている日常との地続き感」に通じるものがありそうです。


 さて、1巻ではまだなりをひそめていた「集団転生」というこのコンセプトですが……。

 2巻以降からは「主人公たち以外にも同じ境遇の冒険者が無数にいて、彼らも元・現代人としての意識を持って生きていること」テーマとして大きく立ちはだかってきます。


 その葛藤ドラマが、ログホラの大きな魅力のひとつです。


ファンタジー世界→現代」の転生モノ『ボクラノキセキ

 ところで、ちょうどログホラの1巻と同時期に刊行されたボクラノキセキの4巻を読んで、


「ああ、この漫画も、ドラマの中心を形作っているのはログホラと同じ、集団転生なんだ」


……と、ふと思ったものです。


 「現代→ファンタジーゲーム世界」の転生であるログホラの反対で、ファンタジー世界→現代」の転生を題材にした少女漫画が『ボクラノキセキ』です。

 『コミックZERO-SUM増刊WARD』に連載中。


ボクラノキセキ 4巻 (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)ボクラノキセキ 4巻 (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)
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 『ボクラノキセキ』に関しては、以前も「転生モノ」というジャンルに絡めて感想を書いたことがあります。


 つまり、キャラクターとしての基盤が「現世の人格」にあるのか「前世人格」にあるのかが、読者から見て曖昧に感じられてくるのが転生モノの特徴なんですが(だって同じ人格だから)、

漫画感想/久米田夏緒『ボクラノキセキ』1,2巻 - ピアノ・ファイア

 そのときは、「主人公が転生先で記憶を保ったまま成長していること」を作品の特徴として注目していました。


 よくある「転生モノ」のように、「ある日突然前世記憶に目覚めることで、現世の人格が上書きされる」という豹変が主人公には起こらない……。

 このワンアイディアが『ボクラノキセキ』のユニークな魅力を支えていると言ってもいいでしょう。


 その点、主人公の人生観倫理的と言っていいもので、「なるべく前世経験は現世に持ち込まないようにしよう」というベクトルで行動しているのが面白いですね。しかし状況はそんな日和った態度を許さず、「より前世寄りの人間として振る舞う」ことを主人公に求めてきます。〔略〕

 じゃあ、前世と現世のどっちが「ホンモノの人生」なんだ? っていう割り切れ無さが興味深いところです。

漫画感想/久米田夏緒『ボクラノキセキ』1,2巻 - ピアノ・ファイア

 続く『ボクラノキセキ』の3,4巻で注目されるドラマといえばなんだったでしょう。

 同じ高校の生徒として転生してきた「元・ファンタジー世界の住人たち」……。

 中世ファンタジー風の封建的社会で生まれ育った彼らは、ひとつの城で生活していた(そして同じ日に死亡しただろうと思われる)縁者同士です。

 その彼らが、その封建的な身分の関係を保ったまま転生していることから『ボクラノキセキ』のドラマギアが駆動していきます。


 この非日常に対して主人公は、「前世因縁をいまの高校生活で繰り返すこと」を頑なに拒もうとするポリシーを一貫して掲げています。

 あくまで自分たちは普通日本人として生きるべきだと考えているからです。


 そして実際に、主人公の前に現れる前世因縁を持ち込もうとした他の転生者たち」危険人物として扱われるか、時代錯誤な妄執にとらわれた人として描かれがちです。


f:id:izumino:20110604083709j:image

久米田夏緒『ボクラノキセキ』3巻より

 だから主人公のポリシーは、現実的に正しい判断のように思えてくるでしょう。


 しかし、そのように学校の仲間たち(=前世では自分の城の家来や客人たち)を救おう、導こうとひたむきになる主人公の姿を見て、他のキャラクターたちはこうも感じます。

 ……「いまこの状況からみんなを救おうと頑張っているコイツは、前世王女そのものなんじゃないか」と。


「集団で」転生することにドラマ意味を求める物語

 「集団転生」という非日常において、一種の無政府状態に流されることを嫌い、倫理的人間性を取り戻そうと努力する……。

 ログホラと『ボクラノキセキ』の主人公の方向性(ベクトル)はそこで似ています。


 しかし、そこで拠り所とする「人間性」とは何なのか?

 常識も通用せず、守るべき法も、信じるべき神も見失われた転生先において、どこを基準にして判断するべきなのか……?


 『ボクラノキセキ』では、まず前世因縁を優先するべきだ」という脇役たちと、「現世の人生を優先すべきだ」という主人公とが対立することになります。

 主人公以外は、記憶に目覚めた直後なので前世が優位なかたちで現世の人格を上書きされた」状態なのに対して、主人公は物心ついた頃から前世人格を現世に適応させてきた」、という背景の違いがこの衝突を生んでいます。

f:id:izumino:20110604080250j:image

久米田夏緒『ボクラノキセキ』2巻より

 一方、無政府状態のゲーム世界で『ログ・ホライズン』の主人公が対峙するのは、ゲームだから何をやってもいい」と考える他のゲーマーたちです。

 オンラインゲームという、現実のつながりがユルい世界だというのもあるでしょう。面白いほど、ログホラのゲーム世界で「自分現実世界では地位の高い人間だった」などと身分を振りかざすキャラクターはいません。

 誰もがゲームだから、もう現実には戻れない異世界だから、なにしても同じなんだ」とヤケになっていく中で、主人公のシロエが考えていたのは、意訳すれば下記のようなことです。


ゲーマーだからこそ、なんでもアリじゃダメだ! ゲームっていうのはルールがないと気持ち良く遊べないものなんだ。だから本当のゲーマーっていうのは、ゲームを楽しむためのルール自分で作ろうとするもので、俺達はそういうカッコいいゲーマーだったんじゃないのか?」


 ……なにかと言えば、つまり「そういうゲームじゃねえからこれ!」精神



 周囲が「今までハイレベルのゲーマーだった事実」を忘れようとしていた中で、ひとり「廃人ゲーマーとしての矜持」を失わなかった主人公(シロエ)が、「ゲーム本質」と「倫理」を取り戻そうと努力する。

 『ボクラノキセキ』とは対照的に、倫理の拠り所を「前世価値」に求めて周囲と戦っていくことになります。


 キャラクターとしての基盤が「現世の人格」にあるのか「前世人格」にあるのかが、読者から見て曖昧に感じられてくるのが転生モノの特徴”

 “じゃあ、前世と現世のどっちが「ホンモノの人生」なんだ?”


 ……この疑問に立ち返ると、『ログ・ホライズン』と『ボクラノキセキ』の両作が「転生モノ」として踏み込んだテーマを扱っていることがわかると思います。


なぜ「起源」が守られなければならないのか

 少し遠回りな説明になりますが、ぼくが「本然」起源などと呼んでいる概念があります。

 たいていの物語では、ある種の「起源」をキャラクターは抱えているものです。

 そして、その「起源」の本質に従うことをよしとし、その「起源」に逆らうことを悪しとする「動力」が物語には与えられがちです。


 例えば、「普通子供」が「強いオトナに変身して活躍する魔法」を手に入れたら、最終回では「子供」に戻り、普通人間としてちゃんと成長するべきだ」という結論に至るストーリーイメージしやすいですよね。

 そのキャラクター場合、「普通人間であること」が起源であり本然であったことを意味します。


 逆に、「普通子供」が超能力を与えられてヒーローとなり、超人のまま一生を過ごす」というストーリーだったなら、ふしぎと「実は宇宙人だった」とか「英雄の生まれ変わりだった」「神族の子孫だった」などの「起源」が再設定された方がイメージしやすくなりますよね。


 物語における、こうした心理の仕組みについては『早稲田文学増刊U30』に泉信行が寄稿したギフトとしての物語も参照してみてください。

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 この「起源」の仕組みで考えれば、ログホラで「前世価値」が「起源」として重視されるのはしごくもっともです。

 逆に、(彼らの「起源」であるはずの)前世価値」が否定されるボクラノキセキ』は、少しいびつな問題を残していると言えるでしょう。


前世は否定できても、魂の本質は否定できない

 『ボクラノキセキ』では前世価値観を引き継ぐことをよしとせず、『ログ・ホライズン』では前世価値観を守ろうとする。


 しかし慎重に見分けるべきだと思うのは、『ボクラノキセキ』が否定しているのは「身分や怨讐」前世から持ち込むことであって、前世で培われたはずの「人格や絆」までは否定していない、ということです。


 『ログ・ホライズン』でも考えてみれば、現実世界の身分や怨讐」を持ち出して行動するキャラクターはほとんど描かれないわけです。

 意図してか意図せずにかは不明ですが、そういうキャラもいそうなものなのに、登場してこない。

 その反面、現実世界ゲーム世界のどちらでも発揮される才能」を誇るキャラクターはいます。企業管理職ギルドマスターをしていたり、事務職の腕に覚えがあるキャラクターゲーム世界でも辣腕をふるうなど……。

 異世界で問われるべきは、前世における立場なのではなく、その人の「本質」なのだと言わんばかりに──。


 だから『ボクラノキセキ』の4巻の最後で、主人公の姿が「前世王女の姿」と重ねられるシーン重要です。

 その描写には、二種類の含意があるでしょう。


 まずひとつは、「前世因縁を持ち込むな!」と主張している本人が、前世でやり残したことを現世でやり遂げようとしているのではないか? という二律背反への疑いです。

 この矛盾は、主人公に追及される試練を予感させるでしょう。


 もうひとつは、「魂の本質において、やはり同じ人間なのだ」という本然の発見です。

 この本然を、最終的に肯定するまでのドラマが『ボクラノキセキ』のメインテーマであるようにも感じます。


 『ログ・ホライズン』と『ボクラノキセキ』の両作では、「前世」という起源から持ち込まれるものが、「身分や立場」と、「魂の本質とで色分けされるのだと言えるでしょう。

 この色分けが、より自覚的に、顕著なものとして感じられるという点に、「集団転生モノ」というジャンル面白があると考えられるわけです。


現在の身分をとっぱらった世界」という思考実験と、その新たな可能

その自重を支える魂の翼持つ〈冒険者〉よ、

竜と巨人が、魔獣と亜人が住まう、幻想世界セルデシア。

緑の風が薫る、ここは新しく、また旧い大地。

開かれた白いページのようなこの大地に己の生を刻み込め。

橙乃ままれ『ログ・ホライズン』1巻p4-5

 長くなりましたが、最後に、もっと一般論に戻してみます。


 現代の都会人が、無人島漂流したときにどう行動するか? というのは古来からよく描かれてきたテーマでした。

 「無人島への漂流もの」にかぎらず、「国家崩壊後のバイオレンスもの」もそうですね。政府状態における人間の行動にこそスポットが当てられることになります。

 そこでも「元クラス委員長」だとか「元警官」だとか「元財閥令嬢」だとか「元死刑囚」だとか、元々の社会的身分から解放された(=後ろ盾を失った)キャラクターが特に重要な役回りを演じていたものです。

 人間の暗部を描きやすいので、サスペンスホラー映画に多いモチーフでしょうね。


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 これらの物語では、どちらかというと「後ろ盾を喪失したことによってむき出しになる人間性」をネガティブに描いてきた歴史があります。

 しかし同時に、「そのネガティブ人間性を克服できるものは何か」が問われつづけもしていました。


 『ログ・ホライズン』では「三万人の同時転生」という大規模なスケールで描くことによって、その問いにかつてない奥行きが与えられようとしています。

 『ボクラノキセキ』では一城単位という規模のスケールですが、「現代→異世界」ではなく、「異世界→現代」という逆の視点で眺められる発見があると言えるでしょう。


 いずれにせよ、作品の面白さの一端を示すものでしかありませんが、この二作を並べることで「集団転生モノ」というジャンルに新たな可能性を見出すこともできそうです。

 両方を読んだ、という人達と語り合ってみたいテーマですね。


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時代はかわったな時代はかわったな 2011/06/05 13:11 マップスの長谷川裕一が学校をまるごと異世界に送る「ダイソード」を企画したとき各出版社に人数が多すぎると断られているんですよね。時代は変わった。

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